全19件 (19件中 1-19件目)
1

一昨日病院4階の窓から撮影した富士庭のニラの花熊本や千葉、能登地方その他の地震や豪雨による被害状況が毎日のように報道されている。石破前首相が防災省を公約に掲げ、本年3月に法案が通り、11月には国内2か所に災害拠点を設置して本格的な活動に入るという。防災には災害の予知予防や救助、復興など様々な活動があり、実際の業務は消防隊や自衛隊が行うことになるようだ。政治の力で災害を最小限で食い止め、人命が失われないように機能して貰いたいと願う。本年早々の衆議院選で平和勢力の立憲民主党と公明党が結集して新党、中道改革連合が発足した。私は平和新党などの名前をつけて、防災を含めて世界や日本の平和や安全を担う精鋭集団になるのではないかと大いに期待したが、準備不足と党名が中途半端でよくわからないなどの理由で中道は既存勢力を大きく割り込み惨敗を喫してしまった。今月末をめどに参議院と地方組織も中道に合流する予定だったが合流しても勝ち目がないとの見通しで参議院、地方組織は立憲民主党と公明党に分かれたままで行くことにほぼ決まった。衆議院の中道のみが孤立して少数野党として戦っていくことになり、先が見えないことから元通りに立憲民主党と公明党に分かれるかもしれないという現状である。政治は数の力である。有権者を巻き込んで大きな力となって初めて国内はもとより世界的にもリーダシップを取っていく政治が出来るのだと思う。現状は絶対多数の自民党と維新の思うがままで、日本を戦争に巻き込もうとする政策を次々に行っている。平和の党が打ちひしがれて役立たずになってしまったら日本は危ない。この際中道は解体して、各自党勢拡大して世界平和のために協力しながら奮戦ていくのが良いように思う。
2026.08.29
コメント(9)

再度庭で咲き出したアメリカフヨウ今度9月に年に一回の出身医局の同窓会がある。その医局に所属したことがある医師の同窓会なので年齢はまちまちである。新設された国立医大なのでその歴史は新しく、初代教授から現在の教授まででまだ4代目である。私はその教室の初代医局長として任務させて頂いたが、既に初代、2代目教授は亡く、その同窓会の最高齢者になってしまった。今度の同窓会で私は初代教授が宴会などで良く歌っていた昴を歌おうと思う。今までの同窓会は経過報告や酒を飲んでの懇談が主だったがたまには歌もいいかも知れないと思ったからである。昴は谷村新司が31歳の時引っ越しで荷物を段ボールに詰めて一段落して寝転んで目を閉じた時に浮かんできた曲とのことである。その当時は谷村と堀内で組むアリスの人気は絶頂で1週間武道館を満員にした人気ぶりで普通なら有頂天になっているところだと思われるが、谷村はこの絶頂期もいつかは終焉を迎えるだろうと感じ、「砕け散る定めの星たちよ♪」と歌っている。最後は「さらば昴よぉぉ♪♪」で結んでいる。栄光も人の命もいつかは終焉を迎える。それを星団である昴との別離に例え、何度も強い決意をもって「さらば昴よぉぉ♪♪」と歌っている。谷村は30年後も歌われる曲にしたいと願ったそうだが、もう30年をゆうに超えており、願いが叶ったと言ってよい。私は生来音痴で歌は下手である。でも20年位前から歌の先生の所に通い、何とか歌えるようになり、今までに白い制服、横浜物語、海の祈り、北国の春、無法松の一生、ああ上野駅などを人前で歌わせてもらってきた。昴を人前で歌うのは10年前に一度あり、今度で2度目だが、その心境は全然違う。今度は老境を迎えあの世に旅立つ「さらば昴」の心境が強いが、宴会を盛り上げる一助になればと思って歌ってくる。
2026.08.26
コメント(6)

この猛暑の中でまた白いバラが咲いた、ブライダルホワイトと思われる。昨夜山下泰裕さん(69歳)についてのテレビを観た。山下さんは知る人ぞ知る全日本選手権9連覇、1984年のロスアンゼルスオリンピックで金メダル、JOC会長としても活躍していた。ところが2023年10月箱根の露天風呂から2メートル下に転落し、頸の骨を折ってしまった。通常では即死が最も多いが、首から下は麻痺で動かなくても命が助かることがある。当院にもリハビリ依頼で偶に入院してくることがあるが経過中にお亡くなりになることが多く、車椅子で退院できる人は少ない。山下さんは何度かの手術の末、左手がわずかに動くが他は全く動かない状態で車椅子で退院し、2025年11月には東海大学で柔道学の講義をするまでになった。昨夜は松岡修造氏とのインタビューで事故後の心境を話して下さった。九死に一生を得て障害者として生き残ったが、一般の方が想像するほど参ってはいないとのことだった。病気や事故に遭遇するのも人生で、こうなったからにはこうゆう体で何が出来るか考えることにした。同じような障害者は沢山いる。その人達と共に障碍者が暮らしやすい社会にするよう努力しているとのことだった。柔道については自分は向かう所敵なしで常に勝者で高みから勝負の世界を見ていたが、このような体になり、敗者の立場や気持ちがわかるようになり、社会での敗者に対して自分が出来ることを探して貢献して行きたいと述べていた。柔道学では勝つためだけでなく、負けることも含め人生を如何に生きるかを追求していきたいと述べており、自分は障害者で駄目だという暗さは微塵もなく、たくましく生きていきますという気迫が溢れており感銘を受けた。
2026.08.22
コメント(7)

トマトの花トマトの実この頃ほぼ毎日勤めから帰ってきたら暗くなりかけた畑に出て果実を収穫しその後水やりを行っている。昨日はキュウリはほぼ終わりに近づいており、2本しか採れなかったがトマトはまだ成っており花も咲かせていたので写真を撮った。ミニトマトはまだ毎日手の平いっぱいに収穫している。日々の仕事で感じていることを書かせていただく。この頃退院が多く入院患者さんが減っているがそれでもまだ21人受け持っている。その内一人は全く意識がなく、2人はかすかに意識があり、3人はわずかに意識がある。わずかに意識があるグループの86歳の女性は脳梗塞と心臓病で脈拍が130以上になったりして重症の患者さんだが、回診の時笑顔を見せてくれることがある。えもいわれぬ美しい笑顔で、心が洗われるようで引き込まれてしまう。時々リハビリの人に体位を変えて貰ったりしているが1日の内24時間ほとんどが寝たきりで楽しいこと等何もないと思われるのでどこからその笑顔が出てくるのか不思議に思っている。リハビリ病院なので機能を失った様々な患者さんが入院しているが、機能を以前の状態まで回復できる人はいいが、多くは元の機能の半分くらいまでしか改善できない。その笑顔の患者さんの頭部CT写真では、脳梗塞範囲が広く、回復の見込みは少ないが、そうして時々笑顔で医療者達を元気づけ、励ましてくれている。中には「痛いから湿布貼れ」としかめっ面して同じことしか言えない患者さんもおり、病気になる前のその人の生活態度が病気になってからも引き継がれているのかなと思う。外来に通っている86歳の男性患者さんがいる。脳梗塞を3回もして膝関節症や脊椎管狭窄症の手術を何度もしているがゴルフやピアノ、エレクトーンへの夢は捨てていない。私もゴルフをするがハンディキャップは最低の36だがその方は3ということでプロ級の腕前だったとのことでそれへの復帰を目指してリハビリを続けている。ピアノやエレクトーンも独学で修学してプロ級の腕前だったとのことで、もう少しリハビリが進んだらピアノも弾き始めようと思っているとのことだった。スポーツや音楽はどんなに腕を磨いても病気になってしまえば終わりという通念があるが、笑顔の人やゴルフ、ピアノの達人は病気になってもそれを気持ちの中で維持しており、病気になる前に磨けるものは磨いておけば、病気になってもそれが財産になることがあるのではないかと感じている。
2026.08.21
コメント(6)

モンステラこれは室内のものだが玄関にも同じものがある。この樹は茎の途中から根が出て地中に刺さっていく性質があり、玄関のそれは根がしだれ柳のように何本も垂れ下がり中にはタイルの地面を這っているものもあった。見苦しいと思い、日曜日に段ボール片付けの前に、その垂れ下がっている根を端からきれいさっぱり切って見栄えを良くした。妻に「よくやってくれた、ありがとう」と言われると思いきや「何と言うことをしてくれたのですか!悲しくて、悔しくてどうすることもできない気持ちだった」と夕食の時に言われた。「どうして切っていいいか聞いてくれなかったのですか?!」「その根を沢山伸ばして株分けして増やす予定だったのに!!」と悔しがった。そう言えば株分けして育てたモンステラを息子の所に分けてやって気分良さそうにしていたのを見たことはあるが、どのようにして株分けしたのかは見たことがなかったので大失敗してしまった。妻に喜んでもらおうとしたことが反対に悲しませ、怒らせる結果になってしまった。観葉植物に関する知識がなく、いわゆる教養がなかったことがこのような無惨な結果をもたらしたと思われ、謝ったが元に戻るわけでなく、わだかまりが残った。広い知識や教養がないと大失敗することがある教訓になった。高い支持率を誇ってきた高市内閣の支持率が最近下がってきた。「3時間しか眠らないで国民や世界の民のために尽くす政策を実行している」と言っているが、国民の思っていることと反対のことをしていることに気づいているのであろうか?私は妻から言われて誤りに気付いたが、高市総理は気づいていないことが多いように思う。真に教養のある人は、睡眠時間を削って勉強、勉強で詰め込むだけではなく、常に相手のことを思い、他者を尊重し、配慮していくことが重要だと思う。
2026.08.19
コメント(6)

ポトス県医師会報に教養について書いていた医師がいた。人は日々様々な情報や考え方に接しながら生きているがその中で何を信じ、何を大切にするかを考え、自分の考えを形成していかなければならない。教養とはそのための自分の軸を育てる営みであり、世界を多面的に理解し、知識の蓄積そのものではなく、知識や経験を活用して自分なりの価値観や判断力を養い、他者への理解と敬意を持ちながら学び続ける姿勢であり、教養のある人とは自分の考えを持ちながら、知的謙虚さを持ち続けて、より良い答えを探し続ける人と述べていた。中々素晴らしい考察だと思った。これを読んで真っ先に浮かんだのはトランプ大統領であり、ネタニエフ首相であり、プーチン大統領だった。彼らは教養のある人の反対の極にあり、他者への理解や敬意を持っておらず、教養が全くない。教養のない人たちが大統領や首相になって世界を混乱と争いの場にしている。世界教育憲章をつくり、地球上に生まれた全ての人は教養人になるための教育を受けなければならないと定めるべきだと思った。
2026.08.18
コメント(4)

ゼフィランサス少しの空き時間があったので、県医師会報に目を通したり、私が研修した大学病院の後輩が教授になって定年になり、数年前に退官記念誌を送ってくれたが一度も眼を通したことがなかったが、その本にも初めて目を通した。「忙しい」「忙しい」と言って送られれてくる雑誌にも記念誌にも目を通さず本棚にしまっていた。よっぽど忙しく心に余裕のない生活を送っていたのだなと思った。それらを読んでみたら結構面白かった。県医師会報では緑陰随想が面白かった。ある人は旅行が大好きで胃カメラ検査をしながらでも次はどこに行こうかと考えたりしているとのことで、色々な外国を旅して様々な感動を頂いているとのことだった。様々な美味しいものの食べ歩きの随想もあった。マラソンに挑戦しているスポーツ好きの人の随想もあった。それぞれ皆さん診療をやりながら人生をエンジョイしている姿が浮かび上がってきた。教授退官記念誌ではその教授は私が退職するころに入局してきた人でまさか教授になるとは思っていなかった研修医だったが、色々勉強して英文論文を沢山書いてそれで教授になれたのだろうなと思った。教授になってからは釣りが好きで釣ってきた魚を内視鏡読影室で焼いて食べていたとのことでその翌日内視鏡検査をすると魚を焼いた匂いが残っていたとのことである。皆さん結構楽しみながら医療活動を行ってきたのだなと思った。私はと言えば余裕のないギシギシの生活だったと思う。ピアノをしているとのことで楽しんでしているのかと思いきや発表会でコチコチになって殆ど全く弾けなくて辛い思いをしている。もっと心に余裕を持って生きていかなくてはいけないなと思った。
2026.08.17
コメント(6)

高砂百合、毎年生えてくるが年々背丈が高くなり、今年は私の頭上で咲いていた。年をとると筋力、神経が衰えて歩くのもやっとの状況で疲れやすくなる。スーパー等に買い物に行くと皆さん軽々とサッサと歩いている。こちらはやっとの思いで歩いているので皆さんに敵わないと思い自信を無くす。体力をつけようと思って健康食品などを試してみても状況は変わらない。世の中には私だけでなく自信を無くしている人が多いのではないかと思う。体力で自信を無くしたり、営業成績で自信を無くしたり、容貌や能力で自信を無くしている人もいるかもしれない。「自信の探求」(櫻井健古著)という本を読んだことがある。「自信が湧いてきた」と口にできる時には心は充実して楽しい。反対に「自信を失った」と呟かなければならない時には人生はわびしく心はみじめである。だから誰しも自信を持って生きたいと思うがそう簡単ではない。著者は結論として生かされている自分に絶対の価値を置き、本気で生きることを考え、仕事であれ、何であれ(家庭生活、恋愛、趣味等)全て今のことに気を入れて打ち込んでさえいれば自信が湧いてくるものだと述べている。若者にはそれでよいかも知れないが、老人の場合どうしたらいいのかとフッと思った。でもよく考えてみたら若者でも老人でも自信の持ち方は同じだと思う。買い物でヨタヨタして自信を無くしても、勤務先での仕事や家庭生活などに今まで以上の気をいれて取り組んでいくことが自信につながるのではないかと思った。
2026.08.16
コメント(2)

タマスダレが咲き始めた今全国高校野球大会の真っ最中である。勝ったチームは意気軒昂だが負けたチームの選手は肩を落として涙を流して打ちひしがれている。人生にはこれと同じ現象があらゆるところにばらまかれている。勝負の世界で負けたとか、試験の点数が低かったとか、高齢で体力や認知力があまりに低くて絶望した等絶望する機会は沢山ある。その絶望の中で涙を流して諦めている人が多いのではないかと思う。甲子園の高校野球では自分がエラーしたおかげで負けたと一生悔やんで人生を終わる人もいるかもしれない。そんなことはないのである。智力アップしてもらいたい。同じことでも考え方によって180度違うのである。点数が低い高いで一喜一憂する必要はない。野球でいえば甲子園でエラーしたことを悔やむのか誇りにするのかで人生は全く違ってくる。毎日の猛訓練で甲子園までこれたのである。大切な所でエラーしたがそれは大きな問題ではない。練習して甲子園までこれたこと、実力がついてきていること、エラーがなんだ、プロ野球に進んでやる!と一念発起することによって道が開けてくることが多い。エラーに打ちのめされるのでなく、それを踏み台に挑戦して行くことが大事なのだ。高齢で体力も知力も落ちたと打ちひしがれていてもいいことは何もなく落ち込んでいくだけである。高齢になれば体力知力が落ちるのは当たり前、でも自分にはまだこれだけのことが出来ると挑戦することによって光明は見えてくるものである。失望落胆状態の人がいたら何でもいいから前を向いて突き進もうではないか。
2026.08.15
コメント(4)

ウズラバタンポポ:本来春咲く花だが、朝早く庭に出てみたら異常気候で咲いていたので撮影した。5時半頃は咲いていたが8時頃だとしぼんでしまっていた。私が令和2年7月に当院に勤めだしてから本日までに506人の患者さんを受け持たせて頂いた。今は殆どの方が退院しているが、色々と懐かしく思い出される。病気の種類や状態によって入院期間は異なるがリハビリ病院だと数週間で退院の方もいるが多くは3か月間(骨折患者)、もしくは6か月間(脳血管障害)の長期に渡って入院しているので結構長いお付き合いをしている。しかし今入院整理帳をめくってみたらそんなに長いお付き合いなのに忘れてしまっている人もいた。皆さん早く退院しようと一生懸命頑張っておられたが、退院が3か月先、6か月先と聞くとげんなりしてしまっていたのではないかと思う。でも月日の経つのは早いものであっという間にその日が来てしまうことが多い。私も長くお付き合いしていてまだまだと思っていたら突然退院の日が来てしまい心にぽっかり穴が開いてしまうこともある。患者さんは年齢その他の生理的要因や家庭環境などで様々なバックグランドを持っている。その中でリハビリを辛いと思ったり、本当に良くなるのだろうかと悩んだり、家族のことや入院費用のことを心配したりして、辛いことが多かったのではないかと思う。その中で私達は病気一般の体調管理と励まし役として仕事させてもらってきて、辛いと思えば辛い事も多いが、患者さん達の辛さを思えば比べ物にならないと思う。患者さんのリハビリが順調に行えるのに少しでもお役に立てるよう頑張ろうと思う。
2026.08.14
コメント(6)

盆飾りお盆が明日13日から始まり16日まで続く。滋賀県の孫姉妹が家で採れたキュウリとナスに苧殻を刺して足にし、精霊馬と精霊牛を作ってくれた。キュウリの精霊馬は精霊達を背中に載せて運んできてくれるので仏壇の方を向き、お盆が終わった後精霊は茄子の精霊牛に乘って去っていくので仏壇とは反対側を向いている。孫姉妹の内、姉は工学部を出て東京のデザイン関係の会社に勤めており、妹は薬科大学の5年生である。お盆には毎年来甲し、馬や牛を作ってくれてきた。私が作ると4本の足のバランスがうまくいかずに前足とか後ろ足などが浮いた状態になり、不格好になっていたが彼女達は一回でバランスよく恰好の良い馬や牛を作ってくれてありがたい。明日ご先祖様などの精霊を迎え火を焚いてお迎えし、16日には送り火でお見送りすることになる。両親やご先祖さんの精霊にお会いする年に一回の機会なので、心してお迎えしようと思う。しかし、これは仏教の儀式なので、キリスト教などではお盆という概念はない。宗教の違いによって精霊との出会いの意義や様式は異なるので、各宗教の様式によって、ご先祖様に感謝していくことが大切だと思う。
2026.08.12
コメント(6)

アカマツ家の庭の一角に何処からともなく飛んできた松の種が昨年位に発芽し20㎝位に育っている。妻から「松は大きくなると育てるのが大変で厄介だから抜いてくれ」と頼まれた。私は抜くのが惜しくてAIに写真を送って松の種類を訪ねたら赤松とのことだった。妻は大きく茂らせる松は大変だから抜けと言ったのだと思うが盆栽ならどうだろうと思ってAIに尋ねたら赤松は盆栽に適しており、買えば2000円位するという。抜いてしまったら勿体ないとのことだった。私も折角我が家の庭を選んで生えてきた松を簡単に抜いてしまえという妻は残酷だと思っていたので盆栽として育てることにした。盆栽を育てた経験はないが、AIが来年3月直径20センチ、深さ7センチの黒色系浅鉢に植え変えたらよいと教えてくれたので妻に了解をとってその通りにしようと思う。
2026.08.11
コメント(6)

玄関のラベンダー、既に咲き終わっていたが他の花と一緒に水をやっていたらまた咲き始めた。昨日疲労感について書いたが、今日新たな気づきがあったので、書かせて頂く。私は朝起きた時とか休日などに脱力感や疲労感を強く感じて健康食品を試したことがあったが、効果は感じられなかった。加齢が進んでくると何をしても治すのは無理なのかなと思い始めていた。昨日は日曜日で休日、妻の買い物の運転、部屋の整理や野菜畑脇の草取りなどをしたが、いつも休日の時はそうだが、疲れやすく、だらけた気分になってしまった。今日の月曜日、その日曜日のだらけ気分を引きずってはいけないと思い、出会う人たちに気力を込めて挨拶した。病棟回診でも患者さん達を心を込めて激励した。レントゲンや心電図の指示を出した患者さんの撮影終了したとの連絡が来たら、何か別の仕事をしていても即座に階段を上がってその病棟に行って検査結果を確認した。即座がポイントだと思う。連絡が来るのは別の患者さんを診察していたり、食事中のことが多い。診察中の時は早めに切り替え、食事中は食事を中断して呼ばれた病棟に行くことにした。今までは階段を昇るのはかなりハードだったが、今日はかなりスムーズに階段が昇れたし、適切な指示も出せた。気づいた事というのは仕事の能率や疲労度は心によって決まると確信できたことである。この確信で休日の疲労感は解決できたように思う。朝のけだるさ、脱力感もその心の働きで解決できそうに思えてきた。全てのカギは心が握っているのだなと実感した。
2026.08.10
コメント(6)

ラムズイヤー健康食品会社から疲労感に関するアンケートが送られてきた。どんな時に疲労を感ずるか、齢のせいで疲労感は仕方ないものと諦めていないか等の質問があった。私の場合は朝起きた時とか休日などに疲労を感ずることが多い。また整理整頓しなければいけない自宅の机の上を中々整理できない時等にも疲労感を感ずる。疲労感は治るか治らないかについてどのように考えているかについては、齢のせいで仕方のないことで治らないかなと思い始めている状態だと思う。疲労感は何処から来るのか調べてみた。大雑把にいうと脳と体の両方で起きるエネルギー不足のサインで、5つの要素に分けられるとのことだった。①中枢性疲労(脳の疲労)、②筋肉の疲労、③自律神経性疲労、④免疫や炎症による疲労、⑤心理的、認知的疲労があるとのことだが、各項目についての説明は字数の関係で省略させて頂くので、各自、想像したりご自分で考えて頂きたい。要するに頭や体を使いすぎたり自律神経が乱れたり、ストレスで神経が圧迫されたりしたときに疲労感が起こると考えて頂いて良いと思う。それならその対策はどうしたらよいか。健康食品会社はアンケートを送ってくれた人の内1万人限定で疲労感を取る健康食品1か月分(約4,000円)を無料で送ってくれるという。それで効果があったら次回からは有料で購入して下さいと言うことらしいが、そのようなものに頼らない疲労感の治療法はないものだろうか?酸素を多く取り入れる深呼吸や適切な睡眠、ストレスをさらりと受け流す生活法、ヨガや健康体操、精神統一法などが考えられるが、最終的にはご自分の心の問題だと思う。これと思う方法を採用して、必ず良くなると信じて真面目に努力することが自分を救う道になるのではないかと考える。
2026.08.09
コメント(9)

ナスの花今 猛暑のなかで雷がなり、急激に大雨が降ってきた。土砂降りである。妻は大声で「洗濯物お願い!助けて!」と叫んだとのことだが部屋のドアが閉まっており、全然聞こえず、老人性難聴もあり、雨の音も聞こえず、妻が腰痛を抱えながら一人で階段をあがり、びしょ濡れになりながら、洗濯物を取り入れたとのことである。面目なく、恥ずかしく、役立たず人間で自分が嫌になった。どうしても防げないこともあるが、今回は雷の音は聞こえていたし、洗濯物を干していたことは分かっていたのだから心の準備がなさ過ぎたと思った。心とは揺れ動くものである。喜ぶこともあれば、颯爽と進軍することもあり、今度のように打ちひしがれることもある。妻に悲しい思いをさせ、一人で苦労をさせてしまった。普段から周囲に関心を持ち、とっさの時に駆けつけられるようでないといけないなと思った。健康に関して色々考えを巡らせたりすることもいいが、そこに耽溺しないで他人に対する思いやりを持ち、いつでも助っ人出来るような余裕を持ちたいと思った。落ち込んだままでなく、反省して、また明日に向かって挑戦していく気概を持とうと思う。
2026.08.08
コメント(6)

朝顔:今年は蔓は伸びても花が少なかったですが朝早く庭に出て撮影しました。アメリカなどに比べて日本の健康食品摂取率は低いがそれでもかなりの人が摂取しており、ダイレクトメールや新聞広告などでもその紹介で溢れている。宣伝文句の多くは、「膝の痛みが健康食品でケロリと良くなり、階段の上り下りがヘッチャラになった」とか、「疲れやすくて1日暮らすのが大変だったが、健康食品のおかげで毎日元気溌溂で楽しい」などの文言が多いが、服用して即座に効果が実感できる人は少ないと思う。しばらく服用してから効果が実感できる場合もあるかもしれないので、一概に効果はないと決めつけるつもりはないが、少なくとも即座に効果があるものではないと思う。私も疲れやすくなったので色々試してみたが、効果が感じられるものはなかった。それを飲むと即座に元気になれると思ったのにそのようにならないので打ちひしがれている人も多い。有効な成分が体に働いて元気溌溂となるように設計されているのかも知れないがそれを服用する人の個人差もあり、全ての人が宣伝通りに元気になるとは限らない。そこで心がけたいのは心の力である。健康食品や薬、ヨガなどの健康によいと思うことをすれば自然に健康になれるということはないと思う。それらを活用して健康になったかどうかどうかは自分の心で判断されるのである。心こそ健康の司令塔だと思う。「日々つよりたまえ」という教えがあるが、毎日毎日、一日一日、「自分は健康だ、溌溂としている」と心で思い、念ずるのである。その際、少しも効果は感じられなくても、便宜上「溌溂となる健康食品を飲んでいるのだから」と思ってもよい。いずれにしても「自分は溌溂として元気だ」と思わない限り、元気さを得ることはできない。健康食品や薬を否定するわけではないが、何といっても心こそ肝心であることを自分に言い聞かせることが最重要と考える。
2026.08.07
コメント(8)

キュウリの雌花キュウリの雄花今年はキュウリが豊作である。毎日毎日沢山のキュウリが実り、近所に配ったり、職場に配ったりしても食べきれない。上の写真が雌花で下が雄花である。昆虫などが受粉してくれるのだと思うが、自然の摂理は凄いものだと改めて思う。上図雌花の写真で花の根元に既にキュウリの赤ちゃんが準備されていて受精したら生育していくのだと思う。キュウリの赤ちゃんは上は真っすぐだが下は曲がっている。花の段階から真っすぐ成長するものと曲がって成長するものが決まっているのだと思った。人間にとっては真っすぐが良くて曲がったものは捨てられてしまうこともあるが、キュウリそのものにとっては曲がっていても真っすぐでも子孫を残すためのものには変わらず同じように栄養分を送っているのだと思った。曲がっているのは花の段階で摘果した方が良いのかもしれないがそのままにしておいた。プロの農業人なら真っすぐのキュウリをそろえるために花の段階で曲がったものは摘花しているのかもしれないと思った。曲がったものも味は変わらない。プロの生産者ならともかく、私達一般人は曲がったものも真っすぐのものも同じ気持ちで感謝して頂くべきではなかろうかと思った。
2026.08.05
コメント(8)

春咲いていたが一部まだ咲き残っていたサルビア(メドーセージ)「来年のことを言うと鬼が笑う」という諺がある。来年は社会も自分もどうなるか分からない状況の中で、あれこれ構想したり、大きな計画を立てたりすることに対して、そんな計画を立てたって将来の運命を知っている鬼からみたらちゃんちゃら可笑しくて笑ってしまうよ。もっと地道に身近な所から着実な計画を立てて行った方が良いと思うよと言う諺だろう。くそ真面目で神経質な人はこの諺を思い出して計画に慎重になり、あまり大きな夢や構想を描かないかもしれない。楽天的でダイナミックな人は「明日は明日の風が吹く」と近い将来とか来年に対して鬼が笑おうが渋い顔をしようが知ったことがないと思い切った構想を描くかもしれない。私の場合は前者に近い性格で、歳も高齢だし、体力も急激に落ちてきたので来年まで生きているか分からない。そのような現状認識の中で鬼に笑われないように、ささやかな夢や希望を描くタイプである。高齢になると急激に体力が落ちてくるものである。それでも楽天的でダイナミックな人は老人になったらそのようなことは当たり前、人生楽しむために生まれてきたのだ、老人になったからと言って縮みこんでいたらつまらない。鬼がなんだ。笑いたかったら笑わせておけばいい。来年まで生きられなくて途中で死ぬかも知れない。「それが何だ!!人間だから早かれ遅かれ死ぬに決まっている。それまで明るく楽しく人を愛して生きようではないか」と思っているに違いない。鬼が笑うを真面目に受け止めて、こじんまり生きるよりも、鬼なんかクソくらえだとざっくばらんに生きる人とどちらがいいか考えてみた。「鬼なんていないかもしれない」と思って、気楽に明るく精一杯努力していくのがいいのではないかと思えてきた。大きな夢が描ける現状ではないが、その状況の中で掴みえる最大の夢を描いて生きて行こうと思う。
2026.08.03
コメント(8)

小玉スイカ千日紅の白色の品種昨年3月、我が家の庭の片隅にある小さな畑に野菜を作って下さっていた義兄が亡くなって以来、自分達で野菜作りを始めて本年5月もキュウリ、ナス、トマト、ピーマン、スイカの苗を植えた。義兄に教わった知識を基に、にわか百姓になって育ててきたが、義兄のように上手には出来なかった。それでも今年は茄子とピーマンはやや不作だったがキュウリとトマトは豊作で私の職場に持って行って同僚などにおすそわけした。スイカは毎朝見に出て、雌花が咲いていたら人工授粉しようとしたが今年は気候の関係か咲いている花が少なく、最終的には小玉2個、大玉一個が実り、小玉は既に収穫して1個は味わってみたが美味しかった。一個しか実らなかった大玉の完熟を楽しみに待っていたが、一昨日ぱっかり割れてしまった。バレーボール位大きくなっていただけにがっかりしてしまった。毎日、毎日、勤務から帰ってきたらせっせと水やりをしてきたがそれが悪かったらしい。それと日光によく当てた方が美味しくなると聞いてスイカを包むように広がっていた葉を切り落として日光が直接スイカに当たっていたことも関係していたらしい。水分のやりすぎでスイカに水分が運ばれて膨張しているところに直射日光を受けてさらに膨張して割れてしまったのだと思われ、大いに期待していただけにがっかりしてしまった。割れたスイカを食べて見たら美味しかったので少し救われたが、もう数日割れないでいたらもっと美味しくなっていただろうと思うと悲しかった。でも人生なんて思い通りにいかないことが一杯あるので、スイカ作りも人生と同じだなと思って我が身を慰めた。
2026.08.02
コメント(8)
全19件 (19件中 1-19件目)
1


