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バラ:新雪昨日テレビのクローズアップ現在で看護師が足りなくて病棟閉鎖や病床数減少を余儀なくされている問題が取り上げられていた。当院でも看護師数が足りなくて基準に達していないとして病棟のいくつかはベッド数だけ入院させられない状況になっている。近隣の病院のほとんどが同じ悩みを抱えている。看護学校で定員に満たない学校も増えているとのことだ。最大の要因は少子化でどこの分野も定員不足をきたしている状況の中にあるが、その中でも看護科は厳しい労働条件などがあり志望者の減少幅が大きいとのことである。今朝看護婦事務所でカルテにデーターを記入していたら耳元で「お世話になりました。今日が最後の勤めになります」と言われた。寝耳に水で冗談かと思った。最も信頼していた看護師の一人でその人がいなくなるショックははかり知れない。ご主人が神奈川県に転勤になってそのために当院を辞めるとのことだが悲しくてどうしてよいか分からなかった。ただでさえ定員不足で困っているのに優秀な看護師が止めていく。悲しくてもどうすることも出来なかった。残った人達とより一層団結して頑張っていくしかないと思った。
2026.06.30
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紫陽花(フエアリーアイブルー)サンパチェンス・ピンク昨夜晩酌をしようと清酒久保田の栓を抜いた。私は先日スーパーで久保田を買ってきたように思っていたのでその酒がそうだと思った。妻は娘が父の日に送ってくれた酒だという。娘が送ってくれたことは覚えていたが、自分も買ってきたことは確か(どこかに保存してあるのかも知れないが)で、これは娘が送ってくれたものだ、いや私が買ってきたものだと激しく言い争った。どちらかがどこかに保存してある可能性があり、それを探せば解決できたのかも知れないがそれもしないで各自の主張を言い合った。7月12日にピアノの発表会があり、7月17日が医学論文の締めきりで、そのことが頭にあって他のことは上の空でその間妻からも色々手伝ってくれの要請もあり、超多忙を極めており、日常生活の記憶がおろそかになり、言い争いになることが結構あった。今朝になってよく考えてみたら妻の言う方が正しかったと思い、詫びたら、「ああよかった認知症になってしまったのかと思った」と笑いながら応じてくれたので助かった。今後は自分の思い込みをあまり主張しないようにしようと思った。
2026.06.29
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今咲いている赤いアジサイ(ハイドランジア)右は昨年挿し木で育てたものグロリオサ、球根でも種子で増えて庭のあちこちで咲いている私は健康管理センターに20年勤めて定年になり、その後急性期病院に12年勤めて退職後、誘われて6年間リハビリ病院に勤めているが体力が衰え最終段階にきていることを自覚している。先日健康管理センターに勤めていた頃の常務さんの奥さんのお悔やみ記事を新聞で見て告別式に参加してきたが、当時の常務さんは椅子に座っておられて参列者の方もあまり見ておらず、私が参列したこともお気づきになられていないようだった。後で電話してみたが家電はもう使われておりませんとのことで、連絡のつけようがなく、ご高齢で認知力も衰えた状態なのだろうと思ったが、住所が昔のままかどうかわからないが、ハガキを書いてみた。連絡はつかないだろうと思ってその後は忘れていたが、なんと昨日その人が自分で運転してわが家を訪ねてきてくれたのである。股関節の手術は何度かしたが、多少フラフラしても立って歩くことが出来で元気ですとのことだった。もう寝たり起きたりで言葉さえ障害されていると思っていたので驚き、大喜びした。奥さんの告別式の時の印象では昨日の姿はとても想像できなかたので、お元気な姿をみて本当に良かったtと思った。知人等で長年消息が分からなかった人で80歳過ぎていると生死が分からず、生きていたとしても認知症で話も出来ない状態の人が多く、このように健康な姿でお会いできたことは稀で、喜びがあふれた。
2026.06.28
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サフィニアヤブカンゾウ昨日は東京勤めで一人暮らしの孫が来るとのことで駅まで迎えに行かなくてはと思って急いで家に帰ったが、日程間違いで来月になったとのことだった。妻は孫が来てくれるのが嬉しくていつもご馳走を作って待っているが、今回も痛い腰をかばいながら彼女が好きそうなものを作って待っていたが、残念だった。でも明るく、「私達二人で食べればいいんだから」と言いながら寸暇を惜しんで宿題の習字を書いていた。夜入浴しようとしたら山梨が震源地という大地震に見舞われた。震度6弱とのことで、家がミシミシいってどうなることかと思った。このまま家が潰れてしまったらどうしようと思ったが、その大きな揺れの後は静かになってくれてよかった。妻はその時も習字を書いていたので「呑気に習字を書いている場合ではない」と言ったら「そうですね」と言って声をたてて笑った。呑気な人だと思った。
2026.06.27
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エキナセア花ザクロ 亡き父が40年前息子夫婦と一緒に住むために田舎から甲府に引っ越してきた時に田舎から持参した花昨夜遅く60年程前に東京都中野区上高田の安下宿で一緒だった仲間から電話がかかってきた。元気にやっているのであの頃の下宿仲間でまた一度会おうではないかという電話だった。彼はパーキンソン病を患っており心臓も悪く、ペースメーカーを装着している。足腰も悪くなって車いすを常用しているのではないかと思うが、発病から20年くらい過ぎて、80歳を超えても今も元気である。数ヶ月前にマンションの自室周囲の廊下を掃除していたら、通りがかった50歳代と思われるご婦人が「ご不自由なお体なのに皆さんのために掃除をして下さってありがとうございます」とお礼を言われた。自分は大それた気持ちでなく当たり前のことをしていただけなので戸惑ったが嬉しかった。そのことをきっかけにその人との交流がはじまり、その人の人柄の良さに感動し、毎日が楽しいとのことだった。体の不自由な自分に気を使ってくれるだけでなく、誰に対しても全く隔てなく親切で、こんな人が世の中にいたのかと驚きの連続とのことだった。人の一生には様々な事象が起こるが何と言っても人との出会いが最大の出来事だと思う。卑怯な人やずるい人、自分勝手な人など様々な人がいて人間とはそういう者と思って暮らしている人が大半だと思うが、彼は自分の命が終わる前に素晴らしい人に出会い、人間に対する見方が変ってきたとのことである。長生きしてよかったとの喜びに溢れていた。その話を聞いて私まで嬉しくなり、生きがいが見つかったような気がした。
2026.06.24
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バラ:アルテシモ ポーチュラカ昨日はサッカーワールドカップのチュニジア戦で日本は4対ゼロで勝利した。監督や選手たちの意気込みや個人プレイでなく、チームの一員としての動きの中で見事な勝利をかざり、素晴らしい試合だった。次の6月26日のスエーデン戦でもチームワークをしっかり固めていい試合をしてもらいたいと願っている。妻が育てたバラのアルテシモやポーチュラカが咲いていたので写真を撮った。昨日の朝7時に多発性骨髄腫で様々な症状、特に心不全で苦しそうだった82歳の女性患者さんが亡くなった。最後には呼吸が苦しそうだったが家族に見守られながら静かに息を引き取った。心臓も肺も骨髄腫細胞に浸潤されて助かる見込みのない経過の中で逝かれたが、この世とのお別れは悲しく辛いものだったろうなと思った。多くの臨終の場に立ち会わせて頂いてきたが、若い時には自然の流れの中で死を迎える方々を自然に受け入れられてきたが、高齢になり自分もその時を迎えようとしている年齢になり、この世との別れの感情が患者さんと同じように感じられるようになり、そこまで年取ったのだなと感じている。
2026.06.22
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千鳥草ペンタス1984年酒店経営の女性(当時69歳)が殺害された事件で強盗殺人罪で無期懲役となり2011年に75歳で病死した阪原弘さんが再審公判に向けた3者協議で検察側が有罪を表明しないと表明して阪原さんの無罪が確定した。死刑や無期懲役が確定した事件で本人の死後再審が開かれるのは初めてとのことである。息子さん達ご遺族の熱意が実って本当に良かったと思う。冤罪事件の多くは激しい自白強要や証拠の捏造である。捜査官は事件の早期解決を図りたいためにそのような行為に走ると思われるが、無実の罪でそのような拷問や、証拠捏造されたら堪ったものではない。何人かの凶悪事件の犯人が冤罪だったとして無罪として釈放されたが問題は真犯人である。捜査官は早く犯人を挙げて問題解決したいと思っているかも知れないが、そのために無実の人が死刑になったり、何十年間も獄中につながれるのはたまらない。難しい事件の場合、即座に犯人が同定できないかもしれない。それでも安易に犯人を仕立て上げることだけは絶対しないでもらいたい。時間がかかってもいいので、じっくり犯人を捜してもらいたいと思う。
2026.06.20
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ムラサキゴテングロリオサトランプ大統領は自身の80歳の誕生日の今月14日にホワイトハウス南庭でアメリカ建国250年の記念格闘技大会を開催した。4000人の観客を招待し7つの試合が行なわれ、トランプ氏はリングサイドで勝者と握手したとのことである。トランプ氏は格闘技の大フアンで総合格闘技団体UFCのCEOとも昵懇で両者に利益があると判断して開催したと思われるが、由緒あるホワイトハウスで格闘技、普通では考えらえないが、自身を世界の帝王と思っている彼はそれを実現してしまったのである。関税政策やイラン戦争、国際的な平和条約からの脱退等、世界の民や相手国のことを考えての政策ではなく、自国の為、自分の利益のための行動である。反対する人たちもいるが、それらの人達は眼中にないのである。80歳と言えば高齢である。80歳を過ぎた前大統領バイデン氏に対しては老齢で認知症、何の役にも立たない大統領と批判していたが自身が80歳越えの老大統領になって何を考えているであろうか。年齢のみでその人を評価してはいけないと思うが、自身が高齢になったことを十分認識して、アメリカの繁栄だけでなく、その他の国の繁栄をも願って、人類のために余生を燃焼させて頂きたいと願う。
2026.06.19
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カサブランカチロリアンランプ今年のピアノ発表会の日程が7月12日の日曜日に決まった。曲目はオーケストラ曲をピアノ向けにアレンジした「美しき青きドナウ」を弾くことにした。ここ10年位毎年出場してきたがさすがに今回で最後になると思う。運転免許を返上して仕事もやめれば時間に余裕ができるのでピアノ位続けたいと思うが、免許がないので先生の所に通えないのでレッスンも辞めることにしている。ピアノや運動などの趣味は誰でもいつでも始めることができる。上手になるかならないかは別問題で何時でも止めることが出来る。問題は続けるかどうかだが、私の場合はピアノ何年続けても上手になれなかったが、懲りずに続けてきた。今回で一応区切りをつけようとしている時、発表会で緊張して様々な失敗をしてきたが、この「美しき青きドナウ」をお別れ曲として、下手でもいいから心を込めて、思い出の東京エレクトロン韮崎文化ホールで堂々と弾いて来ようと思っている。
2026.06.17
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百合の花、カサブランカが咲き始めたジャガイモを収穫した本日2本目のブログです。ヤクルトがソフトバンクに4対ゼロで勝ち奥川投手が完投勝利した。プロ入り7年目25歳、初めての完投、完封勝利である。ヤクルトは交流戦に入って不調で7連敗もあり、ズルズル負けて最下位まっしぐらになってしまうのではないかと心配したフアンが多いと思う。私が応援している小川投手や奥川投手も良く打たれて試合が作れずチームは負けるし本人は負け投手になることが多く、出だしは良かったが結局今年も最下位かと思い始めていた。昨日も8対1の大差で負けるし、今日もきっと負けているだろうと結果を見る気もなかったが、どんな負け具合かチラッと見て見ようとヤフーでみて見たら何と奥川完封でヤクルトが勝利していたではないか。驚いてしまった。ヤクルトフアンが歓喜して喜びの投稿で溢れていた。交流戦の成績は6勝11敗1引き分けで悪い成績だがもうそんなことはどうでもよくなったのだ。故障に泣いた奥川が立ち直ってくれたのだと喜びが爆発した状況だった。私も嬉しくなり心がウキウキした。庭に出てジャガイモを掘ってみた。菜園の師匠だった義理兄が亡くなってしまい、自己流で育てて見たが思いの外の出来で嬉しかった。3月に学会発表したウエルニッケ脳症について審査で論文掲載が決まったとのことで、締め切りは7月17日とのことだった。喜ばしいことだが論文を書くとなると大変なので、提出するかしないか迷っていた。でも本日は休日なので学会発表時の抄録を基に少し書き始めて見たら論文が書けそうな気がしてきた。夕方には妻の園芸の手伝いもすることが出来て、いつも落ち込み、打ちひしがれていた私も奥川投手の完封勝利に喜び、ジャガイモの豊作や論文書きの手がかりを得たことを喜び、腰痛があるのに花つくりをしている妻の手伝いをすることが出来て今日は良い日だったなと思った。いつも老化現象や体調不良で落ち込んで辛い思いをしていることが多かったが、今日ばかりは大いに喜び、明日以後頑張って行こうとの気力が湧いてきた。良い一日に感謝。
2026.06.14
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ストケシアがんや肺炎など重い病気の進行で亡くなることもあれば、脳卒中や心臓病など急激な発作で亡くなることもあり、難病や老衰など長期の患いの結果として亡くなることもある。重症患者さんのご家族には、前以て急変した場合の人工的延命処置についてお伺いすることになっている。気管内に挿管して人工呼吸器をつけるとか電気ショックをかけてみるとかの延命処置については病気になる前に本人が意思表示していたり、それまでの病状から回復が望めない場合などには「延命処置はしないで静かに見守って頂きたい」方に〇をつけるが、本人の意志表示がなかったり、少しでも延命してもらいたい気持ちが強い場合には、「延命処置を希望します」の方に〇をつけることになるが、時代と共に後者は減少して現在では殆どの家族が前者に〇をつけている。胃ろうや鼻管栄養も延命処置の一つだが、この処置についてはほとんどの家族が食べられなくなったのなら何とかして栄養を入れてやってくださいとその処置を希望する。最近稀なケースに遭遇した。87歳男性、脳梗塞で会話は出来ない。左手だけ動かしているが、意志をもって動かしているのではない。前医から脳梗塞後のリハビリお願いしますと送られてきたが、食べることが出来ないので点滴をして栄養を補いながらリハビリを行ってきた。点滴の針も段々入らなくなってきたので鼻管栄養に切り替える話をご家族にしてみた。多くの場合は「お願いします」になるのだが、このケースでは「もう一度子供達で話し合ってみます」と回答を持って帰られた。鼻管栄養になると記憶も判断力もない今の状態で何か月、何年も生きることになり、それが果たして父親のためにいいことなのだろうかと考えてのことだと思う。話し合った結果はこちらに知らせてくれることになっているのでお待ちしている現状である。
2026.06.14
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南天の花昨日仕事終わって帰ってきて歩数計をみたら、6278歩を歩いたことになっていた。職場内の廊下や階段を歩いた数字である。土日など勤務に出ない日は数十歩くらいで殆どゼロに近い。現在高齢化の波が押し寄せており、定年後とか何らかの理由で仕事を辞めた後の生活が重要視されている。私の場合、定年後、誘いがあって、第2の勤務を続けてきたが、それも間もなく終了するつもりである。仕事に出勤しなくなった後について考えてみた。上記のように仕事している間は自動的に5~6000歩歩くことになるが、仕事が無くなったら家に閉じこもって殆どゼロ歩の生活になってしまうのではないかと思う。仕事がなくてもウオーキングに出かけて5~6000歩歩いている人もいるので、その気になれば運動不足に陥らないで済むかも知れないが、その気になるかが問題である。仕事している時は仕事につられて知らないうちに歩いていたが、今度は自発的に歩かなければならない。この自発が問題だと思う。仕事を辞めればその分自由時間が増えるが、何もしないでぼんやり暮らしていたら老化はどんどん進行していくと思う。散歩や家庭菜園、庭の草取、ピアノや読書などの計画を立て、それをきちんと実行していくようにしようと思っている。
2026.06.12
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ベルガモット・モナルダ(松明草)終末が迫っている老体の身で何をたわけた事をとお思いかもしれない。歩くのもかなり辛くなってきたし、畑作業などほんの少ししただけで疲れるし、机の上や下に溜まっている書類やガラクタを片づけようと思っていながら3日も4日もそのままになっている。相当重症の老人病だと思う。その、僅かな人生しか残っていない人が生まれ変わった気持ちでとはピンとこないと自分でも思う。しかし先日96歳の方が毎日新幹線で通勤し、常勤医として働いている記事を見て、自分はもうかなり年取ってしばらくしたら終末を迎えるという考えが強すぎると思った。96歳の石岡国春医師にも悩みや苦しみの時もあったかもしれないが、インタビュー記事を見る限り、私のようにもう年寄りだからダメだと思ったことがなさそうなのである。人それぞれ人生について色々感じて色々考えていると思うが、少なくとも96歳の人で、歳を取ったからダメと考えていない人がいたことを知ったのは大きな光明になった。自分も年取ってはいるがあまりそのことは考えないでやれることに取り組んでいこうと思った。生まれ変わると言うのは少し大げさかもしれないが、考え方をがらりと変えて、自分は年寄りだ、年寄りだとあまり思わないようにしようと思った。
2026.06.09
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イトバハルシャギク96歳の現役医師、石岡さんの記事を読んだ。仙台に住んでいて岩手県の花巻市のリハビリ、老人センターに水曜日のみ研究日で、月、火、木、金の4日間新幹線で通勤しているとのことである。自身はペースメーカー装着しており、体力は低下してきているが医療の修行はいつまでも終わりがないと考えており、要請があればどこの病院でもお手伝いする気持ちがあり、未だにいつ辞めると考えたことがないとのことである。私の場合は、体力の衰えを感じて、辞める時期を既に決めているが、私より10歳以上ご高齢の先生が辞めたいと思ったことがないというのだから驚いた。手術とか高度の医療技術を使うことはないが、患者さんを慰め、励ますことは出来るとのことである。歩くことが好きだったので仕事をして新幹線で帰宅後は1日6000歩歩いているとのことである。仕事面で色々な患者さんに対応していくためにも、茶道、お花(華道)、油絵などの趣味にも打ち込み、自身の引き出しを多くして、日頃から徳を積んでいくことで良い医療が実践できると考えているとのことだった。80歳過ぎたら周りにきちんとした医療を続けている人は殆ど見当たらず、誰をお手本に生きて行ったらよいか分からず、苦悩を感じた時もあったと思われるが、淡々と90歳過ぎ、そして95歳過ぎまで現役常勤医師がおられたとは驚きで、私が心に決めた勤務を辞める時には、医師的なことも一切やめると思ってきたが、石岡先生の記事を読み、それでは無責任、自分勝手かなと思えてきた。
2026.06.07
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サントリナ巨人軍阿部監督が退任して橋上代理監督になってから勝ち続けており、以前より勝ちっぷりがよく、強くなったような印象を受ける。安倍フアンにしてみれば複雑な気持ちだと思う。痛ましい事件で辞任した巨人生え抜きの阿部氏に同情している人は多い。どこの馬の骨か分からない橋上氏に代わった途端勝ち続けても素直に喜べない面もあるかも知れない。しかし私は巨人以外のチームのフアンだがフアン心理としては勝つことが第一で、監督がどうの、主力選手がどうの等は考えている余裕がないように思う。贔屓チームが勝てば喜んで安らかに眠れるが、負けると監督の采配や選手の不甲斐なさをあれこれ考えて悔しくて悲しくて中々眠れないものだ。フアンとは不思議なものである。勝敗に一喜一憂して生活や仕事にまで影響する。勝っている時はいいが、負け続けると自暴自棄になったりする。そんなに熱をいれ、悲しんだり、喜んだりしたからといってどうなるものでもない。選手たちにしてみれば「フアンの皆さんがご自分のこと以上に喜んだり悲しんだりしてくれるので頑張ろう」と思うかも知れないが、練習量が足りなかったり、能力がなかったり、監督の采配が悪かったりすると負けてしまう。そしてフアンは悔しがる。どうすることも出来ないのである。心の平安を得るためにはフアンを止めてしまうのが一番だと思うがそれも出来ずに平々凡々と続けてきているのがフアン稼業だと思う。巨人の成績によって世の中の大半の人々の心の状態は決まる。他チームフアンの心の状態もチームの成績によって決まるので、プロ選手はフアンが納得する試合を展開してもらいたいと願う。
2026.06.06
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スパティフィラム今朝の朝日新聞朝刊の鷲田清一さんの「折々のことば」に古井由吉さんの随筆「裸々虫記」からの引用で「人は過去に引っ張られ、未来に引っ張られ、いわば前後に存在を広げて生きている。だがその広がりが急に狭まると人は「現在地、現在時」を見定められずに前後不覚に陥ると述べていた。私達は過去と未来の広がりの中で生きているが、年齢によって未来の広がりが大きく感じられる時と過去の広がりが大きく感じられる時がある。子供の時は過去の広がりはほんのわずかで未来の広がりが殆どである。年とると反対に過去の広がりが大半で未来の広がりはほんの少しになってしまう。今の自分がそうで、昔のことをよく思い出し、あれもできた、これもできた、あの人と会って話をして楽しかったなど過去の事ばかりが思い浮かぶ。あの頃は若くて何でもできた。でも今は未来に向かっては何もできそうにない、広がりが急に狭まっていて窒息しそうになる。「折々のことば」の中で鷲田さんが言いたかったのは高齢になっても生きる空間を狭めないで特に未来の広がりを広げようではないかと言うことだと思う。私を含めて老人には未来はないと思っていた人が多いと思うが、そういう人達に目覚ましの一撃を加えてくれたのではないかと思った。その目で見れば老人には老人なりの未来があるはずだと言いたいのだと思った。私は今老年時代の真っただ中にいる。過去の事ばかりが広がっている状況にあるが、この際、古井さんや鷲田さんの言葉を足がかりにして、過去のことは切り捨てて未来を広げて生きて行こうと思った。
2026.06.04
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アジサイ 咲き始め 他チームの選手には背名前が入っているのに巨人軍選手には背名前が入っていない。私は65年以上前からプロ野球の国鉄スワローズ、サンケイアトムズ、ヤクルトスワローズと名前は変ったが金田投手のいた国鉄スワローズ時代から現代のヤクルトスワローズまでずっと変わらずスワローズフアンである。しかしプロ野球フアンなので球界の盟主である巨人のことはヤクルトの次に気になる球団である。テレビを観るとその巨人選手のみ背中に名前が入っていなくて選手を凄く可哀そうに思う。新人もいれば外人もいる。プロ選手であればだれもが自分を世間で知ってもらってアピールしたい。それを球団によって阻止されているのだ。私は「選手が可哀そうだしフアンも新人選手の名前が分からなくて楽しみが半減している」と球団社長に一昨年手紙を書いた。返事を頂けずそのまま名前なしの状態が続いている。聞くところによると選手の名前を入れてやって欲しいという要望書は一杯届いていいるが球団幹部の伝統への固執と巨人選手なら背名前がなくてもすぐ覚えてもらえるというおごりがあるとのことだ。そのような態度のお陰で、巨人フアンはどんどん減っている現状がある。巨人上層部の選手個人の気持ちを大事にしない態度やフアンの要望も無視している姿勢は成績にも関係してきていると思う。常勝巨人のイメージも薄れつつある。フアンの間ではビジターの試合だけでも背名前を付けてもらいたいという要望があるが、それさえ現時点では取り組んでいるように思えない。これでは球団幹部の伝統への固執によって選手名無しのままの巨人軍はやがてフアンから見放され、消滅していくかも知れない。球団幹部の猛省を望むところである。
2026.06.03
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紫陽花 ダンスパーティーリハビリ病院に勤務しており、重症で手の尽くしようがない患者さんも受け持つことがある。4年前67歳のアル中患者さんを受け持った。進行してウエルニッケコルサコフ症候群になっており、歩くことも出来ないし、意思表示もできない。一般的には回復不可能な状態と言われており、尿路感染や腸閉塞その他の合併症で急性期病院に入院したり当院にも3度入院した。当院入院時にはリハビリを懸命に行ったが進歩は少なく、日常生活への復帰は望めないと思われていた。しかし4年後、家族から聞いた話では、懸命な介護とリハビリで歩けるようになり、友達に会うために外出もするようになったとのことである。ウエルニッケコルサコフ症候群になっても家族や医療者の懸命な努力で社会生活に復帰できることもある貴重な症例と思われた。私達の身の回りには回復は無理だろうと思われる症例も多い。しかし諦めなければかなりの所まで回復できることがあるので、一例、一例に真剣に向き合っていこうと思う。
2026.06.01
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