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木曜日の夜から孫のナツキがいつもの眉のケアでやってきた眉ケアのほかに面白い計画を持ってきたJRのさいころ切符、正しくは北九州VS富山 大阪発すし決戦きっぷという長ったらしい名前だ以下の二種類のサービスが用意されていてそれをサイコロを振って決めるというもの①富山で寿司を食べるクーポンとJR大阪~富山間の往復切符②小倉で寿司を食べるクーポンとJR大阪~小倉間の往復切符費用は大人1名、9,800円(すし決戦クーポン代金)5,000円を含む)五千円の寿司代を引けばJRの方は四千八百円好評ですぐに売り切れたというがこれは安いし、計画次第では面白い旅を楽しめそうだナツキは②の北九州(小倉)のプランが当たったママと二人で行くつもりだったがママの都合が悪くなり急遽カミさんが代わりに参加することになった往路と復路は別々に予約できるので宿泊をしてもいいそうだが今回は日帰りだという今朝早く、二人で出かけた新大阪7時11分の、のぞみ275号唐戸市場で寿司を食べたトンネルを歩いて福岡に帰ってるトロッコ列車で門司港に帰ってきた焼きカレー食べる・・・・・・次々にラインが入ってきているナツキは立ち寄る場所を細かく計画しているがカミさんはついていけるかな*もう売り切れになっているが興味のある方はこちらでご確認ください→☆カミさんが留守になったので娘夫婦が夕食が大変だろうと近くのすし屋に誘ってくれたありがたいことである!
2026/02/28
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サクラツツジ(桜躑躅)ツツジ科ツツジ属の常緑低木四国、九州及び沖縄の一部地域に分布する常緑性のツツジ同上、薄いピンクの花が咲くというが実際に観たのは白い花だった枝先に3枚の葉が輪生するミツバツツジ節の中で、本種のみが常緑で革質の葉をもつ観るのはもちろん、名前を聞くのも初めて楽天市場で、鉢植えの苗木が24,000~29,000円で販売されているネットを探せばたいていの物が手に入る世の中である
2026/02/27
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先日の楽歩会のコース途中に通りかかった街角の小さな食堂にこの通りの行列ができていた二週間前の下見時も同じ状態であった11時から営業となっているが我々が通過したのは11:50だから昼食時はいつもこんな状態なのだろう行列ができるくらいだから多分なにかの名物料理があるはず気になったのでGoogleで調べた一富士食堂は定食マニアのスポット昭和34年創業の、行列ができるお店として有名な大阪を代表する老舗食堂。行列客のお目当ては同店の2大名物として知られている「出し巻き」と「肉吸い」でいずれも3種のかつお節を独自ブレンドした出汁が、おいしさの決め手に。「出し巻き」単品は430円。「出し巻き定食」、830円は先代の時代から提供する不動の看板メニューで皿ににじみ出るほどに出汁を含んだ出し巻きはふわふわ食感でごはんがすすむ!もう一つの名物「肉吸い」単品は800円。「肉吸い定食」は1,150円)は、牛肉と豆腐のほか卵がまるごと1個入っており、牛肉のコクでさらに深みを増した、出汁の旨みが心に染みます。*行列を見ると、なんの列だろうと興味を持つのは人情というもの訳も分からずに並んだという人はさすがにいないだろうと思うが落語の世界なら登場してもおかしくないかなここは何の行列でございますかこれかい、いやおいらにもわからねえんでみなさんが並んでるからおいらも何かいいことあるんじゃないかと並んでおりやす、なんてねボクも人並みに行列には興味は持つ並ぶ並ばないはその時の都合次第だけど、あまり気が長い方ではないのでよほどヒマか、特別の理由がない限り並んでまで食べようとはしない方だろう
2026/02/26
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睡眠時間は十分に 先週の日曜日の二月十五日、NHKの朝のラジオ番組「サンデーエッセイ」で「今になってわかる睡眠の大切さ」というタイトルの放送を聞いた。話していたのはブロードキャスターのピーター・バラカンという人。以前にもこの番組で聞いたことがある方で、とても流ちょうな日本語を話す人だ。 話の内容は、マシュー・ウォーカー著、「Why we sleep」を読んでの感想が中心であった。話を聞きながら二つのことが印象に残った。 一つは前夜に学んだことは、良く寝た方が記憶に残るという話で、逆に徹夜などすると記憶に残りにくくなることがデータによって実証されているという。バラカンさんは受験勉強をするいまの若い人たちに教えてあげたいと言った。 もう一つは、一晩寝ることによって物事が改善できるという話である。彼が若いころ、ギターの練習で何度やってもうまくいかないところがあった。そばにいた彼の母から「今日はもうやめて明日になってからもう一度やってみなさい」と言われ、その通りにしたら難なくできたという彼自身の経験談である。ほかにもレム睡眠、ノンレム睡眠と夢のことなども話していたがボクには興味がない。 最初の記憶についての話は、バルカンさんには失礼だが、そんなことは聞くまでもなく当たり前のことだと思った。寝不足の朝の、ぼーっとした頭で前夜に学んだことを満足に記憶出来るわけがないと思うからだ。 受験勉強はもうずいぶん昔のことになる。ボクはもともと睡眠時間を最低でも八時間は確保している。若い頃も、歳をとった現在もそれは変わらない。もちろん徹夜マージャンや、出発の早い朝などの例外はある。中学、高校の期末テストの勉強や大学の受験勉強なるものも一応はした。しかしその勉強のために決して睡眠時間を削るようなことはしなかった。睡眠時間を削っての勉強はこの本の著者のいうとおり、何の効果もないと思っていたからである。 もうひとつの、行き詰った時に一晩寝ることの効用については、過去にも何度かそのような経験をしている。これを書いている今日、体験したばかりのほやほやの例がある。 昨夜、ワードの文書を開くと、縦書きで保存してあったものが、横書きの見慣れない形式になって表示された。あれっ、どうしたのだろう? 他の文書も開いてみたがみんな同じことだ。訳が分からない。「書式」を縦書きに指定しなおしても直らない。頭はパニック状態だ。 一夜明けた今朝、もう一度やってみるが同じことである。うーん困ったなあと頭を抱えた時、似た事例の検索を思いついた。グーグルに「ワード文書を保存すると書式が崩れる」と入力してみた。すると以下の記事が見つかった。 Word文書を保存時に書式が崩れる原因は、バージョン間やMac/Win間の互換性、フォントの不一致、プリンタドライバ依存、図の配置設定のずれが主な要因です。対策として、PDF化、共通フォント使用、図の「行内」設定、レイアウトオプションの調整が有効です。 これを見てすぐにピンときた。レイアウトオプションだ。「表示」タブで見ると、見たことのない「Webレイアウト」になっている。いつもの「印刷レイアウト」にすると簡単に元に戻った。昨夜の慌てぶりが嘘のような気分だ。これぞまさにバラカンさんの言う一晩寝た効用だ。 バラカンさんは番組の最後に、この本を奥さんにも読ませたいと思って調べたら、日本語訳が出ていることがわかったと言って、「睡眠こそ最強の解決策である」という本を紹介した。 それを聞いた時、「ボクも読んでみよう」と思った。しかし待てよ、ボクはいつでもどこでも眠れている、いまのところ、こと睡眠に関しての悩みはない。ならばいまさら読むこともなかろう、というわけで取り寄せるのをやめた。(2026年2月)
2026/02/25
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本日は楽歩会二月例会参加者は22名コースは以下の通りJR東西線・大阪天満宮駅→成正寺(大塩父子墓)→与力中嶋家役宅門跡→大塩平八郎洗心洞跡→槐の跡→造幣局貨幣博物館→藤田邸跡公園→大阪城公園梅林→R大阪環状線・大阪城公園駅(7.5キロ)二日ほど前からの春の陽気に誘われて大阪城梅園の梅は満開になっている同上同上人出もまたこの通り同上十二分に梅満喫三月は土佐街道のひな祭りです!
2026/02/24
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この時期、さすがに雪に関する歌が40首中15首と目立った早暁を門に三尺の雪を掻く老いひとり住む生きの証(あかし)に(大館市)小林 鐐悦雪かきは危険を伴う重労働頭でわかっていても経験してみないとホントのしんどさはわからないしかもそれをするのはお年寄りが多いと言う東京に来たらと息子言うけれど雪から家を守らにゃならん(山形市)佐藤 清光たとえ雪かきが重労働であっても転居はそう簡単なものではないわしがいなくなったら誰が雪下ろしをする夢うつつ除雪車の音ひびきおり恐竜のかくイビキのような(札幌市)福田 眞理子除雪車の音に目覚むる厳冬の庄内平野に雪降りつづく(横浜市)白川 修上記二首、除雪車の音といわれても聞いたことがないので実感がわかない恐竜のかくイビキのようなというのだから相当にやかましいに違いないいかに雪国のことを知らないか思い知って気恥ずかしい気分だ*六十歳になろうかという息子がまだ小学生だったときのことだからいまから五十年ほど前のことになる子どもたちの夏休みを利用して一家四人で、義妹のだんなの里飛騨の神岡を訪ねたことがあるノーベル賞で有名になったニュートリノを観測するカミオカンデがあるところだ義妹一家四人にまだ元気だった義母も一緒で合計九人のにぎやかな旅行だった現地の観光案内など散々お世話になり酒好きのお父さんと一献酌み交わしたその時、たまたま雪下ろしの話になりいかに重労働であるかを聞かされた酔った勢いもあって、次回は冬に来て屋根の雪下ろしを手伝いましょうなどと約束したことを覚えている当時は三十代半ばで体力には自信があっただから約束は冗談ではなく本気だったところがいまだにその約束をはたしていない
2026/02/23
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奄美大島ではちょうどカンヒサクラの咲く季節で、島のいたるところで濃い紫紅色の花を鑑賞できたのは幸いであった桜並木のようなものはあまりなく道路端や人家の庭、公共建物の庭園等に植えてあるようであった同上花は一重咲きで、下向きに咲く同上同上、濃いピンクの花から河津桜を連想したが、同じ仲間らしいウィキペディアによると、ガンジツザクラ(元日桜)ヒカンザクラ(緋寒桜)タイワンザクラ(台湾桜)サツマザクラ(薩摩桜)ヒザクラ(緋桜)などの呼び名があるようだ現地のガイドさんは、ヒカンザクラ(緋寒桜)はヒガンサクラ(彼岸桜)と紛らわしいのでカンヒサクラ(寒緋桜)という呼称をわざわざ作ったのだと説明していた
2026/02/22
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シマオオタニワタリ(島大谷渡)撮影:2026/02/16(奄美大島)同上、もう少し近づいて日本では屋久島・種子島以南の南西諸島と小笠原諸島に自生しているという新芽を食べられるので、沖縄ではおひたしてんぷら、チャンプルーなどで食べているWEBサイトを調べると観葉植物として鉢植えの商品として販売されている案内してくれたガイドさんが植物に詳しく丁寧に説明してくれたのはありがたかった*ボクはヤドリギなどの寄生植物やフウランなどの着生植物が好きだなぜなのか、自分にもわからない
2026/02/21
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奄美大島の旅から帰ると庭の福寿草が迎えてくれた梅も満開開花が遅い蝋梅も満開まもなくウグイスの初音も聞けるころだ春よ来い!!
2026/02/20
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今回旅行した奄美大島にまつわる自分との縁についてのメモであるその一学生時代に夏休みを利用して沖縄の友人を訪ねたときのこと神戸から黒潮丸という船を利用した往路の途中、奄美大島・名瀬港で荷役のため船は数時間停泊したその時、わずかな時間だが上陸できた65年前の1961年8月のことである昔のことなので記憶はあいまいだが時刻は夕方で薄暮の頃だったと思うワイヤーモッコで吊り上げた牛を船から降ろしていたのを眺めていた港の周りも少し歩いたが目立つ建物もなく一面が草原だったような記憶が残っているその二画風とその生き方に魅力を感じた画家田中一村が晩年を過ごしたところ近所の絵かきさんから図録や生涯の記録など田中一村関連の本を借りて読み漁り、一村に対する思い入れが特別強くなった、今風に言えば「推し」ところで、相手が故人であってもやはり「推し」というのだろうか?さらに二年前だったか、上京した折にたまたま上野の美術館で田中一村の絵画展が開催されていて数多くの作品を鑑賞できたのも何かの縁であるその三昨年、島が舞台の小説、島尾敏雄著 「死の棘」を読んだことは記憶に新しいその四近所の〇田さんから時々いただく黒糖焼酎が奄美大島産であることその五グラウンドゴルフの常連や長寿会の会員に島の出身者がいて最近、何度か話を聞いたこともあるその六ごく最近では、女優・大竹しのぶさんの娘でタレントのIMALUさんが移住したことこれはボクとは関係ないな(笑)*参考「IMALU」のこと(ウィキペディア)父はお笑い芸人の明石家さんま母は女優の大竹しのぶ(中略)名前の『いまる』は父親であるさんまの座右の銘「いきてるだけでまるもうけ(生きてるだけで丸儲け)」からと、一方大竹は「いまをいきる(今を生きる)」から命名したと述べている。(後略)*今回の観光コースの一つ田中一村美術館
2026/02/19
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あやまる岬、奄美大島屈指の観光名所左は東シナ海方面、右が太平洋三日目の本日は半日観光の後12:30発の飛行機で帰阪本日の訪問場所は下記の三か所・あやまる岬展望台・原ハブ屋奄美・大島紬村あやまる岬、東シナ海方面を望む同上、太平洋方面を望む同上、岬にある公衆トイレガイドさんに勧められてトイレに行くとこの通り、太平洋に向けて放尿する仕組みハブと愛まショー→ハブの生態説明大島紬村説明を聞いたが、織物の仕組みがボクにはどうしても理解できない三日間の旅はあっという間である30人の団体旅行でなんと半数以上が何らかの関係で知り合いという過去にあまり経験のない団体旅行であったさようなら、奄美大島!出発前、空港のデッキから
2026/02/18
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本日の宿・ばしゃ山村ガイドさんの案内付きで以下の観光地を案内してもらった朝のうち小雨であったがそれも上がった油井岳展望台ホノホシ海岸マングローブ展望台奄美大島世界遺産センター焼酎工場・浜千鳥館田中一村記念美術館ツアーの旅だからこういうものだろうホノホシ海岸宿の歓迎メッセージばしゃ山村の海岸はなかなかいい海もきれいだし泳げる季節に再訪して一週間ほど滞在したい気分である旅は明日もう一日、残っている最後まで楽しもう!
2026/02/17
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カンヒザクラ(寒緋桜)奄美大島はいま寒緋桜が見ごろであるバスの車窓から満開の桜を見かけるのに下車した時には皮肉なものできれいに咲いた場面に出くわさない*地元・JAのツアーに初参加で奄美大島にやってきた蓋を開けてみると30人のツアーで半数くらいは顔見知りである中学・高校のの同学年もいるし地元の知り合いの縁者もいて「世間は狭い」を地で行っている田中一村の絵に出てくるアダンの実一村の美術館は明日の見学予定であり今回の旅の目的のひとつである夜の宴会は大いに盛り上がったこの写真で、想像いただけるだろう
2026/02/16
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本日の次第役員改選の選挙があり新役員が決まったといっても、従来の役員の留任である相変わらず新しい引き受け手がいない会長、副会長、会計のみなさまご苦労様ですがよろしくお願いします報告事項の後、会場の前後を利用して二組に分かれて輪投げを楽しんだ市老連の作品展に出す作品を会場に展示本日の参加者に観てもらった昼食後はオカリナ演奏を楽しんだ同上、インドネシアの民族楽器を使って全員でドレミの歌を演奏出演者からバレンタインのチョコレートまでもらって全員ご満悦の数時間を過ごした
2026/02/15
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娘夫婦のマンションで火災報知機の点検があった共働きの娘に頼まれてカミさんと留守番をした一階から点検が始まり、八階の娘宅まで三時間ほどかかったけれど本を持ち込んで読書をしていたのでどうということもなかった役目をはたして帰宅ついでに我が家の報知器も点検幸い、異常なしであった八階の娘のマンションから見る交野山
2026/02/14
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会議中にノンアルコールビール飲む新入社員ついにあらわる(上尾市)関根 裕治勤務中のアルコールは日本では御法度昼間のアルコールは勤務中でなくともやはりいい顔はされないのが日本社会たとえノンアルコールであろうと会議中に飲むとはという驚きだろうか作者の年代を知りたいところである朝から大っぴらに酒を飲めるのは日本では小原庄助さんくらいだろう辞世の句が朝によし 昼は なほよし 晩もよし飯前飯後 其間もよしというのだから・・・*ボクも日本の社会で暮らす身ルールを破るわけにはいかないその代わり、この禁を避けての飲酒を大いに楽しんだものだ例えば休日の朝、温水プールで泳ぎ帰宅後、スパゲッティとビールの食事を休日の習慣にしていた頃もあった旅先の朝食時、熱燗やビールなど季節に応じたアルコールを飲むことも大きな喜びであった海外旅行で、朝から普通にビールなどを楽しむのが日常になっている国を知って強烈なカルチャーショックを受けたこともこの一首の短歌をきっかけに飲酒にまつわる日本の慣習や体験など他愛のないことを次々に思い出している
2026/02/13
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清和天皇 水尾山陵せいわ-てんのう-みずのお-やま-の-みささぎ昨日の「ゆず風呂と鳥鍋」の水尾に清和天皇 水尾山陵がある今回の企画してくれた高○さんの案内で山の中腹にあるその御陵を訪ねた道路わきに、徒歩20分の標識があるここから谷底へ下って小川の橋を渡り山の斜面をつづら折りに登る道路には二日前の雪も残っていたが何とか目的地にたどりつくことが出来た写真は帰路の下りで撮影清和天皇水尾山陵・高札杉の大木越しに御陵が見えてきたこじんまりとした質素な御陵が山腹の静かな林の中に鎮座する風景は風情があって好感が持てる御陵からの眺望を期待したが樹木にさえぎられてさっぱりである御陵が出来た1200年ほど前は開けていたのだろうか?清和天皇と聞いてもボクに知識がない得意の? にわか勉強では以下の通り第56代天皇 清和天皇(850年5月10日~881年1月7日)は晩年には京の深山幽谷にある水尾を愛しその地を自らの「終焉の地」として定めた名物「ゆず風呂と鳥鍋」もよかったがこの御陵に案内してもらったのもまた思い出に残る良い体験であった
2026/02/12
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京都市右京区の山間の秘境「水尾(みずお)」の柚子鎌倉時代の天皇がこの地にゆずを植えたのが始まり、かつては「日本のゆずといえば水尾」と、称される地となったボクが水尾のゆず風呂と鳥鍋のことを知ったのは三十年以上も前のことである以来、一度訪ねてみたいと思っていたその後、山を登る会の行事で二度ほど愛宕山経由で当地を歩いたことがあるその度に、改めて出かけようとの思いがつのり、今日ようやく実現した本日利用したのはこのお店JR保津峡駅から送迎をしてもらった参加者は童楽会の男、四人ゆず風呂につかり鳥のすき焼きを満喫した最近は人手が不足気味で木の剪定や実の収穫に手が回らないという土産物の販売もこのように自販機これも時代の流れだろうか?とにかく、ボクにとっては長年の念願がかなった満足の一日であった
2026/02/11
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知人の高橋さんから自筆の色紙をいただいた高橋さんは書画を能くし、他にも詩吟とか俳句などをたしなむ多芸なお方である年齢はボクより三年先輩と聞いている「心友」、あまり見聞きしない言葉だもちろんボクは使ったこともないしかしそこは漢字のありがたさ字を見れば意味は分かる気がする高橋さんは自分の造語として若い時から使っているという心友は辞書にもあった心から理解し合っている友人心を許しあっている友人互いに心から信じ合う友だち同心の親友親友との違いについても調べた親友は、友達より信頼できること 親友は、友達よりもっと仲がいいこと 心友は、その親友より上で心から理解しあえるお互い信頼できること*心友以外に信友、真友の表現も見つかった心友=同心の親友、心を許しあっている友人信友=誠意のある友人、信頼できる友真友=ほんとうの友人、真実の友他にも小学生などが使う言葉に「神友」、「深友」、「新友」等もあるという*調子に乗って「友達」の同義語や別の言い方について調べたサポーター パートナー フレンド マブダチ 仲間同士 支援する 旧知の仲 竹馬の友 チーム マブズ 仲よし 仲良し友だち 女房役 引く手 愛読者 支持者政治家 知って 馴染み 仲間 友人 友垣友朋 友達 同人 同僚 同朋 味方 好意昵懇 朋友 相手 相棒 知友 身方 馴染
2026/02/10
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大阪城公園の梅林今日は2月楽歩会の下見参加者九人で所定のコースを歩いた二月は梅の季節桜ほど大騒ぎにはならないが梅の花もまた捨てがたい魅力がある大阪天満宮や藤田邸跡公園そして本命の大阪城公園梅林で紅白の梅を鑑賞したコースは以下の通りJR東西線・大阪天満宮駅→成正寺(大塩父子墓)→堀川戎神社→与力中嶋家役宅門跡→大塩平八郎洗心洞跡→槐の跡→藤田邸跡公園→大阪城公園梅林→JR大阪環状線・大阪城公園駅(7.5キロ)大阪天満宮の梅藤田邸跡の梅大阪城公園の梅大阪城公園では命綱でぶら下がった人たちが石垣の清掃作業を行っていた同上番外の造幣局「造幣博物館」を見学したミント(Mint)ミュージアムの「ミント」は「造幣局」や「貨幣の鋳造」を指す英語大塩親子の墓がある成正寺境内右側に大塩親子の墓左側には大塩の乱に殉じた人の碑ボクらが滞在中、ゆかりの人だろうか若いご婦人がこの碑に手を合わされていたここでは大塩平八郎の乱について歴史好きで勉強家の高○さんがしっかりと講義をしてくれた大塩平八郎は地元にも縁の深い人物ボクも知らない事実をたくさん教わった本番は今月24日である梅もよし、大塩平八郎についての説明もまたよし、大いに期待して参加していただきたいと願っている
2026/02/09
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庭に雪が積もったのは何年ぶりだろう今朝、八時過ぎから降り始めてあっという間に庭は銀世界になった冬になると何メートルも積もる地域の方々にはなんとも申し訳ないがめったに積もらない土地で雪を見るのはうれしいものだ*ちょうどいいやというわけで今年二度目のジャンボレモンのジャムを作ることにした*今日は母の付き命日午後、弟夫婦と一緒に墓参
2026/02/08
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庭の片隅のいつもの場所にフクジュソウが姿をあらわした左の円内には二つ、みんなでつぼみが四つ見える毎年、花が開いたときに気が付くのだが今年は周りの落ち葉を掃除していたので早めに気が付いたフクジュソウのことはウグイスの初音の頃でもあり、性懲りもなく毎年ブログの記事にしているそれほどボクにとってはこだわりの花というより、春を待つ気持ちの表れなのである
2026/02/07
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三間社流造、檜皮葺の本殿と案内板(右)案内板、拡大写真案内板の概要本殿は桃山時代の華麗な様式をよく示しており国の重要文化財に指定されている特に四面を飾る蟇股の彫刻に当時の特色を見ることが出来、向拝中央は竹に虎、右は芙蓉にせきれい、左は椿にヒヨドリ本殿正面は中央左右とも牡丹背面は中央に椿左にかきつばた、右に菊東妻は太閤桐、西妻は栗と絵画的で精巧な彫刻がそろっていて見ごたえがあります。東妻の蟇股(赤丸印)案内板によると図柄は「太閤桐」蟇股(かえるまた)というのは屋根や上部からくる荷重を分散して支える目的で、上の写真のように下部が広がって居る部材のこと名前の由来は、部材の形が蛙が股を広げたような形に見えるところから来ている向拝の蟇股は案内板の通り絢爛豪華で日光東照宮を思わせる同上ただし絢爛豪華はボクの好みではなく木の生地をそのまま生かした素朴で質実剛健なものに惹かれる
2026/02/06
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一月の楽歩会で訪ねた片埜神社ここは一宮だと聞いたまた、ボクの住む地域には三宮神社があるいったいこれは何のことなのかという単純な疑問がわいた一宮神社とは?一宮(いちのみや)とは、神社の社格を示す格式のひとつで、昔は、各地域を一つの「国(くに)」という呼称で呼んでおり、その各国の中で最も格式の高い神社のことを、「一宮」と呼びました。この「国」は、現代社会で言うところの「○○県」と同じようなもので、今風に言うならば、その県で一番格式が高い神社と表現することが出来ます。勿論、「国」と「県」とでは、その呼び名の違いのみならず、区画も大きく異なるので、地理的には、現在の「県」とは合致しませんが、考え方としては、非常に近いものがあります。更に、地域によっては、一宮に継ぐ社格として、二宮(にのみや)三宮(さんのみや)と続き、中には、五宮まで続く地域もあります。(神社人のサイトより)慶長7年(1602年)には豊臣秀頼が片桐且元を奉行として本殿、拝殿、南門などの社殿を再建している。この時、交野郡の一宮(牧野坂の片埜神社)である当社の他にも、二宮(舟橋の二ノ宮神社)と三宮(穂谷の三ノ宮神社)も大坂城の鬼門鎮護の社として修復を行ったという。(ウイキペディア)これで一の宮、二の宮などの呼称のことはそういうことであったのかと、何となく理解できたただ説明をよく読むと、一宮の基準などは相当あいまいで判然としない部分もある現に、大阪府の一の宮には下記の三社坐摩神社(摂津国一宮)枚岡神社(河内国一宮)大鳥大社(和泉国一宮)とするものあるいは、住吉神社を加えて四社とするものさらに片埜神社を加えて五社とするものまであるだから、基準そのものがええ加減なものかもしれないWEBの検索だけで、わからないことを簡単に知ることが出来る、ありがたい時代であるが信頼性にも注意を払う必要があるのは肝に銘じたい
2026/02/05
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関西外大の跡地に残るグラウンドを借りて毎週水曜日にグラウンドゴルフで遊んでいるメンバーは十人前後、本日は九人ゲームの途中、空を見上げると紺碧の青空が美しいゲームの手を止めて空を眺めながらみんなで、きれいだねと言い合ったここまで書いてなんだか気になった冬の青空は紺碧の空でよかったのかな?調べると紺碧の空は夏の季語だという紺碧の伊吹山見ゆ夏座敷(梶山千鶴子)青芝に坐して紺碧の海を恋ふ(阿部みどり女)たちしようべん紺碧の空あけわたす(早瀬恵子)ところがあった、冬空の紺碧の句が冬空の紺碧の下に咳をする(道部臥牛)俳句をするわけではないのでそれほどこだわることもないのだがもう少し調べるとこんな句もあったすぐ驚く老人が好き冬青空(大部哲也)ボクは「自然」にはかなり関心が強く敏感であると自認しているこの句の真意はよくわからないが「すぐ驚く老人」に自分のことが重なった
2026/02/04
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節分はカミさんの誕生日でもある朝早く、息子夫婦から花が届いた女性は花をもらうとうれしいらしいカミさんももちろん大喜びである娘は休暇で、カミさんと買い物を兼ねて梅田に出かけランチをごちそうしてくれたという親を気遣う息子や娘を誇りに思う今日この頃である*節分に玄関にイワシの頭とヒイラギを差していたのはいつまでだったかそういうことをしなくなって久しいしかし豆まきだけはずっと続いている最近は恵方巻を食べるようになった節分に巻きずしを食べる意味が分からないが巻きずしは好きなので抵抗しないで食べている明日は立春!庭のフクジュソウのつぼみが頭を出すころだ
2026/02/03
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午前中、期日前投票を済ませた目的や意味が不明の選挙に抵抗はあったがとにかく一票行を使するべく出かけた府知事選挙は衆議院よりなお意味不明そんな選挙に抵抗の意思をしめすために棄権午後、車の六か月定期点検全体に良好とのことでであったあまり走ってないから当然かもしかしタイヤに目立つひび割れがあるので交換を検討してくださいと言われた車の点検を待つ間、腐食した屋外水栓の部品を近くのニトリモールで買って来て取り換えた午後から風が強くなったせいか美しいはずの冬の青空が黄砂でどんより
2026/02/02
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切り干し大根今年も切り干し大根を作ることにした畑の大根を抜いて刻むところまでやればあとはお日様の光で乾燥するだけ以前は裏庭の風が通るところにタコ糸を張って吊るしていたがここ数年は写真の竹で編んだ大きなざるに干している切り干しの煮物も捨てがたいものである
2026/02/01
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