浅きを去って深きに就く

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January 18, 2018
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カテゴリ: 脳科学

人間が成熟したかどうかの一つの目安は、どれくらい人の話を聞けるか、というところにあるのではないか。声高に自分を主張する人ばかりだと、社会がギスギスする。

話し上手になることも大事だが、聞き上手になることも重要である。多くの場合、話し上手は同時に聞き上手でもある。人間の心の機微がわかり、相手を思いやることができなければ、人の心を掴む話し方もできない。国会中継などを見ていると、現在の日本には、演説上手よりも、もう少し聞き上手が欲しいと思うのは私だけだろうか。

心理学者で、文化庁官の河合隼雄先生には、御目にかかるたび、その「聞き上手」ぶりに感銘を受ける。言うまでもなく大変学識のある方で、座談の名手でもあり、これ以上ないくらいの話し上手なのに、話をうれしそうに聞いてくれる。

河合先生に、あの笑顔で「ああ、そうですか」「おもしろいなあ」と相づちを打たれると、ついつい普段は喋らないような心の秘密まで明かしてしまう。振り返ってみて、あんなに贅沢な時間はないな、と思えるほどの豊かで幸せな時間なのである。

河合先生の聞き上手は、ほとんど神懸かり的な領域に達している。以前お目にかかったときに、びっくりするようなことをうかがった。タクシーに乗ると、運転手が身の上話をしはじめるというのである。

後部座席に座り、運転手の言葉に「はあ、はあ」と相づちを打っているうちに、「いやあ、私も人生でいろいろなことがありましてね」と始まる。河合先生が話を聞いているうちに、運転手も夢中になって、目的地とは別の場所に行ってしまうことさえあるのだ。

あるときなど、すっかり違った方向に行ってしまって、メーターの料金がとても高くなってしまったのだが、運転手は「まあ、話を聞いてもらえたから、いいですわ」と料金をとらずに走り去ったという。

いったい、そんな奇蹟のようなことが起こるのはなぜか? 何しろ、「河合隼雄」と正体がばれているわけではないから、知識や思い込み、暗示でそうなるわけではない。姿がはっきりと見えているわけでもない。「はあ、そうですか」と、相づちを打つ河合先生の声の調子やリズムが、何となく話をしたくなるような気分にさせてしまうのだろう。

私自信が振り返ると、河合先生に話を聞いていただいていると、どんなことを話しても、受け入れてもらえるように感じる。そかも、こちらに自分の考えを押し付けたりはしない。つかず離れず、絶妙な距離をとってくださる。伝わってくる人間的な温かさに、すっかり胸襟を開いてしまうのである。

いったい、そのようなコミュニケーション術を実現させている河合先生の脳のはたらきに関する秘密とは何か。

「茂木さん、一度、相手の話を聞いているときの私の脳活動を測ってみませんか」

と、河合先生にけしかけられたことがある。

ぜひ、実現したいと思うが、そう簡単に秘密が分かるのもでもないだろうと感じる。河合先生が常々言われているように、コミュニケーションとは、相手との関係性の問題だからである。

河合先生のような「奇蹟の聞き上手」がもっと増えたら、よい世の中になるだろう。その秘密については、引き続き考え、調べて、改めて報告したいと思う。

【すべては脳からはじまる】茂木健一郎著/中公新書クラレ






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Last updated  January 18, 2018 06:10:22 AM コメントを書く


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