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江戸のアイデアヒット商品
檜山 良昭(作家)
約 270 年続いた江戸時代。その太平の世で、多くの商人が「知恵」と「情熱」と「招魂」を生かし、流行や人商品を生み出してきた。近著『江戸の発明 現代の常識』(東京新聞)がある檜山良昭さんに話を聞いてみた。
酒、醬油を小分けに販売
貨幣経済が発達した江戸時代。商人たちは、あの手この手を駆使して、商品を売っていた。江戸商人というと、紀伊国屋文左衛門や奈良屋茂左衛門などが有名だが、無名ながら流行品をつくり出した小商人を紹介したく、『江戸のヒット仕掛人』『江戸の発明 現代の常識』を出した。
その中には、現代も行われている商いの手法に通じているものも多い。
例えば、東京で最も古い酒屋として知られる豊島屋。大量仕入れ安売り、小分け売りの元祖だ。当時の酒屋や醤油屋は、樽で仕入れて、 1 斗、 2 斗という「斗売り」だった。 1 合や 2 合などの少量の酒を飲みたい客は居酒屋へ行けと嫌っていたのだ。
いちいち小分けをしていたら、手間ばかりかかってもうけが少ないと思っていたのかもしれない。そういえば、昭和の時代でも、酒や醤油は小瓶ではなく、一升瓶で売っていたように記憶している。しかし豊島屋は、使う側、客の気持ちに立っているところが、すごいところ。
ちなみに豊島屋は、ひな祭りの時に 1 日だけ白酒を販売している。消費者心理をあおる「限定販売」の手法を最初に行ったのだ。
小分けといえば、文化年間( 1804 年~ 18 年)になると、野菜や魚の切り売りが登場する。激しい販売競争の中で、調理の手間がはぶけるようにと、八百屋や魚屋で始まったものだ。
「近年は山芋、牛蒡その他の青物類は鍋に入れて、煮るばかりにして洗い売りしている」「魚屋や魚売りも、どのようにこしらえましょうかと聞いて、刺身や切り身にしてくれ、尾や頭もていねいにこしらえて洗ってくれる」と。
当時、すでに調理したおかずを売る「煮売り屋」(いわゆる総菜屋)が誕生しており、これに負けじと小分け販売は江戸中に広まった。
総菜屋や 100 均ショップ
消費者心理を突く売り
現代にもつながる商売となると、「十三文屋」がある。現代の百円均一ショップの先駆けだ。小間物類を露天に並べ、値段を 38 文に定めて売る。香具師と呼ばれる大道商人が、売れ残り品や倒産品を安く仕入れて、専門店よりも安く売っていた。その後、 19 文、 12 文で売る店が登場した。価格破壊競争になるところも現代と似ている。
本家超えたカリントウ
江戸時代に作られ、現代にも残っている和菓子に「大福餅」がある。
明和 8 年( 1771 年)、貧しい未亡人の「おたよ」が饅頭屋を始める。最初は、饅頭の形をおかめ顔のようにこしらえ、中に小豆の塩餡を入れ、「お多福餅」として売り出す。しかし、これが全く売れなかったので、塩餡の代わりに砂糖餡を入れてはどうかと考え、「腹ぶと餅」として売り、大ヒットした。さらに「大福餅」と変更して現代まで続く和菓子になっている。
カリントウも江戸時代に生まれた。だれも見向きもしないカリンの実を、何とか利用できないかと考え、カリンの実を細切りにして黒砂糖で煮込んだ干し菓子を考案した。元々「花欄糖」と書き、「カリントウ、深川名物、カリントウ」との売り声で行商し、子どもたちのおやつとして大人気になった。
この人気にあやかり、最盛期には 200 人以上の花欄糖売りがいたという。ただ、その後、小麦粉に水と黒砂糖を加え練り込み、油で揚げた菓子が作られる。見た目が花欄糖に似ていたことから、「花林糖」として売り出した。これが本家花欄糖よりもおいしかったため、本家を圧倒して大ヒット。それで、カリントウといえば、小麦粉製を指すようになったのだ。
ネーミングやキャッチコピー、宣伝方法など、現代に通じる商い方法が数多く生まれた江戸時代。このころから、日本人が乗りやすいパターンは変わらない。そこには、何とかしてヒット商品、流行を生み出そうとる、商人の執念や狡猾さを感じる。
ただ、流行が生まれなければ、経済は活性化しない。質素倹約を重視する時代には、ヒット商品も生まれないのだ。さまざまな商品が生まれることこそ、庶民が元気な証なのかもしれない。
ひやま・よしあき 1943 年、茨城県生まれ。 79 年『スターリン暗殺計画』で作家デビュー、同作品で第 32 回日本推理作家協会賞を受賞。その後、『大逆転! 戦艦{大和」激闘す』等の大逆転シリーズが一大ブームを巻き起こした。ノンフィクション作品も多数。近著に『江戸のヒット仕掛人』(東京新聞)がある。
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