ラッコの映画生活

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2007.07.20
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カテゴリ: アメリカ映画
WHEN A MAN LOVES A WOMAN

126min

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昨日に続き「メグ・ライアンを見てみる」の2本目。この映画オーソン・ウェルズのメモか何かを下敷きにしているらしいけれど、ウェルズはどんな映画を作るつもりだったのだろう。夫婦はラブラブで、家族4人の幸せそうな家庭。でも実は妻は何かに悩みアル中だった。専門施設での妻の禁酒が成功したとき、夫婦の絆の問題点が浮上してくる。はたしてこの2人はもう終わりなのだろうか。こんなストーリー。アル中治療にまつわる映画と言えば、モーリス・ロネ主演ルイ・マル監督の『鬼火』とジェーン・バーキンやジャン=ルイ・トランティニャンの出た『悲しみのヴァイオリン』の2本のフランス映画がまず連想される。前者は悲劇。後者は『インドシナ』のレジス・ヴァルニエ監督で、苦さもあるけれど一応ハッピーエンド。でもどちらも物凄く重たい雰囲気だった。いい映画だけれど『鬼火』なんて見ているだけで気が滅入ってくる。主婦のキッチンドランカーなんかだって、アルコールに依存しなければならない精神状態っていうのは重たい重たいものだと思う。

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なのに、一応筋で描かれることはそうなのだけれど、この映画ではそういう息苦しさがあまり感じられない。アル中ってそんなものじゃないでしょう!、って言いたくなる。アル中妻アリスの施設での禁酒もあまりにも簡単に成功してしまう。こんな風に簡単にアル中を描いてしまって良いのだろうかという疑問はあるもののそれには目をつむるとして、では特に後半の夫婦の危機が主眼で、アル中は単なる道具立てと見たらどうだろう。 (以下ネタバレ) 子供をめぐる問題は確かになかなか良く描けていた。妻との別居を知らせに行く夫マイケルのアンディ・ガルシアの演技は良かったし、マイケルの実の子ではない姉娘の演技は秀逸だった。ティナ・マジョリーノって子役さんですか、8つか9つくらいの子供にどうしてあれほどの演技ができるんでしょうね。相手の大人の俳優の演技さえよければ、その雰囲気を察して演技が出来てしまうということでしょうか。大人の心理に子供は敏感ですからね。話は逸れましたが、この映画の題名は原題も『男が女を愛する時』ですね。ならば子供のことよりやはり妻とのことが主眼なはず。だとしたらこのラストに至るのが簡単過ぎますね。何ら2人の関係の修復の過程は描かれていません。

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マイケルがリストラされそうになって別の都市への転勤を受け入れて別居します。それからラストの和解に向けて2人のそれぞれの生活の場面、例えば飛行機を操縦して困難な着陸するパイロットのマイケルとか。多少は実音が入りますが殆ど音楽バックの映像のみ。別居中の2人がそれぞれ1人で日常を送りながら色々と考え、成長し、相手への愛を再確認する過程とでも言いたいのでしょうか。これを見ながらちょっとルルーシュの名作『男と女』を思い出していました。レーサーのジャン=ルイがモンテカルロ・ラリーに出場している様子、一方パリの日常を送るアンヌの様子がフランシス・レイの音楽をバックに映像だけで描写されていました。あれは良い作りでしたね。真剣にラリーを走る男と、そのニュースを新聞等で追いながら普段のパリでの日常を過ごし、男への思いを深める女、それが描ければ良かったわけです。でもここではマイケルとアリスそれぞれの深い思いや心境の変化とか、また人間としての成長を描かなければならないわけです。また2人がやり直すに至る 何 故 をもっとハッキリ描いてくれないとラストが納得いきません。

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この映画を見ながら、自分が何故アメリカ映画に親しめないか解ったような気がしました。人間心理の何故を描こうとはしないんですね。ありきたりに「こういうものだ」という人間心理の上に成り立っているだけの物語が多いのではないでしょうか。でも自分は複雑で解らない人間心理の何故にこそ関心があるわけです。ところでこの映画のマイケル、実に優しい(?)、愛情深い(?)夫で、映画のタイトルは「何があっても愛した女を愛する男」とでも言っているようです。マイケルはアル中家族の会とかに出席して歩み寄る努力をしているように描かれるけれど、結局のところ従来的に決まり切った「男」としての立場からしか女、ないし妻を見れない男性なのではないでしょうか。だからアリスの苦悩の原因も実は、仮に頭で解っても納得まで出来ないような気がする。男の女理解ってこんなものでしょうっていう意味で 皮 肉

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音楽がズビグニエフ・プレイスネル。作曲家というのはモーツァルトならモーツァルト、ベートーベンならベートーベンって、知らない曲を聴いても分かるものではありますが、プレイスネルの音楽がキェシロフスキ『トリコロール/赤の愛』に似ていて、その音楽がかかるところだけ『赤の愛』の気分が広がってしまい、全然雰囲気の違う場面なので妙な気分にさせられてしまいました。でも良い音楽ですね。

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さてメグ・ライアンについてですが、ようするには昨日の 『めぐり逢えたら』 でもそうでしたが、映画作り(つまりは監督)に要求される演技のタイプがボクが期待するようなものではなかった。もっとじっくり内面を表出する演技が見たかった。そういう意味では 『シティ・オブ・エンジェル』 はやはりよく出来ていましたね。

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Last updated  2007.07.28 00:50:09
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