四葉になりたいクローバー

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krow-ber

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2006年02月02日
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カテゴリ: わたし論



考えたことがありますか?

生きているということは
感情があるということです。

では

死ぬって

何?

死んでしまったら
人は感情を失ってしまう・・・。

悲しんでいる人の涙を見ることもできない。

伝えたかった言葉を伝えても

ただ、ただ

だまって

目を閉じている・・・。

怒ることもない。

泣くこともない。

ただただ

黙って安らかに目を閉じている。

生きている私達は

一方的にしか
気持ちを伝えることができなくなってしまうんだ・・・。

してあげたかったことも、

もう

してあげられない。

笑って欲しいといくら頼んでも
笑ってはくれない。

もっと

幸せにしてあげたかったのに
もう、あなたはいない。

楽しいこと

嬉しいこと

喜びを
一緒に感じたかったのに

ただ

心でつながっていたいだけなのに
その心は何も答えてはくれない。

思い出だけが生きている私たちに深く刻まれる。

もう一度、会いたい。

もう一度、声が聞きたい。

もう一度、あなたの沢山の感情に触れたい・・・。

それが死人に求めること。
それが死人に伝えたいこと。

人が生きているということは
「恕・慈」というものを持った人間に
成長してゆかなければならないということだと私は思う。

「恕」というのは、心穏やかに相手を許すということ。

人は人を慈しまなければならない・・・。
慈しむとは可愛がって大事にするということ。

大事にすること・・・。

人を思いやるとか
自分のして欲しいことをしてやるとか

何かを求めてそれをするというならば
それは相手の喜ぶ姿、喜ぶ顔を求めてするべきことであって

自分への見返りを求めてするならばしないほうがいい。

人はいつかは死んでしまう。

私は

もしも

自分が死んでしまったら
家族のみんなが私に対して思い残すものは
できるだけ少なくあってほしいと思う・・・。

逆に家族の誰かが私の前から消えてしまっても
私は後悔することのないくらい愛していたいと思う。

心から

‘愛していたい’と
そう思うんだ。

私のしたいことが
家族を愛することでありたい。

家族にしてあげられることの全てを
いつも精一杯の暖かい気持ちをもってしてゆきたいし、

そこで私の命が終わってしまっても
後悔のないくらい、みんなに私に気持ちを伝えておきたいと
いつも思っている。

それでもみんなへの気持ちは尽きないもんだ・・・。

家族を心から愛することができれば
他人の些細な失敗も大目に見てやれる暖かい器が広がる。

家族を愛せないものに
他人を愛すことはできない。

人は人の命を守らなければいけない。

人にしてやれることを
精一杯自分の喜びに変えるために生き続けたい。

その気持ちが自分自身を成長させるのではないかと私は思う。

生きているということは
あらゆる感情を人へ伝えることができるということ。

みんな、暖かい人にな~あれ!

~わたし論~





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Last updated  2006年02月02日 10時41分13秒
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