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EEF71+ED78牽引:寝台特急「あけぼの」1年のうちでも撮り鉄にとっては行動しづらい時期となります。せっかく明るい時間が多い季節ながら、梅雨による天気の悪さ、祝日による連休もない。よって、過去の記録を辿ってみても、6月というのは1年で最も写真を撮っていない季節であることは間違いありません。感度が自由に変えられ、防滴構造のデジタル一眼がある今の時代では、あまり関係が無くなりました。東北・高崎線スジのブルトレは、いずれも上野到着が早朝であり、夏時期にやっと地元で撮れるかどうか。交流機牽引のブルトレが撮りたければ、地方へ向かい、下り列車を撮るしかありません。そんな中、1本だけ交流機が牽引する上りブルトレを撮れるシーンがありました。昭和57年11月改正において、急行「津軽4号」の格上げにより誕生した特急「あけぼの6号」です。上野着は9時過ぎであり、殆どの夜行列車が夜中の通過となる福島駅付近においても5時過ぎとなるため、一番陽の長い時期ならば撮影が可能となります。平成2年9月、奥羽本線の改軌工事により特急「あけぼの」が福島~新庄間を通ることができなくなります。このことは板谷峠におけるブルトレの撤退であり、EF71やED78との組み合わせの終焉ということにもなります。これを記録するため、一度だけ奥羽本線へ出掛けました。※撮影は、奥羽本線 赤岩~庭坂間にて平成2年6月30日 EF71+ED78牽引 特急「あけぼの4号」有名な庭坂の大カーブ。初日は雨模様でしたが、ギャラリーは30人以上は居たと記憶しています。梅雨空真っ只中で明るさも全然足りませんが、下り勾配で抑速運転のため、辛うじて撮れた感じです。カマのナンバーは残念ながら判別しません。平成2年7月1日 EF71+ED78牽引 特急「あけぼの4号」翌日もトライ。前日ほど悪くはない天気ですが、やはり明るさは足りません。ギャラリーも前日より多くなり、線路に近い良いポジションは取れませんでした。みんな前日から場所取り野宿しているようです。カマ番は読み取りづらいですが、形態からEF7115号機と判明しました。良いロケーションなのですが、カーブがキツ過ぎてなんか中途半端でしたね。記録として残すだけなら、庭坂で駅撮りでも良かったのかもしれません。それでも、今となっては奥羽本線全盛時の記録です。EF65牽引 20系寝台客車:寝台特急「あけぼの」20系寝台客車(ナハネフ):寝台特急「あけぼの」20系寝台客車(電源車):寝台特急「あけぼの」EF6437牽引:寝台特急「あけぼの」EF6438牽引:寝台特急「あけぼの」EF641000番台牽引:寝台特急「あけぼの」ED75700番台牽引:寝台特急「あけぼの」EF81青森機牽引:寝台特急「あけぼの」EF510代走牽引:寝台特急「あけぼの」24系寝台客車:寝台特急「あけぼの」583系:臨時寝台特急「あけぼの81号」583系:臨時寝台特急「あけぼの81号」(秋田車)EF65PF重連牽引:臨時特急「あけぼの52号」返却回送オハネ24551:寝台特急「あけぼの」(乗車記)
2026.06.30
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E231系500番台:山手線(6扉車撤退後)山手線のE231系500番台で、今回は6扉車撤退後の写真をまとめます。6扉車を4扉車に置換えるには、1編成辺り2両のサハが必要になります。7号車のサハは既存のサハと同様の構造となりますが、10号車連結のサハはちょっと事情が異なります。京浜東北線と並走する田端~田町間においては、線路工事・保守等の関係で線路を共有して運行されることはしばしばあります。国鉄時代は同じ10両編成であり、昼間に日常的に実施されていたため何の問題もなかったのですが、山手線の混雑緩和対策として11両編成化されたことにより、ホームドアの設置に問題が発生します。103系時代ならドア位置が均等に配置されていたのでそのまま行けましたが、JR化後に新造された車両は運転席が広くなっているため、中間車とはドア位置が異なってしまいます。これをカバーするため、10号車端のドア位置を運転台付き車両のドア位置と合わせたサハE231-4600番台が誕生することになります。車両の製造とともに徐々に置き換えが行われ、平成22年2月にすべての置換えが完了しました。以下、特徴のない写真ばかりなので、撮影順に写真を貼り付けます。平成25年8月11日 田端~駒込間にて 521編成平成25年8月11日 田端~駒込間にて 509編成平成25年8月11日 田端~駒込間にて 513編平成25年12月23日 西日暮里駅にて 538編成平成26年9月27日 田町駅にて 502編成平成26年9月27日 田町駅にて 525編成平成26年9月27日 御徒町駅にて 539編成平成26年10月12日 上野駅にて 522編成平成26年10月12日 田端~駒込間にて 524編成平成29年5月1日 鶯谷駅にて 508編成平成29年6月2日 神田駅にて 551編成平成30年6月7日 神田駅にて 501編成平成30年6月17日 西日暮里駅にて 537編成平成30年6月17日 西日暮里駅にて 547編成平成30年8月1日 神田駅にて 547編成平成31年3月25日 神田駅にて 551編成3月まではまだまだ半分くらいはE231系のような感じで見ていましたが、仕事が忙しくて車窓もあまり見ることがないうちに、あっと言う間にE231系を見ることが出来なくなっていました。E231系500番台:山手線(ラッピング編成)E231系500番台:山手線(6扉車撤退後)E231系500番台:山手線(6扉車)E231系:みどりの山手線(伊右衛門)E231系山手線:いいとも最終回ラッピング編成E231系:みどりのリラックマ電車「Rilakkuma Yamanote Line」E231系:みどりの山手線(クリスマストレイン) E231系:みどりの山手線(50th)E231系山手線:チョコ電「山手線命名100周年」E231系山手線:東京駅開業100周年記念ラッピングE231系500番台:山手線(ありがとうHM)
2026.06.29
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JR東日本 EF8184(田端機関区)EF81シリーズで、田端機関区に所属していたEF8184号機です。84号機は、昭和48年9月20日新製の日立製で、新製配置から廃車になるまで田端機関区(田端運転所)を離れることのなかった生え抜きのカマでした。同機は最後まで「北斗星」指定機とはならなかったため、JR東日本継承後においてはもっぱら委託を受けた貨物列車の牽引に当たっていました。平成20年9月23日 安中貨物平成20年11月8日 安中貨物貨物専用機になってしまったためか、記録としては安中貨物の2枚だけしか見つかりませんでした。もしかしたら、EF81牽引末期の「あけぼの」に充当された可能性もありますが、残念ながら撮影した記録は見つかりません。平成22年8月10日に除籍されてしまったようです。
2026.06.28
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EF641000番台:EF641012EF64シリーズで、今回はJR貨物の1012号機です。平成21年6月13日 5585レ平成21年6月13日 2073レ平成24年5月19日 2082レ平成24年6月15日 3055レ平成24年7月15日 2082レ平成24年7月17日 単3071レ平成24年8月8日 3071レ平成25年1月12日 8592レ平成25年9月28日 3071レ平成25年10月12日 3071レ廃車まで原色であったことから、優先的に狙いに行っていたため、コマ数は多かったようです。昭和57年1月5日 渋川~八木原間にて登場してからまだ1年半も経っていない頃の1012号機。登場から数年は、ジャンパ用照明が取り付けられていなかった。厳密にはこの姿が原形です。昭和59年 大宮駅にて EF641012牽引 サロンエクスプレス東京これも国鉄時代で、上の写真から2年程しか経っていませんが、ジャンパ用の照明が取り付けられています。これは、上越国境越えの際に補機連結が発生し、特に夜行列車での使用頻度が多かったことから、現場の声で実現したようです。1980.8.6 新製2018年度 廃車
2026.06.27
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DD51牽引14系客車:急行「利尻」「利尻」は昭和33年に登場した札幌~稚内を宗谷本線経由で結ぶ準急列車で、列車種別の改正により急行列車となりました。一時期は昼間急行と合わせた2往復体制(昼間急行はキハ56系)となっていましたが、昭和45年からは1往復のみの夜行急行列車として定着しています。一貫して札幌~稚内を結ぶ夜行列車としての地位を守ってきました。10系客車時代は、釧網本線の「大雪」とともに、A・B寝台合造車のオロハネ10を連結する列車としても有名でした。昭和57年11月改正より、旧型客車の淘汰に伴い、耐寒改造された14系500番台に置き換わっています。昭和63年6月26日 宗谷本線 南稚内~抜海間にてDD511148が牽引する、14系客車編成の急行「利尻」です。同時に客車化された昼行の「宗谷」「天北」と共通編成を組むと言う、ブルトレとしては特殊な運用で設定されていました。平成3年からは気動車480系にバトンタッチとなり、スハネフ14を連結すると言う、北海道ならでは特殊な列車となっていましたが、平成18年3月のダイヤ改正により臨時列車化、さらに平成20年の運転をもって廃止となり、宗谷本線からの夜行列車が消滅することとなりました。DE10牽引 14系客車:急行「天北」DD51牽引 14系客車:急行「宗谷」キハ40系(キハ400形):急行「宗谷」国鉄 キハ22・キハ40:天北線キハ53500番台・キハ22:宗谷本線
2026.06.26
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181系(クハ181-65ロングスカート):特急「とき」上越線の特急「とき」です。当方撮影の181系「とき」のラストになります。特急「とき」は161系電車により誕生した列車ですが、上越国境を越える上で出力不足が問題となり、出力を増強した181系で増備が行われました。さらに、増発に不足する車両は山陽特急に使用されていた151系を改造した車両を転属させるとともに、161系も直ぐに改造を実施して対応することになりました。当初は特急「とき」以外に、「あさま」「あずさ」にも181系が運用されており、それぞれの改造車と新製車を合わせて非常に多くのスタイルが存在していました。しかし、当時の新性能車は老朽化が早く、183系1000番代や189系の新製により比較的に早く廃車が進むことになります。その中でも、最後まで151系オリジナルのスタイルで残っていたのがクハ181-65でした。地元では帯無しのクハ181も目撃した記憶がありますが、当時はあまり好きな車両ではなかったので写真は全く残っていませんでした。それでも写真が安くなったため、多くの写真を撮るようになった中学生の頃、最後まで残っていたロングスカート車である-65を何枚か記録することができました。上野駅にてプリントからのスキャンとネガからのスキャンで映りがかなり違っていますが、影や汚れの状態からして同日に撮影したものと思われます。この頃になって初めてロングスカート車の稀少さを自覚し、撮影したものと記憶しています。蕨~西川口間にて上り特急「とき」を流し撮りしたものです。流し撮りなんていうのもこのくらいの頃からだったと思います。残念ながらマッチしていませんが、唯一番号が確認できる写真でした。蕨駅にてこちらも上り特急「とき」です。蕨駅で何処か撮影に出掛ける時、偶然に通り掛かったロングスカート車を撮影したものと思われます。逆光ではありますが、一番きれいに撮れたロングスカート車でした。これらの写真を眺めても、この車両の番号をそれぞれ特定できなかったためアーカイブできないでいたのですが、どうも「ロングスカート車で帯を巻いていたのが-65だけ」という情報を見つけ、なるほど・・・と思って踏み切りました。おそらくですが、昭和51年頃に「あさま」から181系が撤退し、大量の整理が行われたようです。その際、ロングスカート車はこの-65を除いて全廃となり、残された-65も53・10ダイヤ改正前に運用を離脱したようで、昭和52年頃に集中して撮影していたこの4コマの後には全く記録が残っていませんでした。181系60番台:特急「とき」181系100番台:特急「とき」(その1)181系100番台:特急「とき」(その2)181系(元161系):特急「とき」クハ180:特急「とき」国鉄 181系特急型電車:モロ181183系1000番台:特急「とき」(地元編)183系1000番台:特急「とき」(遠征編)485系非貫通型:特急「とき」183系OM103編成:団体列車「はばたけ・トキめき新潟号」489系金沢車:団体列車「489系特急とき」E653系勝田車:臨時特急「とき」
2026.06.25
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JR貨物 DE101539DE10シリーズで、今回はDE101539号機をご紹介したいと思います。平成25年5月25日 大宮車両所にて1539号機は、川崎重工業製で、昭和46年7月20日に青森機関区→青森東運転区に配置され、民営化時にはJR東日本に継承されました。民営化後に青森運転所に組織統合され、廃車となった平成17年2月1日まで青森で過ごしました。同機は直ぐにJR貨物へ売却され、仙台総合鉄道部へ配置、平成26年2月15日付で東新潟機関区へ転出。令和3年2月に仙台へ舞い戻りますが、令和8年3月11日付で廃車になったようです。写真は、おおみや公開にて検査に来ていた同機が展示されたもので、機体がキレイなことから既に整備は終わっているようですね。
2026.06.24
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東北新幹線:大宮暫定開業前初入線東北新幹線が大宮暫定開業となったのが昭和57年6月23日。昭和57年は、私が国鉄に採用された年度に属しており、意図は未だに分かりませんが、既に2月下旬に同級生数十名と共に臨時雇用員として召集され、関東鉄道学園において教習が行われました。国鉄の研修は大前提として宿泊研修であって、土曜日は半日、日曜日は休日だったと記憶しています。正確な日付は忘れましたが、ある日、研修のための準備をしていると、外がヘリコプターの音でやかましい。窓から外を見ると、ヘリが確か3機、上空でホバリングしています。何事かと様子を見ていると、ゆっくりと200系が高架を走ってきました。どちらの方向へ走って行ったかすら記憶は曖昧ですが、写真右側が大宮となっており、ヘリの機首も右を向いていることから、小山の車庫から出庫した200系が公式試運転のために大宮駅へ向かってきたシーンと考えられます。このときはたまたま一眼レフを持ってきていたため、慌ててカメラを出して撮影できました。速度も非常にゆっくりだったため、数枚撮影していました。当時はテレビと新聞以外に画像付きの情報伝達手段がありませんし、試運転の情報などもプレス以外には極秘になっているものが殆どだった時代です。国鉄内部の機関で生活していながらも、この状況を知っている同級生は1人も居ませんでした。音だけで捉えた決定的瞬間でした。改めて当時のこの試運転情報に関する記事を探してみたものの、それらしい情報はアップされていないようで、撮影日も記録していなかったのは残念です。ここから既に40年を過ぎ、上野延伸、東京延伸、八戸延伸、新青森延伸、そして津軽海峡を越えてとうとう北海道への上陸が実現しています。札幌延伸も現実的にはなりましたが、難工事により開業はかなり遅れそうで。私が生きている間に到達できるでしょうか・・・。東北・上越新幹線:200系 | マル鉄鉄道写真館2 - 楽天ブログ
2026.06.23
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EF651000番台(3次車):EF651023~1031EF651000番台は、重連運用対応として導入されていた500番台F形に、上越線等の使用による寒冷地での問題点を改良し登場した番台で、それまでになかった前面貫通路を設け、連結向きが違っても連結できるように両渡り栓構造とした特徴を持っています。1000番台は客貨両用の機関車として製造されたため、PF形とも呼ばれました。前期形でPS17パンタグラフを搭載した1001~1055が昭和44~47年に掛けて誕生しています。今回は、3次車として製造された1023~1031号機の中で、撮影していたものだけをご紹介し、まとめにしたいと思います。1023号機 平成5年8月21日 後閑~上牧間にて 12系お座敷「くつろぎ」1023号機 1999.6.7廃車昭和52年頃 EF651026牽引 貨物列車国鉄時代の貨物列車です。2両目のコンテナ車は5個積みのコキ5500形が連結されています。この時代は旧型のEF13やEF15がメインで、PF形の牽引は珍しかったように記憶しています。1026号機 1999.10.2廃車1028号機 昭和57年頃 蕨~南浦和間にて 下り「北海ライナー」1028号機 2000.9.81030号機昭和63年12月6日 倉賀野~新町間にて 「オリエント・エクスプレス '88」平成2年5月4日 渋川~敷島間にて 12系お座敷「やすらぎ」昭和62年12月29日 東鷲宮~栗橋間にて 12系お座敷「なごやか」昭和63年1月3日 栗橋~東鷲宮間にて 12系お座敷「オリエントサルーン」1030号機 2001.7.2廃車1032号機 昭和54年7月22日 宇都宮運転所にて1032号機 2009.3.31廃車1033号機 昭和56年8月 赤羽駅にて 「つばさ51号」1033号機 2010.3.31廃車1035号機 平成22年11月6日 隅田川公開にて ナンバープレート入札案件1035号機 2009.3.31廃車1038号機 昭和60年1月5日 特急「あけぼの6号」EF65牽引 24系寝台客車:寝台特急「あけぼの」1038号機 2009.3.31廃車1039号機平成22年5月22日 大宮車両所にて ナンバープレート入札案件平成24年5月26日 大宮車両所にて ナンバープレート入札案件1039号機 2009.2.20廃車それぞれの列車等の詳細について、既にご紹介済みのものはそれぞれのリンク先を是非ご覧ください。また、1036号機及び1037号機についても、下記のリンク先で公開しています。JR貨物:EF651036(EF652036)JR貨物:EF651037(EF652037)
2026.06.22
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旧型国電 飯田線:クモハユニ64000飯田線旧型国電シリーズで、今回は異色の1形式1両であったクモハユニ64をご紹介いたします。51系の郵便荷物合造車モハユニ61は、昭和18年に3両が誕生しましたが、第二次世界大戦の最中ということもあり、電装されないままモハユニ61として使用されていました。3両のうちの1両は翌年に電装されましたが、残る2両は未電装のまま終戦を迎え、昭和27年に飯田線に転出以来、廃車となるまで電装されることなくクハユニ56010番台としてしようされました。そして、電装されたまま生き残ったのが後のクモハユニ64000となります。誕生当初はモハユニ61001を名乗り、51系ですがロングシートで竣工したようです。昭和25年に大糸線に転出、翌26年にセミクロス化。昭和28年にクモハユニ44100へ改番、同年7月に後位にあったパンタグラフは、前位に移設されたということです。身延線へ転出後、昭和31年に再び大糸線に戻り、昭和36年に後位に運転台(非貫通型)を増設、その際にクモハユニ64000に形式が変更されています。大糸線では自動連結器に取り替えられ、専ら貨車牽引に使用されていたようです。昭和44年に岡山区に転出、赤穂線などで活躍。その際にロングシート化、増設運転台の貫通化が実施されています。そして昭和53年、飯田線に転入することになります。車内は再びセミクロス化され、ぶどう色2号の塗装で異彩を放っていましたが、比較的に短い期間でスカ色に改められています。飯田線における最も特異な車両の様に記憶していますが、実は飯田線の最後の旧国群の中でも、最も在籍期間の短い車両なんですね。昭和56年11月22日 東上~江島間にて昭和56年11月23日 撮影場所不明昭和58年4月17日 向市場~城西間にて昭和58年6月28日 田切駅にて同時に誕生したクハユニ56010に比較して非常に数奇な道を歩んだクモハユニ64ですが、最後は兄弟のクハユニ56010番台2両とも飯田線に集結し、旧国の終焉まで仲良く過ごすことができました。KATO クモハユニ64+クハ68400: マル鉄コレクション館
2026.06.21
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ED78牽引:14系客車「サロンエクスプレス東京」「サロンエクスプレス東京」は、14系客車を改造して誕生した欧風客車で、西の「サロンカーなにわ」とともに欧風改造の先駆けとなった車両です。1編成しかないために、地方ではなかなかお目に掛かることはありませんでしが、奥羽本線板谷峠にて、1度だけ捉えたものがありました。昭和60年6月20日 大沢~関根間にて ED78牽引 板谷峠2回目の訪問だったと思います。この時は事前に情報を確認して行ったので、臨時列車も逃さず撮っていました。国鉄時代と言えども、寝台設備を持たないジョイフルトレインは、長距離運転には限界があったと思いますが、東北南部くらいだとそれなりに設定があったと記憶しています。ただ、場所が場所だけにそうそう訪れる機会もなく、撮影したのはこの1回のみでした。まだスイッチバックの廃止など、全く想像が及ばなかった時代です。
2026.06.20
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EF641000番台:EF641011EF64シリーズで、今回はJR貨物の1011号機です。平成20年5月18日平成21年5月23日 大宮駅にて平成22年1月16日 3055レ平成23年7月18日 2073レ平成24年6月24日 2073レ平成24年11月4日 単8592レ平成25年7月14日 3071レ標準的な遭遇率だったようです。1980.7.23 新製2022年度 廃車
2026.06.19
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JR東日本 EF8182(田端機関区)EF81シリーズで、田端機関区に所属していたEF8182号機です。82号機は、「北斗星」牽引用となっており、車体には流れ星マークを塗装してあるのが特徴となっていますが、貨物列車にも共通で運用されていました。EF8182牽引:寝台特急「北斗星」については既にご紹介済みですので、リンク先をご覧ください。平成21年4月26日 2095レ 東海~大甕間にて水泳大会の空き時間に常磐線の撮影をしていた際、偶然に撮影できたものです。平成23年5月23日 尾久車両センターにて運用から離脱し、尾久車両センター構内にて同時に運用を外れたカマたちとその時を待っていました。平成21年10月4日 2レ 「北斗星」82号機は、昭和48年9月14日生まれの日立製。75~93号機に属するグループの年度に属しますが、他のカマが酒田、富山第二、田端の各機関区に配属されて以後それぞれ同じような動きでしたが、この82号機だけ田端機関区に初期配置後、敦賀第二機関区→富山第二機関区と動き回り、最終的にはEF80置換用として田端区へ所属を移し、JR東日本に継承されて「北斗星」やJR貨物から委託された首都圏の貨物列車などに充当されました。EF510-500番台の導入に伴い、平成24年1月21日付で廃車となっています。「北斗星」を含め、出会いはあまりなかったようです。
2026.06.18
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東京都交通局:7000形(冷房改造後)ツーメン時代の都電荒川線に残っていた31両の7000形は、昭和53年のワンマン化に向け車体更新の上、番号が連番に整理され2代目の番号となったようです。当初は非冷房のまま営業が開始されましたが、昭和61年から7500形の車体更新に合わせて冷房改造が実施され、離線による機器故障に対応したビューゲルからパンタグラフへの換装も同時に行われました。これが最後まで活躍した7000形の最終形となりました。枚数が多く残っていますので、年代順ではなく、番号順に整理してみました。平成25年12月23日 王子駅付近 北とぴあから 7001復刻色北王子線の貨物列車を撮影に行った際、立ち寄った時のものです。目的は新幹線、特に引退間近のE3系「こまち」だったのですが、目的のものは来ず、偶然に撮影したのがこの7001号車。ファインダーを覗いた時、こんな塗装の車両が居たことを知らなかったので、慌てて新幹線を交えて撮りました。ガラス越しの撮影なのできちんとした写真を撮りたかったのですが、記録ではその後もトライしたものの結局は遭遇できなかったようです。また、これ以外にも7001号車の写真は1枚も残っていませんでした。7002 平成22年9月10日 鬼子母神前~都電雑司ケ谷7002&7013 平成24年12月13日 新庚申塚7005 平成23年12月15日 梶原7005&7007 平成23年12月15日 梶原7007 平成20年6月7日 王子駅前7007 平成20年6月7日 王子駅前~栄町7007 平成22年9月10日 学習院下~鬼子母神前7013 平成19年11月25日 宮ノ前~熊野前7013 平成20年6月7日 王子駅前~栄町7013 平成24年12月13日 新庚申塚7015 平成23年12月15日 梶原踏切通過7016 平成24年12月13日 新庚申塚平成26年1月13日 王子7016&7005 平成23年10月10日 宮ノ前~熊野前7018 平成20年6月7日 王子駅前~栄町7018 平成23年12月15日 梶原7023 平成24年12月13日 新庚申塚7024 平成26年1月13日 王子駅前7026 平成23年10月10日 荒川車庫入庫7029 平成26年1月13日 王子駅前7030 平成19年11月25日 東尾久三丁目~熊野前7031 平成26年11月15日 王子駅前平成23年12月15日 梶原~荒川車庫前これだけ枚数がありながら、何故か同じ番号が多くなってしまいました。デジカメを導入以降、既に新車への置き換えで廃車になってしまった車両が多く存在したからかもしれません。
2026.06.17
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E231系500番台:山手線(6扉車時代)過去ログでいくつかの企画モノはご紹介してきたところですが、一般列車はご紹介しておりませんでしたので、まとめをしておきたいと思います。枚数がそれなりにあるため、6扉車連結期、サハE231-4600置換後、ラッピング車の3部に分割してご紹介する予定です。E231系500番台導入時、205系は既に6扉車を連結した11両編成で運転されていましたので、同様の11両編成で営業運転を開始しています。平成20年7月29日 有楽町駅にて 番号不詳209系京浜東北線との共演も懐かしい。平成20年11月22日 西日暮里駅にて 506編成?平成20年11月22日 西日暮里駅にて 529編成平成22年11月6日 日暮里駅にて 522編成平成20年11月22日 西日暮里駅にて サハE230-536平成22年3月6日 秋葉原駅にて サハE230-番号不明6扉車のサハE230-500番代は、7号車と10号車に連結されていました。これは、最大混雑区間であった上野~秋葉原間の輸送対応として、特に混雑の激しかった田端寄りに重点を置いたためでした。しかし、ホームドア設置の必要性から6扉車連結の継続は困難となったため、平成22年から置換えのためのサハ231-600及び4600番代が新造され、完成した分から徐々に置き換えが始まりました。既にホームドアの導入が始まった駅もありましたが、過渡期の間は6扉車部分のみホームドアを未設置のままとする対応が行われていました。平成23年8月に6扉車の最終組込編成であるトウ501編成の組換えが完了し、同年9月をもって6扉車は10年にも満たない使用年数をもって全て廃車となりました。E231系500番台:山手線(ラッピング編成)E231系500番台:山手線(6扉車交代後)E231系500番台:山手線(6扉車)E231系:みどりの山手線(伊右衛門)E231系山手線:いいとも最終回ラッピング編成E231系:みどりのリラックマ電車「Rilakkuma Yamanote Line」E231系:みどりの山手線(クリスマストレイン) E231系:みどりの山手線(50th)E231系山手線:チョコ電「山手線命名100周年」E231系山手線:東京駅開業100周年記念ラッピングE231系500番台:山手線(ありがとうHM)
2026.06.16
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EF651000番台(1次車):EF651001~1017EF651000番台は、重連運用対応として導入されていた500番台F形に、上越線等の使用による寒冷地での問題点を改良し登場した番台で、それまでになかった前面貫通路を設け、連結向きが違っても連結できるように両渡り栓構造とした特徴を持っています。1000番台は客貨両用の機関車として製造されたため、PF形とも呼ばれました。前期形でPS17パンタグラフを搭載した1001~1055が昭和44~47年に掛けて誕生しています。今回は、1次車として製造された1001~1017号機の中で、撮影していたものだけをご紹介し、まとめにしたいと思います。1001号機 平成25年5月5日 東京貨物ターミナル公開にて既に運用には入っていませんが、除籍されずに訓練用として現在も保管されているようです。1001号機 昭和52年頃 上り「北海ライナー」1004号機 2008.3.31廃車平成24年5月26日 大宮車両所にて ナンバープレート入札案件1005号機 2009.2.5廃車平成22年5月22日 大宮車両所にて ナンバープレート入札案件平成22年11月6日 隅田川公開にて ナンバープレート入札案件1005号機 昭和53年8月 小山駅にて 下り「つばさ51号」1007号機 2009.3.31廃車1007号機 昭和54年7月22日 宇都宮運転所にて 「銀河鉄道999(初代)」昭和57年5月 浦和~南浦和間にて EF651007牽引 「あけぼの4号」1010号機 2008.3.17廃車1010号機 昭和57年5月 浦和~南浦和間にて 寝台特急「北星」昭和52年初頭? 宇都宮運転所にて ※2026.09.23追加1014号機 96.12.2廃車昭和56年9月14日? 団体列車「銀輪」1017号機 96.11.17廃車 昭和63年11月14日 栗橋~東鷲宮間にて 「オリエント・エクスプレス’88」1017号機は、リンク先でまとめており、その他もありますので是非ご覧ください。
2026.06.15
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485系仙台車:団体列車「上野駅長号」(懐かしのあいづ)あかべこ塗装から特急色に戻されて以来、最後の485系国鉄色として残っていた仙台の485系A-1・A-2編成でしたが、平成26年6月のラストランをもって引退となってしまいました。快速「あいづライナー」が定期運用から撤退し、臨時運転は行われていましたが、なかなか首都圏に顔を出す機会は無く、撮影の機会には恵まれませんでしたが、1度だけ地元で撮影することが出来ました。※撮影は、平成27年6月14日です。9115M 485系(A2+A1) 団体列車「上野駅長号」元あかべこ編成を使用した団体列車で、企画名は『上野駅長号 懐かしの特急「あいづ」で行くふくしまDC会津応援の旅』という非常に長~いタイトルだったようです。同年4月にも運転されましたが、うっかり忘れて撮り逃してしまい、ようやく記録することが出来た列車です。個人的には組み合わせとして見たことが無かった赤いヘッドマークを期待したのですが、タイトルどおり、昔から使用されていたヘッドマークでの運転となり、ややガッカリしました。同編成の廃車により、485系特急色は消滅してしまいました。485系(非貫通型編):特急「あいづ」485系(ボンネット型クハ編):特急「あいづ」485系(クロ481):特急「あいづ」485系(あかべぇ):臨時特急「あいづ」485系:特急「ビバあいづ」485系(T18編成):特急「あいづ」
2026.06.14
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253系1000番台:団体「JR・東武直通特急20周年記念 青い日光号」令和8年6月、東武鉄道への乗り入れ用として新宿~東武日光・鬼怒川温泉を結ぶ253系1000番台2編成が、「新エクステリア化」という聞き慣れない進化を遂げることとなり、2編成のうちOM-N02編成が竣工しました。これを記念してか、珍しく団体企画列車が設定され、新宿~東武日光間を走ることになりました。直前で知りました・・・。253系 青い日光号(ツアー)(2026年6月12日) - 鉄道コムしかも、この日は定期の「きぬがわ3号」も通常どおり運転されており、わずか10分差で同じ道を下っていくことになります。おそらく、新宿駅の5・6番線でわずかな時間ですが、顔を合わせたのではないかと思われます。調べたところ、新宿駅5番線は「成田エクスプレス」が10:20~10:38まで塞いでおり、「きぬがわ3号」が10:31発であることから、10:41発の当該列車は「きぬがわ3号」が6番線を発車するまで入線できないことになります。普段は閑散としている新宿駅5・6番線もこの時ばかりはたいへんな状況になっていたことが想像されます。※撮影は、令和8年6月12日です。回9520M 送り込み回送9533M 団体「JR・東武直通特急20周年記念 青い日光号」仕上がったばかりピカピカです。24系と同じようなブルーに感じます。かなり暗い写りになるのかな?と思いましたが、意外に色が出ました。なんだか、国鉄時代の試験車を髣髴させますな。ちなみに、ヘッドマークは「団体」表示で、今後を考えても貴重になるかもしれません。今回は片道の設定で、東武日光駅に到着後、お披露目イベントが実施されるようです。当該編成は、翌日から通常営業列車に使用されるようなので、相方のOM-N01編成も早々に入場し、7月4日の臨時列車から使用されるのではないかと予想しております。したがって、この日の定期1往復が最後の旧塗装になるのではないかと思われます。当日の撮影状況は→2026/06/12 青い253系走る! 久し振りのレアタイム | マル鉄回顧録
2026.06.13
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183系 幕張車:団体・回送列車国鉄形が終焉を迎えていた時代。首都圏各基地に配置されていた波動用183系や189系も、形式消滅して久しくなりました。今回は、幕張区に所属していたいわゆる183系マリ車について、あぶれていた列車について最後のまとめをしておきます。平成20年4月12日 大宮駅にて マリ82編成 団臨列車大宮駅で撮影していた際、突然の通過に慌てて撮影したもの。未整理だったのですが、クハ183-1022であることが確認できたのでこちらに整理できました。平成21年1月3日 佐倉~物井にて 編成不明せっかくの団臨ですが、撮影場所探しに手間取った結果、こんな構図に。初詣臨だったかな?平成21年11月23日 マリ31編成平成22年11月14日 マリ32編成平成22年11月21日 マリ32編成塗装ピカピカの検査上がり?平成23年9月23日 マリ31編成平成24年5月12日 マリ31編成 9872M 集約臨早朝の上野着にありがちな集約臨。珍しくマリ編成が充当。平成24年10月6日 マリ32編成DJに載っていないスジ。もしかしたら武蔵野線経由の振り替え?基本的には滅多に地元を通る車両ではないのですが、東大宮常駐となってからは頻繁に目撃するようになったみたいです。2枚くらいしか未整理写真が見当たらなかったようですが、パソコンの故障に伴う更新に当たり掲載画像が飛んでしまったようで、記録からとんでもない数が出てきました。しかし、結果はやはり回送列車ばかりで、あまり良いシーンはありませんでした。そして、平成25年12月、いずれの編成も長野への廃車回送を兼ねた団体列車としての運転を最後に廃車となりました。183系マリ32編成:団体「上野動物園パンダ号」183系:快速「ムーンライトえちご」団体列車 183系:「横浜セントラルタウンフェスティバル”Y153”記念号」
2026.06.12
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EF641000番台:EF641010EF64シリーズで、今回はJR貨物の1010号機です。平成22年12月29日 2073レ平成25年6月1日 西浦和~北朝霞 72レ平成25年6月22日 3071レ平成28年5月28日 大宮車両所にて 「あけぼの」「がまだせ!熊本」見慣れた記憶でしたが、あまり遭遇していたかったようです。昭和55年10月頃 蕨~西川口間にて 上り 急行「能登」EF58・EF64牽引:急行「能登」(旧型客車時代)昭和昭和50年3月改正以来、一貫してEF58が牽引していましたが、老朽交替としてEF641000番台が牽引するようになりなりました。どうも、この日が偶然にも初運用だったようで、後の鉄道雑誌で話題となっていました。まだ登場したばかりのため、性能の悪い画質でもピカピカ感があります。まだ連結器の補助灯はありません。80.7.16 新製2023年度 廃車
2026.06.11
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253系:特急「成田エクスプレス」(Yōkoso!JAPAN編)253系特急「成田エクスプレス」の最終編として、Yōkoso !JAPANのステッカーを取り付けた編成の写真をまとめてみました。253系のうち6両編成に取り付けられていたYōkoso! JAPANのステッカーですが、何編成に取り付けられていたのか、今もって情報として殆ど出てきません。平成21年7月26日 「成田エクスプレス15号」本来なら撮影する立ち位置ではないのですが、初めてステッカー取付車だったために慌てて撮影していたようです。この時点では、まだ何が貼ってあるかも分かっていませんでした。平成21年8月9日 Ne-101編成 「成田エクスプレス15号」平成21年8月15日 Ne-01編成 「成田エクスプレス15号」平成22年3月13日 池袋駅にて Ne-03編成 「成田エクスプレス14号」イベントを見に来た娘の付き添いで。ホームで貨物列車の待機中に偶然やって来たステッカー車。初めてじっくり撮影&見物が出来ました。ステッカーのアップ。ドア横やデッキ内にも貼ってあるのを初めて知りました。平成22年5月18日 立川駅にて Ne-101編成既に運用末期の頃。この時間帯には運用がありませんで、疎開回送に偶然出会ったのかもしれません。平成22年7月17日 西船橋~船橋間にて Ne-01編成 「253系成田エクスプレス ラストラン」253系「成田エクスプレス」がラストランとなった日、撮影に出掛けました。安全な上からの構図に徹し、万端に整えてその時を待ちました。やってきた列車にヘッドマークのようなステッカーを発見、シャッターを切ると、なんとYōkoso !JAPANのステッカーでした。これにはガッカリ、憤慨したものです。こうして、253系「成田エクスプレス」は登場から20年の歴史に幕を下ろしたわけですが、最終増備の2編成のみ、東武乗り入れ特急として現在も元気に走っています。253系:特急「成田エクスプレス」(物井~佐倉編)253系:特急「成田エクスプレス」(東海道編) 253系:特急「成田エクスプレス」(地元編)JR東日本 特急「成田エクスプレス」大宮~新宿間取り止め
2026.06.10
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JR貨物 DE101189DE10シリーズで、今回はDE101189号機をご紹介したいと思います。平成24年8月7日 田端機関区にて1189号機は、日本車輛製で、昭和48年3月12日に熊本機関区に配置され、昭和53年11月6日付で宮崎機関区へ転出となります。さらに昭和59年2月1日付で鹿児島機関区へ転出しますが、同年5月14日に竜華機関区へ、さらに翌60年3月16日付で吹田機関区へ異動となります。そのまま民営化を迎えますが、平成17年10月17日に新鶴見機関区(川崎)へ転出となり、令和2年2月以降に除籍されるまで同区で生涯を過ごしました。写真は、田端機関区で休息中の同機を捉えたもので、ここに停留している期間は主に隅田川駅の入換や当時はまだ廃線となっていなかった北王子支線にも運用されました。ここに駐機する機関車も既になくなり、過去の思い出となりました。
2026.06.09
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EF81カシガマ牽引:安中貨物EF81が牽引して首都圏を走破する車扱い貨物列車として有名だった安中貨物。田端機関区のEF81で運用された時代、寝台特急カシオペア牽引専用塗装のいわゆるカシガマだけは貨物運用に入ることは有り得ませんでした。しかし、EF510-500の配備でEF81が「カシオペア」の運用から外れると、EF81カシガマ塗装は一転して貨物運用に入るようになり、時として待望の安中貨物に充当されることがありました。あまり写真を撮る機会はありませんでしたが、今回はカシガマ+安中貨物のシーンを並べてみます。平成22年11月21日 EF8179牽引平成22年11月28日 EF8199牽引平成22年12月18日 EF8199牽引 隅田川~田端操にて平成23年1月8日 EF8199牽引EF510配備後もしばらくはEF81が充当されていましたが、その数は徐々に減り、EF81カシガマが3両とも休車となってしまいました。予備として存続したEF81の中にカシガマは残ることなく、すべて廃車となっています。寝台特急のみ牽引することを許されたカマ。最後は貨物列車の牽引に充てたのは、JR東日本のサービス精神に違いないでしょう。79号機 平成23年6月4日付廃車 過去ログ 寝台特急「北斗星」92号機 平成24年1月14日付廃車 過去ログ 寝台特急「北斗星」99号機 平成23年8月27日付廃車 過去ログ 寝台特急「北斗星」
2026.06.08
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トヨタ スプリンタークーペSR(AE70)今回は、私の乗っていた乗用車の写真をご紹介したいと思います。トヨタ スプリンター SR確か昭和54年製のトヨタスプリンターで、2ドアクーペ、ハードトップ、ハッチバックというスポーツスタイルの小型乗用車です。与野駅勤務時代に運転免許は取得していましたが、家には父親と実兄のクルマがありましたので、すぐには自車を購入しませんでした。しかし、友人は直ぐに免許を取ってクルマも購入していたため、撮影にはクルマが便利であることを知ってしまい、自分の車が欲しくなりました。マイカーを購入したのは王子駅勤務時代の昭和61年で、うろ覚えですが当時の手取り月給は12万円程度だったと思われるので、とても新車を買うような余裕はありませんでした。そこで、王子駅の先輩でクルマ好きの方がおり、良く知っている中古屋を紹介してもらって購入したのが同車。候補として他に日産ラングレーともう一つ忘れてしまったのですが、日産車はシフトレバーのストロークが非常に大きくて扱いづらかったので、スタイリングも含めてこのスプリンターに決めました。当時は既に人気のAE86も出ていましたし、初代スープラも発売された頃で憧れていたのですが、とても新車で買うほどの資金もなく、借金が大嫌いだったので、初めての車でもあり中古で仕方ない状況でした。ちなみに、価格は車検込みで60万円強だったと思います。平成2年の初め頃まで乗っていたので、5年近く使用しました。ミッションにガタが来ていたとは言え、今まで乗った中でも一番相性が良かったように思います。若いときに買ったクルマなので、身体に馴染むのが早かったからかもしれません。今でもこのクルマにのっていたら、かなり注目を浴びたでしょうね。トヨタ 公式ホームページ
2026.06.07
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EF641000番台:EF641009EF64シリーズで、今回はJR貨物の1009号機です。平成23年1月22日 3071レ平成23年4月16日 2073レ平成23年5月31日 単3071レ平成23年9月18日 2073レ平成23年9月24日 2073レ平成23年12月24日 7071レ平成24年10月5日 2073レ標準的な遭遇率だったようです。80.06.29 新製2022年度 廃車
2026.06.06
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マル鉄回顧録で、KATOから発売された待望のED71 1次形の記事を掲載しました。詳細は下記リンク先で。2026/05 KATO ED71 1次形(クレーム付き) | マル鉄回顧録国鉄 交流型電気機関車:ED71(その1) 国鉄 交流型電気機関車:ED71(その2)国鉄 交流型電気機関車:ED71(その3) ED7114牽引 旧型客車:東北本線普通列車 ED7114牽引 12系客車:臨時急行列車
2026.06.05
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211系1000番台グリーン車:サロ211+サロ212211系は、昭和60年、国鉄末期に導入された近郊型電車で、主に非冷房の111系、113系並びに115系の置き換えを目的に製作されました。このうちグリーン車だけの説明になりますが、東海道線への導入当初、平屋建てのサロ211+210が6組製造されています。東北・高崎線へのグリーン車転用に当たっては、これら平屋建ての車両が優先で転用されたため、全車とも1000番台に改造されました。サロ210は乗務員室が設置され、便所は相方のサロ211に設置されています。また、サロ213は、グリーン車の混雑が慢性化に対して着席率を上げるために製造された国鉄初の2階建て車両です。導入に当たっては相方となるサロ210に便所が設置されているため、同車は乗務員室を設置しています。また、東海道時代はサロ212とペアを組んでいたものもあります。東北・高崎線へは、乗務員室・便所の組み合わせを変えずに正順どおり転用されており、サロ210+サロ213に連結順は合っていますが、便洗面所と乗務員室の位置が逆転しています。平成24年7月15日 サロ211-1002+サロ212-1002平成24年9月8日 サロ211-1002+サロ212-1002平成24年10月6日 サロ211-1002+サロ212-1002平成24年5月27日 サロ211-1003+サロ212-1003平成24年7月8日 サロ211-1003+サロ212-1003平成24年8月8日 サロ211-1003+サロ212-1003平成24年7月8日 サロ211-1004+サロ212-1004平成24年7月11日 サロ211-1004+サロ212-1004平成24年7月15日 サロ211-1004+サロ212-1004平成24年10月24日 サロ211-1004+サロ212-1004平成24年11月4日 サロ211-1004+サロ212-1004平成24年6月24日 サロ211-1005+サロ212-1005平成24年6月24日 サロ211-1006+サロ212-10061001番の組み合わせは撮り損ないました。サロ211、サロ212も、いずれも元番号+1000となっています。
2026.06.05
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国鉄・JR東日本:EF651064EF65PFシリーズで、今回はJR貨物のEF651064です。1064号機は、昭和51年度に誕生した増備車で、1061号機よりも早い昭和52年1月7日に落成しています。首都圏の旧型電機の置換え用として大量に増備された後期第一弾として、PS22Bパンタを搭載した最初期のカマとなります。新鶴見機関区に配置され、専ら貨物用として活躍していました。同機は、どこにも異動することなく、新鶴見機関区を離れることのなかった生粋の新鶴見っ子だったようです。民営化直後は原色、その後原色赤プレート車と活躍していたようです。更新されないまま早いうちに部品取りのため休車扱いになっていたようで、新鶴見機関区で永らく留置されていたことが報告されていました。またその際に原色プレートになっていたことも目撃されています。平成24年3月16日 西浦和駅にて 8283レ 廃車回送 EF651080が牽引する廃車回送列車で、次位にEF651055及び後部にEF651064を連結していました。この時は珍しくDJ誌に予定が掲載されたため、多数の撮り鉄が集まりました。長く留置されていたために原色も色褪せ、既にナンバープレートも外されて手書きとなっており、廃車回送とは言え痛々しい姿での回送でした。正確な日は発表されていないようですが、2012年の廃車とされています。早いうちに部品取り休車となってしまったため、元気な姿を捉えることはできませんでした。
2026.06.04
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14系お座敷客車:「ゆとり」平成27年7月7日、長らく尾久車両センターにて保留となっていたお座敷客車「ゆとり」のスロフ2両が長野総合車両センターに廃車回送されました。平成24年11月10日 尾久車両センターにてさよなら運転後、中間車が廃車された後も、両端のスロフ14形2両は解体を免れており、誰もが保存されるものと考えていたと思います。しかし近年においては、特に補修なども行われておらず、その姿が段々と無残なものになっていました。元々は、国鉄初の団体専用欧風客車「サロンエクスプレス東京」であり、昭和58年に14系客車からの改造により誕生しました。また、当時は国鉄から絶滅してしまった展望車を備えるものであり、関西の「サロンカーなにわ」とともに大きな話題となりました。平成8年度に「サロンエクスプレス東京」としての営業を終えた後、7両編成から1両減車してお座敷列車へ改造、「ゆとり」として再び線路に戻りました。外観は「サロンエクスプレス東京」時代と殆ど変りありませんでした。平成20年3月2日 西川口~蕨間にて EF6439牽引 「さようならゆとり奥利根」平成20年3月9日 真鶴~湯河原間にて EF651118牽引 「さよならゆとり」全国的にも客車によるジョイフルトレインが撤退し、機関車の維持の問題もあるでしょうから、高崎区など一部を除いては客車の全廃も已む無しというところです。「サロンエクスプレス東京」から25年続いた欧風客車の始祖も、西の「サロンカーなにわ」を残して歴史の幕を閉じました。EF5861牽引:14客車「サロンエクスプレス東京」EF15165牽引:14系客車「サロンエクスプレス東京」EF641012牽引:14系客車「サロンエクスプレス東京」EF5861牽引:臨時特急「サロンエクスプレスそよかぜ」EF651108牽引:臨時特急「サロンエクスプレスそよかぜ」D51498牽引 SET:団体列車「冒険大陸号」
2026.06.03
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183系:団体列車 横浜セントラルタウンフェスティバル”Y153”記念号」平成24年、横浜セントラルタウンフェスティバルY153の開催に合わせ、6月2・3両日に団体臨時列車「横浜セントラルタウンフェスティバル”Y153”記念号」が運転されました。運転区間は、新宿→浜川崎→石川町と、石川町→茅ヶ崎→浜川崎→石川町で、送込み回送の東大宮操→新宿、待機回送の石川町→国府津→品川→石川町、返却回送の石川町→茅ヶ崎→品川→東大宮操で構成された運用となっており、大変複雑なものとなりました。使用車両はマリ31が2日間とも充当されています。平成24年6月2日 蕨駅付近にて 回9552M 同日 ヘッドマーク平成24年6月3日 蕨~西川口間にて 回9552M 地元での送込み回送ですが、時間帯も良かったので撮影することが出来ました。3日は悪天候だと諦めていましたが、予報が外れて雨が降らず、2日間とも撮影することが出来ました。大変に映えるマークでしたが、ちょっと文字が小さいですね。
2026.06.02
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JR貨物 DE101120DE10シリーズで、今回はDE101120号機をご紹介したいと思います。平成23年10月15日 大宮車両所にて1120号機は、汽車製造製で、昭和46年8月23日に一ノ関機関区に配置され、昭和59年2月1日付で盛岡機関区へ転出となります。民営化を盛岡機関区でそのまま迎え、平成3年3月3日付で長町機関区へ。そのまま仙台機関区→仙台総合鉄道部に配置となり、令和3年5月18日付で廃車されるまで、終始東北を離れることが無かったようです。写真は、おおみや公開にて検査に来ていた同機が展示されたもので、まだ整備前の様です。
2026.06.01
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