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E653系勝田車:団体列車「リバイバルあいづ号」団体ツアー列車「リバイバルあいづ号」が走りました。E653系 リバイバルあいづ号(ツアー)(2026年5月23日) - 鉄道コム※撮影は、令和8年5月23日です。E653系 K70編成 団体列車「1日限りの特別急行「リバイバルあいづ」」 リバイバルという位置づけから、まあこちらの編成が来るだろうことは予測できます。 ここからサイドが見えませんが、満員御礼であることは間違いないでしょう。 せっかくだから、リバイバル風ヘッドマークでも作っても良いのではないですかね。上野東京ラインに近接しているので、スピードはやや抑え気味のようでした。帰路は夜間なので、完全無視しました。485系(T18編成):特急「あいづ」485系(非貫通型編):特急「あいづ」 485系(ボンネット型クハ編):特急「あいづ」485系(クロ481):特急「あいづ」 485系(あかべぇ):臨時特急「あいづ」485系:特急「ビバあいづ」
2026.07.31
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DD1611:臨時快速「旧型客車八ヶ岳号」JR東日本で最後まで残っていたDD1611ですが、令和3年12月24日付で廃車になってしまったそうです。殆ど出会ったことのないDD16なのですが、過去に金町のHさんからご提供いただいた飯山線臨時列車の写真を再編集によりアーカイブさせていただくことにいたしました。平成28年7月30日、小海線の中込—小淵沢間にDD1611が高崎車両センターの旧型客車3両を牽引して臨時快速「旧型客車八ヶ岳号」が運転されました。先般ご紹介いたしました飯山線と同様に、DD16が旧型客車を牽引するということで、多くのファンで賑わったそうです。有効長や牽引定数の関係か、客車は3両のみとコンパクトです。しかも運転日は1日だけと、コスト度外視の設定ですね。DD1611牽引:「パノラマ八ヶ岳号」JR東日本 DD16303牽引:チキ工臨JR東日本 DD1611牽引:チキ工臨国鉄 ディーゼル機関車:DD1620(大宮工場)
2026.07.30
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国際興業バス:いすゞキュービック(超低床ワンステップ車)国際興業バスのいすゞキュービックで、レア車種であった超低床ステップ車です。私が調べた範囲だけの検証となってしまいますが、間違っていたらすみません。国際興業では、前記事でご紹介いたしましたキュービックノンステップ車が導入される前に、ステップ車の超低床型というものが存在しました。形式名の如く、ノンステップ車のように出入り口がフラットにはなっていませんが、従来のステップ車に比較して床面が低くなり、その分、ステップの段差も大幅に低くなっているという特徴があります。足の上がりにくいお年寄りには優しい造りです。この超低床型の車両は、9901~9903のわずか3台のみしか導入されなかったようで、同車では大変な希少種でした。9901は志村営業所の配置で、私が板橋区に住んでいた時に導入され、通勤でリアルに乗ったことが何度もありました。新車でバネのへたりがないこと、エンジンの回転もスムーズで、非常に乗り心地が良かった記憶があります。一方、9902と9903の2台は西浦和営業所に居たようです。この3台ですが、何故か9901はツーステップ、9902と9903はワンステップだったようです。※撮影は、いずれも平成20年5月18日、南浦和駅西口にて。浦和駅の高架化工事の際に代行輸送が実施され、その招集を受けた車両の中に9902が居ました。西浦和営業所の所属でした。9900番代の特徴は、中ドアがグライドスライドドアになっていることで、国際興業バスのキュービックの中でも希少な形態です。こちらは公式側からです。ノンステップ車では前扉にグライドスライドドアを使用している車両が多くありますが、この車両の前扉はマジックドアのようです。9902は94年式ですが、その後ノンステップ車が97か98年頃から本格導入されていますので、中型のいすゞジャーニーの導入との兼ね合いがあったためか、導入が少数にとどまってしまったようです。この付近でこのような代行はしばらくは行われることはないでしょうから、大変貴重なシーンとなりました。また、生活で実乗経験のある9901の写真を撮影していなかったのは非常に残念です。※追記第1稿として作成した頃は「超低床」の表現があったのですが、現在のほかの方の投稿を見たところ、同車前面に表示されているように「リフト付低床バス」となっているようなので、この点について補記させていただきます。国際興業バス:いすゞキュービック(ステップ車)国際興業バス:いすゞジャーニー
2026.07.29
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183系 OM車:団体・回送列車平成25年度を最後に大宮総合車両センターから撤退となった183系1000番台によるOM車。6両編成3本が高崎車両センター(新前橋区)からの異動により配置されており、団体列車や臨時列車などに活躍しました。OM車による臨時特急・臨時快速や集約臨などは過去ログでご紹介済みとなっていますので、今回は一般団体列車や回送列車などの写真をまとめて懐かしみたいと思います。平成20年10月18日 OM102 回送平成23年3月5日 OM102 団臨 9827M平成23年6月4日 OM103 団臨 9877M平成23年10月28日 OM101平成24年4月28日 OM103 団臨 9832M平成24年5月19日 OM101 団臨 9537M平成24年6月2日 OM102 回9575M平成24年10月20日 OM103 団臨 9830M平成24年11月30日 新秋津駅にて OM102 回9525Mこうして並べてみると、OM車の回送はあまり撮っていなかったようです。OM101編成が何故か少なくなっています。さらに、ここにご紹介したOM101編成はいずれも編成方向が逆向きとなっており、他の臨時列車の写真を探しても見当たらないことから、珍しい現象が起きていたようです。183系OM車6+6=12連:団体列車 鎌倉初詣臨 183系OM車:修学旅行臨(集約臨)
2026.07.28
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鉄道陸閘:東武鉄道亀戸線これまで何度か利用したことのある東武亀戸線。総武本線亀戸駅から東武伊勢崎線曳舟駅を結ぶ、途中に3駅しかない短路線で、電車も2両編成が走っています。かつては本線で、亀戸から両国駅まで直通運転を行っていたことは最近知りました。(遅)都心であるにもかかわらず、2両編成の電車が往復するだけのローカル然としていますが、走っている区間は都会ですので、特に景色を意識して乗ったことがありませんでした。リバイバル塗装の8000系をコンプリートするため、1度だけ沿線の撮影に行ったことがありました。途中の小村井駅から亀戸駅まで歩いてみたのですが、犬も歩けば棒に当たる。事前に何も調べずに歩くというのも、新しい発見があって面白いものです。※撮影は、平成29年10月1日、東武亀戸線 東あずま~亀戸水神間にて。この写真を撮るとき、線路の勾配に気が付きました。この写真ではちょっと判りづらいのですが、手前の東あずま駅から亀戸水神駅方向に向かって上り勾配になっています。先に大きな道路もあるような雰囲気でしたので、何か道路を跨ぐために上り勾配になっているものだとばかり思っていました。暫し歩いてみると、そこにあったのは「亀第16号踏切道」という踏切でした。そして、その横にあったのは・・・一級河川「北十間川(きたじゅっけんがわ)」でした。むかし、河川の仕事をしていたのでその存在も勿論知っているし、墨田区、江東区、江戸川区などの江東低地帯の経緯も知っています。この低地帯を構成するのが荒川水系荒川・隅田川・綾瀬川や、利根川水系から来る江戸川、中川で、その間に人工河川の新中川やこの江東内部河川が縦横に走っています。北十間川もその中の一つになります。それにしても、結構な高低差があり、川の水面よりも土地の方がかなり下にあるのを実感します。この北十間川も水位を下げて現在の水面を保っていることから、水門がなければ通常でも水没してしまっているな?と、容易に想像がつきます。踏切をそれぞれの方向から撮ったものです。初めは違和感のみだったのですが、その違和感の原因は比較的に早く分かりました。この門のような物体、工作物です。門の内側に溝が入っています。これは何か・・・むかしの仕事の記憶が蘇ってきました。これは「陸閘」ですね。「陸閘」は、平時には交通を優先して堤防や護岸を欠き取っていますが、高潮や津波が来た時にそこから海水や川の水が陸地に流れ込んで甚大な被害を及ぼすことになるため、緊急時に閉鎖して護岸の代わりをする施設です。「陸閘」は水門のように機械的に開閉できる大規模なものや、用水の水門くらいの人力でハンドルにより開閉できるものがあります。しかし、施設規模の小さなものは、この場所のように角落し(分厚い鉄の板)をこのガイドに差し込んで壁にするようなものもあります。鉄道ではWikipediaに有名なものが紹介されていますが、かつての仕事の範疇であった場所に簡易ながらもこのような施設があるのを知りませんでした。おそらく、昔は必要なかったものと思われますが、地下水の汲み上げ過ぎによる地盤沈下が原因となり、このような施設が必要になってしまったものではないかと想像します。東武亀戸線の歴史は古く、「地下水の汲み上げ」の影響などない時代からありましたから、これほどの高低差ができるまで、線路の長さが足りなくなってきたはず。鉄道の維持にこのような地盤変動が影響を与えていた事実も、長い時間を掛けてきただけに、あまり大きな問題にはならなかったのかもしれません。一方で、低地帯対策が必要になってからは、水害から生命財産を守るための対策として、鉄道側にもこのような負担を与えてしまったことも、「政治の失敗」「次世代へのつけ」と言っても過言ではないと思います。この路線が高架化でもされない限り、安全対策として存置されることでしょう。
2026.07.27
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京王バス中央:日野レインボーRJ当時、京王に古いバスが走っているとの情報を聞き、バスを撮影するだけのために出掛けた時のもの。殆どのバスがノンステップ化されている感じで、記録を見るとこのバスだけが旧車のようでした。いずれも日野レインボーRJで、情報に辿り着かないのですが、おそらくはツーステップだと思います。※撮影は、平成19年3月14日です。京王バス中央 B29902 府中車庫にて京王バス中央 B29904 府中駅前にて京王バス中央 B29906 府中駅前にてこの車種は、後にバスコレクション第26弾で模型化されたようです。その頃は既にバスコレ集めに辟易していたので購入はしていませんが、今更悔いはありません。
2026.07.26
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JR東海 211系:快速「エキスポシャトル」家の片付けをしていたら、昔「愛・地球博」に行った時のネガと写真が見つかりました。アルバムが一杯になっていて、整理しないでそのままどこかへ行ってしまっていたものですが、ここに211系の「エキスポシャトル」の写真がありました。※撮影は、平成17年7月25日、万博八草駅にて。211系 快速「エキスポシャトル」万博の帰り道、リニモからJRに乗り換えた記憶はもちろんありましたが、その後の行動が既に曖昧です。とにかく疲れていて、快速に乗っていた記憶も既に消えています。途中から地下鉄に乗り換えた記憶もありますが、この時だったか、義弟の結婚式の時だったかも記憶が混同しています。JR東海管内に民営化後も数回踏み入れているのですが、211系とか213系の写真は殆ど無く、特にこの時代はまだデジカメもありませんでしたから、多分、M645で手持ち撮影。写りも良くなかったのでアルバムにも入れていませんでした。あれから既に20年が経過。JR東海の211系も2025年3月のダイヤ改正で消滅してしまったようで、映えはしないですけど、貴重な記録として残りました。
2026.07.25
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EF641000番台:EF641016EF64シリーズで、今回はJR貨物の1016号機です。平成22年7月4日 土呂~大宮間にて平成22年11月21日 2073レ平成23年4月29日 2073レ平成23年5月18日 2075レ 新座駅にて平成24年7月12日 5585レ平成24年7月12日 2073レ平成24年8月8日 2073レ平成24年8月18日 3071レ廃車まで原色であったことから、優先的に狙いに行っていたため、コマ数は多かったようです。1980.9.24 新製2017年度 廃車
2026.07.24
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伊豆箱根鉄道駿豆線:1100系今回は1枚モノですが、伊豆箱根鉄道駿豆線で永らく活躍した1100系です。旧型電車を置き換えるため、平成元年~2年に掛けて導入された元西武鉄道701系で、4両編成を3両編成に改造して使用されました。このような場合、モハ車に運転台を取り付けるのが一般的ですが、同車はクハにモハの動力を移設して制御電動車としたものらしいです。3編成が導入され、平成2年から平成23年まで活躍しました。平成20年8月16日 三島駅にて500系「のぞみ」の写真を撮りに行ったときのもので、あくまでもついでに撮ったものでした。昔からここを通りかかると、西武鉄道のカラーの電車を良く見たものですが、あまり興味もなかったので1度も訪れたことはありませんでした。この回も乗り継ぎの際に偶然出くわしたもので、たまたま発車した同列車を辛うじて撮ることが出来たものです。3編成のうち第3編成は701系の初期車で、乗務員扉の手すりが外に飛び出しているタイプらしいです。写真を拡大して見ると手すりが飛び出しているようなので、これがその第3編成のようです。最後まで残った第1編成は、西武鉄道時代の塗装に復刻されました。撮りに行きたいとは思ったのですがどうも腰が上がらず、ついに最期を見ぬ間に廃車となってしまいました。
2026.07.23
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JR貨物:EF651067(EF652067)EF65PFシリーズで、今回はJR貨物のEF651067(EF652067)です。1067号機は、昭和52年度に誕生した増備車で、昭和52年2月4日に落成しています。首都圏の旧型電機の置換え用として大量に増備された後期第一弾として、PS22Bパンタを搭載した最初期のカマとなります。新鶴見機関区に配置され、専ら貨物用として活躍していました。同機は終始新鶴見を離れることがなかったようです。平成21年9月5日 EF651067牽引 2082レJR塗装で、まだ3色更新色時代のものです。同塗装末期の頃で、この後すぐに2色更新色になっていると思われますが、何故か遭遇していなかったようで、記録が見つかりませんでした。令和2年9月25日 EF652067牽引 配8791レ次に捉えたのは、2色更新色・同2000番台化を飛ばし、原色化後の姿でした。既に地元での定期運用は、この配給列車1本のみとなっており、貴重な存在でした。令和4年7月2日 EF652067牽引 配8791レ最後に撮影した2067号機牽引の配給列車。2025年度に廃車になってしまったそうです。
2026.07.22
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E231系500番台:山手線(ありがとうHM)平成14年から山手線に導入されたE231系500番代もいよいよ最後の1編成となり、最終編成となったトウ506編成には令和2年1月10日から「ありがとう」ヘッドマークを前後に取り付けて運転されてました。1月をもって引退ということでしたが、具体的な日程は発表されておらず、その日はいつになるのか分からなかったファンが大勢であったと思います。令和2年1月16日 新宿駅にて E231系506編成最終編成でヘッドマーク付きになるとアタマの狂ったマニアが台頭してくるので、写真を撮りに行くようなことは控えているのですが、この日、午前中の在宅勤務から新宿へ向かう際、ちょうど埼京線の新宿着から5分以内に最終編成がやって来そうな運用に入っていました。ラッキーなついでで撮れると思ったのですが、乗っていた埼京線が何故か新大久保付近から最徐行や停止を繰り返し、新宿着が遅れ、間に合わなくなってしまいました。ダメもとで山手線ホームの階段を降りると、最終編成がちょうど到着し、発車ベルが鳴り始めたところ。ギリギリ発車シーンを撮ることができました。そして何の予告もなく、令和2年1月20日の運転をもって運用に入ることはなくなり、1月24日の情報で、東京総合車両センターに入場したことを知りました。平成29年からのE235系量産車導入により本格的に置き換えが始まりましたが、そのペースは非常に遅く感じていました。しかし、最後の半年くらいはあっと言う間に置き換えが進んだ感があり、名残惜しむ前に終わってしまった印象でした。E231系500番台:山手線(ラッピング編成)E231系500番台:山手線(6扉車撤退後)E231系500番台:山手線(6扉車)E231系:みどりの山手線(伊右衛門)E231系山手線:いいとも最終回ラッピング編成E231系:みどりのリラックマ電車「Rilakkuma Yamanote Line」E231系:みどりの山手線(クリスマストレイン)
2026.07.21
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国際興業バス:いすゞジャーニー主にいすゞ車を使用している国際興業バスでは、1980年代半ばからキュービックが使用されており、合わせて、中型車としてジャーニーを使用している路線も多くありました。個人的にも地元は国際興業バスonlyとなりますので、バスに興味を見出してからはキュービックがすごく好きになりました。一方で、キュービックとほぼ同形態のマスクを持ちながらも、小径タイヤで寸胴なイメージのジャーニーはあまり好きになることができず、バス写真を撮るようになってからもあまりカメラを向けなかった感じでした。キュービックを見ることができなくなってからも、ちょっとの間はジャーニーの新塗装車を見ることがありましたが、これもいつの間にかなくなってしまいました。今回は、枚数が少ないですが、地元で撮ってあったいすゞジャーニーを並べてみます。※撮影は、特記があるもの以外、蕨駅西口です。平成17年5月14日 2023デジカメを購入する少し前のようで、女房のフィルムカメラで撮ったようです。本来であれば邪魔になるデート機能ですが、記録を取ってない頃ですので、明確な撮影日が分かって助かりました。どうもデジカメで撮るようになってからの旧車体色が見つからないので、この頃を最後に新色に切り替わってしまったようです。平成17年5月14日 2017上の写真と同日ですが、こちらは新塗装に切り替わっています。平成20年5月18日 2041 北浦和駅西口にてこれだけ北浦和。浦和駅の高架化工事の時に取材で撮影したものです。招集された車両はエルガとキュービックのみで、ジャーニーは居なかったように記憶しています。平成21年2月14日 2018 貸切平成21年2月14日 2019 貸切2枚ともKC-LR333J改97年製で、貸切運用となっていました。当時の記録がないのですが、競艇輸送ですかね?平成23年8月20日 2074これだけ番号が離れていますので、年式が2年くらい違うかもしれません。当時の記録でも、川口辺りでは時々目撃するものの、地元ではほとんど見ることができなかったとなっています。ここから1年程度でジャーニーも消滅してしまったのかもしれません。
2026.07.20
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EF65牽引 24系寝台客車:寝台特急「あけぼの」特急「あけぼの」は、昭和45年10月に誕生した奥羽本線初となる寝台特急。登場当初から20系寝台客車を使用し、1往復による運転で登場しますが、利用好調により昭和48年10月ダイヤ改正で秋田行きが1往復増発されます。さらに、昭和57年11月のダイヤ改正で急行「津軽」1往復を格上げし、3往復体制となりました。全国でも最後の20系客車使用の定期寝台特急となった「あけぼの」は、昭和55年10月ダイヤ改正で24系に置き換えられることになりました。直流区間の牽引機は、専ら宇都宮運転所のEF651000番台が担当していました。今回は、寝台客車が20系から24系に代わり、さらにヘッドマークが復活した「あけぼの」をまとめました。昭和57年5月 浦和~南浦和間にて EF651007牽引 「あけぼの4号」この時代から地元沿線に金網柵ができてしまい、撮影ができなくなりました。それ以来、殆ど地元で撮影することがなくなってしまいましたが、東北新幹線の大宮暫定開業で夜行急行などの全廃が濃厚になってきたことから、少し足を伸ばして撮影に行ったものです。この頃はまだヘッドマークは復活しておらず、とりあえず「確保した」程度でした。昭和60年1月5日 古河~栗橋間にて EF651038牽引 「あけぼの6号」昭和59年10月からヘッドマークが復活した「あけぼの」。加えて3往復に成長し、上野着9時と撮影し易い時間にも走るようになりました。これは、EF58末期の活躍の写真を撮りに行った時に撮ったものです。昭和60年3月17日 栗橋~東鷲宮間にて EF651049牽引 「あけぼの6号」上の写真と同じ頃。編成もほぼ変わりありません。末期は編成も短くなってしまいましたが、この頃までは電源車含めて13両編成くらいが当たり前でした。やはり、ブルトレは編成が長いほど貫禄が出ます。昭和62年12月29日 蓮田~東大宮間にて 機番不明瞭 「あけぼの6号」民営化後に撮影した唯一の「あけぼの」。山形新幹線の工事に伴い、危機を感じて撮りに行った最後の写真。ヘッドマークは色調が違うものが何種類かあったようです。平成20年6月24日 大宮車両所にて EF651001おまけ画像で、大宮総合車両センター・大宮車両所の公開にて展示されたPFトップに「あけぼの」のヘッドマークが取り付けられて展示された様子。昭和40年代の再来と歓喜する中、何か違和感。スノープラウが無いだけで大変残念な印象になってしまいます。私から見た「あけぼの」の魅力は、東北地域ではEF651000番台が「特急しか引かない機関車」という、東海道筋では500番台のような格好良さでした。そして、やはり大ぶりのPS16パンタグラフとヘッドマークの組み合わせがたまらなく好きでした。寝台特急「はくつる4号」と近接した撮影しやすい時間帯に設定されていながら、いつも「ついで」でしか撮っていなかったため、撮った枚数が少なかったが今になっても悔やまれます。EF65牽引 20系寝台客車:寝台特急「あけぼの」20系寝台客車(ナハネフ):寝台特急「あけぼの」20系寝台客車(電源車):寝台特急「あけぼの」EF6437牽引:寝台特急「あけぼの」EF6438牽引:寝台特急「あけぼの」EF641000番台牽引:寝台特急「あけぼの」ED75700番台牽引:寝台特急「あけぼの」EF81青森機牽引:寝台特急「あけぼの」EF510代走牽引:寝台特急「あけぼの」24系寝台客車:寝台特急「あけぼの」583系:臨時寝台特急「あけぼの81号」583系:臨時寝台特急「あけぼの81号」(秋田車)EF65PF重連牽引:臨時特急「あけぼの52号」返却回送オハネ24551:寝台特急「あけぼの」(乗車記)
2026.07.19
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E653系:団体列車「スターライト舞浜」秋田地区や新潟地区より、東京ディズニーランドを効率的に訪問できるように設定された夜行列車が運転されていました。青森・秋田地区からの「わくわくドリーム」については、既にでご紹介済みですが、運転本数が少なくやや地味な存在であった新潟地区からの臨時列車についてはまとめをすっかり忘れていました。新潟~上野間には、平成26年4月まで快速「ムーンライトえちご」(同年3月改正で名称変更)が夜行列車で運転されていましたが、春休みまでの運転で廃止されてしまいました。経緯を辿ると、この時にディズニーランド団体企画列車として設定されたのが「スターライト舞浜」のようです。設定当初は485系新潟車が運用されており、同系の廃車によりE653系に変更されたようです。※平成29年10月のみ185系充当。平成27年7月18日 回9736M平成27年9月19日 回9736Mいずれも東大宮への入庫回送を捉えたものです。元々舞浜への到着時間が早朝である上、入庫が京葉車両センターだった記憶があります。そのため、地元で撮影することは不可能であったはずが、入庫先が東大宮になったため、583系「わくわくドリーム」の入庫回送と合わせて撮影ができるようになりました。元々「わくわくドリーム」に比較して設定本数が少ない上、設定本数も年々少なくなっていました。相次ぐ値上げなど、ディズニーランド自体へのコスパに対する疑念などもあったのではないか?と想像します。(あくまでも個人的な見解ですw)平成31年の運転を最後に設定が無くなってしまったようで、間違いなくコロナ感染対策による消滅でしょう。コロナが落ち着いたものの復活はしておらず、物価高、低賃金、社会保険料値上げによる実質手取り減など政治・経済対策の失敗、法外とも思えるような入場料の高騰など、夜行列車を利用しそうな若者への打撃、不信感が足を遠退かしたのではないかと思います。※あくまでも個人的な見解です。首都圏では貴重な新潟車の活躍の場でしたが、せっかくの機会が無くなってしまったのは非常に残念です。583系秋田車(初代):団体列車「わくわくドリーム」 583系秋田車(2代目):団体列車「わくわくドリーム」485系:快速「ムーンライトえちご」 183系幕張車:快速「ムーンライトえちご」
2026.07.18
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211系:東北本線・高崎線(シングルアーム換装後)東北本線・高崎線における211系シリーズで、今回はシングルアーム換装後から活躍末期まで集めました。平成21年7月4日 クモハ211-3036平成21年7月26日 クモハ211-3023シングルアームパンタを目にするようになり、意識的に撮っていたことが写真からも伝わってきます。平成21年8月9日 クモハ211-3034 Wパンタダブルパンタ車を目にするようになったのもこの頃でしょうか?ひし形のダブルパンタを見た記憶がないので、ダブルパンタが登場したのもこの頃だと思われます。平成21年9月5日 C2編成平成21年9月5日 C11編成平成21年9月30日 C11編成 899M平成21年10月18日 C7編成平成21年10月18日平成22年1月24日 大宮駅にて クモハ・モハ・サハ-1001 快速「アーバン」 平成22年2月11日平成22年2月13日 C2編成平成22年3月27日 C11編成 3936M 快速アーバン平成22年5月22日 C9編成 大宮~宮原間にて平成22年10月16日 A23編成平成22年10月16日 B5編成平成22年12月4日平成22年12月4日 C5編成平成23年2月6日 A27編成 559M平成23年2月6日 B2編成 3923M平成23年2月20日 C2編成平成23年6月28日 C5編成平成24年2月5日 C7編成平成24年3月3日 C14編成平成24年3月3日 C16編成平成24年4月28日 C4編成平成24年4月30日平成24年6月24日 サロ平成24年7月11日 A34編成 Wパンタ平成24年8月4日 B6編成平成24年9月8日 C9編成 884M平成24年12月24日 C9編成平成25年1月1日 C9編成 588M平成25年1月2日 C10編成 588M平成25年2月3日 C9編成平成24年末頃からは殆ど同じ編成ばかりのところを見ると、もうかなり運用編成数が少なくなってきていたようです。あまり変化が無さそうな211系ですが、ダブルパンタあり、顔が黒やグレーだったり、普段は「普通」表示が「高崎線」になることがあったり、「快速」がきちんと表示されたりと、細かいバリエーションがあったりしました。シングルアーム化された頃は置換えの話が無く、あくまでもついででしか撮影していませんでしたが、末期に従ってマメに撮るようにもなっていたようです。209系よりも長く活躍し、現在も高崎地区へ行けば見ることができる形式ですが、やはりグリーン車を2両繋いだ長編成が魅力的な形式でした。クモハ+クハにグリーン車を挟んだ編成は、かつての急行「佐渡」を髣髴させるシチュエーションでもありました。
2026.07.17
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京王バス:三菱エアロスターM MP218バスコレ第4弾で製品化された三菱エアロスターM MP218/MP618。当時はまだこの形式を知らなかったので、京王バスの同車のデザインを見てなかなか良いクルマだな、と思いました。当時は既に同型が末期の頃となっており、バス雑誌を見て京王バスにも残党が居ることが分かったことで、どこに居るのか探っていました。しかし、詳細が分からず諦めていたところ、通勤帰りだかに都庁付近で偶然に走っているところを目撃し、慌てて新宿駅で張り込みをし、やっとMP218を捕獲することができました。※撮影は、平成19年2月21日、新宿駅西口にて。D39402D39404その後も新宿駅西口で何回かはトライしてみたのですが、この時以来すっかり見掛けなくなってしまいました。この時が本当に撤退間近のタイミングだったのかもしれません。ちょっとのっぺりしたマスクの印象がある同型ですが、この京王塗装はそこを上手くカバーできた、MP218/618の中でも一番よく似合っているように思えました。
2026.07.16
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EF641000番台:EF641015EF64シリーズで、今回はJR貨物の1015号機です。平成22年9月30日 6789レ EF641015+EF641006平成23年5月14日 単5585レ平成23年9月10日 8592レ シキ180平成24年2月5日 単3071レ平成24年6月8日 2082レ標準的な遭遇率、コマ数でした。1980.9.10 新製2022年度 廃車
2026.07.15
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東武鉄道 8000系:亀戸線(標準塗装)過去ログにおいて、東武亀戸線で運用されていた8000系のリバイバル塗装についてご紹介して参りましたが、2025年7月を最後に、8000系が運用から撤退していたそうで、ちょうど再就職先での怒りが爆発していた頃と重なっていたこともあってか、まったく見落としていたようです。東武鉄道 8000系:8568F復刻塗装 東武鉄道 8000系:8575編成(復刻塗装)東武鉄道 8000系:8577編成(復刻塗装)東武亀戸線はほぼ用事が無い場所なのですが、仕事現場があったり、たまたま防災訓練の施設見学があったりと、亀戸線そのものの用事ではなくても近くなのでついでに撮影できたことがありました。リバイバル編成はリンク先をご覧いただくとして、一般塗装で残っていた8000系をご紹介し、東武亀戸線の締めにしたいと思います。平成24年6月22日 亀戸水神~亀戸間にて 8565Fこの日は現場仕事。最寄りは亀戸水神ですが、亀戸駅から歩いても行ける場所なので利用はせず。待ち合わせ時間前に撮影を考えていたのですが、京浜東北線が20分近くも遅れてしまい、撮影できるような時間は無し。しかも雨。線路伝いに移動中にちょうど踏切がなったので1枚だけ。平成24年6月22日 亀戸駅にて 8565F&8567Fお昼に次の現場に移動。一服がてら駅を覗きましたら、2編成が並んで停まっていました。こんなシーンを撮るのも初めてでした。平成24年6月26日 曳舟付近にて 8575F平成24年6月26日 曳舟付近にて 8565Fわずか4日後、今度は曳舟駅利用の現場でした。待ち合わせ時間の30分前に着いたので、駅周辺をブラブラしていましたら、偶然にもスカイツリーが見える場所を発見。しかも手前の線路は8000系しか通らない亀戸線ですから、これ以上ないシチュエーションでした。平成29年10月1日 亀戸水神~東あずま間にて 8570Fこのときは、8000系リバイバル塗装のコンプを目指し、大師線~亀戸線の撮影に訪問した際のもの。「撮影」するために訪れた唯一の機会でした。リバイバル編成ばかり狙っていたので、ついででは撮影していた筈ですが、一般塗装は本当に少なかったですね。現在は10000系・10030系のワンマン対応車で運用されているようですが、これらも一時的な運用になるというウワサもあるようなので、近いうちのまた訪問しても良いかな?と考えています。
2026.07.14
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211系1000番台グリーン車:サロ212+サロ213上野口の211系引退に伴うグリーン車の紹介ですが、最終回となります。上野口の211系サロは2階建て+平屋建ての組合せが大勢を占めていましたが、全体17編成のうち5編成については2階建て同士の組合せとなっていました。この組合せは全てが元113系の混雑緩和用に導入したサロ125+サロ124で、113系置き換えにあたって東海道線に転用されたものが100番台、さらに東北・高崎線に転用されたものが1100番台となっていました。また、同車には元横須賀線用として製作されたものがあり、この車両については帯の配置が違うという外観的に大きな特徴がありました。平成24年5月13日 サロ212-1104+サロ213-1102平成24年8月12日 サロ212-1104+サロ213-1102サロ212-1104(←サロ124-4)の形態は元のとおり、サロ213-1102(←サロ124-2)は乗務員室をつぶして便洗面所に作り直しが実施され、乗務員室窓を外板で塞いだ様子が判ります。平成24年8月26日 サロ212-1104+サロ213-1102サロ212-1104+サロ213-1102は、いずれも新製時からボルスタ付きのTR69を履いていました。平成24年6月15日 サロ212-1111+サロ213-1122平成24年7月8日 サロ212-1111+サロ213-1122平成24年7月15日 サロ212-1111+サロ213-1122サロ212-1111(←サロ124-11)は元横須賀線用であり形態は元のとおり、サロ213-1122(←サロ124-22)はやはり乗務員室をつぶして便洗面所に作り直されています。平成24年6月4日 サロ212-1111平成24年6月4日 サロ212-1111同車の2階の曲面窓、真ん中の1枚が破損したらしく、修繕されたようですが、どうも窓色の違いからE231系のものを使用していたようです。色の濃さがかなり違いますので、大変目立ちました。平成24年7月7日 サロ212-1113+サロ213-1120サロ212-1113(←サロ124-13)は元横須賀線用であり形態は元のとおり、サロ213-1120(←サロ124-20)も乗務員室をつぶして便洗面所に作り直されています。平成24年6月23日 サロ212-1119+サロ213-1104平成24年6月28日 サロ212-1119+サロ213-1104サロ212-1119(←サロ124-19)の形態は元のとおり、サロ213-1104(←サロ125-4)は元が便洗面所を備えた車両でしたので、一番オリジナルに近い組合せとなっていました。平成24年6月16日 サロ212-1121+サロ213-1112平成24年7月8日 サロ212-1121+サロ213-1112平成24年8月26日 サロ212-1121+サロ213-1112平成24年10月20日 サロ212-1121+サロ213-1112平成24年12月24日 サロ212-1121+サロ213-1112サロ212-1121(←サロ124-21)の形態は元のとおり、サロ213-1112(←サロ124-12)は元横須賀線用であり、乗務員室をつぶして便洗面所に作り直されています。元横須賀線用の1100番台としては唯一の形態となっています。
2026.07.13
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JR貨物 DE101662DE10シリーズで、今回はDE101662号機をご紹介したいと思います。平成26年5月24日 大宮車両所にて1662号機は、川崎重工業製で、昭和49年6月10日に稲沢機関区に配置されますが、直ぐに佐倉機関区へ転出しています。民営化直前の昭和61年10月14日に品川機関区へ転出、そのまま民営化を迎え、同区廃止により新鶴見機関区川崎派出所属となります。平成24年度くらいに愛知機関区へ異動となりますが、平成26年度くらいに新鶴見機関区川崎派出へと舞い戻り、現在に至ります。写真は、大宮車両所の公開において展示されたもので、顔だけでごめんね!という状態。なお、同機は平成20年1月に更新色になったそうです。
2026.07.12
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583系 クハネ581:特急「はつかり」(常磐線)特急「はつかり」ついては既にご紹介済みですが、金町のHさんより常磐線を走る特急「はつかり」の貴重な画像をお預かりしておりますので、ここでご紹介したいと思います。特急「はつかり」が誕生したのは昭和33年10月。特急「つばめ」が電車化されたことにより余剰となった客車を転用した客車編成で、東北初の特急列車として設定されました。昭和35年12月、特急形気動車の開発によりキハ80系(キハ81)よる運転が始まります。開発を急いでしまったために故障・不具合が多発したことは有名です。そして昭和42年に誕生した世界初の電車寝台の特急形車両581系が誕生。翌43年には50Hz区間も走行可能な583系が追って製造され、全線電化された東北本線に導入されることになります。この583系による「はつかり」の運転は昭和43年10月ダイヤ改正からとなりますが、その導入はやや前倒しとなり、改正前月の昭和43年9月9日より、気動車時代のスジのまま、常磐線経由で運転が開始されました。昭和43年9月頃 常磐線 金町~松戸間 特急「はつかり」※金町のHさんよりご提供。常磐線の江戸川橋梁を行く583系による特急「はつかり」で、登場当初のためクハネ581が両先頭に連結されています。この時代はまだ片側のみ旧橋が使用されていたようで、右側には新しい複線分の橋梁が架橋されている様子が分かります。583系が誕生した当初は電動車のみの対応となっており、共通して使用できる付随車は581のままになっています。しかし、MGの小型化により床下装備が可能になったことにより、クハネ583が誕生し、定員の増加を図ることができました。昭和45年のことでした。これにより、混雑が激しかった青森車はすべてクハネ583に交代し、余剰となったクハネ581はすべて西日本へと転属しています。そしてこの常磐線経由の583系「はつかり」ですが、昭和43年10月1日改正より正式に東北本線経由として再出発となる前、同年の9月9日より先行導入となったため、わずか3週間のみ見られた姿となるそうです。その後昭和45年8月に臨時特急「はつかり」として常磐線経由で運転されたことがあるそうで、おそらくその時にはこの橋梁の様子も変わってしまったことでしょう。そんな1枚の写真、クハネ581であること、常磐線であること、旧江戸川橋梁を渡っていること、どれを取っても貴重な時代の記録となっています。ちなみに・・・クハネ581は581系と言われがちですが、581系に属するクハネ581は-9番までであり、-10番以降は583系に属する車両となります。この583系クハネ581は青森と南福岡へ導入されていますが、青森車についてはタイフォンにシャッターが付いた開閉式を採用し、雪の侵入防止を図っています。クハネ583導入によりクハネ581青森車は南福岡へと転属しますが、開閉式のタイフォンのまま使用されたため、西日本に見られるクハネ581の中でも東北出身であることが一目瞭然で判る姿で走っていました。583系:特急「はつかり」その1 583系:特急「はつかり」その2 485系:特急「はつかり」 EF58牽引14系客車:臨時特急「はつかり51号」 583系仙台車:団体列車 リバイバル「はつかり」583系:特急「ふるさと」
2026.07.11
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EF641000番台:EF641014EF64シリーズで、今回はJR貨物の1014号機です。平成23年2月12日 2073レ平成23年7月10日 2073レ平成23年7月16日 2073レ平成23年12月17日 8592レ シキ180平成24年1月29日 単8592レ平成24年6月16日 3070レ平成24年7月16日 単2073レ平成24年7月17日 3055レ廃車まで原色であったことから、優先的に狙いに行っていたため、コマ数は多かったようです。1980.9.3 新製2015年度 廃車
2026.07.10
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E231系500番台:山手線(ラッピング編成)山手線のE231系500番代の最後は、ラッピングを纏った編成の写真をまとめました。「みどりの・・・」シリーズについては既にアーカイブ済みですので、記事末でリンクを貼っておきます。平成19年8月4日 御徒町駅にて 544編成 ポケモントレインポケモンスタンプラリーの開催に合わせて実施されることが多い「ポケモントレイン」。それまで興味もなかった同車を初めて撮った写真。デジカメに切り替えたことも撮影のきっかけに。平成21年10月11日 西日暮里駅にて 508編成&518編成 ママーヘッドマークが見えたので撮影しておきましたが、正面からだけでは目的が受け取れませんでした。平成22年10月7日 田町駅にて 550編成 SUUMO逆に、CMから認知度も高い「スーモトレイン」。そのカワイさからつい撮影してしまいました。平成22年11月6日 大塚駅にて 516編成 ヤクルト平成22年11月6日 大塚駅にて 535編成 ヤクルト同じ日に1分差で撮影した2編成の「ヤクルト」ラッピング。ヘッドマークは「ヤクルト」ですが、広告の主旨は「ミルミル」みたいですね。平成24年10月12日 新宿駅にて トレインネット複数の編成にラッピングされていたようですが、確かヘッドマークは無かったような?平成25年12月23日 西日暮里駅にて 503編成 ラブライブ平成25年12月23日 西日暮里駅にて ?編成 ラブライブ同駅にて同着すれ違いとなった2編成の「ラブライブトレイン」。「ラブライブ」の意味は今もって知りませんし、興味もありません。平成26年10月12日 上野駅にて 530編成 RAKUTEN平成26年10月12日 田端~駒込間にて 530編成 RAKUTEN面白みはありませんが、偶然2周も撮っていました。広告の掲載料としては、ご存知の通り山手線が一番高額で、一般人からすれば目が飛び出るほどの金額となります。その分を消費者の懐から出費されていることを考えると、有無を言わさず税金を取られているのと同じ感覚に思えます。写真材料としてはやはりヘッドマークが欲しいところではありますが、ラッピング編成の多さの割にヘッドマーク掲載率は非常に少ない印象です。E231系500番台:山手線(ラッピング編成)E231系500番台:山手線(6扉車撤退後)E231系500番台:山手線(6扉車)E231系:みどりの山手線(伊右衛門)E231系山手線:いいとも最終回ラッピング編成E231系:みどりのリラックマ電車「Rilakkuma Yamanote Line」E231系:みどりの山手線(クリスマストレイン) E231系:みどりの山手線(50th)E231系山手線:チョコ電「山手線命名100周年」E231系山手線:東京駅開業100周年記念ラッピングE231系500番台:山手線(ありがとうHM)
2026.07.09
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先日、KATOから14系客車(座席車)の国鉄仕様が発売されました。14系座席車の初回製品はかなり昔からラインナップされており、もちろん当方も所有しています。初回発売時から変換式のテールマークを備えており、当時としてもかなり攻めた造りとなっていましたが、さすがに初回設計(1996年)から30年も経過しているのでリニューアルは遅すぎという感じもします。しかし、この14系客車のリニューアルは数年前から行われており、ただしJR仕様として発売されたもののみのため、基本的に国鉄時代しか購入しない方針としていることから、今回初めてリニューアル品を購入することとなったのです。JR仕様はスハフ・オハフに「JR」が印刷されているほか、客ドアに2本線を省略している点で仕様が異なっています。※昭和50年代半ばに塗装省力化が実施された際、国鉄時代でも2本線が消されていた期間がありました。KATOの14系の新旧比較については、2026/07 KATO 14系客車(座席車)国鉄仕様 | マル鉄回顧録に記事を掲載しましたので、是非ご覧ください。この国鉄仕様では、ドアにも2本線入りとなっていますので、概ね登場時から昭和50年代半ばくらいの設定と思って良いでしょう。塗装変更にはかなりの時間が掛かっているので、線入り・線なしの混成期間も長く存在したと思います。自分としては、国鉄時代の基本的な運用として6連×2の12連を想定しています。しかし、配置両数、牽引定数などの都合上そうではないパターンも多くあったよう。正確には資料が出てこないのですが、国鉄時代を知らない方の参考になればと、編成例を記しておこうと思います。※運転時期・年代などによってバラツキがあったり、正確ではない可能性があることもご承知おきください。東北・関東方面 6両+4両=10両編成臨時特急「つばさ51号」、「ゆうづる」、「あけぼの」、「はつかり51号」「はくつる」等東北方面では、殆どの場合10両編成だったようで、この場合、必ずスハフが2両以上連結されています。また、急行「十和田」(53・10改正~)と比較的に早いうちに使用されており、こちらは6両×2の12両編成となっていました。その他、国鉄時代末期には特急「踊り子」(8両)、急行「おが」「八甲田」「津軽」などにも使用されています。牽引機は、「ゆうづる」はEF80、「つばさ」はEF651000番台、「あけぼの」「はくつる」「はつかり」はEF58で、「あけぼの」「はくつる」の臨時にはEF57が充当されたこともあったようです。急行「十和田」はEF80が牽引し、撤退後はEF81の牽引となっています。交流区間はほぼED75と思われ、板谷峠ではEF71・ED78が牽引しています。北陸方面臨時特急「日本海」に使用実績があり、6両×2の12両編成だったようです。他には、急行「きたぐに」の置換えや、各種臨時夜行急行列車にも充当実績がありましたが、あまり詳しくないので記載は省略させていただきます。山陽・九州方面元は特急「しおじ」としてデビューしており、6両×2の12両編成でした。山陽新幹線博多開業により多くの寝台急行が廃止となり、利便性維持のため夜行急行列車が14系座席車により引き継がれました。「阿蘇」「くにさき」「雲仙・西海」がそれぞれ6両×2の12両編成で、「阿蘇」「雲仙・西海」にはマニ37が併結されています。また、博多開業前の九州夜行の需要は旺盛であったため、特急「あかつき」「明星」にも14系の応援による臨時列車が設定されていました。これらの臨時特急も6両×2の12両編成のようです。昭和57年11月改正以降、急行列車から旧型客車が全面撤退し、様々な急行列車にも使用されるようになりました。ここで気を付けたいのは、原則旧型客車との併結は「ない」ということです。寝台車や荷物車といった旧型客車との併結を想定していた12系客車では、暖房引き通し管を装備していましたが、特急用である14系客車には装備されませんでした。そのため、旧型客車撤退後も寝台車を連結する急行列車については、14系座席車+14系寝台客車に組成するしかなかった訳です。旧型客車を併結した列車として存在したのが、前述した「阿蘇」「雲仙・西海」の3列車であり、併結するマニ37にはブレーキの引き通し管を追加する改造を行ったそうです。ただし、暖房対策に関する記述が見つからないため、暖気装置等の暖房設備を搭載していたのか謎です。国鉄時代の編成状況で分かるものだけを大雑把な感じですがメモしました。しかし、鉄道模型の世界では「なんでもあり」という考え方がありますので、実際にとらわれない有り得ない編成で楽しむのも良いと考えます。追記マル鉄回顧録にて14系客車 臨時特急「平和」の超珍妙な編成の記録をエントリしました。合わせてご覧ください。14系座席車:特急「つばさ51号」 EF58牽引14系客車:臨時特急「はつかり51号」581系・14系:特急「しおじ」EF5861牽引 14系客車:臨時特急「踊り子」EF5868牽引 14系客車:臨時特急「踊り子」EF651116牽引 14系客車:臨時特急「踊り子」EF5861牽引 14系客車:臨時特急「つばめ」(昭和56年)EF5861牽引14系客車:臨時特急「平和」(昭和58年)EF6224牽引14系客車:団体列車「イカルス」EF651014牽引14系客車:団体列車「銀輪」 14系客車+オニ50:「HITACHI80周年記念号」 14系座席車:急行「十和田」 EF62牽引12系・14系:臨時急行「軽井沢」DD51ユーロ色牽引:臨時急行「奥飛騨」
2026.07.08
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JR東日本 EF8185(田端機関区)EF81シリーズで、田端機関区に所属していたEF8185号機です。85号機は、昭和48年9月27日新製の日立製で、新製配置から廃車になるまで田端機関区(田端運転所)を離れることのなかった生え抜きのカマでした。94号機と同様に「北斗星」指定機とはならなかったため、JR東日本継承後においてはもっぱら委託を受けた貨物列車の牽引に当たっていました。平成20年11月2日 安中貨物平成20年11月30日 安中貨物平成21年4月4日 安中貨物探してみると、安中貨物を地元で撮ったものばかりでした。平成23年5月23日 尾久車両センター構内にて最後に撮影したのは、運用から外れた85号機でした。除籍は、平成24年1月17日付のようです。
2026.07.08
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455系:仙山色国鉄時代の仙山線においては、普通列車は客車列車が使用されていましたが、昭和50年代末期に旧型客車が淘汰されると、これに代わって急行列車の廃止で余剰になった455系列(453系・457系を含む)が使用されるようになりました。置き換え当初は急行色のままでしたが、徐々にクリーム地緑帯の通称「グリーンライナー」へと塗装が変更されました。さらに各地で地域色化が盛んに行われ、JR移行後の仙台支社管内においても、赤系の磐越色とともに青系に塗装された「仙山色」が登場し、路線ごとの差別化が実施されました。私自身は仙山線への訪問経験がなく、本来なら未見に終わっても仕方がなかった塗装でしたが、719系の増備により455系の活躍の場が狭まってくると、仙山線の455系は他線区へ活躍の場を変えることとなったため、運良く別の地域で記録することができました。平成12年7月7日 磐越西線 東長原~広田間にて 快速「ばんだい」毎年恒例となった「SL会津磐梯号」の運転に合わせ、10年間ほど冬の会津に通っていましたが、この年は珍しく夏に走るということで出掛けてみました。SLを待っていた際、偶然に捉えることのできた仙山色でした。それまで磐越西線では見たことがなかったので、こちらを走るようになってから間もない頃だと思います。とにかく驚きました。平成13年7月8日 東北本線 安積永盛~須賀川間にて翌年、こちらもSLの撮影で訪れた時です。この年は何故か発駅が須賀川となったため、東北本線内で1ショットを撮ろうと構えていたところ、やはり通り掛かった普通列車に仙山色の455系が連結されていました。仙山色側が後位になってしまっていたのは残念でした。結局はグリーンライナーから塗色変更が完結する前に455系も廃車が始まってしまったようで、これらの塗装もそれほど長くは見ることが出来なかったように思います。たった2枚だけですが、記録できただけでも良かったと思う地域色です。455系:急行「ばんだい」455系 普通列車&快速「ばんだい」453系・455系:普通列車(東北本線)455系:クハ455-600番台(サロ改造)
2026.07.07
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JR貨物 DE101592DE10シリーズで、今回はDE101592号機をご紹介したいと思います。平成26年5月24日 大宮車両所にて1592号機は、川崎重工業製で、昭和48年3月27日に長野運転所に配置され、篠ノ井機関区の開設により同区所属となります。昭和49年12月19日に東新潟機関区へ転出、そのまま民営化を迎えJR貨物へ継承されます。平成21年度に塩尻機関区篠ノ井派出に出戻りとなりますが、平成26年度末には新鶴見機関区川崎派出へと転出となります。さらに平成28年3月には愛知機関区へと転出となり、令和4年度くらいに除籍されたようです。なお、解体は令和5年11以降に行われたという記録が見られます。写真は、大宮車両所の公開において展示されたもので、台車は入っていませんが、上回りは新車のようにピカピカになっています。なお、同機は平成19年12月に更新色になったそうです。
2026.07.06
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253系1000番台:東武鉄道直通特急「日光」485系の東武鉄道乗り入れ専用車で運転されていた特急「日光」「きぬがわ」ですが、平成23年3月ダイヤ改正より「成田エクスプレス」からの撤退により改造された253系1000番台にバトンタッチしました。同年3月の東日本大震災により交代が遅れましたが、以来東武直通特急として活躍してきました。あれから15年、「エクステリアデザインの変更」と称し、赤のイメージから青のイメージへと変化しました。2編成しかないため交代での入場となりますが、第一陣のOM-N02が令和8年6月12日の団体列車より運用を開始。翌日からは定期運用に入りました。これにより、OM-N01が運用から離脱・入場となったため、従来色の赤い253系は消滅することとなりました。プレスを見返したところ、OM-N01編成のデザイン変更後の走り出しが秋頃となっていましたので、夏休み期間中まではまだ現行色のまま運用されるようです。今回は、253系1000番台旧色の特急「日光」をまとめました。平成23年9月3日 「日光23号」平成24年4月1日 「日光42号」平成24年5月5日 「日光1号」 栗橋~新古河間にて平成26年10月25日 「日光1号」平成27年5月6日 「日光1号」 栗橋~新古河間にて平成28年10月10日 「日光1号」平成28年11月6日 「日光63号」平成31年4月29日 「日光1号」令和2年6月12日 「日光8号」 新宿駅にて令和4年2月10日 「日光8号」 新宿駅にて189系彩野編成:東武鉄道直通特急「はちおうじ日光」485系:東武鉄道直通特急「日光」189系彩野編成:東武鉄道直通特急「日光」485系:東武鉄道直通特急「きぬがわ」189系彩野編成:東武鉄道直通特急「きぬがわ」
2026.07.05
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キハ81系:特急「つばさ」昭和36年10月、特急列車「つばさ」が誕生します。登場当初はキハ80系を使用していました。昭和38年12月、上野~秋田間の編成に盛岡編成を増結。これがのちの特急「やまびこ」の原形となります。この併結は昭和40年10月の東北本線盛岡電化まで続き、盛岡編成は電車化のうえ、晴れて特急「やまびこ」の誕生となりました。昭和43年10月のダイヤ改正において、一部の「つばさ」が東京発着となり、さらに特急「はつかり」の583系化で余剰となったキハ81が「つばさ」の運用に充てられるようになりました。昭和43年9月15日 上野駅にて キハ81系 特急「つばさ」※金町のHさんより追加で画像をお預かりしましたので掲載いたしました。この頃私はまだ4歳。私がこんな写真を撮れるわけがなく。写真は金町のHさんからのご提供となります。上野駅地平ホームを出発する下り「つばさ」でしょうか?現在の16番線辺りでしょうかね。上空には跨線橋がありますが、左側(北側)には高架ホームがある筈なので、構内の構成が全く想像つきません。現在の常磐線11・12番線は後から作られたもので、この時代にはまだなかったようです。線路の辺りも資材だか廃材だかでぐちゃぐちゃ。構内の大改造が始まった頃なのかもしれません。特急「はつかり」の電車化は昭和43年10月1日改正となりますが、実際には運用の関係か9月9日から583系に代わり、常磐線経由の気動車ダイヤのまま運転されました。したがって、撮影は9月15日となっていますが、特急「つばさ」に転用された直後と思われ、車体もヘッドマークも大変きれいな状態となっています。また、「はつかり」時代は連結器カバーがされていましたが、奥羽本線板谷峠ではEF71による補機登坂が必要となったため、カバーは常時外されていました。故障続きで悪評高かったキハ81形でしたが、なぜキハ82系により先行して走っていた「つばさ」に持って来たのでしょうか?予備車が欲しかったのでしょうか。しかし、登場した翌44年10月1日ダイヤ改正において羽越本線経由の特急「いなほ」が誕生し、これにキハ81系編成を充てることになったため、「つばさ」からはたった1年で撤退することとなりました。この写真は、そんな時代の貴重な1コマなのです。485系1500番台:特急「つばさ」485系1000番台:特急「つばさ」(イラストマーク時代)485系1000番台:特急「つばさ」(文字マーク時代)400系:新幹線「つばさ」E3系1000番台(初期塗装):山形新幹線「つばさ」
2026.07.04
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EF641000番台:EF641013EF64シリーズで、今回はJR貨物の1013号機です。平成22年12月24日 8089レ EF641013+EF641018平成23年6月4日 3071レEF641000番台の中では、非常に遭遇率の低いカマでした。80.8.13 新製2023年度 廃車
2026.07.03
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211系:東北本線・高崎線(ひし形パンタ)地元で長らく活躍してきた211系ですが、登場当初から20年以上、パンタグラフはひし形のPS21を使用していました。デジカメを購入した頃から地元での撮影を再開し、それまで殆ど撮影をすることのなかった211系を撮ったりしましたが、その変化は直ぐに訪れることになります。平成21年の夏頃でしょうか、パンタグラフがシングルアームに変ってきていました。最初はチラホラと言う感じでしたが、意外とその後は早く、自分の写真記録からもわずか2か月ほどで殆ど換装されてしまったようです。今回は、デジカメによる撮影開始からわずかの期間だけ記録することのできた、211系1000番台・3000番台のひし形パンタグラフの写真をまとめました。平成20年1月1日平成20年7月19日平成20年11月2日平成20年11月2日平成20年11月2日平成20年11月8日平成21年5月2日平成21年7月4日 クモハ211-1010平成21年7月19日平成21年7月20日 クモハ211-3012平成21年8月16日 クモハ211-3061これは最後に撮ったコマですかね。やはり個人的にひし形の方が・・・。私が記録した中では、シングルアームが平成21年7月に初めて記録されており、最後のコマが8月半ば。もちろんすべてを記録している訳ではありませんが、かなり短期間に交換が進んだようです。
2026.07.02
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JR貨物 DE101586DE10シリーズで、今回はDE101586号機をご紹介したいと思います。平成25年5月25日 大宮車両所にて1586号機は、川崎重工業製で、昭和48年5月30日に直方機関区に配置され、昭和53年10月4日付で香椎機関区へ転出となります。機関車無配置化により門司機関区所属となり、そのまま民営化時にJR貨物へ継承されます。平成8年2月29日付で愛知機関区へ転出、平成23年度中に新鶴見機関区(川崎)へ異動となったようです。さらに平成24年度には岡山機関区へと転出となり、平成31年度末に除籍されようです。写真は、大宮車両所の公開において展示されたもので、まさしく分解作業が始まった場面のようです。同機は、九州で活躍中は帯無しナンバーでしたが、愛知機関区所属以降は白帯が入ったようです。廃車になるまで国鉄色でした。
2026.07.01
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