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10月31日(月)UWSって信用できない朝10時になるのを待ってICNのJUNさんの所に行きました。 グリーンウィッチ英語学校の現状をお話しました。 そして火曜日のUWSのプレースメントテスト実力試験の申し込みをお願いしました。 JUNさんがUWSに電話すると先日出たUWSの事務の日本人の同じ女性が今日はもう申し込みは出来ないと言います。 次は15日と言います。 自分で月曜日に申し込めばと言っておきながらそれはないでしょう。 あまりの無責任さにあきれました。 UWSの人間っていい加減で信用できないと思いました。 そしてJUNさんがUTSの方も確実ではなく、入学確認書をもらった人が払い込みをした順にどんどん席を埋めていくのでこれまた確実ではない。 すでに埋まっている可能性もある。 と言うのです。 私は10月10日からUTSの英語学校で大学で必要なサマリーとかプレゼンの知識を学ぼうとして、何度もJUNさんアプリケーションを進めるように言っていたのに、ぎりぎりになってUWSを考えるようにと言い。。。 結局、今からはじめたら英語学校が終わるのが2月です。 予定では12月1月とお休みのはすだったのに、大学入学の為の医学用語の勉強をする予定だったのに、すべて予定が狂ってしまいました。 UWSから確認書がすぐに来ると思ったからUTSをあきらめたのに、未だに来ません。 確かに10月末ッテ言ったけど、こういう事情なんだから、早めにくれてもいいのに誠意が全く見られません。 本当にあきれました。 当初の予定通りにUTSに言っていれば、こんなイヤな思いもしないで済んだはずです。一度家に帰ってから、またICNに行ってUTSを早く進めるように言いました。 結局当初の予定であれば、保険もちょうどよかったはずです。 でも、こんなに無駄な時間を苦しみながら過ごしてしまったので、保険もまたまた延長しなくてはならなくなり本当に迷惑な話だと心から思いました。本当に色々大変なので気分転換に帰りにトントンに食べに行きました。 1時半頃になっていました。 あんかけやきそばを頼んでみました。 前に人が食べていた時はおいしそうだったけど、自分で頼んだら、あまりおいしそうではありませんでした。 13ドル近くしました。家でUWSの先生にメールしようと思って文章を作っているとすぐに4時近くになってしまい、急いで学校に行きました。 冷静にクラスを観察して見ると、なんだか、特定の人ばかりにかまっていて公平なクラスではないなと思いました。 質問があってしようとしても、他の特定の人のくだらない質問ばかりにかまっているので、普通の人は質問できません。 質問しようとしても無視してすぐに私は飛ばされちゃうから。。。時間中はあきらめました。 休み時間が終わってから、授業が始まる前に聞きました。 その時もすぐにイタリアの女の子の方に行ったので、もうあきらめようと思いました。 そしたら、戻ってきました。 私の書いたパラグラフへの先生のコメントの字が読めなかったので聞きました。 その後、先週、コンピュータのIDとパスワードを教えてくれたけど、自分のパソコンを持ってきても使えなかった事を言いました。 すると、別の部屋のだと言いました。 先週コンピュータの授業の時間がなかったので、どのコンピュータが使えるのかまだ説明がないと指摘しました。 時間割では毎週コンピュータの時間はあるはずなのです。 すると「何故聞かないのか?」と言います。 結局、私が悪いという事らしいです。 高圧的な態度でジャスティンは私をコンピュータルームに引きずりいれました。イタリア人の女の子は18歳で大学も出ていないので、「若いから特別扱いをします」とジャスティンは言いました。 でも、彼女個人の為に、貴重な授業時間を割いて、中学生英語の単語説明を細かくいちいちひとつひとつ説明してあげる必要があるのでしょうか? 普通はそういう事は時間外にすることなのではないでしょうか?資料を読んでのディスカッションの時間も、私の言っている事が間違っているという事らしいので、口を出すのをやめました。 自分よりも英語力のない人達からそんな失礼な事を言われる筋合いは全くないので、かなりむかつきました。 本当に失礼な人達ばかりで話しになりません。
Nov 23, 2011
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10月29日(土)素敵な聖書小論文の新しいテーマが思いついたので、朝はゆっくりシャワーを浴びて遅い朝食を食べてから、ずっとエッセイを書いていました。 ギリギリ午後2時近くになってしまいました。 急いで教会に行ってIELTSのクラスに参加しました。 今日は韓国人ふたりと中国人ひとりだけの参加者でした。 その後、派手な女性が途中参加で来ました。 今日はリスニングでした。 得意なはずなのに、遅れて行って、論文をいつ渡そうかと考えていた為か、惨敗でした。 こんな事は初めてでした。 やはりずっとIELTSの練習をしていなかったのも原因かもしれません。 火曜日のテストが不安になりました。ランチを食べていなかったので、家の近くの中国系インドネシア人が経営しているアジアングローセリーに行ってラーメンでも買おうかなと思ったら、ナシゴレンのお弁当が7ドルで売っていたので買おうかなと思ったら、電話がなりました。 教会の私の担当者からでした。 聖書を買ってあげたから、渡したいし、今日はお勉強会を少ししましょうと言われました。 仕方ないので戻りました。 とてもいいビデオでした。 内容的にはもちろん知っている物ですが、改めて見てもさらに感動的でした。 しかし、前回もそうですが、今回もまた別の女性が参加しました。 中国本土出身の女の子でニュージーランドにミッションに行った事のある人でした。 プライベートな事もあるから、あまり他の人には物見遊山に参加して欲しくないと思いました。 でも、こういうシステムなのでしょうか? 聖書は大きすぎず小さすぎずしかもとても綺麗でした。 ビューティフルという言葉が本当に似合う聖書でした。 アメリカ人の私の担当者の男の子に感謝です。 彼が注文してくれたのです。 私は日本語の聖書には自分でキルティングの生地を使ってブックカバーを掛けています。 この聖書にもブックカバーを作りたくなりました。終わったのがなんと午後5時過ぎでした。 それからまた同じインドネシアのグローセリーに行き、ナシゴレンを買いました。 もうランチを作っている時間の余裕はありませんでした。 結局、余分な時間を取られてしまい、ベッドに入ったのは午前2時でした。 しかし、同じフロアーの65号室のインド人黒人男性がヘンなアフリカ的な音楽を超巨大な音で掛け出したので、眠れませんでした。10月30日(日)日曜日です。昨日寝たのが遅かったので、起きたのは遅かったです。 それからIELTSの勉強をしました。 またUTSに気持ちは動いているけど、とりあえず火曜日のUWSのプレースメント(実力試験)テストも全力を尽くそうと思っているのです。午後4時ごろになって思い切って、ビルディングマネージャーに電話しました。 そして、昨日、おとといの騒音についてお願いしました。 フィリップは自分に任せなさい、対処するからと言ってくれました。 少し安心しました。
Nov 22, 2011
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10月27日(木)体調不良でダウンクラスの人達が「寒い」と言います。 長袖を着てセーターを着ている人がいるくらいの温度の日でも、先生の巨体アンドレアが冷たい風の出てくるファンをずっと回し続けているのです。 生徒の一人が正直に先生に「寒いからファンをとめてもらえないか」と言いました。 「寒ければたくさん洋服を着ればいいでしょう」と言いました。 生徒に「寒い人?」って聞いたら95%の人が寒いと言いました。 でも、ひとりの太った独裁者の方が強いのですね。 私が頭痛がするというと「頭痛がするのならたくさん水を飲めばいいでしょう」 このことを翌日、ジャスティンに言ったら「That's reasonable(なるほどね)」と言いました。 ジャスティンも民主主義者ではないのだと理解しました。コロンビア出身の40台の150kg級の巨体の女性の先生が、「あんた、南京事変がいつ起こったか知ってる?」と皆さんの前で私に質問するので「何年かははっきりとは覚えていませんが、戦争中の事件で中国で起こった事です。」と話始めたら「ほうらね、そうなんだよ。日本人は何にも知らないんだよ。 学校でも何も教えないんだよ。 教科書からも削除したんだ。 日本にいた時に60台70台の生徒に聞いたけど、ひとりしか知っている人いなかったよ」「あのぅ、確かに日本軍は残酷な事をしましたが、日本人も日本軍からたくさん殺されたのですよ」もう彼女は自分の3面記事的な浅いチープな知識に完全に陶酔して興奮状態にあったので「なに?中国人だって日本人を殺したから当然だっていいたいのか?」と人の話をよく聞かないで勝手に自分の作り上げたストーリーに変更して当てはめてしまいました。 あきれました。「そうじゃなくてぇ。。。」と何度か言っても、もう興奮状態にあるので、聞く耳を持ちません。 自分の中にある三流の週刊誌の情報に酔いしれています。 深く学術的に研究してそれをみなさんに披露するのであればいいかもしれないけど、何も深く知らないのに、チープな三流知識をひけらかして、私をみんなの前で貶めようとするなんて卑劣極まりないと心から思いました。 他の生徒達はあきれてしまい、何もいえませんでした。60台70台の日本人であれば、当然、南京事変は知っています。 ただ、その場で話題にしたくなかったから、知らないとやんわりと逃げ口上を言ったのに、そういう事も理解できないでよく先生ができるなぁととてもあきれました。 一人だけ「知っている」と答えたそうです。 「そうなんだよ。 年寄りだって知らないんだ」ってえらそうに言いました。 でも、事実はもちろん、日本人であればみんな南京事件は知っています。 とくにお年寄りであれば、もちろん知っていると思います。 ただ、その話題を避けたいから「知っている」と言わなかっただけで「知らない」とは言っていないはずです。 日本人同士で南京事件について討論をするのはいいでしょう。 でも、全く関係ないコロンビアの方と、南京事件について討論する必要があるでしょうか? 必要性がないから「知っている」と言わなかっただけなのに、そういう常識的なことも理解できないなんてあきれました。 生徒達も先生がこの話題を私にぶつけてきた事に対して、びっくりして黙っていました。 いずれにしても、一体何がいいたいのでしょうか?南京事変は私のせいだから、と攻め立てたかったのでしょうか? こんな人に先生をする資格があるのでしょうか? この学校はハラスメントや差別は絶対に禁止(身体的、年齢、宗教、国、性別など)ですと書いてあるけど、クラスには先生はひとりなので、誰も実際にはそういうことが行われていてもわからないですよね。自分でサマリーを書いてきたので、先生に添削してもらおうと思って、休み時間にアンドレアに「いいですか?」ってお願いしようとしたら「なにこれ? 宿題だっけ? 宿題にこんなのあったけ?」とかなり高圧的な態度で言うので、びっくりしてすぐには言葉が出ませんでした。 すると「あんた顔が笑ってないよ」また顔の話です。 「宿題ではないのですが。。。 もしも出来ないのであれば、他の人に見てもらうのでいいです」と言いました。「じゃぁもし時間があったら見てやる」と不満そうに偉そうに言いました。 前のクラスの時の先生は生徒が勉強するのがうれしいし、生徒の英語力が上がるのがうれしかったので、どんどん持ってきなさいというネイティブの先生でした。 アンドレアはコロンビア出身なので、出来ないのでしょうか? それとも、彼女は結婚生活に重心をおいているから、余分な力は使いたくないのでしょうか? アンドレアはオーストラリアの国籍を取得しています。たぶん、最近結婚した旦那様のアフリカ人はビザめあてに結婚しのでしょう。 4年間彼女のいう事を我慢して聞いていればビザがもらえるのです。授業が終わる頃にはまた頭痛が激しくなって体調不良になっていました。 風が身体にずっと直接当たっているからでしょうか? それとも、精神的なダメージのためでしょうか? 家にやっとたどり着き、顔を洗って何も食べずにベッドに倒れこみました。 もちろん、勉強なんてする余裕はありません。 ただ、ベッドに横になるだけで精一杯です。10月28日(金)ブラジル人午後1時から教会に行ってミセス・ランバートの個人レッスンを受けました。 1コマだけじゃなくていくつか取っていいわよみたいに言われたのですが、今は忙しいので週1が精一杯ですと言いました。 ミセス・ランバートは普通に穏やかで常識があるエレガントな女性なので、落ち着きます。 今の私の置かれている危機的状況もお話しました。「そんな学校私だったら行かない」と言いました。 「南京事変」を色々な国の学生がいる前でつるし上げみたいに話題に乗せるのは普通じゃないと言いました。今日はアンドレアが結婚したばかりのアフリカ人のダンナサンと小旅行に行くのでお休みなので、ジャスティンでした。 安心しました。 ジャスティンはクラス経営もしてくれます。 つまり、イジメが起こらないように、そういう環境作りもしてくれるので少しだけ安心できました。 今日は小プレゼンをしました。 しかし、アンドレアが植えたイジメの種が徐々に育っているので、私がプレゼンをした時に「そうじゃないでしょう?」みたいな悪意のあるやじが飛んできました。 「いえいえ、こうですよ」って説明しても、それは日本の事なのにまるで私が間違っているみたいに言われてしまいとても戸惑いました。 すると、ジャスティンが中に入って「まぁいいじゃないの」と野次を封ししてくれました。 とても気分が悪かったです。昨日体調不良で寝ていたためか、ノートを忘れてきてしまいました。 宿題も忘れました。 コロンビアの女性が私に書くものを貸して欲しいというので、鉛筆を貸してあげました。 その同じ人に今度は私が彼女の席に行って「余分な紙があったらいただけますか?」と言って1枚紙をもらいました。 私、今まで人から紙をもらった事なんてないのに、よっぽど体調が悪いのですね。 精神的にも追い詰められているせいかな?6時から30分のディナータイムという休み時間があります。 私は小さなスコーンをひとつ食べ、お水を飲むだけで済ませています。 廊下で前のIELTSのクラスで一緒だったブラジル人のアフロさんに会ったので、かなり長い間、話をしてしまいました。 今のクラスにはコロンビア、イタリア、チリなどの白人系の人はいますが、ブラジル人はひとりもいません。 ブラジル人は穏やかで普通に常識があって話があいます。 今のクラスの人達とはあまりあわないかな?彼は見事なつやのある黒髪のカールなので、いつも髪に目が行ってしまいます。 ドライヤーを使ってアフロにもできるそうです。 ITの仕事をしていた人ですが、アプライしても中々採用されず、夜中のカジノでアルバイトしているそうです。 つまり、昼間寝なくてはいけないようです。 普通に英語が出来る人と話しをすると落ち着きます。 今のクラスは大学進学特別コースなので、一番レベルが高い人が受講するはずなのですが、あまりにもレベルが低すぎて話しにならないのです。 発音はなまっていて中々聞き取れないし、単語力は日本で言う所の中学2年程度の物も知らないのです。 あきれます。家でもトラブルです。 午前3時から同じフロアーの男性が巨大な音でアフリカ系の音楽を掛け始めました。 ビルディングマネージャから何度も注意されていて、今度は罰金だと言われてやめたはずだったのに、もう忘れてしまったのでしょうか? 脳みそが小さいのかな?
Nov 21, 2011
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10月24日(月)EAP(English for Academi Pourpose)英語学校の授業第一日目でした。 このコースは大学で学ぶ為の準備コースなので、同じ内容の物がネイティブの人用にもあります。 この英語学校ではありませんが、他の所でネイティブさんに行われているようです。別に全員がこれを受けなくてもいいのですが、受けると大学での授業にスムーズに溶け込めるのです。 つまり、こちらの大学のシステムは日本やアメリカとは全く違います。 日本やアメリカの大学は1~2年次には基礎科目を学んだりします。 つまり、まだ高校の延長で子供扱いです。 でも、こちらの大学は大学院みたいなかんじで、いきなり専門に入っていきます。 いきなりディスカッションや論文を書くので、そういう技術を学んだ事のない外国人は事前に学ぶ必要があるのです。受付にロクシーがいたので、今日からEAPコースを受講する事とIELTSテストの結果をお見せしました。 結果報告に来てねと言われていたのです。 EAPコースを受講すると言うと「ありがとう」と言われてしまいました。 シンさんからは、いやいや承諾したとの事でしたが。。。 たぶん、個人情報もあるので、先生方には私の個人名は出さなかったのでしょう。 ロクシーもまさか2週間しか受講しないのが私だとは思わないでしょう。クラスに行ってみると、ショックを受けました。 IELTSクラスだった人が4~5人はいました。 しかも、みんなレベルの低い人ばかりでした。 私はIELTSクラスの時に、何故この人達はこのクラスを受講できたのだろうと疑問に思ったくらいの低レベルの人達でした。 英語もかなりなまっているので、とても聞き取りにくいです。 ものすごく勇気のある人達だととても関心しました。 幸い私の両隣はそのような東洋人ではなく、ポーランドとイタリアの女性でした。 前回のEAPコースにも韓国人ナースで英語があまり出来ない女性が受講していたのを知っています。 しかし、先生によると4人の生徒が落第したそうです。 そして、最上級のグレードAをもらった人はいなかったそうです。 でも、最上級って言っても6.5です。 6.5じゃないと大学にはいけません。 どうしようと少し不安になりました。 しかも、私がやめたUTSはとてもレベルの高い大学で、このクラスのみなさんには手の届かない最高級の大学だとみんないいました。 ショックです。 今日はイントロダクションなのでサマライズの仕方を軽く勉強しました。 センテンスからはじまり、段落、そしてひとつの長い新聞の文章へと進んでいきました。 いちいち先生は生徒に評価をつけていっているようです。 それから、電子辞書や鉛筆、シャーペン、消しゴムは禁止でした。 ボールペンですべて書かなくてはいけません。 アメリカと同じでした。 鉛筆は子供の使う物で、ある程度の年齢になったら、学校でもすべてボールペンで書くのです。 宿題は自己紹介でした。 先生とのコンタクトはホットメールを使うとの事でした。ジャスティンという先生はこの学校でも一番教えるのが上手と評判の先生だとJUNさんが言いました。ジム・キャリーに似ています。 物真似しているんじゃないのかな、というくらい顔だけじゃなくて動作や表情も似ています。 ダンスを学んでいたそうです。 今はブルーマウンテンに住んでいるので、月・火だけシドニーに出てきて教えているそうです。 朝、5時に起きてヨガをしたり、盆栽、100匹以上の小さな魚を飼ったりしている個性的な先生でした。10月25日(火)早速JUNさんに昨日、小論文形式で自己紹介を書き上げたので、今朝、ジャスティンにホットメールしました。 その後、朝10時のオフィスが開くのを待って、ICNに確認に行きました。 やはり、私は最上級のAグレードが必要だそうです。 Aグレードは75%なのに、前回、一人も対象者がいなかったという事は、相当、点数が厳しいという事になります。 大学へのパスウェイと歌っているけど、結局、そのグレードがもらえないのでは、ジャスティンが言うように本当にお金と時間の無駄ということになります。そんなイヤな気持ちで家に帰って冷蔵庫の冷凍の場所にスーパーで買ってきたものを入れようとして、ふたを上に持ち上げたら、ポロンと冷凍室のふたの軸が取れてしまいました。 ボンドで貼り付けて直るのでしょうか? 余分なお金支払いたくない。 たぶん、相当、冷たくなっていたから、霜が張り付いていてポロンともろくなっていたのでしょう。 私は全く力は入れていなかったのです。 日本では考えられない事ですが、こちらのプラスチックはすぐに壊れてしまいます。 他の物も力を入れないのにポロンと折れてしまって使えなくなった物もあります。10月26日(水)体調不良今日はアンドレアという身長は私と同じくらいだけど、体重が150kg位ありそうな女性の先生でした。一般的にこれほど異常に太っている人というのは、無神経な人が多いと思ってはいました。 しかし、それを再確認する事ができました。 何故か私の顔の事をいいます。 「あんた、笑っていないね」 授業の途中から頭痛がしてきて体調不良になっていたのです。 「みんなぁ~静かにしてぇ、インテリさんのインテリな答えを聞こうじゃないの」とか。。。 私の事をターゲットにしています。 私はジャスティンから自己紹介を書くようにといわれたので、書いてメールしました。 まさか他の人にもそれを転送するとは想定していませんでした。授業が終わる頃には体調不良がピークに達していました。 やっとの事で家に帰りました。 頭痛です。 よっぽどクラスがいやなのでしょうか?
Nov 20, 2011
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10月22日(土)IELTSクラス昨日からずっと今日出かけるまで、小論文を書いていました。 命題は自分で考えました。 シスターランバートが私が東洋医学を来年勉強するって言ったら、「えっ? 何故? 何故、オーストラリアで? 何故中国じゃないの?」と直接は言わなかったけど、そういう態度を取ったので『東洋医学を中国で学ぶのはベストだが、それが唯一ではない。 どの程度あなたはそれに対して賛成か反対か』という命題を考えました。午後2時に教会に行きました。 最初にチャペルに集まり、ミッショナーの人達が聖歌を歌い、簡単なお祈りがあってから、能力別クラスに分かれました。 私はIELTSクラスです。 ミセスランバートに論文を渡し、お時間のある時に添削お願いしますと言いました。 今週はリーディングでした。 最初にシスターランバートから簡単な説明があり、それからアカデミックとジェネラルに分かれました。 今日はアカデミックに来豪して2ヶ月というブルースリーみたいな個性的なおかっぱ髪型をした韓国人のワーホリの男の子が加わりました。 シスターも一緒にアカデミックのテストを受けました。論文はエルダーランバートが見てくれたようでした。 よくできている。これなら7.5だと言われました。 先週も来ていて唯一フレンドリーだった女性はベトナム人マリアでした。 UWSで3年間数学を学んだようです。 そして11月にIELTSを受けて7取れれば、パーマネントビザを申請するそうです。 とてもうらやましいお話です。 韓国人ふたりはワーホリで、ドラキュラ婦人みたいなゴシックメイクしたユンは何故かフィリピンで英語を学んだといいます。 マックは中国語を大学で学んだので、1年間中国大陸横断したそうです。 彼はまだ兵役前みたいでした。10月23日(日)日曜日昨日から今日の午前中まではエッセイを書きました。 シスターランバートから頂いた命題でした。 サンプル回答がジェネラルみたいだったので、私は自分らしくアカデミック(大学用)に評論的に書きました。モルモンの人達と約束あったけど、ぐずぐずしていたら10時近くになっていたので、礼拝には行きませんでした。 すると、韓国人から電話がありました。 都合が悪いからいけないと正直に言いました。 その後の勉強会ももちろんお休みです。 だって、前回せっかく行ったのに、洗礼を受けたばかりの素人さんを同席させるなんて失礼だとも思ったのです。 そんな無知な人からえらそうに説教されたくないとも思いました。夕方、4時過ぎに中華街のマーケットに行ってラフランスとズッキーニ、スモークにじますを買いました。
Nov 19, 2011
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10月20日(木)東京の病院に電話日本時間の10時過ぎに東京の大学病院の外科受付に電話しました。 そして、サインの仕方を知らないようなので、線を引いて下にわかりやすく先生の名前をキャピタルレターで書いて、その上に先生のサインを頂くようにお願いしました。 FAXとオリジナルの郵送も依頼しました。 5,250円プラス80円でした。午後5時前に教会に行きました。 最初にチャペルで簡単に聖歌の1番だけ歌い、その後、簡単なお祈りがあり、レベル別クラスに分かれました。 初級、中級、会話、IELTSです。 IELTSはベテランのリタイヤーしたアメリカ人ご夫婦が教えてくれます。 最初に簡単な自己紹介があり、次に簡単なIELTSのリーディングテストのコツの紹介がありました。 次にアカデミックとジェネラルの2つのグループに分かれました。 アカデミックは私を含めてふたりだけでした。 もう一人の男性はシドニーに2年以上いる人なので、IELTSがいつも7以上だと言っていました。 でも、8を目指しているそうです。 20分時間が与えられて、長文1問ときました。 私は2つ間違えました。 私よりもずっと出来るはずの人が私よりもたくさん間違えていたようです。 次のクラスの予約を彼が書いていたので、次は私もと思って、その事を口に出して言ったし、見せてもらおうとしたら、黙ってす~~っとその紙を持って元の場所に戻してしまいました。 「意地悪!!!!」って思ったけど、特に何も言わずに、その紙のある教室の前に言ってその紙をまた自分のいるテーブルの方に持ってきました。 そして来週の予約をしました。 韓国人はクリスチャンが多いせいか、このクラスの韓国人の割合が一番多いです。 例のタイの中年男性もいるけど、完全に英語目当てでしょう。 だってタイであれば仏教のはずです。 今日はリタイヤーしたアメリカ人夫婦が新しく加わりました。 まだ2日目みたいです。 英語を教えるようになるのかな?10月21日(金)忙しい一日朝10時前にグリーンウィッチ英語学校に行きました。 受付でシンさんと約束があると言いました。 15分位待ってからシンさんが現れました。 この英語学校のブックレットで質問があったので、聞きました。 それから問題。 「大丈夫だよ」ってやさしくおだやかに言ってくれました。「えっ本当ですか? 担当の先生は大事だって言ったのですか?」「Reluctant...ジャスティン、サーシャ、アンドレア、ロクシーなどの先生方の許可を取ってくれたそうです。 いやいや仕方なくOKしてくれたということです。 午後1時までに支払いを済ませるように言われました。 シンさんの方からもJUNさんに電話してくれると言いました。 来週の月曜日にはシンさんはいないけど、いつでも聞きたい事があったら、更新時もメールでもいいし僕に言ってね」って言ってくれました。 顔はおにぎりみたいなんですけど、社長さんだけあっておぼっちゃんでとてもエレガントで素敵なんですよね。JUNさんのオフィスに行きました。 UWSの私のアプリケーションは今は事務(Administration)から学部(Academic)の方の審査に移ったそうです。 オーストラリアの場合、それ程審査はなしに、ほぼ空きがあればOKというかんじなのに、医学部だけはこのように慎重な審査があるようです。 他の学部はアプリケーションが来たら折り返しくらいにそれぞれ簡単に審査して個別に確認書を出しているけど、医学部だけは一斉に10月末に審査に掛けて慎重に生徒を選ぶようです。 この可能性がダメだった場合、どうするとか色々な事を想定して色々な可能性を考えて対策を練りました。 かなり時間が掛かりました。 提携英語学校入学から2週間以内にパッケージを出さないとダメだそうです。 でも、結果が10月末って言っているけど、もしかしたら4週間掛かるかもしれないし、最悪のケースも考えないといけないと言われました。 念の為、JUNさんがシンさんにもしも結果が遅れたら更に2週間受講できないか聞いてくれました。 それもOKだと言ってくれました。すでに12時過ぎていました。 支払いにこのまま英語学校に行けば余裕でしたが、考えてみたら、お金が普通預金に入っていませんでした。 家に帰ってセービングアカウントから普通預金に移さないと、デビットカードで支払いできません。 とても強い日差しの中、また家に帰りました。 コンピュータ処理してから、また英語学校に出かけて支払いを済ませました。 ギリギリ1時5分前でした。 また、一度家に帰り、お昼を作って食べました。 2時にシスターと約束があったので、2時少し前に教会に行きました。 個室でシスターとふたりでのプライベートレッスンでした。 IELTSのリーディングのお勉強をしました。 本当はエッセイを昨日夜書いて持ってきたかったのですが、時間がなくて小論文は掛けませんでした。 1時間のレッスンが終わると、エルダーホーとエルダージョンが待っていました。 エルダーって言っても20代だと思います。 そして今日はインドネシアの派手な女性も一緒でした。 先週洗礼を受けたとの事でした。 勉強会は約1時間ありました。 何故かインドネシアの女性がしゃべりだすと眠くなりそうになりました。 英語はとても上手なのですが、なぜ眠くなって彼女の話が頭に入ってくるのを拒否してしまうのかわかりませんでした。
Nov 18, 2011
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10月19日(水)セントビンセント病院とホームレス朝食は軽く食べました。 シスターイザベラから教えられたビクトリアストリート190を目指しました。 かなり遠かったです。 それなので余裕を持って1時間前に家を出ました。 しかし、中々見つかりませんでした。 途中で声を掛けた若い女の子がいました。 すぐに答えてくれなかったので、直後に警官が通ったので、聞きたかったけど、もたもたしている間に通りを渡って遠くに行ってしまいました。 彼女は知らないとの事でした。 でも、「一緒に行ってあげましょう」と言い、私について来たのですが、特に私の代わりに気を使って聞いてくれるという事は全くなく、ただ、私の近くに黙っているだけでした。 そのうちにビクトリアストリートが見つかったので「ありがとう」と言ったけど「あなたがセーウかどうか見届けたいから」とあくまでもずっと付いてきました。 黙って黙々と歩きました。 正直、だんだん気味悪くなってきました。 すると「あのぅ、駅に行くんじゃないのですか?」と頓珍漢な事を言い出しました。 私はドクターと約束があるから病院に行くのだと言いました。 それにそれ以前に病院に行く道をずっと聞いているのに。。。 つまり、彼女はノルウェー人で外見が白人で発音も綺麗でなまっていませんが、英語出来なかったのです。 やっと自分の事を話だしました。 実は仕事がなくなってしまい、お金もないし、食べ物もない、住む所もなり、つまり、ホームレスだと言います。 私は正直、「この子、レズかな?」と疑っていたので、少し安心しました。 外見的には10台後半位に見えるおとなしいけどかわいい子です。 「教会に行けば、フードとアコモデーションを与えてもらえるかもしれない」と教えてあげました。 ただし、私はこの辺のどこに教会があるのかわからないので、お店の人に近くの教会の場所を教えてもらったら?」とお店を指差しました。 すると、彼女はすぐにそのお店の中に入っていきました。 私は時間が迫っていたので、歩き続けました。 すると、彼女がスキップして通り過ぎました。 おとなしくて気がきかなそうだし、英語があまり理解できないのに「わからない」とは言わないし、しかも発音に訛りがないので、ネイティブの人にとっては「英語ができないとは思わないから」カチンと来てやめさせるという事は簡単に想像が付きました。道行く人にセントビンセント病院の場所を聞くと全く逆の方向だと言われました。 すでに11時を過ぎていました。 暑い中、1時間以上歩いていました。 ただ、住所が全然違うので疑いながら別の方向のビクトリアストリートに方向転換しました。 だいぶたってからやっと大きな病院群が現れました。 でも、住所が全く違うので、ここでいいのか不安でした。 中に言って聞くとここでいいと言われました。 私はとても驚きました。 心臓・肺科に行って初診のカードに記入しました。 しばらくたってから、名前を呼ばれました。 シスターイザベラ名乗る中国出身の60台くらいにみえる肌の茶色っぽい土色の肌をした女性でした。 個室に入りました。 英語がなまっていて聞き取りにくかったです。 通訳を呼ぶというので、「あなたは通訳が必要ですか? 私は通訳はいりませんけど」と私は言いましたが、無視して電話をして通訳ラインを呼び出しました。 シスターと名乗っているけど、典型的な本土出身の中国人で人の話を全く聞かない人だと思いました。 電話に対して「あなたは外国に行った事がありますか?」と彼女が言いました。 私は「電話でも答えたし、先ほども答えたように、ニュージーランドとニューカレドニアに最近行った」と英語で答えました。 他にも彼女が電話に向かってしゃべるたびに私は大声で英語で答えました。 一体何の為に通訳電話が必要なのか理解できませんでした。 私へのいやがらせですか? それとも、私が電話でも、その場でも答えたにもかかわらずまた同じ質問するという事は、この人は理解力が全くないんだという事は容易に理解できました。 重要な事なんだから、メモくらいとりなさいと私は心の中で言いました。話も全く論理的ではありませんでした。 通常であれば、呼び出した理由をいうべきでしょう。 本人が言わないので、私が聞きました。 私のX線写真が正常ではなかったからだと言われました。 だったら見せて下さいと言いました。 「あなた医者なの?」と生意気な事を言うので「その写真は私のものでしょう?見る権利あると思いますけど」と言いました。 すると袋から写真をしぶしぶ取り出して見せてくれました。 「説明してください。 どこが異常なのか」って言ったけど「医者じゃないから説明できない」と言いました。 たぶん、知識がないから説明できないのでしょう。 幸い、腫瘍は再発していなかったし、以前、昔、水の溜まっていた左胸の肺も白くなっていませんでした。 つまり、特に異常は見当たりませんでした。 あえて言うならば、全体的にもやっとしているのでしょうか?英語があまり得意でないのであれば、言葉を換えて別の言い方をしたり、色々な方向からアプローチして聞くのが通常だと思います。 それは英語が得意でなくても、ネイティブであっても重要な事であればそういう質問の仕方をすると思います。 でも、この中国人は「咳をたくさんしたのか? 何回したのか?」って何度も同じことを言い方も代えずに攻め立てるように聞いてきます。 「咳は何度もしたから、いちいち何回したかなんか数えていない」「普通じゃないから聞いているのよ」と言うので「あのね。季節風の流行性ののど風邪は数え切れないくらい咳がでるんですよ。 風邪についてもっと知りたければ、私を診察した医者がこの病院で働いているから彼に聞いてみたらどうですか?彼も同じような咳をしていましたよ」と言いました。 何度も何度もやりとりをしているうちに気づきました。 「Do you cough a lot? How many?」と彼女が聞いていると思ったら実は「Do you cough a blood」と言いたかったようです。 それだったら「Do you cough out a blood?」でしょう。 英語が出来ないのによくこういう仕事ができるととても驚きました。 つまり、結論としては何度も咳と共に血液が出たと中国人は勘違いしていたようです。 8月26日位から約1ヶ月もひどい季節性の流行性のど風邪(インフルエンザ)に掛かっていたので、結核と似たような影響が肺に現れていたようです。 あれだけ激しい咳がまるで結核に掛かったように続いたので、肺が弱ってしまったのですね。 帰りはとても家まで早く着きました。 かなり近かったです。家に帰ってセントビンセント病院の住所を調べて見ると住所は190ではなくて390でした。 道の全く逆方向、私の家からかなり近い所でした。 何故、いじわるして別の住所を言ったのか、あるいは英語が相当できないのか、あるいは頭が悪すぎて住所を間違えてしまったのか疑問です。 本当にこの国では人を信用してはいけないというけど、住所を言われたら、信用しないで、自分でセントビンセント病院の住所をウェブで調べるべきでした。 シスターだからと信頼してしまった私が馬鹿でした。 反省しました。どっと疲れたので、一休みしてから、また出かけて日本語コミュニティー紙に載っていた『もみじ』で「ゴマタレ冷やし中華鶏肉添え」を食べました。 8ドル90(約800円)でした。
Nov 17, 2011
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10月18日(火)セントビンセント病院から電話あれ以来、東京の大学病院から電話はありません。 たった3行の英語、しかも私の翻訳とサンプルアンサー付きなのに、未だにできないなんてちょっと信じがたいです。 オーストラリアの医療局もしびれをきらしたのか、セントビンセント病院の肺・心臓科に連絡したようです。 朝9時半頃シスターの看護師から電話がありました。 色々聞かれました。 最近、ひいたのど風邪についても聞かれました。 明日、朝11時にセントビンセント病院に行く事になりました。シンさんに「今日伺ってもいいか都合を教えて下さい」と午前中にメールを送り、何度かホットメールにアクセスしてみたけど、全く返信ないので、まぁいいかなと思い、午後4時過ぎにグリーンウィッチ英語学校に行ってシンさんへの面会をお願いしました。 「会議中なので15分位待って下さい。それか出直してください」と言われたので「ここで待ちます」と言いました。 待合のソファに座ってUWSの教授から頂いた資料を読んでいました。するとシンさんが来てくれました。 UWSの担当者(ベトナム人らしい)にメールしたら、休暇中というので別の人にも送ってみたけど、返信はないとの事でした。 英語学校の大学進学の為の英語のEAPコースの先生は2週間で辞める可能性のある人をクラスに入れることには消極的との事でした。 更にプッシュしてくれるけど、最悪の場合、1週間遅れでEAPコースに参加してはどうかと言われました。 ただし、それは私の英語力をみてからになるけどと言われました。 「あなたは私が1週間でやめるっていうけど、それは私がUWSからコンファメーションを受け取る事にネガティブなんですね。 私は12週間ここでEAPコースを受講するつもりですよ。 ただ(In Case...)」と言ったら「そうでしょう。 In Case..」とお互い笑ってしまいました。 シンさんは病院が嫌いで普通の病院には殆ど行かないけど、アキュパンクチャー、灸、カッピング、漢方薬、蜂のお尻の針を使った療法等を試した事があるそうです。 蜂の針だけはもう受けたくないと言いました。 ビジネスマンで合理主義者だと思っていたのに驚きました。 顔は前回と比べてかなり日焼けしていました。 学校には朝7時から来てお仕事しているそうですが、セレブだから週末はきっとヨットとか太陽の日差しの下で週末を満喫しているんだろうと思いました。 とりあえず、また金曜日の朝10時にお会いする事になりました。 シンさんはオーストラリアで生まれた日系です。 マリンスポーツが趣味のようです。JUNさんから教えてもらった韓国グローセリーでまた健康ドリンクでも買おうかなと思って見ていたら、携帯電話がなりました。 東京の大学病院の外科の事務の人からでした。 最初KDDのオペレータからだったので、「コレクトコールだったら、断ります」って言ったら、そうじゃないというので受けました。 これからFAXを送ってくれると言うので、ちょうどJUNさんのオフィスのすぐ近くにいたので、またICNに行きました。 恐る恐る中を覗きながら入っていくと、今日はお客さんはひとりもいませんでした。 JUNさんも電話中かなと思ったので、「FAXが来たので受け取りに来ましたぁ」となにげに言ってFAXの機械の所に行って、他の人のお仕事のお邪魔をしないように注意深く配慮しながら自分で紙を取りました。 すると、JUNさんが話しかけてくれたので、「あれっ? お電話中じゃなかったのですか?」と言い、近づいて言って色々とご報告しました。私がグリーンウィチ英語学校は無理そうなので、他にもUWSのEAPコースのある英語学校はないですか?と質問すると、英語学校はウィンヤード駅(歩いて30分位)の所にもあり、そこもかなりいいと言われました。 大学の授業と同じような形式で行われるのでハードだけど、とても勉強になるし、クラスメートもレベルの高い人が多いから為になると言われました。 ただし、中国人が多いので、ずるしたり情報を盗んだりという、日本人にとってはとても気分の悪い事が多いという欠点があるそうです。 その点、グリーンウィッチはブラジルとか西洋系の人が多く、しかも南米系の人達は日本人と同じように他人を思いやるやさしい気持ちの持ち主が多いです。 あまり、盗みとかそういう事はないです。 中国本土出身の学生はゼロです。 ただし、レベルが5.5以上なので、クラスメートのレベルはちょっと落ちてしまうので、引きずられたら大変です。午前中にモルモンの韓国人にSMSメールを入れて、忙しいので今日は行けなくなりましたと送信しておきました。 夕方、電話がありました。 「来ないのか?」と言うので、メール送ったはずなのにおかしいなと思ったけど、忙しくなったのでとメールと同じ内容を言いました。 後でわかったのですが、「Who are you?」というSMSの返信がありました。 こちらは国内電話がものすごく高いので、すぐに1万円くらい行ってしまいます。 だから、電話しないで直接行ったり、それが無理の場合はSMSを送ったりするのです。 私は韓国人は私の担当者だから、当然私の名前と番号は携帯に登録があると思ったので、自分の名前をSMSメールの文章の最後に入れなかったのです。 SMSは文字数に限りがあるので、なるべく文字を節約したかったのです。 でも、彼は私の名前と番号を登録していなかったという事が判明しました。 それ程期待されていないのであれば、これからは適当に参加しようかなと気楽になりました。
Nov 16, 2011
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10月16日(日)新しい出会いの季節10時にチャペルにと言われたので、若干遅れて行きました。 1階にはスーツ姿の男性が待っていて、エレベータの番号を押してくれました。 シドニーのある程度のセキュリティービルは鍵をエレベータに翳さないと、目的階には到達しないシステムになっているのです。 その階の鍵のある人以外はそのフロアには行けません。昨日のユタ出身のアメリカ人男性の横に座るように導かれました。 その人はあまり英語の出来ない中国人のおじさんの面倒を見ていました。 伝道師(エルダー(先輩))は2年間の無給のミッションだそうです。 アナという白人女性が昨日洗礼を受けられたとかで、みんなの前で紹介され4人の伝道師から頭を抑えられてお祈りを受けられました。 私の担当の韓国人男性がお祈りの言葉をみんなの前でスピークしていました。 アナはたくさんの本を受け取りました。 たぶん聖書とか聖歌でしょう。 その後、何人かの伝道師の話がありました。 途中には聖歌の合唱がありました。 隣に座ったアメリカ人伝道師ははっきり言って音痴です。 でも、どうどうと歌っていました。 アナは近くで見ると顔がボコボコでしみだらけで、少し怖かったです。今日のメッセージの中で堂々とした中国人男性がいました。 彼は中国本土出身でこちらに来てから英語を勉強したと言うのですが、ネイティブなみに上手でした。 しかも、彼のメッセージの構成はキチンと組み立てられていたし、人の関心をひきつける術も入っていました。 中には言いたい事が多すぎちゃって、文章構成がめちゃくちゃになって、何が本題なのか不明瞭になってしまい、しかも人の関心を逆にそぐようなスピーチの人もいました。やっぱりアメリカ語はTVでも映画でもラジオでも日本ではなじんでいたので、聞き取りやすいです。 礼拝が終わるとそれぞれの勉強会に分かれるようでした。 私も他の信徒さんから一緒に参加しようと誘われましたが、まだ初心者なので、特別プログラムを受けなければいけないので、別メニューとなりました。 でも、中国人の若い女の子と少し知り合いになりました。 中国語を教えてもらえるかもしれません。 携帯電話番号を交換しました。私の担当者の韓国人とアメリカ人男性と一緒に個室に行き、今日はビデオを見ました。 その後、第3の聖書を頂きました。 序章を読んでくる事になり、明日、続きをすることになりました。 その後、パーティに参加できるようです。 食事も出るみたいです。 食事ありがたいわぁ~。夕方、日本の100円ショップにある商品を2ドル50で売ってる『まるゆう』というお店に行きました。 2階の人はいつもとても親切です。 1階の食品の方はいつも男性に色々相談して、お会計もその人が一緒についてきてくれて親切にしてもらっていました。 今日はひとりでお会計をしようとしたら、レジの女性が私が外人だと思ったようで、ずっと英語で話しかけました。 もう少しで5ドルでポイントがつくはずだったのですが、私は忘れていました。 「ポイントは何ドルからですか?」って日本語で聞くと「5ドルからです」って冷たく言いました。 わずかなので5ドルにしたかったけど、あまりの態度にあきらめてお会計を済ませました。 この人はあるカテゴリーに当てはまる日本人(お金があって、メイクをしっかりとしていつもおしゃれしている)しか相手にしない人なんだと理解しました。 また日本人が嫌いになりました。教会では日本人は見かけませんでした。 たぶんめずらしいみたいです。 だから、日本に関心ある人は私に話しかけてくれるのでありがたいです。10月17日(月)パーティってホットメールのインボックスを開けようとしたら、動きません。 どうしたんだろう。 コンピュータ壊れたのかなと思いました。 5分後位にやっとアクセスできました。 UWSの東洋医学の一番上のドクターで今、海外にリサーチ研究に行っている人からのメールが重すぎて開かなかったのです。 写真をダウンサイズしないで5枚も送ってきました。 4年になると10週間の研修をする中国の大きな病院の写真でした。 手術中の写真もありました。 麻酔の代わりのアキュパンクチャー(針)を使った手術だそうです。 そういう私へのメッセージと共に事務の人に私のアプリケーションを早く処理するようにとお願いしてくれました。夕方6時にまた教会に行きました。 今日は少しお互いの事を知りましょう。 簡単に自己紹介しましょうといことになりました。 アメリカ人は大学はハワイ大学に行き、その後、3ヶ月前くらいにこちらに来たそうです。 ユタ州出身だから、もちろん両親も兄弟もみんなモルモンです。 韓国人は両親ともモルモンで、教会で知り合い、子供にも洗礼を受けさせたそうです。 彼の兄弟もアメリカや韓国でミッションをしているそうです。 2ヶ月前くらいにこちらに来たそうです。 ミッションはみんな2年間の滞在です。その後、少し聖書のお勉強があり、そしてパーティと呼ばれる物がありました。 最初に簡単な自己紹介を順番にしていきました。 名前と出身国都市、好きな季節を言っていきました。 私の順番が来て話した時、しら~~~~っとその場がなったのがとてもよくわかりました。 自分達と同じ年齢の人の自己紹介の時は、とても盛り上がっていました。 とても分かりやすい人達でした。 中国人の女の子が前に出て紙を手で直線にちぎって十字架を作るという出し物をしたのですが、デモンストレーションが下手でよくわかりませんでした。 自己満足っぽくてシラっとしてしまいました。 その後、4つのグループに分かれて伝言ゲームみたいのがありました。 私の担当のアメリカ人は中国語が出来ます。 だから、英語のあまり出来ない中国人のおじさんを招待したようです。 彼の他はみんな若い人ばかりでした。 この集まりは青年会の集まりと名づけた方がいいと思いました。 今までの集まりとは違い、私に話しかけてくる人は殆どいませんでした。 私から何度かちょっとなにげに話かけても、聞こえない振りをされてしまいました。 自分のいる場所ではないと自然と理解できました。 その後、簡単な食事があるとの事でしたが、すでに午後8時半頃になっていたので、「ワールドスクウェアに買い物に行くから」と言って帰りました。 自分とは完全に違う種類の人達だとわかりました。 これからはIELTSのレッスンのみ出ようと思いました。 IELTSのレッスンは自分の親くらいのお年寄りがやっているし、それに出席する人はIELTSを受験しようとするようなまじめな人が多いから安心できます。家に帰ってメールをチェックするとイレーヌからメールが来ていました。サーファーズパラダイスから今日、帰ってきたようです。 暖かい人と接すると安心できます。イレーヌへのメールや教授へのメール作成などをしていたらベッドに入るのが午前2時になってしまいました。
Nov 15, 2011
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10月13日(木)東京の大学病院に電話今日はH先生が午後外来の日なので午前中はいるかなと思って日本時間の10時頃電話したけど、PHSのスイッチが入っていなくて通じないと言うので、外科外来につないでもらいました。 以前私に意地悪して勝手に緊急CT依頼を入れた事務のマスダが出たので、またなにされるかわからないので怖いから、常識のあるIさんに代わってもらいました。 私の事は覚えていました。 今月、受診予約が入っていたのに外来に来なかったから、どうしたのかなと心配していたそうです。 先生はまだ来ていないけど、午後外来があるから外科受付には必ず来るので、直接外科受付のFAXに送信して下さいと親切に番号を教えてくれました。 念の為に、宛名をその事務の人にするようにと言われました。 そうじゃないと、他の人が取ってまたヘンな事になってしまうと困るからなのです。それからFAX送信する書類を練りに練ってからお昼頃ICNに行きました。 JUNさんに見せたら、もっとこういう事項を付け足した方がいいとか的確なアドバイスを頂けたので、その場でパソコンをお借りして分かりやすく、間違いが起こらないように文章を付け足しました。 そして、FAX送信をしてもらいました。 1ドルでいいと言ってくれたのでとても助かりました。 図書館であれば、6ドルくらいは取られてしまいます。 待っている間、お水を飲みながら、なにげに中を見渡していたら、小学校時代のクラスにあった貸し出し本棚がありました。 懐かしの『学級文庫』です!! 見るとみんないい本ばかりでした。 『一瞬で自分の夢を実現する方法』という題に惹きつけられました。 貸し出し帳に本の名前と自分の名前日付を書いて借りました。 本当に小学校の時みたいです。 『最高の自分を目指そう。 人生を劇的に変えていこう。 100パーセントの自分で生きるとエネルギーが沸いてくる。』という内容の物でした。 これはまさに今の私です。 JUNさんが上手に私を導いてくれた結果です。 また改めてJUNさんってすごい人だと関心しました。外来が日本時間の午後3時半過ぎに終わると言うので、40分に電話しました。 総合受付は外科外来に電話をつなぎました。 またマスダが出たので、常識のあるIさんに代わってもらいました。 先生はすでに手術に出てしまったようでした。 でも、Iさんが事情を先生に話してくれてFAXも渡して説明してくれたようです。 「うん、これなら出来るかな。 明日の午前中に出来るかな」って言ってくれたそうです。 一応、英語を全部翻訳したし、英語のサンプルアンサーも添えたので、それ程お時間は取らせずに出来るとは思っていましたが、思ったよりも早そうなので安心しました。 また明日、Iさんにお電話する事になりました。 病院の正式なハンコウを押す前の物を事前にFAXしてくださるそうです。 それを私がチェックしてOKだったらお支払いする事になりました。 外来受付の人と親しくお話しておいてよかったと思いました。10月14日(金)日本時間の午後2時に東京の大学病院の外科受付の人から今日の午後2時に電話を下さい、その時に先生の書いた診断書をFAXできると思うので、と言われたので、現地時間の午後4時前にICNまで出かけていき、ビルの下から電話しました。 すると、先生は忙しく手術の予定がたくさん入っているので、話せなかったとの事でした。 でも、試しにFAXを送りたいと言うので、仕方ないのでエレベータで上に上ってICNに行きました。 たくさんのお客さんであふれていました。 JUNさんを含めて他のスタッフもカウンセリング中でした。 私は居心地の悪さを感じて小さくなっていました。 でも、耐えて10分間はいました。 カウンセリング中の人が終わり、次の人になるちょっとした隙に「病院の受付の人がFAXを試しに送ってみたいというので、すみません」と小さくなってお伝えしました。 じ~~っとFAXマシンを見つめていましたが、びくともしません。 仕方ないので、廊下に出て、また病院に国際電話しました。 病院といっても大学病院なので、いちいち冷たい態度の総合受付の電話交換手を通さなくてはいけないので、大変なのです。 やっとIさんがつかまり、話をすると、外科受付からはFAXは送れなかったとのことでした。 普通は送ってから連絡でしょう!! 送れないのに私はわざわざ家からICNまで出かけていき、そこのオフィスで居心地悪くずっと座っていたのです。 メルアド教えて下さいって最初に言ったけど、パソコンは壊れちゃったのでって言って、携帯のメルアドは教えてくれませんでした。 いちいちお金の掛かる国際電話を掛けさせられたり、用もないのに呼び出しをされ、馬鹿みたいにぼけっとICNで無為に待たされていたので、だんだん腹が立ってきました。 そして、次にそうやって他人から軽く扱われる自分に対して失望して気持ちが落ち込んでいきました。 また頭痛がしてきて体調が悪くなってきました。 小雨が降っていて寒いせいかもしれません。 他人に振り回されて自分の事がなにひとつ出来ないのは困ってしまいます。夜9時ジョンから電話が来ました。 疲れていたので、転寝していました。10月15日(土)モルモン教でIELTS午後1時ちょっと前にジョンから電話がありました。 「すぐに行きますShortly」って言ったら「10分後ですか?」というので「5分以内に」と言いました。 確かにビジネスとかでは約束時間よりも10分くらい前に行くのが常識かもしれないけど、タダの約束だったら、約束時間の5分後とかある程度適当でもいいんじゃないのかなと思っていました。 特にこちらの人は色々な事にルーズですから。ビルの外にはスーツ姿の男性が何人もたむろしていて若干怖かったです。 住所を頼りに行ったので、ひとつ通り越してしまったので、戻るとジョンから声を掛けられました。 個室に案内されました。 アメリカのユタ州出身の若い男性も一緒に聖書勉強会となりました。 「何故いろいろな種類の教会が今、存在しているのか? どの教会がいいのか?」という質問をされました。 ディスカッションの勉強になりました。 最後に簡単な小冊子を渡されたのですが、見ると『モルモン』と書いてありました。 モルモン教だったのですね。その後、私が教会があるのなら見たいと言ったので、案内してくれました。 そこには他にも待たされている人達がいました。 ミッションの人達が聖歌を歌いました。 普通の男性なので、特に歌が上手とかではありませんでした。 その後、初心者、中級、会話、IELTSに別れて英語レッスンがありました。 私はもちろん一番上のIELTSのクラスに参加しました。 他のクラスは例のスーツを着たオーストラリアの男性達が教えるようでした。 IELTSクラスはユタ州出身のリタイアした年配の男性と女性が教えてくれました。 今日はスピーキングでした。 一緒に参加した香港出身のワーキングホリディの女の子、ベトナムの女性、韓国の女性、韓国の男の子、中国の男の子、娘二人の教育の為に来豪したタイの中年男性がいました。 1時間という短い間ですが、楽しかったです。 プライベートレッスンもあるようで、ベトナムの女性が「予約したら」と言うので、予約してしまいました。終わると私の担当の韓国とアメリカの男性が待っていました。 そして「どうだった? 色々な人と知り合えてよかったでしょう」と言われました。 ビルの外に出てから、同じクラスだったベトナムの女性もうれしそうにスーツ姿の男性ふたりに色々報告しているのが目に入りました。 一度家に帰って少し休んでから、チャイナタウンのマーケットに出かけました。 メロンが1ドル50セントで買えました。
Nov 14, 2011
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10月11日(火)健康診断朝10時過ぎにICNに行きました。 昨日、JUNさんから言われた「I suffered」を「I had」に家で直そうと思ったけど、訂正用のホワイトがなかったので、新しい紙をもらおうと思って出かけました。 ホワイトでもいいというので、ICNでお借りしてフォームを訂正しました。 帰りにまたコリアングローセリーに立ち寄りました。 すると「おいしいビタミンドリンク」と書いてあるドリンクがあったので思わず手にとってしまいました。 1ドル10セントでした。 お店の人に「これはおいしいビタミンドリンクですか?」って韓国語で聞きました。 苦笑いです。健康診断は2時半の予約でした。 今日に限って午後から晴れてしまいました。 メインストリートのジョージストリートではなく、裏道のリレイストリートを通って中央駅付近に行きました。 オックスフォードストリートの裏通りは、古い雰囲気のある素敵なタウンハウスが多く、歩いて見てまわるだけでもとても楽しいです。 道には木も植えてあるし、公園も時々あります。 やっぱりシティはとても雰囲気があって素敵と改めて思ってしまいました。 早めに家を出たので、2時前に着いてしまいました。 でも、私と同じように2時半の予約の人で受付をしている人がいたので安心しました。最初に銀行みたいに整理番号を自動受付機から取ります。 番号を呼ばれるので、パスポートと申請フォーム2種を提出してスチューデントビザ申請の場合は何を学ぶのか聞かれます。 白人カップルで「英語」と答えた人がいました。 「still?」と聞かれ、さらに「10年?」と聞かれ、その男性の方は顔は耳まで真っ赤になってしまいました。 その場で病院内で本人確認する為、写真を撮られます。 その後、X線写真撮影がありました。 女性は黒い紙の簡易上衣が用意されていました。 写真撮影が終わり、着替えようとして小部屋に入っていると、また名前を呼ばれてしまいました。 もう一枚と言われました。 息の仕方が悪かったのかな?と思ったら、横向きでも写真撮影すると言われてしまいました。尿検査がありました。 ちょっと失敗しました。 午前中に栄養剤を飲んでしまったので、尿がまさに栄養剤のと同じ鮮やかな真黄色になってしまいました。 看護師さんにその事を言いました。 「私も栄養剤を飲むとそうなるわよ」と言い、プラスチックのプリンカップみたいな中に入ったドリンク剤みたいな鮮やかな色の尿を捨てました。 たぶんこちらはコップの中の尿にリトマス紙を浸すのではなく、カップの中の壁につけて検査するのでしょうね。次に身長、体重、視力検査がありました。 最近、伸びをしていなかったけど、身長は縮んでいませんでした。 159cmでした。 次にドクター検診です。 若い女性のドクターでした。 こちらの病院はお友達の付き添いが多いようです。 私にも「友達と一緒じゃないのか?」と言うので「プライベートな事なのに、友達が一緒ですか?」と疑問を投げかけました。 個人的な事なのに友達が一緒に参加するというのは違和感あります。 必要ないと思います。 問診の後、首を触ってしこりがないか確かめました。 目も光を当てて調べました。 のども口をあけて調べました。 耳穴も調べました。 それから、ブラとパンツになり横になりました。 通常の西洋の医者の診断はこういうことはしないですよね。 でも、身体を隅から隅まで見る事によって手術後とか分かってしまいます。 お腹を触ればしこりも分かってしまいます。 私は手術経験はないと言ったのですが、彼女がお腹を調べると、手術跡を発見しました。 盲腸でした。 昔の事だったので忘れていました。 それは嘘をついていたことにもなります。 他にも隠し事がある可能性も出てきてしまいました。 胸から下のお腹全部が張っていました。 これは気功で鍛えた筋肉なのですが、知らない人はお腹が張っているちょっとおかしいかもと疑おうと思えば疑う事も可能です。 横になってすぐに「東洋医学をどこで勉強するの?」とか色々聞いてきたので、私は一生懸命に説明しはじめました。 日本でもそうなのですが、医者は患者をリラックスさせようとして話しかけるのですが、こちらは一生懸命説明しようとして逆に血圧が上がってしまうのです。 今回も血圧が上がってしまいました。 何度も何度も計りなおしてくれました。 しかし、結局136と86でした。 残念ながら高血圧です。ニコラ(ドクター)はコンピュータに向かいタイプし始めました。 不安になりました。 私の担当医からのコメントが必要だと言われてしまいました。 「それは高血圧だからですか?」と私は聞きました。 もしそうであれば、もう一度計りなおしてもらおうと思ったのです。 「高血圧だからではなく、この腫瘍の状況を私が知りたいからなの」と言われてしまいました。 がっかりです。 落ち込んで帰りました。中央駅の地下道を通ってメインストリートのジョージストリートまで出て、中心地を目指してずっと登って歩きました。 ピットストリートの地下にある「もみじ」に行きました。 日本語フリーペーパーに『冷やし中華はじめました』とあったので、食べてみようと思ったのです。 3時半過ぎていたので、もうやっていないと言われてしまいました。 じ~~っと固まっていたら「これも今なら5ドルになりますよ」とお寿司を指したので、定価7ドル50のお寿司をその場で食べますと言いました。 その場で食べるとお味噌汁がいただけるのです。 具の入っていないお味噌汁ですが、外国に住んでいる者にとってはこういうおいしいお味噌汁がいただけるのはとてもありがたいです。 日本のバラエティ番組が掛かっていたので、見ながら食べました。その後、ICNに行きました。 JUNさんはコンサルタント中でした。 Kさんの席の前に座っておしゃべりしました。 するとJUNさんが来てくれて「どうでした?」と聞いてくれたので「ダメでした」と言いました。 「大丈夫ですよ。 ただ、日本の医者からの情報も欲しいと言うだけだから」と言われました。 でも、「西シドニー大に行く為のパスウェイのある提携英語学校の方は特別に2週間だけ受講するのは出来ない」と言われてしまったようです。 仕方ないから代表者のシンさんに私が直接話をしようかと思いました。帰りにいつものワールドスクエアのコールスでミルクを買ってオックスフォードストリートを登って家に帰ろうとしていたら、東洋人から話しかけられました。 何かの勧誘かと思ったので、無視して冷たい態度を取っていたら「中国人?韓国人?。。。」黙って首を横に振っていました。 「日本人?」仕方なく嘘をつくわけにもいかず、首を立てに小さくなにげに振りました。 「私は韓国人です。」「えっ?? 韓国人ですか?」急に私の態度は変わってしまいました。 韓国語で話し始めました。 私はチャンスがあれば韓国語は使います。 教会の人でした。 そういえば、今までも英語の無料レッスンというので、そのオックスフォード辺りで白人から何度か声を掛けられた事はありました。 でも、無料ほど怖い物はないと思ったので、冷たい態度で無視していました。 初めから教会のミッションだと言えばいいのにと思いました。 その韓国人男性は私に韓国語教えてくれるって言いました。 「韓国の教会ですか?」って聞いたら、普通の現地の教会だとの事でした。 私は韓国語で聖歌を歌いたいと言いました。 「私が韓国語で聖書も教えてあげるから」と言うので土曜日に会う事になりました。 金曜日の夜に電話くれるそうです。 おにぎりみたいな顔した人だけど、上品な普通の物腰でした。 若いけど教会の長老という地位にいると言いました。 落ち込んでいたけど、少し楽しくなってきた。 やっぱり都会もいいなって思ったりして。夜遅くになって翻訳を始めました。 今日メディバンク(政府の公共医療サービス機関)から渡された私の日本の担当医宛の手紙。 むかつく。 アンケート調査によると、女性は女性に対して厳しく男性は男性に対して評価が厳しいとの調査報告があるけど、本当だなと思いました。 IELTSのスピーキングテストでは、検査員が男性でしかも年齢もある程度の人だったから、5.5近い私に6の評価をくれたのだと思いました。 健康診断は若い女性医師だったから、私に特に厳しかったのだと理解しました。10月12日(水)日差しが強い晴れまたまた困難が目の前に立ちはだかってしまいました。 メディバンクに提出する書類の翻訳をしました。 念の為、ダメ元でまた西シドニー大学の教授にメールしてみました。 今度はJUNさんが作ってくれたようなまろやかななにげない文章ではなく、詳しく日にちを明記したものにしました。 午後4時近くになったので、出かけました。 グリーンウィッチ英語学校のロキシーからIELTSの結果を教えに来てねって言われていたので、それを口実として学校に行こうと思ったのです。 しかし、ロキシーは新入生の面接中でした。 受付に言ってみたらと教務室にいた先生が言ったので、受付に戻り白人系の女性に声を掛けました。 勇気を出して「シンさんとお話したいのですが。。。」と言うと事務室の中に入って連絡を取ってくれました。 立って待っていたら、座って待っていてねと言われました。 IELTSのクラスメートだったブラジル人の男性と偶然目が合いました。 「どうしていたの?どうしているの?」みたいな話で色々話しました。 私がこの学校の後、どうするの?って大学に行くのかどうするのか聞こうと思って聞いたら「まだ決めていないけど、授業が終わったら。。。」と、私が「授業が終わったら、ご一緒にお食事でも」と誘っていると勘違いされてしまいました。 もちろん、すぐに「そうじゃなくて。。。」と訂正しました。そのアフロさんはブラジルにいた時から、東洋人に興味があり、日本人街に行くのだ大好きだったそうなのです。 クラスの時も、必ず東洋人の女の子の隣に座っていました。 話が盛り上がっていると、シンさんが来てくれました。 個室に入ってお話しました。 でも、その前に「こんにちはぁ、こちらで話しましょうか。。。」と片言の日本語でシャイな態度を取りながら私に話し続けるのでちょっと戸惑ってしまいました。 仕方ないので、英語で私は本題に入りました。 「I'm wondering if you do me a favour」と私も若干言いにくい事を笑顔でごまかしながら言いました。 色々話しました。 結論としては、自分はManaging Director(社長)だけど、そんなに力はない。 でも、西シドニー大学にだめもとで聞いてあげると言ってくれました。 それから、24日から始まるEAPクラスについては1週間でやめるかもしれない人を入れると、もしもその人が抜けた後にクラスに穴が出来て、他の生徒に悪影響を及ぼすかもしれないので、担当の男性教師の許可を取ってからじゃないとなんともいえないと言われました。 とりあえず、来週、またシンさんとお会いする事になりました。 おにぎりみたいな顔をしているけど、内面的には上品なスイートな感じの素敵な人だなと思いました。そのご報告にICNに行くと、とても混み合っていました。 一番若いKさんの所でさえも、カウンセリングのお客様が座っていたし、その次の予約の人もいました。 それなので「JUNさんの予約を取りましょうか?」とKさんから言われたので、仕方ないから明日朝来ようと思って予約をお願いしようと思いました。 するとJUNさんが今のカウンセリングの人がもうすぐ終わるから待っているようにと言ってくれました。 昨日の健康診断の事やメディバンクから渡された書類についてとか、今日行って来たシンさんについて報告しました。 東京の大学病院にFAXを送る時、カバーレターと翻訳文の印刷とFAX送信をお願いする事にしました。 他の所よりも断然安いのです。 それに、そこで送れば、送信前にJUNさんにチェックもしてもらえます。
Nov 13, 2011
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10月7日(金)教授にメール今日も曇っているのでとても寒いです。 JUNさんが作成してくれたドラフトを基にして自分なりに文章を何度も何度も読み返しながら変更してお昼頃、やっと教授にメール送信できました。 結論としては、予想通り、教授は海外留学生の選考には関わっていないようです。 それなので、担当者にこの質問書を回してくれました。 でも、海外留学生担当者は忙しく月曜日まで手が開いていないという事なので、回答は月曜日になるとの事でした。 教授からの返信は「あなたならスペシャリストになれるよ。あなたの漢方の知識と漢字力に驚いた」と好印象だったようです。 来週月曜日からUTSの英語学校が始まってしまいます。 UWSで勉強できる確率が100%ではないので、その月曜日からのUTSの英語学校の予定を捨てるのはかなりの覚悟なのです。イレーヌからもメールが来ました。 私に対してとても好印象で気に入られたようでホットしました。10月8日(土)雨です日本との時差が2時間になってしまったので、友人と真夜中にアバターで会話したりしたので、すっかり夜更かししてしまいました。 今朝は久しぶりにゆっくり起きました。 ブランチはマカロニをゆでて、炒めた野菜やベーコンと軽く炒めてから、サラダ用の生野菜を混ぜました。 こちらのチーズはかなり塩味が効いているので調味料的に粉チーズも使いました。夕方、チャイナタウンのマーケットに出かけようと思ったけど、雨が激しく降っているのでやめました。10月9日(日)プレーンヨーグルトUWSの東洋医学部の入学案内書にはかなり詳しく各学期に学ぶ内容が書いてあるので、その医学用語のマスターを始めようと思い、ノートに書き写して行きました。 精神的にも疲れているので、午後少しだけ1時間位お昼寝しました。 その後、チャイナタウンのパディーズマーケットに出かけました。 野菜やフルーツを買ったので、重い荷物を持ちながら、ワールドスクウェアにあるスーパーマーケットのコールスに立ち寄りました。 こちらではプレーンヨーグルトは稀です。 フルーツの入っている物が殆どです。 フルーツが入っていなくてもバニラが入っていたりします。 久しぶりにプレーンヨーグルトを買いました。 お肌の調子が段々悪くなってきたので、また修復しなくてはいけないので、プレーンを買いました。10月10日(月)UTSの英語学校開始日あ~~~憧れだったUTSの英語学校の開始日です。 ショックです。 UWSの事務局の人からメールがありました。 インターナショナルスチューデント担当の人にコンタクトしてくださったようです。 しかし、通常通り選考は10月末で確認書の送付は11月初旬になるとの事でした。 特別扱いはなしです。 またまた困難に直面してしまいました。 次々と困難が襲ってきます。 どうやってこの困難を克服しましょうか?ICNにも立ち寄ってみました。 UWSからの冷たい対応に対してどう対処したらいいのかご相談しようと思ったのです。 JUNさんはコンサルタント中だったので、Kさんの席の辺りで「JUNさんはお忙しそうですね。 又来ます。」と言って帰ろうかみたいな感じでいたら、中断して来てくれて笑顔だけどなんとなくいいにくそうな感じだったので、どうしたんだろうと思ったら「あのぅ。。。思ったんですけど、I suffered よりもI hadの方がいいと思うんですけど」と言いにくそうに言いました。 「えっ?! あっ。。。そうですね。分かりました。 その方がなにげでいいですね。書き直します。」と言いました。 細かい所まで考えていてくれたのですね。 他人の文章を直すのって下手すると、怒り出す人もいるから、言いにくかったのでしょう。 この文章はビザ申請のための健康診断に記入する英語の文章でした。 一応、自分で書いてから念のためにJUNさんに目を通してもらっていたのです。
Nov 12, 2011
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10月5日(水)ドクターとの面会朝5時40分に目覚ましを掛けて起きました。 サマータイムになっているからまだ4時台でしょう。 暗いし寒かったです。 体調が悪くならないようにしっかりと食事して水分も取って出かけました。 朝9時前だから煩雑料金を取られて往復で12ドルも掛かってしまいました。 9時以降だったらずっと安かったのにショックです。 片道3時間掛かるリスゴウまでだって往復10ドルちょっとです。 1時間15分位でマッカーサー駅に着きました。 寒かったです。9時の待ち合わせなのに、8時20分過ぎに着いてしまいました。 映画館でトイレに入りたかったけど、まだ開いていなかったので、仕方ないから駅のトイレに入りました。 大学は一番最初に医学部がデント構えて立っています。 その横を通って公園みたいな池の所をず~~~と歩いて歩いてヘルスサイエンスの教授室にたどり着きました。 小さな部屋がいくつもありました。 3畳位の小さな教授室です。 日本の教授室は中に大学院の生徒が何人か入って一緒にお話しするスペースがありますが、こちらは本当に小さくてまるで、小さな医者の診察室のようです。 中国人の普通のおじさんがいたので、話しかけました。 ヘンリーでした。 名前が英語名だったからこちら出身の人のスマートな素敵な洗練された人かと思ったら、中国出身のふつうのおじさんでした。 色々説明してもらいました。 大学内のクリニックやレクチャー室、シアタークラスなども案内してもらいました。 海外からの留学生はふたりしか取らないとエージェントは言っていましたが、白人と東洋人の比率は半々位だそうです。 そしてひと学年は約30人で掛ける4で120人の東洋医学の生徒がいるそうです。学内のクリニックでも実習があるし、4年になると実際に提携の中国の大きな病院に4週間行って実習を受けるそうです。「車で来たのか?」と聞かれたので、たぶん車で通っている生徒も多いようです。 私はお金を節約したいから、車は買わないと思います。 買うとしても自転車くらいです。 また疲れてしまい、帰りの電車では自然と眠りに落ちてしまいました。家に帰ってからも、どちらの大学がいいのか色々考えて悩んで悩みぬきました。 でも、結論はやっぱりでません。 明日出かけるので、体調をまた崩したらいけないので、昼寝しました。 そのためか夜は眠れませんでした。 ベッドからおきだしてパソコンで色々調べたりしました。 そして、今まで西シドニー大のみ調べていたけど、UTSについてももっと知ろうと思って検索しました。 そして、分かった事、 UTSは技術を教えてくれるけど、深い関連した理論までは教えてくれない。 もともとインスティテュートでそれが大学に昇格したので、それ程のアカデミックなバックグラウンドもない。 だから大卒の資格しかえられない。 でも、西シドニー大は医学部もある普通の大学なので、より深い知識が得られ大学院卒の資格も得られるし、仕事を始めたときに、例え大学時代に知らなくても、同じ西シドニー大出身という事で患者を別の学部出身の人から紹介してもらえる可能性もあるとの事でした。気持ちはまた西シドニー大に動きました。 朝3時過ぎでした。10月6日(木)マリゴールドで飲茶「西シドニーに行かなくてはならなくなったから約束の日にお会いできなくなりました。」とメールを入れたのですが、イレーヌから「日にちが間違っているわよ。」と言われ。。。 混乱していたので、またまた間違いを犯してしまいました。 ということで、父の友人とのお食事は当初の予定通りに行われました。11時にタウンホール駅にあるクイーンビクトリアビルの最上階の時計台のある近くで待ち合わせしました。 「カプチーノ飲むか?」と言われたので、そのビルの中のカフェでお茶しました。 イレーヌが私と同じくミルクが多い方が好きと言うので、真似して私もカフェラテにして、ウエルナーは定番のカプチーノを頼みました。 大学についての悩みとかリスゴウの時の事とか色々話しました。 初めて会ったけど、メールを何度か交わしていたので、話が途切れる事はありませんでした。その後、バスで中華街まで行き、マリゴールドで飲茶しました。 このコースが彼らにとっては定番のようでした。 シドニーに来る楽しみはマリゴールドでの飲茶のようでした。 私もマリゴールドには久しぶりに行きました。 10年ぶりくらいでしょうか? マリゴールドは中華街の中で一番おいしいと評判の大きなレストランです。 お手拭あるいはお絞りが出なかったので、イレーヌが若干困っているようだったので、私はバッグからウェットティッシュを取り出して、ふたりに差し出しました。 次から次へとおいしそうな飲茶を頼んでくれました。 ぷりぷり海老もいくつか頼んでくれました。 海老とホタテのコンビネーションの海鮮点心もありました。 ただ、鳥の手のハニーソイ味(蜂蜜醤油)のから揚げはグロテスクで食べるのをちょっと躊躇しました。 でも、口に少しづつ含んでみると、やわらかく、歯に挟まる事もなく、すんなりと小骨が皮から離れて口から出す事が出来ました。 でも。また頼みたいと思うようなものではありませんでした。 蛸だか烏賊の足のハニーソイも味が濃かったです。 デザートは自分で選びなさいと言われたので、スィーツワゴンを運んできた女の子に「何かココナッツの物ありますか?」って聞いたら、羊羹しかないと言われてしまったので、仕方なくそれを選びました。 見栄えはシンプルな羊羹で、よくありませんでしたが、さっぱりしていてそれでいてココナッツミルクがきいていて、甘すぎず上品で小豆も若干はいっていておいしかったです。 ウエルナーからもよいチョイスだったとほめられました。 実は息子さんが私よりもひとつ年上で、以前結婚話があったそうです。 私は全く聞かされていなかったのでとても驚きました。 でも、息子さんは最近マレーシアの女性と結婚してしまったそうです。 私の事は若くて健康的とほめていただきました。 たぶん、お化粧のせいではないかと思います。 健康的な明るい印象にしているのでその効果でしょう。 こういうお姑さんとお舅さんだったらきっとうまくやっていけたのにと、とても残念に思いました。 楽しくゆっくりとおしゃべりしてから、別れました。 私にとってのいい話とかチャンスはことごとくつぶしてきた両親ですが、こんな事までしていたのかと若干あきれました。 私はふたりと分かれてから、ひとりでまたUTSの前まで行ってみました。 以前は輝いて見えた憧れの大学が、今日は色あせて見えました。 一度家に帰って珈琲を飲んでから、ICNに出かけました。 JUNさんがお電話中だったので、ソファに座りながら日本語フリーペーパーを水を飲みながら読んでいました。 しばらくするとJUNさんがデスクを離れてわざわざソファの所まで呼びに来てくれました。西シドニー大に行ってきた報告をしました。そして、結論を申し上げました。 今後どうしたらいいのかお聞きしました。 UTSの方は確定だけど、UWSの方は10月末に正式に選考を開始して11月にならないと確定書はだせないので、万が一の場合、フェイルする可能性もゼロではないとの事です。 ひどい風邪を引いていたのにもかかわらず、せっかく頑張って頑張ってUTSに合格したのに、その多大な努力を無駄には出来ません。 何重にももしもの時の防御策を練らなくてはなりません。 結論としては、教授が私の事を気に入ったようなので、教授に何とか聞いてみますと私が言いました。 でも、今のこの100%ではないけれど、「ほぼ歓迎です」という大学側からのあいまいなお返事について教授に説明しなくてはならないので、JUNさんに具体的にはどういう内容の現在状態なのかお聞きしました。 私がメモを取ろうとして鉛筆を手に持ち待ち構えていたのですが、JUNさんは一生懸命パソコンに向かって手を動かしていました。 私の為に、教授宛ての文章のドラフトを考えていてくれたのです。 私が帰ってからも何度も考えてくれたみたいで、3通もリバイスしたものが送信されてきていました。JUNさんってすごい人だなぁって改めて思いました。 通常であれば、私が「田舎は苦手なので、UTSでお願いします」って何度か言っているので、通常であれば、すぐにプロセスをするはずです。 しかも、期限がかなり迫っています。 来週始まってしまうのです。 でも、ギリギリまで待つからといって何度も何度ももう一度考えてみるようにと言われました。 「UWSの方がいいから考え直すように」とは言いません。 自分でどちらがいいのか考えてみるようにと言うだけです。 スチューデントビザも通常であれば、すぐにプロセスに入るはずです。 でも、もしかしたら11月に申請したら労働ビザがもらえる可能性が出来るかもしれないからというので、プロセスしないで待ってくれています。 本当に相手の人の立場に立って、相手にとって一番いい選択になるように導いていく人なんだと思いました。 感謝ですよね。 Yちゃんのお友達のようにある程度の年齢に達した人は海千山千で私みたいなシドニーに越してきたばかりの無知な人間を騙しちゃえなんてずるがしこいことを平気でするけど、JUNさんのように30代半ばの方はまだ正義感に燃えているので、そういう弱肉強食の弱い物いじめはできないのですね。逆に、自分も留学経験があるから、よりいい方にと導いていくのが喜びみたいです。 仕事をお金の為だけにするのではなく、自分の楽しみの為にもしているようです。 私も人を手助けする事に喜びを感じながら仕事ができるようになりたいです。
Nov 11, 2011
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10月3日(月)勇気を出して10月からUTS大学に行く為の英語学校に通わなくてはなりません。 来週からです。 だから緊急にどちらの大学に行くのか決めなければなりません。 田舎の大学に行くのは住む所も変わります。 しかも4年間です。 大きなチェンジです。 決断できません。 考えても考えてもダメです。 仕方ないので、JUNさんから頂いたUWSの資料に書いてあった担当教授にメールしてみました。 不在通知のオートアンサーが折り返し来ました。 12月まで研究旅行で海外に行っているそうです。 がっかりしました。 でも、しばらくして教授からメールが来ました。 他のドクターにお願いしてくれるそうです。 そして、この大学は現在ヴィクトリア州で管理している東洋医学者の登録が出来るNSWで唯一の大学だと言われました。 来年からはNSW州の方でも東洋医学の登録管理制度が始まるので移行するそうです。 移行したらUTS卒業生も登録できるようです。 つまり、もともとの東洋医学の専門の学部があるのは西シドニー大だという事なのです。10月4日(火)続・勇気を出して朝メールチェックしたら、西シドニー大の別のドクターからメールが来ていました。 大学のショートツアーOKとの承諾を頂きました。 水曜か金曜日と言われたので、まだそれまで英語学校の方の申し込みが可能かどうかわからなかったのでJUNさんの所に行って聞いてからメールしようと思いました。朝10時の開店を待ってJUNさんのオフィスに行ってきました。 7月中旬に支払った英語学校の金額が昼間のスクール代金になっていて60ドル高かったので、返金が可能か聞きたかったのですが、銀行に行っていてお留守でした。 それなのでその時の担当してくれた若いKさんに直接言いました。 JUNさんが帰ってきたら聞いてくれると言ってくれました。 JUNさんが帰ってきたので、大学見学に水曜日行きたいけど、まだ申し込みは可能か聞きました。 大丈夫との事でした。 60ドルの返金も可能だと言われました。 スチューデントビザ申請の為の健康診断の説明事項の書き方もまたチェックしてもらいました。 以前に病気をした事ある人は詳細を書かなければならないのです。 うまく書かないと、日本から診断書を取り寄せなくてはならなくなるので、慎重にする必要があります。帰りに韓国グローセリーに立ち寄りました。 今回は高麗にんじんの白人参の方を買いました。 ちゃんと人参がドリンク剤の中に入っていて2ドル50セント(220円)でした。 私はココナッツミルクが大好きなので、ココナッツミルクドリンクも買いました。 700mlというビッグサイズでした。 甘すぎずとてものみ安くおいしかったです。 ドリンク剤は明日、またキャンベルタウンに行くので、田舎に行くと体調が悪化する恐れがあるので、事前にドリンク剤を買っておいたのです。田舎は苦手です。 正直、嫌いです。明日は父の友人のご夫婦とシドニーでお食事のお約束がありました。 お断りしなくちゃなりません。 Kさんからメールが来ました。 英語学校の最初の授業料が60ドル高かったのは教科書代だそうでした。 恥をかいてしまいました。 でも、もやもやがクリアになったからいいとしましょう。 今日も曇りなのでとても寒いです。 サマータイムになったのが信じられないです。 すぐに夕方の時間になってしまって、私にとっては、時間が増えたというよりも減った感じです。
Nov 10, 2011
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10月1日(土)西シドニー大学見学簡単なナッテラのサンドイッチと小さなペットボトルにお水をつめて11時30過ぎに出かけました。 時刻表を見るとマッカーサー駅までの電車はなく、ひとつ手前のキャンベルタウン駅止まりばかりだったので、駅窓口の人にキャンベルタウン行きの電車について質問して切符を購入しました。 そして駅員から言われたプラットホーム2番に行ってみると、その電車はマッカーサー駅行きでした。 一度上に戻って切符を買いなおそうかと思いましたが、電車が来るまで1分くらいだったので、勇気を出して乗り込むことにしました。 キャンベルタウン駅からはバスサービスがあるのです。 3ドルくらいします。高いですね。1時間の道のりでした。 リスゴウのような山の中ではありませんが、平地だけど同じような森というか田舎で、途中の駅も無人っぽい感じの田舎の駅でした。 しかし、キャンベルタウン駅だけは普通の東京にあるような自動改札になっていました。 不安になりました。 切符がひとつ手前のキャンベルタウン駅だから、つかまって別室に閉じ込められる恐れがありました。 向こうから注意される前に自分から言おうとか色々考えていました。マッカーサー駅はずっと大きく立派な駅でした。 しかし、改札はありませんでした。ほっとしました。 駅前には大きな映画館やボーリングセンターそして、巨大なショッピングセンターがありました。 その逆の出口の方が大学でした。 大学へと続く道を10分くらい歩きました。 プライベートプロパティー(私有地)なので、他には何もありません。 空き地にデンと大学のビル群が立っているのです。 もしも、夜だったら、真っ暗闇の中の道を10分も歩くなんて怖いですね。日曜日なので人は殆どいませんでした。 医学部のところにだけは人が何人もいました。 大学の中にも大きな池があったり広い自然公園のようになっていました。 ベンチもいくつもありました。しばらく歩き回ってから、また10分の道のりを駅まで戻り、反対側の商業地の方に向かってみました。 ショッピングセンターは本当に巨大でした。 4階立てくらいで、広さもかなりのものです。 そこにフードコートがあったので、お水を飲んだりテイクアウトの中華を食べたりして少し休みました。段々、身体が疲れてきました。 頭痛が。。。 もうシティに帰ることにしました。 駅に着くと、電車がちょうど止まっていました。 それほど待たなくて乗れました。 電車でもショッピングセンターでも思ったのですが、どうしてこんなにたくさんの人がここにだけいるのでしょう。 一体どこからこの人達は集まってきたんだろうと疑問に思いました。 それ程田舎町なのです。 それと対照的にショッピングセンターは人であふれかえっていました。 ただ、残念な事に、98%は白人です。 リスゴウの時と同じです。 インド人でさえ0.5%位しかいません。帰りの電車の中では、身体が疲れていた為か、目が自然と閉じてしまい寝ていました。 身体の調子が本格的に悪くなっていました。シティに着き、ホットしました。 家に帰って水分補給を充分にしたかったけど、体調不良の為、それも出来ませんでした。 仕方ないので、少しだけ食料を口に入れてから、ベッドに横になりました。 雨が降りそうな曇りの為か、とても寒いです。10月2日(日)サマータイム開始今日からサマータイムになりました。 日本との時差が2時間になります。 日本で朝8時の時シドニーは朝10時になります。今朝は朝から雨なのでとても寒いです。防寒用のガウンに身を包んでいます。 頭痛は若干よくなりましたが、まだ調子悪いので、午前中は寝ようと思っています。 リスゴウにいた時はいくら調子が悪くても昼間横になる事は出来ませんでした。 その習慣で、シドニーに移動してからも、昼間ベッドで横になった事は殆どありませんでした。 今日は思い切って寝てみようかなと思います。結局、3月から溜まっていたレシートとクレジットカードの請求書との付け合せ等の照合と今までの支払いの整理をしていたら、いつの間にか夕方になってしまい、寝る事は出来ませんでした。 体調が悪いから、今日は日曜日だけど、マーケットに行く事はあきらめました。 支払いの整理をしていたら、英語学校のIELTSクラスはイブニングクラスに申し込んだのに昼間の料金を取られていることに気づきました。 最初の頃、色々な事がいっぺんに起こり、混乱していました。 それなので、エージェントの若い女の子の言われるままに支払っていました。 こちらではお金を余分に取られることが多いので、自分でしっかりとチェックしてから慎重に支払わなければいけないのです。 でも、油断していました。 最初1週間だけ申し込んだのでその金額が間違っていました。 2週間目と3週間目は自分からいくらいくらになります。って言って支払ったので大丈夫でした。 60ドルも差額があります。 夕方のクラスの方が安いからという理由で申し込んだのに、昼間の料金を支払ったのでは、意味ないですよね。
Nov 9, 2011
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9月30日(金)晴れ12時以降にウィンヤード駅の近くにあるナビタスという英語学校に行くと、先日受けたIELTSの結果が受け取れるという事でした。 でも、あまりいい結果ではないとわかっていたので、ぐずぐずしていました。 結局、お昼を食べてから出かけました。 右手人差し指の指紋登録をしてあるので、右手人差し指をスキャナーに翳して本人確認がされます。 試験を受ける時もそうでした。 結果は密封した封筒に入っていました。その場で椅子に座って開けてみました。 やはり長文読解は5.5でした。 途中で集中力が切れてしまい、殆ど出来なかったのです。 リスニングは慣れているので6.5でした。 他は普通で6でした。 その後、ICNに行きました。 JUNさんに報告しました。 私がリーディングで集中力が切れてしまってほとんど出来なかったと言っていたので、もっとひどい結果を予想していたようです。 「いいですね」と言われました。 たぶん、まだ7月中旬から勉強をはじめたばかりなので、初めてのIELTS受験なのに6という成績は予想以上のようでした。私はUTSとほぼ決め付けていたけど、JUNさんはあらゆる可能性をキチンと検証してから薦めると言う人なので、西シドニー大学の方ももう一度検討してみた方がいいとまた言われてしまいました。 キチンと医学部的な身体機能について他のヘルスサイエンスの学生と一緒に学べるし、大学院の資格ももらえるのでいいのではないかと言うのです。 シティから1時間も掛かります。 東京にいる時でさえ、通勤時間は15分位でした。 こちらは電車代もものすごく高いです。 とても無理です。 「寮はないのですか?」と聞いてみたけど、よく分からないとのことでした。 とりあえず、明日、行ってみて街中とか学校の雰囲気を見てきてから決めた方がいいとアドバイスされました。 キャンパスは色々な離れた所にあるのですが、私の行きたい学部のキャンパスには医学部があり、一緒に学ぶ機会や、知り合える機会もあるというのです。 たぶん、医学部があるという事は、病院があるという事で、実習の機会に恵まれるのではないかと思いました。 とても、魅力を感じました。家に帰ってインターネットで調べると、寮がありました。一人部屋もありました。 ヒーター、ベッド、冷蔵庫、TV、ワードローブ、本棚など必要な物はみんなついています。 とても、魅力を感じました。
Nov 8, 2011
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9月28日(水)今日もICN頑張って家を朝10時半頃出て、ICNに行きました。 JUNさんとパソコンしに来ていた女性の人しかいませんでした。 従業員の女性ひとりは体調不良でお休みでもうひとりの主婦の方は午後から出社で、若い沖縄の子は沖縄に一時帰国していてお休みとの事でした。 健康診断を甘く見ていました。 10月の第一週くらいに受けたいと思っていたら、すでにいっぱいで学校が始まってからじゃないと空きがないようでした。 しかたないので、学校が始まって2日目に予約を取ってもらいました。 学生ビザをすぐに申請と思ったら、法律が変わるかもしれなくて、大学を出た後に2年間就労ビザが下りる可能性が出てきたそうです。 でも、それは今学生ビザを持っている人には適用されなくて、11月か12月以降に申請する人のみ適用だそうです。 私は対象に含まれるかどうかわかりませんが、とりあえず、可能性はゼロではないので期待して待ちましょうとJUNさんが言ってくれました。 健康診断にはまた病気についての説明を書く欄がありました。 また説明文を考えて記入しなくてはいけません。 でも、大学側でいいって言っているのだから大丈夫でしょう。ICNでかなり長い間お話をしてしまいました。 外に出ると雨が降っていました。 傘を持っていなかったので、軒下を探しながら足早に家に帰りました。 午後1時になっていました。 昼食を食べてから2時過ぎにまた図書館に行ってブログの更新をしてきました。 やっと9月までアップデートが追いついてきました。 今日は雨が降っていて曇っているせいか、肌寒いです。図書館のガードマンさんは時間で交代しているようなのですが、私の事は覚えてしまったらしく帰りに「See You」と笑顔で言われてしまいました。9月29日(木)寒い今日も朝から小雨が降っている為か、肌寒いです。 防寒用のガウンに身を包んでしのいでいます。 ニューカレドニアにいた時はまだ風邪が治っていなくて声もかすれ気味だったのですが、いつの間にかのど風邪が治っていました。 声が普通に出るようになりました。 結局、1ヶ月以上も流行性ののど風邪を患っていた事になります。なんとなくあんこが食べたくなりました。 「まるゆう」という日本のグローセリーの広告で小さな大福が今月は1ドル20セント(110円)とあったのを見たからかもしれません。 チキンカレーのレトルト270円、小さな豆大福110円、あんぱん130円、賞味期限切れののりスナックチキン味70円(通常は2ドル)を買いました。この豆大福は以前にもセールで1ドルだった時があり、その時、色々な冷凍大福があり、どれを買ったらいいのか分からなかったので、お店の男性社員に相談したら、この豆大福が一番おいしいというので、以来、これを買うようにしています。 アンパンは普通の中国系のパン屋でも売っているのですが、2ドル以上します。 このパンは韓国系のようでした。 味は違いました。 海苔のスナックが買いたかったのですが、どれを買っていいのかわからなかったので、また同じ男性に相談しました。 すると、今、ちょうど賞味期限切れのがあるからお試しに食べてみたらと言われたので買いました。 彼も食べてみたけど、大丈夫だったとの事でした。 ピリ辛で不思議な味がしました。 親切にレジまで一緒についてきてくれました。 とても感じのいい人です。
Nov 7, 2011
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9月24日(土)雨今日は小雨が降っています。 肌寒いです。 でも、日差しが強くないのは私にとってはありがたいです。 歩きやすいです。午後は中華街のパディーズマーケットに行きました。 ちょっと贅沢をしてあま~~くて香りのいいマンゴを3個5ドル(450円)で買いました。 こちらの苺は「甘いよ」と言われて買っても、日本のとは違って甘さはなく、すっぱいだけです。 でも、マンゴは本当に甘くておいしいです。9月25日(日)激しい雨、寒い朝から激しい雨が降っています。 牛乳が切れそうだけど、買いに外に出られませんでした。 しかも、寒いです。 防寒用のガウンに身を包んでいると、身体が疲れている為か、自然と目を閉じて寝てしまいます。夕方4時過ぎには雨が上がったので、またパディーズマーケットに出かけました。 ワンダラーセールが始まりました。 香りのいい林檎が8個で1ドル、ラフランスは6個で1ドル、白菜も1ドルでした。 こぶりのブロッコリーは40セント(36円)でした。今日は白菜を買ったので、久しぶりにヘルシースープを作りました。夜10時過ぎに母から電話がありました。 私がずっと電話しなかったから、しびれを切らして電話してきたようでした。 6月に送ったUSBファイル、やっと開いてみたようです。 コンピュータのトラブルがあり、電気屋にPCを持って行った時に一緒にUSBの開き方も教えてもらったようです。 私が撮ったアパートやシドニーの写真が大量に入っているのです。 気功の一部である香功もやりたいと言っていたので、それも一緒に入れてあげたのに、ファイルをオープンしなかったから、香功もずっとしていなかったようです。 日本にいた時は時々、母と一緒に香功をしていたのです。9月26日(月)月曜日です朝から日差しが異常に強いです。 午後になって日差しが弱くなったので出かけました。 マーリックビルメトロショッピングセンターに行きました。 たくさんお買い物をしました。 前に行った時に体調を崩してしまい、寝込んだので、今日は少し休もうと思いました。 何気にテイクアウトのお店を覗いていくと、ピザのお店のピザ一切れが2ドル50セントでした。 水は持参していたので、きのこのピザを1切れ買って、フードコートの椅子に座って休みました。 9月27日(火)火曜日です午前中はMちゃんに久しぶりに電話してみました。午後4時頃にICNに行ってみました。 でも、かなり混み合っていたので、事務の大人の女性に話しかけてみました。 アパートを取り壊すというシティカウンシルからのレターが届いていたので、心配だったのです。 それと、大学からのレターにアコモデーションとグローセリーの金額が明記されてあったので、ひょっとして大学側で寮を用意してくれているのであれば、そちらに入りたいなと思ったのです。 しかし、JUNさんに聞いてみたら、それは単純にシドニーで生活するにはこれだけ必要になるでしょうという参考金額だとのことでした。 アパートの件もクリアになりました。 近くでビルの取り壊しがあるので、近所の人に迷惑をお掛けするので、事前通告のレターだそうです。 とにかく、今日はJUNさんは次から次へと学生さんの相談の面談が詰まっているので、忙しそうだから「また明日来ます」と言って帰りました。 大人の女性の人が「朝10時から11時頃が人があまり来なくていいですよ。 JUNさんが時間取れると思いますよ」って教えてくれたので「明日、朝また来ます」と言って帰りました。
Nov 6, 2011
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9月22日(木)全身疲労何故か全身が疲労感でいっぱいです。 でも、寝ているわけには行きません。 頑張って図書館に10時過ぎに出かけました。 そして、ブログのアップデートを頑張りました。 久しぶりに行った図書館は今まで無料だったロッカーが4時間1ドルになっていました。 ステートライブラリーはリノベーションが終わっていたので、若い子達でいっぱいでした。 若い子はお金持ちなのですね。 私はミッシェルライブラリーの方に行ってみました。 そちらも、ロッカーが同じく4時間1ドルになっていました。 しかたないので、ガードマンに言って、持ち物を見せて説明し、それを図書館備え付けの透明のA4サイズのバッグに入れました。 バッグはたためば大丈夫と言ってくれたので、その中に押し込めました。帰りにいつものワールドスクゥエアビルにあるコールスに寄りました。 野菜不足と思ったので、ベービースピナッチとルッコラのサラダ菜セットを買いました。 マカロニが買ってあるので、サラミソーセージとコーン、グリーンピースなどを混ぜて、コールスロードレッシングで頂きました。 何故か本当に全身が疲労感でいっぱいです。図書館にいる時に、インドネシアのマリアもフェースブックにログインしていたようなのですが、チャットは入ってきませんでした。 私にアパートのレント代を聞いておきながら、その後、何も返事がないです。 ちょっと失礼じゃないのかなと思いました。 普通はどのくらい進んでいるとか状況を知らせるのが常識ではないでしょうか。 私の個人情報であるレント代教えなくてよかったと心から思いました。9月23日(金)快晴今朝はゆっくり髪を洗ったり、洗濯をしたりしました。 午前中は日記の見直しをしました。 昼食を食べてから、午後2時過ぎに図書館に出かけました。 早朝の時間を逃してしまうと日差しが強くなってしまうので、時間をずらすしかないのです。5時近くになるとアナウンスがあり、閉館となってしまいました。 結局、昨日は6月分のUPDATEが途中で終わり、今日は7月分が終わりませんでした。 フェースブックの自分の住所がまだリスゴウになっていたので、シドニーにUPDATEしました。 友達リストのテーラー女史は削除しました。 思い返してみたら、フェースブックを使えるように色々親切に教えてあげたり、写真まで色々撮ってあげて、それを彼女はビジネスのプロモーション写真に使っています。 そこまで無料でしてあげたのに、私を入国させないようにするなんて悪魔だと思いました。 他人に親切にすると逆に返ってくるのでしょうか?夕方になると肌寒くなりました。 そして、風がかなり激しく吹いていました。 身体が飛ばされそうでした。 東京と同じようにビル風でしょうか?
Nov 5, 2011
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9月20日(火)ニューカレドニア3日目またマルシェがやっていなかったら、体調が悪くなってしまうので、朝早く起きたけど、部屋で静かにしていました。 10時過ぎに降りていって明日のシャトルバスの予約をしてもらいました。 明日は5時半起きです。 それからマルシェにおそるおそる行ってみました。 今日はやっていました。 マルシェはやはりやすいです。 普通のパンの半分くらいの大きさだけど、パンオウショコラと小さなピザパンがふたつで240円、よく熟れたモンキーバナナが200円で買えました。12本もありました。 私がおそるおそるいたので、その場で一本試食させてくれました。 そのお店の売り子さんは中国人でした。 私は最初3本のみ買う予定でした。 それが気がつくとこんなに食べきれないほどのバナナを買わされていました。 結局、東洋人同士だと安心感をもたせ、親切そうにしながら、知らない間にマインドコントロールに掛け、いらない物までたくさん買わされてしまうんですよね。 こわいわぁ~~~。こちらでは第一がもちろんフランス語ですが、第二は英語そして何故か日本語の表記もある場合があります。 たぶん、昔「天国に一番近い島」で人気が出て日本人が殺到したのでしょうね。 日本人には石鹸のお土産が人気があったようです。 新婚旅行の人がみなさんにお土産を渡すのにちょうどいいのでしょうね。 石鹸のコーナーには日本語だけで説明がしてありました。 まさに日本人狙いです。 日本人のカップルもやはり石鹸コーナーに見入っていました。 だいたい、日本人は観光案内に載っている情報のお店に行き、そのお勧めの物を買っているようです。 パン屋に行った時にも日本人カップルがいました。 でも、たぶんフランス語ができないのでしょう、ただ呆然と立っていました。 私はフランス語はすっかり忘れてしまったけど、何とか頭の中から引き出して何時に開店するのか聞いてみました。 フランスでは早朝にパン屋は開店するので、こちらでも同じなのか知りたかったのです。 5時と言いました。 今は日本は景気が悪いから、町には日本人の観光客はほとんどいません。 たぶん、2組くらいしか見かけていません。ルームサービスのおばさんはまた親切にお薬を2錠持ってきてくれました。 私はまだのど風邪をひいたままなので、しゃべると声がかすれて少し出なかったりするので、のども悪いのならはちみつレモンがいいわよって教えてくれました。 彼女も暑い日ざしの為に4~5日寝込んだ事があるそうです。休んでばかりもいられません、スーパーに出かけました。 市内には2件あって、昨日行ったお店とは別の所に行きました。 こちらの方が色々な商品があったし、値段も普通の値段の物もありました。 来ている人も地元の人が多かったです。 昨日もこちらに来ていれば、ヨーグルトとか色々買えたのにって思いました。 お金をディスペンサーで下ろしてしまったので、残したくなかったら、色々買いました。 お寿司も売っていたので950円と高かったけど、おいしそうなまぐろだったので買いました。 野菜もずっと取っていないので、サラダも買いました。 そうだ、昨日のフランスのパン屋さんに行ってケーキも買おうと思いました。 見ると、横にシェークみたいなのがあって、白い物があったので「ココナッツミルクですか?」って聞いたら「そうだ」というので、どうしても水分不足になりがちなので、ラージサイズのココナッツミルクを思い切って買いました。 650円もしました。 シドニーだったら絶対に高くて買わない値段です。 ミルフィーユも買ってみましたが、あまりおいしくなかったです。 残念です。物価が異常に高いけど、こちらにはお金持ちの人が多いのでしょうか? でも、見ると道にたむろしている人(ポリネシア系)が多いんですよね。私も人の事あまり言えないけど、何もしないでぶらぶらしている人が多いです。 ただ、道に座っていたり、公園に座ってぼんやりとしている人が多いです。 9月は天中殺の月という事で、やっぱり色々ありました。 最初にビザの件でひやひやして、それからサングラスのケースをなくし、今日はカメラケースをなくしました。 気がつくとカメラが生でケースがとれていたのです。 こちらは日差しが強くしかも風も強いので、帽子が飛ばされてしまうことが多々あるので、何度も何度も押さえたり被りなおしたりしなければいけないし、日差しを避けたりしているので、知らない間にカメラケースが飛ばされてしまったのだと思います。 めがねケースもそうですね。 風に飛ばされてしまったのでしょう。 最悪はマルシェが開いていなくて、予定が大幅に狂ってしまい、体調も完全に崩してしまったことでしょう。9月21日(水)ニューカレドニア4日目朝は5時半にウェイクアップコールをレセプションにお願いしたけど、電話なかったので、自分から5時35分頃にレセプションに電話しました。 ウェイクアップコールを忘れたという事はシャトルバスの予約も忘れているかも知れないので、再確認を依頼しました。 シャトルバスは大丈夫だと言いました。 6時40分の予約でした。 バスは6時50分頃ホテルに来ました。 フランス人女性がひとり同じホテルから乗り込みました。 途中でバスが止まり、その女性と別の女性が降りました。 ヘンな所で降りるんだなぁ~。 一体何なんだろう。 って思ってそのままバスの中に座っていました。 運転手がバスに戻ってきたので、念のために聞きました。 国際空港に行くには別のバスに乗り換えなくてはいけないと言いました。 だったら、何故、私に言わなかったのか?と問い詰めても訳の分からない事を言って全然ダメでした。 別のバスに行くと女性ふたりは座っていました。 同じバスに乗っていたのだし、シドニーに住んでいる人であれば、英語だって出来るはずです。 何故に何も私に言わないで知らんふりが出来たのでしょう。 性格を疑いました。オーストラリアに午後12時前に帰国しました。 でも、入国審査で1時間以上も足止めをされてしまいました。 私は大学付属英語学校に合格した証明書を念のために持っていたのでそれを見せたし、大学の方はエージェントが入学確認書を持っているので、そこからFAXしてもらって下さいって言ったので、事は収まったと思いました。 実際、職員の人も「そんなに長く掛からないから待っていてね」って笑顔で言ったのです。 でも、なが~~~く待たされました。 エージェントには電話しないで、私が保護者のように思っていたリスゴウにいた時の例のおばあさんに電話したようです。 そして、彼女は私がオーストラリアに来た理由は単純に働く為だと言ったそうです。 そして、実際に仕事を探していたと言ったそうです。 確かにそういうアジア人って多いです。 彼女も私に仕事を探すように何度も何度に言っていたし、実際にプロに頼んでブロシャー用の写真を撮ってもらえとかブロシャーをプロに頼んで印刷しなさいとかフィットネス保険を掛けるようになどと仕事をするかどうか分からない前から何度もしつこく私に言いました。 私はそんな可能性のない事に無駄なお金を使うのはイヤだから本当に困っていました。 それだったら、シドニーに行って、ボランティアで気功を教えてもいいかななんて考えていたりしました。 ツーリストビザでお金をもらって働くのは違法なのです。私がオーストラリアに来た理由は日本震災が理由で、その後、東洋医学を学べる大学があるって知って大学に行こうと思ったのです。 どうしてそういう嘘をついたのでしょうか? 働く為に来たといえば、入国は不可能です。 ものすごくショックを受けました。 心に傷を受けてしまいました。 ますます他人が信用できなくなりました。 おそろしいですね。 あれだけ時間が掛かったのは、きっと長い間、たぶん1時間位、彼女があることないことをペラペラとしゃべりまくったのでしょう。 でも、しゃべればしゃべるだけ作った嘘のストーリーって一貫性が掛けてきてボロがでるのではないでしょうか。 私の主張は一環していたし証拠もあったので、無事に解放されました。 1時間以上も拘束されてしまいました。私は細木数子さんの六星占星術によると9月は天中殺の月なのです。 本当は遠くに旅行になど行ってはいけないのです。 でも、海外に出ないとビザが更新できないので、仕方ありませんでした。 今回、まず最初にニューカレドニアに入国の際に、ビザが必要かどうか調べなかったので、入国の際、相当な神経を削ってしまいました。 そして、1日目は日曜だったので、通常のマルシェが開いていませんでした。 2日目にマルシェに行ったけど、何故か開いていませんでした。 仕方ないので、お腹をすかせたまま暑い中、歩き回り熱中症に掛かってしまったようで、2日目は頭痛の為、ホテルのベッドで寝ていました。 ホテルスタッフのおばちゃんが親切に解熱薬を持ってきてくれました。 そして、親切に水道水をコップに入れてベッドまで持って来てくれました。 彼女がじ~~~っと見ていたので、水道水を飲み干しました。 その後、1時間以内です!! 吐き気を催して、トイレに駆け込みました。 3回くらい嘔吐しました。 私はいつもお水は沸かした物を飲んでいたのです。 生水だったから、あたったようです。 実際、食事は殆どしていなかったので、吐いたのは水状のものでした。それから、カメラケースとサングラスケースもなくしてしまいました。 ポロッっと落としてしまったのだと思います。 日差しが異常に強くて帽子を被っていたけど、風も強かったので、帽子を押さえる方にだけ気がいってしまって、風でポロっと落ちてしまったのでしょう。 天中殺、本当にイヤですね。 私が大病をした時も天中殺の年の天中殺の月でした。 もうイヤだ!! 勘弁してぇ~~~って心から思いました。それにしても、本当に心が傷つきました(≧σ≦)shock!! 私の母はその人は年取ったから、気が狂ったんじゃないって言います。 そういえば、気が狂った人って自分は気が狂っていないって言うそうですね。 彼女は他のリスゴウの人の事を「あの人、頭がおかしいのよ。 気が狂っているのよ。 リスゴウにはそういう人が多いの」と言っていました。 彼女もそのひとりだったのでしょうか? リスゴウって気が狂った人が集まっている町だったのでしょうか? だから人種差別が普通に行われているのでしょうか? 怖いですね。 とにかく、もう絶対に彼女とはかかわらないって思いました。 父の友人に保護者を依頼しようと思いました。 その人達はもう年金暮らしなので、シルバーパスという割引料金が利用できるそうです。 私が学生ビザに変えても学生割引料金で鉄道が利用できないと言ったら、自分達はシルバー割引料金が利用できるから、自分達の方がシドニーに会いに来てくれるって言ってくれました。 良心的ですよね。傷ついた心のままICNのJUNさんに会いに行きました。 入国審査官から電話は来ていなかったようでした。 ニューカレドニアで買ったリエットをおみあげに上げました。 フランスにホームスティした時にリエットが出ておいしかったので、ポークリエットを買いました。 食べ方も教えてあげました。 次の関門は健康診断だそうです。 体調を整えなくてはと思いました。 まだまだ全身疲労でいっぱいです。TonTonに行ってマーボ豆腐味噌ラーメンを食べました。 今回は注意深くエビチリは避けました。 安くておいしくてビルの中のオープンスペースにあるので、ひとりでも行きやすいから好きです。 12ドル80でした。
Nov 4, 2011
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9月18日(日)ニューカレドニア1日目朝は3時前に起きました。 暗い中、足早に駅まで急ぎました。 道にはよっぱらいがたむろしていました。 ちょうど、新宿の歌舞伎町的な感じで若者が道にたむろしているのです。昔と違って今はシドニーも朝まで営業しているお店も多いのです。4時43分始発の電車に乗りました。 通常は国際空港まで電車は直通で行くのですが、工事中のため、中央駅で降りなければいけませんでした。 それからバスに乗り換えました。 通常は空港までの電車代は16ドルくらいするのですが、ご迷惑を掛けているからというので、4ドルで国際空港まで行けました。 便はカンタスとの共同運航便でした。 一応、荷物も20キロまで預けるのが無料だったし、軽い食事も出ました。 暖かいものとシリオのどちらにしますか?と言われたので暖かい方を選びました。 豆のトマト煮とほうれん草のゆでた物の上に目玉焼きが載っていました。 ほうれん草はオーストラリアでよく出回っている腰の強いまずいものではなく、普通の日本で食べているイングリッシュスピナッチでした。エアホステスから入国カードが手渡されました。 書き進んでいくと、ビザ番号を記入する所が出てきました。 あせりました。 異常に忙しかったし、精神的にもいっぱいいっぱいだったので、ビザを調べる所まで気がまわりませんでした。 入国できずに別室に連れて行かれ、留置所みたいな所に入れられたらどうしようと思い、異常に気分が悪くなり不安状態に陥りました。 到着するとすぐに入国審査がありました。 入管待ちの行列に並んでいる時も不安で不安でいっぱいでした。 しかし、なんとか無事に入国できました。シャトルバスは約3000円でした。 マイクロバスみたいな物でした。 乗って待っていてと言われたので、バスの中で座って待っていたのですが、中々出発しませんでした。 1時間以上経って、仕方ないので「出発まで時間があるのなら、空港の中に戻って地図とかもらってきます」って言ったら「すぐに出発します。 地図ならあげるから」と言われました。 時間があることがあらかじめわかっていたら、もっと空港内をじっくりと見たかったです。 バスは発着に合わせて運行するとあったから、乗り遅れないようにとあせってバスに乗り込んだのです。約1時間くらいでホテルの前まで着きました。 ホテルはニュージーランドでも泊まったチェーンホテル系の大きな物ですが、ここのは4階建てのこじんまりとしたものでした。 冷蔵庫はあるけど、電子レンジはありませんでした。 アイロンはありました。 インターネットについて聞くと、無料で1台あるPCを使えるそうでした。 やはりオーストラリアはインターネット代が高いので悪名高いけど、やっぱり特別なのですね。 日本もヨーロッパもアジアもホテルにPCがあり無料です。今日は日曜日なのでお店はすべてお休みだそうでした。 でも、もう午後1時過ぎていたのでお腹がすいていたので、どこで食料をGETできるか聞くと、近くで特別にマーケットが午後6時まで開かれているというので、行ってみました。 たいしたお店はありませんでした。 パエイヤが約900円で売っていたので買おうと思ったらあと1時間経たないと出来ないといわれてしまい、泣く泣くあきらめました。 その隣でチャーハンを売っていたので「チャイニースですか?」って聞いたらインドネシアだと言われました。 だったら「ピサンゴレンはありますか?」って聞いたけど、お芋のあげたのしかないと言われてしまいました。 ナシゴレンとサティを買いました。 約700円でした。 少しインドネシア語を使ったら、お店の人から「インドネシアに住んでいたのか?」と言われてしまいました。 とにかく、同じ東洋人である私とお話できてうれしかったようでした。 ただ、インドネシア原住民は中国人は大嫌いなのです。 私が東洋系でも中国人じゃなかったから歓迎されたのでしょう。外は異常に暑いので、汗をかきました。 シャワーを浴びてから珈琲を入れ、その後、食事しました。 朝が3時前に起きたので、とても眠かったので、思い切って寝ました。 お店もやっていないのだったら、仕方ないですね。 身体が疲れているから、また無理して体調をくずしてもいけないと思いました。夜、レセプションから存在確認の電話がありました。 私がおとなしくしていたので、部屋にいるかどうか確認したかったようです。 パソコンを使いたいと言ったら、今、男性が使っているから駄目だと言われたので、終わったら電話下さい、と言いました。 それから2時間くらい待ちました。 夜10時過ぎたので、レセプションに行きました。 すると、すでに終わっていたようでした。 忙しかったから連絡を忘れたと言われました。 忙しいって言うけど、私は客を殆ど見ていません。 そんなに異常に混むほどではないと思います。 若干、頭にきました。9月19日(月)ニューカレドニア2日目朝、マルシェ(朝市)に朝食を買いに出かけました。何故かやっていませんでした。 その後、引き続き、食料を探して市内を歩き回りました。 疲れてホテルに戻り、マルシェがしまっていた事とQuickはどこにあるのか聞きました。 フランスのファーストフード店でパンオーショコラとかも置いているのです。 バスで行かないとQuickはないと言われてしまいました。 仕方ないので、サンドイッチの買えるお店を紹介してもらいました。 そういうお店の事をこちらではスナックって言うらしいです。近くのお店でパニーニを買いました。 パンが600円もして本当に驚きました。 後で分かった事ですが、普通のコッペパン式のパンに生レタスやハム、トマトなど新鮮な野菜をはさんだものは200円位で別のお店で売っていました。私はそういう野菜の入った物が食べたかったのです。 確かに一番近いけど、かなり高いお店を紹介されてしまいました。 でも、疲れきっていたので選択の余地はありませんでした。朝食も食べずに暑い中を歩き回った為か少し調子が悪くなりました。 朝食後少しだけ横になって寝ました。 でも、何も食料もドリンクもなかったので、勇気を出して思い切って強い日差しの中、また出かけました。 ホテルのレセプションが紹介してくれたスーパーを目指しました。 あったけど、シドニーの2~3倍の値段でとても買えませんでした。 リエッタだけは缶詰としては高いかもしれないけど、何とか我慢できる値段でした。 スーパーで全部済ませようと思ったら、パンを売っていなかったので、パン屋に行きました。 フランスにあったパン屋みたいな感じでした。 バゲットを買いました。 110円くらいで買えました。 これだけは安いですね。 日本でおいしいバゲットを買おうとすると400円以上してしまいます。部屋の珈琲のパケットなどがなくなっていたので、レセプションに頼みました。 部屋で待つようにと言われたので、待っていましたが、中々来ないのでまた忘れたのかと思い、パジャマに着替えて横になっていました。 すると、お部屋係りのおばさん(ポリネシア系)がタオル取替えとともに珈琲パックも持ってきてくれました。 私が頭痛がして調子が悪いと言うと「暑い中出かけたのか? 強い日差しは身体にも肌にも悪い」と言われてしまいました。 「レセプションに頭痛薬ありますか? アスピリンとか」と言ったら、持ってきてあげるから待っていなさいと言われました。 その薬名は昔飲んだ事のあるフランスの頭痛薬でした。 たぶん熱中症に掛かったのですね。 2錠持ってきてくれました。 ひとつは今すぐ飲んで、もうひとつは夜飲むようにと言われ、ご親切にコップに水道水を入れてベッドまで持って来てくれました。 私が飲むのをじ~~っと見守っていたので、飲み干しました。 その後、またベッドに横になりましたが、しばらくして身体を横に傾けると。。。グッとこみ上げてきました。 嘔吐です。 お部屋を汚すとイヤなので、すぐにトイレに駆け込み便器を上げました。 3回くらい嘔吐が来ました。 朝からたいした物を食べていないので、水状のものがでました。 たぶん、生水が原因だと思います。 私はいつも沸かした水を飲んでいたのです。 でも、お部屋係のおばさんが親切に水道水を持ってきてくれたからうっかりと飲んでしまったのです。 調子悪いので、また横になりました。エレベータの前にホットスポットというのを見つけました。 WiFiです。 椅子があったのですが、ペンキ塗りたてで座れないので、立って少しインターネットをしました。 このホテルは街中心部にあるので、ベイの方の観光のホテルよりも若干安いです、そして、ひとり滞在の人が多いいようです。 一人滞在だから、静かでいいです。 グループだとどうしても騒ぐ人がいるのでうるさいですね。 ここはフランス人が多いから、「ボンジュール」って声を掛け合います。 フランスではお店に入っても「ボンジュール」って挨拶するのです。夜遅くになってやっと少しよくなったので、汗をかいたからシャワーを浴びて髪も洗いました。 頭も汗をかいていたのです。 さっぱりしたらさらに体調がさらによくなりました。 でも、まだ頭痛はします。
Nov 3, 2011
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9月16日(金)テスト前日何とか自分自身に頑張ってって言って勉強しようとするのですが、身体が疲れているので、すぐに目をつぶって寝てしまったりしていました。9月17日(土)IELTSテスト朝5時に起きて少し勉強しました。 明るくなるのを待ってアパートの地下に洗濯に行きました。 家は朝7時半過ぎに出ました。 8時から8時半までの間に試験会場につかなくてはいけないのです。 ウィンヤード駅までは歩いて約30分以上も掛かります。 ナビタスという英語学校で試験は行われます。 最初にリスニング30分、リーディング1時間、ライティング1時間20分、これらが通しで行われました。 トイレ休憩なしでした。 英語学校ではいつも各試験の間に10分間の休憩があったので、通しで行われると知って戸惑ってしまいました。 リーディングは全く出来ませんでした。 途中で集中力がなくなってしまったのです。 私のスピーキングのテストは午後4時だというので、まだ4時間もあるので家に帰りました。 日差しが強かったので、とても疲れました。 家でお昼をゆっくり食べてから、午後3時過ぎにまた出かけました。 スピーキングのテストはスティーブンという先生でした。質問がヘンなものばかりでうまく受け答え出来ませんでした。 普通は試験管は慣れているから誘導してくれるので大丈夫と学校の先生から言われていたのですが、「泳ぐ事は出来ません」って言ったのに、次の質問が「泳ぎに行くのなら海とプールどちらがいいですか?」と頓珍漢な流れのものばかりでした。 終わってから主張→理由→例というのを思い出し、失敗したなと後悔しました。 帰りは日差しが弱く少し涼しくなったので疲れませんでした。3万円以上も掛かるテストを失敗してしまい、とても気分が悪くなり気持ちが落ち込みました。
Nov 2, 2011
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9月13日(火)図書館で検索図書館に行くと体調が悪くなるけど、ニューカレドニアについて何も知識がないので、概略だけでも得ようと思って仕方ないから、10頃から2時過ぎまで図書館で過ごしました。結局、今日は全く勉強は出来ませんでした。 家に帰ってからは、母に電話したり、7月下旬から溜まっていた出納帳の記入をレシートとあわせながらしました。9月14日(水)まだのど風邪家で切れかけていた日用品とか旅行に必要な物を買いに近くのスーパーに出かけました。 本当はマーウィックビルに出かけた方が品物がよくて安い物が手に入るので、いいのだけど、その時間がなかったので、いつも行っているワールドスクゥエアビルに出かけました。 液体洗剤を買ったので、手洗いで旅行に持っていくTシャツを洗いました。まだまだ風邪は続いていますが、家でゆっくりしていると段々とよくなってきそうです。 今までは全くよくなる徴候もなかったけど、やっと少しいい方向に向かっていきそうです。 インドネシアのマリアにアコモデーションの探し方のサイトを教えてあげたけど、その後、返信はありません。 やっぱり、レントを教えなくてよかったと思いました。 結局、Yちゃんみたいに個人情報を友達だからと教えても、他人にペラペラしゃべってしまい、その挙句に、自分で言ったのが悪いんでしょう。 それだったら、初めから言わなければいいでしょう。と言われると思うので、あらかじめ信用しない方が自分の為ですね。 他の日本人からも同じように「自分で言ったんじゃない」って言われた事があります。 親切にしても逆にお返しされ暴言をはかれたのでは溜まりませんね。 病気の徴候がある人がいても、自分を抑えてアドバイスは極力しないようにしようと思いました。 将来、私のお店にきちんと普通に来てくれてお金を支払いアドバイスを受けに来る人以外には絶対に教えない事にしようと心から思いました。9月15日(木)まだあきらめていなかったのに!!父が何人かの友人に手紙を書いたらしいです。 電話がありました。 電話番号が間違っていたらしく、何度も何度もトライして、やっとたどりつけたとか。。。 間違えてシドニーの国番号が頭についていたらしいのです。 しかも、私の連絡先として何故か電話番号と住所を書いたらしいです。 住所って普通は危険だから知らせないですよね。 メルアドの方は知らせなかったので、電話でやりとりしたのですが、私のメルアドにはアンダーバーが使ってあり、それを何度もお知らせしたのですが、それがキーボードのどこにあるのかわからないからメルアドがタイプできないというのです。 こちらのお年寄りって何故か一本指打ちなのです。 普通はパソコンって両手でピアノを弾くように打つでしょう。 でも、一本指で力強くぽんぽんとキーボードを見ながらたたくのです。 だから、どこにキーがあるのかわからないのだと思います。 普通はキーを見ないでタイプすると思うのですが。。。何度か電話がありました。 私からもメールを送ろうとしたけど、セキュリティーが掛かっていてホットメールは受け付けないようなので、私からの送信は駄目でした。 そんな事でヘンな無駄な時間が随分掛かりました。 夕方には私と同年代の父の友人の娘(オージー)ジェニンから電話がありました。 「どうしたの?何があったの? 一体どうしたの?」と言います。 そういえば、朝から電話が何度か来ている人も「どうしたの? 何か深刻な問題でもあるの?」と言いました。 父はタダでは私のために動かない人だとは思っていましたが、きっとまたヘンな事を言ったのですね。 信じられない。 しかも、まだテスト前で体調も整えたかったし、精神を整えて勉強にも打ち込みたかったのに、全く出来なかった。 どうしてこういう一番大事な時期にこういう事をするのでしょうか。 子供の頃も私が勉強をしようとすると、騒音を立てて勉強できないように妨害したけど、相変わらずなんだと関心しました。 3万円以上も支払ったテストです。 しかも、もうこれがラストチャンスなのです。 一体どういうつもりなんでしょうか。 かなり頭にきました。相変わらず体調不良だけど、旅行の準備もしなくてはなりません。 駅に行って電車について問い合わせると、工事の為、電車はストップするそうです。 バスを使わなければいけないようです。色々やらなければいけないことがあるのに、どうして、余分な事をこの大事な時期にするのか理解に苦しみます。 本当に頭にきました。 ひどい風邪にもかかわらず、倒れそうな位に頑張っているのに、その努力を無駄にするような事をどうしてこの大事な時期にするのでしょうか。 本当に本当に頭にきました。 駅にいてもまた父の友人から電話がありました。あまりにもヘンな大げさな電話が多かったので、SMSメールもチェックしていませんでした。 夜7時過ぎになってやっと落ち着き、携帯を見てみると、いくつかメールが入っていました。 留学センターのJUNさんからでした。 UTSと西シドニー大学の東洋医学のコースから入学許可確認書が届いたとの事でした。 父のヘンなおせっかいだか意地悪に振りまわされて、肝心の物をチェックする余裕もありませんでした。 もちろん、勉強は全く出来ませんでした。 JUNさんに電話すると、留守電になっていました。 でも、しばらくして電話がありました。 SMSメールだけでは信じられなかったので、直接、確認したかったのです。 やはり、合格でした。 正直、うれしいです。 これで来年2月から東洋医学が勉強できます。 つらい道のりでした。 西シドニー大は特に外人枠が2名のみだったので難関でした。 UTSはシティの大学なので、超難関でした。 英語学校はシティでも大学は無名の地方の学校に行く人って多いのです。ジェニンからも電話がありました。 「何か必要な物ない?」って言われたので「色々ないです。 ヘアドライヤーも友達から借りているし。。。」って正直に言ったら、急に声の調子が変わり「ウチも4~5年前に越したばかりだから、ないものばかりで救世軍でセカンドハンド(中古)を買ってるのよ」って言われました。 たぶん、彼女は日本に住んでいたから、普通の日本人しかしらないのでしょう。 普通の日本人であれば、「大丈夫です。心配しないで」って遠慮してお断りする所なんでしょうね。 だけど、私が本当のことを言ったから、サポートはしたくないから、ウチだって5年間前に越したばかりで物がないんだって言ったのでしょう。 でも、彼女が日本に来た時は、ウチや他の日本人が自分の家にあった新品の物を彼女に無料であげたのです。 必要な物の95%位は地元の日本人が親切にそろえてあげたのです。 住む所だって庭付きの一軒家を格安の月2万円で母が貸してあげたのです。 そうなんですよね。 結局、日本人はお金持ちだから、お金の流れは日本人から外人で外人から日本人はNGなのでしょう。 ジェニンが日本にいた時も、何故か父親だけ食事に招待していました。 私と母は無視でした。 そして、レストランでのディナーから帰ってきた父は「あぁ~お腹がすいた。 何か食べる物ない?」と言って夕食を普通に食べ始めたのです。 オーストラリア人はケチですね。 奢ってくれるって言っても、初めから日本人が食べる事は想定していないのですね。 日本人は遠慮してあまり食べない事を想定して誘ったのでしょう。 私と母が一緒に行ったら、普通に食べてしまうかも知れないから、誘わなかったのでしょう。 私は別に恵んでもらおうなんて初めから思っていません。 だけど「何か必要な物ない?」って言われたから、正直に答えただけです。 でも、その事でその人の本性が現れてしまいましたね。 私の考えでは、夕食に招待するというのは普通に食べていいという事だと理解してしまいます。 日本人だからって遠慮して食べないで我慢しているのが普通だと決め付けているなんてヘンですよね。「遊びに来れば」って言われたので「そうですね。 テストが終わったら」と具体的に言ったら、ウィークディは働いているから忙しいし、ウィークエンドは色々なスポーツをしていて家にいないので、夜くらいしか時間がないと言われました。 これも結局、お愛想のお誘いだったのですね。 私は外人化現象した日本人だから、言葉通りに受け取って本気にしたから、困って忙しいと言い出したのでしょう。 なんだか面倒くさい人だなぁ~と思いました。本当の事じゃないのなら、初めから言わなければいいのにって思いました。本音と建前っていうのでしょうか? もっと正直に生きようよって心の中でジェニンに言いました。
Nov 1, 2011
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