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5月15日の、認知症ケア専門士の テスト勉強の為、お休みします。
2005年03月22日
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次日からアルバイトに行くのが楽しくなくなった。宅老所の方もぜんぜん進んでいないようだし、リホームもやる様子はない。いつまで弁当屋をやるのだろう? そんな事を思いながらアルバイトに来ていた。「雪矢君も働き始めてから二週間がたつから、いろいろ覚えていって欲しいの。今日は油の取替えをやってくれる?一人前にならないと介護の方にいけないから頑張って」店長がニヤニヤしながら言ってきた。 豊はそんな事聞いていないぞ。ここの仕事と宅老所は関係ないでしょうと、思い、ムッとした。「はい。どうやればいいのですか?」 せきさんがやって来て「ここを外すだけ」と言って、下の栓をを抜くと油が床に流れ出した。「油をそのまま流してしまうの?」豊は、せきさんの仰天な行動に驚いた。「いいの、いいの。ちゃんと濾過してるから」振り返ると加山社長がいた。どこにそんな装置があるのだろうか? と思いながらも「そうなんですか」と答えた。心の中で、僕の心が見えるのなら何か言ってみろ! と挑戦的な心でいたけど、何も言ってこなかった。「雪矢君、〈母が命がけで仕事をしなさいという意味がわかった気がする〉と日記に書いてあったけど、君はオレのところで働いているんだぞ、指導者はオレなんだ。わかるか?君はねマザコンなんじゃないか? 君のお母さんがどれだけの年収があるというんだ。オレよりも多いのか? オレは年収一千万円だぜ。この他にも能力開発セミナーもやっているんだ……」 豊は何をそんなに興奮しているのか分からなかった。そもそも日記は、加山社長が書きなさい! と指導した事だ。日記を書くことで自分の心を見つめる事が出来るからという理由からだった。昨日から日記をつけ初めたばかりだ。昨日、えびの皮むきをやった。一時間で一箱剥くのが普通の速さで、加山社長の息子も出来る! と言われたので頑張ってやった。でも、一時間では出来なかった。悔しかったのでもう一度やらせてもらった。何とか五八分くらいで出来た。 その時に中学卒業して家業のパン屋で働いていた時に、豊は家で働いている甘えから、真剣に働くということが分からなかった。母にはどんな仕事、洗物でも、掃除でも、どんな小さな仕事でも命がけでやれ! と言われていた。その意味が分からずにずっと生きてきた。店が廃業になってからは、そんな命がけで働くということすら忘れていた。その意味をえびの皮剥きを必死になってやった事で気づかせてもらったのだ。絶対にやるという強い思いと、魂を込めた作業、そして、このえびをおいしそうに食べてくださるお客様の笑顔。全てはお客様に繋がっている。お客様の笑顔に繋がっている。 介護も同じ。介護保険を利用してくださる利用者様の笑顔を作るために、食事、排泄、入浴、コミュニケーション等いろいろなケアする。そんな事を思っていたら早く介護がやりたくなった。 ふと、現実に戻ると、まだ、加山社長が怒鳴っている。 「そいえば、一年ぐらい前に辞めた梶君という二十歳の子が君と一緒のマザコンで、ママ、ママ、言っているから、おしゃぶりを買ってきて首からぶら下げてやったわ」 豊はそれを聞いて、驚くというよりも恐怖を感じた。ちょっとこの人狂ってる! 普通じゃない! ここで働いているみんなも正常な感覚じゃない。加山社長を信頼しているんじゃなくて、信仰しているんだ。加山社長は教祖様なんだ。だって、普通バイトの子におしゃぶりをぶら下げるか? それを見ていてなんとも思わないなんて異常だ。これは新興宗教の詐欺弁当屋だ。 「豊はすぐに辞めたかったが、明日が給料日なので、明日で辞めようと思い帰って行った。 いつも通りに出勤して仕事にはいった。 「ゴキブリが浮いている、どうしたらいいかね」 から揚げを揚げていたお母さんが豊に聞いてきた。 「一回油を捨てて入れ替えをしたほうがいいのでは」 お母さんは豊の言葉ではまだ迷っていた。 「店長、油にゴキブリが浮いている。どうしたらいい?」 「ゴキブリだけとって捨てればいいよ」 「えっ、嘘でしょう。油入れ替えないの? 入れ替えた方がいいよ」 豊は店長に信じられないという驚きを感じながら言った。 「そんな油を入れ替えている時間はない」 そう言いながらゴキブリと一緒に上がったから揚げも捨てずに弁当箱に詰めていく。 「なんで? ゴキブリと一緒に揚がったから揚げを使うの? 信じられない! お客さんに失礼だよ。頭がおかしいんじゃないの?」 「二百度近くで揚げているんです。菌は死んでいます。問題ありません」 「そういう問題じゃないでしょう。あなたゴキブリと一緒に揚がったから揚げと知っていたら食べるの? 食べないよ。ここで弁当を買っているお客さんに聞いてみたらいいじゃないの? みんながそんな汚いから揚げを食べたいかどうか、ゴキブリが揚がった油を入れ替えもせずに、そんな気持ち悪い油で揚がった物を食べたいかどうか」 「おい! 何を騒いでいるんだ」 加山社長が驚いた様子で厨房に入ってきた。 「から揚げと一緒にゴキブリが入っていて、雪矢君はから揚げも捨てて、油も入れ替えた方が良いと言うんです。私は菌は死んでいるからその必要はないと言うのですが、納得してくれなくて」 「店長の判断が正しい。雪矢君は間違っているね。今の時間帯で油を入れ替えたり、から揚げを揚げ直したりしていたら、昼の時間に間に合わなくなる。それの方がお客さん失礼になる」 「でも…」 「口答えをするんじゃない。ここはオレの弁当屋だ」 「申し訳ありませんがあなたにはついていけません。辞めます。お給料はいりません。今から帰らせていただきます」 豊は走って出て行った。
2005年03月07日
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「新興宗教もどき」 弁当屋『弁軽』で働き始めて一週間が瞬く間に過ぎて行った。ここの従業員三人は家族だった。六十前後の人が母親で『お母さん』、鈴木店長は『店長』と痩せ型の人は『せきさん』と呼ばれていた。加山社長をとても信頼しているらしく、加山社長の自慢話をよくしてくれた。 加山社長は、弁当屋の前は名古屋でクレープを売っていたらしいく、客の大半は子供だった。クレープを渡す時に落とす子供がいて、そんな時は無料でもう一つあげていたんですよ。とその事がとても凄い事のように話すのだ。まるで、そんな無料であげるなんて人は誰もいないよ! という感じの話し振りだった。飲食関係で、客が不意に落としてしまった食べ物にお金をいただく事はない。やきいもの時だって、客がいもを落として砂がついてしまったり、折れてしまったりしたら無料で交換する。というよりもそれが当然だと思う。このような自慢話は本人が言ったのだろうけど、しゃべり方が巧妙だ。わざわざ無料という言葉を使い、それがもの凄いことだと思わせるのだ。クレープ屋の前を通る子供にクレープを無料で配っていたのならそれはもの凄い事をしたのだと思うけど、落としたものを交換しただけである。それがそんなに凄い事なのか? そんなのみんなやっている。無料で交換しない店の方が少ないと思う。 「社長は凄いと思わない?」 弁当箱の油汚れを一生懸命に洗っていると、下準備などが終わったらしく、鈴木店長が手伝いに来た。 「凄いと思いますよ」 豊はそっけなく言った。また自慢話が始まるな。もうカンベンして欲しい。それに、僕が弁当箱をちゃんと洗っているかチェックもしにきたんどろうけど。なかなか油汚れがしつこいんだよね、弁当箱って。 「社長には嘘がつけないんだ。すぐに分かってしまう。相手の心が見えるんだよ。私たちの考えている事がみえるんだ」 「超能力でもあるのかな?」 豊は馬鹿にしてちゃかした。そんなの超一流の経営者になればみんな見えるよ。従業員の心が見えるから、社員を生かして働いてもらえる事が出来るんだよ。でも、加山社長は一流とまではいかない様な気がする。だって、僕の考えている事一度も当てたことないから。 「雪矢君、もっと手早く洗えないかな。こなん風に」 店長が豊からスポンジを取ると弁当箱を洗い出した。弁当箱はみるみるうちに少なくなっていく。でも、スポンジでさらっと洗っている感じで、油汚れがしっかり落ちていないように見えた。 「まだ油汚れ落ちていないですよ」 「いいの。食器洗浄器で洗うし、熱消毒もするから」 熱消毒から出てきた弁当箱には、四隅についた油汚れがピカピカと光っていた。 豊はそれを見てこれでいいのか? と思いながら弁当箱をしまった。 「頑張っている? だいぶ慣れた?」 加山社長が豊の仕事が終わる時間にやってきた。 「はい。おかげさまで」 「はい、どうぞ」 加山社長はコーヒーをくれた。「店長も一服しなよ」店内のテーブルに三人が座った。「雪矢君は占いとかは好きかな?」と言いながら、見たことのない占いの本を出して、「雪矢君はこれだね」とその項目を読んでくれた。 豊はほとんど聞いていなく、適当に聞いて答えていた。 「これ読んでくれ」そう言って、パラパラとページをめくり、鈴木店長に渡した。「指導者に向いている。圧倒的な指導力と統率力で引っ張っていく、事業家タイプ…」豊はこの人は一体何なんだ! 自分が偉大なる指導者と言う事を言っているのか? 自分でその項目を読むと、威厳が落ちるからわざわざ店長を呼びつけて読ます事によって、威厳性を大きく見せようとしているのか? 実はライオンの毛皮を被ったもぐらかもと、加山社長の人間性に不信を抱いた。
2005年03月06日
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「えっ、宅老所の立ち上げから関われるのにそれを断るなんてもったいないよ。人を騙すような人には見えなかったよ」 祥子はとても心配して、何度も何度も止める様に言ってきたが、豊はそれを振り切って加山商店で働く事にした。 五月六日、豊田市にある加山商店が起こした弁当屋『弁軽(べんけい)』に話を聞きに行った。加山社長は歓迎してくれた。 「みんな、ちょっと仕事やりながら出いいからきいてくれ」 加山社長は、厨房で忙しそうに動き回っているに従業員に声を掛けた。従業員は三人。一人は、てんぷらを揚げている。六十歳前半か半ばくらいで、少し腰が曲がっている。後の二人は、弁当の盛り付けをやっている。一人は、身長が一五〇センチくらいで痩せ型。年齢は二十五、六歳。もう一人は、身長百五十五センチくらいで、少しぽっちゃり型。年齢は三十歳前半のように見えた。服装は、白い帽子、白衣、ズボン、そしてマスク。完全防備で目しか見えない。三人とも女性のようだった。「介護の方で主任として働いてくれる雪矢君だ。店長ちょっと」 「よろしくお願いします」 豊は深々と頭を下げた。 「うちの店長の鈴木さん」 ぽっちゃり型の女性が厨房から店内に出てきた。マスクをとって軽くお辞儀をする。豊もお辞儀をした。すぐに店長は厨房に入り仕事に戻っていた。 「じゃあ今から宅老所に行こうか」現場は豊田市外の閑静な住宅街で、五分も歩けば知立市に入るところだった。土地は百坪ほどで、建坪は六十坪程度。昔ながらの和風、平屋の民家だった。庭には松やみかんや柿などの木が植えてあって、花壇には、アマリリス、バラ、ハナノシブ、チゴユリなどたくさんの花が風に揺られていた。 家の中に入ると十畳の和室が三つ、二十畳の和室と洋室が一つずつあった。対面式のダイニングキッチン、便所は二箇所あった。ニ十畳の洋室はカラオケルームになっていて、カラオケの機器と二重窓になっていた。「良いところをみつけたでしょ?」 加山社長がニコニコしながら聞いてきた。 「そうですね、とてもいいですね。花などが利用者さんたちを癒してくれると思うし、対面キッチンなら、台所で作業しながら利用者さんを見守り出来るし、カラオケしていても近所迷惑にならないし」 「台所は使わないよ。弁当屋だから、弁当を作ってお出しするから」 「へっぇ、そうなんですか」 豊はこの人は宅老所の形を知らないんだと思い、少しがっかりした。でも、自分が責任者になるんだから、少しずつ変えていけばいいと思った。 弁当屋に戻ると「食べて、お腹空いたでしょう」と、加山社長が弁当を出してくれた。 「食べながらでいいから聞いてくれ。雪矢君は、今働いていないよね。宅老所を営業するまで弁軽でアルバイトしない? お金ないんじゃないの?」 確かに豊にそれほどの貯金はなかった。あと一ヶ月くらいは何とかなるくらいの蓄えはある。お金の不安はやっぱりあった。とりあえず、何かで働いていれば、嫌味を言われないですむと思い「やります」と答えた。 「じゃあ、明日からね。時間は九時から五時まででいいかな」 「はい」 店長の鈴木さんと軽く挨拶をかわした。豊は介護とは直接関係ない弁当屋で働く事に対して、不安を胸に弁軽をあとにした。
2005年03月05日
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「そうなんですよ。四十年も生きると、そろそろお返しの人生を生きなければいけないと思ってね、で、老人介護をやろうと思ったんです。もう、場所は決まっているんですよ」いかにも、やり手の社長という感じで、自信満々で話してくれた。その自信が豊の目には頼もしさを感じさせた。 「どこでやるんですか?」 「豊田市だよ。君はヘルパーを持っているの?」 「いえ、介護福祉士を持っています」 「宅老所はどんなところか知ってる?」 「はい。グループホームの様な小規模なところで働きたいと思っていて、職場を探しているので、大型施設だと、個人を尊重した介護が出来ないんです。もっと、個人を尊重した介護がしたいんです。宅老所も十人程度の利用者を三人程度の職員で介護をするんですよね」 「そうそう。君の考え方は素晴らしいね。是非うちに来てよ。オレは先日ヘルパー二級を取得したばかりで、介護のことは素人なんだよ。君にいろいろ教えてもらってやっていけたらいいなと思ったんだ」 「ありがとうございます」 「後日電話するから。ここに住所と電話番号を書いてもらっていいかな」 そう言いながら、相手は名刺をくれた。名刺には〈有限会社 加山商店 加山藤次(カヤマ トウジ)〉と書いてあった。 豊は喜び勇んで会場を後にした。その足で碧南の介護老人保健施設ぴかりんで働いている、笹山 祥子の施設に行った。施設の前を自転車で通ったら、祥子が車で駐車場を出て曲がって行った。豊はお尻を上げて祥子の車、白いワゴンRを必死に追いかけた。しばらく走っていると、バックミラーに写る祥子の目と豊の目があった。祥子の目は悪戯する子供のような目をしたかと思うと、三十五キロくらいのスピードで走っていたのに、少しずつスピードが上がっていく。豊も遅れないように、前輪のギヤを大きなギヤに切り替えた。スピードが五十キロを超えた時、祥子のワゴンRは更に加速する。今度は急に加速されたので、ついていく事は出来ない。遠くに離れていくワゴンRに「待て、待てよ、イジワル」とでかい声で叫んでいた。 豊はハアハア言いながら減速して十五キロ程度で走っていると、後から来た車が自転車と同じ速度で走ってついて来る。豊は自転車を左に寄せた。それでもまだ、ついて来る。豊は更にめいっぱい左に寄せた。それでも抜かさない。豊はイライラして後ろを向いた。祥子が「バー」と舌を出していた。祥子はハザードをつけて左に寄せて停まった。 「ショーちゃんかよ。悪い冗談やめてよ。めちゃビックリしたよ」 「だって、豊が恐ろしい顔をして追いかけて来るんだもん」 「お前、わざとスピードを上げただろう?」 「当たり前じゃない。豊に抜かれるのは悔しいもん」 「ショーちゃん、今暇? 時間ある? 喫茶店でコーヒー飲みに行こうよ」 「えっー、豊のおごりなら付き合ってあげるよ」 「いいよ。この先に『ライス』ってコーヒー専門店があるでしょう。そこで」 豊はそう言うと急いで自転車を走らせた。 「ショーちゃん遅かったじゃん」 祥子は豊が『ライス』に到着してから二、三分後に到着した。 「信号が全部赤になるんだからしかたないじゃん。ところで、行ってきたの、就職セミナーには」 「うん、宅老所のオーナーに出会って、責任者になって欲しいと頼まれた」 「えっ?なんかそこ怪しくない?出会ったばかりの人に、いきなりそんな重要なポストを与えるかな。止めた方がいいよ」
2005年03月04日
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豊が出掛けようとしたその時に携帯電話が鳴った。笹山 祥子からだった。 「豊、仕事見つかった?」 「ショーちゃんまでそのこと? カンベンしてよ。ちゃんと探してるよ。一生懸命やってるよ。責めるような事言わないでよ」「何を泣き言言っているのよ! 私は貴重な昼の休憩時間にわざわざ電話してあげているんだからありがたく思いなさいよ」「でっ、何?」「今日の十四時から知立の文化会館で福祉就職セミナーがあるよ。新聞に載っていたから」「サンキュウー。やっぱ持つべきものは友達だよ。うん。ありがとう! 行ってみるよ」 豊は、祥子がまだ話しいるのに電話を切った。そのままでようとした時だった。また携帯がなった。 「もしもし」 「ちょっと、なんで話している途中なのに電話を切るのよ! 信じられないわ。豊、自転車で行くんでしょ? 就職セミナーに行くのに、自転車用のジャージで行く気ではないでしょうね。あんな服装で行ったら、バカ丸出しだからせめて、穴の開いていない、ジーンズと靴下を履いていいかないと駄目だよ」 豊は自転車用のジャージを脱ぎながら「そんなの分かってるよ」と電話を切った。 「ショウーちゃんはの目は千里眼か! 怖いわ」 岡崎市から知立市までは約十五キロ程度。一号線を西に走りながら三十分で会場に到着した。入り口を入ると、溢れんばかりの人がいた。日曜日という事もあったし、他のイベントもやっいる事も影響していた。三階フロア全部が福祉就職セミナーの会場になっていた。人が多すぎて落ち着いてまわる事が出来ないでいる豊の目に〈宅老所を一緒にやりませんか? 立ち上げから一緒に手伝ってくれる介護福祉士募集〉というポスターが入ってきた。豊はそのポスターに吸い寄せられていった。「宅老所をこれから作るのですか?」
2005年03月03日
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「アルバイト」 1 無職になった雪矢 豊は、暇をもてあましていた。ハローワークに行っても、1、二時間もいれば調べられる。毎日行っても仕方がないので、二日おき位にハローワークに顔を出す事にした。名古屋の社会福祉協議会の人材バンクにも登録した。無料の就職情報誌を買い物ついでに持ってきたり、新聞を毎日見たりするなど、やれることはやっていた。それでも時間をもてあましていた。 「豊、ちゃんと就職活動しているの? いつも家でボッーとしてるけど。早く働いてもらわないと困るのよね。母さんだって稼ぎが少ないんだし」 テレビゲームをやっている豊の背中に独り言のように言って家を出て行った。 「やってるよ、僕だって」 イライラしてゲーム機本体を叩いてしまった。指がリセットボタンに触れてしまった。セーブもしていなかったので、最初からやり直しになった。 「サイアク。あー、ストレスが溜まる。サイクリングに行こう」 豊は二年前に念願のロードレーサーを買い、天気がいい時には必ずサイクリングに行っていた。
2005年03月02日
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「プロローグ」 気温二十五度の夏日を記録した十月の始。雪矢 豊(ユキヤ ユタカ)は、臨海公園の海辺にやきいもの車を停めて、客寄せの為のカセットテープを切った。 「こんなに暑くてはやきいもなんて買う人はいないよ。最悪だ。商売上がったりだ」 豊は愚痴を言いながら、やきいもの釜から焼きたてのホクホクのやきいもを出してかじりついた。 「あーあ、この仕事も潮時かな。もう、二十七歳だし、転職するにもギリギリの年齢だよな。これで一生食って行くのは難しいだろし… やるならサービス業がいいな。何か良い仕事ないかな」 「あら、おいしそうなやきいもね、一ついただこうかしら」 優しそうなおばあさんが、豊の食べているやきいもをジッと見ながら近づいてきた。豊は慌てて「いらっしゃいませ!」と言うと、急いで手ごろなやきいもをおばあさんに渡した。それにしても、ここは臨海公園だ。おばあさん一人でいるのはなんか変だなと、思っていた。 「二百円… あれ? どこ行ったんだ? お金もらっていないよ」 豊は辺りを見渡した。公園の芝生の方に、小さく歩いている後姿が、おばあさんそっくりだったので走って追いかけた。 「おばあさん、やっと追いついた」 このおばあさんは忍者かもしれない? と思いつつ、豊は息を整えながらおばあさんに声を掛けた。 「あの、まだ、お金、いただいていないのですが、おばあさん」 「あんた誰だい?」 「えっ? 誰って、やきいも屋です」 「やきいもなんか私は買っていませんよ」 「でも、それ、その新聞紙に包んで渡したんですよ」 豊は、おばあさんがうそをついていると思って、だんだん綺語が強くなっていった。 「これは私が焼いたやきいもだよ。私がドロボーをしたとでも言うの?私はね、昔から貧乏だったけど、人様のものを盗むなんて事したことないよ!」 急におばあさんの顔つきが変わって、ものすごい剣幕で怒り出した。 「ドロボーしてるじゃんか、なんで逆ギレされなきゃいけないんだよ。お金払ってよ。二百円」 そんな問答をやっていると「いたいた、タエさんこんなところにいたんだ。みんな心配していたんだよ」とジャージ姿の若い女の子が走ってきた。胸のところに「介護老人福祉施設きらり」と刺繍がしてあった。 「ねえ、ちょっと、このおばあさん、やきいも買ったのにお金を払ってくれないんだけど。さっき〈一本くれ〉と買いに来たのに、私は買っていないとうそつくんだ。お金払ってくれないんだったら警察に行くよ」 若い女の子は豊に近づいてくると「ごめんなさい、この方認知症(痴呆)なのよ、私がお金払うから許してください。私がタエさんにこれから話しかける言葉は、あなたにとって、不快に思える内容かもしれないけど、怒らないで下さいね。お願いします」そう、小声で早口で言った。 「この人が私をドロボーと言うんだ。私は生まれてこのかた、ドロボーなんてしたことがないんだ。それを、それを、私をドロボー扱いして」 「タエさんがドロボーをするはずがないじゃないですか! 私が今、説明したら分かってくれましたよ」 若い女の子は、豊にウインクをした。 「あっ、うん。僕の勘違いだった。あまりにも似ていたから」 何を言っているんだろう? 調子のいいバカだよ、自分は。 「そうだろう、あんた、私が焼いたやきいもの方がおいしいから食べてごらんよ」 おばあさんはの顔が一瞬にして穏やかな優しそうな顔になっていた。豊は、あの女の子は魔法使いか! と驚きながら「いえ、いいです」と断った。 おばあさんは「じゃあ、あんたが食べな」と半分折って女の子に渡した。 「ありがとう、おいしい」 満面の笑みを浮かべ、やきいもをほおばる女の子を見て、凄いなと思った。さすがに、自分の焼いたいもをもらって「おいしい」なんて、僕には言えそうにない。 豊が初めて認知症(痴呆)に関わった運命的な出会いだった。それから一年後、療養型病床群の病院に入社した。そこで四年働き、今年の四月に介護福祉士の国家資格を取得して退職した。理由は、やきいも時代に出会った、あの女のこのような介護、ケアをしたかったからだった。それには、認知症(痴呆)のグループホームが一番良い環境だと思ったからだった。
2005年03月01日
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