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森博嗣『キウイγは時計仕掛け』~講談社ノベルス、2013年~ Gシリーズ第9弾。 前作『ジグβは神ですか』の1年後。県庁職員の加部谷恵美さんは、山吹さんと共同名義で提出した論文について、建築学会で発表することになります。TVレポータの雨宮純さんも、学会の取材に参加。犀川先生、国枝先生、西之園さんたちも勢ぞろいと、登場人物が豪華な物語です。 加部谷恵美さんは、学会発表のため日本科学大学に雨宮純さんとともに訪れます。 一方、学会準備に追われていた同大学の本部に、差出人不詳の荷物が届きます。箱の中には、γと書かれたキウイが入っていました。さらにその夜、学長が銃殺されるという事件が起きます。 そんな中で始まる学会。イレギュラーな事態にも冷静に対応する加部谷さんや犀川先生たちですが、落ち着くと、事件について考察を始めます。 はたしてキウイの意味とは。学長殺害の犯人は、そしてさらに続く事件の謎とは…。 …というのが大きな流れです。 加部谷さんが発表した後の海月さんの質疑のシーンや、質疑応答や司会を冷静につとめる山吹さん、そして海月さんへの加部谷さんの思いなど、印象的なシーンが多いです。なにより、就職して公務員になりながら、仕事の関係もあって参加した学会という場で、研究の面白さや貴重さをかみしめる加部谷さんの思いに感慨深くなりました。 事件の謎もさることながら、加部谷さんたちのかけあいを味わいながら読んだ1冊です。(2026.06.02読了) ・ま行の作家一覧へ
2026.07.26
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筒井康隆『家族八景』~新潮文庫~「無風地帯」読心能力をもつ七瀬は、お手伝いとして尾形家にやってきた。主婦の咲子の心の中には、些細な日常のことの「がらくた」があるに過ぎなかった。夫婦に、二人の子供。咲子の心から、家族への反感はうかがえなかったが、他の三人は表面上明るくふるまいながら、心の中では悪意を抱きあっていた。 コメント。読心能力が、あたりまえのように描写され、それからあらためて説明がなされる。悪意を剥き出しにし、露骨に対立しあう家族と、尾形家のように、表面上平穏無事をたもつ家族。私には、どちらも恐ろしいと思う。「澱の呪縛」次に七瀬がお手伝いとして住むことになったのは、13人家族の神波家だった。楽をしたいと考えている主婦の兼子の性格もあってか、家はずいぶんと汚れていた。そのせいか、一種独特の臭気があった。それをなんとかしようとした七瀬だったが…。 コメント。家のにおい、というのは、あると思う。仙台でアパート暮らしをしていたとき、やはりその部屋独特のにおいがあったし、実家には実家のにおいがある。そのにおいで、実家なんだな、と実感したり安心したりしたものだけれど。こういう一家もありえるのだな、と本作を読んで感じた。「青春讃歌」七瀬がつとめることになった河原家は、夫婦二人だけだった。陽子は、若さを求め、理論的な思考をし、七瀬の興味をひいていた。寿郎は、若さを求める妻に反感を抱いていた。そして、事故をきっかけに、二人はささいないさかいを起こす。 コメント。中年と、若さ。人は、赤ちゃん、幼児、子供、少年、青年、中年…と、人生の諸段階を歩むわけだけれど、すでに経験してきた世代の気持ちがなかなか分からなくなるものだ、と思う。自分が経験した頃の「若者」と、現在の「若者」の間に相当のズレがあるとはいえ…。「水蜜桃」桐生家の主人、勝美は、定年が早くなったため、現在無職だった。遊びを嫌い、仕事だけに熱中していた彼は、空虚だった。家族も、ぶらぶらしている彼を疎んじている。勝美の思考に、七瀬は関心を寄せ始める。 コメント。仕事。定年。「うち・そと」。代償。読んでいて、いろんな言葉が浮かんできた。とりあえず、自分には読書という趣味があってよかった、と思った。以前は、読書しか趣味がないため、読書すらできない精神状態にあるとき、どうしていいかわからず焦り、心配されたこともあるけれど…。「紅蓮菩薩」根岸家の主人、新三は、若くして助教授となった心理学者だった。妻の菊子は、巧みな演技で、上品でおとなしい妻、という印象を周囲に与えていた。新三は、「火田」という苗字に心当たりがあった。そのため七瀬は、二人の間に心のすれ違いがあるのを知りつつ、「掛け金」をおろすことができなかった。 コメント。いろんな家族のあり方を、読心能力のある七瀬の視点から描いてきているわけだけれど、七瀬自身の生活、生き方の問題も、「水蜜桃」あたりから、大きな主題になってきている。「芝生は緑」医師、高木輝夫の妻直子は、同じマンションの設計家、市川に好意を寄せていた。七瀬は、一週間、市川家の手伝いをすることになる。そこで、市川の妻が高木輝夫に好意を寄せていることに気づき、彼女は一つの計画を実行にうつす。 コメント。七瀬さんが、なんだか怖くなってきた。家族の中にあるどろどろとした感情に恐れや嫌悪感を抱いていた彼女は、次第に自分がお手伝いにいっている家族の人間関係を変えていこうとする。本作は、それほど重たい結末ではなくて安心したけれど。「日曜画家」竹村家にお手伝いにきた七瀬。日曜画家、竹村天州の妻、登志は、高慢で、七瀬を「女中」として扱った。登志も息子も天州を馬鹿にしていた。売り物にならない抽象画ばかり描いていたからである。二人に対して完全に心を閉ざしていた天州のありかたに、七瀬は好感を抱くのだが…。 コメント。ある個所から、激しい不快感に襲われた。物語に入り込んでしまっているからなのだけれど…。この短編集はどろどろした心情をずいぶん描いているが、本作は、私にとってインパクトが大きかった。「亡母渇仰」清水信太郎は、27歳で、妻がいるにもかかわらず、母離れができなかった。母が死ぬと、彼はひたすらに泣きつづけた。告別式でも、葬儀でも、取り乱して泣きつづけた。わがままで、あらゆる人間を見下していた彼の母。彼も、同じように、他人を見下し、気に食わないことがあればヒステリックになった。彼の妻である幸江は、清水家に嫁ぎ、つらい目にあってきていた。 コメント。この作品も、痛い。母親への極度の依存。母親の、息子への極度の甘やかし。幸江さんや、信太郎さんの会社の方々のことを考えると、気の毒になったが、もっとも気の毒なのは、信太郎さんなのかもしれない。親は、子供がそれなりの年齢になれば、精神的にはそれなりの親離れをさせる必要があるだろうし、自身も子離れをする必要があるだろう。極度の親子のつながりが、こういう事態を生むのだな、と感じた。 全体を通じて。 先日、七瀬さんが登場する『エディプスの恋人』を読んでいたのですが、本作は七瀬さん初登場の短編集です。タイトルの通り、八つの家族が描かれています。たしかに、こちらを先に読んでいた方が良かったのかも、と思う反面、『エディプスの恋人』を先に読んでいたからこそ、注意して読むことのできる部分もあって、これはこれでよかったと思いました。「日曜画家」が、ずいぶん印象に残っています。他人を、抽象画のように認識する男。その思考回路(様式)が描かれていくにつれて、本当に忌まわしいような気分になりました。 もちろん、誰もが口に出さない、どろどろした感情を多少は抱いていることでしょう。七瀬さんは、自分の読心能力に苦しみも感じていますが、自分にそんな能力があれば、私は壊れてしまうと思います。あるいは、その能力をうまく活かすか、悪用するか。七瀬さんは、基本的には、この3パターンの中で揺れ動いている…というか、彼女の中にはこの3パターンが混在しているように感じました。もちろん、実際はもっと複雑な感情でしょうけれど。 どの家族にも、多少のどろどろはあるでしょう。恋愛結婚とはいえ、相手の全てを盲目的に受け入れることは難しいでしょう。他者にいささかの非難も感じないことが、はたしてできるでしょうか。もちろん、その感情を抱いたとき、どうふるまっていくか、ということが大切なのだと思いますが。*注記。リンク(画像)は、改版のものですが、私が読んだのは旧版です。
2005.09.06
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森博嗣『目薬αで殺菌します』~講談社ノベルス、2008年~ Gシリーズ第7弾。―――西之園萌絵、W大学准教授 劇薬入りの目薬が発見された。その目薬のパッケージには「α」の文字があったが、はたして一連の事件と関係があるのか…。 一方で、その目薬の製造をしている製薬会社の社員が殺された。第一発見者となった加部谷恵美と雨宮純は、男が目薬を持っているのを確認する。 さらに、雨宮純のバイト先の大学教員は、その製薬会社につとめていた人物で…。 はたして目薬事件と殺人事件の関係とは…。――― 今回は、事件もさることながら、海月さんをめぐる物語が興味深いです。 進路に思うところがあるという海月さん。それを聞いた加部谷さんの思いと行動は…。 というんで、今回もまた、シリーズとしての転機を予感させる物語です。(2026.05.20再読) ・ま行の作家一覧へ
2026.07.20
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筒井康隆『夜のコント・冬のコント』~新潮文庫、1994年~ 18編の短編が収録されています。まずは目次を示して、印象に残った物語について感想を書いていくことにします。「夢の検閲官」「カチカチ山事件」「魚」「レトリック騒動」「借金の清算」「上へ行きたい」「箪笥」「巨人たち」「鳶八丈の権」「火星探検」「のたくり大臣」「「聖ジェームズ病院」を歌う猫」「冬のコント」「夜のコント」「最後の喫煙者」「CINEMAレベル9」「傾いた世界」「都市盗掘団」 まず、最初に収録されている「夢の検閲官」から、とても面白い作品でした。息子を亡くして、毎晩悪夢にうなされる女性―彼女の夢をなんとか修正して、悪夢を見させないようにするという検閲官たちの奮闘を描きます。一見どたばたのようで、読んでいて楽しかったのですが、ラストでは温かさもあり、例によって軽く涙ぐんでしまいました…。面白い短編でした。 ホラーテイストの「魚」も面白いのですが、その次の「レトリック騒動」が良かったです。レトリックが全て現実になってしまうという物語。たとえば、「しょげ返っていた者はみな塩のかかった青菜になった」、といった具合。導入部以外、全て一行あたりの字数が同じで、たたみかけるように前述のような事態が描かれます。こちらも良かったです。 これはすごい!と思ったのは、「「聖ジェームズ病院」を歌う猫」です。中間試験を控えた中学生の「俺」が、割と飛んでる夢を見るのですが、そこでずっと試験を意識しているということは、試験勉強しているのと同じ価値があるのだ、と夢の登場人物に諭されます。…このラストはうまいなぁと思いました。「最後の喫煙者」も、風刺がきいていて良かったです。日本中で、喫煙者を撲滅しようとするのですが、ところが…人間の馬鹿な一面を感じられるラストです。 人工の島に作られた自治体。ところが、その島が傾いていき…という「傾いた世界」も、痛烈な風刺が快かったです。 面白い短編集でした。 * ちょうど、筒井さんが1993年に断筆宣言した後に出版されていることもあり、解説では、筒井さんの断筆の理由が考察されています。こちらも興味深く読みました。
2007.06.30
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法月綸太郎『二の悲劇』~祥伝社NON POCHET、1997年~ 法月綸太郎シリーズの長編です。前回の『ふたたび赤い悪夢』で再会した久保寺容子さんが、ますます重要な役割を担っているようですね。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 アパートの一室で、女性編集者が殺された。彼女、清原奈津美と同居していた葛見百合子は失踪しており、葛見が犯人だと思われた。百合子と交際しており奈津美の先輩にあたる三木という男が、奈津美に二股をかけていたふしがあり、三角関係のもつれかという噂が起こる。 一件単純そうに見えた事件であるが、いくつか不審な点があった。奈津美の顔が焼かれていたこと、そして、奈津美が鍵を飲み込んでいたこと。 やがて、奈津美の日記が発見されるにいたり、事件の背景は、さらに複雑でつかみにくくなっていく。 …なんというか、紹介を書きにくい物語ですね。 <きみ>という二人称で語られる節は、会話文がほとんどなく、段落を変えることも少ない地の文が長々と続くこともあり、非常に読むのがしんどかったです。内容も、うつうつとしていますし…。『一の悲劇』が一貫して一人称で語られたように、ずっと二人称で語られたらどうしようと不安になりましたが、法月さんの視点で語られる節もあって安心しました。 …数年ぶりの再読ですが、そんなことも忘れていました…。 最初に読んだときは、それでも真相のところで衝撃を受けたのを覚えているのですが、今回はそんなでもなかったですね…。相変わらず、あとがきを読んで、法月さんが心配になりました…。 本作は、もともと1994年に発表されています。その次の長編となると、『生首に聞いてみろ』を待たなければなりません。それでも、その間に、『法月綸太郎の功績』も出ていますから、まったく小説が発表されていなかったわけでもないですね。 なんだかじめじめとした物語でした…。 冒頭に、久保寺さんについてふれましたが、法月さんの良き助言者ですね。こうしてみると、法月綸太郎シリーズ(少なくともその長編)は、『雪密室』からの事件を全て受けて語られていますので、やはり順番に読むのが良いかもしれません。『頼子のために』など、他の作品でどれだけネタバレに近い記述があることでしょう…。(追記)フリーページに挙げていた、本書についての感想を読み返してみたのですが、そのときは、かなり本書を気に入ったようです。今回も面白くはあったのですが、フリーページの感想を書いたときほどの感情移入はできませんでした。年をとったせいだと思うと、なんだかもったいないような気もしますね…。もっとも、次に読み返すことがあるとすれば、また今回とは違った感想を抱くことになるでしょうし、それが読書の楽しいところでもあります。
2007.06.04
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有栖川有栖『双頭の悪魔』~東京創元社、1992年初版(1998年16版)~ 『月光ゲーム』『孤島パズル』に続く、学生アリスシリーズ第三作です。シリーズの中ではもちろん、現時点(2007年8月9日)での有栖川さんの全作品の中でも最長の作品になるのでは、と思います。 それでは、内容紹介と感想を。 私―有馬麻里亜(マリア)は、『孤島パズル』事件でのショックからなかなか抜け出せず、一人旅に出る。昔の友人、保坂明美のもとを訪れるべく、彼女は高知県と徳島県の県境あたりに位置する夏森村を訪れた。しかし、明美の用事のため、二人は会うことができない。ところが、マリアは、その先にある、芸術家たちの集まる村、木更村の話を聞いて、興味を抱く。 そこは、株で成功した木更氏が、数年前に廃村を買い取って作った村だった。住民は、木更氏に目をかけられた芸術家たちで、彼らは自給自足的な生活を送りつつ、自らの作品製作に力を注いでいた。 外界からの侵入を頑なに拒む村人たちだが、マリアは村に入り、病気をしてしまい、木更家にとどめてもらうことになった。そこで、マリアは、画家の鈴木冴子のモデルをつとめる。 * マリアの父からの依頼で、英都大学推理小説研究会のメンバー4人(部長の江神二郎、織田光次郎、望月周平、有栖川有栖(アリス))は、夏森村を訪れた。村唯一の旅館にとまった4人は、カメラマンの相原直樹と知り合う。4人が木更村を訪れるために、二つの村をつなぐ橋までやってきたとき、木更村の住人の一人と相原がもめているところだった。4人は相原の仲間と誤解され、マリアへの連絡をつないでもらうことができなかった。 その夜。大雨にも関わらず、4人は木更村への強硬侵入に踏み込む。邸宅そばで、住人たちともめあったものの、会長の江神二郎だけは、邸宅に入り、マリアと会うことができた。 * 木更邸では、現当主である木更菊乃と小野博樹の婚約が発表され、住人たちはみな少なからず動揺していた。小野は、村に巨大な鍾乳洞を発見し、そこに壁画を描いていた。彼は、これまでのような村の閉鎖的な生活をやめ、木更村を鍾乳洞や村の芸術家たちの作品を売りにした観光地にしようと考えていた。その彼が現当主と結婚するとなると、住人たちは現在の生活を送れなくなるかもしれない…。そういう不安を抱く人物も多かった。 江神がやってきた翌朝。朝食になかなか現れない小野を心配した菊乃の案で、住人たちは鍾乳洞の探索に出かける。そこで彼らは、岩棚の上に逆立ちの状態で置かれていた、小野の死体を発見する。死体は右耳が切り取られていたほか、香水をかけられていた。香西琴絵が調合した、「ヒロキ」という名前の香水だった。 * 相原は、恋人との別れ・妊娠・中絶というスキャンダルのため、摂食障害を患ってマスコミから姿を消した元アイドルの千原由衣が木更村にいるとつきとめていた。なんとか彼女の写真を撮ろうと考えている相原に、由衣のファンである織田が怒りをあらわにし、二人がもめるという出来事も起こる。 アリスたち推理小説研究会の三人が、知り合った教員の羽島と、郵便局員の室木と夕食をともにした夜。相原がなかなか旅館に帰ってこなかったため、アリスたちは彼を捜しにいく。そして、相原が廃校となった小学校の教室で死んでいるのを発見することになる。 相原が、旅館の女将に託していた手紙の問題など、疑問点も浮かんでくる。 * さらに、事件が起こり、あらたな情報も入ってくる―そして江神は、事件の真相を見抜く。ーーー 長々と内容紹介を書いてしまいましたが、充実した内容となっております。 木更邸と、夏森村の二箇所で起こる殺人事件。それぞれの事件について、それぞれの場所で推理が展開されるのですが、その過程が興味深いです。 本書でどきっとしたというか、にこっとなったというか、なったのは、<一応反転>学生のアリスさんが「臨床犯罪学者」が登場する小説を書いているというくだりです。たしか、作家アリスシリーズでは、作家のアリスさんが、学生アリスシリーズを書いているというくだりがあったと記憶しています。こういうシリーズ間のリンクがあると、なぜだか嬉しくなります<ここまで>。 何年ぶりかの再読ですが、楽しく読むことができました。
2007.08.10
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森博嗣『地球儀のスライス A SLICE OF TERRESTRIAL GLOBE』~講談社ノベルス、1999年~ 森博嗣さんの第二短編集です。 それでは、それぞれについて簡単にコメントを。ーーー「小鳥の恩返し The Girl Who was Little Bird」 [主要人物]島岡清文、島岡綾子、白坂美帆 [内容紹介]清文が34歳のとき、父親が殺された。事件の日、現場には一羽の小鳥がいて、第一発見者の妻は、小鳥を飼い始めていた。その後は、清文も小鳥の世話をしていたが、ある日、小鳥は逃げていった。 時が経ち、病院に看護師として美帆がやってきた。美帆は、清文に、自分は逃げていった小鳥である、と言う。美帆は有能であったし、清文はそのウィットに感心する程度であった。しかし、次第に美帆に心が傾いていき…。 [コメント]好きなお話です。「片方のピアス A Pair of Hearts」 [主要人物]カオル、トオル、サトル [内容紹介]カオルは、恋人のトオルの双子の弟、サトルと出会い、トオルよりもサトルに惹かれていく。トオルとの結婚も近い時期だった。そして、トオルが海外に行っている間に、事件が起こる。サトルが殺害されたのだった。 [コメント]こちらは、どこか不思議なお話です。「素敵な日記 Our Lovely Diary」 [コメント]こちらも不思議なお話です。日記に記録をつけていく人々が、次々に不可解な状況で死んでいく、というお話。「僕に似た人 Someone Like Me」 [主要人物]俊一、まあ君、まあ君のお母さん [コメント]?、でした。「石塔の屋根飾り Roof-top Ornament of Stone Ratha」 [主要人物]犀川創平、西之園萌絵、諏訪野 [内容紹介]西之園萌絵に招かれて、犀川、喜多、国枝が彼女のマンションを訪れた。西之園の側からは、叔母の佐々木夫人と、愛知県警本部長も出席。その席で、犀川は師、西之園博士が分析した奇妙な事実について問題を出す。石塔と不可分のはずの屋根飾りについての問題。狭い幅の中に、地面で全部つながった5つの石塔があった。それらに屋根飾りはなく、少し離れた地面に、それらの屋根飾りだけが作られていたという。なぜ、五つの石塔と屋根飾りは、そのように作られていたのか。 [コメント]西之園さんが大学四年生の頃の話です。雪の日、ということなので、あるいは『有限と微小のパン』事件の後、年が明けてから(つまり1998年)の話かもしれません。 主要人物の欄にあえて諏訪野さんの名前を挙げたほど、諏訪野さん大活躍です。 謎も魅力的で、S&Mシリーズは短編も面白いですね。「マン島の蒸気鉄道 Isle of Man Classic Steam」 [主要人物]犀川創平、西之園萌絵、諏訪野 [内容紹介]犀川、喜多、大御坊の三人が同じ時期に英国付近にいたこともあり、西之園萌絵の招待で、彼らはマン島を訪れる。ここには、佐々木夫人と諏訪野もやって来ていた。今回の謎は、マン島のシンボルの三本脚についての話になったとき、脚が逆向きになっている写真があると、諏訪野が紹介してくれる写真。 [コメント]再読ということもあってか、写真の方の謎は答えが分かったのですが、それとは別のターンテーブルの問題の答えが分からないままです…。それはともれ、今回は西之園さんが大学院生になってからの話。何年のことかは書かれていませんが、なんとなく、先と同じく1998年のことかな、と想像します。「有限要素魔法 Finite Element Magic」 [コメント]こちらも「僕に似た人」同じく、?でした。「河童 Kappa」 [主要人物]日下部淳哉、其志郎、亜依子 [内容紹介]大学を中退した日下部淳哉が寂れた農村に住んでいた頃の話。友人の其志郎が訪れるとき、下宿先の娘、亜依子がお茶を持ってきてくれた。彼女は其志郎に思いを寄せているようであったが、其志郎は冷たい。ある日、其志郎がいないときに、亜依子が淳哉のもとを訪れてきて…。 [コメント]ホラーテイストの作品です。こういうのも好きです。「気さくなお人形、19歳 Friendly Doll, 19」 [主要人物]小鳥遊練無、纐纈[こうけつ]、香具山紫子 [内容紹介]バイトに出かけていた練無に、大柄の男が声をかけてきた。そして、男の主人、纐纈老人が練無にバイトを依頼する。内容は、週に数時間、一緒に遊ぶこと。かなり高額の時給に怪しむ練無だが、結局バイトを引き受ける。続けている内に、練無は、自分が纐纈老人の既に亡くなったという孫娘に似ていることを知る。 [コメント]Vシリーズの主要人物たち初登場の作品です。おぼろげに覚えていましたが、良いですね。根来機千瑛さんの名前もあり、懐かしくなりました。2月からはいよいよVシリーズ再読となると思います。「僕は秋子に借りがある I'm in Debt to Akiko」 [主要人物]木元、秋子 [内容紹介]木元が食堂で食事をしていたら、「壊れている」感じの女子学生に声をかけられた。それが、秋子との出会いだった。近づきたくない、と思いながら、どこか彼女にひきつけられ、一緒に過ごした。後日、朝早くに秋子から連絡が入り、ともに出かけることがあった。他愛のない話ばかりだった。木元が、姉が死んだ話をすると、秋子は自分にも兄がいたが死んでしまったという。秋子の母が何度も聞いているという、形見のテープ。秋子が重そうに抱えている雑誌。秋子の話は全て嘘かも知れない、と考えながら、木元は彼女に、自分でも思いがけない一言を発していた。 [コメント]なんというか、森さんの短編集は、まるで音楽のアルバムのように、いろんな味わいの短編を収めていると思います。本書でいえば、不思議な話、ホラータッチの話、ミステリ色の強いS&Mシリーズ短編、そして、音楽でたとえればバラードのような本編…。 味わい深い物語です。ーーー 何度目かの再読ですが、楽しく読めました。 コメントで?をつけた2編は、書き下ろしだそうです。なんとなく、なるほど、と思いました。 上にも書きましたが、2月からはVシリーズ再読に挑戦となると思います。S&Mシリーズの再読を始める前までは、既刊作品の多さに、再読をためらっていたのですが、早く読まなきゃと慌てることもなく、楽しく読み進められていて良かったです。 それでは、一つだけ、印象に残っている一節を引用しておきます(文字色反転)。「許して下さい」と言い続ける人間が、世の中に存在することを、僕は初めて信じた。 ―「僕は秋子に借りがある」より(2009/01/27読了)
2009.02.01
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辻村深月『サクラ咲く』~光文社、2012年~ 初出は進研ゼミ中学講座の中編2編のほか1編が収録された作品集です。 久々に辻村さんの作品を読みましたが、中学生向けの作品ということもあり、独特の重さもさほどなく、あたたかい気持ちで読み進めることができました。 それでは、簡単にそれぞれの内容紹介と感想を。―――「約束の場所、約束の時間」 陸上部、武宮朋彦のクラスにやってきた転校生・菊池悠は、武宮の隣の席になった。武宮は、優等生タイプの彼とは友達になれない、と思っていたはずだった。同級生の砂原美晴からは、菊池と仲良くするよう言われる。部活の練習で裏山を走っているとき、菊池が立ち入り禁止の場所に入ろうとしているのを目撃する。さらには、菊池が存在しないはずのゲームを持っているのを知り、二人は少しずつ「秘密」を共有し、仲良くなっていく。しかし……。「サクラ咲く」 中学生に上がり、自分の意見をちゃんと主張できない性格を直したいと思っていた塚原マチは、また自分の意見を言えず、学級委員の書記になってしまう。それでも、学級委員の守口みなみ、長沢恒河とも少しずつ親しくなっていく。小学校からの友人、光田琴穂のことは、少し苦手に思いながら……。 図書室で本を借りるのが好きなマチは、ある日、自分が借りた本に一枚の便箋のような紙がはさまれていることに気付く。そこには、「サクラチル」と記されていた。その後も、彼女が借りようと思ういくつかの本には、メッセージがはさみこまれていた。そこでマチは、名も知れぬ誰かと、本を通じて、メッセージのやり取りをしようと思いつく。 学級委員のメンバーとの自由研究や、合唱コンクールなど、学校の行事にも全力を注ぎながら……。「世界で一番美しい宝石」 映画同好会を結成し、なんとか映画部にまで昇格させたいと考えていた一平は、図書室で主演女優にしたいと強くひかれた生徒に出会う。それは、先輩の立花亜麻里だった。同好会のリュウ、拓史とともに、なんとか彼女を映画に出てくれないかと要請するが、かつて演劇部に所属していた彼女の態度はつれない。どうしてもと依頼する一平たちに、立花は、自分がかつて読み、その後どの本屋にも図書館にも見当たらない本が見つけられたら、映画に出る、と条件を付けてきた。こうして一平たちは、幻の本を探すために最大限の努力を重ね……。――― これは面白かったです。少しずつ、すべての物語がリンクしていて、感動もありました。 名も知れぬ誰かとの本を通じた交流を描く表題作、幻の本を探す第三話が特に好みでした。マチさんが、少しずつ変わっていくのが素敵です。
2015.08.01
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真梨幸子『えんじ色心中』~講談社~ フリーライターの僕に、マニュアル作成の仕事が入った。相手先はかなりの無理を言ってきているが、なんとか応えなければ、と僕はがんばる。しかし、フリーの仕事だけでは生活もままならない僕は、派遣の仕事もしていた。新しく紹介された職場の環境自体があまり好ましくなく、そして拘束時間も長かったため、マニュアル作成との兼ね合いとあわせて負担になっていき、僕はしだいに睡眠時間が削られていく。 その頃、十六年前に起こった事件が、見直されていた。 有名市立中学を目指す小学生。彼は有名進学塾に入った。彼はテレビのドキュメンタリーで取材されることになり、低落気味だった成績もどんどん上がり、彼は無事合格を果たした。しかし、進学後、彼は家庭内暴力をふるうようになり、やがて、殺された。事件直後、父親は自分が殺したと自供していたが、一審後、無罪を主張、マスコミにしきりに取り上げられるようになる。 * 有名進学塾に通っている僕だが、成績は悪くなるばかり。そんなとき、一人の女の子と出会う。彼女は、週末は塾のためにおばの家にとまっているという。いつしか、僕も、土曜日にはひんぱんにそこで過ごすようになっていく。 真梨幸子さんの第二作です。デビュー作『孤虫症』の感想はこちらです。 本書は、プロローグ、1章、2章からなります。 1章では、社会人の「僕」と、小学生の「僕」の一人称の視点で、交互に物語が進みます。 仕事におわれ、人間関係にも耐え、睡眠時間もけずり…。手料理をし、きちんとゴミ捨てもしていた彼の生活は、いつしかコンビニの惣菜での食生活・ゴミ捨てもままならない生活へと変わってしまいます。さらに、なんとも救われない方向に話が進んでいきます。そのあたり、少ししんどかったです。 奇数の節が、社会人の「僕」の一人称で進むのですが、こちらには、十六年前の事件(西池袋事件)に関する記事が挿入されています。事件から半年後の、被害者となった少年たちの会話が印象に残っています。すごく冷めた目で社会や友人関係を見ていて。 この第一章が、作品の大半で、ここでもやもや感がつのっていきます。ここが伏線になってるんだろうな、などと漠然と見当はつくのですが、どうにももやもやが拭えませんでした。ラストの2章(エピローグという章題にしてもかまわないと思ったのですが)はとても短く、こんな短さで1章でうえつけられたもやもや感が去るのか、とどきどきしながら(少し不安に)読みました。一応の説明はつけられるのですが、分かったような、分からなかったような、というのが正直なところです。 時間的には、だいたい予想していたくらいの時間で読むことができたのですが、どうも読みが浅かったようで、もやもやが晴れてすっきりした、という感覚にはなりませんでした。 本書の大きなテーマになっている受験戦争。身近に受験戦争(しかも、私立の中学受験です!)がなかったので、あんまりぴんときませんでした。塾が忙しい、という人もまわりにはそんなにいなかった覚えがありますし。だから私がむしろ興味深く読んだのは、本作で描かれた子どもたちの、親・あるいは大人たちへの視線です。これは、年齢的な意味の子どもももちろんですが、親子の関係の意味での子どもでもあります。 考えすぎると長くなりそうなので、このあたりで。トラックバック用リンクです。でこぽんさんの記事はこちらです。
2005.12.03
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鷺沢萠『海の鳥・空の魚』~角川文庫、1992年~ 20編の短編が収録されています。最近、別の作品の感想にも書きましたが、高校生の頃の国語の問題に、本書に収録された作品(たしか、「ポケットの中」)が出題されていました。その小説を読んで、これは素敵だと思い、本書を買いに行ったのを覚えています。ミステリ以外に、はじめて買った作品かもしれません。 どの作品も、10ページほどの短い作品ですので、割とすぐに読めてしまいます。ということで、20の作品の中から、印象に残った作品について少しふれておくことにします。 本書を読むのはこれで二回目か三回目なのですが、読んでいて「あ、これすごく素敵だった」ということを思い出した作品が、「柿の木坂の雨傘」です。二十歳のとき、父親に言わせれば「正体不明の男」と結婚してから、父に勘当されたヨイ。彼女には、いまの夫にもらった傘を実家に置き忘れているという心残りがありました。その傘がうちになければならない。そう考え、久々に実家のある町を訪れる…という話です。いろいろ書くと興ざめかもしれないのでこのあたりにしますが、とても好きな作品です。 順番が前後しますが、冒頭の「グレイの層」も素敵でした。タイトルにも関わる一節を引用しておきます。「想いを外に出しはしなくても、それぞれ何かを胸に抱き―ひとはみなそうなのだ。スーパーヒーローや黒や白だけで世の中がつくられているわけではない。厚い、優しい、そして本当はいちばん重要なのかも知れない、グレイの層があるのだ」。 主人公の女性はそう考えながらも、恋人からされたプロポーズに対して、どのように返事をしようか迷っていました。このままグレイの層でいいのだろうか、と。…彼女が心を決める過程がとても素敵に描かれていて、彼女にプロポーズした男性のなにげない言動もとても素敵でした。 死別した恋人のことが忘れられず、結婚を考えていない女性が主人公の「横顔」。この終わり方が良かったです。「アミュレット」。この中で、日本にやってきているアメリカ人は、「大学で学んでいる学生を知らない」と言っています。私はどうだっただろう…などと思い返すのですが、外国の学生に比べればはるかに学んでいなかったかもしれません。それはそれとして胸が痛むのですが(といって、私は大学生活も大学院生活もとても充実していた、大切な時間だったと感じています)、日本では、大学を卒業したあと、また一からやりなおさなければならない部分が多いですね。一生懸命大学に入るための勉強をして、卒業後は銀行の窓口に座る(作品の中の例です)。大学受験が何だったんだろう、と感じるのも無理はないと思います。予備校か何かのCMで、「合格したら遊ぶぞ」というのもありますが、あれなども本末転倒ですね。大学受験のためにものを覚える行程は楽しかったですが、大学生活の中でしていた、自分の知りたいことを調べるという作業の楽しさといったらありません。大学受験って何なのだろう、大学生活って何なのだろうと、あらためて少し感じてしまいました。十人十色で別にかまいはしないのですが、変なひずみがあると嫌ですよね。 またなんともとりとめのない感想になってしまいましたが、このあたりで。
2007.04.03
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筒井康隆『虚航船団』~新潮文庫、1992年~ 圧倒的なスケールの長編です。 いつものような内容紹介は書きにくいので、つらつらと書いていきます。 本作は三章から構成されます。 第1章は、船団の文房具船の乗員たちの紹介と、任務遂行への旅立ちを描きます。コンパス、ナンバリング、糊、などなど…。全員が自分のことを思い悩んでいたり、変な振る舞いがあったり、地の文の言葉を借りれば「気が狂って」います。それでもどんどん愛着がわいていくのが楽しいですね。 第2章は、ある星に流刑にされたイタチたちの歴史を描きます。以前読んでいた『言語姦覚』の中に「プライベート世界史」という章があるのですが、まさにそこで触れられている部分です。『言語姦覚』を読んだ時点で、筒井さんが描く世界史というのが気になっていたので、今回読めて良かったです。 …と、いきなり脱線してしまいましたが、おおよそ、西洋史を中心とした世界史の古代から現在までの2000年間を、1000年間に凝縮したような内容になっています。明らかにパロディのような部分もありますが、それも含めて楽しく、興味深く読みました。冒頭で「圧倒的なスケール」と書きましたが、この世界史がその理由の一つです。 そして、第3章。メタ・フィクションの世界に突入します。文房具とイタチたちとの戦い、筒井さんの思いなどが、混じり合いながら描かれていきます。 第3章はとりわけ不思議な印象が強いですが、ラストでは泣けてきました。(2009/01/12読了)
2009.01.17
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森博嗣『ηなのに夢のよう』~講談社ノベルス、2007年~ Gシリーズ第6弾。 冒頭の登場人物表から明らかですが、今回はVシリーズとXシリーズとのリンクが楽しめます。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――西之園萌絵、N大学大学院D2 10メートルを超える木の枝でぶらさがっている死体が発見される。 同級生の雨宮純に事件のことを聞いた加部谷恵美は、二人で現場を見に行った。すると、現場のそばに、「ηなのに夢のよう」と書かれたハチマキのようなものが落ちているのを発見する。 山吹たちとも現場を見に行くと、現場近くに「ηなのに夢のよう」と書かれた絵馬も発見された。 一連の事件との関係を気にしていた矢先、ボートでしか行けない島での首吊り、さらには反町愛のアパートのベランダでの首吊りと、事件は続き…。――― 以下、文字色反転しておきます。(ここから)これまでのGシリーズ作品でも、事件の謎がすっきりしないまま終わる作品がありましたが、本作はいよいよすっきりしないまま終わってしまいます。 が、物語は転換点を迎えます。 公安の沓掛さんから真賀田博士の研究施設の見学に誘われる瀬在丸紅子さん。 椙田さんと赤柳さんの再会(?)。 そして西之園さんは、W大学に助手として声をかけられたため、国枝先生から博士論文を仕上げるよう指導を受けます。(ここまで) こうして、Vシリーズ、Xシリーズともリンクし、これからの物語の行方がますます気になる1冊です。(2026.05.17再読) ・ま行の作家一覧へ
2026.07.19
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森博嗣『ジグβは神ですか』~講談社ノベルス、2012年~ Gシリーズ第8弾。 前作『目薬αで殺菌します』から2年の時が流れ、加部谷恵美さんは県庁職員、雨宮純さんはTVレポータになっています。海月さんは別の大学に移り、山吹さんは別の大学で助教をつとめています。 山吹さんが知っている格安バンガローに、加部谷さん、雨宮さん、山吹さんが訪れます。そこは、芸術家たちが自給自足の生活をする宗教施設に併設するバンガローで、山吹さんは調査で何度か訪れたことがある施設です。 一方、ある依頼人により、宗教施設から娘を出してきてほしいと依頼を受けた作家の水野涼子さん(実はあの人)も、同じタイミングでそこを訪れ、4人は懐かしい再会を果たします。 …が、またもや事件が発生します。施設の中で最も若い芸術家が、棺の中から発見されます。彼女は全裸で、ラッピングされた状態でした。 はたして、犯人は施設の中の芸術家なのか…。 水野さんたちが調査を進める中、棺の中で眠っているという芸術家の存在が明らかになりますが…。 という物語です。 また、W大学准教授の西之園さん、瀬在丸紅子さんも登場し、豪華です。 事件の謎もさることながら、一連のギリシャ文字の事件の背後に見え隠れする真賀田四季さんへの関心がますますクローズアップされていく物語でした。 本作の中では、加部谷さんと海月さんの再会のシーン―そこでの加部谷さんの思い―に胸を打たれました。(2026.05.28読了)・ま行の作家一覧へ
2026.07.25
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西洋中世学会『西洋中世研究』15~知泉書館、2023年~ 西洋中世学会が毎年刊行する雑誌です。 今号の構成は次の通りです。―――【特集】西洋中世の感情<序文>山内志朗「西洋中世の感情をめぐって」<論文>赤江雄一「「感情の共同体」としての学識ある聖職者―14世紀の説教の聴衆―」山本潤「「怒りzorn」と「敵意haz」―中世叙事文学に見る感情の表象するもの―」辻内宣博「意志の感情という視点―オッカムのウィリアムにおける感情の理論―」宮崎晴代「14世紀末の記譜法の変化に見られる「感情の表現」―コローナ記号の登場とその意味について―」木川弘美「涙を描く―初期ネーデルラント絵画における情念・情動の図像表現―」【論文】阿部晃平「知識をいかに体系づけるか?―『ソロモンの哲学の書』に見る初期中世における学問区分の再編成―」宮野裕「中世ルーシのサモジェルジェツ(専制君主)概念」福田智美「エリザベス1世の枢密顧問官の特徴」【特別寄稿】松本涼・有信真美菜・城戸照子「2021年度若手セミナー「頭と舌で味わう中世の食文化:レクチャー編」より」【新刊紹介】【彙報】坂田奈々絵「西洋中世学会第15回大会シンポジウム報告「中世世界の人と動物」」森下園「「第11回日韓西洋中世史研究集会」報告記」――― 特集は、感情の歴史について。2020年にはアラン・コルバン他監修(片木智年監訳)『感情の歴史 I 古代から啓蒙の時代まで』(藤原書店)、ヤン・プランパー(森田直子監訳)『感情史の始まり』(みすず書房)が、2021年にはバーバラ・H・ローゼンワイン/リッカルド・クリスティアーニ(伊東剛史他訳)『感情史とは何か』(岩波書店)が刊行されているように、近年、我が国でも関心が高まっている領域です(以上3冊はいずれも未見。2024年中には読んでみたいです)。 もともと、2020年6月に開催された第12回西洋中世学会のシンポジウムのテーマが「中世における感情」で、本誌には、シンポジウム発表者による論考に加え、赤江先生の論文が新たに追加された形となっています。 前置きが長くなりましたが、序文は感情史研究の動向概観と、シンポジウムの概要紹介。 赤江論文はトマス・ウェイリーズの説教術書の分析を通じて、説教の構築方法いかんによっては笑いものになってしまうという興味深い事例と、説教者に適した説教方法の提示を指摘し、「感情の共同体」としての「学識ある聖職者」の存在を明らかにする興味深い論考。 山本論文は中世盛期叙事文学における「怒り」と「敵意」概念の考察。特に、『イーヴェイン』という作品の中で、「敵意」と「怒り」が異なる感情として描かれている点を説得的に論じている箇所(23頁)を興味深く読みました。 辻内論文は思想史・哲学史の観点からの感情についての考察。不勉強な領域のため十分に理解できませんでしたが、具体的な例(ラテン語の勉強過程や苦手な上司との向き合い方)は面白く、またありがたかったです。 宮崎論文は現在のフェルマータの前進とも考えられるコローナ記号(フェルマータと同じ形)について、その解釈と意義を論じます。研究史上の議論も分かりやすく整理されていて、馴染みのない分野ですが興味深く読みました。 木川論文は主に15世紀ネーデルラントで展開した涙の表現に関する考察。涙を描く前提として、透明な水の作例(とそれを可能にした油彩技法の意義)を紹介した後、聖母マリアとキリストの涙について具体的な作例を分析します。 阿部論文は『ソロモンの哲学の書』という史料の写本系統と、その具体的な分析を通じて、宗教的学問を世俗的学問体系に組み込む試みがなされていることを指摘する大変興味深い論考。 宮野論文は先行研究が十分に吟味していない時代の史料も丹念に読み解き、一般に「専制君主」と訳されるサモジェルジェツという言葉の多義性を明らかにします。 福田論文は枢密顧問官の年齢構成、出席状況などを丹念に分析し、エリザベス1世期の枢密院の特徴を指摘します。 特別寄稿は2022年2月に開催されたレクチャー報告について、活字化の要望も多かったため2本が掲載されたもの。なおレクチャー編はYou Yubeで視聴可能です。 新刊紹介では55冊の研究書が紹介されます。中でも、栗原健先生による、夫婦墓像を分析した著作(J. Barker, Stone Fidelity: Marriage and Emotion in Medieval Tomb Sculpture, Woodbridge, 2020)や、高名康文先生によるウェールズ大学出版の「中世動物叢書」について(ここではK. L. Smithies, Introducing the Medieval Ass, Cardiff, 2020)の紹介が興味深かったです。栗原先生はいつも面白そうな文献を紹介されていて、どれも気になっています。 彙報は2本。第15回大会シンポジウムにはZoomで参加しましたが、大変興味深い内容でした。 本誌末尾には、第1号から第15号までの総目次も掲載されていて便利です。(2024.01.03読了)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2024.01.13
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西洋中世学会『西洋中世研究』5~知泉書館、2013年~ 西洋中世学会が毎年刊行する雑誌『西洋中世研究』のバックナンバーの紹介です。 第5号の構成は次の通りです。―――【特集】グローバル・コンテキストの中のポスト・ローマ期<序文>佐藤彰一「グローバル・コンテキストの中のポスト・ローマ期」<論文>宮坂朋「キリスト教考古学から古代末期考古学へ―ヴィア・ラティーナ・カタコンベへの新たな視点―」浅野和生「成立過程に見る「中世美術」の形成」佐藤彰一「キルデリクス1世とドナウ戦士文化―フランク族のエトノス生成をめぐって―」大月康弘「後期ローマ帝国における財政規律と法の変容―ユスティニアヌス勅法が律する寄進行為の位相から―」シュテファン・エスダース(村田光司訳)「コンスタンス2世(641-668年)、サラセン人、西欧部族国家―地中海世界大戦期の政治と軍事、および経済と財政の連関に関する試論―」【論文】梶原洋一「中世末期におけるドミニコ会教育と大学―アヴィニョン「嘆きの聖母」学寮の事例から―」井口篤「「心の扉を開ける」―中世後期イングランドの俗語神学―」【新刊紹介】【彙報】金沢百枝「西洋中世学会第5回シンポジウム報告「中世のなかの『ローマ』」」図師宣忠「2012年度若手交流セミナー【西洋中世学の伝え方―『薔薇の名前』の世界を語る】報告記」佐藤直子「「上智大学中世思想研究所」の歩みと使命」――― 今回の特集は、ポスト・ローマ期の世界をグローバルな文脈の中に位置づけて読み解きます。 佐藤先生の序文はグローバルヒストリーの潮流を概観した後、本特集の各論稿を紹介します。 宮坂論文は、古代末期考古学の成果を様々な観点から紹介した後、その文脈とからめて、題材とするヴィア・ラティーナ・カタコンベの分析を行います。例外的だった土葬が3世紀初めに逆転し土葬が主流になることを示す表が興味深いです。 浅野論文は、5世紀の象牙製ディプティック(筆記用具)と6~7世紀の円形競技場を礼拝堂に採用した場のモザイクを題材に、美術の観点から「中世」という時代意識が生まれたことを論じます。 佐藤論文は1653年に発見されたキルデリクス1世の墳墓を出発点として、フン族の影響など、東方世界とのつながりに目配りしながら、初期メロヴィング期の基本的なクロノロジーの確定と、その歴史的意義について論じます。 大月論文は、ユスティニアヌス勅法の分析から、特に寄進行為に着目し、財政規律の規制が「個人」に向かっていったことなどを明らかにします。 エスダース論文は、7世紀後半のコンスタンス2世の時期、彼による各地での戦いの意義や、敗者による勝者への貢納といった、経済・財政との関連を論じます。 梶原論文は、托鉢修道会(特にドミニコ会)と大学については対立関係が強調されがちですが、15世紀末に設置された学寮に着目し、両者の結びつきを浮き彫りにする論考。 井口論文は、1409年のアランデルによる俗語聖書の禁止がもたらした効果をやや相対化し、俗語神学に、それまでの伝統的神学からの連続性があることを明らかにします。 新刊紹介は、43冊の洋書と2冊の和書の紹介。とりわけ、山口雅広先生が紹介なさっている、枢要徳の歴史をたどる、I. P. Bejczy, The Cardinal Virtues in the Middle Agesが気になりました。 彙報は3本。2013年6月開催の西洋中世学会におけるシンポジウム「中世のなかの『ローマ』」の概要、2012年9月開催の若手セミナーの報告(こちらは、『薔薇の名前』を授業にいかに活用するかという事例報告で、興味深いです)、そして上智大学中世思想研究所の歩みと今後の使命を記した文章です。 特集は私が不勉強な時代を中心としていること、そして重厚な議論もままあり、十分に読み込めませんでしたが、今号では梶原先生の論考が自身の関心にも近く、とりわけ興味深く読みました。(2025.06.08再読)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2025.08.17
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島田荘司『踊る手なが猿』~光文社文庫、1993年~ 4編の作品が収録された短編集です。それぞれの簡単な内容紹介と感想を。「踊る手なが猿」地下道の喫茶店Bに勤める私は、向かいのケーキ屋Qのガラスケースに飾られた手なが猿の人形(?)に興味をもっていた。というのも、猿には赤いリボンが結ばれているのだが、三日ほどの短い期間で、足の先や腕の先などに、そのリボンの位置が変えられるからである。一方、関係をもっていたBの店長が、少し外出すると言って出かけた日に、店長が死亡するという事件が起こる。「Y字路」昭和63年(1988年)11月。アパートに帰宅した瑛子は、見知らぬ男の死体が部屋に横たわっているのに気付き、動揺する。このままでは、もとより彼女のことを疎ましく思っている恋人の母親から何を言われるかわからず、恋人と結婚できなくなってしまう…。瑛子は、恋人に助けを求めた。そこで恋人は、一計を案じる。「赤と白の殺意」私は、子供時分に軽井沢で過ごしたはずだが、その後はどうしても軽井沢に行く気になれなかった。ところが、ある日好奇心で受けた心理テストで、自分には殺人の記憶が抑圧されているのかと考えるようになる。真っ白い雪の中にある、赤い水のイメージ…。私は、抑圧された記憶を探るために、軽井沢へ向かった。「暗闇団子」加賀から江戸にやってきた四方助は、書物を書き写す筆耕の仕事をしながら、細々と暮らしていた。友人に連れられ、花魁と出会った四方助は、初日からお床入りすることになった。美しい花魁を忘れられないながらも、次第にあの経験は夢だったと思い始めた四方助のもとに訪れた、花魁。吉原の火事に乗じて逃げてきた彼女とともに、四方助は団子屋を開く。ーーー 数年前、途中まで読みながら、最後まで読んでいなかった作品。今回はじめて読了したのですが、どれも面白かったです。 表題作の「踊る手なが猿」は、<以下ちょっとネタにふれるので反転>「糸ノコとジグザグ」や『火刑都市』のように、地図(見取り図)が題材になった作品。どの文庫かの解説で、島田さんは地図などを斬新な視点で見て作品に仕立てられるという指摘があったかと思いますが、たしかにそうですね<ここまで>。「Y字路」は、吉敷竹史シリーズの短編です。倒叙スタイルの変形バージョンとでもいいましょうか。どことなく、「傘を折る女」(感想はこちら)を連想しました。 主人公が、抑圧された記憶の謎を解く「赤と白の殺意」も面白いのですが、この短編集の中では、異色作でありながら、「暗闇団子」が良かったです。舞台は、江戸。元侍の男と元花魁の女の恋と、あたたかい生活と、待ち受けていた悲哀と。 天樹百合香さんによる解説も、あたたかい雰囲気があって良かったです。
2007.08.31
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おーなり由子『てのひら童話2―空のともだち―』~角川文庫、2005年~ 味わい深い、いくつもの物語が収録されています。 私にとっては、第1弾の『てのひら童話1』よりも心に残る作品が多いように感じました。 大きく、3部に分かれています。それぞれの部から、印象に残ったお話についてメモしておきます。「みどりのともだち」 チトというへんな生き物がとつぜんやってきて、主人公としばらく過ごす「チト」という物語が、良かったです。少し、ほのぼのとするお話。 続く「雪の町」は、初読のとき、涙が出てきました(もともと私は涙もろいのですが)。おばあちゃんの家におつかいに行く途中、女の子がその雪の町で迷子になってしまうのですが…。本書のなかで、いちばん好きなお話です。「空のともだち」 なにげない学生さんの一こまを描いた「永遠」は、女の子の笑顔がとても素敵です。 夕焼けをみて、ほろほろ涙が出てしまうさるの子と、その母親を描いた「なきざる」、15年ぶりに自転車に乗るおばあさんを描いた「自転車」、どちらも少し切ない、そして優しい物語です。「夜のともだち」 主人を亡くした後、その飼い犬が友達の女の子と月見そばを食べに行く「月見そば」も、泣けてくる物語です。 最後に収録された「天使のはなし」は、本書のなかでもっともページ数の多い物語です。 クリスマスの夜、駅で父親を待つ女の子が、一人の男の人と出会います。 さて、今日はクリスマスイブ。 本書は2ヶ月前にひととおり読んでいたのですが、感想を書くのは今日になってしまいました。「天使のはなし」をもう一度、今日読むことができて、良かったです。
2012.12.24
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二階堂黎人『ユリ迷宮』~講談社ノベルス~「ロシア館の謎」第一次世界大戦後、ロシア。「吹雪の館」に暗号文を届けた私たち。しかし、私の仲間が館の令嬢と宝石を盗んで逃げた。私は彼らを追うが、彼らは死んでしまう。館に引き返した私だったが、館は跡形もなく消えてしまっていた。「密室のユリ」推理作家がマンションの一室で殺された。ドア、窓ともに施錠された、完全な密室状況にように思われた。「劇薬」敵の多い長坂善蔵に、何枚も脅迫状が届けられた。彼は、二階堂蘭子のもとへ相談にくる(高圧的な態度だったが)。コントラクト・ブリッジ(トランプのゲーム)のパーティーを催すので、そこに参加して、誰が俺を殺そうとしているのか指摘してくれ、というのだ。蘭子は用事があり、初日からパーティーに参加することはできなかったが、黎人が赴いた。しかし、そこで、善蔵は毒が原因で、死んでしまう。 ふと思いついて、本作を再読しました。 さて、「ロシア館の謎」は、とても面白いです。巨大な館が、わずかな時間の間になくなってしまう-。こんな魅力的な謎が提示され、そして解決されます。とても面白いのですが…。これは、喫茶店「紫煙」で行われた「殺人芸術会」の月例会の中で、アルフレッド・カール・シュペアが語る、という構成をとっています。第二節の冒頭は、ちゃんとかぎかっこで始まっているのに…もうちょっと、人に話している、という風に書けないものでしょうか。単に一人称スタイルの地の文を読んでいるようにしか思えませんでした。細かい指摘ですけどね。「密室のユリ」は、一応「密室」というのが主題になっていますが、それよりも犯人を告発するかけひきのところが面白かったですね。「劇薬」は、衆人環視の中の毒殺事件。有栖川有栖さんの「ロシア紅茶の謎」と、「モロッコ水晶の謎」(それぞれ同名の短編集に収録)が想起されます。オーソドックスなミステリですね。 二階堂さんの蘭子シリーズは、最近妙な方向に走ってしまっている印象がありますが、たしか、初めて読んだ彼の作品は、『吸血の家』です。タイトルに惹かれて、図書館でぱらぱら読んで、面白そうだと思い、本屋に注文して…。『吸血の家』を読んだときは、すごいと思いました。それ以来、二階堂さんの本はほとんど買っているのですが、どちらかといえば水乃サトルシリーズの方が面白いですね。提示される謎の規模や、江戸川乱歩風(といいながら、私は江戸川乱歩さんはほとんど読んでいませんが)の雰囲気という点では、蘭子シリーズが面白いのですが、水乃さんシリーズは、会話が自然なのです。蘭子シリーズでの、あの登場人物たちの独特の仰々しい話し方は、意図的にしているのでしょうが、私にはあまり好きではない、というだけです。好みの問題ですね。もちろん、これからも蘭子シリーズが出れば読みますけどね。
2005.03.27
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朝倉文市『修道院―禁欲と観想の中世―』~講談社現代新書、1995年~ 朝倉文市先生は、ノートルダム清心女子大学名誉教授で、西欧中世文化史、特に修道院の歴史の大家です。 本書は、古代末期から中世末期までの修道院の歴史の概要を分かりやすくまとめた一冊となっています。 本書の構成は次のとおりです。ーーープロローグ第1章 禁欲の起源第2章 殉教から修道制へ第3章 東方修道制の夜明け第4章 西方修道制の始まり第5章 『聖ベネディクトゥス戒律』の普及第6章 改革修道院クリュニー第7章 修道士の日常生活第8章 源泉への回帰―十一世紀の修道院改革と聖堂参事会第9章 シトー会の誕生第10章 托鉢修道会の出現第11章 中世末期の修道制エピローグ―日本人と修道院主な参考文献ーーー 簡単にメモをしておきます。 修道制は、3世紀頃のエジプトから始まったとされています。霊的な動機から人里をはなれ、苦行にいそしむ人々は、隠修士と呼ばれます。もともとは個人的な動機から孤独に生きようとするわけですが、しかし生きていくためには外部との接触も必要である、ということで、集団化していきます。 さらに東方にて修道制は続いていくわけですが、4世紀半ば過ぎころから、西方でも修道制が始まったとされます。面白いのは、この時代の特徴として、修道士の遍歴が重要だったことです。アイルランドの修道士たち(たとえば聖コロンバヌス)は、フランクやイタリアまで遍歴し、重要な修道院を建てました。 そして、6世紀半ば頃、「祈り、働け」で有名な『聖ベネディクトゥス戒律』が生まれ、西方に普及していきます。この流れをくむのが、有名なクリュニー修道院(会)ですが、故人や寄付者たちのための祈り(執り成し)に特化していき、やがて自ら働く時間が減っていきます。しかし、修道会の拡大、寄進の増加などでの富の拡大により、クリュニーは腐敗していき、やがてこれを批判するシトー会などの革新運動が起こります(11世紀)。けれど、もともとは人里離れて作られたシトー会系の修道院も、やがて富を蓄えていく…。 歴史は繰り返す、ではないですが、尊い理念や偉大な人物によって立ち上げられた修道院が、組織の拡大や世俗とのつながりによって元の理念を失っていく、というのが、修道院の歴史を勉強していて面白いと感じる要素の一つです(あまりに単純に図式化してしまうことに注意すべきなのはもちろん承知していますが…)。 他方、11-12世紀頃、福音に従おうという動きが出てきて、遍歴説教師たちにより多くの修道院(会)が設立されます。そして13世紀には、ドミニコ会とフランシスコ会をはじめとする、修道院という場の中に閉じこもるのではなく、都市のなかで説教を行うことを中心とする托鉢修道会が登場します。 …と、ざっと通史的なメモをとりましたが、本書のなかで興味深いのは、修道士の生活に一章が割かれていることです。祈りや食事の時間、労働のあり方などが簡潔にまとめられていています。特に、一日の流れが表で示されているのが興味深いです。 通読したのは2度目ですが、やはり勉強になります。修道院の歴史の概要をつかむのにうってつけの一冊だと思います。
2014.02.08
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島田荘司『改訂完全版 火刑都市』(島田荘司『島田荘司全集IV』南雲堂、2010年、427-681頁)吉敷竹史刑事の先輩にあたる中村刑事が主人公の長編です。それでは、内容紹介と感想を。――― 1982年12月1日、雑居ビルの火災の中で、土屋という警備員が焼死した。土屋は、事件の際には、眠っており、上半身が焼かれていたという。働きぶりも真面目で、普段は睡眠薬も飲むはずのない土屋が、大量の睡眠薬を摂取していたことも不審な点だった。 中村は、単なる放火とは考えず、自殺あるいは他殺の線があると見て、土屋の周辺を捜査していく。土屋には、結婚する予定だった女性がいたらしい。しかし、彼のアパートの一室を訪れると、部屋は整理されており、アルバムからも何枚も写真が抜き取られていた。同居していたらしいその女が、自分の痕跡を隠したのだ。ここに、俄然その女が重要参考人となる。中村は、名前も出身地も分からないその女にたどり着くべく、奮闘することになる。 一方、その後も放火事件は繰り返される。多くは、ビルの資材置き場に火をつけられているのだが、奇妙なことに、火災の起こった時点では、その部屋は密室状況だった。――― 9年ぶりほどの再読。これは面白いです。 前半は、最初の被害者と付き合っていたはずの幻の女を捜すスリリングさに手に汗握ります。 後半では、連続放火を食い止めることができるのかどうか。そしてまた、犯人の動機が焦点になってきます。 この物語の最大の魅力は、犯人の動機だと思います。もちろん、犯人がしたことは決して許されないと思いますが、では、犯人にその動機を抱かせた背景は、許されることなのでしょうか(ここで、中村刑事も犯人の動機自体を批判していないことが興味深いです)。 島田荘司さんの作品には、いくつか特徴的なテーマがあります。・日本人論(→『御手洗潔の挨拶』(講談社文庫、1991年)所収の「御手洗潔の志」と題されたあとがきは、とても印象に残っています)・都市論(本書の他に、『都市のトパーズ』もこのテーマを扱っています)また、関連して江戸論(→後に『写楽 閉じた国の幻』) 以上の要素が、本書には詰まっています。 あらためて、これは面白い物語です。 全集あとがきの、本作執筆の背景も興味深く読みました。
2016.12.17
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西尾維新『不気味で素朴な囲われたきみとぼくの壊れた世界』~講談社ノベルス、2008年~「世界シリーズ」第4作です。今回は、第二作『不気味で素朴な囲われた世界』の続編で、ある意味ではサイドストーリーともいえると思います。 それでは、簡単な内容紹介と感想を。ーーー 私立千載女学園で倫理教師とスクールカウンセラーをつとめる串中弔士。わたし―病院坂迷路は臨時講師として、彼のもとにつくことになった。 ある日、3時間目に串中からメールが届く。呼ばれたとおり体育館に向かうと、そこでは同僚の教師が死亡していた。奇妙なことに、その頭部はバスケットゴールの中に突っ込まれるような状態であった…。 串中のたくみな話術で会議を乗り切り、翌日も通常に学校が開かれることになったが、早くも新しい事件が発覚する。ーーー 本書の病院坂迷路はどうも第二作に登場する病院坂迷路の「コピー」「傍流」だそうで、私なりの理解だと同姓同名の別人ということになるのだと思いますが、たぶんこんな理解に意味はないのでしょう。第二作もすっかり忘れていたのですが、そういえば第二作の迷路さんは無口で、メールも顔文字しかなかったような…。 それにしても本作、学校が舞台なのに描かれる人物はごくわずかという、なかなか面白い進行になっています。 社会に出ると卒業がない。このことがゲームの裏面にたとえられていて、なるほどと頷きました。(2008/12/16読了)
2008.12.19
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黒田研二『ナナフシの恋』~講談社ノベルス、2007年~ 久々に、講談社ノベルスからの黒田研二さんの作品です。こうして見ると、黒田研二さんはほとんどシリーズものを書かれてないですね。今回もノンシリーズです。学校の一つのクラスを舞台にした、6人の生徒たちの物語。 ではでは、内容紹介と感想を。ーーー 1学期の終業式の日、2年4組の同級生、久遠麻帆が飛び降り自殺した。それから25日たったとき、新しい校舎の新しい教室に、男女3人ずつ、6人の生徒が集まった。みんな、前夜に麻帆からメールがあったという。意識不明で、入院しているはずの真帆。実際には、飛び降りた彼女は携帯電話を持っておらず、何者かのいたずらとも思われたが…。 真帆ともっとも親しい(と思われていた)沙耶は、なぜこのような状況になったのかを考えようと提案する。目立たないように目立たないように暮らしていた麻帆について、みんなは何を知っているのか。なぜ、この6人は麻帆のメールアドレスを登録していたのか。なぜ、麻帆は飛び降りたのか。 6人の記憶を付き合わせていくうちに、麻帆がどれだけ目立たないように苦心していたのか、恐ろしくなるような事実も浮かび上がってくる。ーーー 登場人物は、たった6人。麻帆さんや、何人かの同級生たちが話題に上がるものの、登場することはありません。 自殺(未遂?)をした同級生からのメールで、限られたメンバーだけが学校に集まり、その同級生について回想していく―という構成は、どこか辻村深月さんのデビュー作『冷たい校舎の時は止まる』を連想させます。もちろん、内容はずいぶん違いますが。 本書で面白かったのは、誰もほとんど意識せず、正確には思い出せないようなつきあいしかしていなかった ―あるいは、ほとんどつきあいのなかった―麻帆について、話をしていくうちに、その人物像が見えてくる、というか、もっと具体的に彼女について思うことができるようになっていく過程ですね。 中には恐ろしい、あるいは不快な事件についての話もありますが、さわやかな表紙に似合う、青春物語だったように思います。 考えてみれば、そんな無茶な、という設定もありますが、読後感は良かったです。あ、これは面白かった、と思える一冊でした。(2007年12月16日読了)
2007.12.20
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横溝正史『迷路荘の惨劇』~角川文庫、1996年改版初版~ 金田一耕助シリーズの長編です。文庫で500頁と、読み応えもあります。 では、内容紹介と感想を。ーーー 昭和25年(1950年)10月。ホテル名琅荘の主人、篠崎慎吾からの依頼で、金田一耕助は静岡県の名琅荘を訪れた。富士山をのぞむそのホテルは、もともと明治時代に古舘種人伯爵が建てた建物であった。内部のいたるところにどんでん返しや秘密の通路があり、庭も迷路のように入り組んでいるところから、迷路荘ともいわれるその建物では、20年前に恐ろしい事件が起きていた。 種人の息子、一人が嫉妬に狂い、妻を斬り殺し、従者の尾形静馬も殺そうとその左腕を切り落としたが、逆に自分が斬り返された…そう思われる事件。尾形は「鬼の岩屋」と呼ばれる洞窟に逃げ込み、その後その生死は不明だった。事件以降、名琅荘の周囲では、左腕のない男がたびたび目撃されているという…。 一人の息子、辰人の代に名琅荘が銀行の質流れになっていたところを、篠崎が手に入れた。篠崎はまた、辰人の妻であった倭文子も自分の妻としていた。 昭和5年の事件から21回忌ということで、辰人などの関係者も呼ばれる中に招待された金田一耕助。実は前夜に、左腕のない男が篠崎からの案内状をもって客としてやってきたものの、抜け穴のある部屋から消えてしまったというのだった。 金田一耕助が、迎えの男が操る馬車で名琅荘に近づいたとき、見かけた片腕の男。後に片腕にみせかけた男―辰人が殺されているのが発見される。そしてそれは、その後に続く惨劇の序に過ぎなかった…。ーーー フルートの音色、洞窟、迷路のような館…いかにもの、わくわくする道具立てです。それらがただの雰囲気作りではなく、全て生きているのが良いですね。 前半のアリバイ調査は、一人一人の聞き取りということで、冗長な感じもあったのですが、その後はどんどんひきこまれました。洞窟の中の惨劇など、涙なしには読めません。 昭和5年の事件を解決できなかったことから、今回の事件に意欲を燃やす老刑事の井川さん、穏やかでありながらてきぱきと指揮する田原警部補などなど、警察の人達もみなさん魅力的で良かったです。 譲治くんと金田一さんが言い争う場面も、緊迫感があってどきどきしました。どの登場人物も生き生きしているのも、横溝さんの作品の魅力だと思います。 面白かったです。(2008/08/03読了)*表紙画像は横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。
2008.08.04
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浦賀和宏『上手なミステリの書き方教えます』~講談社ノベルス、2006年~ 松浦純菜さんと八木剛史さんシリーズ第三作です。ハウツーもののようなタイトルですが、上手なミステリの書き方は分からないような…。むしろ、ミステリへのアンチテーゼの一つの形として読みました。 主人公の八木さんは、趣味(特技)といえばガンプラ作りくらいで、学校ではほとんどの生徒からいじめられている、という人。レストランで、妹と食事しているとき、外国人に発砲され、妹さんは入院、しかし八木さんは奇跡的に助かった、という過去があります。 第一作で、純菜さんと八木さんは出会います。純菜さんは、八木さんのその《力》を重視して、二人は仲良くなるのです。女性の友達がいなかった八木さんにとって、純菜さんは大きな存在になっていきます。そして、第一作、第二作の中で二人は事件に巻き込まれ、そして事件を解決するのです。 本作は、既刊の二作を読んでいないと全く意味不明だと思います。二冊とも読んでいて文脈は分かっているつもりでも(だからこそ?)、「彼女と出会わなければ俺は脳内で幸せに生きていられたのに!」という帯の文句に失笑してしまいましたが…。 いつものような感想の書き方はしづらいので、つらつらと書きます。 メインは、八木さんの苦悩です。純菜さんが好きな八木さんですが、最近は二人で出会うことより、女友達の小田さんと、男友達の河野さんも一緒に四人で会うことが多いのです。自己卑下の気持ちがあまりに大きい八木さんは、純菜さんは河野さんと話している方が楽しいんだ、とか、もっと一般的に、自分以外の男といる方が純菜さんは楽しいに違いない、とか考えます。ガンダム関連の妄想とかいじめの描写とか…。濃いですね…。 萌え文化を嫌悪するエロ萌え小説家の独白も、本書で大きな部分を占めています。私は何を読んでいるんだろう…という気分になりました…(苦笑)。 ひたすらにオタク文化、萌え文化が批判されます。それらの文化は資本主義社会にあって、お金になる分野だからマスコミから非難されないが、実は日本を堕落させている、というんですね。 妙な話だな、どうつながっていくんだろう、と思いながら読むわけですが、びっくりなつながり方をしてくれました。ミステリテイストの事件も起こります。その小説家の妹が、一見不可解と思われる状況で殺されるのです。 なにやら奇妙な話でしたが、ラストの爽やかさが良かったです。勧善懲悪はいいですね。 トラックバック用リンクです。でこぽんさんの記事はこちらです。(追記) 作家批判やいくつかのエピソードについて、『浦賀和宏殺人事件』を思い出しました。自分の感想を読み返してみると、あまり好きになれないと書いていますが、作品を読み返してみるとまた別の印象を抱くかもしれない、と思いました。
2006.06.18
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森博嗣『すべてがFになる THE PERFECT INSIDER』~講談社ノベルス、1996年~ いわずとしれた、森博嗣さんのデビュー作。第1回メフィスト賞受賞作で、犀川創平先生と西之園萌絵さんが活躍するS&Mシリーズ第1作です(書かれた順番は違いますが…)。 それでは、内容紹介と感想を。ーーー 1994年、夏(西之園萌絵、19歳/犀川創平、32歳) 西之園萌絵は、天才工学博士・真賀田四季と話をする機会を得た。16年前、14歳のときに四季は両親を殺したとして、何度か裁判も受けていた。この件に関して四季は、人形が両親を殺した、という。 萌絵が四季と会話できたことを聞いたN大学工学部・助教授の犀川創平はうらやましそうに聞いた。そこで萌絵は、ゼミ合宿を真賀田研究所のある島で行うことを提案、実現する。 合宿一日目の夜。萌絵は犀川を連れて、研究所を訪れる。ところが、トラブルがそこに待ち受けていた。二人の対応をしていた副所長の山根によれば、真賀田四季と話をする約束があったのに、まったく連絡がとれず、四季を「閉じこめている」ドアも開かない。彼らが四季の部屋の前にいるとき、突如、システムに異変が起こる。開かなかったドアが開き、中からは純白のドレスをきた女の死体が出てきたのだった…。ーーー 本書を読むのはこれで4,5回目というところでしょうが、やっぱり面白いです。最近のGシリーズやXシリーズではかなり翻弄されていますが、S&Mシリーズは特に順当なミステリに仕上がっていて、安心して読めます(もちろん、森さんの、特に講談社ノベルスの作品に流れる独特の世界観は、どの作品を読んでも面白いですが)。 ところで、本書で犀川先生が、西之園先生(事故で亡くなった萌絵さんのお父様)の講義の思い出を語るシーンがあります。このエピソードがとても好きで、忘れられません。 最後に、本書の中の好きな言葉をいくつかメモしておきます(文字は反転させておきます)。 森さんの作品には、印象的なセリフや言葉が数多いのも魅力です。「自然を見ていて美しいなと思うこと自体が、不自然なんだよね。汚れた生活をしている証拠だ。窓のないところで、自然を遮断して生きていけるということは、それだけ、自分の中に美しいものがあるということだろう? つまらない仕事や汚れた生活をしているから、自然、自然ってご褒美みたいなものが欲しくなるのさ」(61-62頁)「思い出は全部記憶しているけどね、記憶は全部は思い出せないんだ」(211頁)「私には正しい、貴方には正しくない……いずれにしても、正しい、なんて概念はその程度のことです」(362頁)(2008/12/17読了)
2008.12.20
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吉本ばなな『とかげ』~新潮文庫~「新婚さん」ある晩、私は会社の帰りに、降りるべき駅で降りず、しばらく電車に乗っていた。ある駅で乗り込んできたホームレス風の老人が、私の隣に腰掛けた。しつこく話しかけてくる彼を無視していると、隣の雰囲気が変わった。見ると、そこには美しい女性がいた。「とかげ」スポーツクラブで知り合ったとかげは、私くらいとしか話をしない。私がプロポーズすると、彼女は、「秘密があるの」と言った。「らせん」彼女は、言葉につまるとき、目を閉じる。そのとき、まつげがくっきりと目立つ。その瞬間に、私は深いものを感じていた。「キムチの夢」二人のなりそめは、不倫だった。不安を感じながらの新婚生活だったが、ある瞬間、私の中で変化が起こった。「血と水」ある宗教を信じる人々で構成された村。両親もその信者で、そこに住んでいた。私はそこを飛び出して東京に向かった。「おまもり」を作る昭と生活を共にするようになった。「大川端奇譚」放蕩な性生活を一時期送っていた私だが、体を壊してからは、OLとなり、普通に生活していた。素敵な男性と出会い、二人は婚約をした。 素敵な人々が描かれている-そう思った。それは、「新婚さん」に登場する女性であり、「とかげ」の二人であり、「血と水」の昭であり、「大川端奇譚」の婚約者である。 いくつかの作品にコメントを(上記の内容紹介よりさらに内容につっこんでいる場合があるので、先入観なく物語を読みたい方はご注意ください)。 「新婚さん」。家に帰りたくないとき、会社に行きたくないとき、学校に行きたくないとき、誰しもそういう瞬間を感じたことがあるのではないだろうか。そこに現れたホームレス。彼は、「私」にあわせて、その姿を「私」が知っている女性に変えた。彼女は、とりわけ「私」の心をうつ言葉をかけたわけではない(あえてこう言おう)。しかし、「私」は考える。そして最後には、彼女を「偉大な人」と思うようになるのだ。 「とかげ」。辛い過去を負った二人。世の中は不条理で、どうにもならないことばかりで、最初は被害者だったのにいつのまにか加害者になってしまったりする。不条理。心療内科・精神科に通うようになってから(というか、そのきっかけとなる出来事があってから)私はこの言葉あるいは概念に深く感じるものがある。使い古された言葉かもしれないが、実体験をふまえた上で、あえて言おう。この世は不条理だ。そしてその不条理が描かれているこの作品には、深く共感した。ただ、「救い」はあるのだ。もしこの作品に「救い」がなければ、もっと違う評価をしていただろう。 「大川端奇譚」。私は、この作品の一人称の女性の婚約者を、すごい人だと思う。もし私が彼だったら、同じような対応ができるだろうか…。もちろん、ある出来事に対する反応は人により千差万別なのだけれど。たとえば-ちょっと脱線気味-、「とかげ」に例示されている、「守ると約束した植木鉢を枯らせたからと首をつった子」。そんなことで首を吊らなくても、という人も多くいらっしゃるだろう。しかし私は、いろんな意味で、そして善悪の価値判断はなしにして、この反応がありうるものだ、と思う。もちろん、実際に誰かが(とりわけ、自分が知った人が)そういう行為をしたら、とても苦しいし、とても悲しいし、とても悔しい気持ちになるだろう(ああ、自傷行為をしていた自分を思いだしてしまった。周囲の方々には本当に多大な心配をかけたのだな、と、いまさらながら、やや客観的に認識できた)。さて、戻ろう。そして、彼のその行動により、とても希望のある物語となっている。 総じて、この短編集の作品は読後感が良い。もちろん、上でつらつらと考え事をしてしまったように、不条理なことや重たいことなども描かれているのだけれど。
2005.01.31
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マルク・ブロック(河野健二ほか訳)『フランス農村史の基本性格』(Marc Bloch, Les caracteres originaux de l'histoire rurale francaise, Oslo H. Ashehoug & co., 1931)~創文社、1959年~ アナール学派の創始者のひとり、マルク・ブロック(1886-1944)による、フランス農村史研究です。タイトルだけ見れば、制度的な話が多そうですが、そんな心配は杞憂に終わりました。なんというか、常に現実に生きた人間が意識されているのです。 さて、詳しい感想は後にまわして、まずは本書の構成を掲げておきます。ーーー凡例序 方法についてのいくつかの観察 文献案内第一章 土地占有の大きな段階 1 起源 2 大開墾の時代 3 中世の大開墾から農業革命へ第二章 農業生活 1 旧農業の一般的な特徴 2 輪作のタイプ 3 農業制度。開放・長形耕地 4 農業制度。開放・不規則耕地 5 農業制度。囲い込み地第三章 一四・一五世紀の危機までの領主制 1 中世盛期の領主制とその起源 2 大土地占有者から地代取得者へ第四章 中世末からフランス革命までの領主制と土地占有の変質 1 領主制の法的変質。農奴制の運命 2 領主財産の危機 3 「領主的反動」。大土地所有と小土地所有第五章 社会集団 1 マーンスと家族共同体 2 農村共同体。共有地 3 諸階級第六章 農業革命の発端 1 共同利用にたいする最初の攻撃。プロヴァンスとノルマンジー 2 採草地における共同体的諸権利の衰退 3 技術革命 4 農業個人主義への努力。共有地と囲い込み第七章 展望。過去と現在訳者あとがき索引図版ーーー 本書の訳者あとがきも含め、しばしば指摘される本書の特徴は、比較の視点と、遡行的方法のふたつです。 まず比較の視点ですが、本書は標題に「フランス農村史」と掲げながらも、要所要所で他国の状況にもふれています。また、フランス国内の中でも、地方によって違いがありますので、それらを比較しながら話が進められます。そして、この比較対照という方法により、「共通の性格と同時に、独自性を取り出す」ことが目的とされます。 遡行的方法は、過去を理解するために、現在を理解するところからはじめ、過去にさかのぼって研究していくということです。おおまかにいって、本書自体は中世から現代へという通史的記述と、第二章などのように一つのテーマについて検討する記述の二種類の記述があるといえますが(*1)、いずれでも、現代(マルク・ブロックが生きた時代)の農村の状況が念頭におかれているといえます。 また、本書の目的は、問題の解決を提示することではなく、「問題をうまく提起すること」(3-4頁)だとブロックはいいます。なので、訳者あとがきにもあるように、本書の内容を鵜呑みにしてしまうことは戒められているといえます。 そうは言っても、本書はとても魅力に満ちた一冊でした。 私自身は不勉強ながら、農村史についての研究史を把握していませんが、本書の内容にはもはや古びたところもあるのでしょう。それでも、地域や道具の状況などに応じた耕地の3タイプを論じる第二章の3節~5節をはじめ、森林とひとびとの関係をあつかう第一章2節の一部など、興味深い記述が多々あります。 たとえば森林についての記述(23-27頁)は、森林がひとびとにもたらす資源や、猟師、鍛冶屋などの「森の住民」、森が家畜の放牧地として役だったことなどにふれられていて、とても生き生きした記述となっています。 もうひとつ、道具と耕地のかたちについてもメモしておきます。 有輪犂が用いられる地方には一方向にとても長い耕地(開放・長形耕地)が、無輪犂が用いられる地方には不規則耕地が対応するという指摘があります。長形耕地については話を聞いたことがあり(図も見たことがあるかもしれないですが)、知識としては知っていましたが、本書に付された図版で、その具体的な様子が分かります。とまれ、有輪犂は、無輪犂に比べて、同じ頭数の家畜に引かせてもずっと深く地面を掘ることのできる道具でした。ところが、車輪があると、方向転換のためのスペースが必要となってきます。そこで、一気に長い距離を耕し、方向転換して、また長い距離を耕す、というように、長形耕地が便利だったわけですね。…もっとも、ブロック自身は、このように単純化して理解してしまうことに注意も呼びかけています。 記事の冒頭で、本書の記述が生きた人間を意識している、と書きました。先に少しふれた森林についての記述の部分もそうですし、たとえばある法が適用されることになった際、いろんな階層(立場、境遇)の人々が、いかにその法に対応したか、というところにも目配りがあります。 * 訳者あとがきによれば、本書は5人の訳者がそれぞれ分担箇所をもちより、毎週1回研究・検討会を行って訳出が進められたそうです。本書の出版を依頼された際、訳者代表の河野さんは、そのように検討会をもってゆっくり時間をかけて訳出することを条件に引き受けられたとか。このように丁寧につくられた邦訳書は、とても素敵だと思います。 * ノートもとらずに、流し読みのところもあるので、十分には理解しきれていませんが、とても興味深い一冊でした。 なお本書の概要や意義については、二宮宏之『マルク・ブロックを読む』岩波書店、2005年 の、116-144頁が参考になります。(2009/07/04読了)
2009.07.07
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池上俊一『賭博・暴力・社交―遊びから見る中世ヨーロッパ―』~講談社選書メチエ、1994年~ 何度か紹介している池上先生の著作です。賭博、暴力、社交―この三つの言葉は、中世の遊びの性格を示すキーワードです。 なお、本書は、2003年、ちくま学芸文庫より、『遊びの中世史』と改題されて出版されています(文庫版は未見)。 本書の構成は、次の通りです。ーーープロローグ第一部 遊びの宇宙 第一章 子供の遊び 第二章 大人の遊び 第三章 遊びのプロフェッショナル 第四章 動物遊び第二部 遊びと社会 第五章 習俗のなかの遊び 第六章 労働と余暇―遊びの誕生 第七章 遊びと社会関係 第八章 横溢する遊びの精神エピローグ注参考文献あとがき索引ーーー 第一部で、中世の具体的な「遊び」を多く紹介し、第二部で、それらが中世ヨーロッパの社会の中でどのような意味をもったか、考察を進めます。もちろん、話としては第二部が重要ですね。 読みながらいくつか付箋を貼ったので、そこからいくつか紹介していきます。 子供の遊びの中に、「誰が黒い人を怖がるか」遊びというのが言及されているのですが、これは気になる名前ですね。「泥警ごっこ」も挙げられています。私が子供の頃は、「ケードロ」といっていましたが、「泥警ごっこ」というのが一般的なのでしょうか?? それから、「禁じられた遊びたち」という節で紹介されている、「輪回し」も面白かったです。樽のタガを利用して、手や棒で倒れないようにして押しすすめて早さを競うゲームですが、野原や広場だけでなく、街路でも遊んでいたようです。というんで、1456年、オランダのドルトレヒトの都市条例は、街路での輪回し競争を禁じています。そうとうテンション高いですね。 大人の遊びの中では、有閑女性、あるいは男女まじえた遊びとして紹介されている「ブリッシュ(棒きれ)」遊びが面白かったです。男女が輪になって座り、真ん中に「のらくら者」が棒きれをもって立っています。輪の男女が、棒きれを自分におくれ、というので、「のらくら者」はこちらに渡そうとしてはやっぱりあちらに渡そうと、何度か渡すふりをしながら、いつの間にか誰かに渡しています。渡された人も持っていない人も、誰が持っているか内緒にします。 ここで、ゲームの第二段階がはじまります。はじめに鬼と決められていた人が、輪の中に入り、誰が棒きれを持っているか決めるのですね。当たっていればその鬼の勝ちで、鬼が交代するのですが、「間違えていたら、棒きれを持っていた者が鬼に一発食らわせることができる」のだとか。なんというか、バラエティー番組なんかでこんな風にぶつゲームをしていたら、私はあまり好ましく思わないのですが、歴史の話の中で出てきたらかなりテンション上がります。 また、騎士の「遊び」としては、なんといっても騎馬試合ですね。これは、集団で戦うトーナメント(トゥルノワ)と、一対一の、一騎打ち(ジュット)に分けられます。いずれも、その中で命を失うことも多かったとか。 ちょっと私が専門に勉強したことを付け加えると、説教師は、トーナメントに7大罪を結びつけて、これを非難しました。また、教会も、12世紀―トーナメントがはじまったのと同じ世紀ですね―には、トーナメントで命を失った死者を、教会の墓地に埋葬することを拒む決定を繰り返しています。もっとも、えてして聖職者は「遊び」に批判的な見解を示すものですが…。 それはとまれ、私が思ったのは、死に対する態度として、トーナメントで亡くなった人物は、どのように考えられたのかな、ということです。なにかしら研究もあるかと思うのですが…。 さて、タイトルを象徴的に示すのが、居酒屋の事例かと思ったので、書いておきます。私が、宮廷身分に限らない話の方が好きなこともありますが。 居酒屋には、身分をとわず、多くの人々が集まります。一種の社交の場ですね。そこで、たとえばサイコロ遊びをする。お金がなくなっても、服やなんやらを賭けて、とことん遊んだとか。賭博ですね。そんな中で、ちょっとそれはイカサマじゃろーが、違うわ、といって、激しいケンカが起こることもある。暴力ですね。 これに限らず、遊びには、賭博・暴力・社交という性格があったといいます。 参考文献目録に掲げている日本語文献については、その著書の性格についての一言コメントがついていて、とても便利です。*ちくま学芸文庫『遊びの中世史』の画像はこちら。
2007.11.25
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S・S・ヴァン・ダイン(井上勇訳)『グリーン家殺人事件』 ~創元推理文庫、1959年~ (S. S. Van Dine, The Greene Murder Case, 1928) ファイロ・ヴァンスが活躍する長編です。ヴァン・ダインの作品の中でも、特に有名な作品のひとつですね。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 旧家グリーン家の当主は、遺族は25年は現状維持していないと相続権が失われるとの遺言をのこし、死去した。憎しみがうずまくグリーン家は、一種独特の雰囲気に包まれることになる。 そんな中、長女が銃殺され、養女も背中を銃で撃たれるという事件が発生する。警察は、グリーン家の貴重なコレクションを狙った強盗による犯行と考えるが、何も盗まれていないことや、2つの事件の間の奇妙な空白などの状況から、ファイロ・ヴァンスは強盗説を否定する。グリーン家の長男も、具体的には口にしないものの、強盗説に懐疑的で、ヴァンスとも交流のある地方検事マーカムに事件の調査の依頼をしてきた。 マーカムも強盗説に傾いていたが、次に依頼者が銃殺されたことで、ヴァンスの見解を認め、あらためて調査に乗り出す。しかし、さらに犯行は繰り返される。 ――― これは面白かったです。とりわけ、ヴァンスが事件の謎を100近くも書き上げ、それらに関連性を見いだし、真相を見破る過程はすごいです。ぞわぞわしました。それらの項目をどのように結んで真相にたどり着いたかも注に示されていて、作者の徹底した仕事に感銘を受けました。 中島河太郎さんによる解説も秀逸です。ヴァン・ダインの経歴はもちろん、後期の作品はやや力を失っていくという批評、本書の優れた点を称賛するだけでなく残念な点も指摘しているところなど、単なる「よいしょ」の解説ではありません。 ・海外の作家一覧へ
2019.02.13
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池上嘉彦『ふしぎなことば ことばのふしぎ』~筑摩書房、2022年~ 筑摩書房ホームページの新刊案内で気になったので手に取った一冊。 著者の池上先生は東京大学名誉教授で、言語学者。『意味論』『記号論への招待』『ことばの詩学』など、著書多数のようです。 本書の初出は1987年。おおもとは、ラボ教育センターから刊行されていた月刊誌『ことばの宇宙』に、1984年から2年間連載されたものとのことで、ことばについて子どもたちに向けて書かれたやさしいエッセイという趣です。 本書の構成は次のとおりです。―――はじめに1 ことばの始まり2 擬声語と擬態語3 絵文字と文字4 同音語5 「音」と「色」6 なぜ「辞書」は「ひく」のか7 新しい世界を創ることば8 「ひゆ」―たとえるということ9 おかしなことば、おかしな言いまわし10 「よい」意味のことば、「悪い」意味のことば11 おさるのおしりはなぜ赤い12 「かえ歌」と「パロディ」13 「なまえ」と「あだな」14 身振りとことば15 動物の「ことば」16 人間の「ことば」おわりに 伝えることばと創り出すことば次に読んでほしい本――― 全体で125頁ほどで、字も大きく、ですます体で読みやすく書かれているので、読み終えるのは早かったですが、内容も面白いです。 前提として、言語学の初歩を教えてくれたり、ことばのふしぎについての知識を与えてくれる、という性格ではありません。もちろん、構成にあるように、「擬声語」や「ひゆ」などについての基本的事項は教えてくれますが、本書が目指すのは、ことばのふしぎについて、一緒に考えよう、というスタンスと感じました。(たとえば、いろんなクイズも出されますが、答えは示されません。) そして、7章と「おわりに」に、「創る」という言葉があるように、本書では、ことばが新しい世界を創り出す力を持っている、という点を強調しています。上に、池上先生の著作に『ことばの詩学』があると紹介しましたが、本書でも、詩から多くの例が引かれています。様々なことば遊びも紹介されます。ことばには、伝えるだけでなく、「あそび」によって新しい世界を創り出す力があるんだよ、いろんな言葉について少し立ち止まって考えてみよう。そういうメッセージを届けてくれるように思います。 良い読書体験でした。(2022.10.01読了)・その他教養一覧へ
2022.11.05
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小林登志子『古代オリエント全史』~中公新書、2022年~ 以前紹介した小林先生による『古代メソポタミア全史』の続編。前掲書では、周辺地域との関係性も重視しつつ、メソポタミア地方の歴史に特化していました(そのため内容も詳細)が、本書では、同時代のオリエント地方の各地域の歴史を概観してくれていて、それぞれの古代文明の縦の歴史と横のつながりがより分かりやすく提示されているように思います。 本書の構成は次のとおりです。―――はじめに序 章 古代オリエント史とは第1章 メソポタミア―古代オリエント史の本流第2章 シリア―昔も今も大国の草刈り場第3章 アナトリア―最古の印欧語族の歴史第4章 エジプト―偉大な傍流第5章 イラン―新参者アケメネス朝の大統一終 章 ヘレニズム時代以降のオリエント世界あとがき主要参考文献図版引用文献索引――― 高校時分にこのころの時代を勉強してから、ずっと気になっていたことがあります。古バビロニア王朝(メソポタミア南部)を、アナトリアにおこり鉄製武器の使用で強力だったヒッタイト(本書によればヒッタイト古王国時代のムルシリ1世)が前1595年頃に滅ぼします。この後、なぜヒッタイトはメソポタミア南部を支配しなかったのだろう、という点です。 概説書ではありますが、本書を読むと、古バビロニア王朝が滅びた後、その地を支配したのは「海の国」第一王朝であったこと(「海の国」も強力だったようです)。そしてヒッタイトのムルシリ1世は、本国を長期不在にしていた中、王族たちが反旗を翻しており、無事に帰国した後に暗殺されてしまった、ということです。結局、ヒッタイトは、強力な武器をもって各地を急襲し、支配圏を拡大しようとしていましたが、メソポタミア南部については、同じく強い力をもった「海の国」が競り合ったり、内紛によりうまくいかなかったのだろう、と現時点では理解しました。とりあえず、気になっていたことがなんとなくすっきりしましたが、また機会をみて、ヒッタイトに関する文献は読んでみたいと思います。 思い出からの関連する話ばかりになってしまいましたが、上にも書いたように、紀元前3000年頃から紀元7世紀頃までのオリエントの歴史を、縦糸(各国通史)と横糸(各国間の関係)をうまく紡いで概観してくれていて、とても分かりやすいです。本書冒頭には、各国の流れを比較できる年表が掲載され、また各章冒頭にはその国(地域)の年表と地図が掲げられており、理解の助けになります。 分かりやすく、古代オリエントの歴史を概観できる良書だと思います。(2023.03.15読了)・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2023.04.22
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ジョルジュ・デュビィ(金尾健美訳)『中世ヨーロッパの社会秩序』~知泉書館、2023年~(Georges Duby, Les trois orders ou l’imaginaire du féodalisme, Paris, 1978) 著者のジョルジュ・デュビィ(1919-1996)は、フランスの著名な中世史家。 多くの著作が日本語でも翻訳されていて、本ブログでも次の著作を紹介しています。・ジョルジュ・デュビィ(若杉泰子訳)『紀元千年』公論社、1975年・ジョルジュ・デュビー(小佐井伸二訳)『ロマネスク芸術の時代』白水社、1983年・ジョルジュ・デュビー(篠田勝英訳)『中世の結婚-騎士・女性・司祭-』新評論、1984年・ジョルジュ・デュビー(松村剛訳)『ブーヴィーヌの戦い―中世フランスの事件と伝説―』平凡社、1992年・ジョルジュ・デュビー(松村剛訳)『歴史は続く』白水社、1993年・ジョルジュ・デュビィ(池田健二・杉崎泰一郎訳)『ヨーロッパの中世 芸術と社会』藤原書店、1995年 今回紹介する本書についても、原著の英訳版であるGeorge Duby (Trans. by Arthur Goldhammer), The Three Orders. Feudal Society Imagined, The University of Chicago Press, 1982を本ブログで紹介しています。なにぶん十分に理解できていない部分もあり、この度邦訳が刊行されたことをとにかく嬉しく思います。(邦訳書でも、私の理解力では十分に追いつけず、また体調面などで今回はきちんと読めていないのですが…。) 前置きが長くなりましたが、本書の構成は次のとおりです。―――凡例序 探求のフィールドI 啓示 第1章 最初の言明 第2章 カンブレのゲラルドゥスと平和 第3章 ランのアダルベロと王権の使命 第4章 システムII 生成 第1章 階層制 第2章 調和 第3章 序列 第4章 機能 祈ることと戦うこと 第5章 三元性 第6章 天上のモデルIII 状況 第1章 政治的危機 第2章 競合システム 第3章 封建革命IV 消失 第1章 修道士の時代 第2章 フルーリ 第3章 クリュニー 第4章 新時代 第5章 修道制の最後の輝き 第6章 学院の中で 第7章 君主に仕えるV 再来 第1章 本当の出発 第2章 騎士層 第3章 パリの抵抗 第4章 封建制の矛盾 第5章 採用エピローグ解説系図・地図索引――― 先にも書きましたが、せっかく邦訳書を得たにもかかわらず、今回は十分に読み込めていないので、本書の概要は先に掲げた英訳書に関する拙い記事にゆずり、ここでは邦訳書についてのメモをしておきます。 まず凡例の1番で、「原書は厳密な学術論文ではない」ので、「読みやすさを優先させる」ため、「西洋中世史、教会史の専門用語は可能な限り避け、一般的な表現を用いた」とありますが、ここがまずひっかかりました。本訳書は「知泉学術叢書」の1冊であり、また本論の中にも人名や事項に関する説明のみならず、原文の理解に関する詳細な訳注が膨大に付されていて(もちろんこの訳注は極めてありがたく、本訳書の魅力です)、十分に「学術」的な1冊だと思われます。だとしたら、専門用語についても専門用語として訳出し、詳細な訳注において内容を紹介することで、たとえば西洋中世史を勉強したい学生さんにも、さらに有益な一冊となりえたのではないか、と感じた次第でした。どの訳語が専門的ではないのか、については浅学非才で具体例は挙げられませんが、たとえば、「僧院」(396頁)という訳語は気になりました。 また、同じく凡例8番で、人名表記については「聖職者と修道士(修道僧)はラテン語読み」(ここの「修道僧」も気になりますが)とされていて、たとえば「カンブレ司教ゲラルドゥス」のようはまだ気になりませんが、「ヤコブス・ド・ヴィトリ」のようにラテン語とフランス語を組み合わせたような表記はやや違和感がありました(ジャック・ド・ヴィトリとフランス語表記統一かつ一般的な表記とするか、ヴィトリのヤコブスと、これもまた見られうる表記のほうが違和感はなかったように思います)。 と、いくつか気になった点を挙げましたが、すでにふれたように詳細な訳注は便利ですし、デュビィ独特の、時に小説のような文体を見事に訳されているのは勉強になります。 訳者解説で、デュビィのフルネーム(ジョルジュ・ミシェル・クロード・アンデレ・デュビィ)が紹介されているのも勉強になりました。デュビィの著作(主に邦訳書)は色々読んできたつもりですが、いわゆるミドルネームにがあるとは存じ上げませんでした。 また、英訳書を読んだときに分からなかったWhite Capeについて、本訳書では「カプチン騒動」「カプチン派」との訳語が当てられていました。不勉強にして、まだよくわからない運動なので、これからも気にしていきたいと思います。 あらためて、デュビィの有名にして重要な著作が、このたび日本語で読めるようになったことを嬉しく思います。今後も折を見て勉強していきたい1冊です。(2023.10.10読了)・西洋史関連(邦訳書)一覧へ
2023.10.28
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ジャン=ミシェル・サルマン(池上俊一監修/富樫瓔子訳)『魔女狩り』~創元社、1991年~(Jean-Michel Sallmann, Les sorcières, fiancées de Satan, Paris, 1989)「知の再発見」双書の1冊。 本書の構成は次のとおりです。―――日本語版監修者序文第1章 妖術の誕生第2章 魔女狩り第3章 過酷な裁判第4章 妖術と魔術第5章 妖術の衰退資料篇―魔女のイメージと現実1 ある妖術事件2 悪魔学者の語るところによれば3 サバト4 ロマン派の視点5 ルーダンの悪魔6 ベナンダンティの戦いの儀礼7 現代の魔女8 伝統的な知識9 非ヨーロッパ文化における妖術関連地図INDEX出典(図版)参考文献――― 第1章は魔女狩りの前史として、妖術の諸相を概観します。妖術が災害などの原因とされたほか、その起源が古代の神話に求められることなどを指摘します。 第2章では、魔女裁判の具体例や、魔女が行っているとされる様々な儀式などが概観されます。ここでは、「とくにもっとも年老いたもっとも貧しい」(58頁)女性が魔女とされることが多いことを指摘するなかで、その時代の社会を「世間の人たちがそう信じて自己満足しているほど、老人にいたわりがあるとは必ずしも言えない社会」(59頁)と評している部分が印象的でした。 第3章は、どう答えても有罪にもっていかれるような事例など、様々な過酷な裁判の事例紹介です。 第4章は、魔女狩りの実施には地域性があり、過酷な魔女狩りが行われなかった地域もあることを指摘したのち、魔女狩りを懐疑的に見ていた人々の存在などを論じます。 第5章は章題どおり、魔女狩りの終焉をたどります。 資料編では、現代や非ヨーロッパ圏の事例も紹介されるのが興味深いです。 本シリーズに共通しますが、図版が豊富でイメージしやすく、また叙述も明解で、読みやすい1冊です。(2024.03.24再読)・西洋史関連(邦訳書)一覧へ
2024.04.27
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京極夏彦『了巷説百物語』~角川書店、2024年~ 「巷説百物語」シリーズ第7弾にして最終巻。 これまでのシリーズで仕掛けに関わってきたほぼすべての人物が登場する、シリーズ最大の仕掛けです。 本作では、嘘を見抜く洞観屋の藤兵衛さん、そして拝み屋の中禪寺洲齋さんも活躍します。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。――― 世の中をよくするためと信念を持つ山崎は、藤兵衛に、改革を進める水野の邪魔をする化け物遣いたちの正体を見破るように依頼を持ち掛ける。遠くの音も察する源助、どこにでも溶け込めるお玉の2人の助力を得て、化け物遣いに探りを入れようとする藤兵衛たちを待ち受けるのは。 皿屋敷の怪異が伝わる空家での、おぎんたちとの出会い。(「於菊蟲」) 柳屋での、山岡百介との出会い。(「柳婆」) なんらかの事情で何人もの娘が命を落としている櫻木村の事件への関わり…このあたりから、もはや敵・味方の区別はなくなっていき、藤兵衛は事触れの治平たちと一部協力をしていくことになる。(「累」) 後日、大坂の一味から、ある人物を守るように依頼を受けた藤兵衛は、一方で、水野の周囲にいる福乃屋から、怪異が頻発する中、拝み屋の中禪寺の言った言葉が本当なのか見定めてほしいと依頼を受ける。福乃屋に雇われていると思われる、人を平気で殺す七福連の動きも激しくなっていき…。(「葛乃葉」) そして、全ての事件の裏にいる人物との戦いへと発展していく。(「手洗鬼」「野宿火」)――― 後日譚「百物語」も含め、7章からなりますが、これまでのシリーズのような連作短編(連作長編?)という趣が薄れ、全体でひとつの長編のような味わいです。 本文1149頁ととんでもない厚さですが、面白さも抜群です。 物語は藤兵衛さんの視点で展開していきます。化け物遣いたちは敵なのか味方なのか。依頼人の背後にいる水野は敵なのか味方なのか。敵・味方との立場が不透明になりながらも、藤兵衛さんは自身の思いにしたがって行動していきます。 本作では、中禪寺洲齋さんの活躍も見どころです。これは味わい深いです。 シリーズ初期の作品の再読から始め、未読だった作品も一気に読みましたが、シリーズ全体を通して素敵な読書体験でした。(2025.05.29読了)・か行の作家一覧へ
2025.06.22
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氷川透『各務原氏の逆説 見えない人影』~トクマノベルス、2005年~ 最近紹介した各務原氏シリーズの第2弾です。現時点で、氷川さんが発表している最後の作品ですね。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。ーーー 無気力を自認している私―暮林晴海は、サッカーには多少の知識があった。たまに練習を見に行っていると、マネージャーをしているクラスメートに強く誘われ、マネージャーとなってしまう。 サッカー理論には強い私が入ったことで、部員の中には理論的なことも考えてくれるようになり…。 そんななか、サッカー部に事件が起こる。エースフォワードのリョーが行方不明になり、死体で発見されたのだった。 犯人は誰か―。真相をつきとめようと奮闘する私たちだが、さらに事件が起こり…。ーーー 相変わらず、各務原氏の言葉は面白いです(本書では、特にラストの、説明についての話が良かったです)。 ところが真相の方は…。シリーズ第1作と同様、疑問が残ってしまいました。犯人を指摘する手段も、?、ですし、その人が犯人だったら、なぜそんなことをしたのか、全く理由が見あたらないのです。このあたり、残念ではありました。 今回は時間的な関係で、軽いシリーズの方を読みましたが、講談社ノベルスのシリーズもまた再読してみようと思います(氷川透シリーズの方が、もっと論理的にしっかりしていた印象があります)。
2012.11.10
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