1
![]()
吉本ばなな『とかげ』~新潮文庫~「新婚さん」ある晩、私は会社の帰りに、降りるべき駅で降りず、しばらく電車に乗っていた。ある駅で乗り込んできたホームレス風の老人が、私の隣に腰掛けた。しつこく話しかけてくる彼を無視していると、隣の雰囲気が変わった。見ると、そこには美しい女性がいた。「とかげ」スポーツクラブで知り合ったとかげは、私くらいとしか話をしない。私がプロポーズすると、彼女は、「秘密があるの」と言った。「らせん」彼女は、言葉につまるとき、目を閉じる。そのとき、まつげがくっきりと目立つ。その瞬間に、私は深いものを感じていた。「キムチの夢」二人のなりそめは、不倫だった。不安を感じながらの新婚生活だったが、ある瞬間、私の中で変化が起こった。「血と水」ある宗教を信じる人々で構成された村。両親もその信者で、そこに住んでいた。私はそこを飛び出して東京に向かった。「おまもり」を作る昭と生活を共にするようになった。「大川端奇譚」放蕩な性生活を一時期送っていた私だが、体を壊してからは、OLとなり、普通に生活していた。素敵な男性と出会い、二人は婚約をした。 素敵な人々が描かれている-そう思った。それは、「新婚さん」に登場する女性であり、「とかげ」の二人であり、「血と水」の昭であり、「大川端奇譚」の婚約者である。 いくつかの作品にコメントを(上記の内容紹介よりさらに内容につっこんでいる場合があるので、先入観なく物語を読みたい方はご注意ください)。 「新婚さん」。家に帰りたくないとき、会社に行きたくないとき、学校に行きたくないとき、誰しもそういう瞬間を感じたことがあるのではないだろうか。そこに現れたホームレス。彼は、「私」にあわせて、その姿を「私」が知っている女性に変えた。彼女は、とりわけ「私」の心をうつ言葉をかけたわけではない(あえてこう言おう)。しかし、「私」は考える。そして最後には、彼女を「偉大な人」と思うようになるのだ。 「とかげ」。辛い過去を負った二人。世の中は不条理で、どうにもならないことばかりで、最初は被害者だったのにいつのまにか加害者になってしまったりする。不条理。心療内科・精神科に通うようになってから(というか、そのきっかけとなる出来事があってから)私はこの言葉あるいは概念に深く感じるものがある。使い古された言葉かもしれないが、実体験をふまえた上で、あえて言おう。この世は不条理だ。そしてその不条理が描かれているこの作品には、深く共感した。ただ、「救い」はあるのだ。もしこの作品に「救い」がなければ、もっと違う評価をしていただろう。 「大川端奇譚」。私は、この作品の一人称の女性の婚約者を、すごい人だと思う。もし私が彼だったら、同じような対応ができるだろうか…。もちろん、ある出来事に対する反応は人により千差万別なのだけれど。たとえば-ちょっと脱線気味-、「とかげ」に例示されている、「守ると約束した植木鉢を枯らせたからと首をつった子」。そんなことで首を吊らなくても、という人も多くいらっしゃるだろう。しかし私は、いろんな意味で、そして善悪の価値判断はなしにして、この反応がありうるものだ、と思う。もちろん、実際に誰かが(とりわけ、自分が知った人が)そういう行為をしたら、とても苦しいし、とても悲しいし、とても悔しい気持ちになるだろう(ああ、自傷行為をしていた自分を思いだしてしまった。周囲の方々には本当に多大な心配をかけたのだな、と、いまさらながら、やや客観的に認識できた)。さて、戻ろう。そして、彼のその行動により、とても希望のある物語となっている。 総じて、この短編集の作品は読後感が良い。もちろん、上でつらつらと考え事をしてしまったように、不条理なことや重たいことなども描かれているのだけれど。
2005.01.31
閲覧総数 1107
2

森本芳樹『比較史の道―ヨーロッパ中世から広い世界へ―』 ~創文社、2004年~ 森本芳樹先生(1934-2012)は、九州大学経済学部教授、久留米大学比較文化研究所教授を歴任され、西洋中世学会の顧問もつとめられていました。西洋中世農村研究の権威で、「所領明細帳」という史料の研究を専門とされていました。 このブログでは、先生の訳書として、 レオポール・ジェニコ(森本芳樹監修/大嶋誠・斎藤絅子・佐藤彰一・丹下栄訳)『歴史学の伝統と革新―ベルギー中世史学による寄与―』九州大学出版会、1984年 を紹介したことがあります。 本書はその標題どおり、先生の論文の中から、比較史に関する業績を収録した論文集です。 本書の構成は次のとおりです。 ――― 序言 本書成立の経緯 第Ⅰ部 比較史の現在 第1章 比較史の現在―第19回国際歴史学会議に向けて― 第2章 比較史の現在(続)―第19回国際歴史学会議での議論から― 第3章 国際比較中世史料論の現在―熊本シンポジウム『日英中世史料論』をめぐって― 第Ⅱ部 ヨーロッパ中世から 第4章 イギリス中世初期社会経済史への新しい視角―ヨーロッパ大陸との比較から― 第5章 中世荘園制の形成におけるイングランドと大陸―フェイスの新著をめぐって― 第6章 個別発見貨の意味―イギリス中世古銭学による問題提起と所領明細帳研究への波及― 第7章 収穫率についての覚書―9世紀大陸と13世紀イギリスの史料から― 第Ⅲ部 広い世界へ 第8章 比較都市史研究の新しい動向―共同研究・国際会議『イスラムの都市性』をめぐって― 第9章 古銭学・貨幣史の東と西 第10章 封建制概念の現在―第2回日英歴史家会議に向けて― 第11章 市場史の射程―第65回社会経済史学会共通論題結論― あとがき 注 索引(人名・地名・事項) ――― 第1章と第2章は、2000年8月に開催された第19回国際歴史学会議に向けて、また会議出席後にそこでの議論を踏まえて、書かれた論考です。第1章では先生自身の研究の歩みが、第2章では国際会議での討論集会「比較史。方法とモデル」での参加者の議論が紹介されており、いずれも興味深いです。両論考の本質は、従来は比較史は「区別のための比較」となっていたが、「類推のための比較」(また別の表現では「似たもの探し」)が重要なのではないか、という提言です。 第3章は、熊本大学で開かれた、「史料論」という観点からの比較史の試みの紹介と評価となっています。このシンポジウムの最良の瞬間として先生が指摘していらっしゃる、チャーチという研究者が、12-13世紀の財務府の記録であるパイプロール(巻物)の複製を広げて見せたというエピソードは大変印象的です。チャーチはその史料の分析から、財務府がいまだ未発達な官僚機関であったことを指摘しています。 第4章と第5章は対になっており、第4章でヨーロッパ大陸とイギリスの比較の重要性を指摘したのち、第5章ではフェイスという研究者の著作の詳細な紹介と批判を通じて、あらためてその重要性を示唆します。 第6章は本書の中で最も興味深く読んだ論文の一つです。貨幣使用者がなんらかの理由で大量に埋納していたことにより、まとまりを保ったまま発見される「埋蔵貨」に対して、うっかり人が落としたことなどにより一つ(あるいは少数)ずつ別々に発見される「個別発見貨」に着目する重要性を指摘する論文です。二種の貨幣の年代的・地理的件数や状況から、貨幣の流通状況のより深い・正確な理解が可能になるというのですね。面白いのは、「個別発見貨」が発見されるきっかけは、金属探知というホビーが広まった副産物だった、ということです。 第7章は、デュビィらが初期中世の収穫率を低く見積もっていた(1.6程度)のに対して、彼を批判し決してそうではなかった(3~4程度)という研究を紹介し、また先生の専門である所領明細帳の分析もふまえながら、収穫率という概念が用いられた理由にまで踏み込んで論じている力作と思います。結論部で要点が整理されており、たいへん分かりやすいです。 第8章はイスラム都市史に関する研究会についての紹介、第9章は第6章をふまえて東アジア貨幣史にヨーロッパ中世の貨幣史が有力な材料を提供しうることを示します。第10章は「封建制」という概念自体が無用だとするレイノルズの極端な主張を紹介しつつ、それでも封建制概念は有用であると論じます。第11章は、市場史について、日本史、東洋史、また経済人類学などにもふれながら、その射程の広さを指摘します。 以上、普段はあまり勉強しない領域についての論集ということもあり、駆け足になりましたが、森本先生の論述はたいへん明快で、(私の理解力は乏しいですがそれでも)読みやすかったです。貴重な読書体験になりました。 ・西洋史関連(邦語文献)一覧へ
2019.02.02
閲覧総数 224
3

横溝正史『悪魔の家』~角川文庫、1991年21版(1978年初版)~ 横溝さんの短編集です。1938~1940年に発表された7編の短編が収録されています。では、それぞれの内容紹介と感想を。ーーー「広告面の女」新聞の広告欄に、次第に現れてきた女の顔。最初は輪郭だけ、やがて少しずつ顔のパーツがそろっていき…。そしてその女を発見した者には、莫大な賞金を出すという発表が出される。アパートのそばに邸宅を構える子爵のもとにその女の姿を認めた蜂屋三四郎は、やがて意外な真相にたどり着く。「悪魔の家」霧の深い夜、新聞記者・三津木俊助は、一人の女とでくわした。何かに怯えているような女を家まで送る途中、とつじょ、暗闇の中に不気味な首が浮かび上がり、女はそれを悪魔と呼んだ…。 翌日。三津木の職場に、女が訪れてきた。義兄の身に危険が迫っていること、幼い姪が悪魔に怯えていることなどを明かし、彼女は、家を調べて欲しいと依頼する。「一週間」特ダネは創ってこい―上司に言われた新聞記者が特ダネを探しているところ、かっこうの人物に出会う。過去に心中に失敗したその男は、今度は悪名高い元女優と心中したいという。そこで記者は、偽の殺人事件を起こせば、二人とも死なずして有名になれると助言するが…。「薔薇王」結婚式の日、花婿が失踪した。花婿は唐木子爵を名乗っていたが、唐木家はすでに途絶えているはずだった…。 作家の甲野朱美はその偽子爵を車で拾うが、警察の尋問にひっかかったとき、男は姿を変えていた。朱美は男に興味を抱き、その周辺を探っていくが、花嫁の側も動き出すことになる。「黒衣の人」旅先で出会った「黒衣の人」に憧れていた由希子のもとへ、「黒衣の人」から手紙が届いた。由希子の兄は、殺人の濡れ衣を着せられたまま死亡してしまったが、その人は、事件について知っているという。手紙を読み、由希子は一つの冒険に挑む。「嵐の道化師」嵐の夜、心中を企てた男女のもとに、犬が人の指をくわえてきた。被害者は、男の父親。そして加害者は、女の父親の道化師らしかった。 新聞記者の三津木と男女は、道化師が被害者を乗せて船を出す場に居合わせたが、加害者も被害者も見つからない。出張に行っていた由利先生が帰ってきたとき、事件は急展開する。「湖畔」呼吸器を患い、S湖畔で休養の日々を送っていた私は、一人の紳士に出会う。あるときは温厚で、あるときは気むずかしいその紳士は、やがて大きな事件を起こすことになる。ある朝、私が散歩していると、紳士を見つけた。公園のベンチに座り微動だにしないその紳士は、既に死亡していたのだった…。ーーー 久々の再読です。 主に金田一シリーズを中心に紹介してきていますが、本書に登場する新聞記者・三津木俊助と、白髪の探偵・由利先生は、横溝さんの戦前の作品で探偵役を果たしていた人物です。等々力警部はこのときから登場していますが、年齢についてはふれないことにしましょう…。(横溝さんご自身も、『真説 金田一耕助』の中で、等々力警部の年齢についてふれています)。 ちょっとびっくりしたのは、三津木さんが等々力警部とため口で話していること。金田一さんは冗談を言ったり憎まれ口をたたきながらも基本穏やかなので、なんだか新鮮でした。 さて、いくつかの短編についてコメントを。まず、「広告面の女」は、出だしから引き込まれました。主人公の蜂屋さんとともに、事件(?)の様相がよく分からなくなっていき、そして反転、真相が明かされる流れにはわくわくします。 表題作は、どろどろした中に優しさもある物語なのですが、最後の一文がなかったらなお良かったかな、などと私は思いました。「薔薇王」は本書の中で最も長い作品で、スリルも溢れていて良かったです。同じく「黒衣の人」も、スリルもあり、物語としてもわくわくします。 最後に収録されている「湖畔」は、静謐な雰囲気が印象的な一編。話の真相の一つにはうすうす気付いたのですが、その雰囲気が味わい深いです。この作品を最後においているという、その配列も良いですね。 金田一耕助シリーズ以外にも再読してない作品がまだまだありますし、そして未読の作品もちらほら、まだ持っていない作品もあるのですから、今後も横溝作品を読んでいくのが楽しみです。(2008/07/10読了)*表紙画像は、横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。
2008.07.12
閲覧総数 2261
4

島田荘司さんの代表作、御手洗潔シリーズの略年表です。何年何月にどの事件があったか、という簡単な年表なので、何ヶ月あるいは何十年にもわたるような事件の場合などの細かい部分は伝えられません。そういう意味で、正確だとは言いませんが、少なくとも作品の時系列(出版年ではなく)は分かるかと思います。*短編は緑色の文字で示し、長編あるいは短編集のタイトルは、感想の記事にリンクしています。1948年11月27日…御手洗さんの生年月日(『本格ミステリー宣言』所収「御手洗潔研究家への手紙」参照)1950年10月…石岡さん生まれる (某作品参照)1954年6月…「鈴蘭事件」:御手洗さん、幼稚園児(5歳)(『Pの密室』所収)1956年5月…「Pの密室」:御手洗さん、小学2年生 (『Pの密室』所収)1961年~1962年頃:「汐汲坂の殺人」「踊る人形」「歯磨きチューブの謎」:御手洗さん、中学生(『水上都市の冒険』所収)※詳細な年月は作中描写から特定できませんでした1962年1学期…「火事マニア」:御手洗さん、中学2年生(『水上都市の冒険』所収)1962年12月…「マジシャン御手洗くん」:御手洗さん、中学2年生(『水上都市の冒険』所収)1960年代……「ボストン幽霊絵画事件」:御手洗さん、大学生、ボストン在住 (『御手洗潔のメロディ』所収)1969年10月…『摩天楼の怪人』 :御手洗さん、コロンビア大学助教授(語り手:ジェイミー・デントン)1975年………『鳥居の密室 世界にただひとりのサンタクロース』解決1977年………『ローズマリーのあまき香り』発生1978年………『異邦の騎士』1979年………『占星術殺人事件』解決1979年12月…「数字錠」 (『御手洗潔の挨拶』所収)1980年10月…「疾走する死者」 (『御手洗潔の挨拶』所収)1981年5月…「UFO大通り」 (『UFO大通り』所収)1982年5月…「山高帽のイカロス」 (『御手洗潔のダンス』所収)1982年冬……「セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴」 (『セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴』所収)1983年12月…『斜め屋敷の犯罪』1984年………『暗闇坂の人喰いの木』:松崎レオナさん、初登場1985年………「紫電改研究保存会」解決 (『御手洗潔の挨拶』所収)1986年………『水晶のピラミッド』1987年6月…「ギリシャの犬」 (『御手洗潔の挨拶』所収)1988年11月…「舞踏病」 (『御手洗潔のダンス』所収)1989年2月…「ある騎士の物語」解決(事件は1974年) (『御手洗潔のダンス』所収)1990年3月…「IgE」 (『御手洗潔のメロディ』所収)1990年4月…「山手の幽霊」 (『上高地の切り裂きジャック』所収)1990年7月…『アトポス』1990年12月…「SIVAD SELIM」 (『御手洗潔のメロディ』所収)1991年1月…『屋上の道化たち』1992年5月…『眩暈』1993年5月…「傘を折る女」 (『UFO大通り』所収)1993年8月…『ロシア幽霊軍艦事件』1993年夏頃…『星籠の海』1993年10月…『最後の一球』1994年春前…御手洗さん、日本を離れる (『龍臥亭事件』、「傘を折る女」参照)1995年春……『龍臥亭事件』(御手洗さん、ノルウェーはオスロ滞在)1996年頃……御手洗さん、ハインリッヒと出会う (「さらば遠い輝き」参照)1996年4月…「里美上京」 (『最後のディナー』所収)1996年5月…「大根奇聞」解決 (『最後のディナー』所収)1996年11月…『ハリウッド・サーティフィケイト』 (御手洗さん、スウェーデン)1997年1月…「最後のディナー」解決 (『最後のディナー』所収)1997年………「さらば遠い輝き」(語り手:ハインリッヒ・フォン・レーンドルフ・シュタインオルト) (『御手洗潔のメロディ』所収)1997年5月頃…『ローズマリーのあまき香り』解決(語り手:ハインリッヒ)2000年8月…「上高地の切り裂きジャック」 (『上高地の切り裂きジャック』所収)2001年6月…「溺れる人魚」:御手洗さんは特に登場せず(語り手:ハインリッヒ) (『溺れる人魚』所収)2001年12月…『魔神の遊戯』:御手洗さん、ウプサラ大学(スウェーデン)所属 (語り手:バーニー・マクファーレン…事件関係者、作家)2002年頃……「シアルヴィ館のクリスマス」 (『セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴』所収)2003年………「人魚兵器」:御手洗さん、ストックホルム大学(スウェーデン)にいた頃の事件(2003年以前??)(語り手:ハインリッヒ) (『溺れる人魚』所収)2003年11月…『ネジ式ザゼツキー』解決2004年1月…『龍臥亭幻想』2004年………「海と毒薬」:石岡さんから御手洗さんへの手紙 (『溺れる人魚』所収)2004年………「耳の光る児」 (『溺れる人魚』所収)2004年夏……『犬坊里美の冒険』(石岡さん、電話で登場)2006年2月…「クロアチア人の手」:語り手、石岡さん(『リベルタスの寓話』所収)2006年5月…「リベルタスの寓話」:語り手、ハインリッヒ(『リベルタスの寓話』所収)2020年2月…『伊根の龍神』(語り手、石岡さん)*1996年以降の事件の語り手は、主にハインリッヒ。*「クロアチア人の手」事件では、石岡さんももう55歳ですね。御手洗さんは57歳…。感慨深いですね…。*2025年刊行の『伊根の龍神』は2020年の事件。石岡さんも70歳目前ですね。※『御手洗潔のダンス』所収「近況報告」は、年表に反映していません。
2007.03.03
閲覧総数 11415
5

筒井康隆『農協 月へ行く』~角川文庫、1979年初版(1997年53版)~ 七編の短編が収録された短編集です。以下、それぞれの内容紹介と感想を。「農協 月へ行く」 大金持ちの農協組合員たちが、月へ行くことにした。船長の浜口は度重なる月旅行、客たちとのトラブルで抑鬱状態になっていたが、観光部長の命で、農協さんたちを月へ連れて行かざるをえなかった。乗り組み時から、農協さんたちのふるまいはひどく、宇宙船内でも月面に到着してからもそのふるまいはとどまることを知らなかった。そして彼らは、異星人と遭遇する。 1節で、農協さんの何人かが描写されますが、金持ちぶりと言葉などのギャップが違和感を生みます。笑えそうなのに笑えない、ぎこちない感覚を覚えました。2節での浜口さんの罵詈雑言は痛快ですね。旅行評論家との口論も痛快です(このあたりになると不快感も感じますが…)。チックなどの症状におそわれながらも、農協さんたちを月へ連れて行く浜口さん。農協さんたちは船内でも手鼻をかんだりと、とんでもない描写が続きます。アメリカのお偉いさんたちが、農協を月へ連れて行ったことを嘆くシーンも、なんというか壮絶です。ものすごいテンションでした。「日本以外全部沈没」 地球温暖化のため、北極と南極の氷が溶け、海面が上昇。しかし、地盤の動きのため、日本だけは沈没を免れた。外国人たちは日本に逃げてくるが、国家の元首レベルの人々も、日本人に頭があがらない状況ができていた。 小松左京さんの『日本沈没』のパロディということですが、私は原作は読んでいません。国家の元首レベルの人々のことは多少予備知識があるので面白く読めましたが、俳優さんたちのことはよく知らないので、面白さがよく分からない部分もありました。この作品も壮絶といえば壮絶ですね。笑えるところもあるのに、全体としてうまく笑えない、というか。「経理課長の放送」 無限放送の労働組合がストライキを起こしたため、重役たちがなんとか放送をしなければならなくなった。アナウンサーの役目を務めるのは経理課長の馬津だが、テープ係の不手際が多かったり、原稿がぐちゃぐちゃだったりと、放送はぐだぐだになってしまう。重役の命令で歌えば苦情が殺到、ついに吹っ切れた経理課長は悪態をつきはじめる。 馬津さんのラジオ放送の形式で書かれています。重役たちの慌てっぷりが露骨にうかがえるドタバタものですね。労組にも入れず、重役の中では下っ端の経理課長の板挟みっぷりが気の毒になります。すごい風刺ですね。「信仰性遅感症」 全てのことに欲望が強かった父親への反抗から、洗礼を受けた鮎子。学園の教師となった彼女は、味覚を感じなくなっていた。そのことをシスター・中井に話した。中井は、なんにでも興味をもつようなタイプで、鮎子とは対照的だった。彼女と話をした後、鮎子は口の中に味覚を感じた。昨夜の夕食―17時間前に食べた料理の味が、口の中に広がったのである。 そして、彼女のことをつけねらっていた男が彼女の寮の部屋に入り込み、彼女を襲い、その後は大体予想していた通りに話が続きましたが、鮎子さんを襲った人間ももちろんですが、ファーザーもとんでもない人間です。ファーザーは賭け事が大好きで、競馬に失敗すると神を罵ります。ラストもとんでもないですしね。ファーザーは馬鹿げた言葉を口走りますが、気持ち悪さが残ります。「自殺悲願」 本があまり売れていない作家、田川が編集者の桜井を訪れた。桜井が、自殺した結果本がますます売れるようになった作家の話をしたこともあり、田川は自殺を考える。自殺すれば出版部数は増えるかと桜井に迫り、重版をしてもらったものの、本が売れないと桜井から苦情がきて、田川はますます自殺を考え、何度も自殺をはかるが、ことごとく失敗した。 田川さんがとことん惨めに描かれています。最後の最後まで悲惨です。 「ホルモン」 これは、いつものような内容紹介は無理です。19世紀末から、ホルモンに関する(とりわけ、その強壮剤としての効果に関する)研究や言説を時系列に並べ、研究の発展について各国間で非難しあい、性ホルモンの利用のために事故が起こったりする様が描かれます。最初の方は、犬の睾丸が若返りに効くという報告がなされ、パリの各地で犬が殺されるという話があります。女性や馬の尿から性ホルモンを作るだの、ホルモン剤の過剰投与のせいでバセドー氏病になるだの…。各国の新聞や、医学界の会報などを引用する形で構成されています。「村井長庵」 江戸で殺人を犯した村井長庵を、弟子の東沢は故郷に近い島にかくまった。しかし、島でも長庵は好き勝手に振る舞う。一度は島の若者に非難されたことを受け、本土に戻ったが、そこでも悪行を重ねたため、あらためて島に戻る。しかし今度は、島でもさらに容赦なく悪行を重ねた。 ちょっと調べてみたのですが、村井長庵というのは講談や歌舞伎に登場する極悪医師のようですね。本作でも、それはえげつない描写があります。村井長庵の台詞で、「後の世でいうならさしずめマスコミ御用医者」とか、「医師免許規則ができるのは明治28年、今はまだ偽医者などはおらん」などと、メタな言葉もあります。妙な世界ですね。この作品も、壮絶です。ーーー 全体を通して。それなりに面白いと感じながら読んだつもりですが、感想を書こうと思うと、気持ち悪さなどが先にくる気がします。痛快な部分もあるのですが、風刺が強すぎるというか。そうとう癖のある作品でした。 解説が興味深かったです。
2006.10.14
閲覧総数 10363
6

筒井康隆『原始人』~文春文庫、1990年~ 13編の短編が収録されています。それぞれの内容紹介は大変なので、まずは目次を掲げた上で、印象に残った話についてコメントを書くことにします。 目次は以下の通り。「原始人」「アノミー都市」「家具」「おもての行列なんじゃいな」「怒るな」「他者と饒舌」「抑止力としての十二使徒」「読者罵倒」「不良世界の神話」「おれは裸だ」「諸家寸話」「筒井康隆のつくり方」「屋根」 表題作は、性欲やら食欲やら、とにかく自分の欲求をなにより優先する原始人の話。だいたいオチにくる言葉は想像できましたが(というか、読みながら感じましたが)、面白かったです。主人公の原始人が一緒に暮らしていた「歯抜け」を殺した後に感じる心理は印象的でした。「アノミー都市」も、面白いなぁと感じながら読みました。働く必要も、場合によってはお金も必要のない世界が舞台ですが、お金をもち、使うことは一種の刺激になるようです。人々は、簡単な契約(登録)をするだけで、自分に向いたどんな仕事でもすることができ、給料をもらいます。ラストでは、ただのはちゃめちゃではない余韻のようなものも感じました。「読者罵倒」は、すごいタイトルだなぁと思いましたが、タイトル通りの作品でした。罵倒されます。想像力が欠如しているため小説が分からないといい、ものを理解できないくせに小説に刺激を求め、同時に自分が傷つくことはいやがる読者。ここでの指摘が自分にまったくあてはまらないわけでもないので、その点は考えさせられました。興味深かったのは、友達が面白くないといった作品を読んでみると、やっぱり面白くなかったというのは、同レベルの頭の人間が群れるのだから当たり前だ、という指摘。これはなるほど!と思わされました。…けれど、面白くない作品というのもあると思うのですが、ねぇ…。 本書の中でも、「不良世界の神話」は、私が大好きなタイプの作品です。古事記のパロディですね。ツーロキーゴとザークヤが神々を生んでいきます。建て売り住宅の神ウサギゴーヤとか、税金を司る女神サシオサエなども登場します。かたちとしては、未来(21世紀以降?)の世界(日本)の神話ということになりそうですが、20世紀から形成されているという設定でもあります。「屋根」「他者と饒舌」などは、純文学的な雰囲気が強いですね(「純文学」というジャンルがなにを意味するのかなんとも言えないですが)。 裏表紙の紹介で、「元気の出る小説13篇」とありますが、「読者罵倒」なども含まれていることを考えると、これは(解説でも指摘されているように)ブラックユーモアですね。あ、話は前後しますが、ユーモアといえば、「怒るな」も面白かったです。 やっぱり筒井さんの作品は面白いなぁと感じました。*昨日は休日ということもあり、古野まほろ『天帝のつかわせる御矢』を読んでいたのですが、途中で断念しました。やっぱりルビやら変な言葉遣いやらがしんどかったです。けれども高い本ですし、いずれ余力があるときにきっと読みたいと思います。 …今後『天帝』シリーズが出るとすれば、そのときは購入するかどうか考えるかもしれません。*テーマは、「最近、読んだ本を教えて!」にすることにしました。いままで、「今日読んだ本~」を選んでいましたが、厳密には前日に読んで感想を書いた作品についての記事を翌朝アップしているので。
2007.06.19
閲覧総数 738
7

横溝正史『怪獣男爵』~角川文庫、1981年6版(1978年初版)~ 横溝さんによる、ジュヴナイル作品です。このテンションはすごいです。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。ーーー 有名な物理学者にして、探偵を趣味とする小山田博士のもとで勉強している宇佐美恭助と、博士の子の史郎、みなしごの太一(太ア坊)の3人は、瀬戸内海でボートをこいでいるとき、男爵島に近づいていった。 男爵島―。それは、有能な生理学者でありながら、大悪党として知られる古柳男爵が、2人の忠実な弟子を連れて城を建てた島である。恭助は、史郎と太ア坊の二人に、古柳男爵にまつわる事件について話をした。兄を殺し、兄の子を誘拐したこと。その件で、3年前に死刑になったこと。男爵が、宝石泥棒としても有名だったこと。そして、男爵島に住む怪獣のこと…。 話に夢中になっていた三人は、嵐に巻き込まれてしまい、ようよう男爵島にたどり着いた。その城で雨宿りを請うたとき、しかしそこでは事件が起きていた。男爵の忠実な弟子だった研究者が、怪物に殺害されたのだった。しかし、彼は、死ぬ直前に、恭助たちに日記を手渡した。そこには、死刑になった古柳男爵が、怪獣として生まれ変わった、おそろしい経緯が記されていた…。 社会への復讐を誓っていた古柳男爵は、恐ろしい怪獣男爵として、日本中を震撼させることになる。ーーー なんとこの作品、『本陣殺人事件』や『獄門島』を執筆していた、戦後すぐの時期に書かれたそうです。ジュヴナイルということで、文体や内容はそれらとは全く違っています。壮大なトリックなどは期待せず、少年たちの冒険を楽しみながら読むのが良いですね。*表紙画像は、横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。(2009/04/04読了)
2009.04.11
閲覧総数 158
8

Michel Pastoureau, "Introduction a l'histoire symbolique du taureau"dans Michel Pastoureau, Couleurs, Images, Symboles. Etudes d'histoire et d'anthropologie, Paris, Le Leopard d'Or, 1989, pp. 221-235. ミシェル・パストゥローの論文集『色彩・図像・象徴―歴史人類学研究』より、「雄牛の象徴史序論」を紹介します。 まずは、この記事の中での訳語について一言。 タイトルにあるtaureauは、辞書的な意味では、去勢していない雄牛。これを、ここでは雄牛と訳しておきます。 同じく雄牛を意味するboeufは、去勢された雄牛を意味します。ここでは、単に牛と訳して、原語のboeufも併記することにします。 では、以下、小見出しに沿って紹介していきます。[序] 雄牛は、古代には非常に崇敬された動物でした。ところが、初期キリスト教の時代に、失墜します。キリスト教により、熊も失墜しますが、雄牛は古代世界で受けた崇敬を考えると、最もその神聖な性格を失った動物といえます。 熊と雄牛の相違には、地理的要因があります。熊は、単に北欧における、森の王でした。一方、雄牛は、地中海世界で長いこと神格化されていました。さらに、ミトラ教が、ローマ帝国に雄牛の信仰をもたらしたという背景があります。ローマ帝国内、すなわちキリスト教徒にとってのライバルたちに神聖化されていた動物だったからこそ、雄牛を急いで「非神聖化」する必要があったといいます。こうして、キリスト教は、雄牛を悪魔の動物としたのです。古代宗教の遺産 まずは、雄牛が神聖化されていた時期について、諸地域での事例を紹介した後、ミトラ教について少し詳しく言及があります。 雄牛(あるいは、オーロック[既に絶滅している欧州産の野牛])は、旧石器時代の洞窟壁画に最も描かれた動物でした。雄牛は、力、豊穣のシンボルでした。 確認できる最古の牛の神は、シュメールのEnhilです。 バビロンのAnu神は、半人半牛の神でした。 メソポタミアでは、犠牲に捧げられる雄牛は二つの機能をもっていました。 (1)王と戦士は、雄牛のくみつくせない力を与えられます。 (2)農民にとっては、雄牛の犠牲は、豊かな収穫を意味しました。 西インド(Inde occidente)では、雄牛は、その角のために、天と雷雨と密接な関係を認められていました。なお、殺した雄牛の皮は、不妊女性の服にしたといいます。その服により、不妊が治ると考えられたのですね。 エジプトでは、雄牛は、生命の原理であり、権力のアトリビュート[象徴的な持ち物、印]でした。たとえば、Apis神の信仰では、雄牛の聖性の完全なる表現と、その繁栄の印としての機能の結合が確認できるといいます。 小アジア、近東の大部分でも、雄牛は神の道具であり、力と豊かさの分配者と考えられました。 興味深かったのは、フェニキア人が雄牛を称賛し、アルファベットの一文字目(ここから、Aが派生)を雄牛に捧げたということ。アルファベットのAは、様式化された雄牛の頭部であり、牛神(dieu taurin)のイメージだというのです。 クレタ島は、最も牛の信仰を確認できる地です。そこで最も重要だったのは太陽と雄牛で、この両者は豊穣の宗教に結びつきます。ここでは、雄牛の角に強い関心が寄せられました。角は、最も豊穣の精力が集まる部位であり、角にふれる、あるいはつかまえることは、力と豊かさをもたらすと考えられました。雄牛に関わる儀礼や伝説も多く確認されます。たとえば、雄牛に扮した王と、雌牛に扮した王妃の性交や、ミノタウロス、エウロペの伝説などがあります。 ギリシアでも、ミノタウロスを倒したテセウスの偉業から、雄牛に勝つことは、英雄であること、力強さを示す試練と考えられました。 ローマでも、雄牛は戦い、戦争、勝利と関連付けられましたが、ローマ世界で雄牛信仰が発展したのは、ミトラ教が紀元1世紀に入ってきてからです。 ミトラ教は、太陽信仰と雄牛信仰を結びつけた宗教です。ミトラは、ペルシア起源の太陽神なのですが、終末論的な意味合いも付与されたことから、ヘレニズム世界にその教義、信仰が広まりやすくなったといいます。ローマの兵士がミトラ信仰をローマ世界に持ち込みました。 ミトラ教には神秘的な性格があり、たとえば、雄牛の血は、洗礼のために用いられたといいます。また、雄牛の肉は力と生命エネルギーの獲得のために、その精子は戦士に不屈の勇気を約束したといいます。 もともと非合法の宗教であったため、ミトラ教は地下聖堂、あるいは洞穴内で実践されていたのですが、 2-3世紀には明るみに出るようになり、信者も増加、雄牛に関する儀礼も多様化します。多くの皇帝も、ミトラ教に改宗したといいます。 コンスタンティヌス帝(306-337)、そしてテオドシウス帝(379-395)により、決定的に、キリスト教は国教となります。その後、キリスト教がミトラ教を根絶していくことになります。雄牛に対するキリスト教 キリスト教とミトラ教には、一神教であること、洗礼の儀礼があることなど、共通点もあるのですが、決定的な違いは(雄牛の)生け贄の儀式があるかいなかである、とパストゥローは言います。 キリスト教は、ミトラ教を根絶するために、雄牛を「悪魔化」します。それには、二つの過程がありました。 (1)雄牛を、その血液が有毒な、悪魔の動物とする。 (2)そして、サタンと反キリストのアトリビュートとする。 また、中世の教会は、雄牛への嫌悪感から、角、あるいは角のアトリビュートを攻撃します。 (1)戦士の鉄兜、騎士の飾冠cimierに角を用いることを制限。 (2)信徒が、動物(特に、鹿、雄羊、雄牛)に変装するのを禁止。 こうした、雄牛の「悪魔化」は、カロリング時代末期までは強く見られるのですが、それ以後は、雄牛自体があまり語られなくなります。なお、11世紀のラバヌス・マウルスが、雄牛に肯定的な価値を認めた例外的な人物として紹介されます。彼は、両者が犠牲になる際に血を流したことから、雄牛をキリストになぞらえたのでした。彼以後は、肯定的な価値を帯びるのは牛boeufとなります。 キリスト教は、雄牛と牛boeufを厳密に区分しました。 ・雄牛taureau…排斥されるべき、悪魔的、淫乱 ・牛boeuf………有用、貞潔、忍耐、キリスト教的 雄牛の失権は、世俗の領域にも拡大します。 12世紀に生まれ、教会の外部で洗練された社会システム、価値体系である紋章は、雄牛に低い価値しか認めません。紋章に現れる頻度も低く(動物でいえば、15-20位程度)、雄牛の紋章が与えられるのは、異教の王、不実な騎士、人物化された悪徳(淫乱など)でした。 また、人名、地名、ことわざなどでも、雄牛がほとんど語られない、あるいは否定的に語られるといいます。雄牛のルネッサンス 中世末期より、古代への関心が高まり、15世紀には、雄牛はその栄光を取り戻し、キリスト教的な牛boeufよりも価値をもつようになります。図像において、雄牛は、不屈の力、肥沃なエネルギー、男性原理のシンボルを示し、バッカス、テセウスなどのアトリビュートとなります。現代における雄牛の神話 では、現代でも、雄牛の象徴的な歴史は豊かだといえるのでしょうか。 雄牛は、現代でも、家畜の中で最も力強く、騒々しく、荒々しい動物だと考えられているそうです。それは、力と豊穣のシンボルであり、性的な乱暴さの象徴でもあります。また、農村において、雄牛を所有することは、社会的な権力を示すといいます。 雄牛に関する信仰もあります。その荒々しい息は、雷雨、雷、天の怒りを意味するとか。その角も、人に恐怖を与えます。 また雄牛は、赤い色=火=血と関連付けられ、したがって、恐怖を引き起こす存在、タブーの要因でもあります。 雄牛が、実際に赤色によって興奮するのかどうかはともかく、そう考えられている。したがって、(文化的に)大事なのは、雄牛がいる牧場に行く子どもに、赤い服を着させないようにしていることだといいます。 赤色との関わりから、ミシェル・パストゥローは、赤ずきんちゃんの狼に、雄牛をなぞらえます。さらに、精神分析によれば、赤ずきんちゃんは狼に会いたいという欲望をもっていた。同様に、子どもたちは、雄牛を恐れながらも、それに魅了されているというのですね。 雄牛は、黄道十二宮にいる動物として、暦の上でのシンボルにもなります。それは、種まきの終わりと、最初の発芽のときを意味します。 また、先史時代より、人間の経済活動と主要な動物について、次のような関係が指摘できます。 ・定住牧畜民…雄牛 ・遊牧民……雄羊 ・狩猟民族…鹿あるいは猪 西欧語のことわざ、表現、メタファーも、雄牛の性格、乱暴さなどの証言となり、象徴の歴史を研究する上での重要な資料となります。 たとえば、「雄牛の角をつかまえる」(prendre le taureau par les cornes)という表現は、物事を最も難しい面から行うこと、困難に正面から立ち向かうことを意味するそうです。人を雄牛になぞらえるときは、その気質(激情、エネルギッシュ)、欠点(乱暴、放蕩)、肉体的特徴(筋肉質、太い首など)が念頭にあります。 最後に、雄牛に関する儀礼は現在でも見られますが、それは紀元前3000年頃から見られる儀礼を祖先としているのか、そうであれば、いつ、どこで、断絶、変化、復活が見られたのか。こうした問題に答えるためには、より詳細で、長期的な歴史研究が待たれるということで、本論は結ばれます。*** 雄牛という身近(?)な動物から、こうも面白い論文が書けるのかと、とても興味深く読みました。パストゥローは、色彩、衣服(模様)、動物など、身近な対象を歴史的に分析することで有名な研究者ですが、本稿は特に、とてもわくわくしながら読めたように思います。割合読みやすいフランス語だったこともあると思いますが…。 特に、「古代宗教の遺産」と、「現代における雄牛の神話」の項目を興味深く読みました。論文集の副題にある、「歴史人類学研究」という言葉を強く感じました。前者は、古代世界の様々な民族の牛に関する信仰を、簡単ではありますが具体的に紹介していますし、後者は、(日本に暮らしているとはいえ)どこか感覚的に納得できる話でした。そういえば、赤はヨーロッパ人にとっては興奮させる色であるが、他の人々、たとえば日本人にとってはそうではないという指摘などもあり、本当かなぁと感じながらも楽しく読みました。 牛が赤い色に興奮するのかどうか、という問題は、最近はもっと研究も進んでいることでしょう。ちらほら聞いたことがある気もします。 これは面白かったです。 次に収録されているのは、豚に関する歴史で気になるのですが、ちょっとページ数が多いこともあり、次はどの仏語論文を読もうか考え中です…。*2008.11.13更新従来、タイトルを「雄牛の象徴の歴史序論」と訳していましたが、l'histoire symboliqueは「象徴史」の訳語の方が良いと考え、訂正しました(『ヨーロッパ中世象徴史』の記事参照)
2007.08.05
閲覧総数 2247
9
![]()
筒井康隆『パプリカ』~新潮文庫、2002年~ 最近(?)、映画にもなった作品の原作です。それでは、内容紹介と感想を(どこまでいくと、いわゆる「ネタバレ」なのかいまだによく分からないのですが、感想の方ではちょっと踏み込んで話の筋にふれますので、ご注意ください)。 財団法人・精神医学研究所の時田浩作と千葉敦子は、ノーベル賞受賞の候補者にもなっている優秀な研究者だった。時田は、夢をモニターに映すことができるPT(サイコセラピー)機器の開発に力を注ぎ、千葉はPT機器を利用して患者の夢を見ることで、その治療に力を注いだ。その千葉には、パプリカという裏の顔があった。精神科にかかることをはばかる重役たちの夢を分析し、あるいはその人物の夢に自分自身が入り込み治療していく、夢探偵である。 所長の島の依頼で、6年ぶりに出動したパプリカは、自動車部品メーカーの重役・能勢の治療を行う。 その頃、島、時田、千葉をねたむ副理事長の乾、その腹心の部下の小山内らが、3人をおとしいれるための行動に移っていた。時田が開発した、小型化されたPT機器ともいうべき、他者の夢に容易に入ることのできるDCミニが乾らに奪われ、パプリカは取り戻すために、乾たちと戦うことになる。DCミニを駆使した闘いの中で、次第に夢と現実の境界がぼやけていく……。 これは面白かったです。千葉敦子さん(あるいはパプリカ)というヒロインが敵と戦うあたり、どこか七瀬シリーズを連想しました。 作品は二部構成になっていて、第一部では、主にパプリカが二人の患者を治療すること、研究書の内部抗争が過激になっていく過程が描かれます。そして第二部で、奪われたDCミニをめぐる闘いが主に展開されることになります。その中で、第一部でパプリカに治療された能勢さんと粉川さん(こちらは警視監です)が、パプリカの味方となって戦うのが嬉しかったです。 夢分析の描写も面白かったです。もやもやしていた部分がはっと明らかにされるところなど、わくわくしました。 解説でふれられている『夢の木坂分岐点』もすごく気になっています。なかなか古本屋で見つけられないのですが、いつか読みたいです。
2007.07.25
閲覧総数 44
10
![]()
米澤穂信『夏期限定トロピカルパフェ事件』~創元推理文庫、2006年~ <小市民>を目指す小鳩常悟郎さんと小佐内ゆきさん。高校二年生の夏休み、二人が巻き込まれた事件をつづった、シリーズ第二作です。 以下、章ごとに簡単な内容紹介とコメントを。序章「まるで綿菓子のよう」 夏祭りに行ったぼくは、狐のお面をかぶった少女-小佐内さんに出会う。 本編の導入ですね。第一章「シャルロットはぼくだけのもの」 ある日、小佐内さんがぼくの家を訪れた。互恵関係にあっても、依存関係にない二人が、夏休みまで一緒にいる理由がない。にもかかわらず小佐内さんは、「小佐内スイーツセレクション・夏」という計画とお店の地図を携えて、一緒にめぐろうというのだ。 一回目は、マンゴープリンとシャルロット。炎天下の中、小佐内さんの家へそれらを買って持っていったぼく。暑さのせいで、ぼくは誘惑にあらがえなくなり、ある行動に出る。 * 理屈で思考するのを得意とする小鳩さんと、同じく鋭い小佐内さんの頭脳合戦です。暑さのせい、とやたら言っているのが、どこかカミュ『異邦人』のパロディみたいで、おかしかったです。小鳩さんが証拠隠滅に思考をめぐらせるシーン、そして小佐内さんが「謎解き」をしていくシーンは、身近に起こりえるせいか、すごくスリリングでした。第二章「シェイク・ハーフ」 スイーツのお店で待ち合わせたぼくと小佐内さん。早く着きすぎたぼくがハンバーガーショップに寄ると、友人と出会った。いかつい体の堂島健吾である。堂島は、自分の知人が薬物を扱っている集団に巻き込まれたといって、調査をすすめているところだった。集団のメンバーを見つけた堂島は、ぼくにメモを残して、店を出て行った。 * そして、そのメモの意味が分からず、解読に腐心する、というのが、このお話です。電話なりメールなりで、堂島さんに確認する、という手段もあるのに、暗号解読に熱心な小鳩さん。そこに居合わせた小佐内さんがそれをとめないのも、本編で描かれていることですが、意味深です。第三章「激辛大盛」 小休止、というところでしょうか。堂島さんが、自分の計画がうまくいかず、小鳩さんにグチをこぼします。第四章「おいで、キャンディーをあげる」 夏祭りに行き、りんごあめを食べようと約束をしていた日。ぼくは祭りよりもずいぶん早い時間、午後一時に小佐内さんの家に来るように言われた。ところが、行ってみると小佐内さんは不在で。小佐内さんの母親と話をしているところにかかってきた電話は、小佐内さんが誘拐されたことを告げるものだった。 * そして、小佐内さんから小鳩さんに送られてくる暗号めいたメール。SOSのサインだと分かったぼくは、頼りになる友人・堂島の助けを求め、メールの意味を解読し、助けに向かいます。終章「スウィート・メモリー」 小佐内さんの「不可解な」一連の行動と、「誘拐事件」の謎が明らかにされます。 表紙はとても可愛いのですが、このシリーズは、どこか重いです。自らを「狐」と形容するぼくは、まぁ探偵役の人物として見ればそんなでもないのですが、「狼」と形容される小佐内さんが、かなり…。小柄で童顔でスイーツ大好きな彼女がなにより好きなのは、復讐なのです。終章の「狐」と「狼」の衝突(?)も、なかなかスリリングでした。 よくあるミステリだと、ラストは、はっきり探偵と分かっている人物と、はっきり犯人とされる人物の対決です。往々にして、探偵役がだーっと事件を整理しながら犯人のミスなどを指摘しながら、犯人を追い詰めます。 そういう意味では、本作では探偵役と犯人役の対決にはなりません。互恵関係にある(一般的にみれば探偵役の)二人の対決です。スリリングに感じるのは、このあたりの事情もあるのでしょうか。
2006.05.02
閲覧総数 11
11

ミシェル・パストゥロー(JEX Limited訳)『CROMA(クロマ)―色の世界・350のフォトグラフィー―』~青幻舎、2010年~ 色彩や紋章の歴史の大家、ミシェル・パストゥローの著作の邦訳最新刊です。 本書は、そのサブタイトルも示しているとおり、写真集です。6つの基本色―赤、緑、黒、黄、青、白―に沿った章構成で、それぞれ1ページの本文の後、テーマを象徴する数多くの写真が掲載されています。 序論も3ページなので、ミシェル・パストゥローによる解説自体はごくわずかです。 1枚1枚の写真を見ながら、何かを感じていく、という一冊ですね。 本書は、私の知る限り、邦訳版のほか仏語版と英語版があり、これらの版が世界同時刊行、ということです。 邦訳版で不思議だったのは、背表紙の解説や写真タイトルの多くがイタリア語で表記されていること。一方、目次では各色の名称はフランス語と日本語が併記されています。はてさて…。 本書の性格上、私には大した感想が書けません(のんびり写真を眺めるということは初めての体験かもしれません)。けれど、たまには見返してみたいと思います。(2010/10/23読了)
2010.12.04
閲覧総数 35
12
![]()
ヴェルナー・レーゼナー(藤田幸一郎訳)『農民のヨーロッパ』(Werner Rosener, Die Bauern in der europaischen Geschichte, C. H. Beck, Munchen, 1993)~平凡社、1995年~ ドイツ、フランスなど、5カ国の出版社の発意から生まれた「叢書ヨーロッパ」の中の1冊です。同シリーズのうち6冊が邦訳になっています。 本書の構成は次のとおりです。ーーー緒言 ジャック・ルゴフ(二宮宏之訳)日本語版によせて ジャック・ルゴフ(二宮宏之)第一章 農民の生活形態についての論争第二章 ヨーロッパの農民とは第三章 中世初期のヨーロッパ農民層の基礎第四章 中世盛期の始まり(十一-十三世紀)第五章 中世後期の危機第六章 農民反乱と農民の抵抗第七章 近世ヨーロッパの農業の二元性 ―西欧のグルントヘルシャフトと東欧のグーツヘルシャフト―第八章 近世の人口発展、入植とヨーロッパの農業地帯第九章 農業景気変動、食糧問題と農民の社会構造第十章 隣人関係と村落共同体第十一章 十九世紀の農民解放と農業改革第十二章 近代工業社会におけるヨーロッパの農民用語解説訳者あとがき文献一覧原注索引ーーー 文献一覧に、邦訳が刊行されている文献については邦訳の情報も記載されていること、用語解説もついていることなど、丁寧なつくりだと思います。 内容の方ですが、まず議論の構成がとてもきれいで、レジュメを作りやすいと思います。 本書で印象的だったのは、ヨーロッパ内部での地域差の多様性に特に目配りがされていることでした。たとえば、第二章で、いろんな地域とその気候、それによる農業の特色が指摘されています。同じように、ほぼ全ての章で、いろんな国の状況について指摘されています。 そして、いくつかの章で、冒頭で通説を紹介し、本当にその通説は正しいのか検証していこう、という姿勢がとられています。一般には(あるいは過去の研究では)このように言われているが、本当にそういえるのか。このように始まるととっかかりやすいですし、その後に具体的な事例が挙げられているのも興味深いです。 私が勉強している中世について基本的なことが復習できるのはもちろん、詳しくないその後の時代についても概要がつかめて、良い経験になりました(といって、職場の昼休みにものすごく遅いペースで少しずつ読み進めたので、あまり身についてはいないのですが…)。 些細な点ですが、ちょっとだけ残念だったのは、訳者解説で「レーゼナーの農民史の最大の特徴は[中略]農民村落の日常生活、つまり衣食住をはじめ家族、農作業、交際、祝祭などに重点を置いて中世の農民世界を再構成しようとする視点にあるだろう」(301頁)と指摘されているわりに、本書の中世を扱った諸章では、あまり日常生活に比重が置かれていなかったことです。もちろん、都市との関係性や、作業にあたっての農民の協力など、興味深い指摘も多いのですが、中世農民の日常生活については物足りない感じもありました。けれどそれは、先にふれたような、いろんな国・地域の状況を指摘していくこととのバランスもあり、仕方のない部分かとも思います。それに、近世以降を扱う諸章では、日常生活にも割と重点が置かれていますので、先の指摘は単なるないものねだりという自覚はあります。 ともあれ。学生時代に第八章までは目を通していましたが、それ以降はずっと読めていなかったので、今回通読できて良かったです。
2013.03.16
閲覧総数 104
13

筒井康隆『心狸学・社怪学』~角川文庫、1986年(1999年、17版)~ 心狸学編、社怪学編それぞれ7つ、計14の短編が収録されています。全部だと多いので、いくつかを紹介します。 心狸学編の最初に収録されている「条件反射」。交通事故で重体になった作家は、雌犬、豚、馬の臓器を移植され、生き延びます。それらの動物の特徴が行動に表れてくる様子は、滑稽でもあり、さらには恐怖感も覚えるのですが、それよりもマスコミや大衆が恐ろしいと感じました。 「優越感」は、団地の住民と建て売り住宅の住民が争い合う話です。標題にある優越感に、劣等感、虚栄心などなど、だれしも人間がもっている要素を、実に醜く描いてくれています。筒井さんの作品は誰にも容赦がないような感じで、人間って醜いなぁと再認識しつつ、自分もその人間であることをかみしめる次第です。他者を非難するのは簡単ですが、自分の非を顧みずに他者ばかり非難するのは滑稽きわまりないので、気をつけたいと思っています。 内容には深入りしませんが、「エディプス・コンプレックス」では、医者が、精神分析のために患者に薬を与えて、ラリさせる(変な日本語…)シーンがあります。その作者注で、作者もラリることにすると書いてあって、どきっとしました。フィクションですよね…。 社怪学編が、どちらかというと心狸学編よりも興味深かったです。「ゲゼルシャフト」も、マスコミ・大衆批判の性格が強いです。「ゲマインシャフト」は、世にも奇妙な物語にありそうなお話(いや、それは本書の全ての短編がそうですが…)。マンションに住む人々が、みな一種の家族として秘密を共有する。そのラストが恐怖を誘います。 本書の中で一番興味深かったのが、「原始共産制」です。東大紛争を踏まえているのですが、私はその事件をよく知らないため、当時の背景をつかめていないのが少し残念でした。ですが、とても興味深く読みました。塀に囲まれた世界で営まれている(原始)共産主義の生活。しかし、その中にも様々な矛盾があり…というところですね。このブログにはあまり政治的なことを書くつもりはないので(というか、書けるほど明確な政治的信条を正直まだ持っていません)、あまり立ち入るつもりはありませんが、あらためて考えさせられました。本作も、ラストが良かったです。 いままでの紹介でもいくつかふれましたが、まさに「マス・コミュニケーション」というタイトルの短編も収録されています。親の遺言で、生涯に2000人の女性を抱くことに捧げる男性が主人公です。彼の生涯は、結局マスコミに左右されることになるのですが、マスコミに踊らされる大衆の愚かさがよく描かれています。馬鹿らしい設定だからこそ、その愚かさがより浮き彫りになる感じですね。 私はテレビを観る時間よりも本を読む時間の方が圧倒的に長く、島田荘司さんや筒井康隆さんの作品を読んでいると、まあマスコミ不信気味にはなります。テレビを観ていても、あきれることもしばしばです。ですが最近、マスコミに踊らされる視聴者もどうなんだろう、ととみに感じます。某番組を念頭においていますが、番組の情報を鵜呑みにしてさんざん踊ったあげく、捏造が発覚すると手のひら返してテレビ局を非難。私は、捏造を肯定しているわけではありません。決して許されることではないでしょう。こんなことを書きながらも、たとえば「目がテン」とか、割と好きな番組はあります。そうした番組でももし捏造が行われていたなら、残念な気分にもなります。けれどもですね、マスコミに踊らされてある食品に飛びついて、マスコミの報道で捏造を知って、その情報を流したテレビ局を一方的に非難している視聴者・消費者の方がもしいるとすれば、その方々は自分のことを顧みることはしないのかな、と感じるわけです。あの種の情報番組の情報をうのみにしないようにという著書は既にあったにもかかわらず、捏造が発覚してから割と紹介され、注目されるようになりましたね。私はとても滑稽だと思っています。(追記:しかし、手のひら返したようにテレビ番組批判をしている実際の視聴者・消費者を私は一人も知らないわけで、そういう方がいることはマスコミの報道で知っているにすぎず、結局私がここで批判した「大衆」も、マスコミの報道で私が勝手に創りあげた「大衆」像です。結局、私もマスコミに踊らされていることになるのかもしれませんね) と、最近思っていることを本の紹介とあわせて吐き出してみましたが、とにもかくにも、『心狸学・社怪学』、楽しく読みました。風刺やらなにやらのきつさに時折辟易もするのですが…。最後に、私もどこかで多々滑稽な振る舞いをしていることを忘れないようにしつつ、気をつけていきたいと思っています。そもそも不特定多数の方の目に触れうるインターネット上に、このようにマスコミ批判を書くことが、どこか滑稽かもしれませんね。
2007.01.30
閲覧総数 1273
14
![]()
島田荘司『最後のディナー』~講談社ノベルス、2001年~ 三つの短編が収録された短編集です。フリーページに感想を書いていましたが、あまりに素っ気ないのに加え、内容をほとんど覚えていなかったので、再読しました。「里美上京」1996年4月。『龍臥亭事件』で知り合った犬坊里美が、横浜のセリトリス女子大学に転入し、石岡さんに連絡を寄越します。石岡さんは、里美さんに横浜の街を案内します。それは、20年前に、良子さんと歩いたのと同じ道でした。街の様相は変わり、石岡さんの内面にも変化があります。 ほとんどボーナストラックのような短編ですが、石岡さんと良子さんのことを考えると胸が熱くなります。『龍臥亭事件』でも、死を覚悟したときに石岡さんが考えたのは、御手洗さんと良子さんのことでした。そんなことを考えて、しみじみとしました。シリーズものを通して読む良さの一つですね。「大根奇聞」里美の大学の教授、御名木と知り合った石岡は、後日、彼と再会する。そこで御名木は、父親がずっと悩んでいたという歴史上の謎について話をした。 1838年、病に苦しむ僧侶とその弟子が鹿児島を訪れたとき、桜島の噴火によって一体は灰色の地獄のようになっており、飢饉で多くの人が死んでいた。二人を助けた老婆の家の近くの畑には、立派な大根がなっていたが、大根をとった者は処刑するというお上からの通達が出されていた。二人の身を案じた老婆は、大根を盗み、二人に食べさせる。しかし、二人の僧侶が後に残したこのときのことを回想する記録の中では、老婆は処刑されることなく生きていた。当時の状況を考えると、大根を盗んだことが露見すると、処刑は免れなかったはずである。なぜ、老婆は助かったのか―。そういう謎だった。 石岡さんが「大根奇聞」の話を聞くのが、1996年5月。たまたま御手洗さんから電話がかかってきて、石岡さんがこの話をすると、あっという間に謎は解決です。とても素敵な物語でした。 なお、御手洗さんと石岡さんの連絡は、1997年一月まで途絶えることになります。「最後のディナー」石岡は、里美に誘われ、苦痛にもかかわらずNOVAに通うことになった。レヴェル7のCの教室で、石岡は大田原という老人と出会う。その穏やかな風貌に魅力を感じて、石岡は大田原とレッスンの後にコーヒーを飲むようになる。そして、クリスマスが近くなり、大田原は石岡と、同じく親しくなっていた里美をディナーに誘う。アパートを引き払うからと、コーヒーカップを二人にプレゼントする大田原。その後、行方をくらませた彼は、殺人事件の被害者として新聞に載ることになる。 こちらも、殺人事件は悲しいですが、そのためもあり、素敵な物語となっていました。石岡さんの卑屈な感じも、むしろ清々しい感じで好きです。面白かったところをメモ程度に紹介。NOVAのレッスン料が安いと聞いたときに、石岡さんは次のように感想を書いています。「それなら鍼治療よりは安いなと私は思う。[……]だが鍼は気持ちいい。英語は気持ちがよくない」(155頁)。石岡さんファンも多いそうですが、納得できる一文です(ファンになる根拠は全く違うのかも知れませんが…)。 本書は12月に発売されています(単行本は11月のようですが)。どの短編もすらすら読めますし、感動できる要素もあります。表題作の内容もあり、クリスマスにいい一冊かと。 昨日、『龍臥亭事件』を読了したので、次は『龍臥亭幻想』を読もうと思っていたのですが、吉敷竹史シリーズをもう少し読み、少なくとも『涙流れるままに』は読んでおきたいと思ったので、読むのはもう少し先になりそうです。『犬坊里美の冒険』も、読むのは先になりそうです。 今回は、『龍臥亭事件』の後ということもあり、「里美上京」が収録されている本書を読むことにしました。しばらく、フリーページに簡単な感想しか書いていない御手洗シリーズを再読して、記事にしたいと思っています。
2007.02.12
閲覧総数 241
15
![]()
島田荘司『透明人間の納屋』~講談社、2003年~ 母子家庭のぼく。ぼくは、隣の真鍋印刷ではたらく真鍋さんのところに毎日のように行っていた。真鍋さんはいろんなことを教えてくれた。食事も、しばしば一緒にとっていた。 真鍋さんのところにときどき訪れる女性-真由美さんは、ぼくや、ぼくの母親のことをひどく悪く言っていた。真鍋さんと真由美さんが激しく言い争うこともあった。 その真由美さんが、ホテルの一室から失踪するという事件が起こった。彼女の婚約者、太一が一緒に部屋にいた。太一がしばらく眠っている間に、真由美さんは消えていた。部屋の正面では、ホテル従業員が作業をしており、だれも部屋から出ていないと証言する。窓からの脱出も、不可能のように思われた。 失踪から五日後、海で女性の死体が見つかる。真由美さんと同定されるが、そこはホテルからアクセスの難しい場所であった。いかに女性は部屋から抜け出したのか。誰に殺されたのか。 事件が謎を残した。その頃、真鍋さんは、ぼくに何度か話してくれていた「外国」へと出発した。日本に、二度と戻ってこないだろうということだった。 ホテルの一室からの人間消失事件。わくわくする謎でした。 真鍋さんのところにある謎の機会。透明人間になる薬を使う機械だ、と真鍋さんが説明し、「ぼく」に証拠を示しているところなど、どこか幻想的でノスタルジックな気分になりました。主人公が子どもだから、というせいもあるでしょうか。 この事件自体よりも、真鍋さんの正体など、物語の背景がとても興味深かったです。 …と思い、いろいろ書こうと思ったのですが、あまりに政治的なことになりますし、こんな個人のブログに過激な反応があるとは思いませんが、自粛するとします。共産主義って、理想だけきけば素敵ですが、理想を実現できたためしが(ほぼ)ないんですよね(19世紀末に試みにそういう共同体を作った人々がいる、ということは認識していますが)。とまれ、某国について描かれています。その国について書いている本もいろいろあるのでしょうが、不勉強で読んでいません。島田さんが、もっと大々的にとりあげて書いてくれたらなぁ、などと思いました。 なお、本書は「かつて子どもだったあなたと少年少女のための"ミステリーランド"」第一回配本の作品となっています。箱から取り出すと、表紙が怖いです。
2006.05.24
閲覧総数 97
16
![]()
福井憲彦『「新しい歴史学」とは何か―アナール学派から学ぶもの』~講談社学術文庫、1995年~ 福井憲彦先生の論文集です。福井先生ご自身のご専門は近代フランス史で、私は直接そうした研究を読んだことはないのですが、いくつかの邦訳や方法論に関する論文を読んだことがありました。訳書では、たとえば、フィリップ・アリエスの『図説 死の文化史』があります。本書も気になっていたのですが、ようやく通読ができて良かったです。 さて、本書の標題から、竹岡敬温『「アナール」学派と社会史』のようにアナール学派の研究動向を紹介する形式かと想像していたのですが、違っていました。序章にかわる部分でいわゆるアナール学派の研究動向を概観してからは、氏の専門分野に関する論文となります。もちろん、それもアナール学派の成果を紹介しながらの叙述になります。 本書の構成は次のとおりです(本書にはありませんが、便宜的に[第○章]と番号をふりました。)。ーーー「新しい歴史学を考える」―序にかえてI.「日常性」と近代の権力秩序[第1章] 近代における文化の諸相[第2章] 「監獄の時代」としての近代II.フォークロアのまなざし[第3章] 歴史とフォークロア[第4章] ミレーの「洗濯女」からIII.死と生の歴史学[第5章] クリオとタナトス―死の歴史学[第6章] 家族の多様性―フランスの家族史からIV.都市空間と民衆行動[第7章] ポリエードルとしての都市[第8章] 十九世紀の都市と民衆[第9章] 労働大衆と消費文化―世紀末からベル・エポックあとがきーーー 枕元に置いて、就寝前に少しずつ読み進めたのですが、どの章も興味深く読みました。ここでは、特に自分の興味関心に近いこともあり、II部とIII部について少し書いておきます。 まず、第3章。いわゆる「新しい歴史学」の性格の一つとして、人類学ないし民族学、あるいは民俗学への接近ということがあります(ジャック・ルゴフほか『歴史・文化・表象』参照)。本稿の中で面白かったのは、民族学あるいは民俗学が誕生する際に、自文化とその研究の対象とする他文化に向けた視線や、民族学による民俗学批判です。 民族学の方でいえば、自らの「文明化された」「合理的」世界と、研究対象の「文明化されていない」「非合理的な」世界を対置する態度があったといいます。背景としては、「地理上の発見」から、世界が大きな関連のもとにおかれていく中で、「未開人」がヨーロッパを反面的に映し出す「他者」として発見されたことがありました。 とまれ、このように二項対立的に文明・非文明を対置する見方は、自らの社会に「内なる未開」を見いだすことになります。それは「近代性」と「伝統性」の対比として意識されることになります。そしてその「内なる未開」を、民俗学が分析していくことになります。 …が、民族学あるいは民俗学に接近している歴史学はしばしば「歴史民族学」と呼ばれます。そこに、民族学が民俗学を批判する点が背景としてあるといいます。というのも、民俗学は主に、解釈からは距離を置き、個別的データの収集・分類という成果を上げていました。ですが、たとえば、村落社会のその他の日常生活の諸要素とそのデータがどういう関係をもっているのか、という部分が見過ごされてきたというのですね。これに対して、(フランス内部に向かった)民族学は、諸データを活かしながら生活慣行全体の構造を明らかにしようとした、といいます。 民族学(エスノロジー)と民俗学(フォークロア)の違いは、漠然と対象とする地域の違いかと考えていたので、この章はずいぶん勉強になりました。 第4章は、ミレーの絵「洗濯女」をとりあげ、19世紀から20世紀はじめに洗濯という行為がもっていた象徴的意味を論じます。たとえば、産婆さんが死に際して体を水で清める役目を担い、しかも洗濯女でもあるという事例が紹介されています。8ページという短い章ですが、具体的な話で興味深く読みました。 第5章は、死の歴史学の研究動向を示しながら、その研究の重要性を説きます。 もともとは死生観の歴史を勉強したいと思い、ここでも言及されているフィリップ・アリエスの本などを読んでいたこともあり、この章で研究動向が明解に整理されているのを興味深く読みました。簡単に、氏が挙げる3つのアプローチとその主要な研究者について整理しておきます。1.現実態としての死(歴史人口学の次元) ・ジャン・ムーヴレ…教区簿冊などによる人口動態の数量的把握。 ・フランソワ・ルブラン…人口動態の把握→死に対する人々の戦いとあきらめ→心性の追求へ2.現実の死を前にしての人々の態度と行為、心性 ・ミシェル・ヴォヴェル …a.「煉獄の霊魂図」の図像的分析から、人々の死に対する態度を分析 …b.大量の遺書(遺言状)の分析から、死に対する人々の感性・態度を分析3.死について明確に表現された次元(文学、宗教など…) ・フィリップ・アリエス…ヴォヴェルとは対照的に、史料の質的分析・長期の時間枠の中での研究 →2の次元ともかかわり ちょっと2と3の区別が分かりにくかったです…。 それから、あるいは的外れな指摘になるかもしれませんが、第4のアプローチとして、死後の世界のイメージや、死者(幽霊)に対する態度といった領域も考えられると思いました。ヴォヴェルも煉獄の図像表現について分析しているようですし、アリエスも煉獄について言及もあり、ただでさえ上にあげた3つの次元も関わり合っているのに、わざわざもう一つの次元を加えることもないかもしれないのですが…。 ただ、死後に地獄か天国に行くしかない(と信じている)のか、煉獄という可能性もあり、そこで試練に耐えれば天国に行ける可能性がある(と信じている)のかでは、死を前にする態度も変わってくると思います。また、煉獄にいる死者のために祈れば天国に早く行けるという考えも広まってきて、説教でも教えられるようになるので、これもまた死(者)に対する態度に影響を与えるのではないかと考えます。 要は、2のように現実の死を考えるために想像界を援用するのか、想像界の分析を通じて現実の態度についても理解がひらけるのか、そのウェイトの置き方の違いだとは思います。ただ、1として現実態としての死を掲げているので、それなら想像界の領域も立てられるのではないかと思ったのでした(現にル・ゴフやジャン=クロード・シュミットなども進めている部分ですし)。 なお、この5章では、フィリップ・アリエスによる死への態度の変遷の図式が整理されていて便利です。2段組で600頁近くある『死を前にした人間』(みすず書房、1990年)の整理なのですが、同書は途中で挫折しているこもあり、いつかはがんばりたいと思いました…。 なお、フィリップ・アリエスの『死と歴史』(みすず書房、1983年。最近新装版が出ました)は『死を前にした人間』のコンパクト版のような感じの本で、なかなか面白く読んだのを覚えています。 なお、その図式とは、「飼い慣らされた死」→「己れの死」(→「遠くて近い死」)→「汝の死」→「倒立した死」というものです。()に入れた部分は、『死と歴史』には見られず、『死を前にした人間』で論じられる話です。 長くなったので、第6章については簡単に。タイトル通り、家族の形態の多様性を論じた本章で興味深かったのは次の一節です。「家族史研究を下敷きにしていえることは、単一の家族モデルをさしだすイデオロギーと、それにもとづいて示される危機感に、むやみに踊らされることはない、ということである」(199頁)。 5章6章ともに、現代を生きる上での問題にも関わってきますし、こうした領域の研究も興味深いとあらためて感じた次第です。(参考文献)・ピーター・バーク(大津真作訳)『フランス歴史学革命-アナール学派1929-89年-』岩波書店、1992年・ジャック・ルゴフほか(二宮宏之編訳)『歴史・文化・表象 アナール派と歴史人類学』岩波書店、1999年(2008/09/09読了)
2008.09.11
閲覧総数 352
17
![]()
森博嗣『εに誓って』~講談社ノベルス、2006年~ C大学大学院M1の山吹と、同大学2年生の加部谷は、東京から那古野に向かう長距離バスに乗った。出発時刻に遅れてしまった加部谷だったが、バス自体の出発も、30分ほど遅れていた。 しばらくすると、バスの先頭の方に座っていた男が立ち上がり、バスジャックを宣言した。二人は、西之園や海月らと連絡をとり、状況を伝えていく。 そして情報を知った西之園さんたちが、犀川先生と連絡したり、海月さんは自分で考えたりと(厳密には、海月さんに情報を伝えるのは探偵の赤柳さんですが)、バス外部の関係者たちも動く、という構成。 今回は、εという団体ですね。なんというか、Gシリーズになってから、ますます一冊ごとではなんのことやら分からなくなっていると思います。本書だけだと、ものすごく地味な感じです。 とはいえ、久々に森さんの作品を読めたのは、楽しかったです。
2006.05.24
閲覧総数 39
18

高木彬光『影なき女』 ~角川文庫、1977年~ 神津恭介シリーズの短編集です。7編が収録されています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 「影なき女」私立探偵・相良の事務所に、殺人予告の電話がかかってきた。対応した助手の日下部は、相良に報告し、予告のあった家に向かう。しかし、すでに犯行はなされていた。現場は、犯人が逃げ出せる余地のない密室状況だった。犯行方法に気づいた相良は、現場で実験を試みるが、さらに犯行は繰り返される。 「黄金の刃」神津恭介と松下研三が食事していると、神津の知人が居合わせた。そこで知人の男は、自分は四次元の世界に足を踏み込んだ、殺人を犯しても罪に問えまい、という話をした。後日、男に完全なアリバイがある状況で、殺人がなされる。 「出獄」松下研三は、道で倒れていた男を助ける。男は、10年前に無実の罪で逮捕され、出獄したばかりという。彼は、出獄した直後に不思議な女に出会い、死んだはずの自分の妻に引き合わされたというのだった。 「天誅」新聞社に寄せられた、殺人予告の投稿を受けて、記者の真鍋はその家に向かった。そこには、知人の女もおり、真鍋は予告時間に現場に居合わせることとなった。しかし、予告時間、居合わせた中の一人が、毒を飲んで死んでしまう。 「ヴィナスの棺」喫茶店で、神津のコーヒーカップと自分のカップを取り替える女がいた。神津がみると、替えられた後のカップには、ダイヤモンドが入っていた…。女を追うと、女は、自分はある男に殺された女だという。 「薔薇の刺青」海岸そばの別荘で仕事をしていた松下研三が海岸を歩いていると、バンガローから出てきた女に目がいった。彼女の薔薇の刺青が目を引いたのだった。女と行動をともにしていたはずの男のことが気になり、バンガローに行くと、そこには背中に短刀が突き立てられた男が倒れていた…。 「死せる者よみがえれ」自身の出生の秘密を隠しながら、作家として大成した山名孝二は、数年ぶりに初恋の女と出会う。しかし、それが悲劇の始まりだった。後日、女は、不仲の夫を殺してしまったと連絡をしてくる。彼女を守るため、偽装工作に協力した山名だが、遺体が発見されたとき、現場には山名の関与を思わせるものが残されていた…。 ――― 読了から感想を書くまでに時間が空いてしまったので、十分なメモができませんでした。逆に、印象に残っているのは表題作のほか、「黄金の刃」と「死せる者よみがえれ」の2作と再確認しました。 中でも、「死せる者よみがえれ」が最も印象的でした。表題作の密室のような、大がかりなトリックがメインではありませんが、初恋の女性を守るために動く山名さんが、何者か(初恋の女性その人?)に陥れられていくサスペンス性に手に汗握ります。また、山名さんの「出生の秘密」の問題は、現代でもまだ尾を引いている問題と思われます。 解説の権田萬治さんが書かれているように、「新しい社派的な方向の萌芽が秘められている」という点で、興味深い物語でした。 高木さんの社会派作品はまだ読んだことがありませんが、これをきっかけに、関心もわいてきました。・た行の作家一覧へ
2018.02.17
閲覧総数 481
19

高田郁『美雪晴れ みをつくし料理帖』~ハルキ文庫、2014年~ 料理人・澪さんが活躍するシリーズ第9弾です。 今回も反転で。(ここから) 澪さんをあたたかい言葉で励ましてくれる、馴染みのお客さんのご隠居さんが、かまぼこを食べてみたい、というので、澪さんは江戸では高級料理のかまぼこを、なんとか自分でつくれないかと苦心します。また、芳さんは、縁談を決めるのに、どうしても息子の意見も聴きたいというのですが…。 一柳の料理人にならないか、ともちかけられる澪さんですが、鼈甲珠で成し遂げたいことがあると、その誘いを断ります。柳吾にもその味を認められて、決意を固めていくのでした。一方、久々に料理番付にのったつる家ですが、選ばれたのはなんと面影膳。しかし特別な思いをこめた面影膳を、番付に載ったからといって振る舞うようなことは、つる家一同はしません。澪さんは逆に、何か新しい料理をできないか、とまた奮闘するのです。 ついに固まった芳さんの縁談。結婚の祝宴のため、澪さんは思いをこめた料理を考案します。また、近いうちに同じくつる家を出て行くつもりの澪さんをサポートし、その後もつる家を支えていくため、つる家には一柳から選ばれた一人の料理人がやってきます。 そして。澪さんが出て行く日も決まりだしたころ、澪さんは子供を産んだ美緒さんと再会します。火事で家を失い、子育てにも苦労している美緒さんを支えるため、澪さんはまた新たな料理を考えるのでした。(ここまで) 美緒さんの大変な状況もありますが、しかしシリーズ始まって以来、前作あたりから明るい話題の方が多くなってきています。数々の悲しみと困難を乗り越えてきた澪さんには、果たしてどんな運命が待ち受けているのでしょうか。いよいよ、次作が最終巻。シリーズ読了が楽しみです。 本書の収録作品は次のとおりです。「神帰月―味わい焼き蒲鉾」「美雪晴れ―立春大吉もち」「花燭―宝尽くし」「ひと筋の道―昔ながら」
2015.04.18
閲覧総数 47
20

若竹七海『ぼくのミステリな日常』~創元推理文庫~ OL・若竹七海が、社内報の編集者に任じられた。しかも、毎月、短編小説を載せて欲しい、という注文つきである。困った若竹は、小説に詳しい先輩に相談した。その先輩は、短編を書く友人がいるから、紹介する、と言ってくれた。ただし、匿名で。こうして、真田建設コンサルタントの社内報には、匿名作家による、連作短編が掲載されるようになる。 12の短編、それを長編とする手紙と編集後記。いつもなら、短編を読むごとに、内容紹介とコメントを書くのですが、今日はなるべく読むことに時間を使いたかったので、まず、全体を読みました。 短編は、ミステリから、ホラーなどなどにわたり、いろんな読後感が味わえます。放火、公園の木の枝を切ろうとする女性、商店街間の草野球をめぐる攻防、「箱」から人間が「消えた」という怪談と現実のリンク、朝顔の霊に襲われる男性、出産に関する話、名前あてゲーム、盗みの濡れ衣を着せられた女性、クリスマスの思い出、買い物強迫症、バレンタイン前にチョコレートを買ってその場で食べた女性、カップルが別れた理由…。珍しく一編の話を一言でまとめてみましたが、やっぱり様々ですよね。しかもこの12の話が、一つの長編をなす…。鮮やかでした。 印象に残っているのが、「箱の虫」です。怖かったです。なんだか切ない気持ちになるのが多かったような…。「内気なクリスマス・ケーキ」「バレンタイン・バレンタイン」は、暖かい気持ちになりました。
2005.08.20
閲覧総数 127
21
![]()
筒井康隆『わたしのグランパ』~文春文庫、2002年~『時をかける少女』に次ぐジュヴナイルものだということです。『時をかける少女』もとても面白かったのですが、本作も良かったです。SFの設定がないこともあり、個人的にはこちらの方が好みですね…。 主人公の五代珠子さんのおじいさん、五代謙三が刑務所から戻ってきます。その直前に、謙三の妻―珠子のおばあさんは家を出て行きます。どうしてもおじいさんに会いたくない、と。珠子は、おばあちゃんと呼ばれるのを嫌がるおばあさんをグランマと呼んでいました。そこで、謙三のこともグランパと呼ぶようになります。 珠子の学校は荒れていて、上級生を中心に校内暴力をはあり、珠子自身も、いじめを受けていました。 ある日、下校時にいじめられていた珠子の前に、グランパが居合わせます。そのときの珠子の言葉から、彼が刑務所帰りということが同級生に知られてしまい、祖父が刑務所帰りということで、さらに言葉のいじめがエスカレートします。その状況を受けて、グランパがとった行動とは……。 内容紹介をすれば、こんなところなのでしょうが、五代謙三(通称ゴダケン)さんのかっこよさったらないです。 グランマが、グランパが帰ってくる前に家を出て親戚のもとへ行ってしまう気持ちも伝わってきます。ラストのエピソードでも、涙が……。 良い読書体験でした。
2007.04.22
閲覧総数 15
22
![]()
法月綸太郎『法月綸太郎の新冒険』~講談社ノベルス、1999年~ 6編の短編が収録された短編集です。冒頭の一話はボーナストラックのような作品なので、本格ミステリ作品は5つですね。簡単に内容紹介と感想を。「イントロダクション」(紹介略)「背信の交点」法月綸太郎と、図書館司書の沢田穂波が乗っていた「あずさ68号」の中で事件が起こる。男性の乗客が一名、死亡したのだった。法月が見たところ、おそらく毒死であった。一緒に乗っていた被害者の妻は、あの女のしわざだと口にする。「世界の神秘を解く男」ポルターガイストを起こす少女を取り上げる特番に、法月もオブザーバーとして参加することになった。彼女の部屋で起こる怪現象は、超心理学の権威・丸山教授が、いかさまではないと保証していた。少女が眠り、いよいよポルターガイストが起こるかと思われた頃、別室にいた丸山教授が、落ちてきたシャンデリアの下敷きになって死亡した。「身投げ女のブルース」葛城警部が、たまたま、女性が身投げしようとしている現場に居合わせた。占い師の事務所につとめているという彼女は、自分が盗聴しているのではないかと疑いをもった占い師を殺してしまったために、自殺しようとしたのだという。ところが、占い師が死亡したのは、彼女が身投げしようとしていた時よりも後のことだった。「現場から生中継」連続児童殺傷事件の犯人<アラハバキ>がつかまった夜、一つの殺人事件が起こっていた。被害者の女性の恋人が犯人と思われたが、彼は、<アラハバキ>逮捕についての生中継の現場にいたため、テレビにも映っており、確かなアリバイがあった。「リターン・ザ・ギフト」法月警視が扱うことになった、交換殺人。容疑者の一人が行方をくらましていたが、法月綸太郎が、警視とは異なる角度から事件を読み解いていく。 * * * 数年ぶりの再読なのですが、見事に全く覚えていませんでした。 相変わらず法月さんは理屈っぽくてまどろっこしい話し方ですが、感想を書きながら本書の内容を思い出すと、やっぱり面白いミステリだなぁと感じます。けれど、どの話もそれほどインパクトは強くないですね…(だから、数年ぶりとはいえ、全く覚えていなかったのだと思いたいです…)。 「世界の神秘を解く男」という、作品のタイトルが少し残念ではありました。作中の中で、テレビ局の関係者から法月綸太郎さんがそう言われるのですが、なにもそれをタイトルにしなくても…と思ったのでした。 特に謎解きの過程が面白いなぁと感じたのは、「現場から生中継」です。終盤でのかけひきも良かったです。 短編集では、司書の沢田穂波さんも活躍するようになりましたね。法月さんに的確につっこんでいます(笑)
2007.06.10
閲覧総数 57
23
![]()
米澤穂信『さよなら妖精』~創元推理文庫、2006年~ 高校3年生の頃、4人の男女が2ヶ月のあいだ交流したマーヤとの思い出と彼女への思いをつづる、長編小説です。 それでは、内容紹介と感想を。ーーー 高校三年生の4月、春雨の降っていた日。センドーこと大刀洗とともに帰宅していたおれは、雨宿りしている白人女性を見つける。二人は、彼女に傘をあげようと声をかけた。それが、ユーゴスラヴィア出身のマーヤとの出会いだった。 マーヤは、行く先もなく困っていた。二人は、実家が旅館を営む友人の白河に相談をもちかける。白河家の了承もあり、マーヤは旅館で働きながら過ごすことになった。 おれの弓道の試合も見に来たマーヤたち。いろんなことに、彼女は興味をもち、尋ね(「哲学的な意味はありますか?」)、メモをとる。弓道部の友人である文原も誘い、古い町並みをマーヤたちと歩くときも、彼女はいろんなことに興味をもった。そして、彼女の目撃情報だけでは不思議に思われる出来事もいくつか起こり、おれは大刀洗からヒントをもらいながらその答えを探ったり。 2ヶ月の後、帰国した彼女のことを、おれは決して忘れられなかった。 大学生になったおれは、厳しい情勢のなかにある彼女のことを案じ、白河たちの協力をえながら、ひとつの問題に答えを出そうと試みる。ーーー いわゆる「日常の謎」もいくつか登場しますが、本作はそういった枠組みにとらわれない物語だと思います。高校生の頃に経験していた悲しいような、苦いような思いを思い出しながら、そして4人がともに過ごしたマーヤと彼女を取り巻く環境のことを思いながら、読み進めました。ラストにも、余韻が残ります。 読了後、"The Seventh Hope"という本書の副題(目次の右ページ)に、深みを感じました。 良い読書体験でした。(2010/05/04読了)
2010.06.03
閲覧総数 122
24
![]()
森博嗣『イナイXイナイ』~講談社ノベルス、2007年~ 森さんの新シリーズ・Xシリーズ第一弾です。まずは、内容紹介を。 美術品鑑定・調査・探偵を仕事とする、椙田泰男事務所に、ときどき留守番している真鍋瞬市と、最近椙田の助手(秘書?)として雇われた小川令子は、ある資産家―佐竹家で起こる事件に巻き込まれることになる。 佐竹家の主が亡くなり、椙田は遺産である美術品の鑑定を依頼されていた。実際の仕事は助手の二人がすることになるのだが、真鍋が留守番しているとき、佐竹家の一人、千鶴が訪れる。幼い頃に死んだとされているが、生きている兄を捜してほしい、というのだった。 まずは、美術品の鑑定で佐竹家を訪れた真鍋と小川だが、その日、事件が起こる。小川が一人で、千鶴のいう兄がいる可能性のある地下室を探しているとき、悲鳴が聞こえた。佐竹家の調査に関わり始めた頃に知り合った、探偵の鷹知祐一朗も近くに居合わせたため、二人で悲鳴のした方―地下へ降りると、亡き佐竹の後妻が倒れていた。奥にある地下牢には、二人の人間が倒れていた。千鶴と、双子の妹・千春である。千春は、首をしめられた上に、剃刀で首を切られていた。 今回も、Gシリーズ同様、1段組だったので、さくさく読めました。 さて、新シリーズとなると探偵役が気になるところです。以下、上記の内容紹介以上の予備知識なく本書を読みたい方はご注意ください(これは、あらゆる書評・紹介の記事に言えると思いますが…)。 このシリーズでは、どこか淡泊な真鍋さんが探偵役ですね。それなりによくしゃべる海月さん…というのもしっくりこないですね。いままでのシリーズの誰かにたとえてみたかったのですが、無理でした(そのエネルギーを省こうとしているともいえます)。とまれ、さらに、鷹知さんが補佐役というか、同じような真相にたどりつく人物だというか。海月さんと犀川先生を連想しましたが、そこもやっぱりニュアンスが違うのですが…。 …で、新シリーズですが、いままでのシリーズとリンクしているようです。<反転>西之園さんは、先生になっていますね。そして、椙田さんは西之園さんと知り合いらしい。<ここまで>。こうなると、やはりいままでの作品を読み返したくなってきます。私事ですが、『φは壊れたね』まで、私は日記記事のかたちで感想を書いていないので、その意味でも読み返そうかなぁと思っていたところでした。機会があれば、ゆっくりでも、再読していこうと思います。
2007.05.13
閲覧総数 92
25
![]()
森博嗣『虚空の逆マトリクス INVERSE OF VOID MATRIX』~講談社ノベルス、2003年~ 講談社ノベルス刊行の、森博嗣さんの第4短編集です。 それでは、それぞれについて簡単にコメントを。ーーー「トロイの木馬 Trojan Horse Program」人々が物理的な接触をほとんどとらなくなり、デジタル世界での交流が一般的となった社会。僕が働く職場に、トロイの木馬が仕掛けられていたらしい。僕がその原因を追及していくうちに、ある企業の重大な秘密が浮かび上がってくる…。 こちらは謎解きというよりも、サスペンス風味の強い短編です。現代日本に生きていると、この中で描かれた社会が、もはやそう荒唐無稽でもないように感じてきますね。「赤いドレスのメアリィ Mary is Dressed in Red」いつもバス停にいる、赤いドレスをきた老女。彼女は、メアリィさんと呼ばれる、町の有名人だった。ある日、私は、彼女について知っているという人物から、彼女にまつわるある物語を聞く。 なんとも読後感の悪い作品です。悲しいというか、重いというか…。「不良探偵 Defective in Detective」僕が小説の探偵役にシンちゃんの名前を使ってから、シンちゃんは自分が探偵なのだと思いこむようになった。ある日、僕たちの共通の知人の真由子が殺されてしまう。そしてシンちゃんは、その事件について調べている、というのだった。 こちらも読後感の悪い作品。「話好きのタクシードライバ That's Enough Talking of Taxi Driver」 タクシーの運転手に話しかけられるのを嫌う主人公が、あるタクシー運転手に話しかけられたときの話です。べらべら喋られるのを嫌がりながらも、しっかり話を聞いていて、心の中でツッコミを入れたりと、こういうのあるなぁと思いながら楽しく読みました。でもこんな当たり前のことに気付かないなんて…。ラストにはやられました。「ゲームの国(リリおばさんの事件簿1) The Country of Game」 回文同好会を主催するリリおばさんが、職場で起こった殺人事件を鋭く解決します。 『今夜はパラシュート博物館へ』所収の「ゲームの国」では、アナグラムがメインのゲームでしたが、今回は回文がメインです。逆にたどればはっきりするので、アナグラムよりは分かりやすいですね。 この中で何が面白いって、土井さんの作った回文です。「練無なりね」など、短いながらも直球勝負で、大笑いしました。「若い犀川」と並んでいるところが、いろいろ意味深な感じもあったりして楽しいです。「探偵の孤影 Sound of a Detective」廃墟のようなビルの一室に、ときどき電気が灯るという話を聞いた探偵、ティモシェンコは、まさにそのビルにまつわる依頼をもちかけられる。依頼人の女性は、姉を捜しているというのだった。 ハードボイルド色の強い短編です。このラストを読んで、とても綺麗な物語だ、と感じました。「いつ入れ替わった? An Exchange of Tears for Smiles」 変声期(!?)をむかえた近藤刑事が、奇妙な事件を体験したということで、西之園萌絵は彼も自宅へのパーティに招く。犀川創平と二人きりの予定が、犀川も喜田を連れてきており、萌絵は内心複雑になるが…。それはともあれ、近藤の体験が主な話題となる。誘拐犯からの連絡を受け、身代金を運ぶ役目を近藤が負った。犯人からの指示通りに動き、指定の場所に紙幣の入った紙袋を置く。ところが、警察たちがずっと見張っていたにも関わらず、紙袋の中身は大量の石ころにかわっていた。 S&Mシリーズの短編です。これは、事件そのものも面白いですが(魅惑的な謎の提示、論理的な解決)、なんといってもラストが綺麗です。なによりです。ーーー 本書は、最初の3話が割と重たいので、なんとなく全体的に重たいイメージをもってしまいましたが、それでも最後の2編はとても綺麗だと思いました。「ゲームの国」の回文も秀逸です。アナグラムのときもすごいと思いましたが、ものすごく長い回文にはただただ唸らされました。(2009/03/29読了)
2009.04.03
閲覧総数 614
26

氷川透『人魚とミノタウロス』~講談社ノベルス、2002年~ 前回の記事に続き、氷川透シリーズの長編です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。ーーー 氷川が街中で久々に出会った男―生田は、氷川にとって、人生に影響を与えた一人だった。現在、精神科の病院に勤務する生田は、氷川を職場に招待する。 生田を訪れた氷川だが、病院では事件が起こっていた。生田がいたはずの面接室で、身元の判別がつかないほどに焼かれた死体が見つかったという。殺されたのは生田なのか、それとも推理小説でよくあるように、生田以外の人が殺されていて、生田が犯人なのか―。 自身にとって特別な存在である生田が被害者なのかどうなのかはっきりせず、もやもやしたまま事件に関与することになった氷川だが、捜査に当たっているなじみの警察は、氷川を頼りにしていて…。 捜査を進めるなかで、さらに第二の事件も起こる。はたして生田は被害者だったのか、犯人なのか―。ーーー 本作も面白かったです。とにかく理詰めですね。 特に面白かったのは、ラカンについて氷川さんと関係者が議論をするあたりです。なかなか最近は本を読むペースも落ちてしまっているので、こうした議論は刺激になりました。
2013.05.11
閲覧総数 79
27
![]()
筒井康隆『男たちのかいた絵』~新潮文庫、2006年36刷改版~ ヤクザが主人公の、短編集です。ヤクザたちが登場するということでは共通していますが、それぞれ独立した話なので、連作短編集ではありません。8つの物語が収録されています。 収録作品は次のとおりです。ーーー「夜も昼も」「恋とは何でしょう」「星屑」「嘘は罪」「アイス・クリーム」「あなたと夜と音楽と」「二人でお茶を」「素敵なあなた」ーーー タイトルはすべて綺麗ですが、中身はすごいです。楽天ブログの検閲にひっかかるようなキーワードもあるのであんまり書けませんが、たとえば、同性愛、嘘つきまくる男、二重人格、過剰な動物愛…。電車の友にしたのですが、特に最初の2話は、私は何を読んでいるのだろう、となりました…。 といって、そのようにうわぁと思いながら読む作品もあるのですが、面白いのです。筒井さんの作品にかなり魅了されてしまっているのはありますけれど、どの作品も面白いと思いながら読みました。よく、筒井さんの作品の解説に、「中毒」という言葉があるように思いますが、筒井作品にはある種の中毒性があると思います。 特に好きなのは、上に書いたようなどきついキーワードがあてはまらない、「アイス・クリーム」と、「あなたと夜と音楽と」です。「アイス・クリーム」は、あえていえば父性の在り方について描いていると思うのですが(筒井作品をこのように単純化するのはおこがましい気もしますが)、主人公にとても共感できて、ラストにはやられました。「あなたと夜と音楽と」は、音楽が好きなのにあまり得意ではないので、音楽学校に行ったことがない自分を悔やむヤクザが主人公です。彼は仲間たちとともに、あるアーティストやバンドの護衛につきます。バンドのメンバーに、あの曲は演奏するのか、音楽学校には行っていたのか、そんなことを聞きたいのに、自分がヤクザで怖がられているから、聞くに聞けない主人公。そして、いざというときにはバンドのメンバーをしっかり守ります。なんだか詩情もあって、素敵な物語でした。この主人公が一番かっこよかったです(笑) 23日の休日にはがさっと筒井さんの文庫を買いましたし、しばらく電車の時間が楽しみです。(2008/09/24読了)
2008.09.26
閲覧総数 177
28
![]()
森博嗣『ダウン・ツ・ヘヴン』~中央公論新社~ 『スカイ・クロラ』『ナ・バ・テア』に続く、シリーズ三作目。 内容紹介も感想も書きづらい。 ま、書こう。 僕-草薙水素は、パイロット。その腕は認められ、様々な任務を負うことになる。 草薙は、空で、戦う者。地上の傍観者たちとは違う。パイロットには、敵も味方もない。みなが、命をかけて戦っている。相手を尊敬しあっている。 -地上は…どうだろう。 * 読書(感想)は、そのときのコンディションによってずいぶん変わると思う。私は、本書を三日に分けて読んだから、まず、まとまった把握ができているとはいえない。シリーズ物なので、前二作もふまえておく方が理解もしやすかったろう。いずれにせよ、戦闘機や、その操縦に関する用語はほとんど分からないままなのだが。 今日は第三章の後半から読んだので、どうしてもその印象が大きい。けれど、そこは紹介に書くわけにもいかないだろうし(アスタリスクの前のところで、若干言及したかな)。 先に挙げた二作、さらにいえば森さんの作品に共通するものとして、詩的な性格の箇所があることだろう。そして、いろいろと考えさせられる。 森さんの作品を読んでいて好きなときは、なにかの定義がされているところ。本書にもあって嬉しかった。ーーーアフィリエイトのリンクを使ってみました。画像があったので。
2005.07.04
閲覧総数 12
29
![]()
黒田研二『ふたり探偵―寝台特急「カシオペア」の二重密室―』~カッパノベルス、2002年~ 黒田研二さんの長編作品です。黒田さんはあまりシリーズものを書かれませんが、本作は数少ないシリーズ作品のひとつですね。もうひとつ、「ハーフリース幼稚園」シリーズもありますが、この「ふたり探偵」シリーズも、どちらもまだ2作しか出ていないですね。 ハーフリース幼稚園シリーズはなんだか重たい内容もありますが、このシリーズは軽いタッチで読みやすいので、今回再読してみました。 それでは、内容紹介と感想を。ーーー 向河原友梨のもとに、ルポライターを目指してアシスタント入りしたオタク青年、笹川耕平が、とつぜん、オシャレを始めた。友梨が理由を聞いても、彼は答えをはぐらかすが、さらには失踪してしまう。失踪の前に、彼はシリアルキラーJの次の犯行を予告するような言葉を残していた…。 1ヶ月ごとに殺人を犯し、被害者の首に<J>をかたどったペンダントを残すことから、犯人はシリアルキラーJと呼ばれていた。友梨の婚約者のキョウジは、まさにそのJをつかまえようとする刑事だった。危険な仕事にあたっている彼を心配しながら、友梨は取材旅行に向かう。 耕平が楽しみにしていた寝台特急「カシオペア」で東京に戻るなか、友梨にかかってきた悲しい電話。それは、耕平の死とキョウジの重体を知らせるものだった。しかし、その後彼女に異変が起こる。頭の中から、キョウジの声が聞こえてきたのだ。間違いなく、それはキョウジの意識だった。 そして「ふたり」は、「カシオペア」のなかで起こるおそれのある次なる殺人を食い止めるべく、推理を進めるが…。ーーー 黒田さんの作品は、どこか非日常的な要素が入っているように思います。本書でいえば、恋人の意識が友梨さんに入ってくることですね。そしてその「非日常的な設定」が、ていねいに謎を構成し、また謎を解いていくための鍵になっているのです。特殊な設定がありつつも、それがしっかりとルールづけされているので、ミステリとしての謎解きはきわめて論理的に行われます。そして冒頭にも書きましたが、文体もとても読みやすく、好きな作品です。 読了後に内容を思い返すと、いろんな伏線がうまいなぁとあらためて思います。 良い読書体験でした。(2009/07/25読了)
2009.07.27
閲覧総数 37
30
![]()
横溝正史(小林信彦編)『横溝正史読本』~角川文庫、2008年改版初版~ きわめて入手困難となっていた(そうな)文庫の復刊です。不意の嬉しいニュースでした。 なお、本書の背表紙の著者名のところには小林信彦編とありますが、番号は(よ5-200)となっているので、この記事の著者名には横溝正史さんの名前も掲げておきました。 本書の構成は次のとおりです。ーーー序にかえて(横溝正史)横溝正史の秘密(横溝正史/小林信彦) 第一部 「新青年」編集長時代から喀血まで 第二部 自作を語る 第三部 同時代作家の回想 第四部 クリスティーの死と英米の作家たち資料1 探偵茶話<エッセイ>資料2 作品評 『本陣殺人事件』を評す(江戸川乱歩) 『蝶々殺人事件』について(「推理小説論」)(坂口安吾) 『獄門島』について(高木彬光)年譜(島崎博/浜田和明)あとがきにかえて(小林信彦)解説(権田萬治)ーーー 順番に、簡単にコメントをしていきます。「横溝正史の世界」は、横溝さんと小林さんの対談です。横溝さんの奥様も参加しておられて、ほのぼのしながら読みました。 この中で特に興味深かったのは、第三部と第四部です。第三部では、森下雨森さんから鮎川哲也さんまで、横溝さんが活躍した前後の作家たちについて語られます。読んだことがない作家さんも多いのですが、詳しい方がこのあたりを読むとより興味深く読めるのでは、と思います。私は、ここで紹介されている作家さんたちにあらためて興味をもちました(なかなか試せないと思いますが…)。 第四部は、ちょうどアガサ・クリスティーが亡くなられた翌日に行われた対談ということで、クリスティーに関する話題が多いです。私はクリスティーは1冊も読んだことがないのですが、横溝さんは彼女の作風に近いそうですね。また、クリスティーが高齢になっても長編を書き続けていたことにならって、横溝さんも闘志を燃やしておられるところなど、他のエッセイでも読んだことがありましたが、あらためて横溝さんが素敵だなぁと思いました。 そして、『Xの悲劇』などを書いたバーナビー・ロスが、実はエラリー・クイーンだったということ。いまはもう悲劇三部作も『…最後の事件』もエラリー・クイーン名義で書店にならんでいたかどうか、とにかく二人が同一人物ということは有名(というか、ロスの名前もほとんど覚えていませんでした)ですが、覆面作家としてロスが出てきて、実はクイーンと同一人物だと知ったときは驚きだったでしょう。こう考えると、先入観や予備知識なしで新しくなにかを知ることがどれだけわくわくすることかということがよく分かります。 ふっと思ったのですが、たとえば『我が輩は猫である』なんか、教科書で読むのではなくていろんな小説を読んでからはじめてふれると、なんと猫の一人称かと、かなり衝撃的なのではないか、と考えたり…。先人の偉業が当たり前のようになってくるのは、どこか寂しいような気もした次第です(このニュアンスがうまく伝わりますかどうか…)。 話は前後しますが、もちろん第一部・第二部も面白いです。『獄門島』の犯人について、奥様の一言が大きな役割を果たしたエピソードなど、こちらもどこかで読んだか聞いたかした覚えがありましたが、奥様もまじえての対談ということで、あらためて楽しく読みました。 さて、これらの対談は1975年、1976年に行われていますが、資料1として紹介されるエッセイは、1947年に執筆されています。 こちらのエッセイもとても面白いです。探偵小説の内容から離れますが、最初の「困ったこと」というエッセイのなかでものすごくプラス思考をされているのが楽しかったです。がんばって畑仕事をしたのに失敗したということで、三度豆の種が土の中で腐ってしまったり、ということが書かれています。でもこんなことも健康なら違ったように考えられるのではないか、ということで、たとえば、「三度豆が半分腐ったおかげで、忘れていたささげの播き場所が出来て却って好都合であった」(200頁)とあります。横溝さんのユーモアあふれる人柄が伝わってきて素敵でした。私も最近、たとえばはじめて出かける場所に向かう途中で道に迷ったり、あるいは日常の中で起こりそうな残念なことを予想しては、そんなことがあっても広い心でいようと考えたり、なにかあってもプラス思考にもっていこうとするようになってきているので、このエッセイはとても参考にもなりました。 それから、クリスティーの名作が『みんないなくなったとさ』というタイトルで書かれているのですが、昔はこんな邦題で出ていたのか、横溝さんの試訳か…。なんだか良かったです。 対談の方でも書かれていますが、横溝さんは戦前・戦時中と、ばりばり外国の探偵小説を原著で読んでおられます。あこがれます。 資料2の作品評は、私が大好きな『本陣殺人事件』を坂口安吾さんがぼろくそに言っていたり、江戸川さんもその良さを認めながらいろいろ難点を挙げたりと、ちょっと悔しく思いながら読みました。論理的に書いているようで、結局は好みですから、この手の批評は難しいなぁと思った次第です。私もブログで好き勝手書いていますが…(良いところを紹介するように心がけてはいます)。 なお、本書の中では、エラリー・クイーンやクリスティーのいくつかの作品について、割と重要なネタが割られてしまっています。私は数年(数ヶ月!?)で忘れられるでしょうし、すぐに海外の古典ミステリを読む予定もないので大丈夫(?)ですが、いままさに海外の古典ミステリをばりばり読んでいこうとされている方は、ご注意ください。 冒頭にも書きましたとおり、本書はきわめて入手困難な状態にありました(ようです)が、このたび改版ということで、年譜が2008年の記事まで補足されていて、こちらも興味深いと思います(しっかりとは見ていないですが…)。 横溝さんの対談を読むことができて、幸せな読書体験でした。(2008/11/06読了)
2008.11.09
閲覧総数 82
31
![]()
高田崇史『カンナ 吉野の暗闘』~講談社ノベルス、2009年~ カンナシリーズ第3弾です。今回の舞台は吉野。役小角や黄金伝説にまつわる謎に、鴨志田甲斐さんたちが迫ります。 ではでは、簡単に内容紹介と感想を。ーーー 失踪中の早乙女諒司が、吉野にいるらしい―。 その情報を聞いて、鴨志田甲斐は巫女の貴湖とともに、吉野に向かうことになる。いつものように、当地の歴史の謎を解明するという宿題も抱えながら…。 今回の大きな謎は、吉野になぜ多くの桜が植えられたのか、役小角が朝廷から罪に問われたのはなぜか?役小角は「鬼神を使役した」との理由で罪を問われたという説もあるが、そもそも朝廷こそが、「鬼」を酷使していたのではなかったか…。 * 吉野の金剛不動神社で、宮司の息子が殺された。おそらく酔っぱらい同士の喧嘩によるものと思われたが…。 被害者と仲が悪いことで有名な光昭は、実家の民宿の経営も手伝わず、金脈を探して山に入るのを日課にしているという、悪評高い男だった。被害者に復縁を迫られていた女性はしかし、光昭に惹かれていた…。 吉野の黄金伝説にまつわる事件に、甲斐も巻き込まれていくことになる。ーーー もう例によって、このシリーズの殺人事件の謎の方は別に…といった感じですが、歴史の謎解きは面白いです。上の内容紹介には書きませんでしたが、神は金気と女性を嫌う、というおかしな迷信はなぜ生まれたか、という謎に対する解答も、とても興味深かったです。(2009/05/02読了)
2009.05.04
閲覧総数 41
32
![]()
輪渡颯介『堀割で笑う女―浪人左門あやかし指南』~講談社ノベルス、2008年~ 第38回メフィスト賞受賞作です。ふだん時代物は読みませんが、こちらは怪談とミステリの融合ということもあって、江戸時代という舞台がいきています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。ーーー 城下で噂になっていた、いくつかの怪談。堀割に現れる女、鶴北寺の女…。そして、噂が流行してきた頃、家老が不審な死を遂げる。 …それから、10年。剣の使い手として名高い苅谷甚十郎は、縁談の条件として、肝試しを命じられる。腕利きとして評判であったが、彼はまた臆病者としても有名であったためだ。そして、鶴北寺の小屋で過ごした夜、彼は桜の木に首を吊りにくるという女の幽霊を見た…。 その頃。一人の家老が闇討ちにあった。その闇討ちに荷担したとされる侍たちが、次々に殺されていく。死人に斬られた、という彼らの言葉の意味はなにか。甚十郎は、江戸の師で、飲んべえで怪談好きの平松左門の協力を得ながら、事件の背後に迫っていく。ーーー これは面白かったです。怪談は怪談として楽しいですし(私は好きな方ではないですが)、幽霊話に現実的な解決がつけられていくのも面白いです。 ミステリとしても楽しく読みました。(2008/12/07読了)
2008.12.09
閲覧総数 24
33

今回は、2009年11月に記事を書いた本のリストです。番号は、記事をアップした順番で、印象に残った本には☆マークをつけています。146.北山猛邦『「瑠璃城」殺人事件』147.輪渡颯介『百物語―浪人左門あやかし指南』148.松尾由美『雨恋』 ☆149.高田崇史『QED 出雲神伝説』150.横溝正史『八つ墓村』151.横溝正史『悪霊島(上・下)』 ☆152.横溝正史『病院坂の首縊りの家(上・下)』 ☆153.奥田英朗『イン・ザ・プール』 11月は、8作(10冊)の小説の記事を書きました。ちくま新書の「民俗学の冒険」シリーズ全4冊の再読月間だったこともあり、小説の方ははかどらなかったですね。先月下旬と同じく、土日は疲れていたり外出したりで、なかなか小説を読む気力がなかったこともあります。 さて、そんななか、3作品に☆を付けました。『雨恋』は、ミステリとしての魅力もたっぷりあり、また物語の切なさも良かったです。 金田一耕助シリーズの最後の二編も、どちらも名作だと思います。『悪霊島』の終盤でのあるシーンは、記事にも書きましたが最近の作家が描いてもおかしくないような、なんとも妖しく、恐ろしく、そしてどこか美しい雰囲気をもっていて、ぞくぞくしました。『病院坂の首縊りの家』も、そのスケールの大きさなど、魅力的な物語です。 冊数はあまり読めませんでしたが、面白い作品をじっくり読めたように思います。
2009.12.01
閲覧総数 31
34

久々の更新です。 2004年、2005年と続けているので、今年も12月30日に一年間を総括するとします。 今年は…なんとなく記事には書いていませんでしたが、8ヶ月ほど就職活動をしていました。来年度からは社会人…のはずです。特に内定者の集まりなどがないので、実感がないのでした。 その中で、新聞を読むようになりました。これは、プラスだったかなぁと思っています。もっとも、不快なニュースがあまりにも多いので、新聞やニュースを見ることなく、仕事や研究に没頭するのも一つのあり方だとは今でも思いますが。 就職活動の後は、ひたすら修士論文の準備です。昨年の総括では、勉強は研究室でしてめりはりをつけるようにした、と書きました。今年も、12月初頭頃まではそうだったのですが、その後は資料を自宅に持ち帰って作業を進めています。作業をするときに、ばーっと資料を広げるので、こたつ机のある自室の方がやりやすいのでした。もっとも、自室の資料では間に合わない調べごとをしたいときなど、研究室(あるいは大学)がいいなぁと思ったりもするのですが、そこは一長一短ということで割り切るしかありません(苦笑) そのため、うすうす予感はしていましたが、ほとんど趣味の読書の時間をとらなくなりました。今月は加納朋子さんの短編集を読んだだけです(記事も、加納さんの本を買った記事と、その感想しか書いてませんね)。最近は、梶井基次郎さんの短編集『檸檬』を、一日10ページほど読み進めています。筒井康隆さんの短編集を買って読んだり、もちろん未読の本を読んだりしたいのですが、もうしばらく禁欲的な生活を続けることになります。 本の関連でいえば、今月は、西尾維新さんの『化物語(下)』と、島田荘司さんの『最後の一球』も買いました。島田さんのは、御手洗シリーズでは今までにない装丁ですね(笑)。スポーツものは苦手なのですが、はてさて。野球を題材にしているらしい御手洗シリーズで、ある程度免疫ができるでしょうか。 明日も、例年通り、今年読んだおすすめの10冊を紹介したいと思っています。 …年末年始という感慨が全くない生活を送っていますが、明後日には2007年なのですね。本当にあっという間です。
2006.12.30
閲覧総数 7
35
![]()
横溝正史『赤い水泳着(横溝正史探偵小説コレクション1)』~出版芸術社、2004年~ 横溝正史さんの、戦前のレア作品も収録した作品集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「一個のナイフより」河原で見つけた一つのナイフ。新聞で読んだ列車内での殺人事件との関係は…?「悲しき郵便屋」心を寄せる令嬢の元に届く手紙に記された暗号を解読した郵便屋。ある日、暗号で指定された場所に行ってみると…。「紫の道化師」スリをしようとして相手に捕らえられた男は、高額な報酬をもらい奇妙な行動をさせられる。その後起こっていた殺人事件との関係に気づいた男の行動は…。「乗合自動車の客」自身が被害にあった自動車事故を知る男と乗合自動車で一緒になった。異様に話しかけてくる男の目的は。「赤い水泳着」干されていた赤い水泳着からしたたる赤い液体を目撃していた女は、翌日、水泳着の持ち主が全く別の場所で亡くなっていたことを知る。はたして事件の真相は。「死屍を喰う虫」井戸に落ちて亡くなった親の家に住み始めた男が、再び井戸を掘り返し始めた。はたしてその真意は…。「髑髏鬼」髑髏のような顔の男が目撃されるようになった頃、男爵邸で令嬢の誕生会が祝われていた。しかし、髑髏男がそこにも現れて…。そして、令嬢が不本意な結婚を迫られていた真相は。「迷路の三人」迷路のある幽霊屋敷を探検していた三人の男女。しかし、一人の女性が殺された。迷路を徘徊していた脱獄囚は、しかし事件との関与を否定する。「ある戦死」知人の戦死を知った私。友人に呼ばれてその友人のもとへ行くと、一つの指輪について調べてほしいという。戦死した知人と病床に伏す友人、そして指輪をつなぐ事件の真相は。「盲人の手」船の中で、ある盲人に見初められた女。女は男と旅をともにするが…。「薔薇王」日疋家と唐木子爵家の結婚式の際、花婿の唐木子爵が失踪した。しかも、唐木子爵というのは騙りであった。偽子爵の意図は…?「木馬に乗る令嬢」鎌倉の回転木馬に、令嬢と、外国人女性が一日に何度も乗っていたのはなぜなのか…?「八百八十番目の護謨の木」三穂子の恋人、大谷の同僚が殺された。被害者は、「O谷」というダイイングメッセージを残していた。そして、大谷は失踪。しかし、三穂子はある映画を見て、そのダイイングメッセージの意味を知り、恋人の無実を確信する。「二千六百万年」私は眠ると、未来の国に行く夢を見た。空を飛ぶ人々の国、そして卵を産む人々の国は、それぞれ争いを続けていて…。――― 大がかりなトリックなどはありませんが、とにかく語り口が素敵で、物語に引き込まれます。 シャーロック・ホームズを意識した主人公が活躍(?)する「一個のナイフより」や、どろどろした人間関係が浮かび上がる「死屍を喰う虫」などのミステリも面白いですし、「ある戦死」(角川文庫『誘蛾灯』にも所収)は悲しいながらも私は好みの作品です。文庫未収録作品も収録されていて、嬉しい作品集です。
2016.09.03
閲覧総数 471
36

筒井康隆『ロートレック荘事件』~新潮文庫、1995年~ 筒井康隆さんによる長編ミステリです。 なんとも内容紹介が書きづらいので、簡単にだけ書いておきます。 現在の所有者・木内文麿が収集したロートレックの絵が多数飾られていることから、「ロートレック荘事件」の名前がついた別荘に招待された「おれ」たち。別荘には、「おれ」が結婚を考えることになる三人の娘と、そのうち二人の母親もやってくる。木内の部下の錏(しころ)や、娘の一人・絵里らの発言により、場はときどき緊迫した空気に包まれた。そして、「おれ」たちが訪れた翌朝、事件が起こる。「おれ」が最も愛していた娘、寛子が殺された。最初は外部犯とも思われたが、警察は次第に内部犯の可能性を強く考えるようになる。そんな中、第二の事件が起こる…。 高校生の頃に、本作のことを知りました。当時読んでいた、いわゆる新・本格ミステリの作家の作品あるいはその解説にでも書かれていたのか、どういう経緯で知ったのかよく覚えていないのですが、ミステリとしてかなり高い質の作品だ、というイメージを持っていました。ただ、当時はなんとなく読まずにいました。 それが、最近になって筒井康隆さんの作品を読むようになり、それなら今なら読める、と思い、購入して読んだ次第です。とても面白かったです。 文庫の裏の内容紹介には、「メタ・ミステリー」とありますが、私の知る意味での「メタ・ミステリ」(竹本健治さんの『ウロボロスの偽書』などや、不本意ですが、二階堂黎人さんの『目減博士と増加卿』もそうですね)ではありません。もっと、正攻法のミステリだといえると思います。 解説にもありましたが、本作は丁寧に読むと良いかと思います。途中に何度か感じた違和感が、解決編ではすっと解消されます。かなり丁寧に伏線が張られています。同じく解説にもありましたが、アンフェアとも指摘されない部分もあるかと思いますが、途中で感じる違和感を考慮すれば、アンフェアとは言えないのではないか、とも思います。なんにせよ、解決編で「あ~そうだったのか!」という純粋な感動を覚えるのは久々のように思います。
2007.03.19
閲覧総数 107
37

横溝正史『夜光怪人』~角川文庫、1979年再版(1978年初版)~ 横溝正史さんのジュヴナイル作品です。表題作に加え、2編の短編が収録されています。それでは、簡単な内容紹介と感想を。ーーー「夜光怪人」 夜に、ぼんやりと光る服を身にまとい、表情のない仮面をつけた怪人―通称夜光怪人の噂が広がり始めた頃。ある夜、中学3年生の御子柴進は、ぼんやり光るイヌに追いかけられる女性を助けた。そしてそのイヌを呼びにきたのが、夜光怪人だった…。 新聞記者の三津木俊助とともに、進は夜光怪人のからむ事件に挑んでいく。しかし、檻で囲まれた中の宝石を盗んだうえに老人を殺害したり、密室の中から消失したりと、夜光怪人は幾度も進たちを逃れていく。 ついに、金田一耕助も事件解決に乗り出すが、夜光怪人はさらなる凶行を繰り返していく…。「謎の五十銭銀貨」 暗号もの。作家の男が、かつて占い師に渡された五十銭銀貨の中には、暗号の記されたメモが入っていた。そのエピソードを雑誌に載せると、男の周囲に妙な事件が起こるようになる。「花びらの秘密」 美絵子は、隣室にどろぼうが入ったのに気付いた。ところが隣室から自室に光が差し込み、そこには、「動くな、さわぐな、さわぐといのちがないぞ」という文字が浮かび上がっていた…。ーーー 横溝作品を読むのは久々のような気がしますが、ジュヴナイルでも安心して楽しく読めます。併録された2編の短編は、分量も短いですしトリックもそう派手でないので、いまの目線で読むと物足りない感じもありますが、表題作はかなり盛りだくさんの内容で、充実しています。※表紙画像は、横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。(2009/08/01読了)
2009.08.04
閲覧総数 61
38

北村薫『空飛ぶ馬』~創元推理文庫、1994年~ 北村薫さんのデビュー作。女子大生の「私」と、その大学の先輩にあたる噺家、春桜亭円紫さんのシリーズ第1作です。 本書は、5編の短編からなる連作短編集となっています。 それでは、それぞれについて、簡単に内容紹介と感想を。ーーー「織部の霊」 朝早くに大学に着いてしまった私は、近世文学概論を担当している加茂先生と出会う。授業で、私のことを覚えてくれていた先生と話す中で、私は、卒業生で大ファンの噺家である春桜亭円紫と会談する機会を持つことになる。その後、3人で打ち上げをしている際、加茂先生は過去の不思議な話を打ち明ける。それは、見たことのないはずの人物を夢に繰り返し見て、しかもその人物は実在の人物だったという話だった。「砂糖合戦」 たまたま出会った円紫と、円紫おすすめの喫茶店を訪れた私。私はそこで、何度も何度も砂糖を紅茶の中に入れている、奇妙な女性3人組に気づく。加茂先生の不思議な話の謎を解き明かした円紫は、3人組の行動の意図も見抜いたようで…。「胡桃の中の鳥」 大学の同級生、高岡正子とともに蔵王を訪れた私。現地で、同じく同級生の江美と合流し、円紫の独演会や観光を楽しんだ私たちだが、蔵王山頂で、それは起こった。なぜか、江美が出してくれていた車のカバーシートが、外されていたのだった。「赤頭巾」 歯医者に行った私は、話し好きの中年女性に声をかけられる。最初は構えたが、それは気になる話だった。私も知っている女性―夕美子と、その中年女性は同級生だったという。その同級生から、赤頭巾の話を聞いたという。日曜日の夜ごと、公園に赤頭巾が出るというのだ。そして絵本作家である夕美子は、『赤ずきん』という作品も出していた。そしてそれは、ずいぶんアレンジのきいた作品となっていて…。「空飛ぶ馬」 近所のお店《かど屋》の国雄は、子供好きの人である。そんな彼が、近所の幼稚園でクリスマス会が開かれた日、店にあった木馬を保育園にプレゼントした。ところが、その夜中、幼稚園の庭に木馬がなかったという情報を私は聞く。はたして、木馬はなぜ消えたのか。ーーー 何年ぶりかの再読です。 やっぱり、良かったです。ミステリではあるのですが、そういうジャンル区分にとらわれない、とても良質の物語だと思います。 世の中の苦しいことにも、悲しそうな目をしながらもしっかりと見つめていく円紫さんと、目をそらしてしまいそうになる「私」(もちろん、目をそらしてはいけないと分かっていて、少しずつ変わろうとしつつあります)のコントラストが、素敵です。 「私」のまわりの人々も素敵な人が多くて、悪意をあつかった物語もあるなかで、やはり全体としては優しい雰囲気の物語だと思います。 良い読書体験でした。
2012.08.26
閲覧総数 67
39
![]()
本多孝好『ALONE TOGETHER』~双葉社、2000年~ 本多孝好さんの二作目の作品にして、初の長編です。 次のような物語でした。 主人公の柳瀬さんには、不思議な力があります。他人の波長と自分の波長をシンクロさせ、ためこんでいる思いを吐き出させる、という力です。 柳瀬さんは、医学部に入り、著名な笠井教授に、呪いについて質問をしますが、自分の疑問が解明されることはありません。そこで、彼は大学をやめ、アルバイトとして、不登校の子供たちが通うアフィニティー学園の講師をつとめます。そんな中、笠井教授から連絡が入ります。自殺をはかり、回復の見込みがない女性の延命装置をとめたということで、殺人の疑いがかけられている教授は、その女性の娘―立花サクラ―の力になってほしいと、柳瀬さんに頼むのです。 サクラは、柳瀬さんの能力に気付き、シンクロを拒みます。あなたの力はいらない、と突っぱねるサクラですが、次第に柳瀬さんと交流するようになります。 学園に通う生徒の中にも、いくつかの問題がありました。頭が良すぎてしまった少年、面倒見のよい少女(ミカ)……。彼らにも柳瀬さんは働きかけるのですが、それが彼らを救ったことになるのか、どうなのか。物語のこととはいえ、もしも同様の状況があったとき、部外者が価値判断を下すのは、どこか無責任なようにも思います。 柳瀬さん自身の両親についても、辛い過去がありました。父親も、柳瀬さんと同様の力をもっていたのですが、その関係もあり、妻―柳瀬さんの母親―を殺し、自殺をしてしまいます。父親の最期を、柳瀬さんはよく思い出せずにいました。 ところが、いつも、不意に柳瀬さんの前に現れる謎の男が、その状況を思い出させようとします。サクラ、ミカらとの関わり合いについても、口出ししながら。 誰しもなにかの苦しみを抱いていると思います。そこにどう向き合うのか。きちんと向き合っているつもりでも、それは逃げではないのか、ずるさではないのか、結局は保身なのではないか。…胸に刺さるような言葉が多々ありました。 特に揺さぶられてしまったのが、公園で遊ぶ子供たちと、そばで談笑する母親たち。子供に声をかけられた母親は、笑顔を見せる前に、ほんの一瞬、迷惑そうな、忌々しそうな表情をのぞかせます。母親は、母親である前に、一人の人間です(その逆を強調する向きもあるかもしれませんが)。友達との会話の途中に、誰かに声をかけられ、いま面白い話しているのに、と少し迷惑そうに思い、その誰かに顔を向ける。その誰かが自分の子供というだけだったといえばそうですし、その誰かが子供であることこそが大事だともいえるとも思います。ちょっと文章が混乱してきましたが、読んでいて、久々に心を揺さぶられ、また怖く感じる一シーンでした。数年前に読んでいたら、心の揺さぶられ具合ももっとひどかったかもしれないな、と思いました。 もやもやといろいろ思いながら、感じながら読みましたが、言葉にしづらいので、感想はこのあたりで。いずれにしても、印象的な物語でした。
2007.02.18
閲覧総数 32
40
![]()
西尾維新『ダブルダウン勘繰郎』~講談社ノベルス~ 私-蘿蔔(すずしろ)むつみが出張から帰ってくると、日本探偵倶楽部のビルの方を双眼鏡で見ている、 15歳くらいの少年を見つけた。見とれていると、少年から声がかけられる。少年は、自らを虚野勘繰郎 (むなしのかんぐろう)と名乗った。 勘繰郎は、同じくビルの方を見ている男の存在を指摘した。突如はじまる男との戦い、勝利。そのまま勘繰郎を相手にしないという選択肢ももちろんあったのだが、私は、勘繰郎についていった。勘繰郎は、戦った男が乗っていた車を奪い、運転した。 勘繰郎は、探偵になろうとしている。日本探偵倶楽部に入るべく、未解決の大事件を解決して、報告しようとしていたのだ。 西尾維新さんによるJDCトリビュート作品。本家、清涼院さんの作品を、『カーニバル・イヴ』で読むのをやめてしまっている私が言うのもなんですが、これは面白いです。 あえて一言で表現するなら、「探偵」小説。とことんまで、探偵に関わる小説です。 さらなるキーワードは、「夢」でしょうか。「格好いい」自分の生き方を信じ、「格好いいから」探偵になろうとしている勘繰郎。純でひたむきで努力家で洞察力があって判断力があって… 本当にかっこいいです! 15歳。私は二月生まれなので、15歳の大部分を高校一年生として過ごしました。 中学生の頃、私はコンピュータ関連の企業に就職したいと考えていました。にもかかわらず、高校入学の際のオリエンテーションで、国際コース、理系コース(こちらは違う名前かも)、普通コース(これも違う名前だと思います)といった、三つのコースを選択することになりました。国際コースは、英語教育に力を入れる、とのこと。いやはや、中学生の頃の思いのままコースを選択するなら、間違いなく理系のコースを選ぶはずです。なのに私は、「英語面白いから」と、国際コースを選びました。高校一年生の頃から進路希望は問われていたのですが、私は歴史学、心理学といった分野を希望していました。高校二年生の頃から、教育学部を考え始め、三年生の進路決定の際には文学部で西洋史をやるか教育学部で学ぶか相当悩んだあげく、文学部を選びました。 夢は、こうして変わったのです。勘繰郎のように、ひたむきで熱い思いを抱いていなかった、ということでしょうか。いずれにせよ、勘繰郎の生き方が、とてもかっこいいと思いました。そのセリフも、感銘を受けるものが多いのです。「つーか努力ってのは基本的に楽しいもんだろ?」(31頁)それから、56頁の言葉。 途中から、電車の中で読んだのですが、私は終点に着いたのにしばらく気づかず、本書を読んでいました。終点が近くなると、乗り換えの案内が車内放送で流れるはずなのですが、全く耳に入っていませんでした。夢中になると、周囲から隔絶されるということを、再認識しました。逆に、本書は私にとって、それだけ夢中になれる作品だということです。 さらに思い出話を。 知人と本屋に行って、「この本面白いよ」と紹介すると、知人は本を開いて読み始めました。この時の印象は、よく覚えています。ただ字面を追うのではない、真の意味で「読む」、あるいは作品に「入っている」という雰囲気。図書館などで、「読んでいる」方々を見かけますが、あまりに近くで見たからでしょうか、私はその雰囲気にのまれ、声もかけづらかったのを覚えています。「何を大げさな」という方もいらっしゃると思いますが、とにかく私には「すごい」と感じられた雰囲気だったのです。 だからどうした?という感じですね。エピソードを文脈にうまく位置づけられないのが、まったくもって力不足だなぁと感じます。 ともあれ。本書は、私にとってはとても面白い作品でした。JDCトリビュートは読まなくていいかな、と思ってずっと手にとっていなかったのですが、読んで良かったです。素敵な読書体験でした。
2005.03.24
閲覧総数 78
41
![]()
竹本健治『匣の中の失落』~講談社ノベルス~ ファミリーの実名小説『いかにして密室はつくられたか』を書くというナイルズ。 * 倉野のアパートで、曳間が死んでいた。現場には不審な点が多く、倉野は「密室ならぬ密室」と感じた。この事件をめぐり、ファミリーのメンバーは集い、互いにアリバイを証言しあった後、推理合戦をすることになる。推理、犯人に関する十戒まで決めて。 * そこまで書かれた『いかにして密室はつくられたか』をナイルズのそばで読んでいた曳間。そこに、甲斐から電話がかかってくる。布瀬の家で、事件が起こったという。真沼が密室から消えたのだ。 * 曳間の死をめぐる推理合戦が繰り広げられる。そんな中で、新たな事件が起こる。ホランドの死。 * 以上の『いかにして密室はつくられたか』を読んだメンバーたちは、真沼の消失についてさらなる検討をしていた。そこに、事件の報せが入る。倉野が殺されたというのだ。 数年ぶりに再読。最初に読んだときは混乱したが、今回は整理しながら読んだので、それほどでもなかった。 どこに記されていた記述であるか忘れてしまっており、私の怠慢のため調べてもいないが、日本四大ミステリと称される作品群がある。小栗虫太郎『黒死館殺人事件』中井英夫『虚無への供物』夢野久作『ドクラ・マグラ』、そして本書、竹本健治『匣の中の失落』である。 小説とは、虚構である。読者はそれを前提として読んでいる。しかし、読者はリアリティを求める。虚構である小説を読みながら、小説の中ではそこで描かれた出来事、心情などは事実であると考えて読む。しかし本書は、いわば虚構中の現実と虚構中の虚構が交互に描かれており、どちらが虚構中の現実であるのか、分からなくなっていく。作中作がさらに作中作になっているというか。 密室、密室、密室。清涼院流水の『コズミック』ではないが、この作品も実に密室に彩られているといってよいだろう。登場人物はみなミステリ好き。それぞれが探偵役を果たし、探偵たちの中に犯人がいるという構図。 第一章を読み終えたとき、私は「完全に殺人事件の解明をゲームのように考えている人間たち」とメモをとった。現実の事件に、十戒もなにもないだろう、と。「ミステリに対するアンチ・テーゼだろうか」ともメモをしている。だから、登場人物たちが感情的な行動をとるとき、少し安心した、というか。 これだけすごい作品がデビュー作というからすごい。竹本さん自身あとがきでおっしゃっているように、若いからこそこれだけの作品が書けた、ともいえるのかも知れないけど。 それにしても、魔術や理系の知識には圧倒される。第二章に、鬼についての民俗学的な話、物理の話(ブラックホール、不確定性原理、トンネル効果など)が記されているが、とても興味深かった。光子の話、プルキニエ現象、カタストロフィー理論も章は違うが興味深い。もっとも、文系肌の私には理系の話は難しすぎたけど…。 四大ミステリと称されるだけはある作品だと思う。 なんか解説的な感想になっちゃった。ちょっと不本意。 なお、私は未読だけれど、乾くるみさんがこの作品へのオマージュとして書いた『匣の中』という作品があることも付け加えておこう。 大学二年生から四年生まで、正月には帰省していないので、今年は久々におせちが食べられた。昔は嫌いだったけど、数年食べずにいると懐かしいもので、いいもんだな、って思った。 専門書は、『愛と結婚とセクシュアリテの歴史』を読了。多岐に渡るテーマについて、いろんな時代について述べられていて、とても有益な書物だった。ジャック・ル・ゴフの論文が収録されているのが嬉しかった。私はル・ゴフの研究大好きなので。ちょっと(かなり?)マニアック。てへ。 講談社のメーリス「ミステリーの館」が届く。一月のノベルスは高田さんは絶対買うとして、『奥様はネットワーカ』を買おうかどうか迷い中。ハードカバー持ってるし、節約するか、森さんの講談社ノベルスは制覇してるから、欠落を作りたくないし買うか。ところで高田さんの新作は岡山が舞台。地元っ子としては嬉しいゾ。 二月に西尾維新さんの『ネコソギラジカル(上)十三階段』が発売されるそうな。戯言シリーズ最終回という。残念!でも楽しみなのだ。 あと、「挑戦者2005」というフェアをするそうなのだけど、ラインナップがすごい。浦賀和宏さん、舞城王太郎さん、佐藤友哉さん、西尾維新さん、北山猛邦さんというのだ。好きな作家ばかり!特に嬉しいのは佐藤さん。『クリスマス・テロル』が最終作とばかり思っていたから。佐藤さんの世界観は好きなのです。西尾さんの世界観も好きだけど。そんなこと言ってたら森さんのも好きだし、いくらでもあげられるのでこのあたりで。
2005.01.03
閲覧総数 399
42

横溝正史『不死蝶』~角川文庫、1975年/春陽文庫、1996年~ 金田一耕助シリーズの長編です。角川文庫版では「人面瘡」も収録されていますが、そちらは、同文庫新版の金田一耕助ファイル6の表題作となっていますので、今回は再読しませんでした。というんで(?)、今回は春陽文庫版『不死蝶』を再読しました。角川文庫の、杉本一文さんの表紙絵は大好きなのですが、『不死蝶』ばかりは、春陽文庫版の方が好きなのです…。 前置きが長くなりましたが、内容紹介と感想を。 信州は射水には、互いに憎み合っている名家があった。戦後その勢力を失ってしまう玉造家と、戦後成功をおさめた矢部家である。 金田一耕助のもとに、矢部家の当主・杢衛から手紙が届く。折り入って相談があるという。 射水という町の名前に聞き覚えのあった金田一だが、調べてみると、その理由が分かった。ブラジルの大富豪・ゴンザレスの養女となった日系二世の鮎川マリが、静養に訪れているのだった。 依頼自体には心をあまり動かされなかった金田一耕助だが、射水に鍾乳洞があるということで、多少の関心をもつ。さらに、出発の直前に彼に届いた脅迫状により、ますます興味を抱いたのだった。 射水に向かう電車の中で、金田一耕助は、頬に傷のある男と出会う。少し話を聞く中で、射水では23年前に、矢部家と玉造家に関わりのある殺人事件があったというのだ。矢部杢衛の子供、真一郎の次男・英二が、玉造家の娘・朋子に、鍾乳洞の中で殺されたとされているのだ。朋子は、鍾乳洞にある底なし井戸に身を投げて死んだことになっているが、ひそかに町の教会の神父に救われ、国外に逃亡したという噂もあった。 マリたちは、もてなしのお礼にと、射水の人々をパーティーに招待する。彼女たちは、玉造の別宅で過ごしていた。しかし、パーティにはマリの母親が姿を見せようとせず、人々は、23年前に死んだとされる朋子=マリの母親の君江という疑いをさらに強めるのだった。 パーティの中、君江が鍾乳洞に入っていったという知らせが届く。人々が鍾乳洞で彼女を捜している中で、ついに殺人事件が起こった。 常々思うのは、横溝さんの作品のタイトルがなんとも魅力的だなぁということです。『不死蝶』。なんてわくわくするタイトルでしょう。 本編では、23年前の事件の犯人とされている朋子さんが、「あたしはいきます。でも、いつかかえってきます。蝶が死んでも、翌年また、美しくよみがえってくるように」と書き置きを残していました。それが、タイトルの由来になるのですね。 この事件は、正確な年代が明記されていませんが、『八つ墓村』の後の事件です。『犬神家の一族』よりも後ですね。『犬神家』事件で金田一さんの名前が信州で有名になって、本編の活躍につながるのです。先日読んだ短編「香水心中」は、『不死蝶』事件よりも後のことになります。 今回いちばんわくわくしたのは、金田一さんがある人物に罠をかけるところですね。金田一さんのさりげない罠が大好きなのです。*表紙画像は、横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。
2007.07.14
閲覧総数 582
43
![]()
浦賀和宏『世界でいちばん醜い子供』~講談社ノベルス、2007年~ 松浦純菜&八木剛士シリーズの6作目です。 前作は、八木さんの一人称で展開して、松浦さんはほとんど登場しませんでしたが、今回はその逆で、松浦さんの一人称で物語が進み、八木さんはほとんど出てきません。 『八木剛士、史上最大の事件』で、八木さんと疎遠になった松浦さんですが、まだ彼のことをひきずっています。そんな折、二年前の事件の関係者から手紙が届きます。不安になった松浦さんは、その手紙の呼び出しに応じる際、八木さんを誘いたい思いをもちながらも、南部さんを誘います。かわりに、南部さんの願いを聞くのですが、それは、UKフォーク第四の至宝のライブを聴きに行くことでした。そこで、松浦さんは思いがけない特別ゲストを目にし、さらなる展開が…。 八木さんの一人称に比べれば、話が進むといえば進むのですが、(声)と松浦さんの心の中の声の対話が長かったり、案外松浦さんも妄想したりで、実は似ているような…? ラストの方での、ウィリアム・ハーディングと松浦さんのやりとりが素敵でした。 そして、なにってかにって、本書を読んでお寿司が食べたくなりました。こんな素敵なお寿司を食べられる機会が、はたして私に訪れるのでしょうか…。いまは、廻るお寿司の、値段を気にしながらお皿を選ぶ生活が、自分にはあっていると思うのですが(その廻るお寿司にもそうそう行けませんが)、なにかの記念日には素敵なお寿司を食べたいものです。
2007.04.16
閲覧総数 19
44

筒井康隆『ホンキイ・トンク』~角川文庫、1973年初版(1983年、第25版)~ 久々に、筒井康隆さんの本の紹介です。本書は短編集で、8編の短編が収録されています。 印象に残った作品について、ふれていきたいと思います。「ワイド仇討」は時代物なのですが、こういう作品はいいですね。 江戸末期、父親を殺された敵を討つために、旅に出た高瀬典輔という侍と、従者のおれ。旦那様(高瀬)は腕はいいが、人を傷つけることは好まない。おれたちは、刀を使った見世物で収入を得ながら旅を続けていたが、そこで、仇討ちをしなければならない状況にありながら、仇討ちするには不向きの気性の猿使いが合流。ときは明治になり、仲間も増えた俺たちはマスコミに紹介され、仇討ち仲間がどんどん増える。そして、彼らの敵と彼らの合同仇討ち大会が、マスコミ主催で行われることに…。 仲間がどんどん増えるあたり、まるでドラクエの仲間が増えていくような印象を受けながら、にこにこと読みました。こちらは、みなさん戦意がないので、なごやかな大家族が形成されていくような感じです。 …ラストはなんとも凄惨で、最後のおれのつぶやきが余韻を残します。「断末魔酔狂地獄」こちらは、平均寿命が、女性は160歳、男性は145歳となった世界での話。マスコミは、老人向けのテレビ番組をどんどん作り、雑誌も、『老人パンチ』『プレイ・オールド』『老婆自身』など、老人対象のものがどんどん作られます。 …こちらも、壮絶な、それこそ地獄のような状況が描かれます。が、すさまじい老人たちを中心に描くことで、逆に社会のあり方の風刺になっているのはさすがですね。「雨乞い小町」も歴史物で、面白いです。 朝廷にとりいって調子にのっている藤原氏をこれ以上のさばらせないようにするべく、なんとか雨乞いの句によって雨を降らしたい小野小町。在原業平らと6人で悩んでいたが、20世紀からやってきた星右京の知恵で、雨を降らす装置を作ることになる。小町が斎戒に入ってからも、右京たちは必死で装置を動かす。 在原業平の一人称で物語が進みます。私は非常に日本史にうといので、うんちくの方はさっぱりですが、筒井さんの作品としていえば、「この時代には花札はまだない」ということを歴史上の人物が言うなど、その他の短編でも見られるような、時間軸を無視したような台詞があって楽しかったです(秀吉が新幹線に乗る「ヤマザキ」という短編を連想しました)。 また、星右京さん(分かりやすい名前ですね)が平安時代を訪れたために、もともと星右京さんが生きている20世紀の歴史は変わってしまうことになるパラドックス、それを解決する多元宇宙論など、その他の筒井さんのSF作品でふれていた話も織り交ぜられていて、またその話を小野小町たちが一緒になってするというところが良いですね。「小説『私小説』」も面白かったです。 大作家の能勢灸太朗は、小説とは私小説であるべきだとして、とにかく私小説を発表していた。しかし、彼が見下している若い作家たちからの批判も上がるようになり、ますます若い作家を嫌うことになっていく。そんな彼が、若者に対抗すべく、しかし、あくまで私小説で勝負したいと考えたとき、ある考えが浮かぶ。自分の妻はとにかく自分に尽くしてくれる。それなら、まず問題はないだろう…そう考え、彼は女中と浮気することを決意する。 その後、灸太朗が、その経験をおりまぜて発表した作品を紹介し、実際はどんな状況だったかという描写が続き、悲惨なラストを迎えることになります。 一つには、小説のあり方を問うような作品でもあると思うのですが、それ以上のなにかが感じられる作品でした。滑稽なドタバタシーンもありますが、読後感は良くないですね…。 表題作「ホンキイ・トンク」は、南欧の小国であるバカジアに、コンピュータをもっていく会社員が主人公です。予算の問題から、現地に入るのはその会社では彼のみ。そして彼は、依頼主の王女と仲良くなりつつ、コンピュータを彼女のために組み立て、使い方を説明します。バカジア国王女は、そのコンピュータを使って、政治的決定を行うのでした。 こちらは、途中は不安になりましたが、さわやかな読後感の物語でした。 本書には、なんとも不快になる作品もありましたが、それでいながら面白かったです。強烈な風刺、そして、時には不快感さえ与える文章(語彙、設定)さえも、筒井さんの大きな魅力の一つだと思うのですが、くせになります。
2007.11.04
閲覧総数 852
45

法月綸太郎『二の悲劇』~祥伝社NON POCHET、1997年~ 法月綸太郎シリーズの長編です。前回の『ふたたび赤い悪夢』で再会した久保寺容子さんが、ますます重要な役割を担っているようですね。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 アパートの一室で、女性編集者が殺された。彼女、清原奈津美と同居していた葛見百合子は失踪しており、葛見が犯人だと思われた。百合子と交際しており奈津美の先輩にあたる三木という男が、奈津美に二股をかけていたふしがあり、三角関係のもつれかという噂が起こる。 一件単純そうに見えた事件であるが、いくつか不審な点があった。奈津美の顔が焼かれていたこと、そして、奈津美が鍵を飲み込んでいたこと。 やがて、奈津美の日記が発見されるにいたり、事件の背景は、さらに複雑でつかみにくくなっていく。 …なんというか、紹介を書きにくい物語ですね。 <きみ>という二人称で語られる節は、会話文がほとんどなく、段落を変えることも少ない地の文が長々と続くこともあり、非常に読むのがしんどかったです。内容も、うつうつとしていますし…。『一の悲劇』が一貫して一人称で語られたように、ずっと二人称で語られたらどうしようと不安になりましたが、法月さんの視点で語られる節もあって安心しました。 …数年ぶりの再読ですが、そんなことも忘れていました…。 最初に読んだときは、それでも真相のところで衝撃を受けたのを覚えているのですが、今回はそんなでもなかったですね…。相変わらず、あとがきを読んで、法月さんが心配になりました…。 本作は、もともと1994年に発表されています。その次の長編となると、『生首に聞いてみろ』を待たなければなりません。それでも、その間に、『法月綸太郎の功績』も出ていますから、まったく小説が発表されていなかったわけでもないですね。 なんだかじめじめとした物語でした…。 冒頭に、久保寺さんについてふれましたが、法月さんの良き助言者ですね。こうしてみると、法月綸太郎シリーズ(少なくともその長編)は、『雪密室』からの事件を全て受けて語られていますので、やはり順番に読むのが良いかもしれません。『頼子のために』など、他の作品でどれだけネタバレに近い記述があることでしょう…。(追記)フリーページに挙げていた、本書についての感想を読み返してみたのですが、そのときは、かなり本書を気に入ったようです。今回も面白くはあったのですが、フリーページの感想を書いたときほどの感情移入はできませんでした。年をとったせいだと思うと、なんだかもったいないような気もしますね…。もっとも、次に読み返すことがあるとすれば、また今回とは違った感想を抱くことになるでしょうし、それが読書の楽しいところでもあります。
2007.06.04
閲覧総数 790
46

横溝正史『吸血蛾』~角川文庫、1978年16版(1975年初版)~ 金田一耕助シリーズの長編です。 それでは、内容紹介と感想を。ーーー 1955年(昭和30年)(?*)。某雑誌社の地下グリル、黒猫に一人の男がやって来た。男は、有名デザイナー浅茅文代の付き人に声をかける。男は、小さな箱を浅茅に渡してほしいと彼に手渡すと、名乗るかわりに、まるで狼のような鋭い犬歯を見せて去っていった…。 浅茅文代のモデルとなる7人、「虹の会」のメンバーと浅茅たちが雑談に興じているとき、浅茅はその箱の中身を見て驚愕する。 そして、最初の事件が起こる。ファッション・ショー当日の夜、急遽浅茅の代役をつとめたモデルが消えた。やがて、箱詰めにされた彼女の遺体が、浅茅たちの仕事場に届けられる。被害者は左の乳房が噛みきられたようになっており、その傷跡には血まみれの蛾がアクセサリーのように乗っているのだった…。 モデルたちの依頼を受けて金田一耕助も事件の調査に乗り出すが、狼男は凶悪な犯行を繰り返す。*事件年代について注記。浅茅文代女史は1951-1953年までパリで学んでおり(167頁)、「一昨年の秋」は「パリから帰朝したばかりだった」という描写もあることから(9-10頁)1955年と推定されます。ーーー 謎解き重視というよりも、怪人物が繰り返す凶行と、浅茅さんたちが抱える秘密の駆け引きなどのサスペンスの要素が強い作品です。方向としては『幽霊男』や『夜の黒豹』といったところなのですが、謎解き要素はいま例に挙げた二冊よりも薄いです。ただ、事件の派手さは際だっているように思います。すごいことするなぁと思う描写も…。そして被害者もかなり多いですし…。 …そんな物語でした。*表紙画像は、横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。(2008/09/10読了)
2008.09.22
閲覧総数 199
47
![]()
島田荘司『御手洗潔のダンス』~講談社文庫、1993年~ タイトル通り、御手洗シリーズの短編集です。四つの短編が収録されていますが、最後の一編はボーナストラックですね。以下、簡単に内容紹介と感想を。「山高帽のイカロス」1982年5月。御手洗たちの事務所へ、一人の青年が訪れた。空を飛ぶ人ばかりを描き、自分自身も、自分の別居中の妻も空を飛べると語っていた画家、赤松稲平が失踪してしまったという。赤松とともに飲んだ夜、赤松は具合が悪そうで、いつもかぶっている山高帽を忘れて帰ってしまった。そこで、帽子を彼のアパートにとどけたが、ドアは内側から鍵がかけられていてあかない。しかし、中から声は聞こえる。心配するうちに声が聞こえなくなり、体当たりしてドアをあけると、そこには誰もいなかったというのである。 数日後、赤松の遺体が発見される。彼のアパートの部屋(四階)よりも高い位置にある、部屋の近くの電線に乗っていたのだった。まるで、空を飛んでいたかのように、両手を広げて。 再読なので、8階のビルのドアから人が出て行く、という謎は覚えていたのですが、上に紹介した事件の本筋の方は、どんな真相だったか忘れてしまっていて、楽しめました。「ある騎士の物語」石岡の先輩である秋元静香と、その友人である四人の男性が15年前に経験した事件について、石岡は話を聞く。それは、次のような話だった。事件の数年前より、藤堂という商才のある男とともに、四人はクイックサービスという、いまの宅配便のはしりのような仕事をはじめた。四人は全員バイクが好きで、その腕を仕事にいかしたのである。藤堂に秋元静香という恋人もでき、秋元の弟もクイックサービスで働き始め、生活は順調だった。しかし、秋元の弟が暴力団関係者に殺されてしまう。時を同じくして、藤堂が失踪した。藤堂の裏切りを憎み、秋元は彼を殺したいと切望する。藤堂に渡るはずの拳銃を手に入れた秋元は、それを藤堂に渡しに行って殺すというが、約束の時間に、彼女も、四人も藤堂と会えるはずがなかった。にもかかわらず、藤堂は銃殺されていたのだった。 タイトルから、『異邦の騎士』を連想します。両者には、一人の女性に強く恋する男性という共通点はありますが、後味の悪さは本作の方が強いように感じました(もちろん、『異邦の騎士』もやりきれない気持ちになるのですが…)。本作は、はじめて読んだときは割と感動した気もしますが、すっきりしない感じが残ります。物語自体は面白いのですが、ある人物が不快でした…。「舞踏病」1988年11月。おでん屋の主人が、御手洗のもとを訪れた。主人は、一月70万円と二階のトイレ・バスの工事費を払うから一ヶ月だけ老人を二階に住まわせて欲しいという奇妙な依頼を受ける。悪い条件ではないため、老人を住まわせたのだが、老人は夜な夜な踊り出すというのである。さらに、依頼した男―老人の息子という―は、仲間とともに、毎日何度も老人のもとを訪れる。気になった主人が隠れて話を聞くと、毎回のように、「例のものはどこだ?」と老人に聞くのだという。このことに興味をもった御手洗は、さっそく調査に乗り出す。 これも面白い短編です。老人の舞踏病、彼の息子たちの奇妙な行動、そして一見無関係の歯医者の死亡事件と、これらがすーっとつながっていきます(いや、舞踏病はまた別ですが…)。「近況報告」ボーナストラックです。本書はもともと1990年に単行本として出版されているのですが、そのための書き下ろし作品です。御手洗さんの趣味とか、横浜の事務所の見取り図などもあります。最近、自分で御手洗シリーズの簡単な事件年譜を作っているものの、趣味にまで立ち入った人物設定にはあまり興味がもてませんでした…。ですが、見取り図はちょっと嬉しかったですね。1994年に御手洗さんが日本を離れるまで、二人はここで暮らしたのですね。その後も石岡さんは残っているようです。 ちなみに、1979年(作中)の「数字錠」事件から、石岡さんと御手洗さんは横浜の馬車道のアパートで同居しています。
2007.02.24
閲覧総数 278
48
![]()
神崎忠昭『ヨーロッパの中世』~慶應義塾大学出版会、2015年~ 著者の神崎忠明先生は慶應義塾大学文学部教授。次の著書の訳者です。・ジャン・ルクレール(神崎忠昭・矢内義顕訳)『修道院文化入門―学問への愛と神への希求―』知泉書館、2004年 さて、「本書はもともと慶應義塾大学通信教育課程の教科書として企画された」(2頁)1冊で、中世ヨーロッパに関する(わが国ではおそらく最新の)概説書です。 本書の構成は次のとおりです。―――イントロダクション第1章 大いなるローマ第2章 古代世界の終焉とゲルマン人第3章 フランク王国第4章 隣人たち――交流と緊張第5章 鉄の時代――混乱と再編第6章 皇帝第7章 教皇第8章 修道士第9章 英仏の葛藤第10章 都市第11章 新しい宗教生活第12章 国民国家第13章 それぞれの国制の模索第14章 隣人から一員へ第15章 中世後期の教会第16章 衣食住第17章 人の一生第18章 宗教改革第19章 近代へエピローグ人名索引事項索引図版出典一覧――― 構成からも分かりますが、後期古代から近代の幕開けまでの約1000年間という時間軸のなかで、様々なテーマが扱われています。 興味深く感じたのは、「隣人」の名で、北欧や東欧、イスラームなど、幅広い地域にも目を配られていることです。 図版も豊富で嬉しいです。 ただ、参考文献一覧がないのが少し残念でした。たとえば章ごとにでも、特に重要な参考文献だけでも紹介されていると、さらに自分で勉強を深めるきっかけになると思うのですが…。 とはいえ、上に書いたとおり、時間的にも地理的にも広い目配りがされていて、とても勉強になる概説書だと思います。イントロダクションで、中世ヨーロッパの自然環境にもふれられているのが嬉しいです。また、著者自身の時代区分が明示されているのも興味深いです。最近では、佐藤彰一先生が『中世世界とは何か』の中でヨーロッパ中世という時代の位置づけを行っていますので、読み比べてみるのも勉強になると思います。 今後も適宜読み返して、勉強したいと思います。
2016.09.17
閲覧総数 379
49

笠井潔『サマー・アポカリプス』~創元推理文庫、1996年初版(1999年第5版)~ 副題は、「ロシュフォール家殺人事件」。 矢吹駆シリーズ第二作の長編です。では、内容紹介と感想を。『バイバイ、エンジェル』事件の終幕について、ナディアがカケルを非難してから一週間。二人は、その公園で話していた。カケルが関心を抱くカタリ派に関する研究を進める、シャルル・シルヴァン教授は、ナディアの友人のジゼール・ロシュフォールが師事する人物だった。カケルは、ジゼールの仲介で、シルヴァンと知り合う。 カケルは、コルベールの時代に編纂された、カタリ派に関する膨大な記録「ドア文書」の欠落について調べようとしていた。その手掛かりとなりうる史料が、サン・セルナン文書である。カケルは後に、その文書についての論文が掲載された雑誌の関係者と話をする機会をもつことになる。 カタリ派への関心、シルヴァンが南仏、ラングドックはモンセギュールにカタリ派の研究に趣くこと、ロシュフォール家の邸宅がモンセギュールに近いこと、そして、ジャン=ポール・バルベス警部の実家もまたモンセギュールに近いことから、ナディアとカケルは夏休みに南仏を訪れることになる。なお、ロシュフォール家の当主オーギュスト・ロシュフォールは、シルヴァンが進める、カタリ派の秘宝の発掘調査に資金援助していた。 カタリ派の伝説の財宝を狙う者には、カタリ派の呪いがかけられるという脅迫状がロシュフォールとシルヴァンに送られ、また、カケルが何者かに銃撃されるという事件が起こってはいたのだが…。 そして、ヨハネの黙示録に見立てられた事件が起こる。ロシュフォール家を訪れたドイツ人が、その日、殺害された。死者は、岩球と矢によって「二度殺されて」いた。同時に、ロシュフォール家の白馬も殺されていた。 さらに、ジゼールの生母を殺害した容疑で十年間服役していた従者、ジャン・ノディエが密室状況で、首を吊って死んでいた。ドイツ人を殺して自殺したのだという見解をもつ地元警察ではあるが、不審な点は多く残る。 一方、カケルは、ジゼールの恋人、ジュリアンの姉で、エコロジストのシモーヌとの対談や、サン・セルナン文書に関する調査を進めていく。 ヨハネの黙示録6章1-8節、四つの生き物(白、赤、黒、青(白い)の4頭の馬)が現れる部分にみたてられた事件も非常に魅力的なのですが、今回は、ドア文書とサン・セルナン文書をめぐる推理をわくわくしながら読みました。 カタリ派の思想は、ナチスも魅了したとのことで、ナチスに関する解釈も興味深く読みました。 …カタリ派についても、多少は勉強しているのですが、なかなかそらで語れるほど理解しきれていないので、今回は割愛します。勉強不足を痛感しますね…。 本作で驚いたのは、最初の方で、『バイバイ、エンジェル』の犯人の名前が挙がるばかりか、その事件の関係者の名前がどんどん出てくることです。後者はともかく、犯人の名前が露骨に書かれているので、『バイバイ、エンジェル』を未読の方は注意が必要です。…というか、読んでいないと、その登場人物についての予備知識がないわけですから、本書を読んでいても分からない部分が出てきます。続けて読んだのに、私には理解しきれていませんが…。残念です…。 変な言い方になりますが、いまの私には、ミステリとして楽しむのが精一杯でした。
2007.07.29
閲覧総数 289
50
![]()
横溝正史『仮面城』~角川文庫、1978年~ 横溝さんの、ジュヴナイル作品です。表題作に加え、3編の短編が収録された作品集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。ーーー「仮面城」 テレビをみていた12歳の文彦は、自分自身がさがしびととなっているのを知り、母親とともに驚きにうたれた。母親は不安がるが、文彦は、自分を探しているという大野健蔵のもとを訪れに行く。 しかし大野家の辺りは寂しい森のそばで、なかなか家が見つからなかった。そんな中、魔女のような恰好の人物に声をかけられる。やり過ごした文彦だが、その後、魔女のような人物が、血についた手を洗っているのを目撃し…。 その後、大野健蔵と出会った文彦は、金の箱をもらう。しかし、それからも、事件の連続だった。 西洋のよろいにひそむ謎の人物。母親の誘拐。有名な盗賊、銀仮面とその一味の暗躍。 文彦が巻き込まれた事件に、金田一耕助が挑む。「悪魔の画像」 良平のおじで小説家の清水欣三は、良平の母(自身の姉)の新築祝いに、古道具屋で一枚の絵を買った。それは、「赤の画家」といわれた杉勝之助の描いた、悪魔の絵だった。しかし、それを買った直後、店にやってきた黒メガネの男が、執拗にそれを買い取ることを要求した。断った清水だが、その後、良平の家に泥棒が入り…。 赤の画家、杉が残した絵にまつわる秘密とは…。「ビーナスの星」 K大学生、三津木俊助は、電車の中で、少女に助けを求められた。同じ電車に乗っている、もう一人の男に狙われている、というのだが…。 三津木は、彼女を家の近所まで送った。しかしその直後、少女はピエロのような恰好の人物に襲われてしまう。 貧しい暮らしをしている兄妹をねらう、謎の人物の目的とは…。「怪盗どくろ指紋」 サーカスの花形、栗生道之助が空中ブランコの技を披露しているとき、事件が起こる。栗生少年が、近頃世間をにぎわせている怪盗「どくろ指紋」だとして、警官が動き出したのだった。 すばしっこく逃げた少年は、サーカスを見に来ていた美穂子の運転手のふりをして、彼女を家まで送る。少年とそっくりの写真を自宅で見ていた美穂子は、その少年の言葉を信じ、彼は無罪だと考えようとするが…。 由利先生と三津木俊助が、特殊な指紋を現場に残す怪盗に挑む。ーーー 横溝さんのジュヴナイル作品での探偵役や警察官たちは、少年の活躍を引き立たせる意味もあって、ちょっと頼りない感じで描かれることが多いですが、「仮面城」での金田一さんは、かなり活躍しています。等々力警部との協力もあり、あまり違和感なく読むことができました(等々力さんは、ぽかをしていますが…)。 大野健蔵さんたちが悪者に狙われた理由や犯人については、なんとなく想像がつきましたが、最近いろいろ読んでいるジュヴナイル作品のなかでは、かなり好きな方の作品です。 学生の頃の三津木さんが活躍する「ビーナスの星」も面白かったです。サスペンス風味が強く(少女をつけている謎の男と、彼女を襲うピエロなど)、また、物語のクライマックスでの謎の解明シーンも素敵で、良かったです。 その他2編も、楽しく読みました。 全体的に面白く、読みやすい作品集でした。※表紙画像は、横溝正史エンサイクロペディア様からいただきました。
2012.02.19
閲覧総数 290


![]()