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2007.09.24
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(Robert Delort, Les Animaux ont une Histoire , Seuil, Paris, 1984)
~みすず書房、1998年~

 原著タイトルを直訳すれば、『動物たちは歴史を持つ』ということになります(原著は未見です)。それまで、動物の歴史を扱う研究はあっても、人間と動物との関係という部分にウェイトが置かれていました。本書は、あくまで動物を主人公とした歴史記述となっています。邦訳タイトル通りになりますが、動物の歴史を勉強する上での必読文献といえるでしょうか。たとえば、ミシェル・パストゥローも、「動物裁判」に関する論文(記事は こちら )の中で、動物を歴史学の対象とする重要性を説きつつ、その最初の業績として本書にふれていますし、日本では、池上俊一先生が、1989年発表の論文「ヨーロッパ中世の動物園と動物裁判」(『歴史学研究』595、33-48頁)の中で、本書を動物の歴史についての基本文献と評しています。

 著者ロベール・ドロールについて、本書では、十分な情報が得られません。西洋中世史を専門とする歴史家ですが、理学士でもあります。現在、彼の邦訳書は、本書の他に、二冊あります(いずれも私は未見です)。
・ロベール・ドロール(長谷川明・池田啓監修)『象の物語―神話から現代まで』創元社、1993年
・ロベール・ドロール/フランソワ・ワルテール(桃木暁子・門脇仁訳)『環境の歴史―ヨーロッパ、原初から現代まで』みすず書房、2007年



ーーー

はじめに


I.動物の歴史を書くために

過去の時代の動物―その知識と研究
 1.考古動物学あるいは古生物学の方法
 2.人間の証言―文書と古文書資料
 3.啓蒙的文書―動物史と動物学の歴史
 4.話の彩りと文のメッセージ
 5.画像と想像の世界

動物の歴史と人間の歴史

 2.動物と人間―捕食と寄生
 3.動物の利用
 4.監視か、飼い慣らしか、家畜化か
 5.人間と動物

II.無脊椎動物


カ―ハマダラカとマラリア原虫―マラリアの生活環
バッタ
ミツバチ

III.野生脊椎動物

カワヤツメウナギからゴリラまで
ニシン
オオカミ
ゾウ

IV.家畜脊椎動物

家畜化―家禽、ヒツジ類、ウシ類
アナウサギ
ネコ
イヌ

訳者あとがき
第四紀の氷期年表と気候変化
参考文献
図版一覧
索引

ーーー

 第一部で、方法論が語られ、第二部以降は、具体的な動物たちについての個別研究となっています。訳者あとがきで桃木先生がおっしゃるように、特に方法論の部分には難解な箇所もあるのですが(そのため、修士課程在籍中に本書を購入したものの、読めずにいました…)、考古動物学の節以降は、どんどんテンションが上がりました。ちなみに、本書は二段組みで450頁ほどもあるという大著で、そのこともあって、なかなか読めずにいたのでした…。
 さて、私自身のこれまでの研究関心からいえば、「話の彩りと文のメッセージ」の節の中で、動物の歴史を研究する上での聖人伝研究の重要性を指摘している部分が興味深かったです。また、動物の宗教的な擬人化と象徴化についてもふれられていて、これは私が続けてきた中世説教の研究にも結びつけられるのではないかと、興味深く読みました。
 もちろん、動物の食料としての側面も無視されていません。以前、フランドランとモンタナーリの編による『食の歴史』を紹介しましたが(邦訳第1巻の記事は こちら )、そこで得た知識が補強されることもあり、こちらも興味深く読みました。
 興味深かったのは、動物の名前と、それに関連する地名、人名などについての言及です。たとえば、中世ヨーロッパでは、ネコはmusilegus(ハツカネズミを捕らえるもの)と主に呼ばれていました。また、動物の名前と地名の関連の例としては、ルービエール(Loubieres)という地名には、オオカミ(loup)が関係しています。動物の名前が人の姓となることもあるのですが、そうした姓は、「相変わらず十分にその動物を思い出させる名なので、その人は子供の頃からいやというほど嘲笑を浴びせられたために名祖をうとんじ、姓を変えたいと願望することになる」(144頁) とも書かれています。本書の最初の方には難解な言い回しが多いのですが、読み進めていくと、このようなユーモアあふれた文章もけっこうあり、楽しめます。いま引用した部分で思ったのは、名前のせいでからかわれることがあるのは、どこでも一緒なんだなぁということです。馬鹿らしいことですよね…。
 なお、動物の進化(突然変異も含め)について論じた部分では、日本人研究者木村資生(1924-1994)氏の唱えた「中立説」にも言及があります。遺伝子の進化は、種の生存にとって有利でも不利でもない、中立的な突然変異が種に定着したものである―という説(ウィキペディアで調べました)なのですが、なにぶん私にはなじみのない分野の話なので、とても勉強になりました。

 第二部以降のモノグラフについて、あまり具体的なことはここでは書きませんが、興味深かったのは、人間を皮肉る言い回しが散見できることです。たとえば、オオカミについての章の最後は、次のような文章でしめくくられます。「かつてないほど「人間は人間に対して狼である」この時代に、私たちはこの恐るべき猛獣たちを手本にした方がよいのではないだろうか。この猛獣たちがともかく共食いしないのは立派である」(313頁)。…さらにいえば、オオカミの社会の基礎は一夫一婦の夫婦で、これは一度つがうと死ぬまで離れることはないのだそうです。そういうこともあり、「ある人々は、人間よりもオオカミが「道徳的に」優れていると考えるのをためらわなかった。人間はかくも無惨にも狡猾で、卑屈で、不実で、階級に陰険に敵対し、利己的で、楽しみによって悪事を働くものだからである」(284頁)。
 モノグラフを描くにあたり、第一部で見たような古生物学、生態学の成果をはじめ、ことわざ、伝説なども援用されていて、こちらも興味深かったです。
 と、難解な部分もありつつ、全体的に面白い著作なのですが(桃木さんがあとがきでおっしゃるように、興味がある章だけ拾い読みしても大丈夫な体裁です)、註が付されていないのが残念です。もっとも、これだけの著作に註が付されると、さらに分厚い著作となってしまいますが…。年代記などの引用もときおりあるのですが、そうした部分の出典が明記されていれば、研究者にはより有用な著作となったことでしょう。
 なお、本書には図版が多く掲載されていて(白黒もカラーもあります)、そちらも興味深いです。

 上で、ロベール・ドロールが共著のかたちで『環境の歴史』という著書を発表していることにふれましたが、本書でも、環境に対して大きな注意が払われています。たとえば、ニシンなどは、そのとてつもない繁殖力から、人間がニシンに与えた影響はほとんどないといいます。ニシンに影響を与えるのは、非人為的な環境なのですね。
 またいずれ、『環境の歴史』も読みたいと思っています。

*本書の内容とは関係のないことですが、嬉しい思い出があるので、本書購入の経緯について一言。本書は、本体価格9500円と、けっこう高価です。私は某ネット古書店に注文したのですが、そこでは半額以下の価格が提示されていたのですね。状態はどんなのだろうと思い、電話で確認したところ、良好とのこと(実際良好でした)。さらに、そのお店は本来前払いなのですが、電話までしてくれたなら、間違いはないだろうからということで、振り込み用紙を同封して、すぐに本を送ってくださったのでした。…と、本書には、心温まる嬉しい思い出があるのでした。内容も面白かったですし、今回、全体を通読することができて、本当に良かったと思います。





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Last updated  2008.07.12 18:15:58
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