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2012.05.13
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~ミネルヴァ書房、1995年~


 初期中世史に関する概説と、その他9つのテーマの小論を収録した一冊です。
 編者の一人、佐藤彰一先生は、現在、名古屋大学大学院の特任教授で、日本の西洋中世史研究者の大御所の一人です。ポスト・ローマ期(初期中世)のフランク王国を専門とされています。
 私が所有している先生の著作に、
・佐藤彰一 『中世世界とは何か(ヨーロッパの中世1)』 岩波書店、2008年
 があります。
 また、もう一人の編者である早川良弥先生は、元梅花女子大学教授で、本書でも執筆されている「祈祷兄弟盟約」に関する研究を進めていらっしゃいます。

 本書の構成は次のとおりです。

ーーー


概説 継承と創造(早川良弥)
1.聖人とキリスト教的心性の誕生(佐藤彰一)
2.ゲルマン部族王権の成立(岡地稔)
3.政治支配と人的紐帯(森義信)
4.キリスト教と俗人教化(小田内隆)
5.所領における生産・流通・支配(森本芳樹)
6.西欧中世初期社会の流通構造―パリ周辺地域を中心に―(丹下栄)
7.社会的結合(早川良弥)
8.識字文化・言語・コミュニケーション(佐藤彰一)
9.北欧の世界(熊野聰)

固有名詞索引


 本書の性格はまさに、はしがきで述べられている、「教科書、一般教養書、研究入門書という複合的な性格を持たせようとする」という一言でまとめられます。もうひとつ、はしがきから言葉を借りれば、それは「高校までの歴史教育を通じて得られる基礎知識と専門研究との間に橋渡しをする試み」です。
 概説で、初期中世の概観を描いたのち、テーマごとの論文(註がないので、上では小論と書きました)をおくかたちで、その分野の研究状況や、現時点での見通しが得られます。
 以下、各々の章について、簡単にメモしておきます。

 1章で最も興味深かったのは、聖マルティヌスという人物が行った病気治癒などの奇跡について、医学的に合理的な説明がなされていることです。たとえば、周囲の人に噛みつきだした男を癒す話では、それは毒キノコの中毒症状に類似していて、未消化の毒キノコを体外に出させるべく、手を口に入れて吐き出させようとした、というのですね。
 その他、同じ聖人でも、上述の聖マルティヌスのように、奇跡によって聖人とされた人と、地域共同体で政治・社会生活面で多大な貢献をした、いわば共同体の守護聖人としての聖人という2つの類型が指摘されていることが興味深いです。



 3章は、法制史に関する概説的な論考といえるでしょう。人と人とのつながりのありかたは、7章のテーマでもありますが、本稿で印象的だったのは、「主君に対する紐帯は、血族に対する連帯感よりもはるかに強いことが」あるという指摘です。

 4章は、特に異端史の研究を進めていらっしゃる小田内先生による、初期中世のキリスト教化に関する論考です。ここでは、中世キリスト教社会の特質は、聖職者文化と民俗文化がともにひとつの世界を構成していたことにあるという指摘が重要です。また、俗人教化にあたっては、俗人エリートである貴族と、一般俗人の2者には、異なる戦略がとられたという点も興味深いです。

 5章は、初期中世農村史の大家である森本先生による、所領経済と支配に関する論考です。冒頭で丹念に研究史を整理したうえで、所領でも流通活動はさかんに行われていたということを明らかにしていきます。ここでは、所領の中心が、都市的性格をもっていたという指摘が興味深いです。

 6章は、5章が農村所領を中心とした流通をみたのに対して、都市的環境での流通について論じています。本章の記述上の特質は、本文のなかに、参考文献とその該当ページを示していることで、そのため、より論文に近い形になっています。
 メロヴィング期にはローマ時代のように地中海交易が続き、カロリング期は流通不在の時代であった、というピレンヌ説に対して、メロヴィング期にはむしろイングランドとの交易が盛んだったこと、カロリング期にも流通網が整備されていたことを指摘します。

 7章は、3種類の、人的結合のかたちをみます。第一は、修道院で生者や死者のために執り成しの祈祷を行うために、他修道院や俗人たちと結んだ「祈祷兄弟盟約」。第二は、自然的集団としての親族。第三は、共同体的集団として、ギルドを中心に論じます。
 ギルドとといえば、同職職人組合が浮かびますが、初期中世の時代には、地縁的な共同体だったということが興味深かったです。

 8章は、特に興味深く読んだ一編です。
 識字文化については、通説に対して、初期中世にも文字媒体が重要な役割を果たしていたことや、俗人も、文字媒体との関わりが密接であったということを指摘します。
 言語・コミュニケーションについては、主にエリート層(聖職者)と俗人のあいだの、ラテン語でのコミュニケーションの変遷を論じます。

 9章は、中世北欧史の概説です。農民が自立していたこと、いわゆる農業だけでなく、漁などにも従事していたことなど、西欧との対比が興味深いです。

 それぞれの章には、関連する文献も示されていて、良い研究入門書だと思います。





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Last updated  2012.05.13 14:32:19
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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