阿部謹也『西洋中世の罪と罰―亡霊の社会史―』
~弘文堂、 1989
年~
以前紹介した 『中世賤民の宇宙』
―――
はじめに
第1章 古ゲルマン社会の亡者たち
第2章 死者の国と死生観
第3章 キリスト教の浸透と死者のイメージ
第4章 中世民衆文化研究の方法と『奇跡をめぐる対話』
第5章 罪の意識と国家権力の確立
第6章 キリスト教の教義とゲルマン的俗信との拮抗―贖罪規定書にみる俗信の姿
第7章 生き続ける死者たち
註
あとがき
―――
「はじめに」は、本書が罪の意識と死生観を論じる問題意識を提示します。ここでは、日本で「世間をお騒がせしたことを謝罪する」場合が多いことを取り上げ、この発想が「罪の意識が共同体と結びついてしか現れないという考え方に基づいている」 (6
頁 )
ことを指摘し、日本とヨーロッパの罪の意識の違いを指摘する点が興味深いです。
第1章は、アイスランド・サガを主要な史料として、死後も生き続け、生者を守ったり生者に害を加えたりする死者について論じます。死者への裁判や金銀の副葬など、興味深い事例が豊富なエピソードを通じて紹介されます。
第2章も引き続き北欧について、亡霊のあり方や死生観を論じます。
第3章は、アウグスティヌスや、聖人伝集成である『黄金伝説』を主要な史料として、古代ローマの死生観からキリスト教的死生観に転換していく様子を見ていきます。主要な点は、第1・2章でみた、ときに暴力的な亡霊から、生者に自身の救済のためのとりなしを乞いに現れる亡霊への変化の指摘です。
第4章は、ハイステルバハのカエサリウス『奇跡をめぐる対話』を主要史料として、第1・2章でみたような亡霊観が生き続けていたことや、煉獄の誕生により高利貸しに救済の道が開かれたことなどが指摘されます。
第5章では、国家のあり方と民衆教化に関して、カール大帝が果たした役割が強調されます。
第6章は、贖罪規定書という史料類型、特にヴォルムスのブルヒャルトによる「矯正者・医者」を主要史料として、具体的な罪とそれに課される贖罪のあり方を見ていきます。 159
章からなる「矯正者・医者」のうち、本書でも取り上げられる贖罪規定は第5章に収録されていて、その 194
項目の規定については、現在では 野口洋二『中世ヨーロッパの教会と民衆の世界―ブルカルドゥスの贖罪規定をつうじて―』早稲田大学出版部、 2009
年
により邦訳を読むことができます。
第7章は、本書のまとめであり、贖罪規定書、『奇跡をめぐる対話』などに加えて、民間伝承にも目配りしながら、民衆レベルで古来の死生観が生きていたこと、一方でキリスト教が影響を与えていたことを浮き彫りにしつつ、 1215
年第4回ラテラノ公会議で、年1回の告解が義務化されたことの重要性を強調します。
註もあり典拠にあたることができると同時に、重厚な論文も含む『中世賤民の宇宙』に比べると一般向けというか、より読みやすい1冊であると思います。
上でも言及した野口先生の単著を読んだ際に、本書を一部読み返していたようですが、このたび全体を読み返してみて、その面白さを再認識しました。
ゲルマン的慣行を示すのに北欧の事例が中心となっていること(普遍的にいえるのか)、古代ローマに関する記述は北欧のそれに比べて短く、古代ローマ的な死生観の概観が得づらいことなど、気になる点もありましたが、あらためて興味深く、勉強になる1冊でした。
(2025.06.09 再読 )
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