兼岩正夫『西洋中世の歴史家―その理想主義と現実主義―』
~東海大学出版会、 1964
年~
著者の兼岩正夫先生は東京教育大学名誉教授。ホイジンガ『中世の秋』や、トゥールのグレゴリウス『歴史十巻』の翻訳も手掛けていらっしゃいます。
(31,36-37
頁 )
。
本書の構成は次のとおりです。
―――
I 方法論の問題
II
中世歴史意識の理想主義と写実主義
III
中世の歴史研究の方法
IV
中世歴史記述と表現
註
あとがき
―――
Iは、まず、第二次世界大戦後のヨーロッパ(イギリス、ドイツ、フランスを中心)における史学史を概観し、文学としての歴史や科学としての歴史など、様々な立場を示します。次いで、学問としての歴史は近代になって成立したと述べつつも、近代以前にも存在していたある種の歴史研究の方法を探求することが本書の目標の1つだと述べた上で、中世の歴史記述に関する研究史を辿ります。
II
は本書の副題にもある、中世の歴史記述の特徴として著者が掲げる「理想主義」と「写実主義」の二元性について論じます。すなわち、中世の歴史記述には、キリスト教的歴史観による「理想主義」と、特に作者の同時代に関する描写にみられる「写実主義」がみられるという特徴を指摘し、主要な史料を具体的に見ながらその現れ方を見ていきます。
III
は、まずイギリスの歴史記述としてベーダ(本書ではビードと記載)などを概観した後、歴史研究の方法として過去の著作の利用などをみた後、「歴史の説明の論理」として、トゥールのグレゴリウス、ベーダ、パウルス・ディアコヌス、フライジングのオットーなどの主要な著作家たちの作品を丹念にたどります。
IV
は、記述言葉としてのラテン語と話し言葉としての俗語の関係について着目します。中世ラテン語の展開を概観したのち、特にトゥールのグレゴリウスの著作のラテン語の特徴を指摘するほか、俗語作品として武勲詩や宮廷物語をとりあげます。
以上、ざっと本書の内容を概観しました。
本書の中で気になったのは、現代(とはいえ、この記事を書いている 2025
年からいえば本書は 60
年前の著作ですが)の基準で、中世の価値判断をしている叙述がいくつか見受けられる点です。たとえば、 IV
では、同一人物が日常では俗語を用い、書くときにラテン語を用いるという事情が、その思想の展開や表現に「好ましからぬ影響をあたえたと思われる」 (148
頁 )
とあります。また、 III
の末尾でも、「歴史の説明の能力において中世の歴史家は古代の歴史家に劣るといわざるをえない」 (146
頁 )
と記されています。
さらに、近年の研究状況からいえばアップデートされる内容も多いと思われますが、主要な著作家・著作の特徴を挙げていることから、概観を得るには便利です。
本書は、橋口倫介「中世の年代記」上智大学中世思想研究所編『中世の歴史観と歴史記述』創文社、 1986
年、 39-67
頁でも、「 1960
年代のいわゆる「中世ブーム」の華やかな所産に比して中世の歴史記述そのものに対する関心は必ずしも高まってきたとは言い難く……欧米の優れた研究書の翻訳を除けば、単行本としては兼岩正夫の『西洋中世の歴史家』がほとんど唯一の著作」( 46
頁)として言及されていることもあり、気になっていました。だいぶ前に購入はしたものの、なかなか読めずにいたので、このたび通読できて良かったです。
(2025.07.10 読了 )
・西洋史関連(邦語文献)一覧へ フィリップ・フォール『天使とは何か』 2025.11.15
R・W・サザン『歴史叙述のヨーロッパ的… 2025.11.01
佐藤彰一『フランス中世史I カペー朝の… 2025.10.18
Keyword Search
Comments