全21件 (21件中 1-21件目)
1

ついについにお別れの時がきた。一つのことに集中できた幸せ。家族のように扱ってくれた幸せ。泥まみれになりまくれた幸せ。ここには数知れない幸せにあふれていた。完璧ではない。しかし、何かは残せた。そして、一番の大きな収穫は「自分」の発見。ここに来たことであきらかに心境は変化した。今後やるべきことの重要性がわかってきた。それは、一つところで留まっていてはわからなかったこと。一つの所に留まった水はやがて腐る。しかし、濁ったようにみえた水も流れがあれば、やがては透き通る。一瞬でもあの水のような存在になれたような気もした。何かに固執していた自分がいた。それが少しひっぺがされた。自分が生きていること自体が奇跡だと自信を持っていえる。「今を生きる」「今に集中する」そこから得られる限りないよろこび、うれしさ。他に何を求めるのか。何にもいらないじゃないか。Ugoと最後に田んぼを見に行ったとき、「あっちの方はもう草に覆われはじめているけど、収穫できるのか?君はあの草(ヒエ)でも食うのかい?」と笑いながら言った。笑顔で、「もちろん、あの草を食べるさ」と答えた。もちろん、今後も鴨をうまく活用したり、ある程度の除草をしたり(一応ルカがやる予定)と収穫ができるように努力はする。それはもちろん重要なことなのだが、実はそれが一番ではないような気がしている。では何が重要か。それはそこに残った思い、情熱、空気。それらは、いつかはそこに種をおろし、やがて芽を出すそして何かに変化する。それこそが僕の一番望むこと。とりあえず、どうなるかはわからないが、まだまだ十分ではないかもしれないができる限りの「思い」をあの田んぼには注ぎ込んだ。結果はどうであろうと、それはすでに完璧なことで後はその起きたことに対してどう智慧をもって対応するか。例えば、ヒエが育ちすぎたとしてもそれを収穫して商品化すればいいんじゃないかな。けっこうおいしいし。(もちろん、米が収穫できるに超したことはないのですが…)何をおそれているのか。何かを求めて、それに固執しすぎてでる我欲。それをみつけてちょっと解放してやる。そうすると、何にもない「空」な自分がみつかる。ここに来たことの一番の収穫はそれ。結局、世間体みたいなものに影響されて、こうならなければ駄目だとか恥ずかしいとかそういった心配やおそれが生まれる。でも、それは目で見える現象であるかもしれないが、それはたんなる表面的なことでしかない。どうでもいいこと。あることに思いを集中させる。ただただ、黙々と。それだけでいいんじゃないかな。別にとって食われるわけでもないし。(まあ、とって食われてもいいけど)そういう「思い」をどんどんどんどん出せる場を作る、そして、あの自分を見つける。それがなんだか大切なんだなと思えるようになってきた。言葉でしか理解しようとしない彼らにも少しはわかってもらえただろうか。とにかくも、うれしいことにNadiaとMaraが2人で空港まで見送ってくれた。最後に手紙ももらった。いつ戻るんだと何度も聞かれて「9月には戻ることを望んではいるけど…」と答えるのが精一杯。でも収穫の時には戻る予定ではいる。今回は火山灰の影響もなく、無事に飛行機は飛んでくれた。一旦、ロンドンに入る。懐かしいレストラン。人と人との交流の場。交差点。今回もなぜだかこのタイミングでスコットランドの二人と福井の遊さんに会う。別に選んだ訳じゃないけれど「思い」が集中する場のようだ。何ヶ月ぶりにあったかわからないけれどやっぱり一瞬のような気がした。巡り巡ってロンドンいただき繕レストラン。スコットランド、福井、イタリア、北海道…。それぞれの場でそれぞれの与えられた役割をこなす。各々の得意分野・個性を活かせる場所。そして引き出させてくれる場所。新たな自分を発見させてくれる場所。こんなに楽しい空間があってもいいのだろうか。さあ、北海道に戻りますか。Yasu
2010.07.07
コメント(0)

イタリア滞在も残すところあとわずか。ずっと草踏みをしていても良かったが、最後の日曜日は彼らの提案でNadia(Fulvioの奥さん)の生まれ故郷を訪れることにした。ここは山間僻地の谷間にある集落。昔はでかい毛織物工場が2つあり、相当栄えていたそうだが、今はそのうちの一つは閉鎖、もう一つは規模を大幅に縮小して細々と続けているだけ。人口は以前の半分以下、大部分は60歳以上の年金生活者。そして、モロッコをはじめとした他の国からの移民。若者はcitta(都会)へと流れていく。…移民ということをのぞけば日本とほとんど似た状況。先進国がたどる末路というのはどうやら同じ感じになるようだ。しかし、日本の田舎と違う点を一つ見つけた。それはここの風景にある。一度は木を切り倒したという状況は日本と同じ。太い木はあまりない。しかし、彼らはめんどくさがりやだったのだろうか幸運なことに、無理な植林はしなかった。その結果、ここの風景は見渡す限りの雑木林。幸いだ。この差は大きいように思われる。すでに何十年以上も経過して、もとの状況に戻ろうと努力している雑木林。かたや何十年以上も経過して、疲弊してきている植林の森。そして、この雑木林にはこの地域ならではもう見慣れたAcacia(エンジュ)、Sambuco(ニワトコ)、などの木の他に、無数のCastagno(栗の木)が!Nadiaの母の実家のある集落へと続く旧道。地面をみるとそこかしこにあのイガイガが落ちている。なんて恵まれた土地なんだろう。今では、この現地の人もほとんど見向きもしなくなってしまったらしいが昔はここの人たちにとって貴重な食糧だったという。さらに、ここは水が豊富な地域。いたるところでfonatanaと呼ばれるわき水がでている。ということは、この辺りはやっぱり雨が多いことでも有名な地域とのこと。そして、ということは、川遊びをしようととある川の上流のほうに着いたところに夕立が直撃。あわてて戻ることに。そして、その帰りの道すがらついに見つけた。ワイルドガーリック。(行者ニンニクの一種)かねてからこのイタリアのどこかにはあるのではないかと思っていたが、ついに最後の最後になって出会うことができた。もちろん、彼らイタリア人に食べる習慣はない。もう時期も過ぎていて種になっているものばかりだったが、かじってみると、あの特有のニンニクの味。よく周りも見渡せば自分たちを助けてくれる物が必ずそこにあるはず。このワイルドガーリックもそれの一つなのだろう。この農耕には不向きな地で人間を助けるために生えてきてくれたのかもしれない。まあ、この辺りにはそれ以外にもたくさんの天からの恵みにあふれているようにも思えるが。恵まれている地だ。にもかかわらず、その足下には見向きもせず彼らはかえって遠くからのどちらかというと不自然なものに手を出していく。気がつけば、不自然な体になっていく。見渡せば、ここイタリアも病気の人ばかり、特に肥満率は相当なもの。カナダでも、イギリスでも多いなと思ったがここもなんだか異常なほど。先進国がたどる末路というのはどうやら同じ感じになるようだ。内部からおかしくなるのだ。体も国も同じ。それはどうやら不自然な姿ではあるが、宇宙の摂理の一部であるように思われる。悲しいことだけれども、すでに決まっていることのようだ。静かに、静かに、今は静かに天はバランスをとるべく動き始めている。この2ヶ月間の総決算のような日。どうなるかはわからないができる限りのことはやりたい。先がどうなるかはなんとなく読めてしまうがかたやこのすばらしい自然をみていると希望にあふれているようにも思える。とにかく、ここイタリアに来たことの重要性を農業という観点でなくまた別の視点からも改めて認識できた日でもあった。Yasu
2010.07.04
コメント(0)

田植えが無事終わった。さて、次は帰る前に一度は手押しの除草機で除草をしたいところだが、またまた税関に引っかかってなかなか来ない。(イタリアには着いているのだが)ということで、待つ間、稲と稲との間の草踏みをすることにした。ルカが去ったことでまた一人で田んぼにいる時間が多くなった。朝、一人黙々と草踏みをするのはなんとも気分がいい。言葉というのは必要かもしれないが、なんだかちょっと話せれば、それ以上もしかしたら必要ないのかもしれない。ルカがいる間、口数が多くなった。もちろん、英語だからそれでも伝えきらないこともあるけど、イタリア語だけの毎日とは雲泥の差。でも、なまじっかしゃべる相手が出てきたことで別に話さなくてもいいことまで話しているような気がしてきた。誰がしゃべっているのかわかないけどもう一人の自分みたいなのが勝手にしゃべりだしている感じ。そして、不思議なことに日本語だと遠慮して言わないことも英語だと遠慮なしにいえてしまえそうになる。言葉というのは力をもっている。植物はもしかしたらしゃべることもできるように進化できたのかもしれないがあえてそれをやめて、黙々と生きることにしたのかもしれない。田んぼに毎日つかっているとなんだか言葉がなくても稲となんとなく意思疎通ができそうな気がしてくる。一日一日、成長してくれて違う姿を見せてくれる稲たち。「おい、水がたらないよ」「こっちはまた水がおおいんだよねえ」そんなふうに感じてしまうということはこの僕の脳みそにたまった経験から感じることもあるのかもしれないが彼らがそういう風に感じるようにしむけているようにも思えてくる。最初、手で植えた場所。今、彼らはちょうど成長期。せめて少しでも手で植えたい。という思いになったのも多分に僕の脳みそからでた思いもあるのだろうが、ほんの少しは彼らがそう思うようにしむけたような気がする。その手で植えた部分。奇跡のように苗が復活してきた。最初、黄色かったのが太陽・水・土の力で緑色に変わっていった。僕はもうまもなく帰ってしまうけど(7月6日イタリア出発、ロンドン経由で7月9日日本に帰国)じゃああと誰がこの田んぼを管理するんだ!?ということになり、僕の後釜として鴨をすえることにした。試しに、まず2羽を購入し、さっそく田んぼに放つ。最初、おびえていたが、しばらく経つうちに田んぼを泳ぎ始める。どれだけ除草効果があるのかは未知数だがまあ、好き勝手に田んぼの中を泳いでもらうだけでもいいと思っている。今のところ、この田んぼが気に入ってくれているみたいで、居着いてはくれている。でも、どちらかというと休んでばかりいるが・・・まあ、とにかくそんな田んぼの風景があるだけでもちょっとほっとする。あと一息。そして、この夢物語みたいな世界もあともう少し。でも、この気持ちが持続するならば、例え、日本に帰ったとしてもこの夢物語は続くだろう。ほんと、できないことはないんだなあ。Yasu
2010.06.30
コメント(0)

23日(水)。今週は天気が良い。絶好の田植え日和。少々のメンテナンスの後、田植機のエンジンをかけてみる。いとも簡単にかかってくれた。やっとやっと田植えができる。誰しもが驚く。「一体こんな機械、誰が発明したんだ!?」日本人らしさがぎっしりつまったこの精密な田植機。苗が伸びすぎて機械に負担がかかりすぎるのではとちょっぴり心配したがそんなことはかまいもしないほど快調に動いてくれる。彼も活躍する場を待っていたみたいだ。手植えで一日かかるところをこの田植機では10分くらいで終わった。ほんとに一瞬。順調な滑り出しだったが、突然異様な音がする。慌てて田植機を陸に引き上げる。一本の針が曲がってしまった・・・そして一部の部品が破損・・・やっぱり、何か起こらないわけがない。しかし、ほんとに面白いことに予備の針を福井で用意してもらっていたのと破損した部品はあってもなくてもいい部品だったのとUgoの器用さというなんだか完璧なシチュエーションでこの田植機は直ってしまった。そして、その破損した部品を取り外した時、ぽろっと落ちた物があった。石だ。手で植えていたときもたまに石に当たった。おそらく、かなり見えないところでは石がごろごろしているかと思われる。そう、ここイタリアでは田んぼの石を完全に取る必要がないのだ。すごくしっくりきた。天は必要なできごとを必要な時に起こしてくれるようだ。こんなところまで文化の違いがでるのがまた興味深い。田植えの再会。以降、何事もなく順調に動く。そして、ルカも田植機の操縦に挑戦。あっという間の田植え。次の日の午前中にはほとんど終了。おそらく、準備万端で何事もなくスムーズに田植えができればこの手押しの4条の田植機でも一日1町歩ちかくできるのではないか。枯れてしまった苗もあったし、地面はでこぼこで水平でないし、根付きの悪い苗もたくさんある。そして、かなり密植にしたので、苗が足りなかった。いろいろあげていったらきりがないほど反省点はある。それでも、田植えは終わった。後は天に、稲の生命力にまかせるだけ。そして、ちょっとした手助け(除草)もやれるだけはやるつもり。田んぼには常に水を流し続ける。水は流れていないとどうもいけないようだ。彼らをずっと見届けるのもいいかもしれないが、そろそろ僕自身も流れる時がきたみたいだ。土に触れるというよりも水に触れる。その感触がなんともすばらしい。裸足で田んぼに入って感じる一体感は大地からくるばかりでなく、どうやら水からもくるみたいだ。Yasu
2010.06.25
コメント(0)

動いた。ついに田植機がくることになった。税関を突破したという知らせが。しかし、いつここに到着するかはわからない、明日か明後日か、はたまた・・・。イタリアはこういうことが常日頃だそうだ。ずっと手で植えていてもそれはそれでよかったのかもしれないがとにかく一刻もはやく田植えしようということになりルカのアイデアでレンタカーではるばるここから100キロほど離れたミラノ郊外の倉庫まで田植機を取りに行くことにした。「イタリア人はとにかく本能で動く。行動するとなったらもうすごいはやさ。」とWさんが言っていた通り。気がつけば、高速道路を飛ばしているルカがいた。夕方18時までに着かなければ倉庫が閉まってしまう。最初、余裕かと思われたが案の定、渋滞に巻き込まれる。やっぱりなあ。流れをちょっと無理にでもねじ曲げようとしたときには絶対何かが起こるのだ。でも、これは必要な変化だと確信していた。そう思うと渋滞の中でも妙に静かで安らかで、この上なく幸せな気分になった。隣で焦っているルカには申し訳なかったが・・・。幸い、倉庫に電話したら待っていてくれるとのこと。(このへんもイタリアらしい気がする)どうにかこうにか18時半すぎに到着する。感動の田植機との面会。これがはるばる海を渡ってきたんだ。とにかく、夢物語みたいなことが現実で起こっている。ついについに手に入れた田植機。明日からはうまくいけば田植えが始まる。家に帰るとみんなが、一緒になって田植機の到着をよろこんでくれる。ほんとそれだけで充分。長い長い待ち時間だったけれどもやっぱり必要な時間だったんだ。じゃなきゃここまでの感動と感謝は生まれかったかもしれない。いや、むしろそれが足りなかったから田植機も到着できなかったような気がする。どこか誰かしらの気持ちが欠けていたのかもしれない。なんだかまだまだ終わってはいないけど一つの山は越えた。ひょんな形で祈りというのは天に届くようだ。Yasu
2010.06.22
コメント(0)

18日(金)、ついにルカが到着。イタリアは二人体制になった。田植機がくるのを待つ間、できる限り手で植えることにしたのでさっそくルカも初体験の田植えをする。おそらく、イタリア中でここでしか体験できないだろう。手での田植え。そして、月曜日。ひょんなことで北海道で知り合いになったイタリア在住のWさんが半日、手植えの手伝いに来てくださった。晴天。3人集まれば、もう田植え祭り。ということで、残しておいた赤米をみんなで植えることに。ルカは足の調子がよくないのだができる範囲でこのお祭りに参加。手よりも口の方が動いていたような気もするがこうして数人でする農作業というのもやはり楽しい。時間を忘れる瞬間。いつかはここイタリアでも何十人か集まって田植えをしてみたいものだ。なんだかんだいっても35枚分くらいは終わった。苗がもうすでに枯れかかっているのもあり、かなり密植にしたのでこれで1反ちょっとくらいにしかならないのだがそれでもほとんど一人でも1反以上できちゃうんだなあ。ほんとにびっくり。1反分の米というのは標準で考えて一家族が1年間で食べる量くらいになる。一人でほとんど手作業でもどうにかこうにかできるのだから例えば、これが家族ぐるみでとか仲間でとか、そして機械でもあればできないわけがない気がしてきた。そして、万が一余れば、加工する。保存する。そして商品化する。どうも、世間一般では収量とか売ることを前提にものごとを考えてしまうがそれよりもこうして実際やってみて作ってみてさてどうしようかと考える方がやっぱりしっくりくる。「なんで手で植えるのか、田植機をなぜ待たないのかそのほうが効率的じゃないか」とルカもいったがもちろんそうだと思う。でも、苗の気持ちになったら、何度も待たされて、今度こそOKかと思いきやでもまだ駄目ですと言われてそれじゃもうもういいやと成長するのを諦める奴も出てきて当然のような気がする。彼らに対して、なんだかほんとに申し訳ない気持ちでいっぱいなんです。何にもできないけど、せめて少しでも植えることができれば彼らも希望を持つんじゃないかなとなんとなく思ってはじめてみたこと。効率とか非効率とかそんな問題ではないのだけれどまあ、たぶんに自分の性分もあるのかなとも思ったり。どちらにしろ後々、振り返ってみればみんなにとって良い思い出話になるのではなかろうか。それだけでも手で植えはじめたという価値は絶対にある気がした。By Yasu
2010.06.21
コメント(0)

結局、田植機がしばらく来ないみたいなので(よくわからないが、諸事情により来週の火曜に届くとのこと。こういうことはよくあるので慣れっこです。)届くまでの間、できる限り手で植えることにした。というのも、田植機が来ると思い、すでに何十枚かの苗は準備万端の状態にしてしまったので、せめてそれだけでも、植えてあげたいと思ったのだ。周囲には「正気か?」と思われた反面、何やら面白そうなことをするなあといった反応。こんな機会でもなければ、何十枚分の苗ケースを手で植えることなんか経験できないだろう。問題は、どうやってまっすぐに植えるかということだったが、トラクターで代掻きをしてもらった時に使った田んぼを平らにする機械がちょっと溝を作ってくれるのでそれを利用することにした。なんとかいける!とりあえず、日本のコシヒカリから植え始める、・・・と始めてから20分も経たないうちに夕立が・・・。そう、先週よりイタリア・ピエモンテは天候不順なのだ。特に今週は毎日雨が降る。Fulvioが「君が雨を持ってきたんだ」なんて冗談で言っていたけどたしかに、僕がいる間、雨は多い。普通こんな梅雨空はイタリアではありえないとのこと。まあ、でも現実に梅雨みたいな天気は起こっているのでどうしようもないが。よく考えれば例え機械が予定通り今週頭に来ていたとしても、この天候ならば結局、容易に田植えできていなかっただろう。そして、日照時間もほとんどないので成育にも影響がでたかもしれない。やっぱり、うまくできているもんだ。昨日はこっちにきて虹を初めて見た。なんだかんだいっても、今までやってきたことは無駄じゃないと確信した一瞬。うれしかった。さあ、明日からは田植え三昧の毎日だ。Yasu
2010.06.16
コメント(0)

ここ何日か体調がすぐれなかった。下痢が続く。今も完全ではない。もちろん原因はわかっている。たくさん思い当たることがありすぎる。心理的側面もそう。田植機がこない日々。僕自身はまあしょうがないかくらいで終わっていたのだが、恐ろしいもので、周りからのささやきがあるのを忘れていた。「いつくるんだ。」「今日もこないのか。」「いつ田植えをするんだ。」「田んぼに草が生えてきたぞ」そういう会話が毎日の食事ででるたびに、それが積み重なってゆく。「待つ」ということがこんなにも人を変化させてしまうのかと自分自身に驚いている。苗たちは非常に順調な成長ぶりをみせてくれて、むしろ伸びすぎではないかと思われるくらい。「はやく移植してちょうだい」なんて声も時折、聞こえてくる。そして、食生活。もちろんここではほんとうに良いものをいただいている。けれども量が違った。Troppo! 多すぎた!そして、料理そのものに含まれる水分量が多いようだ。例えばriso(米)やorzo(大麦)なんかも、1:4くらいの割合で水を入れる。(もちろんその分時間をかけてつくるのだが)今まで、自分なりにも不完全ながらもいただき繕を実践してきて体は水をあまり必要としなくなってきた。おそらくそれがガラリと変わって、体が「もうたくさんだ!」という拒絶反応を起こしたのだろう。もちろん苗を準備している間みたいに、四六時中体を動かし、お日様に当たり、全身汗をかきながら農作業をしているのならば、体は許容できていたのかもしれない。しかし、この田植機を待つ間、草取りや草敷き、さくらんぼ積みの手伝いをしたが、そこまでの運動量ではなかった。それに雨こそそこまで降らないが、曇りがちな日々が続く。本当に面白い。こうも体が敏感に反応してくれるとは。そして、いろいろな側面から(目に見えるところからも目に見えないところからも)影響を受けているのだなと思うと。まあ、とりあえず、来週には田植機がくることはほぼ決定したし、「待つ」日数もわかってきた。この時期にこんな体になってくれたのはなんと幸運なことか。おまけにここのファミリーも種まきなんかも一段落し、今は一時的な農閑期になっていて少しはゆっくりとした時間が流れている。やっぱり、起こることは考えてみれば必然なのだと改めて気づく。そんなタイミングを見計らって体は反応してくれたようだ。しかし、奴らはちょっとしたスキをついてくる。気分がマイナスになると、ここぞとばかりに襲いかかってくるのだ。そのパターンがだんだんわかってきた。どう対応していいのかもちょっとはわかってきた。・・・もっともどうにもならない時もあるけど、そんなときはじっと静かにしていればいずれはおさまる、台風のように。今、ある意味、すがすがしい機会をいただいている。「食貪からの解放。」これがどんなに楽なことか。一見健康だと思って生活している時には食貪との戦いの日々でもあったが、今は全くそんなことはない。まともな労働もしていないかもしれないが、食べなくても気にならない。この気持ちが再び体調が回復したときに持ちうるのならば確実に一歩前進したと言えるのだが。こうしてこの期間だからこそ自分を見つめ直せることもできたし、迷惑をかけっぱなしで申し訳ないけれどもstocchi家のみんなとも意思疎通がよりできるようになった気もする。ほんと、話題にはことかかない。Yasu
2010.06.12
コメント(0)

ここに来ていつも感じることはこうした場所にぽーんと一人放り出されることがどんな語学学校よりも一番すぐれた学校だろうということがわかる。来た当初、まったくもって話せなかったイタリア語。今もそうは変わっているとは思えない。けれども、なんとか少しずつ聞き取ることはできるようになってきた。僕がイタリア語で話そうとすると時間がかかるのでしびれをきらして、向こうもたどたどしい英語で話そうとするかジェスチャーで理解させようとするか、諦めてどこかにいってしまうか、そんなことの繰り返しだけれども、何せある意味、家族の一員として見なされているので生活に関わることはだんだん、だんだん、何をいっているかわかってくる。昔、カナダに行ったときとは大違い。もちろん、カナダに滞在して多少の英語が話せるようになったことで、今、ここでなんとか暮らせているのも事実。(正直、イタリア語と英語がごちゃ混ぜの会話をしてるし)でも、あの時はエージェントに高いお金を払ったり、語学学校にいったり、部屋をシェアしたり、お金が足りなくて寿司屋で働かなくてはならなくなったり、結構いろんな面で高くついたように思える。そして、語学の勉強で行ったという割にはそこまで語学力が伸びたとは思えない。つまり、生活しているようで、実は根を張って生活できていなかったのだ。でも、今回はどうやら違うようだ。農という共通の分野で屋敷は違えど、生活を共にする。それがどれほど語学の勉強にはもってこいの環境であるかということがわかる。別に「勉強」ということを意識しなくてもただただ、農を中心とした生活を共にするだけ。それでいて気がつけば多少なりの語学力がついてくれるのならばどれだけ幸せなことか。「語学というものは生活に根ざしたものでなければならない。」こうした拠点がさらに世界各地に何カ所かできれば、これほど面白いことはない。別に気張るわけでもなく、ただただ農をしに行くだけ、場合によっては料理をしたり、家を建てたりしに行くだけ。もちろん、それを受け入れてくれる先方の誠心あってのことだが。今のところ、僕のイタリア語の理解度の低さに呆れられてはいるけれど諦められてはいないのでまあ帰るころにはもうすこーししゃべれるようになっていることでしょう。Yasu
2010.06.09
コメント(0)

ついに苗の移動が終わった。その数、182枚。そして、最初にまいた分の苗がかなりの勢いで成長してくれている。もうすぐ、大きい田んぼに移動だ。翌日は筋肉痛。そして、腰痛からお腹にも少しきたようだ。食べ物を消化し切れていない感じ。でも、もしかしたら、おやつがわりに食べていた、野いちごやさくらんぼを食べ過ぎたのかも。おそらく体の移り変わりの時期に来ているようだ。ここにきてはや3週間。今までとは違う食生活でちょっと体が一服といった感じ。苗箱の移動もすべて終わり、ちょうど良い節目だ。半日ほどゆっくりさせてもらうことにした。自転車を借りて彼らの田んぼにいってみる。・・・結構遠い。ゆっくりするどころか、また筋肉痛になるかも(笑)かねてから気になる場所があった。それは、彼らの田んぼの一角に群生していたワラビ。もうとっくに葉が開いてしまって食べる時期は過ぎているものの、こちらでの存在が確認できたのがうれしい。「これを日本では食べるんだ」といったら彼らはびっくりする。「こんなにがいものどうして食べるんだ?」と。面白いことに、ここイタリアでは保存の文化があまり発達していない様子。もちろん、サラミやチーズなどの保存方法はあるし穀物を粉にするという文化はむしろこっちのほうが発達しているかもしれない。が、野菜・山菜を保存する文化があまりないのだ。塩漬けの習慣もオリーブくらいだし、ほかにはせいぜい、ピクルスくらいか。おそらく、そうしなくても他に食べ物があったからなのだろう。そこに住む人はそこで脈々と何百年も食べ続けてきたものを食べるのが一番。ヨーロッパの中ではこの辺は比較的日本に近いのかもしれない。気候もなんだか似ているし、植生も似ている。おまけに田んぼがあるし。ということは、日本人がこっちに住んでもまあそんなに体はびっくりしないということか。そして、もともとこの辺はこうして豊かな農産物があったのだからそれほど肉を食べていたとも思えない。そして、一昔前は馬や牛は大事な大事な家族の一員だったのも事実。やっぱり、馬や牛を農耕用に使っていたのだ。こうしてみると東アジアの文化みたいなものも受け入れられやすい環境がそろっているようだ。まあ、「東アジアの人ってはっきりものをいわないでしょ。」といわれて、たしかにこっちの人のはっきりとした物言いと白黒をはっきりとさせたがる気性に「人間の違い」みたいなのを感じてびっくりはするけど別に否定することがなあんにもないからであってこんなのどかな田園風景を見続けて育つのならその東アジアっぽい人間もふえるのかもしれない。Yasu
2010.06.02
コメント(0)

田植えをした。4人で。うちの苗ではなく、彼らが育てていた苗。実験で様々な種類の苗をすこしずつ育てていて、今回それらを裏庭にある小さな田んぼに手で植えることになった。面白いことに、彼らは手では植えたことがないという。だから、僕でいいのかと思いながらも、彼らに急遽教えることになった。裸足で田んぼに入って泥まみれになる。これが楽しくて楽しくて、しかたがない。気持ちいいのだ。この一体感がたまらない。跡もつけずに植えたものだからまっすぐではなく曲がりくねっている。でもそんなことはお構いなし。Ugoが「なぜだかわからないけど、楽しいんだ。」なんていっていたけど、理由はなくとも体が喜んでくれればそれでいいと思う。「イタリアではこんなことする人、今はいないわ。」とMaraがはしゃぎながら言っていたが、昔はもちろんイタリアでも手でやっていたそうだし、苗代を作って苗を育てていたし、ちゃんと跡をつける道具もあったし、おまけに田植えの時に歌う田植え歌もあったのだそうだ。おんなじだなあ。そして、こんな超大規模農業で一つ一つの苗にだれも見向きもしなくなったイタリアにも少しでも手植えできる場所ができれば、なにか彼らにとっても感情の変化が生まれるような気もするんだけどなあ。一日中、田んぼに入っていたせいだろうか、それとも他に原因があるのだろうか、夜トイレに起きた。水分を取りすぎたというわけではないと思うのだが、もしかしたら、水は口から入るばっかりではなくて皮膚からも入っていて、それが多量だったから排出しようという動きがでたのだろうか。いずれにしても、体を冷やしすぎないように守ろうとしてくれてのこと。体がいろいろ反応してくれるのはうれしい。毎日が感動と驚きの連続だ。多少はしゃぎすぎて筋肉痛になってしまったけど・・・うちらの苗はというと先にまいた分とよく発芽している分をその裏庭にある田んぼに移動させた。一度水かさが増えてしまって、泥をかぶってしまったりしたけど無事成長してくれています。多少の荒波を乗り越えないと、強くはならないのかも、と期待して。Yasu
2010.05.30
コメント(0)

種まき終了!今日の午後ついに種まきが終了した。数にして182枚。およそ1町歩弱分。そして、徐々にではあるが、19日にまいた種籾が発芽してきた。苗ケースの到着が遅れたり、土が足らなくて追加したりとなんやかんやはあったが第一段階は無事終了した。こうして、自分のペースで黙々と農作業ができるというのはほんとうに理想的。他に、なにもいらなくなる。おそらく、人にとって土に触れるということは「自然」だったに違いない。だから、これが仕事だとは思わないし、極端に言えば、おしっこをするようなある種の人間の生理現象みたいなもののような気がしてきた。みんな、ではないけれど大多数の人がなんの為に働くのかわからないままいたずらに時を過ごしていく。別にそれも悪くはないのだろうけれど、なんだかもったいない気がしてならない。自然に即して生きていくならば、必要なものってのは相当少なくて済むのだろうし与えられるだろうし、作ればいいのだし、もしどうしようもないのなら諦めればいいだけ。この時代、ほんとうにそういった意味では豊かだと思う。(特にいわゆる先進国と言われるところは)不当に高い年貢で自分の収穫物をしぼりとられるわけでもない、疫病が発生したら町が全滅する勢いで死者がでるわけでもない、凶作だからといって餓死者が大量にでるわけでもない、こんなに生きていくのにたやすい時代は他にはなかっただろう。他に何を望むのか。生きていること自体が奇跡であるし、それを全身で享受できないのはなんだかおかしい。土から離れた瞬間、なにかのネジがはずれたのだ。生きていること自体が幸せでとりあえず、飢えずに雨露さえしのげれば、他に望みません、農作業や山の仕事を頼むからやらせてください。そんな人が増えれば、世の中は変わる。そんな人が田舎のみならず、都会にも出現すれば間違いなくこの世は天国になるはず・・・なんだけどね。すごく、すごくここは贅沢な場所。山が近くて、田んぼがあって畑があって、料理がおいしくて、優しい家族がいて。なんだかこの世は複雑になりすぎてしまっているけれど、もっともっとシンプルでいいのにな。良いも悪いもなくただただ、黙々と自然と向き合う、触れ合う、一体になる。それだけで十分なのに。そして、余力がすこしでもあるようならば、他の人・他のイノチの役に立てるようななにかがしたい。今はまだまだその時ではない。そんなことができるような力もまだない。でもいつかきっとそうなれるような気がしてならない。この気持ちがずっと続くのなら。Yasu
2010.05.25
コメント(0)

一昨日ついに残りの苗箱が到着した。合計で約180枚。さあすぐに種まきだ、と思ったが実は土が足りそうにもないので、急ぎ土を作っている。この土はここの近くに流れている河原から持ってきていただいた土。それをちまちまとふるいにかけて、最後にくん炭をまぜる。何回ふるいをかけたことだろう。何となくイタリア語でカウントしてみる。Uno,Due,Tre…最初はなんとなくきついのだが、しばらくするといつまででも続けられる気分になってくる。この感覚が好きだ。「うちと同じ面積をやろうと思うのなら君たちのやり方なら1000人は必要だね。」みたいなことを半分冗談でFulvioさんがおっしゃっていた。たしかにそうかもしれないが、面積が少なくても付加価値をつければ、そこまでの面積も必要ないし、もし、やるとなっても、僕みたいな人が10人いればおそらくできちゃうような気もする。この辺の感覚の違いが面白いのだが、その理由の一つにはこっちのお米の価格の安さもあるのだろう。普通のお米で1キロ約1ユーロ。日本円にすれば約120円~130円くらいだろうか。Fulvioさんのところのお米は無農薬・無肥料栽培なのでもちろんかなり高い、がそれでも1キロ2ユーロ前後なのだそうだ。約240円~260円くらい。それもリラからユーロになって物価が2倍になったというから以前はもっと安かったということになる。ということは、かなりの面積を少ない労力でこないさないと採算が合わないわけだ。もちろん、EUからの補助金はあるらしいのだが。そのぶん、日本みたく、組織でがんじがらめになってにっちもさっちもいかない状況ではなさそうだが。「米をもつものが世界を制する」とは、またもやFulvioさんの言葉。どんな状況になっても米作りができることというのは今後生きていく上で、欠かせない要素になってきそうだ。それが、手作業であってもでっかい機械を使ってでもいい。時と場合、与えられた環境をめいっぱい使うだけ。こういう場所が世界・日本にも何カ所もできたら面白いことになるのは間違いない。「人としての道を歩む」ことが難しくなっている、この世の中。こうして、異国に一人で放り出されてみるとほんのすこーしはわかってくるのかもしれない。Yasu
2010.05.23
コメント(0)

「人生を謳歌している」イタリア人を見ていると本当にそう思う。ここではゆっくりとした時間が流れているようだ。僕がちまちまと手作業で土作りや苗作りをしていると「なぜ日本人はそんな手間をかけるんだ、見てごらん、うちらの種まきなんてあっという間だろ」とugoが不思議がる。たしかに、こちらの田植えはすごい。一日で7~8町歩、多いときで10町歩くらいは終わらせてしまうのだから。種のまき方は至ってシンプル。水をためて、だいたい平らにした田んぼにトラクターの後ろに種をまく機械をつけてダーっとまきまくるだけ。最初、どうやって150町歩もの面積をこなしているのだろうと疑問であったが、その風景をみて合点がいった。これならば、150町歩はわけない。そして、かといって、北海道の大規模農家みたいに朝から深夜まで働きどうしかといえばそうでもない。日の出とともに起きて、長い昼があって、日が暮れる前には終了。そして、人に会えば、長い立ち話が始まり時には釣りをしたり、時には散歩もしたり。そして、自給用の畑の管理をしたり。まだ、1週間しか経っていないのでなんとも言えないが彼らのペースはいたって緩やかに感じる。まさに人生を楽しんでいる。北海道の農家もこういう方法であればあの過酷な労働もなく、他に何かする余裕ができるのかもしれない。もちろんいままでとは収量は劣るだろうけれども。大規模農家の一つの今後の生き残る道としては有効だろう。日本は耕作できる面積が少ないうえに、人口が多かったから小さい田んぼを、稲や苗の一本一本を大切にしてきた。そして日本人の勤勉さの気質もあいまって、狭い面積でいかに収量をあげられるかということにどちらかというと重点がおかれ、今のような方式になったのだろう。一方、イタリアは、おそらく最初は日本と同じような方式だったのだろうが途中から、まあこんなもんでいいんじゃないかというイタリア人の気質が強くなって広い面積を手っ取り早く仕上げてしまうことに重点がおかれ、このような直まきの方式になったのかもしれない。(これはあくまで、そう感じただけのことだけど)どちらが良いとか悪いとかはないのだけれども北海道はなんだか土地も広いようだし、こんなイタリア気質の農家がいてもいいんじゃないかなくらいは思ったりもする。なぜだかわからないが、「豊か」なのだと思う。ようやく一部の苗箱が届き、種まきが始まった。今回は約30枚分の種を作った。およそ1.5反分(0.15町歩)。彼らからみれば象が蟻をみるようなものだがしかし、僕はこの手作業が好きだ。直に土に手を触れ、直に種籾に手を触れ、大きくなれよとつぶやきながら黙々と作業する。この辺が日本人だなあなんて思ったりもする。反面、あのでっかいトラクターで一気に種をまく姿にもあこがれたりする。まあ、どんな場所でも本人がいいなと感じる方法で農作業ができることが一番なのだろうけれども。他国の米作りをこうして間近でみることができただけでもなんだかうれしくなる。この経験は、おそらく今後の何かの為にいかされることだろう。ほんとにここに来させていただいて幸せです。Yasu
2010.05.20
コメント(2)

5月11日に到着して、はや一週間が経とうとしている。全くイタリア語はできないけど、fulvioの息子のugoが少し英語ができるのでおかしなことに英語でやりとりしつつ、イタリア語をなんとか上達させたいと考えている毎日。着いて数日は雨が毎日降っていたので、なかなか作業が進まなかった。Ugoに言わせると「この季節ではありえない」とのことだった。全世界的に気象がおかしくなっているのかもしれない。なんて話し合っていたけれど、やっとここ数日は天気も回復して5月のイタリアらしくなってきた。不思議なことに、建物とかはまったく日本のとはちがうけど風景は似ている。なにより、草が、いわゆる雑草が同じものが多い。スギナやアカザ、ノゲシ、アザミもちろんクローバーなんかも。牧草類もたくさん生えていて、やっぱり北海道の景色と似ている。そして目の前に広がる田んぼ。日本の内地のように狭くはなく、北海道的な一枚一枚が広い感じ。でも、あの日本のようなきっちりさがない、ラフな感じ。あとは、白樺が以外に多い。でも、日本では樹液をとるんだなんて言っても全く通じず・・・ここで一人で黙々と作業していると自分がどこにいるのかなんて気にならなくなるしまったく違和感がなくなる。田園風景というのは世界共通なのかもしれない。特に、くん炭を作って炭まみれになった時には「どこも同じだ。」と確信した。人間のやることなんて、「衣食住」に沿っているならば似通ってくるはず。そして、その場その場にあるものを智慧をしぼってうまく生かしてきただけ。そして、彼らは技術も持っている。即席でくん炭器も作ってくれた。あるものでうまく対応する。学ぶことは多い。ここのファミリーはかなり徹底した菜食主義だけど、うれしかったのが野草を食べるということ。食事はその時、その時の旬のものをとるのが一番だけど何も「これは野草です」なんて飾るのでもなくごくごく当たり前に、食卓に上るのがうれしい。(もちろんこういうケースはまれだろうけれども)苗作りの方はやっと苗箱が日本から届きそうで、それなりに紆余曲折ありながらもみんなのおかげでなんとかいってます。ここにはたくさんの米の種類があるけれど、今回は時期も時期だし晩生のものを選んだ。うまくいけば6月中~下旬には田植えできそうな見込み。しかし、日本も恵まれた土地だと思っていたがここもまたすばらしく恵まれた土地。本当のアルプス山脈からの水を使えるというのもまた格別なこと。生きててよかったと思えることが多々。あとはひたすらに黙々と汗を流す毎日を過ごすだけだ。Yasu
2010.05.17
コメント(0)

ものすごい力だ。5月9日。3日間のロンドンの滞在の後、イタリアに向けて出発した。朝2時半にルカの家を出る。そして、空港へと向かう。空港に着いて出発予定のボードを見る。「cancelled」僕の乗る予定の飛行機には書いてある。最初、何がなんだかわからず、とりあえず、チェックインカウンターにいってみる。すると「お前の飛行機は飛ばない」みたいなことを言われる。一体どんなことがあったのだろうか・・・なぜだか最初はわからなかったが放送を何度も聞いているうちにどうやら火山灰がどうのこうの言っているのがわかった。ありえない・・・でも、なにかそうさせない理由があったのだろう。とにかくも長蛇の列ができている再予約のカウンターに並ぶ。3時間ほどならんだあと、なんとか2日後に再予約がとれた。すっかり明るくなった外。さしあたってはいただき繕レストランへと戻る。なぜ引き戻されたか。それは、うすうすわかっていた。キャンセルと聞いたとたんになるほどと思った。明日からレストランの改装がはじまるのだ。そう、昨年11月、家具職人のたかし君が作ってくれたあのテーブル。ついにレストランで活躍する機会がまわってきた。このテーブルを組み立てろということなのか。まさか、まさか再びこんなに早く彼らに再会できるとは思っても見なかった、そして、まだ組み立てられていないとも思わなかった。彼らに呼ばれたんだなあ。それはものすごい引力。だって、飛行機を止めてしまうくらいなんだもの。そう思うと、改めて彼らへの愛着も沸くというもの。彼らのイノチを感じる。面白い、ほんとに面白い。ありえないことが次々と起こる。まだまだだけどどんなことが起きても、どんな状況にでくわしても常に自分を見失わない自分でありたい。そうすれば、きっとこの人生がもっともっと面白く感じるはず。もっと人生を遊ばないと。すべての流れに身を任せつつも、それを乗りこなす自分。いやあ、ただでは終わらない。しかも、まだイタリアに着いてもいない。この4~5日間だけでも、一冊の本がかけるくらいにいろんな出来事があった。さてさて、ついに出発。どうなりますか。5月10日深夜、ロンドン・スタンステッド空港にて。Yasu
2010.05.11
コメント(0)

春になり、本格的に始まる前にイタリアへ視察。写真とお土産話から経過報告させていただきます。広大な田んぼは整地され、豊富な水がひかれています。ここでの農法は、種もみは直播であるため、どうしても密集してしまい、自然農法では雑草の問題もあり、管理が難しいということ。そして、大型機械での整地なのできれいに平らにはならないため、水管理が難しいので稲の成長にも影響するとのこと。そんなことからさまざまな案が検討され・・・今回は、農哲学院分2町歩の田んぼ作りであるため、万全を期し日本の田植え機を準備することとなりました。福井農苑から、田植え機、そして苗ケースが輸送されました。ゆくゆくは、現地で等間隔の直蒔きの機械など開発されていくことでしょう。Fulvioさんがきれいに準備してくださっている農哲学院の田んぼ。写真で感じる限り、景色や雰囲気が福井の田んぼに似ており親しみがわきます。 この農園では、忙しい時期に近くの町からバイトを雇い、雑草の管理や稲刈りなど行うので宿泊施設も充実しています。今年・・・来年あたりは、日本からのボランティアもイタリア農苑に向かうことになるでしょう。そのためにも、イタリアに行くことを前提に、日本の福井農苑で相生農法での米作りを学ぶ予備院生の募集も行って行きます。興味のある方は福井農苑までご一報ください。fukui@agro-philosophy.com お米と豆を主食とする食卓。近くにはステキなお城もありました。Fulvioさんは、常に他の命を優先する生活を送られており、多くの方に慕われ信頼されているようです。農哲学院にかけてくださっている誠心にこたえられるよう、私たちも最善を尽くして行きます。人柄があふれるご家族の温かな笑顔。イタリア貊農苑のスタートにあたり、北海道の美深農苑から、ヤス(山田靖也くん)が米作りに向かいます。5月6日にロンドン入りし、9日にイタリア入りです。貊農苑に来て4年目のヤス。福井での稲作経験、そして丸二年の北海道の開拓経験を経てのイタリア。命への感謝と畏敬、可能性を信じる心。そして、計り知れない努力。相生農法に育まれた彼のやさしく逞しい心が、イタリアでどんな花を咲かせるのでしょうか。現地からの報告が楽しみです。ありがとうございます。(ゆう:福井より)
2010.04.08
コメント(0)

露地ハウスで富葉土を作ることにした。来年の春、お米の苗床にする大切な土作り。五畳分くらいの大地をいただき掘る、掘る、掘る。やや固い。それから燻炭、米ぬか、稲わら、野菜くず、枯れ枝、笹、糞、どんぐり、杉、ぶどうの葉、感じるままに混ぜ込む。ずいぶんほくほくしてきた。今夜は炊き込みごはんにしよう。仕上げは落ち葉とわらをたっぷりかぶせ、春までゆっくりお休みなさい。 最後に貊塩をひとつまみ、合掌。来年は猪さんがちょっと味見して満足してもらえるような、立派なお米が育ちますように。(イタリアに向けて福井農苑より ヒデ)
2009.11.02
コメント(0)

稲刈りの終わった古墳の田んぼ、久しぶりに帰ってくることができた。太鼓を鳴らし、裸足で中に入る。燻炭、そして今年刈り取ったばかりの稲わらを土に返す。一週間農の生活から離れ、すっかり浮ついていた心を思い出す。ごめんなさい、ありがとう。案の定、トラクターが泥にはまってしまった。材木屋さんから廃材をいただき、タイヤにかませる。二日がかりでやっと出ることができた。みんなで力を合わせていたらきっと数時間で終わっていただろう。ごめんなさい、ありがとう。無事に起こし終えた田んぼに水を流し、電柵をはずす。 みんなの水、みんなの田んぼ。本当にきれいでおいしい。この山と水を守ってゆくために僕たちにできることは何だろう。(イタリアに向けて福井農苑より ヒデ)
2009.11.01
コメント(0)

ヴェルチェッリ(Vercelli)の米作りの歴史は古く、10世紀以前とも言われ、ヨーロッパで消費される米の大部分がここで生産されているようです。現在、ロンドンのいただき繕レストランで使用している美味しいお米もこの地域で作られている有機米です。現地にあるお米の研究所(資料館)には、日本のお米が研究対象となっているのか、日本語のポスターも見られます。何世紀にもわたる資料が残されています。米作には豊富な水が必要ですが、万年雪をいただくアルプスの山々を源とするポー川とセージア川で潤ったこの土地だからこそ、大きな水田地帯となっています。この地で、自然農法に取り組む農家はそう多くはありません。Fulvioさんのように大規模な農園全体を自然農に切り替えることがどんなに大変なことであるか。春から始まる相生農法で行う日本の稲作りが、どんな風に生かされて行くのでしょうか。そしてこの秋!ここで収穫されるお米が、ロンドンのいただき繕レストランでいただける様になります。新しい歴史がはじまります。
2009.09.22
コメント(0)

2010年より、新たな貊農苑がはじまる水田は、イタリア共和国北西部、スイスとフランスの国境に位置するピエモンテ(Piemonte)州、Vercelli(ヴェルチェッリ)郊外にあります。イタリア、ミラノとトリノの中間点で、トリノからは車で一時間ほど。この地方の名産は、ワインとトリュフと、、お米!アルプスからの豊富な清流に育まれた歴史ある水田地帯です。PIEMONTE ピエモンテ州政府観光局ホームページ<水田地帯>Google MAP2009年8月。農哲学院スタッフであり、ロンドンのいただき繕レストランのオーナーのルカの縁で、イタリアの農家さんを訪ねました。この地で長年稲作を行ってきたフビョウ(Stocchi Fulvio)さんです。7年前から徐々に有機農法に切り替え、3年前からは全てを有機農法での稲作りを行っているとのことですが、その誠心があっても大規模な農苑であるだけにご苦労も多いことでしょう。様々な自然農法を学び、実践してこられたようです。今回、農哲学院の“相生農法”の話を聞き、招いてくださいました。ここには、稲作りに欠かせない豊かな水があります。稲は、福井農苑と同様・・・雑草と共にのびのびと育っています。同様、まだまだ改善できることがあるようです。北海道よりも大規模な水田地帯。当然日本とは違った農法ですが、その機械の大きさは半端ではありません。フビョウさんは、母なる大地を極力傷めないようタイヤを小さく改良したりと心掛けていらっしゃるようです。そして、今回の出会いが縁を結び、農哲学院が行う“相生農法”による稲作りを共同で行うこととなり、農哲学院の水田として2ヘクタール(2町歩)の土地を使わせていただけることになりました。滞在できる部屋も用意していただけました。新しい貊(みゃく)農苑のスタートです。新たなチャレンジ、念願のヨーロッパでのお米作りです。年内には、稲作り経験者のスタッフ二名が、準備のため短期イタリアに入る予定です。相生農法では、水が要です。水が均一に流れるように畝を作り、現在のガタガタな大地を均さなければなりません。そして、農法の検討。イタリアには無い日本の田植え機を持ち込むことも検討しています。“いのち”に対する最善に向けて・・・不効率だと思えても、可能性がある限りやるべきことは全て実践していきます。私たちは農哲学院です。そんな訳で、農哲学院ではイタリアに向けての準備がはじまりました。実質的な過程も含め、心と身体の記録をこのブログに記していきます。事が起こるときのパワーを、私たちと共に感じてください。農哲学院同様、イタリア農苑に心を寄せていただけたら幸いです。ありがとうございます。(農哲学院一同)
2009.09.22
コメント(0)
全21件 (21件中 1-21件目)
1
![]()

