仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2007.06.15
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カテゴリ: 雑感
私は滅多に衝動買いはしない。貧乏性が身に付いているから、迷った場合には必ずカネの掛からない方を選ぶことになっている。

しかし今日は買ってしまった。帰りの書店で立ち読みしていたら、閉店の音楽が流れて、あわてて買ってしまった。

長嶺超輝『裁判官の爆笑お言葉集』幻冬舎新書031、幻冬舎、2007年

タイトルは営業コピー風だと思うが、中身はすばらしい。決して発言の表面的面白さを追ったものではない。裁判官が被告の更正を願って、あるいは社会への警告を込めて、または自身が判決を導くに至った苦しさを示して、判決理由中で、あるいは判決後の説諭で、また閉廷後に語りかけたりした発言を集めたものだ。

特に刑事事件では裁判官はいかに被告に納得してもらえるかに、心を砕くのだそうだ。国家が合法的に自由を奪う行為ではあるが、ものすごいストレスなのだと聞いたこともある。法の適用それ自体はデジタルの行為だ。そうでなければならない。しかし個別の事件の解決においては、被告を納得させ、また被害者をも理解させ、社会に一般予防の効果をもたらすような配慮が求められる。そんな困難な仕事に日々格闘する裁判官に、敬意を抱かざるを得ない。

著者は裁判傍聴マニアというプロフィールだが、丹念に資料を集めて記しているのだろう。事件に対する裁判官の姿勢を理解しようとし、また社会に向けたまなざしも感じる。心がある。

そして、ちょっと視点が違うことなのだが、この本の書き方が面白い。まず発言を紹介し、解説は必ず1ページで済ます。読みやすいが、それだけでない。発言の中には、上記のような更正を願う裁判官の言葉だけではなく、コラムネタ風の意外な裁判官のホンネ、これはいただけない偏見の発露、など玉石混淆である。こうしたバラバラのものを、「裁判官の言葉」という一点で横に並べ、しかも解説1ページの体裁にこだわる、という「美学」が素晴らしい。

形式は単一座標、悪平等的、なのに、中身はまさに色も重さも違う。うまく表現できないが、俳句やソネットの定型がむしろ無限の広がりを感じさせるようなもの、とでも言うか。くどくど書かないが、これら玉石の言葉を1ページずつにあえて簡潔に解説した、その集大成が、裁判官の人間性のみならず、現在の日本の世の中を、普段は感得しえない角度から、なのに何故かしら実感をもって感じることが出来る。

珠玉の著書だ。





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最終更新日  2007.06.16 00:05:05
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