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2025.04.03
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カテゴリ: 宮城


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大原槐軒は文政9年(1826)、桃生郡深谷赤井村に生まれた。諱を有鄰、通称を牧之丞また繁といい、槐軒は号である。家は代々白石片倉家の家中で知行512文、不易流の砲術指南を世業とする一方で知行地含め2町歩の水田を手作しており、微禄のわりに裕福だった。



文久2年(1862)に江戸、上方、四国方面を遊歴した。全行程およそ3千キロ、197日の長旅である。槐軒は克明な道中日記『飄遊紀程』を残したが、この遊歴の主眼は京都の入木道書家岡本保誠への入門修行(槐軒は執行と記す)であり、それだけに、詩を賦し毫を揮うなど、特色のあるものとなっている。なお、資料所蔵者は槐軒の後孫大原繁氏(赤井在住)である。

1 『飄遊紀程』について

横綴り約410丁の分厚いもので、「維持文久2壬戌年3月23日天晴卜辰出起」に始まり、「文久2壬戌年9月中旬 白石臣桃生郡深谷城赤井村住居 大原牧之丞有鄰 37歳」で終わる。

内容は、一般の道中日記と同様に、天候、宿駅、里程、旅籠屋と代金、寺社名所の由来と景観などが記され、学者文人らしい独特の記述が詳に簡に加えられている。

2 書家修行

文久2年3月23日、37歳の槐軒は飄然と旅に出る。家督相続前の部屋住みとはいえ農繁期を考えれば気楽なものだった。おそらく門人たち45人が小野の宿まで見送った。


一、小野
家郷□門送之輩、凡四十五人、当駅扇屋市之丞宅ニ而離宴ヲ開キ、別レヲ惜ム。予留別ノ詩ニ章ヲ賦シテ以鳴瀬川東岸ニテ分襟。

一、富山観世音 別当富春山大仰寺
右寺ノ庭ヨリ遠眼鏡ニ而松島八百八島眼下ニ見下シ金花山眺望宜しき風景也。絶景筆ニ尽し難シ。


一、松島
(以下略)


さながら現代の観光案内書で、このような調子で足と筆が進んでいく。第一夜は南宮村の慈雲寺、第二夜は仙台北六番丁堤通に住む同郷の先輩の大槻龍之進方に投宿した。龍之進は、赤井の俊才大槻三兄弟の長兄(蘭医大槻俊齋の兄)で、片倉家中から本藩の砲術指南役に抜擢された人物である。槐軒は龍之進の末弟善左衛門より西洋流砲術を習っている。

第三夜は岩沼の書家吉田菊庵宅。菊庵は岩沼邑主古内氏家中で、書道塾を開いていた(のちに角田県書学教授)。ここで「相共ニ詩ヲ賦シ毫ヲ揮ヒ終夜宴楽」とあり、書家修行の最初の揮毫をしている(道中で約50回)。岩沼から浜街道を上り、勿来関跡(源義家の古歌)、水戸で弘道館を訪ね、学頭青山延光その他名士と会った。




十日 晴又陰
飯後、大槻俊齋先生ヲ訪フ。先生今暁七ツ頃病死ト云。不堪悲悼、其家ニ滞留ス、折節大槻龍之進殿並佐藤半四郎居合セ、諸事都合能ク、御馳走ニナル。


大槻俊齋は、西洋医学所(東大医学部の前身)の頭取の職にあった。佐藤半四郎はその叔父で同じく片倉家中、赤井の隣の広渕村新田の住人である。龍之進ともども俊齋の病篤で出府していたのだろう。槐軒は12日の葬儀まで滞留。

江戸滞在中、師の閑齋に従って一関藩主田村侯屋敷に上ったり、木挽町に住む仙台藩の大儒大槻磐渓を候問したりした。

4月15日東海道を西上。鎌倉、江ノ島の名所旧跡を見て回り、18日箱根の関所にかかる。ここで槐軒は意外と愉快な体験をしている。


四月十八日 晴
(中略)
◎相州箱根御関所
右御関所ハ日本一ノ御番所也。両刀之者ハ厳シク被相正、手札ナシニハ六ヶ敷御関所也。予
手札モナク御国元ノ御印鑑所持致サズ瓢然トシテ至ル。故ニ甚怪マル。仍之書家報行(ママ)ノ為、上京ノ旨ヲ明白ニ申上ル。故ニ御役人方ヨリ試ニ書を望マレ、御椽エ腰ヲ掛ケ墨ヲ摺ナカラ即席ニ首ヲ賊シ、呈シケレバ、御役人方六人押シテ扇面ヲ所望アル也。扇面六本書シテ以呈シケレバ、各賞翫シ、慇勤ニ、御通リナサレ、ト申サルゝニ付、恭ク礼ヲ謝シテ起。然ルニ跡ヨリ僕壱人付来リ、箱根町ノ茶屋ニテ酒ヲ振廻ワレ、甚面白給候也。


日本一の関所を往来手形の代わりに、即席の揮毫実演で通った上に、役人から酒まで振舞われたわけで、大したものである。

4月21日には遠州掛川を過ぎたが、ここでもまた、「此宿ノ酒屋ニテ書を請ワレ、看板並唐紙四、五枚書、銘酒左ノ通馳走ニナル。養老酒、紫蘇酒、粟酒、肉桂酒、養命酒、密柑酒、薄荷酒、忍冬酒、梅香酒、菊酒。」と幸運を得た。翌22日は同国新井の林市内方に泊まる。その子の市三郎が当時牡鹿郡門脇村の齋藤恒治の許におり郷書を託されたので、それを届けて家を挙げての歓待にあった。「酒宴ノ上、書ヲ願ニ付、唐紙半切三枚書シテ与フ。其親類共掛物ニ分配ス。」

4月25日には名古屋城下に入る。「金のシャジホコ九尺五寸アリト云、光輝巍然トシテ堅固ナル御城也。」

翌26日は伊勢の津で、当代の碩学齋藤拙堂に面会できた。


藤堂侯ノ儒臣齋藤拙堂ヲ訪フ。折節病気ノ由ニテ不逢。故ニ玄関ニ腰ヲ掛ケ、詩一首ヲ賦シ、
強テ見ユルヲ請フ。果シテ面会ヲ得タリ。此人七十以上ノ老人ナレトモ、益壮健ナリ。坐談
見恵詩二首及額面一枚ヲ。


前年3月、仙台の新進詩文家岡千仭が大坂で拙堂に相手にされなかったが(同人『在臆話記』)、槐軒は玄関に居座ってねばり、詩2首と額面1枚をもらうなど厚遇されている。

4月27日からは伊勢参り。宮川、山田外宮、大神宮、天岩戸、高天原、天照皇大神宮、朝熊虚空蔵菩薩。酒宴のサービスに気をよくして、また、書家修行者ぶりを発揮して大いに謝金や贐儀を稼いだのだろう。

次いで、奈良、吉野、高野山と、多くの見どころを観遊する。5月5日に大坂に至る。大坂城。その夜、四国に向かう。船は仙台、出羽、南部などの者28人の乗り合いで、島々をみながら5月7日の暁七ツ時に讃州丸亀に着岸する(大坂ヨリ丸亀迄海上五十六里、一日二夜)。当日は晴れで、金比羅参り。さらに諸所をめぐり丸亀の船宿に戻る。ここでも、乗合客に書を施し謝義を得ている。

その後、海路で高知に至り陸路で丸亀に戻る。5月10日、播州赤穂に着岸し、赤穂城、姫路城、高砂、尾上、明石、須磨などの歌枕を尋ね、再び大阪に進む。道中は心ゆく旅だったようで記述が多いが、中でも湊川に立つ楠木正成の墓碑を丹念に写し取り、正成の忠節と水戸光圀の美挙を称える名文を撰した。(紀程中、詩文らしい作品はここだけ。数多く賦した詩もあえて紀程には書き留めていない。)


建武三丙子年五月廿五日、楠公及令弟正季公、合族之将十六騎、甲乙之卒六十余人、矢田部
郡坂本村医王山広厳宝勝寺ノ客殿二並ビ、坐シテ自殺ス。楠公年四十三。楠公墳上昔日栽梅
一株而巳。元禄辛未之歳、水戸黄門公、追懐其忠勇節烈、修荒墳建陣石、令朱舜水撰碑陰
文。鳴呼、非黄門公、不能使楠公忠勇不朽于後世也。非楠公、無以使黄門公之余感発動於他日也。宜矣。二公盛名于今藉甚于天下也。



翌日日中は大坂市内を遊覧し、夜に船に乗って京都に向かい明くる5月15日朝京都に着く。おそらく遊歴第一の目的地であり、しばらく書法修習に励むことになる。入洛翌日、槐軒は幕末三筆の一人とされた貫名海屋を下加茂の自宅に訪ねるが、病臥中で会えず。上加茂の岡本保誠とも会えず、翌日再度訪ねたところ在宅しており、入門することとなる(岡本先生ヘ入門シ、入木ノ法ヲ老師別邸之南窓ニ学ブ)。5日たって5月21日には早くも「入木道筆法伝授」されるにいたる。いかにも早い免許皆伝で、事前に何らかの根回しがあったのだろう。

京都滞在中は寺社参りや名所見物をしている。23日には師岡本保誠に伴われて御所を見て、24日には愛宕山大権現。京都滞在は10日間で終わり、24日旅宿を起つ。

帰程は、三井の晩鐘、近江八景、中山道。6月3日信州松本。文人たちと会い毫を揮う。5日には善光寺から戸隠山まで参詣。6月10日碓氷峠を越え横川の関所を通過。安中の旅籠で道中最後の揮毫をする。

3 江戸滞在

江戸着は6月13日。宿は往程と同様に樋口閑齋の官舎である。ここで全遊歴日数の半分近くにわたる長期に滞在する。この滞在は恩師閑齋が秘書兼助手役を頼んだのを断れなかったで、閏八月半ばまでに延びた。閑齋の塾近譬堂で代講をしたのは名誉なことだったろう。

樋口閑齋は仙台藩の儒員、通称を源吾、諱を本寧、号は閑齋。はじめ大槻平泉らに学び、江戸に出て古賀精里・穀堂父子に従学。帰仙して養賢堂に出仕し学頭兼川内小学校校頭に進む。齋藤竹堂、国分松嶼と仙台三才器と称された。

槐軒は滞在中、昌平黌に赴いて天下の才俊と交遊し、また在府中の名士を訪ねた。また、江戸市中の見聞や体験が克明に記されているが、たまたま猛威を振るっていたコレラに関する記事がある。

4 飄遊最終の程

江戸からの帰りは奥州街道を下り、古河、宇都宮、東照宮、白沢を経て阿久津。喜連川、作山。閏8月28日には奥州に入り、白河、仙台には9月8日着。江戸から送った荷物を受け取り、10日、家郷にむけ出発。南宮村慈雲寺に2泊、9月12日小野で門弟の出迎えを受け、八ツ時家郷に着く。





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最終更新日  2025.04.04 22:16:42
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