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初めて偏差値のでる塾の公開テストを受けました。プチーの偏差値、50にすら届きませんでした・・・・・。と言っても、テスト当日、プチーから「全然できなかった」と聞いていましたから、悪いだろうということは、予測できていました。得意なはずの算数で、とんでもないミス連発でした。返ってきた答案を見ながら問題を解きなおしたのですが、あまりの不甲斐なさに自分自身が悔しくて、涙を流しながらの[おなおし]となりました。「これ、知ってるのにぃ。(解けるのに)」と泣きながら問題を解くプチーには、この悔しさをずっと覚えておいて欲しいなぁ、と思います。プチーはこうして緊張感をうまく保てると、テストでも結構いい点をとれたりします。春期講習の最終日のテストでも、塾生と同じレベルの点をとれているから、と先生に褒めてもらいましたのにちょっと気を抜くと、途端にこれです。せめて上から三分の1くらいにはいたいものです・・・。塾のテスト、受け続けた方がいいことがわかりました。プチーはすぐ調子に乗ったり、気を抜いたりするからです☆今回始めて、まともなテストの[おなおし]を一緒にしてみましたがサリーも答えを見ないとよくわからない問題がありました。これから先、自分自身も一緒に勉強して、ついでにちょっと賢くなっちゃおう、と気持ちを新たにしました♪一方、問題集で散々解いたのと同じような問題も出ていました。そういう時、「問題集やっててよかった~」なんてなんだかとってもうれしい♪やっぱり、できるだけ沢山の問題を解くにこしたことはないなぁ。毎朝最レベ続けています。三年の最レベじゃありません、二年のです・・・・。ぼちぼち頑張ろう・・・。(ぼちぼちでいいのか・・・?)
2008.04.28
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算数の文章題を解いている時、妙に細かいことが気になるプチー。日本語をもっと勉強しないといけません。AさんとBさん、二人がそれぞれ違う枚数の折り紙を持っています。二人で38羽のツルを折りました。二人の折り紙の残りは、合わせて何枚ですか?と言うような問題がありました。それぞれが何枚持っているかは他の条件を見て計算すればわかるようになっています。つまり、二人の合計の枚数から、38を引けば、何枚残るかわかります。まず、プチーは、二人がそれぞれ38羽ずつつくると思ったようです。そこでまず、思い違いです。折り紙が足りません。二人別々に作る場合は、「それぞれ」とか「38羽ずつ」と書いてあるはずだから、これは、あわせて38羽、ということだ、と説明しました。(この時点で説明してよかったのかは不明・・・)次に、残りの折り紙は二人合わせて何枚か、だから、どちらもそれぞれの折り紙を使いきってしまってはいけない、と言い出しました。使い切ってしまったら、あわせられない、ということらしいのです・・・。いやぁ、それも、もう、二人まとめて考えちゃっていいんじゃないの?と、横から口を出してしまいました。持ってる人も持ってない人も、一緒に考えていいんだよ。人数が多かったらそういうこともあるでしょ、なんて言ってプチーを無理やり納得させました。二人合わせて、と書いてあるからと言って、絶対あわせないといけないわけじゃないと思うんだけど、とかブツブツいいつつ、うまく説明できませんでした。これがいわゆる、読解力不足・・・?国語の大切さを痛感した次第です。こんなこと、読めば直感的にわかることで、理屈抜きに理解して欲しいなぁ。国語ができない子は、算数もできないのかもしれません・・・☆どうしましょう・・・。
2008.04.25
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クラス替えにより、三年生もまた、新しいクラスメートと先生になりました。先日、初めての授業参観へ行ってきました。今年の担任の先生は、とにかく「勇気をだして、手をあげて発言して欲しい」と子供達に訴えるタイプの先生で、そのせいかどうかわかりませんが手をあげる子がとても少ないのが印象的でした。プチーは人前で発表したりするのが苦手なので、この先生と共に一年間頑張ってちょっとでもかわってくれたらうれしいなぁ、と思います。先生は決してプレッシャーをかけるようなタイプではなく、もうちょっと頑張ろう思いを口から吐き出そう、と持っていってくださいます。ですが、手をあげることに何の抵抗も感じない子と手をあげることにとても勇気のいる子と、色々いますから、どうしても手をあげる子が限られてしまいます。手をあげない子は頑なにあげないし(プチーも全くあげませんでした。去年は毎回、というくらいあげていましたのに)あげる子はいつでもあげます。先生は、まだ一度も当たっていない子をあてたいのに、そんな子はもういません。一度もあたっていない子は、手をあげた途端、先生に当てられるはずです。そう思うと余計あげられないのかもしれません。手をひたすらあげつづける子、下を向く子、ぼ~っとする子。先生は、そんな中、誰をあてようか、毎回散々悩んでらっしゃるのでその待ち時間が、だら~りとすぎていきます。なんとなく、だらけた雰囲気の中、授業が進みました。子供達を観察しておりますと、手をあげている子の半分くらいの子はイスを、がったんごっとんさせていることに気がつきました。一方、手を全くあげない子の中に、イスを動かしている子はいませんでした。つまりこれって、おとなしいか活発か、それだけの違いなのかも、と思えてきました☆あるいは、どのくらいリラックスしているか、気持ちの持ち方が全然違うのかもしれません。プチーは普段は落ち着きが無いタイプですのに、この時はひたすらじっと座っていました。緊張していたのかもしれません。活発な子は、ちゃんと臆せず手をあげるけど、イスをがたごとさせてしまう。おとなしい子は、手はあげられないけど、きちんと座って話を聞いている。サリーには、どちらも、子供らしい姿に見えました。イスのぎっこんは、ちなみに、二年生の時は、ことごとく禁止でした。絶対してはいけないことの一つでした。危ないからなのか、落ち着くためなのかは知りません。これが小学生にとって、絶対禁止にするほどの行為なのか、一般的な意見はよく知りません。ですが、もう三年生ですし、じっとして人の話を聞くように注意するのは厳しすぎるとも思いません。体は休み時間に動かせばいいんじゃないかしら。どちらにしろ、なんとなく良さそうなクラスだな、という印象で帰ってきました。先生も年配の先生ですのに、まだまだ希望を捨てきっていないような前向きな姿が好印象です。真面目でひたむきな先生でした。ようやく、新しいクラスにもなれてきた様子のプチー。今年一年楽しく過ごせるといいなぁ。
2008.04.24
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年代や地域が違うと、話す言葉も違ってきます。そうやっていろいろな話し方を聞くことって、とても大切なんじゃないかななんて思っています。最近つくづく思います。プチーは時々、面白い表現を使います。「間違って」という意味で「あやまって」と言ったり「こわかった」と言わず「震え上がった」と言ったりします。これを聞くのがなんだか、楽しくて、こういうプチーの日本語が好きです。普段簡単な言葉しか使わないからこそ、こういった表現が目立ってなんだかおもしろく感じます。学校でのことを話すのに「今日さ~、あやまってジャングルジムから落ちちゃったぁ。」という具合に、普通に話します。なんだか、話している内容とマッチしない、というのか、この会話にこの「あやまって」という表現が、どうも、おかしい。話の固さが違うように思います。亡くなる、とは言わず、「この世を去る」なんて言ったりもします。どこかで読んだか、聞いたか、した表現なんだと思います。プチーがこういう言葉を使うと、ほとんどの場合、前後関係によりどうもちょっと[変]な響きになります。話のトーンがあっていないような感じで、決して的確な表現ではないのです。ですが、言葉ってこうして使ううち、色々使い方をわかるようになってくるんじゃないかと思うので、今のところ、ほぼ全て聞き流しています。年配の人と話すと、使う言葉の違いに、驚くことがしばしばです。義母なんて平気で「こさえる」なんて言います。「ほかす」とか「まんまんちゃん」とか「へたる」なんて言葉も使います。体を伸ばす時は、いつも「うぅぅっつ、うぅぅぅっつ」と言います・・・・。今すぐに思い出せないのが残念ですが、沢山、サリーの知らない表現を使います。関西弁なのか、今はあまり使わない表現なのか、よく知りませんがこういう言葉のバリエーションは、知っていて損はないんじゃないか、と最近つくづく思っています。「えりすぐりの」とか「いいあんばいだ」とか、普段サリーが使わない表現を使って会話する、ちょっと年配の人の会話を聞くことは、楽しい経験です。プチーの今年度の担任の先生は年配の先生です。言葉遣いもとても丁寧でこの先生にも期待しています!それと同じで、もう既になくなった世代の人たちが書いた作品を読むのもまた意外と楽しいものです。うちにある[あしながおじさん](日本語)は、随分前に日本語に翻訳されたもののようで、日本語が古めかしくて丁寧で、とても気に入っています。(うちのあしながおじさんはポプラ社のあしながおじさんです。 翻訳本が嫌いなサリーですが、この翻訳本は大好きです♪)床は拭き清められていたり、子供達がいそいそしたり、破れているズボンにつぎをあてたり。どの行為も、普段しなれていることかもしれませんが、拭き清める、なんていう言葉も、つぎをあてる、なんて言葉も、サリーは使いません。(少なくとも話し言葉には使いません)床なら[雑巾がけ]、穴があいているなら[縫う]で、済ませてしまいます・・・。こんなサリーと一緒に暮らすプチーですから、日常使う語彙はごくごくシンプルな必要最低限な表現になってしまいがちです。本を読むといい、というのは、こういうわけかな、と思います。本から色々なことを学んでいます。そう言えば、歴史ものが好きなプチー。「ママ、恋って苦しいの?」と聞かれた時は、その話がどういう方向へいく予定なのかわからず、思わず「どこにでてきた[恋]?」と、たずねてしまいました。百人一首の本に、しょっちゅうこの手の話題がでてくるそうです。恋って苦しい、だなんて、今聞くとなんとも新鮮です☆自由な世の中になったんだなぁ、とつくづく今の毎日に感謝してしまったりします。最近本をゆっくり読む時間をとってやっていないなぁ。読書の時間、なんとか確保したいなぁ。
2008.04.23
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塾の試験を受けてきました。今回は初めて、お金を払ってまともな試験を受けてみました☆今までは、テストも春期講習も無料のもので、つまり塾へ通っていない人が対象のものを受けてきましたが、いよいよ、塾へ通っている子供達が受けるのにまじってテストを受けてみました。・・・また時間切れで、途中までしか出来なかった、と言います。前からそうですが、プチーはいつも、問題を解くのが遅いのです。最初にでてきた計算問題が遅かったのか、文章題が遅かったのかわかりませんが最後、いくつもの文章題を解き残したまま終了となってしまいました。速く解くこと。これが意外にもしつこく、のしかかってきます。サリーはせかされるのが嫌いです・・・。プチーも同様です・・・。だらだらしていたら叱りますが、のんびり考えることに関しては今まで寛容でした。よそ見をしたり、消しゴムで遊んだり、そんなことをしなくてもどうやら純粋に時間が足りていない様子ですから、もう少し時間を区切ることを意識しないといけません。そう言えば春期講習の時も、ことごとく時間を区切られ、やり残したまま帰ってきた問題がいくつもありました。時間を区切ることの大切さを、面談の時に教えてもらったんでした。時間を区切らないで、だらだらやれば、誰でもできますよ、と言われたんだった・・・。速く正確に解けるからこそ、他の子達と差をつけ、ぐんと前へ一歩進むんだろうなぁ。他の子達と、差をつける必要など無いプチー。どうか、まずは、人並みレベルになって欲しい・・・。テストが終わって続々と出てくる子供達は、それぞれみんなテストの話をしています。答えは5番と7番だ、なんて色々言いながら、みんな出てきます。プチーだけ、もうテストのことなんて忘れてしまったような顔つきででてきました。はぁ、疲れた~。お腹すいた~。(お腹がすくような時間ではありません)エレベーターの中でも、ご飯の話をしていた私たち。一方、同乗していた残りの二親子は、どちらもテストの話をしていました。テストの話をする親子たちを見て「もういいやん。終わったばっかりなんだから。」なんて思っていましたが、やはりもうちょっと、勉強に対して関心をもっていかないといけないなぁ、と反省しました。テストの話をすることは、タブーでもないし、遠慮することでもないんじゃないか、と、少し思えてきました。テストの前も「頑張ってね」とは、よう言いません。「わからないところを見つけるためのテストだから わかるところは、きちんと解いて来よう。」こんな妙な励まし方をして、送り出しました。どうも、プチーにうまく、いい意味でのプレッシャーをかけられずにいます。なにがこわいのか、何に気を遣っているのかわかりませんが、頑張り屋のプチーをうまく励ますのが本当に難しいのです。頑張り過ぎなくていいから、といつもそんな言い方になってしまいます。プチーは気を抜くと、とことん気を抜きます。今まで英検を受けてきたから、知っています。底力もあるけれど、とんでもないちょんぽ(うっかり間違い)もする。常に点数が不安定で、浮いたり沈んだりが激しいのです。だからこそ、気持ちが大切になってきます。いい点とりたい、この気持ちを起こさせないことには、どうしようもないような気がしてきました。何をさせても、とりあえず真面目にこなすような子ではないから本人をその気にさせないといけません。今回、テストの点はかなり悪いはずですから、うまく利用しないとなぁ。塾へ行くメリットって、気持ちを高めることでもあるのかな、とそんな気がしました。
2008.04.21
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最近朝、必ず算数の計算をするようにしています。文章題ではなくて、計算問題です。三桁の足し算、引き算。三桁の掛け算。初歩的な割り算。これらをまず筆算で。ここまではプチーが勝手にやって、サリーは答えあわせをするだけです。ここから分数の計算、小数の計算、比の話をする、というのを続けています。前半の計算は、できて当たり前。後半の分数、小数、比、は忘れてて当たり前。という視点で両方を取り入れ初めてまだ一週間ほどだと思います。なんだか楽しくて、プチーものってます。どうして楽しいんだろう、と考えたら、これはまだ学校で習っていない分野だからなのかもしれない、と思えてきました。ちょっとですが、先取りです。ですから、できなくても焦る必要がありません。まだちゃんと習うまでには間があるから大丈夫、という余裕が気持ちを楽にしてくれます。まだ習っていないことだから、知らなくて当たり前。覚えこむ必要もありません。余計な話もしながら(例えば小数第二位、第三位の話など)考えたり納得したりさせながら進めています。(四年生用の簡単問題集は、今年は新算数力プリントにしました。 三年生まで使っていたスーパー習熟プリントと同じようなパターンですが 気分転換に、ちょっとシリーズを換えてみました☆ 参考書としてはまだ学ぼう!算数)を使用中です。)理科でも、三年生だけの知識では、どうも物足りなくて、四年生のものもあわせて学習していました。細かいことなど何もやっていませんが、三年生の教科書(市販の新しい理科の教科書)では、中途半端にしか触れられていない電気の話も四年生の参考書(まるわかりシリーズ)では直列、並列、に踏み込んで説明してあるのでそちらも一気に済ませてしまうことにしました。一度に説明した方がわかりやすいですし、決して難しすぎる話ではありませんでした。今理解する必要のない内容ですから、どうして直列の方が明るいんだろう、なんて雑談のように話をしながら進めることが出来て楽しくおしゃべりできました。これに気をよくして、更に五年生の理科も購入しました。ここまで来ても、種子の話だったり、魚の産卵の話だったり、プチーにはおなじみの話題が沢山出てきています。よく考えたら、もっと難しい事典を読むのが好きなプチーですから、このくらい大丈夫でした。小学生の理科って雑学レベルなのか、と初めて気が付き、なんだか最近理科も楽しく進めています。先取りってなんて楽しいのかしら☆しなくてもいいことをやっている、という心のゆとりが、なんとも心地よく今のうちに、とりあえずいろんな話をしてやりたいなぁ、と思いました。社会なんて、更に張り切って六年生の社会を購入☆理由はただ一つ。プチーは地理より歴史の方が好きだからです。学年の枠ってなんなんだろう。意外と何の根拠も無かったりして?なんて思えてきました。自由にやっていこうと思います。(漢字だけは学年の壁を超えられない・・・・。 該当学年の漢字を覚えるだけで精一杯です。 暗記物はだめだぁ・・・。)
2008.04.17
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公文式英語を始めて一年余りが経ちました。最初は楽勝ペースでしたが最近は、這うように進めています。N教材に入りちょっとましになりましたが、M教材は本当に苦痛でした。和訳、語彙の日本語訳、それに加えて、設問の形式が、どうも性にあわず必死で進みました。(解くのはもちろんプチーですが、サリーのフォロー無しではどうしようもない状態でした。なにせ漢字が読めませんから・・・)最終教材(O教材)まであともうちょっと、という思いがありました。二年生が終るまで、とにかく一年以上は続けたい、という思いもありました。一年も経たずにやめるのは、逃げたり負けたりしたみたいで、嫌だから、というそれだけの理由で、意地で続けてきたつもりです。公文式英語をやめたい、と感じる時、一番多い理由は「こんなのやってて意味あるの?」という、漠然とした不安感や脱力感のようなものでした。こんな細かいこと、わかってる必要あるの?ここまでやる必要あるの?時間ないのに。そう感じてはイライラしていました。そして、四月から帰国子女向けのサタデースクールへ通い始めたプチー。アメリカンスタイルで、英語を学ぶこととなりました。先日、始めての宿題と格闘しながら(量が結構多いのです)なんだか嫌気が差してしまい「こんなのやって、意味あるの?」と、ふと思ってしまいました。「ここまでやる必要あるの?」と、思ってみて、「あ!」と気がつきました。公文式の英語をやってる時と同じ気持ちだ・・・。そうか、これはルーザーの決り文句だったのか・・・。こんなのやって意味あるの?なんて感じているうちは、何をやっても成功しないんだ、と初めて気がつきました。公文式の、典型的な日本式英語教育でも、サタデースクールのアメリカ式英語教育でも、緻密で面倒な作業がともなうことを実感しました。面倒なことを避けて通ってしまったのでは、これからプチーの英語が伸びることはないんだろうなぁ。小さいうちは、「自然に」英語を身につけてきました。その成果に、ビックリしたり、喜んだり、の連続でした。でもいつの間にか、文法を学んだり、言葉を覚えたり、面倒な作業が増えてきてなんだか英語が大変に思えてきました。こんなにやんなきゃ、英語は上手にならないの?こんなの、効率悪いんじゃないの?と常に不満で、かけた時間や労力の割には英語力が伸びていないように思っていました。でも、これはある程度のレベルまできたからこそだ、と喜ぶようにしよう、と今必死で自分に言い聞かせています☆ここからは誰もが必死になる、その位のレベルにまで来たんだ、きっと。ラクラク進める道のりは、予定通りラクラク歩んできたのですから(この時点で疲れちゃう人もいるはずです)ここから先は、苦労覚悟で進んでいかなくっちゃいけません。日本式教材で英語を学んでも、アメリカ式教材で英語を学んでも結局は同じなのかもしれません。どちらか一方だけを試し、うまくいかなかったから、とその教授法や教材を攻めたとしても、それはただの言い訳でしかない、と知りました。どちらにしろ、しんどい思いをしただけ、成果が返ってくる、と思えるようになってきました。どちらの教材でも、知らない単語が沢山出てきますが、本人のやる気と母親の意地で、乗り切っていこうと思います。国語や算数の問題集もやりたいんだけどなぁ・・・。
2008.04.13
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先日お花見がてら、近所の公園へ行きました。毎年恒例、オタマジャクシ捕りもしてきました。公園の中に小川が流れています。天然の小川ではなく、多分子供達が水遊びするための小川です。そこへ毎年おそろしい数のオタマジャクシが生まれますので、毎年毎年捕りに行っています。その公園へは、幼稚園の頃から何度も遠足で訪れたことがあります。遠足の時は、ビニール袋にオタマジャクシを入れて持って帰る子もいるくらいみんなオタマジャクシを捕りまくるのですが、毎年春にはまたオタマジャクシの宝庫となります。サリー達が行った日も、やはり何人かが虫あみや、昆虫飼育箱(?)を持ってきていました。おたまじゃくしを捕りにやってきた子供達です。ですが、大半がお花見の人達でしたので、小川のまわりにはビニールシートを敷いて座っている人の方が多くて、あみを片手にウロウロしている人は、あまりいませんでした。プチーと一緒に小川に近づきました。小川のまわりにはロープが張ってあり「入る時は足元に気をつけて」と注意書きがしてあります。立ち入り禁止ではありませんが、ロープを超えないと入れません。オタマジャクシを捕るプチーを見て、ロープの外側から、三歳くらいの女の子が自分も水辺へ近づきたい、と言いだしました。ですが、水辺へ近づくような格好もしていませんでしたし、お母さんもそのつもりではなかったらしく「あそこへは、入っちゃいけないんだよ。」と、おっしゃいました。ですが、その女の子からは、プチーが見えています。「大きくなったらいいの?」とたずねています。お母さんは「大きくなってからね。」と、おっしゃいました。そして「中にはお魚なんかもいるから、入らない方がいいんだよ。」とおっしゃいました。ですが、その女の子には、大きな虫捕り網をもったプチーが見えています。「でも、なんか、とってるよ。」と、しつこくお母さんに詰め寄ります・・・。お母さんは別に、サリー達に嫌味を言うつもりではなかったと思います。ですが、結構大きな声で「オタマジャクシは、ここに、そのまま住んでる方が、幸せなんよ。 捕って帰ったら可哀想や。」と言い放ち、お嬢さんを連れて立ち去りました。結局何匹か連れて帰ったものの、どうも後味が悪くて、車の中でプチーと話をしました。あのお母さんが言うように、オタマジャクシは、あそこにいる方が幸せかもしれない。だからこそ、捕って帰ってきたオタマジャクシには、最高の環境を用意し精一杯育ててあげよう。バケツの中に入れっぱなし、なんてことはせず、家に帰ったら早速住みやすいおうちをつくってあげよう。まず最初に断っておくけど、あそこは、入ってはいけない場所じゃないからね。入っていいからこそ入ったんだからね。オタマジャクシを家で育てることは、決して可哀想な事じゃない、とママは思ってるよ。精一杯世話をして、観察をして、飼ってみないとわからないことを発見しようね。しつこく、その話をしました。プチーは「ママがこうしよう、って決めたことだから、正しいことだと思ってる。」と、言ってくれました。なんとも言えない気持ちですが、今年もオタマジャクシを飼います。子供の昆虫採集、小動物飼育に反対のご意見をお持ちの方に、是非ご意見をうかがいたいと思います。捕って返って飼う、ということ、これは、いけないことでしょうか。子供の教育、という面も考慮に入れ、ご意見を聞かせていただけるとありがたく思います。また、飼うよりもいい方法(例えばマメに観察に出向く、など)もご提案いただけると、うれしいです。
2008.04.09
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春休み、最後の最後に、焦って問題集を解いています・・・。二年生用の問題集を、まだやり残したまま三年生になってしまいそうです・・・。はなまるリトルの算数の問題を解いていたときのこと。式を書くことに苦労している様子のプチーが言った言葉。「この数は出てきて無いから[しき]がいるなぁ。」感激しました~!こんなこと賢いお子様方は当然認識していることですが、プチーは今まで頭の中で勝手に暗算でだした数字を、式に使ってしまうことが多かったのです☆何度もこの点を塾で注意されたようです。塾の春期講習へ行ってよかったわ~♪(無料だったし♪)(はなまるリトル二年生用も無事ぎりぎり終了しました♪)国語でも、いいこと言ってくれました☆塾の最終日にあったテストの間違いなおし(みなおし)をしていた時のこと。このテストの答えはもらっていませんからサリーも一緒に考えながらすすめたのですが、答えがわからないものが続出してしまい(サリーは国語が苦手です・・・)プチーと意見が食い違ってばかりでした。何問か答えのわからないものがあったのですが、そのうちの一問に対しプチーが言いました。「これであってるよ! 答えはすぐ前に書いてあるんだから!」うわ~、ホントだ~。サリーが間違っていました。なるほど~、国語の問題ってそんな風に考えて解くのか~、と激しく納得してしまいました。これも塾で教えてもらったそうです。「そのこと、絶対覚えといてね!ママ絶対忘れるし!」と、頼んでおきました☆サリーは国語の問題を解く時いつも、文章を読み、内容を把握しあとは、[雰囲気]で解くので、論理的な理由付けなどないまま答えを選ぶのですが、国語にも、[問題の解き方]があると初めて実感しました。教えてもらっていたらすぐわかることですが自分で発見するとなると、なかなか難しい法則のようなものがあるのなら是非教えて欲しいなぁ、と思いました。今までまともなことを言わなかったプチーが初めてまともな小学生らしいことを言ってくれて、とてもうれしく思っています。塾へ毎週通うとなると、話は全く別で大変なのでしょうが、三年生の間は欠かさず夏期講習や冬期講習にも通わせてやろう、と思いました。ちょっとしたいい刺激になります。昨日は論理エンジンもやりましたがこちらもまた、上出来なくらいよくできていて、なんだかとっても気分がいいわ~♪(この問題集は読み手を楽しませてくれるような文章ばかりなので 一緒に読むサリーも楽しめます。 実際の試験問題が興味深い問題とは限りませんけれど・・・)春休み、ちょっとだけ賢くなった(はず)プチーで~す♪
2008.04.05
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三年生になるから、社会と理科の本が欲しいなぁ、と思って本屋さんへ立ち読みに出かけました。先取りとして読んでもわかりやすい簡単なものを、と探したのですが、問題集の数に比べ、読み物(参考書)の数が少なくプチーでもわかりそうなものが、なかなか見つかりませんでした。結局理科のためには基礎から発展まるわかり小4理科というものを選びました。難しい解説は必要ないのでとにかくわかりやすいものを、と思い選びましたがプチーの反応はまずまずでしたので、とりあえず親しみやすい単元から少しずつ読んでいこうと思っています。ほとんど写真や絵なので本当に見やすい本です♪[発展]とか[くわしく]というコーナーが欄外にあり、興味のある事柄についてはよりつっこんで知ることができるのも、よさそうです。理科の先取りは、このシリーズでいこう♪と思います。以前購入した新しい理科の教科書(小学3年)は、物足りないほどわかりやすいのに今回の四年生用の理科は結構難しい事柄がでてきます。三年から四年で、ぐんと勉強がむずかしくなるんだろうなぁ、となんだか嫌な予感がしています・・・。社会のための本選びは、難航しました。サリー自身、地理には全く興味がわかずどう導入していいのか見当もつきません。結局人物で知ろう!日本の歴史にしました。白黒で、なんともそっけない本ですが、プチーの好きそうな人物も何人かいたのでそれだけで、この本に決めてしまいました・・・。歴史なんて四年生では出てこないはずですが、歴史のほうが面白そうなんだもの・・・。この本に対する反応はかなり不安でしたが、既に持っているタイムトラベル日本歴史カードとあわせてかなり気に入って読んでくれている様子です。小野妹子が男だと知り驚いたり、卑弥呼の苗字はなんだろう?と考えたりまだまだそのレベルですが、理科よりは社会の方が最近楽しいらしくうまく興味を引き出せたらいいなぁ、とたくらんでおります。織田信長の兄弟が何人だったとか、小林一茶の家族は短命だった、とかそんなどっちでもいいことばかり覚えてくれるプチー。覚える必要などない今だからこそ、沢山のことを覚えて欲しいなぁ、と思います。いよいよ来週から三年生。これから行楽シーズンですから、週末に色々な所へ出かけていきたいと思います。
2008.04.03
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春期講習を終え、最終日のテストも終え、その翌日、塾の面談へ行ってきました。もう一つの塾では、面談には是非子供を連れてくるように、と言われました。面談で、テストで間違った所の解説もするから、という説明でしたので連れて行ってきましたが、具体的な解説は特にありませんでした。今回春期講習にも参加したこの塾では、面談に子供を連れてくる必要はない、と聞きましたので、プチーをわざわざ家で一人で留守番させて、サリーだけが行ってきました。結構厳しいことを言われる、と聞いていたのでなんだか心配でしたのでまずはサリーが一人で偵察に行ってこよう、という気持ちでした。算数は、よくできている、と褒められました♪塾生と同じレベル、と聞き、ほっとひと息♪国語は・・・・・全くわかっていないようではないけれど解いてきた問題数が絶対的に足りていない、と指摘されました。この問題は正解率が低いけれど、正解できているからよくできている、とかここのひっかけは、他の子同様見事にひっかかっているから気を付けるように、とかこのあたりの「知っていさえいれば解ける文法問題」は、塾生なら満点とれるからここで点を落としてしまってはいけない、とか、色々と具体的に指摘され、とても参考になる面談でした。一通りテストの点数や中身に関する解説があった後、何か質問はないですか?とたずねられ、なにをたずねていいのやらよくわからず、とりあえず、他のお稽古と重なっているので、塾へは通えない旨を伝えました。これから、夏期講習などの短期でなんとかつないでいけば大丈夫だけど入室基準がどんどん厳しくなってくるので、そこだけは気をつけて、と釘を刺され面談終了です。勧誘は一切されませんでした。それどころか、力をいれているお稽古があるのであればそちらをやめるべきではない、という忠告まで受けました。(塾にとって魅力的な生徒ではなかったせいもあるでしょうが 勧誘しないのは、人気塾だからこその余裕かな、とも思いました。)がんばってますね~よくできてますよ~という言葉からは、何も見えてこないけれど、今回の面談のように具体的に指摘されることにより、これから、どこを注意しながら勉強をみてやればいいのかちょっとわかった気がしました。なかなか営業上手でした。是非入塾を、とすすめるわけでもなく、ですが無料にもかかわらず的確なアドバイスをしてくださいました。決してえらそう、というわけでもありません。段々えらそうになってくるのかな・・・?大手進学塾というと「この講習も受けないと(もちろん有料)合格は無理ですよ」と、色々な講習を山ほどとらされて、搾り取られるイメージがありますが実際の所はどうなのかしら。どの塾も、大きな理想があり[実現すれば立派な目標]を掲げているけれどそれを全ての先生へ、末端へと浸透させるのが難しいのかなぁ、と感じました。すみずみまで浸透しているかどうかにより、なんとなく、だら~んとしたのんびりした雰囲気になるか、ピシッとした雰囲気になるのかが決まるのかもしれません。のんびりも魅力的。ピシッとも魅力的。プチーにはどっちが向いているのかな。
2008.04.02
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