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先日、我慢していた歯の治療を始めました。急に奥歯が腫れ、驚いて触ると驚く程ぐらついていたのです。全く気が付きませんでした。朝晩、特に歯茎を中心に磨いていたので歯茎が悪くなる事は少ないだろうと思っていたからです。それ以後、触れると痛い奥歯の歯茎を一生懸命マッサージする様に歯磨きしました。それでもぐらつきは直らず、歯茎の痛みも消せませんでした。触ると痛い位なので辛抱していましたが、ぐらつきが急に酷くなり自分でも抜けるのではないかと思う程に。やってみましたが、簡単には抜けそうにありません。そこで舞台から飛び降りる覚悟で歯医者に向いました。歯医者は嫌いです。歯医者さんは「奥歯は抜くしか方法がありませんが、その奥に親知らずが横向きに生えています」とのたまいました。「親知らずが伸びて奥歯を横から押し込んだのでぐらついたのです」とも。この一言が地獄の入口でした。「親知らずはこのままでは悪さをします。一緒に抜きましょう」「はい」としか言えませんでした。レントゲンは中途を含めて三回。確かに大きな石の様な歯が奥歯を押していました。奥歯はあっという間に抜けましたが、親知らずは悪戦苦闘。思いっきり口を開けているのに「もっと大きく」直に開口器を装着。あごが外れそう。メスで切り開いて親知らずを取り出します。ドリルで砕いてテコで引き起こしているようです。歯医者も力仕事だとつくづく思いました。唇の端をテコのささえにします。痛い。口が裂けそう。左右のあごの支店が歯医者の押す力でネジ曲がるかも。痛い。麻酔がかかっているのに痛い。花粉症なのに鼻で息をして下さいだって。ドリルとテコの繰返し。とてつも長い時間。看護婦さんの頑張って下さいは何回聞いただろう。勝手に涙が出てしまう。思い通りいかない医者が看護婦を叱る。震災で亡くなった方を思い出しました。もっと苦しかったんだから負けない様に辛抱しよう。今まで生きてきて一番肉体的に辛い出来事でした。震災を思う事で辛抱出来たと思います。終わりましたと言ってから、まだ残っていました。どうなってんのや。手術の時間は一時間二十分。口が開いたままでした。テコの支店になった右の唇も傷だらけ。こっちには麻酔は無しやで。歯医者で顔に傷が出来るなんて聞いた事無かった。お医者さんの言い訳をたっぷり聞いて帰りました。
2011年03月28日
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今日、下職や得意先を回って工房に帰ると、来られる予定のお客様が既に座敷に上がり、着物や反物を広げて居られました。来られたお客様は神戸からで、二人とも着物姿。弟と話して居られたのですが、入口には別の二人のお客様が。ところがお客様同士が意気投合して着物談義の最中。神戸のお客様は我が工房の良さをアピール、恐縮していたのです。相手のお客様は東京から。仰るには東京の放射能汚染から逃げる為に京都へ来たとの事。取る物を取らずに慌てて家を出たとか。まあ大層なと思いましたが、神経質な人なら考えるかも知れません。勿論懐に余裕もないと無理な話ですが。事故の現場でない限り今の所、全くと言って良い程近郊でも安全な数字です。ましてや可成り離れた東京で被曝と言う事はありえません。今の所。しかし、格納容器が壊れたとの報道が事実なら、スリーマイル島並の放射性物質の空中放出が現実のものとなります。一応核反応は停止しているのですが、冷却不足が再び核分裂を引き起こす可能性もあります。そうなると原子炉容器の破損と言うチャイナシンドロームが懸念されます。チェルノブイリ級の事故となれば百年単位で近隣に住む事は出来ない事に。東電は隠していると言うより、津波に寄ってディーゼル発電機の故障以前に機器の故障が生じていて事態が掴めていないのではないでしょうか。別の発電機を持ってきて、付け替えれば良いだけな筈です。それなのにそれをしないと言う事は電源のスイッチを入れても水を注入しない電気或は電子機器の故障が生じていると思います。原子炉メーカーも名前が出るのを恐れて現場に行っていないのかも。情報の無さは人々を疑心暗鬼にさせます。ボケた事を言っていないで明らかにせえよ!
2011年03月16日
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大惨事になってしまいました。衝撃的です。皆様は大丈夫だったでしょうか?工房のお客様の中にも被災地の近くに住んで居られる方もいらっしゃいます。震災からこれだけ経ってもまだ停電のままの所が沢山残っています。寒い地域なのに暖房もままならない状況。火を持って走りたい気分になります。そんな所にはテレビもパソコンも通じません。文明は自然の脅威にはひ弱なものでした。原発もあわやと言う所まできましたが、なんとか出来るというお話です。しかし、安心出来る所までには至っていません。東京でも帰宅をする人達は寄り添う様に助け合っていたそうです。勿論、現地の避難場所でも。日本人の良い所だと思います。早く元の生活に戻れます様に。
2011年03月12日
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先日知った情報では、生糸の産地農家は価格の上昇を喜んで生糸の生産に力を入れ出したとの事。価格は上昇前の四割高。こんな嬉しい事はないと頑張り始めた様です。インフレで生糸の生産なんかやってられないと言う人達が帰ってきて、生産高も二年続きの減産から増産に変移したとの事です。しかし、ちょっと待て!生糸の価格は高騰前の二倍半、生産農家の販売価格は四割高。何処か、計算に狂いが生じています。中国人は世界一の商売人。足下を見るのはお手の物。世界的な大富豪が出る筈です。儲ける為なら何でもありと言う事を念頭に置いて相手をしないと、馬鹿を見るのは真面目に良心を信じて商売する人間だけだと思い知らされる筈です。中国の大富豪の人名が明らかにされましたが、その大半が共産党の幹部だとか。権力を使って富を増やしたのが明らかになったのですが、これで暴動が起きないのでしょうか。これを公表したのも不思議なら、黙っているのも不思議。不思議な国です。日本でも公務員の給料が民間より高額になって何年も経っています。公務員の給料は国民の血税そのもの。日本は国民が公務員に奉仕する不思議な国です。
2011年03月07日
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呉服屋さんは全国にわんさとあります。大分減ったと言われていますが。その呉服屋さんとは違って全国に京染屋さんと言うのが沢山ありました。お客様には先に白生地を売っておいて、必要な時に誂えの見本帳からお客様が柄を選んで京都の染屋さんへ発注するというものです。誂えだけで儲からないと呉服屋さんの様に出来上がった着物類も販売する様になっていました。その注文を受けていたのが京都の誂え悉皆屋さん。有名なのが一度破産した「ホリケン」さん。お得意先の数が圧倒的に多かったので、誂え以上に呉服の販売高が多くなって何処で道を間違えたのか倒産する事になりました。ホリケンさんの販売する量が半端でなかったので、京都の製造卸問屋はこぞってホリケンさん詣でに勤めた程です。それほど、「京染屋」さんの数も販売量も多かったと言う事です。しかし、京染屋さんは減りましたね。何にも噂を聞かなくなりました。誂えの見本帳や枡見本のブックを販売する染工場も激減。一年に一度発表する展示会はみやこめっせでいまだに開催だけはされている様ですが。読者の皆様の近くに京染屋さんが存在していますか?殆ど見かけなくなったか、呉服屋さんに変身したかのどちらかだと思います。時代はどんどん変遷していますね。さて、話は変わりますが、今日福岡からお客様が来られました。奥様が八十才の老夫婦。昨年三月にお越し頂いたとの事でしたが、憶えていませんでした。その時見た「遊小紋」を見て、次回来るときは注文しようと考えていたとか。このお年でお茶を嗜まれるとか、その仲間では最高齢だとか。遊小紋の注文を頂いた後、昨年発表した売出しの特価品が一反残っていました。半額セールの作品は売出しの後、一旦は適正価格に変更しましたが全ての作品を遊小紋並の価格設定に変更する事に。しかし、半額以下にしたものはそのまま店頭に並べてあったのです。以前の価格が十万円余りであった物が三万八千円ですから圧倒的な安さです。結局、遊小紋とその特価品をお買い上げ頂く事に。店頭販売での高齢の新記録でした。
2011年03月04日
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