全4件 (4件中 1-4件目)
1
タイトルを見て意味の分かった方は稀だと思います。バガスとはサトウキビの搾りかすの事。世界中で年間一億トンにもなります。殆どが廃棄処分、環境に取って邪魔者でした。ところが近年良質パルプとして注目されつつあります。タイの製糖工場ではその隣にこのパルプ工場が作られて効率化されています。木材パルプと違って軽量のため蒸解エネルギーが八分の一で済む省エネ材でもあります。廃棄処分で環境を悪化していたバガスが一転、良質の原料となったのです。そんなバガスを着物に使う畳紙にしようと取組みが始まりました。着物は年一回の虫干しが良いとされています。ところが一般の方でこれをされている方は稀。我が工房にも沢山の問題を抱えた着物が持ち込まれます。大半は虫干しをしなかった為に出るカビ。胴裏の黄変カビが表まで回るのが殆どですが、畳紙のカビが着物に移る事も良くあるのです。このブログをご覧になった方は一度着物を納める畳紙をご覧下さい。シミが湧いていれば即取り替えなければ着物にカビの胞子が飛んでカビが生えてしまいます。本来畳紙も虫干しが必要、年一回の交換がベストと言う訳です。バガスが環境に利する最高のパルプ、それを畳紙に使いたいと言うのは必然だったのかも知れません。立ち上げたのはたった一人の女性、NPO地球と未来の環境基金を窓口にしています。ご本人はネットのギフトショップを主催、銘仙を使った小物等を販売して居られます。ショップはSincerlyシンシアリー。ブログはこちら。可成り前から地下活動をしていましたが、終に地表に出現、プロジェクトがスタートしました。既に賛同者が続出、沢山の畳紙を使う企業が名乗りを上げています。現実のものになりつつあります。始まったばかりで実物が出来る所までまだ至って居ませんが、ガバスの畳紙が手に入る様になれば我が工房でも使いたいと思っています。賛同される方は登夢さんのブログやショップへお声をかけて欲しいものです。
2011年11月20日
コメント(7)
爽やかな印象を振りまいてブータン国王は今日京都へ。生憎の雨は迎える者にとっても残念だったと思いますが、雨の京都も良いもの。古都の一面を感じて頂けたと思います。イケメンの国王と言われていますが、奥様の美しさが際立っていますね。国王は被災者の小学生を前に自分の中に住む龍を育てる努力をしていますと仰いました。小学生は感動した様子、彼らにとってこれからの人生に役立つお話だと思います。龍は国旗にも使われ、ブータン国民にとっても生き様を左右する象徴と言われていますが、意味がしっかりあって良い国旗ですね。国王のお姿を拝見して先ず、気が付いたのは合掌される姿。アジアの仏教国では良く見られます。日本も一応仏教国ですが、挨拶に合掌される方は稀。坊さんぐらいだと思います。合掌は対する相手の中にある高貴な霊性を感じて自然に出るもの。或は感謝の気持ちが高揚して自然に手を合わすものだと思います。本来強要するものではないと思いますが、習慣として教え込んでも気質に良い影響を与えるかも知れません。ブータンが半分鎖国状態だった頃にヒマラヤ探検隊の一員として訪れ、その後農業育成のボランティアとして訪れた西岡京治さんはそのまま定住、貧農国家だったブータンを普通の農業国家まで導きました。当初は全く受入れられなかったのですが、地道な努力と工夫で現地の人の心を開いていったのです。その献身的な努力は同じ日本人として誇りに思うと同時にその姿こそ合掌したくなる姿であります。その死に際して国王は西岡さんに最高の人を意味する「ダジョー」の称号を贈りました。今回の訪日での国王の態度はそんな西岡さんの功績が陰にあったからこそだと思います。振り返ってそんな西岡さんに自分はなれるだろうかと自問してみます。勿論そんな努力は出来そうにありません。しかし、その生き様に興奮、感動する自分は西岡さんに近づける可能性だけは持っていると思っています。同じ様な場面はなくても違う生き方で爪の垢をちょっと飲んだ程度に。
2011年11月19日
コメント(0)
我が工房では時々白大島と言っても絣の入ったものですが、それを染める事があります。奄美大島で大島紬の生産会社から直接依頼を受けるのです。以前は西陣の産地問屋から縦ぼかしや友禅で訪問着を染めたりしていました。既にその産地問屋は廃業していますが、大島の生産会社は今なお頑張っています。大島紬は「大島三代」とか「大島は女中に着せろ」と言われます。「大島三代」と言うのは文字通り三代に渡って使えると言う意味、「大島は女中に着せろ」と言うのは大島は高価なので女中が居る家庭の奥様用、女中に着せて使い倒してこなれてから着ると言うもの。それだけ丈夫だと言う事。水をくぐる毎に着易くなると言います。私の家内も着るものに迷ったときは縦ぼかしの大島を着ます。それだけ着ていて気持ちが良い訳です。裾さばきの気持ち良さは他のものでは味わえません。私も大島のアンサンブルをもっていますが、気持ちのいい事は間違いありません。三代に渡って着られると言いましたが、実際にはちょっと無理があります。と言うのは昔の大島は短尺で生地巾狭めが普通だったからです。古着を預かって解くと揚げが殆ど無いのが普通です。当然なのは全て手織りだから、手間が無茶に掛かるから。ところが現在はその批判が届いたのか女物でも生地巾は1尺5分は当り前、生地の長さも丹後縮緬顔負けが増えてきました。まるで男物の様です。白だけでなく普通の大島(無茶に高価な)を仮絵羽し、位置付けに金加工をするなどしましたが、何故か後ろめたさを感じます。手織りの珍品を汚している様な気分。そんな話を生産会社の社長と話をしていた数日後、お客様のご主人から男ものの大島を依頼されました。そのご主人は生地巾が1尺1寸が必要だとの事。社長に問い合わせるとそんな生地巾は別織りしないと手に入らないのだとか。通常、1尺7分だと。お客様のご主人には、それしか手に入らない事を納得して見に来て頂きました。ところが奄美から届いた大島は生地巾が全て1尺1寸以上あります。大島の産地で言う生地巾は絣の切れ目から切れ目の間、耳の部分が生地巾に入っていなかったのです。お気に入りを気持ちよく選んで頂きました。話は大島の産地に移りますが、大島の生産業者は一軒のチェーン店に振り回されているそうです。大島に携わる人は激減、生産出来る古くからあった定番柄も少なくなってきたとか。そんな中で唯一そのチェーン店だけが力を入れてくれているからだとか。しかし、接待や価格の引き締めで青息吐息。呉服の生産現場は日本中どこも似たり寄ったりになってきました。今日来た奄美出身の従兄弟の子は元々糸関係、奄美での大島紬の商い額は最盛期の3%になったと言っていました。30%と違いますよ、3%ですよ。一軒の問屋の商うだけの額になったと言います。大げさと言っても近い筈、こうなると悲惨ですね。売れないと良い物が出来ない、出来ないと売れない。スパイラルに陥った様です。その中でも何とか良い物を残そうと頑張っている人達も居ます。消費者はそれを見捨てず、応援して欲しいものです。
2011年11月14日
コメント(2)
以前にもお伝えした事がありますが、東北での呉服の売出しではお客様の数が凄くて売上げも予想を遥かに越えているそうです。それも福島県。隣県ではなく被災地そのものです。具体的な金額も聞きましたが、結構なものでした。被災地に復興への意欲が旺盛だからこそ現れる数字だと思います。ただ販売方法はこんなものでした。十万までの袋帯、確か七万円均一だと思いますが、その帯を買うと振袖以外の着物がたったの五円。ただし、仕立は業者でするのが条件になっているのだとか。良く聞いた話ではありますが、当事者の内緒話に寄ると、以前にあった酷い業者の様に五千円で仕入れた袋帯ではなく、三万足らずで仕入れたものだとか。部外者から突っ込まれると「たけうちとは違うわい」と怒ったそうな。仕立も普通に納得出来る価格だそうで、室町に有り余った在庫を叩いて仕入れた物の様です。しかし、仕入れ価格が五円以下と言う事は有り得ません。ゲンナマでほっぺをシバケバ、一万五千円なら入手可能かなと言う所です。依然としてバッタ屋もありますからね。仕立は最近富みに技術が上がった中国かベトナムでの仕立だとは思いますが、日本での仕立とは価格が天と地です。確かに袋帯と仕立で利益を捻出しています。こんな販売方法は大きな資力のある業者でしか扱う事は出来ませんが、手っ取り早く無くなった着物を補充しようとする被災者に取っては有難い手法かも知れません。じっくり、良い物を選定したいと言う気持ちになるのはまだ先の事かも。
2011年11月02日
コメント(5)
全4件 (4件中 1-4件目)
1

![]()
![]()