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ヤフー・ニュースを見ていたら、ニューズウィーク日本版出典の記事として、以下のような一文が載っておりました。以下、引用:早稲田大学が今春から非常勤講師に適用した就業規則について、早大の非常勤講師15人が6月、早大総長や理事らを労働基準法違反で東京労働局に刑事告訴した。原告の首都圏大学非常勤講師組合の松村委員長によると、非常勤講師は今年度から契約更新の上限を5年とする、と大学から一方的に通告されたという。 まあ、こういう話がいずれ出てくるのではないかと思っておりましたわ。 だけど、これ、早稲田大学だけの話じゃないですよ。国立・私立を問わず日本中の大学が、今、こういう状態になっているのだと思います。 だって、お国がそうしろ、と言ってきたんだもん。昨年の労働契約法改正で。 じゃなんで国はそんな法律改正をしたかと言いますと、もともとは非正規雇用者救済のつもりなんだよね。 大学非常勤講師に限らず、非正規雇用の人たちが厳しい生活を強いられているという現状がある。で、それを救うために、連続5年以上勤めている人は、正規雇用することにしなくちゃいかん! と、まあ、そういう決まりを作ったわけですな。 でもさ、こんなことを決めたらどういうことになるか、容易に想像できるじゃん? 当然、「これはたまらん」ということで、各大学・企業とも非正規雇用者(非常勤講師)を4年で切るようになるでしょうよ。 だから大学に関して言うと、今までかろうじて非常勤で食いつないでいた人たちが、その虎の子の勤め先すら、5年以内に奪われる結果になるわけよ。これは悲惨だよ~。 しかし、法律を改正する人たちってのは、こういうことが生じるだろうってことが予測できないのかねえ? そこまで馬鹿なの?? だけど、もともとの問題は、日本という国が教育にお金をかけたがらないということですよ。「米百俵」なんて嘘ばっかりだ。 国が運営費交付金(国立大)や私学助成(私大)をケチるので、大学としては、単価の安い非常勤講師を沢山雇うことでしか経営出来ないわけ。なんとかやりくりして、非常勤頼みの現状を改善しろと言われても絶対無理。物理的に無理。 だから、どうしても非常勤講師に頼らざるを得ない。もちろん、非常勤講師の先生方が苦しい思いをしているのは分かっているけれども、大学としてはどうしようもない。 で、どうしようもなくて申し訳ないと思っているところへ、先の労働契約法改正だもんね。お国としては救済するつもりで、実際には弱者をさらなる地獄へ突き落すという。 ほんと、どうして我が国の上の方って、ここまで馬鹿なのかね・・・。 私も所属先の大学で採用人事にかかわることがあります。一つのポストに大勢の方がアプライされる。履歴書を見ると、四十代、五十代で非常勤をされていたりして、このポストが喉から手が出るほど欲しいのだろうな、というのが良く分かる。だけど、実際にポストが得られるのは、大勢の中のたった一人ですからね。 こういう人事にかかわる度に、御苦労されている方々に対して申し訳なく思い、かつ、国の施政のアホさ加減に呆れるしかないワタクシなのでありますよ。
July 31, 2013
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訳あって、日本語のとっても上手なガイジンさん二人と話す機会がありまして。 お二人共、お国の大学で日本語を勉強し始め、その後日本に留学。そして何度か母国と日本を往復した挙句、今は日本の大学に職を持ち、20年この方、この地に定住されている。 で、そもそもなにゆえ、お二人は大学で日本語を勉強しようと思ったのか? とお尋ねすると、二十数年前、日本はバブル期にあって、経済力がすごかった。そこで、日本語を勉強しておけば、就職に有利だろうと、そう思って日本語の勉強を始められた、というのですな。 ふうむ。なるほど。二十数年前、ガイジンさんが日本語を勉強し始めるモチベーションは「ビジネス」だったわけね。 ところがお二人曰く、「昔はそうでしたけど、今の(それぞれのお国の)若者は、アニメや漫画やコスプレが好きで日本語を勉強するヤツばっかりですよ」とのこと。 はあ。今の日本はビジネス大国じゃなくて、そっち系大国なんだ・・・。まあ、それはそれでいいですけど。 で、そんな話をしながら、「それにしても、日本語お上手ですね」というと、二人顔を見合わせて、「それは二十数年、勉強しているのですから。最近の学生が生まれる前から勉強しているのですからね」ですと。 あ、そうか! そう言われれば、そうですな。 しかし、この「今時の学生が生まれるより前から日本語を勉強しているのだから・・・」というセリフは、結構、私の胸に刺さりまして。 だって、それを言ったら私なんか、中学校時代から数えてもう三十数年英語を勉強していることになるじゃん? その割に・・・。 まあ、なんかこの年になると、なあなあになっちゃってますけど、本当はもっとちゃんと語学としての英語も勉強しなくちゃいかんのだよなあ・・・。 反省しよう、反省!
July 30, 2013
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詩人の高階杞一さんが、拙著の書評を書いて下さったと、編集者の方から連絡をいただき、もうビックリ仰天。 なんでそんなにビックリしたかと言いますと、その連絡をいただいた時、私はまさにその高階杞一さんの詩集を読み終わった直後だったからです。 私は、その、詩集を読むようなタイプの人間ではないのですが、実はしばらく前に岡崎武志さんの書かれた『読書の腕前』(光文社新書)という本を読んでいて、この本の中で岡崎さんが高階さんの詩集を誉められていて、しかもそこにちょっとだけ載っていた詩がすごく良かったもので、そのまま注文を出していたんですな。 で、その本が今日手元に届いたもので、すぐに読み始めて、泣きそうになりながら読み終わったと。そしたら、そこに先ほどの連絡が届いた。私がビックリしたのも無理ないでしょう。 高階さんの詩集というのは、『早く家(うち)に帰りたい』というもの。 これ、高階さんの息子さんで、4歳になる少し前に亡くなった雄介ちゃんに向けて書かれた、追悼詩集なんですな。 雄介ちゃんは、生まれた時から腸に問題があり、生まれて1年も経たないうちに数度の手術をしなくてはならないというほど過酷な運命を担っていたんです。しかし、それでもその後は元気になり、順調に育っていた。 ところが、どうしたものか、もうすぐ4歳の誕生日という時になって、前触れなく状態が急変し、天に召されてしまったんですな。 3歳、4歳の男の子なんてのは、言葉も少し覚えて、一番可愛い盛りでしょう。そんな時に、しかも急に、息子さんを失った詩人の心中を慮ると、もう何も言えません。 事実、この『早く家に帰りたい』という詩集も、この上なく悲しい詩集でね。これは岡崎武志さんも挙げていた詩ですが、「晴れた朝の神への祈り」という詩は、涙なしでは読めません。 まだ元気だったころ、雄介ちゃんはしばしばお父さんの高階さんに相撲をとってくれとせがんだ、というのですな。で、まだ朝早くて眠いのだけど、根負けして起き出し、雄介ちゃんと相撲をとる。で、雄介ちゃんを布団の上にエイヤっと放り投げると、雄介ちゃんが嬉しそうに笑って、もう1回、もう1回と、何度もせがんだと。 で、そんな雄介ちゃんが亡くなった後、詩人は寂しい布団の中で、こんなことならもっと好きなだけ雄介ちゃんと相撲をとってやればよかった、と後悔する。その先の詩はこんなです。 神さま もし叶うなら もう一度あの子と相撲をとらせてください 上手投げでもすくい投げでもハンマー投げでも何でもいい もう一度ぼくに ゆうすけを投げさせてください あの日と同じ このまだぬくもりの残るフトンの上に また詩集のタイトルともなった「早く家に帰りたい」という連作詩も悲しくてね・・・。 雄介ちゃんの葬儀が終わって、親類縁者が帰ってしまって、寂しくなった家を片付けていたら、CDのケースが落ちていた、というのですな。ところがケースと中身が違う。多分、CDデッキをいたずらするのが好きだった雄介ちゃんの仕業だろうと。 で、生きていた時の雄介ちゃんが、一体何のCDをデッキに入れていたのかと思って確かめたら、サイモン&ガーファンクルの「早く家に帰りたい」という曲のCDがデッキに入っていた。で、高階さんはそのS&Gの曲を聴くわけ。そして「早く家に帰りたい」ということの意味を考える。 それはこどもにとってのことなのか ぼくにとってのことなのか 考える 死の淵からこの家に早く帰りたいという意味なのか 天国の安らげる場所へ早く帰りたいという意味なのか それともぼくに 早く帰ってきてという意味だったのか 分からないままに 日々は いつもと同じように過ぎていく ぼくは 早く家に帰りたい 時間の川をさかのぼって あの日よりもっと前までさかのぼって もう一度 扉をあけるところから やりなおしたい 息子を失うというのは、こういう思いを強いることなのでありましょう。 思えば拙著も、息子さんに死なれて七転八倒の苦悩の中を生きるS先生の後半生を描いたもの。その拙著について高階さんが書評を書いてくれたというのは、愚考するに、高階さんの方にS先生のことに思いを馳せる必要というか、必然があったからではないのか。 私はまだ高階さんが書いてくださったという書評を読んでいません。しかし、それはもう、読む必要がない。というか、読まなくても何が書かれているか、私には分かるような気がします。そう言ってしまったら傲慢になるのかも知れませんが、高階さんが私の本を読んでくださって、S先生のことを考えて下さったと知ったら、それだけで私の側としてはもう不足がない。 そんな気が、今、私にはしているのです。 【総額2500円以上送料無料】早く家(うち)へ帰りたい/高階杞一価格:1,890円(税込、送料別)
July 29, 2013
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すっかり日曜夜のお楽しみとなった『半沢直樹』、今日も面白かったねえ・・・。久々に見応えのあるドラマだわ。 原作者の池井戸潤氏は大銀行にお勤めの経験もあるそうで、銀行という組織のあれやこれやを良くご存じ。それだけに、劇中に描かれる銀行業務の表裏の描写がなんか妙にリアルでコワい。いやあ、こういうのに比べたら、大学の世界なんて甘っちょろくて、お子さまランチみたいなもんだね。 良かった~! 銀行とかに就職しなくて! ま、就職したくても、私なんぞお呼びでない、でしょうけどね! それにしても、半沢直樹、そして堺雅人カッコいい! 『リーガル・ハイ』も良かったけれど、堺雅人さんは、今、旬ですな。 旬と言えば、原作者の池井戸潤さんも旬だけど、彼は私の大学同期じゃん? 活躍しているねえ。私も頑張らねば。 さーて、じゃあ、私ももう一仕事・・・ あれ? 今からF1ハンガリー・グランプリの放送じゃん! よーし、仕事は放っておいて、F1見ようっと! (これだから、駄目なんだろうね・・・)
July 28, 2013
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最近、映画館で映画観てないな~。最後に観たのは5月だから、もう2ヶ月もご無沙汰。 っていうか、観たい映画がないんだから仕方がないか。もうじき8月なんだから、昔だったら夏休みにかけて話題作が続々、という時期のはずなのに、今は観たいものが一つもない。 まあ、強いて言えば『ペーパーボーイ』か・・・と思って、行きつけのシネコンの上映予定を見たら載っておらず。どうも違う系列の映画館でないと上映しないらしい。はあ。これもDVD化されるまでお預けか・・・。 それにしてもハリウッドのネタ切れ&パワーダウンは深刻だねえ・・・。 昔、夏休み入りたての頃といえば、まずは友達と連れ立って話題のハリウッド映画を見に行ったもんだけどなあ。 15歳の夏。仲良し三人組で新宿は歌舞伎町の映画館に『スターウォーズ』を観に行った時のこと、思い出すなあ・・・。それまで観たこともないCGの迫力に大いに興奮して、パンフレットとか買っちゃったなあ・・・。 15歳の夏。あのころは良かった。将来、自分が何になるかなんてまるで五里霧中であったはずなのに、なーんの不安もなく、楽しいことばかりの日々でございました。あの頃の夏は、キラキラと輝いていたなあ。 あれこそが、生きている、という状態だったんだろうな・・・。 それに引き替え今の私は、やらなくてはいけない仕事に追われ、年がら年中「○日までにこれを終わらせなきゃ」ってなことばかり考えていて、その隙間を盗むように束の間の遊びに興じているだけだもんなあ。 15歳の夏に戻りてぇ~! あれ? 映画の話が飛んじゃったよ。 いや、飛んでないか。ハリウッドもさ、今、15歳の夏を過ぎて、中年になって、過去に当たった映画の二番煎じ、三番煎じばかり狙っている、アイディアなしのおっさんになっちゃったんじゃないかってことだよね。少なくとも、今、ハリウッドはキラキラしてないもん。 この先、私やハリウッドが回春することはあるのかね? あって欲しいよね・・・。まあ、それを祈りましょう。
July 27, 2013
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クロワッサンと言ったって、食べる方じゃないよ、読む方。今日は『クロワッサン』誌から取材の依頼を受けちゃった! 8月半ばに1時間ほど取材させてほしいという依頼だったのですが、ちょうどその頃はお盆で実家に帰っている頃ですから、全然OK。 いやー、いいね、いいね。こういうの。まさかこういう仕事が自分に回ってくるとは思って居なかったけれど、来るものは拒まず。とりあえず経験として楽しまなくちゃ。 それにこういうことでもないと、本が売れないからね! ビッグ○ミイの本が23万部も売れているっていうのに、私の本はまだ千の単位ですから。とにかく、取材してもらって、宣伝させてもらわないと。クロワッサンさんには感謝、感謝でございますよ。 ということで、気分もよく、今日の夕食は外食することに。っていうか、これは毎学期、すべての授業が終了した時の恒例で、家の近くの焼き鳥屋さんに家内と飲みに行く習わしなのですが。 で、いつものように色々な焼き鳥やら何やらを頼み、ちょっとお酒も飲み、最後は名古屋名物のきしめんをつるつるっと食べて、二人でしめて3千円以下というね。ささやかな楽しみでございます。 そして帰り道に、夜おそくまでやっている本屋さんに寄り、雑誌やら本やらをチラ見していくというのがまた楽しいわけよ。ま、今日は生憎、買うものが無かったですが。 というわけで、今日はなかなか楽しい週末の始まりとなったのでした、とさ。今日も、いい日だ!
July 26, 2013
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あ゛ーー、今日でようやく前期の授業が終わった。来週から期末試験だよーー。 もう、小学生なんかとっくの昔に夏休みに入っているのに、大学がこのザマ。半期16週という、アホな文科省が押しつけたルールはなんとかならんのかね・・・。 大学なんてさあ、6月の終わりくらいに夏休みにしちゃって、3ヶ月くらい、学生に自由にさせてやればいいんだって。それが大学ってもんだ。 大学生は勉強しない、から、大学の授業に縛り付けておかなければならないという文科省のプアな発想が、ますます小学生なみの大学生を作り出していることに、なぜ気づかないかね。 大学の先生だって、学期中は忙しすぎて勉強なんかできないんだから、せめて夏休みくらい3ヶ月ぼーんと休みにして勉強させてくれ! 勉強しなかったら、いい授業なんてできないよ。 でさあ、来週テストやったら終わり、じゃないんだぜ。 その次の週には、今度は現場の教員を教える仕事が待っているという・・・。 そう、アホな自民党が考えた「10年研修」って奴。現職の中・高とかの先生方に対し、10年毎に研修を受けさせるわけよ。 だけど、これも絵に描いた餅なんだよね。 だって、大学の先生が、現場の、いわばベテランの先生方を大学で教えることになるわけだけど、大学の先生は現場の経験がないからね。しかも、大学院を出たばっかりの若造が、ベテランの現職の先生を教える、なんてことにもなったりするわけ。 そういう場合、現職の先生方も「何で俺たちが、こんな現場経験のない若造に、教えを乞わなくちゃならないわけ?」って感じで、めちゃくちゃふてくされた態度を取る。そんなふてくされた連中を、目を白黒させ、冷や汗をかきながら教える若い大学の先生も、針の筵よ。 研修を受ける方も、教壇に立つ方も、双方にとって益のないシステムなわけだけど、そんなの、やる前から分かるじゃん? こんなアホらしいことを始めたら、こういうことが起こるだろうって、どうして政治家の先生方には予想できないのかね? で、今年は順番で、ワタクシがそのふてくされた現職の皆さんを教えることになっちゃったわけよ。今から気が重い! というわけで、もうお盆まで仕事。雑用。 あーー、国立大学をこんな風にしちゃったのは、一体誰なんだ。誰の責任なんだ。責任者、出てこいや! と言っても、誰も責任を取らないのが我が国の政治流儀。私ども下々のものは、どこまでも続くぬかるみの中を這いずり回る運命なのでありましょう。あー、もう、分けわからん!
July 25, 2013
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こう毎日暑いと、ついついソフトドリンクをがぶ飲みしてしまうワタクシ。しかし、そこはそれワタクシのこと、何を飲むかについてはなかなかうるさいでございますよ。 まず栄養配慮系ですと、これかな。「ミルクのようにやさしいダイズ」。豆乳が苦手の方も、これなら飲めるだろうと思われるおいしさ。豆乳でイソフラボン投入!【いつでも送料無料・ポイント10倍】ミルクのようにやさしいダイズ950ml(950ml×6本)たんぱく...価格:1,578円(税込、送料込) また缶コーヒーを飲むなら、最近はこれかな。苦みの強い系の痩せる飲料の中では、これが私のお気に入り。【送料無料】ヘルシアからトクホの缶コーヒーが登場♪[花王]トクホ ヘルシア コーヒー 微糖ミ...価格:4,530円(税込、送料込) あと、夏バテ防止なら、お酢でしょう。私は最近、これの炭酸割りを愛飲しております。味は数種ありますが、ザクロがおすすめ!美味しく綺麗に…飲めるお酢【韓国健康飲料】■特別価格提供■清浄園ホンチョ| KARA紅酢(ザク...価格:380円(税込、送料別) だけど、考えなしにおいしいソフトドリンクが飲みたい! と言う時、最近の私はこればっか! あまり甘くなく、炭酸も控えめ、若干の苦みがあって飲み飽きない!【送料別:2ケースごとに1送料!】【1本あたり80円!】【期間限定SALE!!】オランジーナ420mlペ...価格:1,900円(税込、送料別) 以上、教授おすすめのソフトドリンクでした。
July 24, 2013
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今日、大学に向かう通勤途中、ちょっと面白い体験をしました。 まあ、普通にクルマを転がしていたわけですが、するとどこからともなく原チャリが私のクルマの後ろについたんです。 しかも、右側のすぐ後ろ、つまり歩道寄りではなくセンターライン寄りで真後ろについてきた。 まあ、そんなですから、運転席側のバックミラーから原チャリの運転手の顔もよく見えるわけですが、ちょっとびっくりしたのは、その原チャリに乗っていたのが、どう見てもおばあさんだったこと。 ま、「おばあさん」と言ったら少し申し訳ないかも知れません。というのは、すごくオシャレな老婦人だったからで、服装も洒落ているし、ヘルメットの下からは鮮やかなピンク色の口紅が覗いている。だけど、年齢から言えば、どう見ても70代半ばであることは間違いない。 で、この原チャリ老婦人、あまり真後ろについているので、ちょっと危ないなと思い、私は少しスピードを上げて引き離しにかかったわけ。 と、その老婦人、すぐさま対応して、同じようにスピードを上げて来たという・・・。 相手は原チャリですからね。時速50キロくらいだせば、エンジンも少し苦しくなってくるはずなんですが、そんなそぶりは少しも見せずに時速60キロくらいのスピードでピッタリついてくる。むしろ、私の方が追い立てられている感じすらしてきます。 ひゃー。この老婦人、俺サマが駆るアルファロメオを挑発しているの? っていうか、抜こうとしているの? 原チャリで?? かくしてアルファの私と原チャリの老婦人、互いに一歩も譲らぬレース状態。そんな状態がしばらく続いた後、私が左折すべき場所までやってきた。 で、私が左折すると、そのおばあちゃん、「やっと遅いクルマがどいたわ~」ってな感じで、さらに加速して突き進んでいったのでした。 いやはや、先日、かよわい老婦人を助けてあげた話をこのブログに書きましたが、今日の老婦人は、どちらかというと私の方が守ってもらいたいほどの迫力でしたなあ。 だけど、考えてみれば、こういう「若造なんかになめられてはたまりませんことよ」と、涼しげな迫力をたたえた老婦人の存在は、なかなかいいもんです。いやあ、大いに気に入りました。頑張れ、おばあさま! だけど、スピードの出し過ぎには、ご注意くださいませよ。
July 23, 2013
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今日、上の方の人に呼び出されて、何かと思ったら、書類の書き直しでした。今、うちの科ではイギリス人の先生が科長をやっているのですが、その方の書いた書類に不備があるので、書き直して欲しいと。 で、よく見るとその書類というのが馬鹿馬鹿しいシロモノで、うちの科が最近教室にとりつけたエアコンがちゃんと機能しているかどうかの報告書なんですな。学長裁量経費というのを使って買ったので、事後報告をしろと。 で、われらがイギリス人の科長が書いた書類を見たら、こう書いてあった。「エアコンのおかげで、夏は涼しく、冬は暖かくなりました」。 ふむふむ、なるほど。その通りだよな。 そしたら、大学の執行部がこの書類にクレームをつけてきたと。要するに、書く枠が15行ほどあるのだから、一行で済ませることはないだろうと。もっと詳しく書けと。まあ、そういうことらしい。 で、明日までに訂正書類を出さなくてはならないのだけれど、イギリス人の先生にこれ以上のことを書かせるのは無理そうだから、釈迦楽さん、代わりに書いてくれない? というわけ。 間に入っている財務課の方々とかもご苦労されているようでしたし、私にしてみれば15行くらいの文章を書くのは5分もあれば出来ることなので、「そうですか」ってな感じですぐその場で書類を書き、それで事は済んだんです。 だ・け・ど。 時間が経つに従って、段々、腹が立ってきた。 まず、教室にエアコンつけるくらいのことで、偉そうに事後報告なんて求めてくるんじゃねえ!ってことだよね。教室にエアコンを設置したら一体どういうことが生じるのか、想像もできないというのなら別ですよ。だけど、そんなこと、事後報告されなくても分かるじゃん? だったら、何で報告書なんか出させるんだよっ! で、そこは百歩譲るとして、我々の場合はイギリス人の科長が立派な報告書を提出しているわけですよ。「エアコンのおかげで、夏は涼しく、冬は暖かくなりました」って。これほど簡にして要を得た報告書なんてありえないだろうってくらい、素晴らしい報告書じゃないの。一体、この報告書のどこに不足があるんだっ! で、そこもさらに百歩譲ったとしましょう。この書類では不足だと。 だけど、これはうちの大学が正規に雇用している外国人教員の手になるものですよ。外国人なんだから、日本語が多少不自由なのは仕方がないのであって、しかし、形式的には何ら不備のない報告書を提出しているのだから、それでいいじゃないの。 あのね、「グローバル化」っていうのは、そういうことなんだよっ! 外国人が日本の企業や大学で活躍する環境を整えろって言うのだったら、その外国人が一生懸命書いたこの書類をそのまま受け取らないでどうするんだよ。 うちの大学の上層部と来たら「グローバル化だ、グローバル化だ」って、お題目みたいに言って、外国人教員をもっと増やせとか言って来るくせに、いざ、グローバル化の弊害が出てくると、日本人教員に尻拭いさせやがって。あったまに来るぜ! ね? 段々腹が立ってくるでしょ? あー、くそ! 書き直してくれと頼まれても、応じるんじゃなかった! 突っぱねれば良かった!! まあ、いいや。次の教授会か何かで、この件を蒸し返してやろう。やられたら、やり返す。倍返しだ!
July 22, 2013
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今日は家内が出かけていたので、夕食は私一人。ということで、この機を逃さず、ジャンクフードを食べることに。 牛丼にするか? ケンタッキー? それとも・・・と悩んだ挙句、一番安易にマックに行っちゃった。そう、「クオーター・パウンダーBLT」を食べてやろうじゃないの、というわけ。 で、ドライブスルーで頼んだら、「Lセットになさいますと、グラスが付いてきますが・・・」などとマニュアル通りの応対をされ、まんまと図に乗ってLセットにしちゃった。タダでもらえるものに弱い私。 で、家に帰ってクオーター・パウンダーBLTとLサイズのポテトとLサイズのコークを食らったのですが、全部食べたらお腹パンパン。いやあ、段々量が食べられなくなってくるねえ・・・。 しかし、私が思うに、最近のマックのヒットは「クオーターBLT」よりもむしろ「ポーク・ジンジャー」だったのではないかと。あれ、もう一回食べたいなあ。 そう言えば最近、『めしばな刑事たちばな』をビデオに録っておいたのを続けざまに見ているのですが、その都度、テーマになっている食べ物が食べたくなって困るという。レトルト・カレーの回を見るとレトルト・カレーが食べたくなるし、うどんの回を見るとうどんが、牛丼の回を見れば牛丼が食べたくなり、中華チェーン店の回を見ると中華チェーンの店に行きたくなるというね。主演の佐藤二朗がまた、毎回毎回おいしそうに食べるんだな、これが。 でも、このドラマを見ていると、食べ物を扱う店が、それぞれ安くて旨いものを提供しようと工夫を重ね、コスパを突き詰めて、頑張っているのがよく分かる。厳しい世界なんでしょうが、ある意味「安くて旨いものを提供した奴が勝つ」という明朗な世界だから、いいよね。 次、家内が留守になる時は、必ずしもジャンクとは言えないけど、レトルト・カレーとか、牛丼とか、その種のものを食べてみようかな。
July 21, 2013
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夏バテ、というわけでもないのでしょうが、どうもこのところ週末になるとどっと疲れが出て、やるべき仕事に力が入らない状態が続いております。 で、そんな時は何か軽いものを読むしかないと、ベッドに寝っ転がりながら菊地信義さんの『樹の花にて』(白水社)という本をパラパラ読んでおりました。 菊池信義さんというのは、有名な装幀家なのですが、この本を読むと、エッセイストとしても一流ということが分かります。 特に最初の方のエッセイは銀座のフリーマガジンとして名高い『銀座百点』に連載されていたものなのですが、どうも菊地さんのオフィスが銀座の一角にあるらしく、その銀座界隈で菊地さんが目にしたり感じたりしたことを、短いエッセイにされているんですな。で、そのエッセイは銀座という特殊な空間の持つ洒脱さに釣り合って、実にこう、しゃれおつなところがあるわけ。 なんかね、「エッセイ」ってのはこうあるべき、みたいな感じがするんだなあ。 例えば、私が書くものってのは、大概、目的がある。その目的に向って一直線に書いていくというわけではなくとも、最終的にその目的は外さない。 ところが、菊地さんのエッセイは、エッセイというものが本来そうであるように、何か目的があって書いているのではなく、何となくその場の空気・雰囲気・情緒を写しとるような調子で書いているわけ。 そういう当座の目的のない文章を書くというのは、少なくとも私には難しい、ような気がするんですな。自分がやったことのないことを菊地さんが楽々とやっているので、私としては非常に興味がある。こういう書き方、自分もやる気になれば出来るのかどうか、とか・・・。 ただ一つ、菊地さんのエッセイに私なりに注文をつけるとするならば、それぞれのエッセイの一番最後の文章は不要かなと。菊地さんとしては、その一文でエッセイにある種の「ケリ」を付けているのでしょうけど、むしろそれがない方が文章として麗しい気がする。 ・・・なんて、大きなお世話か。 まあともかく、この本を読みながら、名古屋の郊外の新興住宅地の一角にあるマンション内で仕事をしている私と、銀座の一角にひっそりとたたずむ「樹の花」なんて趣のある喫茶店で美味しい珈琲(ここはコーヒーではなく、何としても珈琲でなくてはならない)を飲みながら仕事をしている菊地さんとでは、仕事の環境が大分異なるし、その環境の違いはいつしか仕事の質にも関わってくるんじゃないか、なんてことを考えざるを得ない私なのでした。 ああ、私も「樹の花」の常連となり、その奥まった席で本を読んだり、原稿を書いたりしてみたいっ!!これこれ! ↓【送料無料】樹の花にて [ 菊地信義 ]価格:977円(税込、送料込)
July 20, 2013
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今日、お昼頃、日進駅前にあるドーナツ屋さん「はーてぃぶ・ドーナツ」(ここおススメ!)でドーナツを買おうとしたら、何やら女性の悲鳴が! 何かと思って辺りを見回すと、おばあちゃんがなにか言いながらあたふたしている。どうしたんだろうと思ってさらによく見ると、そのおばあちゃんが何かを追いかけている様子。 どうもおばあちゃんが手にしていた二、三枚の書類のようなものが強い突風にあおられて、散らばってしまったらしいんですな。しかし、なにせおばあちゃんですから、一枚を追うのもやっと、その他の紙はどんどん遠くに飛ばされてしまっている。 あ、こりゃいかん! と思った私と家内は、ドーナツのことはおいておいて、とにかく店を飛び出し、風に飛ばされた書類を追いかけることに。そして、辛うじて二枚の書類の身柄確保に成功し、おばあちゃんが自分で拾った一枚とあわせ、無事、三枚の書類すべてが戻ったのでした。 で、お返しする時にちらっとその書類を見ると、あちこちにハンコが押してある重要そうな書類です。なんか土地だか建物だかの登記書類のようにも見えましたから、そんなものを無くしたら大変だ。三枚全部おばあちゃんの手に戻ってよかった、よかった! で、我々はまたドーナツ屋さんに戻ってお目当てのドーナツを買ったのですが、ドーナツを買っている間、先のおばあちゃんが満面の笑みで老人用スクーターに乗り、「先ほどはありがとうございました~!」と我々の方に声をかけてくれた。我々も「お気をつけて~」と手を振り返します。 ま、今日一日を振り返って、ハイライトはこの場面でしたかね。 でも、人に親切にするってのは、気分がいいやね。ましてや相手は私の母親くらいのおばあちゃん。他人事とは思えません。それに私や家内がこの人に親切にしたことが因果となって、いつか私の母がどこかで困っている時に、誰かが助けてくれるかも知れないしね! というわけで、今日は思わぬところで人助けをして、気分のいい私なのでした。今日も、いい日だ!
July 19, 2013
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国のトップがそうだからか、今、文科省は「グローバル人材育成」というのに躍起になっております。だからね、「グローバル人材育成しますから、お金ちょうだい」というと、幾らでも予算がつく。何千万という額の予算がつくんだよね。 だからどの大学も、夢中で「グローバル人材育成」計画を立てているのだけど、いかんせん、大学っちゅーところはまったく企画力がないもので、安易な計画しか立てられないんだ・・・。 たとえば、「学生を英語圏に連れて行く」なんて計画を立てるわけ。 ああ、留学をさせるのね、と思うじゃない? だけど、そうじゃないの。沢山の学生を留学させるほどのお金は出ないし、逆に少数の学生だけを留学させるというのだと、文科省がいい顔しない。 だから、短期間の留学をさせる。 短期間っていうのは・・・ 1週間のことだよっ! 1週間! 1週間、数十名の学生をオーストラリアとかに連れてって、それでグローバル人材って育成されるのか? そんなわけないだろっ! 1週間なんて、要するに、遊びに行かせるようなものじゃん? だけど、数十名をオーストラリアに1週間遊ばせるとなると、やっぱり相当な額のお金、1千万くらいのお金は使われるわけ。で、これをやれば「グローバル人材育成のために、学生に海外経験させました」という報告書は書ける。報告書さえ書ければ、文科省はそれ以上、文句言わないからね。 そうやって、国民の血税は、無駄に浪費されるわけなんだなあ・・・。凄まじい勢いで。 ということで、うちの大学も、文科省主導で、この手の世にもあほらしい計画が立てられているのでした。もう、文科省がアホなのか、うちの大学がアホなのか、両方アホでアホの二乗なのか、わけわからん。 っていうか、「グローバル人材」ってそもそも何? それすらよく分からないのに、ほんの気まぐれで「よーし、グローバル人材しよう」って鼻息が荒くなる我が国のトップって、一体・・・。 あー、どこかに「グローバル人材なんて、知らんもんね」っていう政党はないかしら。そうしたら、週末には、そこに釈迦楽の1票を投じるものを!
July 18, 2013
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女性はバッグを持ち歩くからアレですけど、男性の皆さんは財布だとかカード入れだとかをどこに入れて持ち歩いておられます? 私はもう若い時から、財布はズボンの左側のお尻のポケット、カード入れ(免許証なども入っている)は右側のお尻のポケットと決めている・・・というか、それが長い間の習慣になってしまっているのですが、そうすると財布やカード入れの傷みが激しいんだ・・・。 そりゃ、お尻のポケットに入れていれば、椅子に座った時などに体重がかかりますから、段々お尻のカーブに合わせて曲がってくる。おかげで姉からもらったステキな財布も、家内からもらったステキなカード入れも、1年もするとぐんにゃりと黒ハンペン状態です。 しかし、そうならないためにはどうすればいいのだろう? 他の人はそうならないのかな? 勿論、財布とかカード入れなどを別のバッグに入れて持ち歩けばいいのだろうけれど、その場合、そのバッグごとどこかに置き忘れたり、スリに奪われたりしたらどうするの? そういう不安はないの? 気質的に、財布やカード入れなど大事なものは身に付けていたいし、そうするとすぐに型崩れしちゃうし、その辺の悩みが尽きない私なのであります。 ほんと、皆さんは財布&カード入れ問題にどのように対処しているのでしょうか。いいアイディアがある方は、ご教示下さいませ。
July 17, 2013
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17日締め切りの原稿、先ほど仕上げて新聞社に送付。1500字の短いものですが、苦労しちゃった。 苦労したのは、1500字という制限ね。2400字くらいあった元の原稿を昨日の時点で1850字くらいまで削って、もう限界と思ったのですが、ここで「ちょっと長くなりましたけど、いいですか?」と編集者に甘えるのはプロ意識に欠けるというもの。そう思って、そこからさらに削りに削り、1500字まで切り詰めた次第。 そう、きっちり1500字にして差し上げましたわ。1字の過不足もなし。これぞプロの仕事! だけど、いつも思うことですが、字数制限ってのは素晴らしいね。自分は自分に甘いので、つい「このままでいいか」と思ってしまうのですが、しかしそこから奮起して、字数制限を守るべく、ギリギリのギリギリまで言葉を節約すると、確かに元の原稿がいかに冗長であったかがよく分かる。 まあ、感覚としてはプロボクサーの減量みたいなものかなあ。必死で汗を流すだけでなく、最後にはガムを噛んで、出てきた唾を吐いて1グラム単位の減量に努めるという奴。その辛い減量があってはじめて真の闘争心が作り出される、みたいな。 あと、締切ってのもいいよね~。私なんざ、締切がなければ絶対仕事なんかしないもん。 締切と字数制限の二重の縛りに悶絶しながら結果を出す。原稿に関してはとってもMなワタクシ。 とにかく、原稿のクオリティーそのものは問わないとして、一仕事終わったのはめでたい。明日はテキトーに暮らすぞ~!
July 16, 2013
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秋に行われる図書館シンポのための下準備として井上真琴さんの『図書館に訊け!』(ちくま新書)という本を読んでいたら、その中に面白い話が出てきました。ドイツの美術史・文化史研究家、アビ・ヴァールブルクという人の蔵書の話なのですが。 このヴァールブルクという人、有名なロスチャイルド家にも伍すほどのユダヤ系大財閥の出で、超お金持ちなんですな。で、まさに財力にモノを言わせて膨大な量の本を収集し、1908年から私設の図書館として研究者に開放していた。 で、そこにハンブルク大学の哲学教授、エルンスト・カッシーラーが訪れ、1時間ほど滞在したと。で、そのわずか1時間の滞在で、カッシーラーはヴァールブルクの蔵書に戦慄するわけ。 何に戦慄したかというと、蔵書の並べ方です。 つまりね、単にジャンルで分けて並べてあるわけではなく、もちろん著者のアルファベット順とか、そんなアホな並べ方でもなく、膨大な量の本を有機的かつ体系的に並べてあったわけ。具体的に言えば、哲学の本の隣に占星術・魔術・民俗学の本があり、芸術の本は文学や宗教や哲学の本と関連付けて並べてある。一見不規則な並び方のようでいて、並んでいる本を眺めながら歩くだけで、美術史・文化史が体系的に自然に結びつくようになっていた、というのです。 カッシーラーはそれを見て、「象徴」とか「シンボル」といった自分自身の研究対象が、未知のヴァールブルクなる人物によって、しかも、「著作」によってではなく「複雑な図書体系」によって、既に研究し尽くされていることを感じたわけ。そして「この蔵書はおそろしいばかりのものです。わたしとしては、この文庫をまったく避けて通るか、あるいはここに幾年にもわたって閉じ籠るかのどちらかしかないでしょう」と感想を述べたらしい。 すごくない、この話? 蔵書の並べ方で自らの思想・思考を表現してみせたヴァールブルクもすごいし、それをわずかな時間で見抜いたカッシーラーもすごい。両方すごいけれど、とにかくこのエピソードは蔵書の並べ方・分類ということがいかに重要か、っていうことを如実に示していて非常に興味深い。 まあ、結局、思想・思考ってのは、突き詰めて言えば、世界を自分の仕方で分類することだからね。 しかし、この話にいたく感心した後で、我が書斎の蔵書を顧みると愕然とせざるを得ません。曰く「混沌」、曰く「混乱」、曰く「雑然」。 混沌・混乱・雑然。これが俺の頭の中かよっ!!【送料無料】アビ・ヴァールブルク記憶の迷宮新装版 [ 田中純 ]価格:3,780円(税込、送料込)
July 15, 2013
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こう暑いと、あまり身体に良くないだろうとは思いつつ、ついついスポーツドリンクの類をがぶ飲みしてしまうワタクシ。その結果かどうか、何となく朝起きた時に体がむくんでいるような気が・・・。 そんなことを思っていたら、家内が興味深い話をしてくれました。 私と同様、家内も夜分に水分を多めに摂ると朝になって目の下がむくむそうなのですが、そんなときの対処法があるというのです。 なんでもアーユルヴェーダ系の方法らしいのですが、まずお湯を沸かす。で、このお湯の沸かし方がミソでありまして、沸騰したらそれでよし、というのではなく、沸騰してからも10分くらいはグラグラ沸かし続けるんですって。そのことによって、火の力をお湯にぶち込むらしい(私の勝手な解釈)。 で、そういう風に作ったお白湯をですね、保温ポットとかに入れ、これを一日何回かに分けて飲む。一日飲むのですから、まあ、1リットルくらいは飲むのでしょう。すると・・・ むくみが取れると。 本当かね? お白湯と言っても、もとを質せば水なわけで、それを1リットルも飲んだら余計むくみそうなものですが、そこがそれ、アーユルヴェータの神秘の力という奴で、火の力を込めた水(白湯)をもって体内の水を追い出す、みたいな感じなんでしょうな。 で、実際、家内はそれでむくみがとれたというのですから、効果は本当にあるのかもしれない。もっとも家内も試したのは一日だけだそうで、気のせいかも知れませんけどね。 というわけで、その白湯作戦、私もやってみようと思うのですが、このクソ暑い時にお白湯をふーふーしながら飲むことを考えると・・・。 へたれの私は、スポーツドリンクがぶ飲みしてむくんでいる方が性に合っているかも知れませんな。
July 14, 2013
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毎日暑いですなあ・・・。 昔は冬の寒いのより夏の暑い方が遥かにマシと思っていましたが、年齢と共に耐性が薄れてきたのか、寒いのも暑いのも同じくらい嫌いになってきたという。それにしても、夏これだけ暑くて、冬あれだけ寒い国なんて、他にないんじゃない? 普通は、夏暑ければ冬は耐えやすく、冬寒い国は夏がすごし易いものですが・・・。 それはともかく、このクソ暑い名古屋の夏に対抗すべく、私、ついにアレを買ってしまいました。「接触冷感」のベッド用敷きパッド。 「接触冷感」という言葉が新しいですが、実際、その敷きパッドに触れるとヒヤッとするわけ。別に何等かの方法で人為的に温度を下げているわけでもないのに、布自体にどういう加工をしているのか、触ると冷たく感じるんですな。 で、この接触冷感の布で作られた敷きパッドをすれば、ベッドに寝転がるだけでヒヤッと涼しいので、寝苦しい夏も快適に眠れると、まあそういう仕組み。 ということで、今日の夜からこいつを試してみようと、そういうたくらみなのですが、果たしてその効果や如何に? その辺は、明日以降にレポートしましょうかね。これこれ! ↓夏の節電 涼しい敷きパッド京都西川 接触冷感ドライデイ 敷きパッド シングル 幅100x長さ2...価格:3,581円(税込、送料別) しかし・・・ 先日、「昔は、夏が来ると『さあ、新しい水着を買いに行こう!』的な、夏という季節に向けてのワクワク感があったものだけど、最近はそういう感覚が、自分のみならず世間的にも無くなってしまったのではないだろうか」、というようなことを糸井重里さんが「ほぼ日」に書いていましたけれど、ほんとにそうだね。なんか、暑さというものだけが重荷のようにのしかかってくるだけで、ワクワク感をあまり感じなくなってしまった。 水着どころか、接触冷感に一縷の望みを託しているようじゃ・・・。 それは私が年をとったせいなのか? 今でも若い人たちはそれなりに夏にワクワクしているんですかねえ? ま、ワクワクしているなら、いいですけどね・・・。そうであってほしい。
July 13, 2013
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6つの会議が入った一週間だったせいか、研究日だった今日は朝から疲れちゃってて、結局、一日ぐだぐだと過ごしてしまいました。それでも少しは何かをやらなくちゃと思い、小谷野敦著『『こころ』は本当に名作か』(新潮社新書)を読了し、クリストファー・ノーラン監督の映画『バットマン・ビギンズ』を観て、一応、今日一日の成果ということにした次第。 前者は「正直者の名作案内」という副題がついている通り、文学史上の定説とか一般的な世評がどうあれ、小谷野さんが面白いと思った文学作品を勧め、面白くないと思っている本は別に無理して読まなくてもいいんじゃないの、とアドバイスする、という内容。文学の価値の基準なんてのは自分が面白いと思うかどうか以外にない、という信念に基づいた読書案内ですな。 例えば『嵐が丘』より『ジェイン・エア』の方が面白くないか(勿論、一般には前者は文学作品、後者は通俗作品と見做されることが多い)? なんてことも書いてあるわけですが、私もそう思っているので、割と文学作品の好みの点で共通点があるのかなと。そんなわけで、本書の中で勧められている本の中で未読の何冊かを購入。 一方『バットマン・ビギンズ』の方は、名作『ダークナイト』の前日譚ですが、まだ観ていなかったので、この際みちゃえと。まあ、本作は敵役が役不足なところもあって『ダークナイト』ほどの面白さはありませんでしたが、ああ、こういうことがあっての、あの『ダークナイト』なわけね、と納得。バットマンを演じるクリスチャン・ベイルは、やっぱりカッコいいねえ。 とまあ、本を読んだり、映画を観たり、今日は受け身のことに終始してしまいましたが、明日はもう少し攻めた勉強をしましょうかね。
July 12, 2013
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友人から連絡があり、中学時代の同窓生がまた一人、亡くなったとのこと。心筋梗塞だったそうです。 亡くなったH君は中学時代からギターやベースに熱中するようなロックンローラーで、そちらの音楽方面の友人が多く、ということはつまり、やんちゃな方向性の人だったわけですな。しかし、彼の場合は単に音楽が好きでそういう連中と付き合っているので、必ずしも悪さをするような人ではなかった。陰険とは真反対の、陽気な男でしたしね。 ま、私とは付き合いの広がりが若干異なりましたし、同じクラスになったこともないので、あまり親しく話しをしたことはありませんでしたが、それでも何度か話した時の感じからすると、「いつも目がいたずらっぽく笑っているいい奴」という印象で、その気になれば非常に親しい友達にもなれたかな、という風にも思えましたね。 私は中学卒業してから別な高校に行きましたので、彼との薄い付き合いもその時点で完全に終止符が打たれ、その後、亡くなったという連絡が来るまでまったく無縁の状態となっていましたが、その程度の縁ですら、やはり同窓生が亡くなったということはそれなりの衝撃を持っているものでね。 伝え聞くところによると、H君は結局生涯独身だったそうで、最近彼に会ったという奴の証言だと、ものすごく顔色が悪く、いかにも不摂生を極めていそうな感じだったとのこと。 音楽なんかやっていれば、それなりにモテただろうに、結婚して彼の生活を支えてくれるような女性には出会わなかったんでしょうかね・・・。彼の健康を気遣い、栄養のバランスのとれた食事を用意してくれるようなお嫁さんはいなかったのかな。 他人のことだからよく分からないけれど、一人で死んで、寂しくなかったのかな。死ぬまで十分楽しんだからいいや、と思いながら死んだのなら、まあ、いいけれど。 そうそう、あいつには確か妹がいたはずだけど、妹さんは今頃悲しい思いをしているのだろうな。 人生色々だね。私は、もうちょっとこの世に執着して、もうちょっと楽しんでやるつもりだけどね。 ということで、太く短く生き急いだ同窓のロックンローラーのご冥福をお祈りします。あの世で Keep on rocking! 合掌。
July 11, 2013
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今日は7月10日、私の恩師S先生が亡くなられて、今日で丸2年が経ったことになります。早いもんですなあ。仏教式ですと3回忌。もっともS先生はクリスチャンとして亡くなられましたので、3回忌という発想はないでしょうけどね。 あれから2年が経って、その間、先生についての本を書いたりして、色々ありましたけれども、変わらないのは先生はもういらっしゃらないということ。この厳然たる事実だけは変えられない。 それでも、時間の経過と共に少しずつ悲しみが薄れていく。その薄れていくというところが悲しい。S先生は、何十年も悲しみを忘れなかったのに。 だからせめて毎年この日だけは、先生のことを思って静かに過ごすことにいたしましょう。
July 10, 2013
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今日、4限の授業が終わって研究室で一息ついていると、誰やらドアをノックする音。誰かと思ったら、某出版社のMさんでした。 いや、元某出版社の、というべきか。この4月だったか、勤め先から放り出されてしまった方。出版不況のご時世とはいえ、急に解雇とはいくらなんでもひど過ぎはしないかと、私もいささか憤慨した覚えが。 しかし、今日のMさんはいい知らせを持ってきてくれました。別な出版社に就職が決まったとのこと。今日はその挨拶に来てくれたのです。 聞けば職種も以前勤めていたところと同じなので、新しい会社にもすぐに馴染めそうだとのこと。うーむ、それは良かった! 目出度い、目出度い。 そうと決まれば、私もMさんのバックアップに回りましょう。所属先の大学や学会の仕事で、私もちょくちょく印刷の仕事を依頼をすることがあるのですが、そんな時はMさんを解雇した会社ではなく、Mさんの新しい勤め先となった会社に、Mさんを通じて、依頼することにしましょう。 そのことをMさんに告げると、非常に喜んで、「私からは何とも言えませんが、正直言いますと、新しい勤め先もそうしていただけることを期待しているようで・・・」と。 そうですよ、Mさん、今まであなたと取引のあった取引先の仕事、全部、前の会社から奪っておしまいなさい。あなたを解雇するとこういうことになるんだということを、思い知らせておあげなさい。 やられたら、やり返す。倍返しだ。 あれ? どこかで聞いたようなセリフだけど・・・。まあ、いいか。 とにかく、倍返しするつもりで、新しい会社でめちゃくちゃに精を出して働けばいい。辛い思いをした分、頑張って以前に倍する成功をすればいい。 Mさん、頑張りなよ。私も陰ながら応援してるよ! 今日も、いい日だ!
July 9, 2013
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夏の味覚で好きなものは色々あるのですが、中でもトウモロコシは大好き! で、先日、信州をドライブした際、あちこちで収穫を待つばかりのトウモロコシ畑を見かけたこともあり、何だか急に食べたくなって、早速家内にリクエスト。夕食の一品として食卓をにぎわしてくれたのでした。やあ、美味しそうだなあ! ガブ! ムシャムシャムシャ。 旨い~! たちまち1本平らげちゃった! で、芯だけになったトウモロコシを満足げに眺めながら・・・しかし、何だかちょっとおかしいなと。美味しかったことは美味しかったけれど、何かが違う。何が違うんだ? わかった。 柔らかすぎる。食感が柔らかすぎるんだ。 ひと昔前のトウモロコシって、もっと一粒一粒がしっかりしていて、もっと歯ごたえがあった。だけど今日食べたトウモロコシはなんだか柔らかすぎて頼りない。それに味もちょっと甘すぎるんじゃないだろうか? やたらに甘い一方、トウモロコシ本来の風味が薄いというか。 多分、品種改良の結果でしょう。今は柔らかくて甘いものがもてはやされる時代だから、トウモロコシも右に倣えで、そういう方向性の改良がなされたに違いない。 まあ、トウモロコシに限らず野菜類は何でもそうですよね。昔のキュウリはもっと強烈に青臭かったし、トマトだってもっと独特の味が濃かった。ニンジンだって、昔のニンジンはもっと硬くて味もえぐかった。今みたいに甘くてクセのないニンジンなんてなかった。だからこそこれらの野菜は好き嫌いが分かれたのであって。 そう考えれば、トウモロコシだって、当然、現代風の味に変えられるわけだよね。甘くて、柔らかくて。生でも食べられます、みたいなことが言われるようになって。 だ・け・ど。 トウモロコシはさあ、昔風の方が良くないか? どうなんだろう? 今はそんなことを言っている私もそのうち舌が慣れちゃって、軟弱なトウモロコシの方が旨いなんて言い出すようになるのだろうか? というわけで、私の好きな夏の味覚であるトウモロコシを1本食べきったのに、何だか、充実感がないというか、食べたかったものを食べたはずなのに、隔靴掻痒な感じを抱いている私なのでした、とさ。
July 8, 2013
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今日は所属大学の同僚&元同僚の先生方と、覚王山のフレンチ「ビストロ坂Tsukimi」でランチをしてきました。 今日の会合は、私の受賞を祝うために同僚の先生方が企画してくれた祝宴でありまして、私はお呼ばれされる立場。最年少の私がお誕生日席ということでいささかお恥ずかしいのですが、皆さんのご厚意に感謝しつつ、会を楽しむことに。 私を含め六人の先生方は互いに親しい間柄なので、リラックスした会となったのですが、嬉しかったのは皆さんが私の本を熟読してくれていて、中にはその奥様まで読んで下さった先生方もいらして、深い感想を下さったり、私の本の内容に対して突っ込んだ質問をして下さったりしたこと。単に本が出たからお祝いする、というのではなく、本当に味読してくれた上でのお祝いだったので、著者冥利に尽きるという感じ。私は同僚に恵まれました。 そしてそこから話題は本のこと、古本のこと、イギリスのこと、大学の現状、昔同僚だった外国人の先生の近況等々、様々な話題に転じながら、終始和やかな会話が続いたのでした。ま、現職の大学の先生だけで集まると、結構生々しい話になってしまうのですが、引退した先生方も含めると、話もアカデミックな話題が中心になるので、その意味でも良かったかな。 というわけで、今日は職場を離れても付き合いたい同僚の先生方と楽しい時間を共にすることができ、何とも楽しい一日となったのでした。今日も、いい日だ!
July 7, 2013
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さて、蓼科二日目。 美味しい朝食をとり、一本だけ下の歯が生え始めたハナちゃんの笑顔に後ろ髪引かれながら宿を後にした我々が向かったのは、「バラクラ・イングリッシュガーデン」。 ここを訪れるのはもう10回目くらいでしょうか。しかし、このところ4月の半ば、まだあまり花が咲いていない頃に来ることが多く、今回は久々にバラが咲いている時期に来ることが出来たので、やはり素通りはできないなと。何しろこのガーデンに植わっているバラは、すべてがいわゆる「クラシック・ローズ(オールド・ローズ)」と呼ばれるもので、優雅さが違う。 で、バラに限らず百花繚乱状態の庭園内を散策しておりますと、なにやら人だかりが。何と今日はイギリスからエスター・リーレイというソプラノ歌手がバラの咲くこの時期にあわせてミニ・コンサートをここで開くのだそうで、これはラッキーと庭園内に造られた会場に陣取ります。 で、『オペラ座の怪人』に1600回以上出演したというキャリアを持つエスターさんが、「アヴェ・マリア」「メモリー(『キャッツ』より)」「サウンド・オブ・ミュージック」等、日本人にも親しみのある曲を4曲ほど披露。さすが本場のプロ。見事なものでございました。コンサート終了後、エスターさんは会場に残って、写真撮影などもOKということだったのですが、遠慮深い日本人聴衆のほとんどはそのまま帰ってしまったので、それでは逆に失礼だろうと、私と家内はつかつかとエスターさんのところに近づき、一緒に写真を撮ったり、感想を述べたりしてつかの間のおしゃべりを楽しんだのでした。 ま、そんな調子で思わぬコンサートも含め、イギリス式庭園の美を堪能した我らは、近くにある「ガムラスタン」という北欧料理の店で北欧料理を楽しみ、それから今度は小淵沢にある友人のギャラリー「月の手」さんにお邪魔し、陶芸家の有吉亙さん、ガラスアートのあいざわゆみさんと互いの近況を報告したりしながら旧交を温めることに。お二人に私のエッセイ集をお渡ししたこともあって、今回は有吉さんと私と双方の仕事哲学を語り合うこととなり、やはり気の合う人というのは仕事に対する考え方も似ているなあと、改めて思わされたことでした。そして今回は有吉さんの素晴らしいデザインのティーカップ(スープカップとしても使える)を2客購入した後、また秋の再会を期して別れたのでありました。 そしてその後、八ヶ岳のアウトレットをちょっと覗いて、今回は食品関係のものを何点か購入し、旅程すべて終了ー! とまあ、一泊二日の弾丸旅行でしたが、一足先に夏休みを先取り、寒いくらいの気候の八ヶ岳山麓ドライブを果たして、英気を養った私なのでございます。楽しんだ分、来週から気合いを入れ直して、頑張りますわ。
July 6, 2013
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週末、高原で過ごそうと、蓼科に向いました。 いつものようにグリーンロードから東海環状道、中央道、長野道と通って岡谷インターで降り、霧ヶ峰を目指します。 で、霧ヶ峰のなだらかな山の連なりに乱れ咲くニッコウキスゲの群生を楽しむ・・・予定だったのですが、今日の霧ヶ峰はその名の通り深い霧に閉ざされ、なーんも見えない。見える範囲の山肌にはキスゲのキの字もなし。あらま、残念。 しかし、久しぶりに車山近くにあるコロボックルヒュッテに立ち寄り、名物のミルクコーヒーとチーズケーキをいただくことができました。 コロボックルヒュッテの創設者・手塚宗求さんは残念ながら昨年お亡くなりになりましたが、今は息子さんと数人の若き山好きのスタッフが交代で切り盛りされているとのこと。この日はスタッフの一人である近藤さんという若者の当番だったので、おいしいコーヒーをいただきながらこの人と雑談。彼の話によると、この辺でも野生の鹿による食害がひどく、ニッコウキスゲの花芽もことごとく食べ尽くされ、黄色い絨毯を敷き詰めたような群生も今は昔なのだとか。で、あまり鹿が増えすぎたので、これを抑制すべく、ロシアあたりから狼を借りてきて、日本の森に狼を復活させることを目指す団体(一般社団法人日本オオカミ協会・HPあり)なるものも今は作られているのだとか。 で、そんな話を聞きながらひと時を過ごした後、近藤さんに別れを告げて我らは一路蓼科へ。目指すは定宿のベルクコットです。 で、蓼科に入り、あともう少しでベルクコットに到着という時、ワインディングした山道の脇から、私の運転するクルマの斜め後ろあたりからふわっと飛び出してきたのが大きな鹿。大きな野生動物と並走するような形になり、あわててブレーキをかけたのですが、クルマが止まる寸前、お尻を押すような形で鹿をつっ転ばせてしまった! わあ、大変だ! しかし、一瞬キョトンとした表情を見せた後、すぐに立ち上がって森の中へとそそくさと走り去ったところをみると、鹿さんに深手を負わせたのではなかったようで、一安心。いやあ、それにしてもまさか鹿の話をした直後に、自分が鹿と接触遭遇するとは! ビックリした! で、そんなアクシデントもありつつの、ベルクコットに到着。そして1歳になった宿の看板娘、ハナちゃんのお顔を見ることが出来たのでした。でまた、このハナちゃんがカワユクてね! ぐずることなく、人見知りすることもなく、いつも我々泊まり客にさりげない愛想を振りまいてくれるの。もう、釈迦楽おじさんはハナちゃんの虜! ハナちゃんの花嫁姿を見るまでは死なないと決意、って感じ。 そして、いつもながら宿の美味しい食事をいただき、あとはのんびり。明日の活動に備えて早目の就寝となったのでした。
July 5, 2013
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テレビを何となく見ていたら、連続して「ヨナナス」の話題が出て、お、今こういうのが話題になっとるのか、と。皆さん、ご存じでした?これこれ! ↓【フジテレビ特番 『SHELLYのオンナ度アップデート!おうちで美ハワイ 直送便SP』】放映商品!D...価格:6,480円(税込、送料別) なんでもフルーツを凍らせてこの機械の中にぶち込むだけで、アイスクリームのような、あるいはシャーベットのようなものがウニョリと出てくるらしい。なんか美味しそうじゃないですか。それが6,480円? 買いか? 以前、デロンギのアイスクリーマーを買って、しばらく愛用したのですが、あれはね、まず冷媒をあらかじめ長時間冷やしておく必要があり、また生クリームもそれなりの量が必要なので、市販のアイスクリームを買うのとどっちが得なのか? という感じになり、やがて使わなくなっちゃった。 でも、ヨナナスなら、バナナとか苺とかを凍らせるだけでいいのでしょ。なんか簡単そうじゃん? 果物まるごとなら、健康的でもあるし。 よーし、大蔵大臣に相談してみよう。もし交渉に成功して、ヨナナスをゲットしたら、また使った感じを報告しますね。乞うご期待!
July 4, 2013
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「喉元過ぎれば熱さ忘れる」という諺がありますが、今日本で原発再稼働への道のりが着々と整備されているのを見ると、まさにこの諺通りのことが現前で起こっているのを感じますなあ・・・。 そう言えば、内田樹さんと光岡英稔さんの対談集『荒天の武学』(集英社新書)を読んでいたら、次のような一節がありました。内田:原発の事故の後、「原子力発電はこれからもやる。だが、事故はもう二度と起こさない」と原子力行政のトップがはっきり国民に向かって言うべきだったと思います。どれほど批判の十字砲火を浴びても、昂然と頭をあげてそう言うべきだった。そう言えば、「じゃあ、絶対に事故を起こさないためにはどうすればいいか」という技術的な問題に論点が移る。技術的な問題だけに限定して、徹底的に考えていったら、「絶対事故を起こさない」ためには、法外なコストがかかることがわかる。そして、このコストを考えたら、原子力発電は「国益上、やめた方がいい」というプラクティカルな結論に至る。「二度と事故を起こさない」とまず宣言すれば、「そのためには原発を止める以外の選択肢はない」という結論にリアルでクールな推論で辿りつくことができた。それを「法定の基準を適用する限り、安全性に問題はない」というような言い逃れをして、むりやり原発再稼働に持ち込んだ。再稼働に際して、「二度と事故を起こさない。事故が起きたらそれは私の責任だ」と断言した人がひとりもいなかった。光岡:とことん理詰めで考えていけばいい。内田:理詰めでいけば、クリアな結論に至ったはずなんです。 (79~80ページ) ま、正論ですわな。 それにしてもこの「理詰め」ってのが、どうしても日本に定着しないのは、どういうことなんですかね。教育の問題かしら? だとしたら「グローバル教育」だの、「小学校英語」だの、くだらない御託を並べていないで、「理詰めに考える」という気質・習慣を教育を通じて日本人に植え付けた方が、よほどためになるんじゃないの? もっとも、日本の子どもたちを理詰めに育てていったら、日本の政治家どもなんて、成人になった彼らから理詰めに排除されちゃうだろうから、それが怖いのかもね。【送料無料】荒天の武学 [ 内田樹 ]価格:798円(税込、送料込)
July 3, 2013
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今日は今年度ゼミ生と初の飲み会に行ってきました。 今年度ゼミ生はたったの二人。こじんまりとした会になってしまうわけですが、それでもそのうちの一人は就職先が決まり、もう一人は辛かった教育実習明け、そして私は私で受賞がありましたから、三人それぞれに祝うことがある。まあ、目出度い会ということでとりあえず景気を付けて行きましょう! さて、例年ですと駅前の居酒屋的なところに行くわけですが、三人で居酒屋というのもちょい寂しいかなとも思い、今回は小じゃれたイタリアンに私が連れて行くことに。当然、サワー系の女子宴会定番飲料なんかではなく、ちゃんとしたワインを飲ませるつもりで。 が! 行きつけのイタリアンに到着し、妙にがら空きの駐車場にクルマを止めていると、中からオーナーご夫妻が出てきて、「すみませーん、今日は定休日なんですー」ですと。月曜定休と思っていたら、第1火曜日だけ火曜日も休みなんですって・・・。ひゃー、残念! ということで、今日は洒落たゼミ会を、という私の野望はくじかれたのでした。 で、プランBは立てていなかったのですが、たまたまこの店に向う途中、宮崎地鶏の店が新しくオープンしていたのを見かけていたので、急遽その店に行くことに。店の名前は「温鶏」と書いて「ほっとり」と読むらしい。 で、とりあえず飲み物(結局ビールだとか、サワー的なものになっちゃった!)を頼み、後は適当に注文していったのですが、一番の売り物であろう、宮崎日向地鶏の鉄板焼きは勿論美味しかったですし、またつまみ三種盛りの中に入っていたじゃこ乗せ冷奴がすごく珍しくておいしかった。これ、普通の豆腐ではなく、モッツァレラを思わせるようなもちもちとした食感の独特の豆腐が使ってあるのですが、九州の方の名物なのでしょうか。そしてシメに食べた宮崎の名物料理「冷汁」もなかなか。それなりに面白みのあるお店でした。もう1回くらい、プライベートで来てもいいかな。 で、ゼミ会ですが、まあ、今回は今年度最初のゼミ会ですので、とりあえず探り探り、二人のプライベートを洗っていきます。プライベートですから、あまりここでは書けませんが、ゼミ会終了までには今年度ゼミ生の大まかな日常、家族関係、恋愛方面、趣味嗜好、その辺りの情報をゲット! 今後の指導のベースになる情報はとりあえず掴んだかなと。 ま、大雑把に言うと、真面目だね、二人共。で、ノリがマイペース。大勢で「イェーイ!」という感じにはならず、個人的にピンポイントで面白いと思うことに出くわして小さく「フッ・・・」という感じ。で、私のキャラは二人にとって「フッ・・・」のツボに当たるらしいので、まあ良かった。 ということで、今日は大学外で色々と勉強をした私だったのでした、とさ。今日も、いい日だ!
July 2, 2013
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さる学会誌が、先ごろ亡くなった著名な学者さんの追悼号になっていたので、ちらっと読んだのですが、うーん、これがね・・・。 なにせ学会挙げて追悼号が出てしまうくらいですから、偉い学者さんなのでしょうが、その方が書いたという文章を読んでも、私には完全に意味不明で、何が書いてあるのかさっぱり分からない。まあ、仕事がら色々な文章を読む機会があるわけですが、ここまで分からない日本語というのも珍しいのではないかと。 でまた、やたらに難しい、というか生煮えな言葉が頻発するんだ、これが・・・。「仮想的な共約可能性」とかね。「還元不可能な単一性(サンギュラリテ)を忍耐強く保っていくこと」とか言われても、何をすればいいのか、私にはまるで分からない。 またある文学作品の主人公についての、その方の解説に「むしろバートルビーが突きつけているのは、自己増殖するシステムへの過剰反応がもたらすアパシー(無関心・無感動・無気力)が受動的拒否となって、システムへのラディカルな抵抗と、それゆえのシステムからの究極的排除あるいは離脱(死)に行きつくという、幾重にも屈折した「抵抗」の行方である」とあるのですが、この書き方は一体何! これもね、こういう風に書かれると何が書いてあるのか分からないけれど、ある男が人生に絶望して「何だかもういいや」ってな気持になって、仕事への情熱も失せちゃったら、勤め先の方でも迷惑して、「お前、そんなんじゃ首だ!」ってなことになって、それでそのまま無気力なホームレスみたいになって死んじゃった、っていうことなんですよ。それならそう書けば、一般の人だって「ああ、なるほどね」って思うだろうに、それを「自己増殖するシステムへの過剰反応がもたらすアパシーが・・・」ですからね・・・。 私が文章を書く時、一般人を前に朗読して、耳で聞いて一発で意味が通らない場合、すべて書き直す、という不動の方針で書いているのですが、そんな私の文章道の対極に居る人ですね、この人は。 誰かこの人に「あなたが書いたもの読んだけど、何書いてあるか全然わからないよ」って言ってあげる人は居なかったのかなあ。友達甲斐がないねえ。私がその人の友達だったら、そう言ってあげたのに。 というわけで、偉い先生なのだろうけれども、その人が書いた文章を読んでも、何が書いてあるかさっぱり分からないのだから、私には無縁の人なんだろうなと、思わざるを得なかったのでした。
July 1, 2013
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