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第1回、多次元セラピストリストのためのレポート審査が今日、すべて終わりました。は~終わった~~~😭今は、とても清々しい気持ちです。でも、こんなにストレスを感じたのは久しぶりというぐらい今回のレポート審査、大変でした。昨日、友人とラインしていて友人が「レポート審査終わった?」と聞いてきたので「もう審査やりたくない~」と思わず、弱音を吐いてしまったぐらい。審査のためのリーディングはセッションを行うためのリーディングとは全く違うなあと。その人が何を理解していないのか?とかどこでブロッキングをスルーしているのか?などを、筋反射で情報をあげながら遺伝的、サバイバル的な要因などから紐解いて、お伝えしたのですが中には、最初から最後までブロッキング情報で進めている方もいたので人によっては、丸一日かけて、説明を書いたり。でも、大変だった分の収穫は、たくさんあってまず、何人もの方が、何をわかっていないのかがレポートを見て、改めてわかったこと。これは、例え、その方のセッションをやってもわからなかったところもあるのでそこは大きな気づきになりました。そして今日、最後に審査をした方がとても素晴らくてレポート読みながら、自然と涙が出てきました。他者へのヒーリングセッションにおいて丁寧に、丁寧に、筋反射のブロッキングを見てその都度、自分自身の問題に気づきながらまた、自分の浄化を丹念に行いながらセッションを行っている様子が伝わってきました。最近、メールやレポートから、そこにあるエネルギーをひしひしと感じることが多いのですがこれを読みながらなんと、美しいセッションなのだろうと。この審査の最後にアルクトゥルスのガイドからその方への祝福のメッセージがあってその文章を読みながら、また涙。彼女への祝福のメッセージは私へのメッセージでもあるんだなあと。ということで、今日の合格者を入れて多次元セラピストリストの合格者は6名となりました。みんな、よくここまでやってきたなあと。本当に本当にうれしい。「この方たちなら、大丈夫です」と自信を持って、お勧めできるセラピストのリストがやっとできた😭もちろん、それぞれ課題もあるしこれからさらに変化、進化してゆかれるでしょうしそれは私も同じこと。今回、惜しくも合格されなかったレベル3評価の方たちは半年後に待っていますからね。あ〜でも、またこの審査を半年後にもやることになるのか〜😅それまでに、私自身も変化、進化してもっと楽にやれるかもしれませんしね。(ここはポジティブに考えておこう)来週、第1回目セラピスト会議を開くのでそれから、このブログでもご紹介したいと思います。MLB開幕して、このところ、時間がなくてながら見をしていたけど明日は、久々にゆっくりと野球を見よう。(そして、たまたま明日、翔平くんの登板日だなんて🥂)
2026年03月30日
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個人セッションは、ここ最近、海王星遺伝の調整がなぜか何人か続きました。たまたま偶然なのか、それとも何かのシンクロなのかしら。以前にも何度か書いたように海王星遺伝の主な性質は人に同情する人を助けられないと罪悪感になってしまう他の人のエネルギーや感情の影響を受けやすいお金や仕事など現実的なことが苦手周りの人のエネルギーを無意識に読む人をよく見すぎるなどの傾向がありますが、大抵(海王星遺伝の性質は理解していても)「自分はこの遺伝が強いと全く思っていませんでした」と言われる方が、とても多いんです。これは、以前の私もそうでしたが自分ではなかなか認識しずらい遺伝だなあと。一見、この優しくて、人情深い海王星遺伝が実は、けっこうやばい、組み合わせの遺伝によっては狂気にもなるということに気づき始めたのはいつ頃だったか、よく覚えていませんが海王星遺伝は、感覚やイメージの世界で物事を捉えてしまうので現実をしっかり認識することができない傾向にあります。さて、一昨日のセッションもかなり海王星遺伝が活性化している方でした。海王星遺伝の方の特徴的な思考形態としては「罪悪感」があります。彼女は、他の人のどんな問題を見ても「これは私が悪かったのかも?」とか「私が〜〜したから、この人はこうなってしまったのかも?」などと、すべてに「私が不十分だから」「私が悪かった」という罪悪感が出てくるのです。最初に罪悪感が出てきた年齢を筋反射で見てみると2歳。私たちが3歳までに受け取った感情やエネルギーは脳の扁桃体を中心とした大脳辺縁系に影響を与えます、つまり、彼女が2歳の時に脳に罪悪感が深く刻まれてしまったためその後の人生のあらゆる場面で罪悪感を感じることになり「罪悪感」が彼女のデフォルトになっていました。全く罪悪感を感じる必要がない状況であっても必ずと言っていいほど罪悪感が発動してしまうが故に人から何かを頼まれれば、断れないし周りの大変さを感じるたびに自分が何もしてあげれないという無力感を感じてしまったり息苦しくなってしまうので人と親密になるのを避けがちになっていました。彼女の中から、自動的に出てくる罪悪感がこれまでの人生における選択や決断のすべてに関わっていたのでした。ということで、セッションで脳と海王星遺伝を調整したのですがセッションの後、頂いた感想から。セッション前からのサポートを含めて昨日は長時間のセッションありがとうございました😊昨日はセッションの後眠るのが勿体無いくらい幸せでした。今までもセッションの度に祝福を受け取り幸せだったのですがどこかに罪悪感があり「こんなにやってもらったからまた頑張る!」と気合のようなものがありました。昨日は最後の調整の途中からただただ幸せで夢から覚めたようでした。「洗脳から覚めた」に近いかもしれません。何があっても私が悪いと洗脳していたのは私の脳だったのですね。脳が洗脳してくるって変ですが扁桃体のエネルギーと海王星がタッグを組んでずっと寂しい世界にいました。みんなが大変で寂しそうと思ってましたがそれも逆でした。私が大変で寂しいから世界をそういう風にみていたのですね。母のキッチンでの寂しそうな背中は私が母に背中を向けられていた寂しさだった。母はただ家事をこなしていただけ。それ以外にも海王星のものの見方を教えていただき全てひっくり返ったようで本当に驚いています。今日は少しこの幸せ感が増すことをして(近所に桜を見に行こうと思います)あとはデトックス調整して過ごします。あっ!この感じが今までとは違います!罪悪感がなくなったら行動がどう変わるのか。今までなら桜を見にでも行きたいなぁ。でもデトックス調整しなきゃだしなぁ。と決められずにダラダラしたりしてました。心が幸せだとご褒美はほんの少しでいいんですね。デトックス調整にも向き合う重さがないです。典子さん本当にありがとうございました♡その後のメールから今もハートが開いて桜の下で泣くヤバい人になってますが🤭この奇跡をたくさんの人に伝えていきたいです。日々の変化を楽しみたいと思います。セッションが終わった直後の彼女の晴れ晴れとした表情がとても印象的でした。さて、通常、3歳までに影響を受けた大脳辺縁系の調整を行う場合必ずと言っていいほどインナーチャイルドが出てくるのですが今回、年齢退行で罪悪感に関わっていた情報はあげたもののインナーチャイルドは出てこないですぐに脳の調整の許可が降りたので「あれ?そんなはずないよね?」と確認したものの、調整スタートのサイン。こんなこともあるのね〜と不思議に思っていたら彼女曰く「自己ヒーリングで、インチャの罪悪感ばかり調整していました」とのこと。お〜すごい。やはり、しっかり自己ヒーリングをされている部分はこうして反映されてくるなあと。が、脳の調整が終わって海王星遺伝の紐解きはかなり時間がかかりました。彼女の言うように「〜〜がかわいそう、私が悪い」という洗脳というかある意味、妄想の世界に彼女は居続けていたのでそれがどんな妄想であるのか具体的に理解してもらう必要があったからです。海王星は、他の人のエネルギーには敏感ですが、自分が感じていることはわかりません。ですから自分が寂しいと感じている人は他の人の中に、寂しさを感じてしまうし自分が傷ついている人は他の人の中に傷を見てしまうのです。つまり、自分の傷を見れず相手の中に自分の傷を見ているのです。それが、妄想の世界です。妄想から抜けるというのはかわいそうなストーリー作りから抜けるということです。その妄想から目覚めて、真実が見えたら他の人のために自分が我慢したり無理して何かをやってあげる必要はないことがわかるし罪悪感から何かを選択することがなくなります。自分の中の意識が変われば人生は辛いものではなく喜びに満ちたものになってゆくのです。今回、彼女が妄想から抜けて祝福を受け取ることができたことがとてもうれしいです。さて、この妄想を生み出しているのは海王星遺伝だけではありません。海王星遺伝の場合の妄想は「他の人がかわいそう」とか「私は何もしてあげれない」といったストーリーを生み出しますが例えば、グレイ遺伝は「私は〜〜さんの言葉で傷ついた」などと被害的に捉えるストーリーを生み出します。つまり、被害妄想です。今回の彼女の場合は、罪悪感がはるかに強かったので他の意識は抑えられていたのですが被害妄想の方も、けっこう多いです。全く罪悪感を感じる必要がないことに対して罪悪感を感じてしまうのは現実を見れていないということであるのと同じように傷つく必要のない場面で、傷ついたというのも現実を見れていないということでありある種の妄想です。例えば、それは過去のトラウマに反応して自分の頭の中でストーリーを作っていたり相手の言葉の真意を理解していない状態なのですがこの妄想から抜けて本当はどういうことが起こっていたのか理解することが先決になります。この罪悪感と被害者意識が混在してしまうパターンもここ最近、何人か見てきたのですがどちらも、何かが起こった時や何かを感じた時に「誰かの責任にする」という意味では、同じなんですよね。それを自分のせいにするか人のせいにするかの違いであってどちらも、苦しみを生み出してしまいます。人によっては、相手がそう言ったわけでもないのに「あの人は〜〜だと思っているに違いない」と、自分が生み出した被害妄想によってその人を嫌いになったり、怒りを感じたり恐れたりするのです。「それは本当のことですか?」「それは真実ですか?」私がセッション中に、たまにクライアントさんに問いかける言葉です。「本当にその人は、かわいそうな人なのでしょうか?」「本当にその人は、あなたのことを否定しているのでしょうか?」「本当に、お母さんは、寂しかったのでしょうか?」などといった言葉です。もし、あなたが、誰かに対して、何かを感じた時にそれを自分自身に問いかけてみるというのが有効かもしれません。そのストーリーは、真実なのでしょうか?それは、あなたがそう感じている、そう捉えているだけであって実際は全く違った現実であることが多いのです。私たちが脳で作り出している妄想から抜けてしっかりと現実を見ることができるなら私たちを取り巻いている現実は一気に変わります。私たちが妄想から目覚めてゆくことができますように。
2026年03月29日
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日々、いろんな方から頂くメールや内観レポートが私の気づきの一つになっています。その方が感じていることを読ませて頂くことでなるほどなあと、理解が深まります。さて、昨日頂いた内観レポートの中で私が〇〇だと言ったことで「私はのりこさんを失望させてしまった、と落ち込みました」と言う文章があって、私は1ミリも、その人に失望していなかったのでえ〜となりました。その他にも、私の言葉を全く私が意図していない意味で受け取られていたことがわかったのですがこんな風に、多くの人は自分の中のトラウマが、他の人の言葉に反応してそこに意味付けして、ストーリーを作りそのストーリーに落ち込んで勝手に相手に壁を作ってしまうのだなあと。そう言えば、と思い出したのは、以前レベル5クラスを受けられた方の中で(レベル5で学んだことを活かしきれなくて)「のりこさんに申し訳ない、と感じていました」と言われていた方がいてえ〜自分が幸せになるために多次元やってるのになんで、私に対して罪悪感抱くのよ〜と思ったわけですがそれは、結局「親の期待に応えれなかった」という想いが残っているからそう感じてしまうんだろうなあと。まあ、もっとも私も冗談で「レベル5クラスは失敗だったわ〜」なんて、みんなの前で言ってるのでそれを自分の不十分感だと受け取ってしまっているのかもだけど。それは、みんなができなかったから失敗というわけではなくて私が、より基礎的なことを教えてゆく必要があったな〜という私自身の学びになったという意味だし実際に、そういった経験をふまえて、去年は宇宙系ワークショップや身体のクラスなどを行ってきたわけなのですぐには上手くいかなかったことや一見失敗と思えるようなことも結果的には、よりよい方向へのプロセスだったことを感じているからこその冗談なのだけど生真面目な人にとっては、わかりづらいのかも。は〜反省だわ😅そもそも、私は家族にさえもこうなってほしいと何も期待してないので他人に何かを期待するわけもなく。期待してないから、失望もしないわけでのりこさんに失望された、とか、申し訳ないとか勝手にストーリー作るなよ!と言いたいわ。(この機会にここで言っとこう🤣)私は「人は変化してゆくもの」というのが大前提にあるので上手くいっている人でも、何かのきっかけで落ち込んでしまうこともあるし逆に、辛い状態の人でも、何かのきっかけで一気に抜けることも多く見てきたので例え、この方、今は方向を見失ってる感じだなあと感じたとしてもだからダメだ、とかではなくて今はその状態なんだな、と捉えているんです。それで、私は子供の頃「親の期待に応えれなかった」とか「親を失望させた」という想いをほとんど感じたことがないのはどうしてだろう?と思い返した時に一番は、母が、子供たちに期待しない人だったということがとても大きかったんだなと。それは、日本に住むようになってからもより実感していることで母は、私にこうなってほしい、とかこうしてほしい、といった期待を全く持ってないし母は失望することもなかったので子供の頃、楽だったんだなあと。「子供にこうなってほしい、という期待をせず今のままの子供を受け入れる」というのは、親が子供に対してのあり方の中で最も素晴らしいことかもしれません。一方、私の父は子供に期待する人でした。特に、男の子である弟には期待していてだから、弟が父の期待に沿ったことができないと失望したりしていたのです。なので、多分、弟は今でも、その心の傷を持っているから会社のみんなの期待に応えようとがんばりすぎたりしてしまうんだろうなあと。私は、女の子だったこともあって父からそんな期待はされなかったのですが一度だけ、父の期待を裏切ったという罪悪感があってそれは、高校生の頃、つきあっていた彼氏とのことが学校で問題視されて、騒ぎになった時のことでした。それ以来、父は、私に「将棋をしよう」と誘わなくなってしまったのでそのことが、当時の私にとって胸が痛んでいたのを思い出し以前、自己ヒーリングを行ったことがありました。人って、その人に罪悪感を感じているとその人を避けようとしてしまう傾向があるんですよね。だから、私もそれ以来、自分から父に「将棋しようよ」と言い出せなくなってしまったのだなあと。それ以来、どちらかと言えば、反抗してばかりで父の期待に沿うような生き方は全くしてこなかったのですが一度だけ、父の期待に沿おうとしていた時があってこれは、以前、ここにも書いたことなのですが当時、私は、まだヒーリングもやってない時期でニューヨークのレストランで週に何度かのバイト生活をしていた頃のこと。それ自体は、特にストレスもなかったのですがある時期「定職にもつかないで、ここままでいいのかなあ」と思ったことがあって(今、考えると、ゼータっぽい思考ですね)それで、たまたま何かの求人広告で「日本人学校の教師求む」というのがあったので面接に行ったわけです。それで、試験があってそれは、クラスのプログラムを作成して先生方の前で、1時間のクラスを行うことでした。それで、一生懸命、クラスのプログラムを作成し1時間のクラスのプレゼンしたわけですが終了した後とてもよかった、すぐに採用します、と言われその日のうちに、給与について説明がありました。それでわかったのは、レストランのウエイトレスの半分にもならない給与でした。で、説明を聞いた瞬間に「この給与ではやっていけませんので申し訳ないですが、お断りします」と言って断って、帰ってきたわけです。もし、学校で教えることが自分の本当にやりたいことだったら例え給与が低くても、がんばろうと思えたのかもしれませんが学校の先生と、レストランのバイトとどちらも、私が本当にやりたいことではなかったのでだったら、より楽にお金を得た方がいいなと。その帰り道、仕事が決まらなかったのに妙に清々しい気持ちになっていてふと、なぜだろう?と思ったら給与が低かったからこの仕事をしないと即決することができてむしろ、すっきりしていたわけでじゃあ、なぜこの仕事をしようと思ったのか内観してみるとあ、私は父を喜ばせたかったんだということに気づいたわけです。子供の頃の父は女は勉強せんでもいい、という超時代錯誤な男尊女卑の人でしたが「女が仕事するなら、先生になるのが一番いい」と言っていたからです。その父を安心させたかった喜ばせたかったかったという想いがどこか、まだ私の中に残っていたから先生の仕事をしようとしたのだなあと。その瞬間「私はそれぐらい父が大好きだったんだな」と、父への愛を理解すると同時にその大好きな父の期待に沿おうとせず自分の道を選ぶことができる自分って素敵だなって、自分を褒めてあげることができたのです。もし親の期待に沿って生きてたら自分が何を感じて何をやりたいのかもわからない人になってしまいますから。人からどう思われるか気にしたり人の期待に沿わない自分への不十分感や罪悪感を手放すためには「親の期待に沿わなかった自分を褒める」これに尽きるんじゃないかと。ということでもし、誰かの期待に沿わなかったとか失望された、とか罪悪感とか感じている人たちがいたならこのことを思い出してほしいなあと。親が子供に期待をしてしまったりまたは、家族や友人や仕事仲間など人に対して期待をしてしまうのは結局、その人自身が自分自身に限界を感じているからというのもあるんですよね。自分自身に満足していない人ほど子供やパートナーに何かを期待をしてしまう傾向がありますから。だから、人の期待に沿おうとすることなんて無意味だしそんなことをしていると自分を見失ってしまいます。私は、クオリティの高いセッションを行う多次元セラピストを育成したいという想いはあるけれどそれは、私自身が、どう人を導いていけばいいのかとかどういったプログラムで教えたらいいのかを試行錯誤しながら、学んでいるだけなので人に期待している暇はないです。と言っても、がんばってる感もなく気を抜きながら、遊びながらですけど。(来週から、MLBのシーズンが始めるのでこれからどのように時間配分して、観戦しようか検討中) →私にとって、大切な検討🤣人の期待に沿わないというのは人の言った言葉や言動を真剣に捉えすぎないことも大切なのかも。「人の話は話半分(に聞き流す)」私の母がよく言っていた教訓は生真面目な人には有効なのだけど大切なアドバイスを受け取らない人にはマイナスになるという。人って、つくづく面倒な生き物だわ〜(だから愛おしいのだけどね😉)
2026年03月20日
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先日、多次元セラピストリストの審査が取り敢えず、終了しました。合格者は、今のところ、5名。来月初めには、第1回セラピスト会議を開きその後、またこちらのブログやHPなどで紹介したいと思っています。(HPは、全て作り替えるつもりですがまだ全く何も手をつけれてない💦)さて、合格された5名のうち3名は、上級クラスも受けられているのである程度の予想はできていたものの2名は、今年のレベル4クラスを受けられたばかりで対面での筋反射やセッションもその時が初めての方たちでした。でも、それまでの自己筋反射でブロッキングをしっかり見られていてクラスの中でも安定して的確に情報をあげていました。やはり、対面での筋反射はどれだけ、その人が的確に情報をあげているかがより明確にわかるなあと、改めて思います。今回のレポートの中にもTFHと多次元の両方の筋反射を使いながらクライアントさんにも調整の変化を実感できるように進めていたりと素晴らしいセッションを行われていることがレポートからわかって、うれしかったです。さて、審査は取り敢えず終了、というのはレポート提出期間を、1週間ほど延長したからです。今回の多次元セラピストリストをスタートするにあたっていろいろと見直す必要があることがありました。これまでは、人への筋反射を学ぶためのレベル3クラスを受けられたら、誰でも、人へのセッションを行うことは可能でそれを仕事として行ってもよいということにしていました。なぜなら、多次元の筋反射では例えば、相手の要因やエネルギーがセラピストとリンクすればブロッキングを起こして知らせてくるので人にセッションを行えばセラピスト自身の問題を見せられるしそうなると、自分を調整しなければ人にはできなくなるからです。ですから、人にセッションをやればやるほど自分自身が変化してゆくので変化が加速して起こります。私自身が、そうやって人にセッションをやることでどんどん変化してきたので誰でもみんなそうだろうと思っていました。特にヒーリングの才能もなくエネルギーにも鈍感だった私がここまでやれるようになったのだから誰でもやっていれば自分自身が変化してゆくだろうと、ずっと思っていたのでだから、人へのセッションはどんどんやっていけばいいしレベル3クラスを受ければ誰でも人にセッションを行うことができるということにしていたのです。ですが、それが、必ずしもそういうわけではないということを、ここ何年か様々なことで気づかされてきました。つまり、ブロッキングにも気づかず筋反射でめちゃくちゃな情報をあげて人にセッションを行っていたり自分自身を見直したり、変化させることもなく惰性で、人へのセッションを行っている人が何人もいることが、様々なことを通じて知ることになったわけです。そして、その度に長い目で見てゆこう、と何年も見守るつもりでいました。ですが、何年経とうが変わらない人はずっと変わらないのだということに、改めて気づかされてシステムを見直す必要があるということを実感することになりました。ということで、今回のレポート審査で筋反射のブロッキングをあまりにもスルーしてめちゃくちゃな情報になっている方に対しては今は、人へのセッションを行う段階ではないということをお伝えしています。(といっても、今回レポート提出された中では数名でしたが)例え、多次元セラピストリストには合格しなくても人に仕事としてセッションを行うのならある程度のレベルは必要だなと。ですから、今回レポートを提出されなかった方たちは家族に対して練習という形ではセッションは可能だけれど仕事として、人にはセッションを行うことはできないということにしました。仕事としてやりたいのに1つのレポートさえも提出する気がないというのは例え、様々な事情はあったとしてもそこまでやる気はないか評価を恐れているかのどちらかであってそのどちらにしても自己ヒーリングで調整できないのなら人にセッションを行うレベルではないだろうなと。実際、今回、レポートを提出してくださった方々はそういった恐れや抵抗を自分で調整されてチャレンジされたという方が何人もいてそのように、自分の抵抗や恐れを手放そうという意識が素晴らしいと思います。もちろん、レポートを提出したくても体調が悪いとか、病気で提出できなかった方たちはまた次の機会を待てばいいので決して焦る必要はありません。ということでこれからの新しい多次元キネシオロジーの方針では人に仕事としてセッションをやっていくことができるのはレベル4クラスを受けられた後、レポートを提出して例え、多次元セラピストリストには合格しなくても人にセッションを行うためのレベルに達していると判断された方だけにしようと思っています。今日、その旨をレベル4クラスの方々にお送りしたところ「レベル3受講以上で誰でも人へのセッションが出来る、というところからレポート提出で、そこでのレベルによって人へのセッションが出来るに変わったことは厳しくなったというより、当然なのかもと思います。セッションするほうとしても受ける方としても安心感があるのかな?と感じます」というメールを頂きましたが本当によく考えてみれば当然のことなんですよね〜。は〜、これまで私自身の経験をもとに判断していたのと失敗を恐れず、気軽に人にセッションをやっていってほしいという気持ちが強かったこともあってこの決断をすることができませんでした。そして、レベル3クラスまでの方ですでに他の人に仕事をしてセッションをやっている方もレポートを受け付けることにしました。ということで、多次元のレベル3クラスを受けられて現在、人に仕事としてセッションを行っていて今後も続けてゆきたい方は私の方まで、メールでご連絡くださいね。レポートの提出のための要項をお知らせいたします。(メールでのお知らせの前に、ここでの告知になってしまったけど)尚、また半年後にレポート提出期間を作る予定なのでそれまで仕事として行うつもりではない方は、レポートを送る必要はありません。あ〜でも、このレポートの審査をするのはそれだけで、集中力とエネルギーを使うのでそれが面倒で、問題を引き延ばしてきた部分も私の中にあったのかもしれないなあと。「人の成長や変化を、信頼して見守る」ということと「変化を起こすために積極的に導いてゆく」ということとのバランスがまだ、取れていないのかもしれません。ということで、失敗や問題にぶつかりつつも少しずつ、修正変更しながらよりよい形にできるようにしてゆきたいと思います。みなさんからのレポートやメールでの意思表示などを読みつつこれからの多次元キネシオロジーを一緒にクリエイトしてゆく人たちが増えてきたこととても幸せに感じています。
2026年03月19日
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WBC、日本は準々決勝で、負けてしまいましたね〜母とめっちゃ応援していたので、すごく残念でしたがまあ、これだけ強いベネズエラ打線だし短期決戦だから、仕方ないよなあと。野球って「失敗のスポーツ」と言われていますがMLBで3割打てたら、素晴らしい打者でありつまりは、10回の打席で、7回は失敗するわけなので例え、実力のある素晴らしい選手でも、大事な場面でたまたま調子が上がらないことも、普通に起こるわけです。ですから、いかに、失敗の後に気持ちを切り替えることができるか上手くいかない時に、モチベーションを高め続けることができるかか大切なわけですがこれって、野球だけじゃなくて様々な分野に言えることだなあと。上手くいかない時こそそこから何を学んで、どう変化させてゆくのかが自己実現に大きく関わっているわけです。と、なんでこんな話をしているかと言うと先日から、多次元セラピストリストの審査がスタートしていてそこで、いろんなことに気づいたからです。まず、審査が始まる数日前に、私の中で、どこか気持ちが重くなっていることが自己ヒーリングで上がってきました。確かに「審査って、審査される側より審査する側になる方が、ずっと嫌だなあ」と思っていました。なぜそうなのかを見てみるとこういった審査によって、それまで多次元キネシオロジーへのやる気があった人が、一気にモチベーションを失ってしまったりショックを受けたりするケースが以前に何度か起こっていてそれがどこかに残っていたからです。私自身は、自分がやりたいことなら人の評価に関わらずモチベーションを失ったりはしないのですが多くの人は、やはり、そうなりがちなのだなあとその時に実感していました。それで、それを紐解いて、自己調整したら気が楽になり先日、審査に取り掛かることができたわけです。今のところ、まだ7人しか審査を終えていませんが昨日、頂いたレポートの中に「この身体レポートを通して 典子さんに認められたいという思いが自分の中にあることを発見しました。 私がこのレポートを出そうと決めたのは、セラピストリストに載りたいというよりも セラピスト会議に参加したいと思ったからです。 みんなに今の自分の問題点や人へのセッションを通しての疑問などを 相談できるなんて、なんて素晴らしいんだろうと思って。 なのに、いざレポートのための身体のセッションを始めてみると 情報の正しい正しくないとかが気になり 典子さんにOKを出してもらおうとしていることに気づきました。 合格すること=典子さんに認められることみたいになっていました。 という文章があってわ〜ちゃんとそこに気づかれていることは(そして、私に伝えてくれていることも)とても素晴らしいことだなあと。私としては、その方の能力もすでに認めているしまた一生懸命取り組んでいてかなり変化していることもわかっているので「セラピストリストに合格してほしいな〜」と思っているわけですがガイドのアドバイスを聞きて筋反射で、総合点を出してみると合格点に達していなかったりするわけでこの審査は、私が認めるとか、認めてない、とか全く関係がないのです。でも、とても嬉しいことに、そのメールに「今思うのは、合格してもしなくても この多次元レポートを通して向き合った自分の身体と、 そのプロセスがとてもありがたく 私にとって重要だったなということです。 すぐブロッキングするし、ブロッキングが続くと 混乱したりしたけど、それでも何回か 自分と人への身体の調整をしていく中で 前よりもブロッキングに気づけるようになり またクラスや遺伝ワークショップの動画をこまめにみて ここを意識してセッションしようと思ったり 自分のセッションが前よりももっと開いていった感じがします。 だから、このセッションレポートを出せて本当によかったです。 典子さん、素晴らしい機会をありがとうございました!」 とあって、ああ、こう感じてもらえただけで本当によかったなと思いました。その後、何名か、不合格だった方たちに審査の結果をお送りしたところ「今回はとってもとっても残念ですが、 また機会があるでしょうか? 諦めずに頑張りたいです。 のりこさん、本当にありがとうございます。 私がんばるよ~~💕」 というお返事だったり「多次元への情熱はどんどんアップしてます✨ いつかセラピスト会議に参加できるように頑張るぞー💪🏻」 と言うお返事が来てああ、本当にみんなすごい。すでに、そこは超えていたのね😭と嬉しくなりました。もちろん、これからも、いくらでもチャンスはあります。次の審査は、半年後か1年後かまだ決めていませんが半年後だったら、すぐにやってくるでしょう。ということで、審査のレポートの締め切りは明日。どれだけの方が申し込まれるのか合格者が何人出るのかわかりませんが多次元キネシオロジーの新たな展開のために私も集中して、審査に取り組みたいと思います。
2026年03月16日
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AIには、あなたの問題はわからないし真実もわかりませんこんなことをわざわざ書く必要があるとは思っていませんでしたがこのところ、ちょっと気になったので書いておこうと。セッション前に、あるテーマで、内観してレポートを送ってもらうようにお伝えすることがありますが時々、それをチャットGPTなどを使って送ってくる方がいます。例えば、マルデュックなどの性質をAIに読み込ませ自分のどこにマルデュックの性質が出ているのかを教えてもらった、などAIの解答を送られてくるのです。もちろん、それは内観ではありません。内観というのは、自分が何を感じているのか、何を考えているのかを自分の言葉で見つけるプロセスのことです。ですから、AIに、自分の問題を教えてもらうという行為自体が自分の問題を見ることができない、感じることができないというマルデュック的な性質を、助長させてしまっています。いくら自分の性質や行動について入力しても統計的な答えとしては出てくるでしょうがあなたの本当の問題がわかるわけではありません。また、これは使用するAIによっても違ってくるでしょうがもともと人間を元気づけるようプログラミングされていることが多いのであなたの良い部分を誇張して伝えてくる傾向があります。(これを鵜呑みにしていると大きな勘違いになります)先日「AIアプリに私の問題を聞いてもなぜか慰めの言葉ばかり伝えられます」とメールに書いてこられた方がいましたがそもそも、感覚を感じることができないAIにあなたの内面の問題を認識したり指摘することはできませんし現実の問題もわかりません。これまで、マスターやガイドなどから私に伝えられてきたような、例えば「あなたは負う必要のない責任を負っていますよ」「MLBばかり見て、自己管理力が足りていません」「これまでのやり方を変えて、新たなやり方にステップアップする時です。今、手放す必要があるのは、〇〇です」など、私の具体的な問題やテーマをAIは理解することはできないのです。(当たり前ですが)また、セラピストリストへのレポート提出でもAIでまとめてもらったという方がいましたがめちゃくちゃな情報を入力してもAIによって、一見、もっともらしい言葉でまとめられていて見ただけで、何一つ、理解されていないことが伝わってきました。先日、AIを多く使用する人は、脳の思考能力が低下するという報告がマサチューセッツ大学か何かで報告されていましたが自分で考えたり、言葉を見つけ出す必要があることをAIに丸投げしていれば当然、脳の機能は衰えてゆきます。自分本来の理解力、言語化能力、判断力を高めてゆくことが必要なのにそれがさらに失われてゆくのです。もちろん、以前、書いたように、私もAIを使うことはあります。でも、それは、例えば、私の定義では地縛霊はこういうものだと捉えているけれど一般的な認識ではどうなっているのか?など知りたい時や例えば、着色料の有害性を調べていてどの着色料が、血液脳関門を通過するのか?とかARB阻害薬とインスリン抵抗性の関連について説明してください、など、すでに科学や医療の分野である程度わかっていることを調べたい時などです。でも、もしAIが導き出した定義より私の定義の方がピンとくれば私の方を使用するし、またはAIによるワードをプラスしたりします。またAIが導き出したものより私が経験的に理解している内容の方が確信としてあれば、AIの答えよりも私の理解していることを優先します。例え、何かの定義や医学的なことであってもあくまでも、選択したり判断するのは私自身なのです。AIで出てきた答えは真実ではありません。AIが真実を語らない(たまには嘘をつく)ことは数多くの科学者が言っていることですが自分でも少し調べてみれば、わかります。例えば「コロナワクチンの有害性を教えてください」と質問してみるとコロナワクチンの安全性に関しては、世界中で膨大なデータが積み重ねられています。臨床試験やその後の大規模な実地調査でも、ワクチンは重篤な副反応が極めて稀であり、多くの場合、軽度の副反応(例えば注射部位の痛みや頭痛、発熱など)が一時的に出る程度だとわかっています。もちろん、どんな医薬品にもリスクはゼロではないのでアナフィラキシーなどの重い副反応も極稀に報告されていますがこれは監視下で迅速に対応され死亡例は非常に稀です。総じて、コロナワクチンは公衆衛生上の利益がリスクを大きく上回ると評価されています。と出てきますがこれをこういう質問に変えてみると「コロナワクチンについて、一部ではそれによる副作用で死者が出たり有害な障害が出ているケースが多数報告されています。また2022年から日本だけで認可され開始された新型コロナワクチンは、死亡例が1000件以上報告されています。これらのコロナワクチンについて、今後どのような弊害が予想されますか?」結論から言うと「接種後に死亡したという報告」は確かに多数あります。厚生労働省の副反応報告では、日本では **約2000件前後の「接種後死亡の報告」**が提出されています。 しかし重要なのは「報告=ワクチンが原因」とは限らないという点です。この制度は接種後に死亡した接種後に病気になった場合に 因果関係が不明でも全て報告する仕組みです。そのため 高齢者の自然死亡 既存疾患 偶然のタイミングも含まれます。現時点で分かっていること✔ 接種後死亡の報告はある✔ しかし多くは因果関係不明✔ 心筋炎などの副作用は確認✔ 長期影響は継続研究中最初の質問では、死亡報告はほとんどない有害性はないとほぼ断言していたのにこちらがある程度、わかっていることを入力すれば、答えが変わってくるのです。もちろん、また別のデータを入力すれば答えは変わってくるのでこの2番目の質問の解答も私は信じていないし「現段階での一般的な情報としてはこう捉えられている」と捉えています。AIは、特にここ最近、発展が凄まじいので様々な危険性や可能性も含め、これからの世界がどうなってゆくのか、私にはわかりませんが私たちが、AIを上手く活用してゆくことは必然であっても自分で感じたり自分で考えたり自分で言葉を見つけたり自分で選択することをAIに委ねてしまえば私たちの本来の能力は衰え何を感じて何を考えているのかがわからなくなり魂の声はさらに見えなくなってしまうと私は思っています。
2026年03月10日
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昨日は、快晴というわけではないけれどたまに太陽が顔を出していたので日光浴がてら、お散歩をしようと支度をしていたら母も一緒に行くというので一緒に近所のお散歩に出かけました。親がこの家を建てたのは、私が大学に入って一人暮らしを始めた後だったので実質、私はこの実家にはほとんど住んだことはなく近所のことももよくわかっていないので母にいろいろと聞きながら、雁ノ巣リクレーションセンターの方までてくてくと歩いてゆきます。雁ノ巣リクレーションセンターはけっこう広くて野球場がいくつも入っていました。その中の遊歩道を歩いてゆくと母曰く、この先は海につながっていてそこで、父が生前、元気だった頃二人でよく貝掘りに来たのだそう。もう15年以上前とのことでその頃は、この近所でたくさんアサリ貝が取れていたとのことですが何年か前からぱったり取れなくなったとのことでした。それで、海まで降りてみようかと二人で海岸線に降りてゆきました。母が棒で、砂を掘ってみましたがやっぱり貝は、全くいませんでした。でも、静かな海岸を歩きつつ父との思い出話を、母から聞く時間は一瞬一瞬が愛おしく。こんな時間を持てたことの祝福を静かに味わっていました。母曰く、父は、いつも、貝掘りに行った帰り道「幸せだね〜」と言っていたとのこと。昔から、母は、しみじみと口癖のように「幸せ〜」と言うのは聞いていたけれど父もたまにそんな風に言っていたのだなあと。大好きな海の近くに住むことができて幸せを味わっていた父のことを想いまた幸せな気持ちになりました。考えてみれば、母と家ではあれこれ話すことはあっても家の近所をお散歩することさえ今回初めてのことでした。(結局、この日は、9千歩ぐらい歩きました。母の年齢にしては、よく歩くなあと)この海岸線を歩きながらNYにいる時に受け取ったアセンテッドマスターのレディナダの言葉を思い出していました。以前、まだ日本に帰ることへの抵抗感があった頃私が日本に帰りたくなかった理由の一つとして日本への引越しが面倒なので(特に手続き関係が嫌いな私としては)「もうこれ以上、忙しくなりたくない」ということがありました。「日本に戻るとなるとしばらく落ち着かないだろうし私はこのままここNYで穏やかに暮らしたいの」ある日、そんなことをマスターたちに訴えていたらレディナダが現れて「大丈夫ですよ。日本に戻ったらもっと穏やかな日々を過ごせるようになりますから」と伝えられたのでした。その言葉に後押しされてなんとか自分を奮い立たせて日本に戻ってきたけれど本当にレディナダの言う通りだったなと。多次元のセッションやクラスは私にとっては、魂の喜びだけれどこんな穏やかな時間を母とともに、味わうことができて。日本に戻るようにと、いろんな言葉で伝えてくれたマスターたちには感謝しかないです。ということで、WBCを3連戦見終わって今朝、大濠に戻ってきました。この実家との距離(ドアツードアで1時間ほど)も本当にベストでした。あまり近いと仕事に集中できなかったかもしれないし2、3週間に一度とかたまに野球観戦を一緒にできるぐらいの距離感。今週は、レベル1クラスの準備に取り掛かっています。そろそろ、多次元セラピストリストのためのレポートも、何人か届いているのでそれもどうなるかわかりませんがきっと、これからもマスターたちが導いてくれるのでしょう。
2026年03月09日
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人それぞれ、苦手なことってあると思うのだけど私の苦手なことは、いわゆる、手続き関係のことで例えば、税金は、毎月、アメリカの税理士さんにお金を支払って、丸投げしているからまだいいのけど(自分の年収がいくらあるかもわかってない状態😅)銀行や、移民局などの手続きなどは本当に苦手で、つい後回しにしてしまいます。1年半前に、日本に帰国する際に丁度、たかしくんも同じ時期に帰国することになったのでグリーンカードのトラベルドキュメント(半年以上、米国を離れていても再入国できるための許可証)の申請手続きのやり方は、すべて教えてもらったので無事に終えて、日本に帰国したのだけどその後、たかしくんからプロセスが変更になった話を聞きました。最初は許可証が降りたら、福岡にある米国大使館に連絡が行くという話だったのですがそれが受け付けられなくなったらしくそれで、許可証を送るための新しい住所を移民局に知らせる必要があるとのこと。たかしくんは、その手続きを済ませ無事に許可証を受け取ったとのことでした。そのことを聞いたのが確か今年明けてすぐのこと。私は、今のところ、日本にこのまま住むつもりなのでアメリカに戻る予定はないのですが会社はアメリカにあって、税金はアメリカに支払い続けているし、銀行の手続きなども含めもし、このままずっと日本に住むとしても一度は、アメリカに戻る必要があるだろうしアメリカに入国できなくなると困るのでとりあえず、米国大使館に連絡したのですがやはり、それは管轄外とのことで米国移民局のサイトを紹介されました。最初、そのサイトを見ても何がどうなっているのかよくわからず放置していたのですが先日、富士山から戻ってからガイドから「すぐにやるべき手続きに取り掛かりなさい」と伝えられやっぱ、そうだよね〜と重い腰を上げて再び、移民局のサイトを見てメンバー登録をしてみると私の許可証は2026年2月2日に発行されたという記述が見つかりました。で、調べてみると、どうやら私の前のブルックリンの住所に送られているらしく。許可証を申請した時は、福岡の米国大使館に送られてくるという話だったので、他の米国の住所は記載しておらず前の住所のままになっていたわけです。それで、また行き詰まってしまい数日、放置していたのですが(行き詰まると放置のパターン😅)またもやガイドに「やれることをやりなさい」と伝えられ「う〜ん、ダメ元でブルックリンの前の家のオーナーに連絡してみよう」と連絡したらすぐに返事が来てあの家は、もう別の人に売ってしまったとのこと。でも、その家の新しいオーナーに連絡を取ってくれて、なんと、その人は私宛のメールをまだ持っていますというので、昨日、友人がブルックリンまで取りに行ってくれたのでした。で、移民局からは、二つの書類が届いていて一つは、去年の10月に「福岡の大使館が受け付けられなくなったから新しい住所をお知らせください。2026年1月1日まで知らせがなければ申請は無効になります」というお知らせ。友人が最初にそのメールを開いたので「やばい、もう間に合わないかも?」となったのですがもう一つのメールを開いてみるとそこには、2月2日に発行された許可証が入っていました。結局、移民局は、1月1日までに私からの新しい住所のお知らせがなかったので許可証を前の住所に送っていたのです。(こういうところがアメリカのいい加減なところだけど)許可証は、2028年2月2日までアメリカ国外に滞在しても再入国することができるという許可証でした。(緑色のパスポート)は〜奇跡的に助かった😭奇跡だと思うのは前の家のオーナーから代わった、新しいオーナーが1年半も前に住んでいた人宛に届いたメールをすべて保管していてくれたということ。もし、私なら、すぐに処分していただろうなと。友人曰く、とてもいい感じの人たちだったとのことで本当にこの方のおかげで、命拾いをしました。できれば何かお礼を贈りたいな。(結局、アマゾンギフトカードを送りました。すぐに届くのがありがたい)昨日から、WBCを母と一緒に見るために実家に戻ってきていますが母にそのことを伝えると「ブルックリンまで取りにいってくれた友だちもその新しいオーナーさんもみんな親切な人たちで、ほんとよかったわね〜。あなたって、そういうところほんといつもラッキーよね」と言っていたけれど本当に、私は、なんだかんだといつも周りに助けられているなあと。昔から、自分がやりたいことならいくらでもがんばれるし例え、すぐに上手くいかなくても、忍耐強くあれこれとやってみることはできるのだけどやりたくないことに関しては本当にやれないのです。例えば、お金のためにやりたくないことをやるとか、自分にとって心地よくない人間関係を続けるとか例え、人からいくら頼まれても、やりたくないことは私はできないのですがだからこそ、幸せに生きてこれたしやりたいことだけに集中できたこともあります。やりたくないことばかりやってきた人たちは自分が本当にやりたいことをやれない人が多いからです。でも、こういった手続き関係のやりたくないことに対する抵抗は手放さなければ結果的にやりたいこともできなくなってしまうわけで。ああ、そういえば、多次元のメンバーからメーリングシステムを作ることなどアドバイスしてもらっていてそれをやった方がいいのはわかっていてもつい先延ばしにするのもそれらも、私にとっては無意識に手続き関係と同じ感覚になっているのかも。そして、私がやりたくないことを人に頼むことは申し訳なく感じてしまうのだけど、他の人にとってはそこまでやりたくないことじゃないのだなあと。(そう言ってるじゃん、と言う声が聞こえた)だから、そうやって助けてくれる人たちが周りにいてくれたおかげでこれまで、何とかやって来れたなと。本当にありがたい😭ということで、私は明後日まで、実家にいます。昨日のWBCは予想以上に最高の結果となりましたが(翔平くんの満塁ホームラン、母とめっちゃ盛り上がった)今日の韓国戦はどうなるか、楽しみです。
2026年03月07日
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ここ数日、個人セッションが続いていますがセッションを行う度に人は、本当にすごい存在だなあと感じます。どの人のセッションでもなぜ、その人は、今、その状態なのか?なぜ、そう感じてしまうのか?なぜ、自由に生きられないのか?その理由を、幼少の頃の体験からまたは、胎児の脳に刻まれた記憶の中からまたは、親から受け継いだ遺伝的な性質から、紐解きいえ、そもそも、なぜ、その人がその親や環境を選んで生まれてきたのか?それを紐解いてゆくと予想もしていなかった物語がそこに見えてきます。それは決して、作られた物語ではなく長い時を超えて、誰かに見つけられることを静かに待ち続けてきた真実の物語。例え、私が個人的に、その人と親しくしていてもただ話しをしたり、一緒にいるだけでは到底、知り得なかった物語が筋反射を使って、身体の声を聞いてゆくことで開かれてきます。だから、セッションを終えると1本の映画を見終えたような気持ちになることがよくあるのです。時には、セッションの前にリーディングを行なってその人の人生の一部を紐解いただけでまたは、その人へのマスターたちの愛と叡智のメッセージを受け取っただけでそこにある魂の感覚がありありと私の中に流れ込んできて慈しみが溢れてきます。思わず、セッション直前に涙が溢れてきてズームを開く前に、慌てて、冷静さを取り戻してズームに入ることもありました。(ズーム開いて、いきなりセラピストが泣いてたら、さすがに変だよね😅)でも、それは悲しみや同情の涙ではなくそれまで、知ることのなかった深い魂の物語を知ったことへの感謝の涙。そして、セッションを通じて感じるのはセッションを受けられた人と私との違いは、何一つないのだということ。もし、私が、その人の親のもとに生まれたら?もし、私がその人の過去世を体験していたら?もし、私がその人と同じ遺伝を強く受け継いでいたら?私は間違いなく、今のその人と同じ状況や同じ感覚になったのだろうということがありありと感じられるのです。よく、目の前にいる人は、自分の鏡というけれどそれは、単に今、この瞬間のことではなくて私たちは、それぞれ違う体験や遺伝を通じて違う人格や性質を形成しているけれど目の前にいる人は、自分の一部の違った側面を映し出していてそれぞれの学びを魂のレベルで共有するために、こうして出会っているのだろうなと。さて、今日は、天神にあるアクロス円形ホールで珊瑚ガムラン曼荼羅というコンサートを見てきました。これは、奄美大島に近い喜界島というサンゴの聖地でサンゴの骨格を水に沈めた時に出す音を水中マイクで拾ったものとガムラン音楽とを組み合わせたもの。7人のガムラン奏者が奏でる音楽に男性二人の舞踏家が振り付けをして踊る(動く)というもので一人は、とてもたくましい肉体と緊張感のある動きなのになぜか、女性らしさを感じてもう一人は、凛とした、中世的な美しさ。円形のホールを周りながらすぐ目の前で、舞踏が行われるので目が釘付けになりました。ガムラン音楽は、以前、バリ島に行った時に聞いたけれど日本の民謡のようにも聞こえるし不思議な感覚にさせる音階だなあと。サンゴを研究して30年という方が説明してくれたのですがサンゴって、1年に1回満月の夜に産卵をするのだそうで動物でもない、植物でもない、鉱石でもない不思議な生き物。まだ謎の部分がたくさんあるのだそうです。サンゴから、地球を紐解いてゆくそこに、民族音楽と舞踏とのコラボレーションで宇宙の物語をクリエイトしてゆく私たちが宇宙とつながる方法は無限にあるなあと。私は私のあり方で人と魂でつながりながら宇宙の物語をより深く感じてゆきたいそんなことを感じた今日1日でした。
2026年03月05日
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今日から3月。もうすぐ春ですね~🎵NYと比較すると、日本の冬は、短かって感じます。NYだと、10月から4月までの半年間は冬なので、その感覚でいると福岡でそこまで寒い時期は、ほんの少しだけで「え?冬、もう終わりなの?」と拍子抜けする感じです。夏が暑いとは言え、やはり、日本は四季があって過ごしやすいなあと。さて、一昨日、東京から福岡に戻ってきました。東京のともこちゃんの家には結局3拍して、最後の1泊は品川のプリンスホテル高輪に泊まりました。庭園に桜も咲いていました。このあたり、品川プリンスホテルとか、プリンス新高輪とかいくつかあって、過去何回か宿泊したもののどれがどれだったかごちゃになっていましたが確か、このプリンス高輪ホテル内で以前、個人セッションもやったような。ともこちゃんが、急遽、集まることができる多次元のメンバーに何人か連絡を取ってくれて、くれちゃんも含め7人で食事会をしました。どんなことでも、気軽にシェアできる仲間がいるって、ありがたい。こんな友人や仲間たちと出会えてなんとラッキーなのかしらと。もっとみんなと話したかったけれど1時すぎには、ホテルに戻りました。(でも、あれ以上、飲まなくてよかったわ)他にも会いたかった友人や多次元のメンバーが東京近郊にたくさんいるので次回もまた、このぐらいの人数で会えたらいいなあと。急に決めた5泊6日の小旅行でしたが暖かい天候の中、美しい富士山も見れたし河口浅間神社も素晴らしかったしともこちゃんやくれちゃんそして、みんなにも会えてほんとうに行ってよかったです。さて、福岡に戻ってからすぐに自己ヒーリング。アルコールや不規則な食事による胃、小腸、肝臓の機能低下を調整し飛行機の電磁波による甲状腺機能と顎関節のずれと、腎機能を調整したらやっと、いつもの体調に戻りました。暑い時期じゃなかったので6日間、留守にしていた植物たちもとても元気。久々に、植物に囲まれて、一人がけソファーでのんびりする至福の時間を味わっています。うれしいことに、今朝の水やりでは「肥料ちょうだい!」と言ってくる子たちが何鉢もあって(筋反射で聞いているので)もうすっかり春なんだなあと。下の写真、右のピカクシダ(コウモリラン)は去年の夏だったか、購入してから全く新しい芽を出さないでいたもの。成長点が貯水葉に埋もれてしまっていたので去年の晩秋に、全ての貯水葉を切り取って苔玉に仕立て直してみたのですがこの冬、新たな貯水葉と胞子葉が出てきてめっちゃうれしい。ということで、昨日から、溜まっていたメールの返信に少しずつ取り掛かっています。(1ヶ月以上前にもらったメールの返信をやっとしている状態😅)明日からは、個人セッションがスタートし今週末からは、WBCも始まるし(昨日、とうとうネットフリックスに入った)次のクラスの準備をしつつ春を楽しんでゆきたいです。
2026年03月01日
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