全65件 (65件中 1-50件目)

【2015年2月28日(土)】 7:00起床。6:30に目覚めましたが、寒かったので7:00までベッドにいました。 月末ですので、銀行預金・証券会社残高のチェックと整理。この前からの「断捨離」で定期預金を解約したり、口座そのものを解約したり、株式を移管したりしているので、ちょっといつもより時間がかかりました。 午後のウォーキングは、天気がよく暖かったので気持ちよかったです。4700歩。【重粒子線治療の勉強】 治療費です。保険がききませんので自己負担です。ここでは炭素線でも陽子線でも治療できますが、どちらでも288万円のようです。何年か前に「先進医療」に認定されたので、医療保険で「先進医療」が対象になっていれば医療保険がでます。 私が入っていた医療保険が、去年の4月から先進医療対応になっていて、去年の4月以降の発病に適用されます。私の発病が去年の6月なので、ギリギリ適用されます。本当にラッキー、不幸中の幸いとはこのことです。ただし、格安の保険なので全額ではなく、半分ちょいしかカバーされません。でも「恩の字」です。無利子の貸付制度もあるようです。よろしければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/28
コメント(0)

【2015年2月28日(土)】 今日のウォーキングは、4700歩でした。 このごろ暖かくなって梅の花が奇麗に咲いています。 バラ科サクラ属。開花期は1~3月。非常に多くの品種があります。 中国原産の落葉小高木で、古い時代に日本に渡来したとみられています。 『万葉集』では100首を超える歌が詠まれていることから、奈良時代にはすでに栽培されていたようです。 「ウメ」の名の由来には諸説あり、漢名の 梅 (mei、マイまたはメイ)が伝わり、ムメと呼ばれたとする説、初めに入ったのは生薬で、その名の烏梅 (wumei)が転訛したとする説、熟む実からの転訛説があります。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/28
コメント(0)

【第2日(2000年8月18日)アンデルマット~イランツの3 】 写真は、オーバーアルプ峠に向かう途中で見つけたキリストの像。結構背の高い像で、切り立ったアルプスの山々を後ろにして、よりいっそう崇高さをかもし出しているように思えた。この辺、道は平らに見えたが、実は、緩い登りが延々と続いているので、そう見えなかっただけ。こういうのは体力を消耗するものである。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/28
コメント(0)

【2015年2月27日(金)】 昨日は「何もない一日」と書きましたが、今日は「いっぱいあった一日」でした。 まずR病院に行きました。高血圧の薬がもうじきなくなるし、粒子線医療センター入院時薬局で対応できる薬は限られるので入院中に飲むお薬はもらってきてから入院してくださいと言われたためです。血液検査をお願いし、血液検査1時間後くらいに診察していただけました。 一番心配したCRP値(炎症反応)は、0.04でM病院直近0.27から大きく減り正常値になりました。癌細胞が大暴れしているということはなさそうです。 白血球が3600とM病院直近7500より減少。下限4000よりも小さな値でした。過去の記録を見ると、発病前も4000近辺だったので、あまり問題ないと思います。むしろ発病時に7500に近い高い値を示していたということもあるので、今の3600という値はむしろ歓迎すべき値なのかもしれません。 赤血球関係は、M病院直近値より改善され、全部正常値に入りました。 あと、尿酸値が6.9→8.1、LDL143(正常血139未満)、クレアチニン1.04→1.19が問題点でした。LDLやクレアチニンは正常値から外れているというものの、過去にも経験した値で、あまりシリアスに考える必要はないと思います。でも、尿酸値は痛風の発作が起こったこともあるので要注意です。抗癌剤治療中は尿酸値も下がったので、フェブリクという薬を一旦止めたのですが、今回復活です。 抗癌剤治療中の入院中は入院食だし、アルコールも飲みません。点滴を含め水分をたくさんとります。それが4週間のサイクルで繰り返されてきました。それで、尿酸値が低めでキープできたのかもしれません。それが、1月、2月は普通の生活に戻ったので、尿酸値がまた高くなってしまったのかもしれません。 先生曰く、「フェブリク復活させますが、飲むかどうかは、重粒子線治療の先生とよく相談してください。」薬はもらいましたが、とりあえず飲まないままにしておき、重粒子線治療時も血液検査すると思うので、その結果も踏まえて飲むかどうか決めるようにします。 R病院から帰る途中、前から工事していた新しいコンビニが開店しているのを発見。私の住む住宅地にできた初めてのコンビニです。 午後、二人で同じ地域内にある大学キャンパスまで行って、大学生協が営むパン屋さんで、出来立てパンを買いました。このパン屋さんは、知る人ぞ知るおいしいパン屋さんです。 帰ってきてから私は4700歩のウォーキング。 二人で図書館にも行きました。私は癌に関する本を5冊借りました。 私の病院行きは、CRP値が高くなかったことが収穫でした。 昨日と打って変わって色々あった一日でした。よろしければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/27
コメント(2)

【第2日(2000年8月18日) アンデルマット~イランツ その2】 オーバーアルプ峠に向かう道は電車の線路と並行している。時々、電車もあえぎあえぎ登っていくのとすれ違う。勾配が急なので、ループ式トンネルも使われている。登っている途中、日本の妻から携帯に電話があった。「日本は暑いのに、避暑できていいわね!!」と嫌味を言われてしまった。この景色を家族にも見せてあげたい。(続きます)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/27
コメント(0)

【2015年2月26日(木)】 昨日、証券会社、銀行、病院、最後に飲み会と、午後から夜にかけてずっと動き回ったので疲れたのでしょう、目が覚めたら朝の8時でした。でも、暖かくもあったので、すっと起きることができました。 今日は一日雨模様で、ウォーキングも行きませんでした。 私は、何もしなかった一日でしたが、細々したことですが、医療費の1、2月分のリスト作成と領収書分類ができました。 HIBMCへの通院時の宿泊をHIBMCの近くのCAST兵庫に予約しました。3月4日はツインしか空いてなかったですが、3月10、11日はシングルが予約できました。ここならHIBMCからバスで5分程度です。ツインは5200円しますが、相生の東横インも5000円くらいで、バスで往復すると1400円余分にいります。時間的にも経済的にもツインであっても、CASTのほうがお得です。【重粒子線治療の勉強】 HIBMCのパンフレットから、重粒子線治療可能な「がん」のリストです。 私の「がん」はこの中で骨軟部腫瘍に当たるものです。治療期間は5週間から7週間となっています。先生も5週間から6週間とおしゃってました。 では治療不可能な「がん」は? 胃腸粘膜が照射で潰瘍になりやすく、胃腸などの消化管の「がん」は治療できないようです。また、転移している場合も効果が期待できません。 大きさが12cmを超えるものもダメなようです。私の場合、最初は11cmくらいだったので、最初の段階でもギリギリセーフだったはずですが、抗癌剤治療で7cmまで小さくなっており、腎門部からもより離れているはずですので、この点からも抗癌剤治療をしてよかったということになると思います。よろしければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/26
コメント(2)

【第2日(2000年8月18日) アンデルマット~イランツ(63km、標高差1346m) その1】 第1目の夜、ホテルから出て、一人で夕食をとりに町に出かけた。少し暗くなりかけだが、空はまだほんのりと青く、ヨーデルの歌声がどこからともなく聞こえ、ほどよく騒がしく、何ともいえない、山の町の雰囲気がうれしい。スイス名物のオムレツのようなもの(名前忘れてしまった)を、ビール片手に味わった。こんな楽しみ方ができるのも、もう7年もヨーロッパにいるからだなぁとしみじみ思った。最初は、右側通行も怖かったのに。 あけて第2日。今日も天気が良さそうだ。東に向かう。すぐ急な登りで、眼下にアンデルマットの町が、ゆっくりと小さくなっていく。添付は、第2日のコース(西から東へ)と、アンデルマットの町の写真。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/26
コメント(0)

【2015年2月25日(水)】 別の投稿にも書きましたが、今日は、遠方に出かけなければできないことを、まとめてやりました。いつもの近所でのウォーキングはできないので、これら外出中の歩きをウォーキング歩数にすることにして万歩計を持っていって計りました。 M病院から、M駅まで歩くのが結構あって、結局歩いたのは9900歩。いつもの約倍歩きました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/25
コメント(0)

【2015年2月25日(水)】 今日は、O君との飲み会で、遠方に出かけなければならないことを、まとめてやってしまおうと思い、昨日計画を立てました。1.SF証券に預けている株式を、SBI証券に移管したうえ口座解約2.りそな銀行解約3.M病院で2月度の傷病手当申請 余裕を少し見て、午後1時過ぎに出て、1、3は完了、2はポイントが残っていたので、後日としました。 O君はまだ現役で、仕事が終わってからしか会えないので、昨日のうちに、何度か携帯メールでやりとりして、午後6時に門真駅のマクドの前で待ち合わせとしていました。会って借りていた「グリード」の本返却だけでは面白くないので、久しぶりに一杯やらないかと誘ってみました。 私がM病院に入院していたとき、彼はメニエル病で入院していました。具合はどうかと尋ねたら、「あまりよくはなっていません。でも、お酒はむしろ増えています。行きましょう。」というので、おつきあいしてもらうことに。 彼のホームグラウンドなので、飲み屋さんは彼にまかせました。インド料理、串揚げ、焼き鳥、おこのみやき、居酒屋、何がいいかというので、あえていえば「串揚げ」と注文をつけておきました。門真駅のマクドの前で午後6時に待ち合わせて、彼が予約しておいてくれたのでしょう「旬菜 ぎん庵」という串揚げのお店へ。 私の飲み会は、病気発覚前の去年の6月下旬に、府利瀬で今の会社の同日入社の仕事仲間と行ったきりなので、実に8ヵ月ぶりです。お互いの病気のこと、会社のこと、将来のこと、親のこと、同僚や先輩のことなど、色んなことを話ました。あっという間に2時間経っていました。私はビールのあとは、芋焼酎の「富乃宝山」を2杯も飲んでしまいました。料理も串揚げが美味しく、楽しいひと時でした。 電車で途中までいっしょに行って、再開を約束して別れました。今度は、お互いに病気から脱して、もっと美味しくお酒をいただきたいものです。 写真は、そのお店のホームページのものです。美味しそうです。 よろしければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/25
コメント(0)

【第1日(2000年8月17日)アンデルマット~ウルリッヘン その3】◆ローヌ氷河 峠を少し降りたところにあるローヌ氷河に立ち寄る。氷の表面は白いが、裂け目から覗く氷は、本当にきれいなスカイブルーだ。いあやアイスブルーだ。どれくらい厚みがあるのだろうか。自然の驚異を感じる。先の方は、溶けた氷が轟音を発して、滝となって落ちていっている。◆フルカ峠~ウルリッヘン フルカ峠からオーバーヴァルドまでは、17km、標高差1063mの豪快なダウンヒル。疲れも、どこかに吹っ飛んでいく。振り返ると、写真のように今降り来た道が山肌にへばりついている。オーバーヴァルドからウルリッヘンまでは、谷沿いのゆるやかなルート。ウルリッヘンの駅で列車にチャリを載せ、アンデルマットに戻った。 欧州では、たいていの列車に自転車を載せることができる。スイスでは、最前か最後尾に自転車を載せる貨車がついている。僅かの料金で、分解することなく載せることができる。フックに前輪を引っ掛ける。車掌が上げ下ろしを手伝ってくれる。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/25
コメント(0)

【2015年2月24日(火)】 今日は、重粒子線治療に向けての兵庫県粒子線医療センター(HIBMC)での初診でした。受付時間を12時にしていただいていたので、セカンドオピニオンのときのように特別な早起きをする必要はありませんでした。 8時過ぎに出て、向こうに着いたのが11時40分過ぎ。片道3時間半です。セカンドオピニオンのときのように受付から診てもらうまで時間がかかるのかと思いましたが、今日は12時過ぎに診察いただけました。 今日も院長先生です。先生「どうされますか?」 あれ?重粒子線治療をする決心をしたことは伝わっていると思ったけど。私「ここで重粒子線治療治療をお願いします。」先生「切除の方が再発リスク低いですよ。粒子線治療は腎不全のリスクもありますよ。」 ええ!!! 不安を煽るようなことをおっしゃる。私「切除でも再発リスクは10~50%なので同等だと判断しました。 切除するなら透析になるので、腎不全で透析になっても同じです。 それなら、お金はかかりますが、腎臓が温存できる可能性のある、あるいは腎臓が 温存できる期間が少しでも確保できる、粒子線治療を選択しました。」先生「5年制御率は70%です(再発率30%)。切除したら最初から透析ですものね。」 ひょとしたら、ネガティブなことを言って、覚悟を確かめたかったということかもしれません。「腎臓は全然動かないわけではないので、オチンチンのところから金属マーカーを腎臓ところに入れて、それで位置出しをしたほうがいいかもわかりません。」 最初、どうされますか? と聞かれたのでアレっと思ったのですが、実際には事前に検討してもらっていたのかもしれません。「マーカーを置くかどうか、専門の先生の判断が必要です。 でも今日はその先生がいないので、予約をしてください。」 えぇ!? 余分の手術というかプロセスで、また片道3時間半来ないといけないのか?治療開始もさらに遅れるし。 先生が電話で別の先生を呼んで、画像を見ながら相談してくれました。その先生曰く、「腎門部にはかかっていないので、そこまでしなくていいのではないですか。CTで実際に動いているか見てみてからでもいいのでは?」結局、マーカー設置はとりあえずなしということになりました。 次いで、先生がポートアイランドの医療機関でのPET-CTを予約してくださいました。3月3日。なかなかすぐには空きがないようです。その後の日程は、看護師さんから説明しますとのこと。 この前M病院で、CVポートのフラッシュ(詰まらないように液を流す)をやってもらったのは1ヵ月前になるので、今日お願いしてみました。M病院同様、看護師さんはやる資格がなく医師がしないといけないようで、院長先生自らフラッシュをしてくださいました。先生「看護師さんのほうが上手なのにな。変なルールだね。」と言いながら。 聞いてみたら、やはり1ヵ月1回程度フラッシュはしたほうがいいとのこと。 看護師さんや担当の事務の方々から日程や入院、費用の支払いの説明などがありました。3月3日 PET-CT(ポートアイランド)3月4日 通院検査や身体の固定具作製3月5日 通院検査3月10日 治療計画説明など(通院)3月11日 リハーサル3月12日~ 入院 5~6週間 午後2時ごろ向こうを出ました。 家族に頼まれ近くのスーパーで買い物をしたので、ちょっと遅くなって帰宅は午後6時。 これで日程が決まりまったので長女にも連絡。入院中に色々サポートしてもらわなければならないので・ 今日も確認しましたが、入院しても金曜日の夕方自宅に戻って、月曜日の朝にセンターに戻るというようなことも可能とのことですし。入院までのフリーの日は10日間しかありません。平日にしかできないようなことは、できるだけやっておかねばなりません。忙しくなります。 会社に頼んでおいた雇用契約書のコピーがメールで届きました。契約更改は「可能性がある」と表現されています。契約更改要求して会社が更改しないとなれば、失業給付は240日になります。会社が更改しますといって、私から辞めますといえば150日です。ただし疾病が原因なので、待機期間(普通は3カ月)はなしになると思います。会社から更改しませんとは言ってこないと思うので、私から辞めますということになると思います。この辺もどうするのか近々決めていかねばなりません。 写真は、家内が植えたスノードロップです。 スノードロップは学術的にはヒガンバナ科ガランサス属(Galanthus、スノードロップ属、マツユキソウ属)の総称。ガランサスとも。 雪のしずくのような花の形から「スノードロップ」。日本では「マツユキソウ(待雪草)」とも。 開花時期は2~3月。ヨーロッパ原産。 同じヒガンバナ科にスノーフレーク(Snowflake)があり、名前も似ていて混同しやすいのですが、スノーフレークは4月~5月ごろに白いスズランのような花を咲かせます。花びらの先端にある緑の斑点がスノーフレークの特徴です。 我が家の庭も、少しずつにぎやかになってきました。よろしけれぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/24
コメント(0)

【2015年2月24日(火)】 今日は、HIBMC(兵庫県粒子線医療センター)での初診でした。近所の医者に行くのとは違い、片道3時間半ですので、一日仕事です。自宅近くまでバスで帰ってきたら、すでに5時半過ぎ。 バスに乗っていたら家から携帯に電話がかかってきて、スーパーに寄って買い物をしてきて欲しいとのこと。短時間でもウォーキングをしようと、スーパーの最寄りのバス停で降りて、スーパーには少し遠回りで行きました。スーパーからの帰りも含めて1500歩。HIBMC往復での歩数を含めると5000歩はいったでしょう。 だいぶ暖かくなりましたが、木々の葉は冬の姿のままです。これから、少しずつ緑が増えていくのが楽しみです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/24
コメント(0)

【第1日(2000年8月17日)アンデルマット~ウルリッヘン その2】 フルカ峠に向かいます。◆アンデルマット~フルカ峠 レアルプまでの8kmは緩やか登り、ここから平均斜度6.9度のキツイ登りが13km続いた。途中から、小雨と向かい風で、ついに、もう少しで峠というところで、降りての押しが入ってしまった。 途中、牛たちが気持ちよさそうに草を食んでいる。まるで、あえぎあえぎ登っていく私を笑っているように。 ようやくフルカ峠に到着(写真左)。万年雪が残っている。◆フルカ峠からのダウンヒル 峠からは、一気のダウンヒル。道が九十九(つづら)折れに続いている。胸が高鳴る。(写真右) よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/24
コメント(0)

【2015年2月23日(月)】 今日は新聞の天気予報では晴れの予報でしたが、またまた不安定な天気の一日でした。銀行の口座解約とウォーキングのみ外出。それ以外は家にいました。 銀行口座の解約は私の京都中央信用金庫分です。悪性腫瘍が発病したころでしょうか、家内の口座も解約済みでしたので、これで中信の口座はゼロになりました。これで、だいぶスリムになりました。あと、私の「りそな銀行」解約で銀行口座についての「断捨離」一旦完了です。 再就職先の退職の件です。 雇用契約書内の契約更改についての書き方によって、失業給付の日数が変わってくるこが分かりましたので、私の雇用契約を確認しておく必要があります。でも、雇用契約書の控えは会社に置いたままになっているため分かりません。やむなく人事の担当者に、理由は話さず、雇用契約書のコピーを送ってもらうようにお願いしました。 私が雇用継続を希望して、会社が延長しませんと言ってくれたら、失業給付の条件はよくなります。色々考えましたが、これは心情的にはとりたくない方法です。辞めるなら、私から「辞めます」と言いたいです。そうなると、給付日数は短い方になるので、雇用契約書の内容は関係なくなってくるのですが。 暖かくなって、家の庭にクロッカスが咲きました。前から植えてあったのですが、去年はあまり咲かなかったのですが、今年はたくさん咲いたようです。昨日の夕刻家内が写真を撮ろうとしたのですが、どうも夕方には花を閉じてしまうようで、今朝、写真を撮りました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/23
コメント(0)

【2015年2月23日(月)】 今日は、早めのウォーキングで、「もみじ坂コース」。イソギンチャクに似た花が咲いていました。名前が分かりません。ご存じのかたがおられれば教えてください。この前には気が付かなかったので、この暖かさで急に咲いたのかもしれません。 途中でポロポロと雨が降ってきましたが、傘を差すほどではなく、4800歩歩きました。南北に傾斜した住宅地で、このコースは南北を行き来するコースなので、一番疲れます。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/23
コメント(2)

■旧東海道歩き 旧東海道を歩いて旅しようと思い、その最初として、2013年9月29日(日)に日本橋から大森まで歩きました。そのようすを、少しずつ投稿アしてきました。お読みいただきありがとうございました。 もう一度歩いたルートを掲載しておきます。 会社勤めの身ですので、この第1日目のあと、土日を利用して少しずつ歩き足していく予定でした。しかし、その後、なかなか忙しくて歩き足しができないまま、悪性腫瘍との闘病生活に入ってしまいました。 これから重粒子線治療で、残っている片方の腎臓を温存したままの治療をします。きっと、またこの歩きが再開できると信じて、治療に励みます。再開したら、またアップします。よろしければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/23
コメント(0)

ドイツ駐在時に実行した「スイス自転車横断記」です。【スイスを自転車で横断することを思い立つ】 仕事の関係でドイツの南部に1995年5月から2001年末まで約7年間住んでいました。最初の5年は家族といっしょでした。子供の学校の関係で、家族が2000年7月に帰日し、単身赴任に。これをきっかけに、前から暖めていたチャリンコでのスイス横断にチャレンジすることに。 日本にいた時も、独身時代に一人または友人と、南/東/北北海道、渡島半島一周、東北北部、能登半島一周、琵琶湖一周、紀伊半島半周、四国半周など楽しんでいましたが、久しぶりの長距離サイクリングとなりました。中年サラリーマンとなると長期の休みを取るわけにもいかず、夏休みやウィークエンドを利用して、つなぎつなぎでの横断です。 2000年夏から2001年夏にかけてのチャリ記です。【第1日(2000年8月17日)アンデルマット~ウルリッヘン その1】 距離42km、最大標高差1085m 地図の青い線は第1日目のルートです。 まずは、夏休みを利用して2泊3日のサイクリングを計画。愛車アウディA6にチャリンコを背負い、朝早く家を出発。アウトバーンを飛ばしてスイス国境まで約1.5時間。スイスはEUに加盟していないので、パスポートコントロールがある。チューリッヒの町を突っ切って、アルピニストの基地アンデルマットへ。ツーリスト・オフィスで宿を予約。駅前のレストランに入ってパスタで腹ごしらえして、正午近くにいざ出発。 以前、日本に住む母と妹を、こちらでの旅行に招待したとき、マッタ―ホルンに連れていったのですが、そのとき車で通ったコースで、いつかこんなところを自転車で走れたたらいいなぁ、と思っていました。それが、ついに実現するときがきました。よろしければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/23
コメント(0)

【2015年2月22日(日)】 7:00前に目が覚めてそれ以上眠れそうになかったので起きちゃいました。身体も以前のように疲れを感じなくなったし、暖かくなったし、早く起きやすくなりました。でも、これからまだまだ癌とお付き合いしていかなければならないので、抵抗力を保つためにも、睡眠不足にだけはならないように気をつけなければなりません。 昨日、あんなに天気がよかったのに今日はもう雨模様。天気が変わりやすいですね。ということで、私が散歩に出かけた以外は我が家は誰も外に出ませんでした。 会社を休み始めたのは去年の7月ですから、すでに7か月以上経過しました。1年契約の契約社員なので、会社側もどうしたものかと考え始めていると思います。この4月が契約更改です。透析しなくてすむ重粒子線治療を選択しましたので、うまくいけば職場復帰できる可能性もあります。でも、家内の体調不良のこともありますので、治療がうまくいったとしても退職することも考えておかねばなりません。 あと、今の会社でこれからも働き続ける価値を見いだせるか、それと、前の会社を辞めるときに考えていた違った方向へのチャレンジ(たとえ収入がなくても)をどう考えるかです。 では会社を辞めるとして、どんな方法が経済的には一番いいのでしょうか。もちろん私自身の気持ち上どんな方法がいいのか(「発つ鳥後を濁さず」的なこと)とかの問題もありますが、一旦純粋に経済的な側面だけ考えてみたいと思います。 重粒子線治療は健康保険が効きません。医療保険で半分強カバーできるとはいうもののかなりの出費になりますから、現実には経済的側面もよく考えないといということもありますし。 今まで色々ネットで調べてきましたが、今日も調べました。 色々分かったこと。・傷病手当は、仕事につけない間は、支給開始から1年半もらえる。 すなわち、就業不可能であれば、あと11カ月くらいもらえる。・失業保険は退職前の2年間に12カ月以上雇用保険を払っていれば 支給対象になる。 私の場合、2013年4月下旬から2014年6月末までの出勤だったので、 今年の6月までに退職すれば失業保険給付の対象になる。 それ以降退職になると給付されなくなる。・疾病での退職の場合「特定理由離職者」になり、給付の待機期間が 一般の人では3カ月あるがそれがない。・給付期間は一般の人と同じ150日間(後日訂正:私の場合、一度フルで失業給付をいただいており、 その後、雇用保険期間が1年以上5年未満なので、90日間が正しい)・ただし、本人が契約更改を希望するのに、会社のほうから契約更改 しなかった場合、240日間の給付期間になる。(後日訂正:上記と同様の理由で、150日間が正しい。・退職時傷病で就業不可能で傷病手当をもらい、就業可能となった時点で 失業給付をもらうことは可能。・失業給付をもらうと、その期間は特別支給の老齢年金をもらうことは できない。・私の場合、傷病手当>失業給付>特別支給老齢年金 (私の場合だけでなく、一般的にそうかもしれませんが)ややこしいですが、単純に経済的側面だけ考えると、(A)・私がこの4月の契約更改を希望するも、会社が契約更改をしない。・会社を辞める・失業給付期間の延長・傷病手当をもらう。可能な限り長く。・傷病手当が切れた時点(働ける状態になった時点)で失業給付をもらう(240日) (後日訂正:前記のように150日が正しい)・失業給付が終わった時点で、特別支給老齢年金をもらう(B)会社が契約更改を認めるとすると、・自己都合だが傷病理由で4月ごろ会社を辞める (6月以降も会社にいると、就業可能と判断された時点で、傷病手当が 打ち切られ、失業給付ももらえない。(注)傷病手当の診断書は医師との交渉次第だとは思いますが)あとは(A)に同じです。ただし、失業給付は150日 (後日訂正;前記のように90日が正しい)いやらしい話ですが、会社を辞めるという決心をしたら、経済的側面だけ考えれば、・こちかららは働き続ける意志ありとの姿勢を見せる・会社側から契約更改がないならそれでOK。辞める。・会社側から契約更改するとのことなら、4月頃、傷病理由で辞職。・傷病手当を可能な限りもらい続ける・失業給付をもらう・特別支給老齢年金に切り替えというのが正解のようです。 【重粒子線治療の勉強】 しばらくお休みでしたが、重粒子線治療もお勉強、時々やっていきます。 重粒子線を作り出すための加速機が必要です。写真では大きさは分かりませんが、非常に巨大なもののようです。そこで作り出せれた重粒子線が治療装置のところまで飛んできます。よろしければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/22
コメント(0)

【2015年2月22日(日)】 昨日あんなに天気よかったのに、今日はもう雨模様。 雨が降っていないときにウォーキングに出かけましたが、途中で結構強い雨が降ってきました。4分の3は傘をさしてのウォーキングになりました。 ウィンドブレーカーの上着なしで、セーターでのウォーキングでしたが、十分暖かかったです。どんどん春に近付いています。 スイセンが咲いていました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/22
コメント(0)

【2015年2月22日(日)】 「がん」の重粒子線治療に向け、「断捨離」進行中です。一つは、クレジットカードの「断捨離」です。 ヤマダ電機カードを今日解約しました。 これで、クレジットカードは、私が3つ、家内が5つになりました。それぞれ2つにしたいところです。よろしければぽちっとお願いします。にほんブログ
2015/02/22
コメント(0)

■旧東海道歩き 昨日までで、2013年9月29日の第1日(日本橋~大森)の歩き記録アップ終了です。 今日は、この歩きに使った地図を紹介しておきます。 旧東海道を旅するには、旧街道の位置を知る必要があります。ネットでも色々入手するのは可能ですが、印刷するのも大変なので、本屋さんに行って買い求めました。あまりたくさん種類はなかったのですが、使いやすいと思って買ったのが写真の地図です。 山と渓谷社 「ちゃんと歩ける東海道五十三次」。東と西の2冊になっていて、私が買った2013年時点で1冊3000円+税です。ちょっとお高いです。 その理由は、買う人数が限られているのと、もう一つの写真にあるように、折りたたみ式で何枚か貼り足してあるからだと思います。 東編に「真ん中の宿まで245キロが15メートルの長~い両面一枚地図に」とあります。街道近くの見るべきポイントとその簡単な説明が地図の上に書いてあり使い勝手がいいです。そのまま持っていってもよかったのですが、雨が降ったりして、ボロボロになっても困るので、歩く部分だけコピーして持っていきました。 旧東海道歩きをしてみようという方にはお薦めの一冊いや二冊です。よろしければぽちっとしてください。にほんブログ村
2015/02/22
コメント(0)

【2015年2月21日(土)】 7:30起床。疲れはありません。暖かくて朝起きやすかったです。 午後遅く修理した車をピックアップしなければならないので、早めのウォーキング。ワンちゃん連れでなく、久しぶりの二人だけのウォーキングになりました。暖かく、風もなく気持ちのいいウォーキングでした。後半は私一人でウォーキングを続け、4600歩のウォーキングでした。 その後、バスで車のディーラーまで行って修理の終わった車をピックアップしてヤマダ電機へ。「断捨離」のため、ポイント残を使いきった後、ヤマダ電機のクレジットカードをキャンセルしたかったためです。買い物でポイントを使い切って帰宅。早速カード会社に電話しましたが、営業時間が終わっていて解約できず。明日、解約です。 そのほかに1件、小さな「断捨離」。重粒子線治療に向け、色々「断捨離」を進める毎日です。よろしければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/21
コメント(0)

■旧東海道歩き 内川橋のたもとに、「するがや通り(羽田道)道標」があります。内川沿いに旅籠駿河屋があったのが、名の由来です。羽田弁天や川崎大師への参詣道でした。 2013年9月29日(日) 9:20に日本橋に向かって東京駅を出発して、一日歩きました。だいぶ足も疲れました。昼食はどうしたか書いていませんが、はっきりは覚えていません。確か、沿道でお祭をしていたので、何かバザーで売っていたものを食べたような記憶があります。京都歩きとは、また違った面白さのあるウォーキングでした。是非、近いうちに二日目と思っています。その日は、京急大森駅から京急で品川まで行き、新幹線で帰りました。歩き日:2013年9月29日よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/21
コメント(0)

【2015年2月20日(金)】 兵庫県立粒子線医療センター(HIBMC)での重粒子線治療初診は2月24日です。それは決まっていますが、以降の日程が全く分かりません。なので期限があるものはできるだけ早くしておく必要があります。 その一つが確定申告。 昨日、修正を終え提出スタンバイ。郵送でもいいのですが、医療の領収書類が結構ボリュームがあり、郵送すると500円くらいかかりそうです。今日、車の修理のついでがあるので持参することに。車で行って、少し離れた臨時駐車場に停めて右京税務署へ。2人並んでおられましたが、ほどなく受付け完了。 その足で、車のディーラーへ。1泊で修理してくれるのですが、代車が準備できなかったのでバスで自宅まで帰らないといけません。30分に一本しかバスがありません。車を置いて帰ろうと思ったら、運悪くちょうどバスが出た後で次のバスまで30分あります。それならばということでバスの路線に沿って自宅に向かってウォーキング。2つか3つ先の停留所までウォーキングして、そこでバスを捕まえて自宅に戻りました。4700歩のウォーキングができたので、午後のウォーキングはなしです。 写真は、2月17日の誕生日に家内と娘たちにもらったColumbiaのリュックです。 復活して、このリュックで京都を歩きたいと思います。途中になっている「京都一周トレイル」を二人いっしょに踏破したいと思います。よろしければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/20
コメント(0)

■旧東海道歩き 日曜日で商店街のお店は休みのところが多く、シャッターが閉まっています。そのシャッターに、昔の街道の様子が描いてあったりします。 写真はその一つ、川良海苔店(「かわりょう」と読むようです)のシャッターです。海苔の本場で大森で、創業75年だそうです。そういえば、大森屋の海苔とうのもありましたね。 大森は、日本の海苔養殖発祥の地とも言われ、海苔生産の中心的な役割を果たしてきたそうです。しかし、東京オリンピックに向けて、昭和37年の埋め立てにより、大森の海苔養殖の歴史は閉じられたそうですが、今も昔の名残で大森には海苔屋さんが多いそうです。歩き日:2013年9月29日よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/20
コメント(0)

【2015年2月19日(木)】 8:00起床。昨日のお墓参りの疲れが残っていますが、心地よい疲れで、わりと元気に起きることができました。今日は、晴れているけど風が強く、雲の流れが速くて、分厚い雲の下に来ると雨が降るという不安定な天気でした。 午前中、二人でワンちゃんを月一のトリートメントに連れていきました。 漢字のクロスワードは私をケア中の家族の楽しみのい一つです。最後の方にいくつか分からないのが残り、いつも3人でいっしょに考えます。次女がこいうとき結構正解をだして我々を驚かせます。「XXちゃん、すごい!!!」私や家内が感嘆することが間々あります。クロスワードの言葉は簡単なものが多いのですが、どうしてもむつかしく考えすぎです。次女は若くてまだまだ豊富でないボキャブラリーのなかで考えるのでかえってよいのかもしれません。言い訳ですが・・・・ 明日は、自動車の修理を持っていくついでに、税務署に確定申告を提出します。私は小さな駐車場をやっていて、いつもは税金を追加で払うのですが、今回は医療費が非常に高額になったので、逆に還付になりました。申告書はだいぶ前に完成していたのですが、医療費控除で気になったところがあり、ネットで調べて間違っているところがあることが分かったので修正しました。・健康診断は普通は控除対象にならないが、治療に繋がれば控除対象になる。・診断書は控除対象にならない。よろしかったっらプチっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/19
コメント(0)

■旧東海道歩き 一旦旧道に戻り、仲町商店街に入ります。京急平和島近くに美原不動尊があります。 美原は往時、魚市場通りと呼ばれ大森の海でとれた魚を商う店があり、評判だったとのこと。南原・中原・北原を三原といい、これを美称して美原となったようです。歩き日:2013年9月29日よろしければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/19
コメント(0)

【2015年2月18日(水)】 抗癌剤治療中も月に一度の三重へのお墓まいりは欠かさず行きました。自宅療養中は体力的には問題なく、私も行ったりしましたし、入院中は長女に行ってもらったりしました。今回は私一人で行くことになりました。 今日は、あまり天気よくないので延期したかったのですが、明日はワンちゃんのトリートメント、金曜、土曜は車の修理、月曜日は粒子線医療センター初診の前日。そして、火曜の粒子線医療センターの診察以降はどういう日程になるのか皆目見当もつかないので、本日決行としました。 こちらを出るときは大雨でしたが、三重では天気予報どおり、雨が時々パラつく程度でした。 今日はお墓参りだけではなく、色んなことできました。氏神様へのお参り、銀行投信の解約、駐車場の草刈りやメンテなどなど。もともと計画したことはすべてできました。忙しかったです。しんどかったです。午後5時過ぎに出て、家には7時前に着きました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/18
コメント(0)

■旧東海道歩き 磐井の井戸の近くに、磐井神社があります。 京都検定の勉強でも出てきた式内社の一つだそうで、古い格式を持つ神社です。「三代実録」によると、貞観元年(859)この神社を武蔵国の八幡社の総社に定めたといわれ、また、平安時代(10世紀)に編纂された「延喜式」の神明帳に記載されています。江戸時代には、徳川家の将軍も参詣したと伝わります。歩き日:2013年9月29日よろしければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/18
コメント(0)

【2015年2月17日(火)】 朝7:30起床。このごろ8時までは眠れません。少し疲れていますが、それほど寒くないので、起きるのは楽でした。 今日は私の60回目の誕生日。なんと還暦。アンビリーバブルです。赤いチャンチャンコを着て、悠々自適の生活に入りたいですが、まずは病気とのおつきあいです。 夕食は私の好物の「鉄板焼き」にしてくれました。「鉄板焼き」にはビールでしょう。久しぶりにビールもいただきました。 家族がネットでバースデーケーキを頼んでくれていました。私がこの前の家内の誕生日に買ったケーキがお洒落で美味しかったので、そこで頼んでくれました。横浜の「木かげ茶屋」というお店です。お薦めです。写真のような、お洒落なケーキです。 家内と次女からはColumbiaのリュックのプレゼント。今使っているのは、昔家内が使っていた赤いリュックなのですが、使いにくそうなのでとのこと。しっかりとした使いやすそうなリュックです。 長女は今日は自宅ですが、前にこちらに来たときに、ビーズ手芸の携帯ストラップを次女に預けていたようで、それをプレゼントにもらいました。 Facebookでも、海外からも含め、たくさんメッセージもらいました。残念ながら私の病気のことをご存知でない方が多いので、返信で病気のことを伝えることになりました。皆さんありがとう。 私の体調は特に変化なし。 みんなありがとう。まだまだ、頑張るぞー。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/17
コメント(0)

■旧東海道歩き 鈴ヶ森刑場跡から、また幹線道路に出ます。 磐井神社の前に磐井(いわい)の井戸があります。 東海道往来の旅人に利用され、霊水または薬水と称されて古来有名とのこと。もとは神社の境内であったが、国道の拡幅により、境域がせばめられたために、社前歩道上に遺存されることになったらしいです。土地の人々は、この井戸水を飲むと、心正しければ清水、心邪ならば塩水、という伝説を昔から伝えているとのこと。歩き日:2013年9月29日よろしければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/17
コメント(0)

【2015年2月16日(月)】 現在60歳。昨年7月、後腹膜悪性腫瘍との診断を受けました。病巣は右腎臓の近くで、最大径11cm。放置すれば余命数週間から数カ月。手術で摘出するにも大きすぎる。仮にできたとしても、すでに腎盂癌で左の腎臓がないので、右の腎臓ごと切除すれば透析が必要。その透析の準備をしているうちに命を落とすかも。 半年にわたる6回の抗癌剤治療を実施。幸い、腫瘍は11cm→7cmに縮小。透析を前提に残った腎臓ごとの摘出手術が可能なところまで持ち込むことができました。でも摘出して透析しても再発率は50%くらい。透析しても再発率50%とは。 セカンドオピニオンで重粒子線治療の紹介を受ける。これなら腎臓を残せる。診てもらったら、治療対象であるとの判断。しかし、やはり再発率は50%程度。 再発率が同じなら、生活の質をキープできる重粒子線治療ということで決断。保険適用ではないので、お金はかかりますが。 余命短い可能性が高いです。 前から「断捨離」をしないといけないと思い、少しずつ進めてきましたが、加速させなければなりません。残された人生を潔く過ごすためにも、家族のためにも。 昨日は血圧計を捨てました。新しいのを買って、古いのを捨てましたので、純粋な「断捨離」ではありませんが。前の私なら「まだ使えるから」と古いのを残していたと思うので、そういう意味では「断捨離」でしょう。 もう15年も使ってきたもので、テルモ製です。モータが弱ってきたのか、空気圧が十分上がり切らなくなりました。テクニックを使えば、まだ使えるのですが、ちょうどいただいたギフトブックに血圧計があったので、それにしました。 左が15年がんばってくれた「テルモ」右が新しい「オムロン」です。 テルモの方の空気袋が白い糸で繕ってあるのが分かるでしょうか。最後は老体にムチを打ちながら私といっしょに頑張ってくれました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/16
コメント(0)

【2015年2月16日(月)】 7:20起床。なぜかそれ以上は眠れず、このごろではいつになく早い起床になりました。 午後2週間ぶりの家内の通院に同行予定しました。手続きの関係で2往復もしましたが。 昨日、離れて住む妹に状況の連絡。ログを見ると、最後に連絡したのは第4クールの後でしたので、もう3カ月も前です。 今日、M社の最後から2番目の職場でいっしょに仕事をしていたKさんという女性からメール。退職してからも、その旧職場の飲み会で顔は合わせています。年賀状で闘病中と書いたので心配してメールをくれました。そういえば発病したのは、この仲間の飲み会の直後でした。いや、そのときにはもう発病していました。この半年の様子と、これからの治療のことを伝えました。二人目のお子さんがお腹の中ということで、元気な赤ちゃんが生まれることを祈るばかりです。 写真は今日の暖かい気候にはそぐわないですが、2月14日の朝の雪をかぶった庭の写真です。「雪の宿」というお菓子のようだったので、思わずシャッターを押しました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/16
コメント(0)

■旧東海道歩き 鈴ヶ森刑場跡です。 慶安4年(1651)に幕府によって設けられた刑場(仕置場)。丸橋忠弥(由井正雪の乱)、天一坊、白井権八、八百屋お七、白木屋お熊らが処刑されました。 鬚題目碑、首洗い井戸、火あぶり用鉄柱の丸穴石、磔(はりつけ)用木柱の角穴石があります。歩き日:2013年9月29日にほんブログ村
2015/02/16
コメント(0)
【2015年2月15日(日)】 初回の兵庫県粒子線医療センター(HIBMC)での診察は2月24日ですし、M病院での診察ももうありませんので、時間的な余裕が少しできました。重粒子線治療で腎臓温存可能な治療を選択はしましたが、5年内の再発率は50%近くなので、余命短いことは覚悟しておかねればなりません。残された人生を潔く送るためにも、家族に迷惑をかけないためにも「断捨離」を進めていきたいと思います。 一番大きな「断捨離」は三重の空き家をどうするかですが、これは重粒子線治療が終わってから考えることとして、まずは身近なところから。以前から進めてきたものも含め、銀行口座の集約や、預金の片寄せ、証券会社の集約、クレジットカードの集約から。 今日は、不要なクレジットカードの解約に向け色々進めました。メインカードを変更します。メインカード以外に予備に1枚カードは持っておきたいので、セカンドカードにするカードも決めました。ETCもそのセカンドカードに乗り換えます。そのETCカードをオンラインで申し込みました。メインカード変更で、PITAPAが使えなくなるので、クレジットカード機能なしのベーシックなPITAPAカードの発行を家内分含めて申し込みました。 もうひとつ「断捨離」ではありませんが、やらねばならないのは相続税対策。 今度の法改正で我が家も相続税対象になりそうです。我が家の土地・建物は私と家内で共同所有しています。私の分を家内に贈与しておけば相続税対象の資産が減らせ相続税を少なくすることができます。配偶者への居住用の土地・建物生前贈与は2000万円までは贈与税が無税です。 それで色々計算していますが、贈与税は無税でも、登記費用とか不動産取得税がかかったり、逆に相続の場合は、居住用の土地の場合、評価が安くなったりとかあります。どちらがメリットあるかよく検討しなければならず、継続検討です。 発病後、入院中も含め会社との連絡が必要だったので、会社の許可を得て自宅や病院で仕事用PCをメインに使ってきましたが、今日から自宅用PCをメインPCにしました。必要なデータを移管しました。会社との連絡にのみ仕事用PCを使います。 PCは今は主にダイニングで使っています。仕事用はB5ノ―トだったのですが、自宅用はA4ノートで一回り大きくなりました。存在感がありすぎて、家族からは嫌がれていますが、仕事用PCは近々会社に返すことになるでしょうから早いうちに乗り換えておいたほうがいいのでそうしました。 ウォーキング4500歩。だいぶ暖かくなりました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村 がん 闘病記(現在進行形)
2015/02/15
コメント(0)

■旧東海道歩き 鈴ヶ森刑場跡に着きました。近くに大経寺という、近代的な建物のお寺があります。 そのHPからです。 当寺は、鈴ヶ森刑場が開設された慶安四年(1651)と前後して堂宇が建立されたらしい。度々の台風等により建物を失い、その都度再建された様であるが、記録がない為、その間の様子を詳しく知る事は出来ない。 明らかな文章によると、文久二年(1862)大井村名主大野貫蔵が中心と成り、刑場に隣接して百姓番小屋を建立し内々に本尊を安置、密かに刑場受刑者の供養を行う様に成ったのを始めと伝えられる。 その後、明治四年(1871)刑場廃止と同時に「旭松庵」と称して、無縁受刑者供養を専らとし、檀家を持つ事なく今日に至っている。その間、昭和十七年(1942)品川薄長寺42世慈洽院日完上人を開山として、寺号公称を行い「鈴森山、大経寺」と成り、第2世小越妙誠法尼の時代に戦争を経て建物を維持、昭和29年、国の区画整理事業により寺域を大幅に失い縮小された現地に移り、平成2年老朽化した建物を全面改装し、近代的寺院として再建、今日を迎えた。歩き日:2013年9月29日よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/15
コメント(0)

【2015年2月14日(土)】 昨日、重粒子線治療を受けると決めました。方向性が決まったので、それに向かって治療関係でないことも、色々やっていかねばなりません。 まずは、日程が定まらず保留にしていた愛車の修理の件でディーラーに電話。兵庫県立粒子線医療センター(HIBMC)での初回診察が2月24日なので、それまでにと思ったのですが、代車が空いてないとのこと。止むなくバスを使って行き来することにして、日程調整中。 治療開始あるいは入院までに、お墓参りは行きたいし、断捨離の一環として、銀行口座やクレジットカードの解約もしたいし、家内への不動産部分贈与もしたいところ。忙しくなりそう。あとは、会社にどのようにこれからのことを伝えるかです。 4500歩のウォーキング。左耳下の軽い痛みは消えました。熱も平常値をキープ、腰の違和感もありません。次の治療が始まるまで、癌様にはできるだけ大人しくしておいて欲しいものです。よろしければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/14
コメント(0)

■旧東海道歩き大井競馬場の近くまで来ました。浜川神社があります。江戸時代・天明の頃に、修験者・教光院了善が厄神大権現として祀ったことに始まるとのこと。浜川神社文書は、保存状態もよく、大井地区の歴史だけでなく、江戸時代から近代に至る神社史を知る上でも貴重な資料で、品川区の指定有形文化財になっています。 今は写真のように、マンションの横のテラスのようなところに鎮座しています。時代の流れですね。歩き日:2013年9月29日よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/14
コメント(0)

【2015年2月13日(金)】 今日はこの前の兵庫県立粒子線医療センターのセカンドオピニオンを受けてのM病院の面談の日。 今までの2つのセカンドオピニオンと違うのは、今までの2つがそこで治療をする可能性はなく純粋に意見を聞くだけだったのに対し、今回は、見込みがあればそこで治療を行うこと。 すでに重粒子線治療を行うことには決心していたので、あとはM病院主治医のY先生に、重粒子線治療の賛成をいただくことと、重粒子線治療後の経過観察と、再発などの場合の治療を了解いただくことでした。先にセカンドオピニオンの結果を入れた封筒を窓口で渡しておきました。 Y先生に呼ばれて診察室へ。 重粒子線治療を受けたい旨伝えました。ちょっと驚かれたようでしたが、了解はもらえましたし、経過観察もしていただけることにはなりました。あと、重粒子線治療前の精密検査で、重粒子線治療が無理となったら、透析前提の切除手術をしていただくことも了解いただきました。ただし、重粒子線治療後、再発したら手術は無理ですと、ちょっとムッとしながら、はっきり言われました。 粒子線医療センターのF先生は、「再手術は非常にむつかしいです。」と言われただけで、「全然駄目」とはおしゃっていませんでしたが・・・・。まぁ、腎臓ごと切除して、再発しても再手術不可能の可能性も高いし。どちらの方法も五十歩百歩。それならやはり生活の質を保てる重粒子線治療です。 Y先生に再度確認しましたが、やはりこの治療自体ご存知なかったようです。いつも相談していただいていた整形外科のM先生に聞いたら「ふーん」という感じだったとのこと。2月20日までの傷病手当用の診断書も書いていただけることになりました。 重粒子線治療が終わったら、またここへ戻って来ますので、礼を失しないよう、最後に、「抗癌剤治療のおかげで、手術や重粒子線治療ができるところまで来ました。ありがとうございます。治療が終わったっら、またきますのでよろしくお願いします。」内心穏やかではなかったかもしれませんが、「頑張ってください。」と言ってくださいました。 会計を終えて、粒子線治療センターに電話。F先生に重粒子線治療を受ける決心をしたことと、主治医の了解を得た旨を伝えようとしました。でも、ご不在でしたので、医事課の方に予約だけ入れてもらいました。一番早くて2月24日。やはり随分混んではいるようです。でも、おっしゃってた2週間先での治療開始は可能な感じです。 思い立って、入院していた病棟に行き、お世話になった看護師さんたちにあいさつに。久しぶりにかわいい「笑顔さん」たちに会いました。もうこの「笑顔さん」たちからお世話いただけないのは、ちょっと寂しいですが・・・。(再発したら、またお世話になるのでしょうが、今は、考えないことに) 方向は決まりました。後戻りできません。何があっても後悔しません。後悔しないように、抗癌剤治療後、時間もお金もかけてここまで来たのだし。 帰宅して、ウォーキング4500歩。家内とワンちゃんの散歩にも同行。【重粒子線治療についての勉強】 放射線でDNAが切断され、癌細胞の増殖は止まります。従来の放射線治療(X線)の場合は左図のように、1本ずつDNAを切断します。粒子線治療では右図のように「線」でDNAを切断すると考えられており、よりよい治療効果が得られると考えられています。 また、癌細胞の中でも血流が少ない部分は、酸素が少ないためにX線の効果が乏しくなります。粒子線、特に炭素イオン線では酸素の少ない部分にも十分な治療効果が得られるとされています。兵庫県立粒子線医療センターパンフレットよりよろしければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/13
コメント(0)

■旧東海道歩き 街道沿いに、写真のようなレトロな建物がありました。何のお店だったのでしょうか。歩き日:2013年9月29日よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/13
コメント(0)

【2015年2月12日(木)】 朝7:40起床。 あまり疲れていない感じです。ここ2、3日、朝起きたとき、そんなに疲れを感じなくなりました。単に体のリズムでしょうか。それとも抗癌剤の副作用による倦怠感がようやく解消してきたのでしょうか。最後の抗癌剤投与をしてから、すでに1ヵ月半たってはいますが・・・。今でも頭髪が抜け続けていることを考えると、倦怠感がそれくらい持続してもおかしくはありません。頭髪がまた生え始めるのに半年程度かかるらしいですから。 重粒子線治療が私の医療保険の対象になるか、念のため保険会社に電話して確認しました。私の入っている保険は、前の会社の団体生命保険の延長上のOB用の保険です。早期退職時にもっと手厚い保険に加入したかったのですが、退職前1年以内に腎盂癌の摘出手術をしていたので、新たな保険はなかなか入れず、告知がいらないこのOB用保険くらいしか入る保険がありませんでした。 保険料はかなり割安ですが、入院は60日までしか出ません。入院分は、今回の抗癌剤治療の5回目で使いきっています。加入当初は先進医療対応ではありませんでしたが、去年から先進医療が標準として加わりました。 去年の4月以降の発病なら先進医療の保険金は出るとのこと。私の発病は去年の6月ですので、ギリギリ出ることが確認できました。不幸中の幸いです。金額も私が計算していた156万円でした。重粒子線治療の技術量が288万円ですので、半分以上は保険でまかなえることが確認できました。去年先進医療が加わってなかったり、私の発病がもう3ヶ月早かったりしたら、全額自己負担のところでした。不幸中の幸いです。すでに入院保険の60日分は終わっているけど、仮に先進医療を複数回受けたら、複数回分保険はでるし、次が普通の手術の場合、その手術分も保険はでますとのこと。 従来の放射線治療と重粒子線治療の比較のイメージ図です。 X線は距離が遠くなると減衰するので、多方向から当てて患部に集中させます。回りの関係のない多くの組織が被ばくを受けます。また患部のまわりに強く当る部分ができてしまいます。重粒子線はピンポイントで必要な部分のみ強く照射することができます。兵庫県立粒子線医療センターパンフレットより 次女が知己のお医者さんのネットワークを使って、重粒子線治療のことを聞いてくれました。癌センターや総合病院の医者友達に聞いてもらったとのこと。 総合すると、治療できる癌、そうでない癌とあるけど、信頼のおける治療方法なので、その方向で問題ないのではないかとのことです。普通の医者なら知っているはずとのことなので、M病院のY先生が知らないというのはどういうことでしょうか。明日、確認です。 ウォーキングは途中で雨が降ってきて、3500歩。まだまだぱっと見には冬景色ですが、よくよく見ると、枝が少し赤味を帯びたり、蕾がふくらみ始めたりで、春が少し近くに来ているような気がします。よろしかたっらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/12
コメント(0)

■旧東海道歩き 京急立会川駅ちかくに浜川橋があります。別名、泪橋(なみだばし)と呼ばれています。あとで訪れる鈴ヶ森刑場で処刑される罪人と縁者が、この場所で泪で別れたので、そう呼ばれたとのことです。歩き日:2013年9月29日よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/12
コメント(0)

【2015年2月11日(水)】 朝8時起床。疲れてはいない感じでしたが、起きたら少し体が火照っているような感じでした。でも体温は高くはなかったです。昨日、遠出したせいでしょうか。左耳下の痛みは日に日に弱くなっているようです。 今日は、どこにもでかける予定がなく、のんびりと過ごしました。 ネットで重粒子線治療のこと色々調べてみました。まだまだ受けている人が少ないためか、そんなに色々情報があるわけではありません。 否定的な意見もあります。そういうのを見るとやっぱり普通の手術のほうがいいかなかとも思いますが、透析で生活の質が落ちること、それによる合併症リスクもあること、ここしばらく家内のケアもしていかなければならないことなどを考えると、やはり重粒子線治療に賭けたいということになります。 民間療法だって賛否両論あります。こういうことに結局、正解・不正解というのはないのだと思います。大切なのは、よく調べて後悔のないよう治療に臨むことだと思います。そういうことが自然の治癒力を高めてくれるとも思います。 重粒子線治療の原理です。 X線は体表面から離れると弱くなりますが、重粒子線はピンポイントでピークを作ることができます。複数のエネルギーを持つ粒子線を混ぜ合わせると拡大ブラックピークが作れます。ここに患部を持ってくれば患部を集中的に治療できるという仕組みです。兵庫県粒子線治療センターのパンフレットより 明日、保険会社に電話して、先進医療の保険が出るかどうか念のため確認です。 ウォーキング4200歩。まだまだ冬景色です。よろしかったらったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/11
コメント(0)

■旧東海道歩き 京急鮫洲駅の近くに鮫洲神社があります。 品川沖で鮫が獲れ、腹中より聖観音が現れ、この観音は昨日紹介した海晏寺の本尊となり、鮫の頭(さめず)がこの社に祀られたとのこと。歩き日:2013年9月29日よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/11
コメント(0)

【2015年2月10日(火)】 今日は、兵庫県立粒子線医療センターでのセカンドオピニオンの日。朝5時起床、タクシーで最寄りのJR駅へ、そこから在来線と新幹線で相生(あいおい)へ。相生駅からバスで30分強の、一山越えた播磨科学公園都市の中にあります。 到着したのは8時半過ぎ。片道3時間。自宅最寄り駅までのタクシーをバスにしても片道約6000円、新幹線を在来線にして片道約3500円(ただしこの場合は、片道3時間半強)。かなり遠いです。(相生からのバスは乗っているのは30分くらいですが、なんと片道690円もします。) 山間のサイエンスパークで、広々として建物も高くなく、何かアメリカの企業団地を見るようで、なつかしい感じもしました。粒子線医療センターも写真のように、広々として、一番高くても4階建ての建物で落ち着いた感じです。兵庫県立粒子線医療センター(パンフレットより) 私としては、「これは粒子線治療は無理ですね。やはり残った腎臓を含めた広範切除がお薦めです。」と言ってもらって、M病院での広範切除手術で行くことに踏ん切りをつけるという覚悟で行きました。 でもネットで探していたら、下記のような記事も見つけ、ひょっとしたら治療の対象になるかもという気持ちも片隅にありました。しかし、CT画像を見る限り腎臓にへばりついているので、いくらピンポイントで照射しても腎臓を損傷するだろうし、やっぱり無理かなぁとも思ったりもしていました。日経メディカルの記事です。 重粒子線治療で切除不能軟部肉腫の5年生存率は69%【外科学会2008】 by 2008/5/19 八倉巻 尚子=医学ライター 重粒子線の一つである炭素イオン線を使った治療で、切除不能の後腹膜軟部悪性腫瘍(肉腫)の5年生存率は69%、5年局所制御率は65%に上る――。放射線医学総合研究所重粒子医科学センターの鎌田正氏らが、5月15日から17日に長崎市で開催された日本外科学会で発表した。 炭素イオン線治療は線量集中性に優れ、細胞を死滅させる生物効果も高いとされる。同センターでは炭素イオン線の安全性と有効性を検討するフェーズ1/2臨床試験およびフェーズ2臨床試験を1994年から行なっている。実施件数は1994年6月から2008年2月までに3819件。このうち骨軟部への治療が398件、10.4%を占めた。 本発表では軟部肉腫の約15%を占める後腹膜軟部肉腫について、その治療成績が報告された。対象は後腹膜軟部肉腫患者27人で、原発性が18人、再発性が9人だった。腫瘍径は4~15cm(中央値は10cm)。組織型はMFH(悪性線維性組織球腫)が6人、MPNST(悪性末梢神経鞘腫瘍)が5人、脂肪肉腫が3人、そのほか11人となっていた。 4週間で16回の照射を行った結果、5年生存率は69%、5年局所制御率は65%であり、「重粒子線治療は主に切除不能あるいは術後再発の後腹膜軟部肉腫症例を対象としているが、局所制御および生存率は切除例の報告と同等であった」と鎌田氏はいう。 副作用は、急性期にはグレード2の皮膚障害が15%、遅発性の副作用としてはグレード2の皮膚障害が4%、グレード2の末梢神経障害が19%に見られた。炭素イオン線はピンポイントの照射が可能だが、その近接した組織への照射はまぬがれない。そこでゴアテックスシートを腹部に挿入することにより、消化管近接への照射も試みられており、「適応の拡大が可能になりつつある」という。 受け付けで申し込み書や同意書やアンケートを記入して待ちました。受付の皆さんの対応は丁寧、親切で好印象でした。9時半からの予定でしたが、多分、この申し込みのための時間も含めてでしょう。担当の看護師さんが呼びに来たのは、10時半を過ぎていました。 面談いただいた先生は、私よりも年上と思われるいかにもベテランという感じの温和な感じの先生でした。事前に画像を見ておられたのかと思いましたが、そうではないようでした。 私からも経過を説明しました。「東京の国立がん研究センターのセカンドオピニオンでは最初腫瘍内科の先生に『切除しても再発のリスクが高いから、抗癌剤で延命を図ったほうがいいです。』と言われたました。でもあとで後腹膜腫瘍の先生方と相談していただいた結果『広範切除手術も選択肢として十分あり得る』との連絡をいただきました。 診てもらっているM病院の提案も、大坂府立成人病センターでのセカンドオピニオンの提案も第一は広範切除手術でしたので、これで三者が一致し、透析を前提にした広範切除にふんぎりがつきました。でも、大阪府立成人病センターで重粒子線治療の紹介も受け、後悔をしたくないので、今日、聞きにきました。」「まず、あなたの年齢なら、たとえ透析前提であっても切除を選択すべきで、抗癌剤を続けての延命は選択肢としてあり得ないでしょうね。 一般的に根治には切除が一番です。重粒子線治療は、切除ができない場合の治療が基本です。根治できないリスクも存在します。あなたのような後腹膜腫瘍での5年制御率は70%くらい、すなわち30%は再発するということです。ですから広範切除ができるのなら、透析してでも切除したほうがいいと思いますよ。」「でも、切除しても大阪府立成人病センターでは再発率10%から50%と言われていますし、M病院でも半分程度、国立がん研究センターでも50%以上と言われました。」「確かにそう書いてありますね。では画像を見てみましょう。」 でもなかななかCTの画像が画面に現れません。先生が別の先生を呼んで色々やっていただきましたが、うまくいかず、隣の診察室でトライ。そこでうまく行ったようで、呼ばれていっしょに画像をみました。「腎臓の入口の尿管が出ているところへの腫瘍の回り込みはないようですね。腫瘍部だけでなく、近接する臓器も損傷します。腎臓の入口近くに腫瘍があると、この部分を損傷させるてしまい、あとで腎不全になる可能性が大きいです。結局あとで腎臓ごととらないといけないということになります。 でも、腎臓の背中側であれば、その部分が損傷を受けても腎機能が障害を受けることはありません。治療の対象にはなりそうですね。こんな言い方したらあれだけど、医者としても治してみたいと思う症例ですね。一度重粒子線治療をすると癒着とかで、今度手術でとろうとするとむつかしいということはあります。 あとは、あなたの決断次第ですね。それとM病院で経過観察していただくことと、再発した場合に適切な対処をしていただくことが条件になります。」 他の先生も急きょ呼んでいただいていっしょに画像を見てもらいましたが、同じような意見でした。「順番待ちでなかなか治療していただけないということも聞きますが。」「決断いただいて2週間で初診可能です。決断されたら、私の直通電話番号を教えておくので連絡ください。」 ちょっと予想外の結果になりました。 ロビーで精算を待つ間、置いてあった機関紙をみたら、診ていただいたのは院長先生でした。少々感激。 支払いはセカンドオピニオンで保険がきかず13,000円強。30分なら10,000円強なのですが、30分を上回ったので、その分しっかりとられていました。 12時頃センターを出て、帰りは在来線を使い、帰宅は午後3時半過ぎでした。広範切除・歴史のある方法・でも、後腹膜腫瘍の症例が少なく、 広範切除もそれぞれの病院でみれば経験が少ない・開腹手術必要・透析で生活の質が落ちる・透析の合併症のリスクが加わる・再発リスク10~50%・再発の場合、再手術が困難かも・再発の場合、抗癌剤は使えない・健康保険がきく重粒子線治療・歴史が浅い(それでも10年以上経過)・治療できる機関が限られているため、後腹膜腫瘍 治療の件数は多くあり・開腹手術不要・生活の質を保てる。・皮膚障害などの副作用が考えられるようですが、 治療によって様々で、個人差もあり、まとまって 書かれたものは今のところ見つかっていません。・再発時、手術が困難かも・再発時、抗癌剤使用可能・健康保険がきかない 私の場合、医療保険の先進医療特約で150万円程度は 出るようなので、自己負担約150万円。 これなら捻出可能。 帰ってから、家族にも説明。長女にも電話で説明。 国立がん研究センターでは重粒子線治療の話は一切出てこなかったし、M病院のY先生はこの治療の存在さえ知らなかったようで、何か紛い物ではないかと思ったりもするとの話が家族からの出ましたが、最終的には私の判断に任せるとのこと。 そして、重粒子線治療を受ける方向で、ほぼ決心が固めました。 帰宅後ウォーキングに行こうと思いましたが、家族から「今日は、朝も早かったので疲れているし、やめとき。」と言われてあえなく中止。家内とワンちゃんの散歩にだけいっしょに行きました。 夜になって家内に言ったこと。 再発リスクが高く、残された人生は短いかもしれない。健康なときは、最低でも年金がもらえる61歳くらいまでは働こうと思っていた。重粒子線治療であれば物理的には職場復帰できる。 でも、どうなるか分からない人生、二人でできるだけ時間をともにしたいし、プライベートにも色々できるときにしておきたい。最後は、長期に休むことになったけど、60歳までは現役を貫くことができた。前の会社でも、今の会社でも、一生懸命働いた。悔いはない。これから別のチャレンジをしたいので、今度の4月の契約更改をせずに会社は辞めようと思う。「分かった。あなたがチャレンジできるように私もがんばる。」と言ってくれました。よろしければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/10
コメント(2)

■旧東海道歩き 海晏寺には、北条時頼・時宗の供養塔、松平春嶽・岩倉具視の墓があるそうですが、短時間の滞在だったので発見できませんでした。歩き日:2013年9月29日よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/10
コメント(0)

【2015年2月9日(月)】 今日は、起床は7時半。今朝は体はそんなに疲れていませんでした。 朝はよく晴れていて久しぶりの快晴かと思いきや、一日雪が降ったり止んだりの相変わらずの不安定な天気でした。 左耳の付け根の痛みは、昨日よりましになりました。このまま治まってくれればありがたいです。 これからの治療のことで、一つ引っ掛かっていてモヤモヤして落ち着きません。それは、症例の少ない手術なので、私のような症例を多く手術したところで、できれば手術できないかということ。 先週の金曜日M病院のY先生から「何とかセンターというような名前の機関であれば、こちらからも頼みやすいのですが。大阪府立成人病センターは透析前提の患者さんの手術はできないとのことですが、もう一つセカンドオピニオンを受けに行かれた東京の国立がん研究センターはどうですか。」と聞かれました。そのときは「距離的に遠いので・・・・」と答えました。 でもやはり症例の多い病院で手術を受けたいという思いはあります。ウジウジして後悔してもいけませんので、国立がん研究センターに電話してみました。そこで手術ができたらという思いもあるにはありますが、どちらかというと、大阪府立成人病センター同様、透析前提は手術できないということを知って、M病院での手術にすっきりした気持ちで臨みたいという思いです。 前から色々迅速に対応いただいた国立がん研究センター内の希少がんセンターのKさんに電話しました。早速、この前セカンドオピニオンを受けた腫瘍内科のH先生に話をしていただきました。H先生では手術のことまで詳しく分からないので、後刻、泌尿器・後腹膜腫瘍科の先生に聞いてくださいました。その結果について、Kさんから電話をがありました。 結果は・・・・やはり透析前提の手術はできないとのこと。腎臓内科がないのでとのこと。 がっかりするより、すっきりしました。 これで明日の粒子医療センターのセカンドオピニオンで、重粒子線治療が駄目となれば、M病院での広範切除手術にすっきりとして臨めます。 昨日、会社への定期連絡はメールしました。セカンドオピニオンを聞きに回っているという話はしています。残った腎臓ごとの切除になれば、透析前提になり、勤務復帰はむつかしいでしょう。その話はまだしていません。 昨日から作成開始した、新企画の小レポートがほぼ完成しました。今週中に提出できればと思います。 第1クールの入院直後からメモをつけています。備忘録として病気と関係ないことも含め色んなことを書いています。昨日で3冊目が終わり4冊目に入ります。母が遺した未使用あるいは部分使用のノートを使ったりしているので、不揃いですが。 上が左から1冊目、2冊目、下が左から3冊目、今日から使っている4冊目です。3冊には半年間の思い出がいっぱい詰まっています。これから何冊続けられるでしょうか。いっぱい続けたいものです。よろしかったらぽちっとしてください。にほんブログ村
2015/02/09
コメント(0)

■旧東海道歩き 青物横丁駅近くにある、海晏(かいあん)寺に向かいます。 海晏寺は国道を渡った駅の反対側にありますが、街道沿いに道標があります。昔はこの辺りまで境内が広がる大きなお寺だったと伝えられているとのことです。歩き日:2013年9月29日よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/09
コメント(0)

【2015年2月8日(日)】 8時まで寝ていました。疲れてはいます。左耳付け根の痛みは変わらずです。 今日は家内の誕生日です。私が闘病中ですが、こうやって二人静かに、しかも今年は次女もいっしょに家内の誕生日を迎えられるのは嬉しいことです。 朝9時半頃、ピンポン。「宅配便で~す。」昨日昼前にネットで頼んだバースディケーキがもう着きました。横浜の「木かげ茶屋」というケーキ屋さんにネットで頼んだものです。昨日の午後か、夜に東名・名神を走ってきたのでしょうね。それとも飛行機?いやいや、すごい世の中ですね。家内には内緒だったので、とても嬉しそうでした。 発病前に担当していた新企画のレポート作成にとりかかりました。毎週データを送ってもらっていたのを集計していましたので、それを使って色々分析しました。それほど時間をとらずにできると思ったのですが、やりだすと、こんな視点から、あんな視点からとやってみたくなるもので、完了はできませんでした。明日以降も続けます。 ウォーキング4000歩。帰る途中、雨がけっこう強く降りだしたのですが、傘を持っていたので大丈夫でした。 家内の誕生日なので、次女が「今日は、私が全部作るから、お母さんは休んでいて。」と言って、結構手の込んだ夕食を一人で作ってくれました。「しめじ・おろしソースかけハンバーグ」「生春巻き」。バカうまでした。 そして誕生日ケーキ。とてもかわくて、おいしいケーキでした。ネットで頼んだ「誕生日おめでとう」と書いたメッセージカードも添えられていました。家内がロウソクの日を吹き消して、皆で拍手~~。今日は、残念ながら長女がいませんが、三人で楽しくお祝いました。 長女、次女からもサプライズのプレゼントがありました。長女はこの前我が家に来た時にプレゼントを次女に預けたようです。 つらいことが多い毎日の中にも、ぽっと明りが灯ったひと時でした。来年はまた元気になって迎えらればと思います。よろければぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/08
コメント(0)

■旧東海道歩き 京急青物横丁駅近くに、昨日の品川寺に加え、海雲寺があります。 その千躰荒神堂の奉納扁額が有名です。歩き日:2013年9月29日よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2015/02/08
コメント(0)
全65件 (65件中 1-50件目)

![]()
