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【2019年9月30日(月)】 今日は夕刻ある懇親会で、京都駅方面行きでした。 懇親会の場所は、「そば酒房 徳兵衛」。京都駅の京都劇場の近くです。集まりやすく、コスパもいいので、今回のような集まりでよく利用するところです。間口は広くありませんが、奥や2階にお部屋が広がっている感じで、席数も多く予約が取りやすいということもあるかもしれません。お店HPから住所 京都府京都市下京区東塩小路町901 京都駅ビル東ゾーン 2F(京都劇場近く)電話 050-3466-3921営業時間 11:00~23:00(L.O.22:30) 〈ランチ〉11:00~15:00日曜営業 通常無休席数 242席 会が終わって外に出たら、京都タワーが真っ赤にライトアップ。立ち飲み屋「ひょうたん」にも寄りました。京都駅前ヨドバシカメラの西側、室町通に面してあります。住所 京都府 京都市下京区 室町通木津屋橋上ル東塩小路町592電話 075-371-0911営業時間 12:00~22:00(L.O.21:45)定休日 日曜・祝日 ワールドカップ・ラグビー開催中で、近くのパブは西欧人で占拠されていました。面白そうなので、「HUB京都ヨドバシ店」に入って、西欧人に囲まれながら、また一杯。ヨドバシカメラの1階、南側に入っているお店です。住所 京都府京都市下京区東塩小路町590-2 京都ヨドバシビル 1F電話 075-353-4082営業時間 [月~木・日・祝] 12:00~24:00 [金・土] 12:00~翌2:00 日曜営業定休日 年中無休席数 104席よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/30
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【2019年9月29日(日)】 「京の夏の旅」で公開中の吉田家住宅、藤野家住宅、旧湯本家住宅を二人で訪問しました。吉田家、藤野家は私も初めての訪問です。旧湯本家は先日単独で訪れたのですが、家内は初めてです。 まず新町通蛸薬師上ルの「吉田家住宅」へ。『京都生活工藝館無名舎 吉田家』として普段も事前申し込みで見学は可能です。1909(明治42)年建設。歴史的意匠建造物、景観重要建造物、登録有形文化財です。京呉服の問屋街「室町」の一画六角町にあり、建物は白生地問屋を商った京商家の典型ともいうべき表屋造り。店舗、住居、土蔵とそれらを結ぶ2つの庭と、通り庭から成っています。所有者の吉田幸次郎氏は元祇園祀山簿鉾連合会理事長を務められた方です。山鉾巡行の前祭と後祭に分けるのを実現された方です。これがオリジナルの山鉾巡行の姿です。吉田家住宅(京都生活工藝館無名舎 吉田家)京都府 京都市中京区六角町363(新町蛸薬師上ル) 次に高倉通竹屋町上ルの「藤野家住宅」へ。大正15年に住まいとして建てられました。国登録有形文化財に指定されています。通りに面して高い塀を構える典型的な「大塀造(だいべいづくり)」の町家の秀作。塀の内側に、平屋建の「表側棟」と二階建「居住棟」を「玄関棟」でつないだ造りです。玄関を兼ねた四畳半の茶室や、数寄屋風意匠が取り入れられた瀟洒な佇まい、門の脇に雪隠や供待(待合)を備えた前庭を茶室の露地として使えるように演出しているのもみどころです。藤野家住宅京都府京都市中京区高倉通竹屋町上る坂本町707 最後に「旧湯本家住宅」へ。こちらは以前に私単独で訪問したことがあるので、こちらをご覧ください。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/29
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【2019年9月28日(土)】 京阪出町柳駅近くの「萩の寺」常林寺の特別公開は今日で終わりですが、期間の途中でNHK京都のニュースで紹介されました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/28
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【2019年9月28日(土)】 「まんざら本店」 オーイ会の夜の部で利用しました。ステップという会社のお店で、ステップは京都で、この「まんざら本店」をはじめとして、「まんざら」「まんざら亭」など、11店を展開しています。「まんざら本店」は大正時代の町家をリノベーションして作られたお店です。〒604-0903京都市中京区河原町通夷川上ル指物町321TEL:075-253-1558営業時間【月~土】17:00~22:00 (L.O. 21:00)定休日 日曜日席数 55席よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/28
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【2019年9月28日(土)】 今日は夕刻から3ヵ月に一度のオーイ会の集まりの日でした。ここ最近は、季節の良いときは、夜の飲み会の前に、私が京都を案内させていただいています。過去の案内は下記です。1回目が2018年5月19日「二条城」2回目が2018年11月3日「伏見稲荷不思議ツアー」3回目が2019年5月8日「上御霊神社・相国寺・御所など」今回で4回目になります。 もともとは希望により、「鞍馬~貴船」を歩く予定だったのですが、降水確率が50%と予報され、山岳コースで少しの雨でもキツイため、急遽平地のコースに変更し、鴨川の東で四条と五条の間を歩くことにしました。急な変更なので、ある程度知識の備えがあり、かつ夕刻の飲み会の場所に近いところということで、この祇園・六原エリアを選択しました。 午後2時30分に阪急河原町駅に集まっていただきました。昼の部は私も含め5人でした。この時間に集まるために、ヤフー乗換案内で検索したところ、「河原町」と入力しても検索できません。外国人に分かりやすくするために「京都河原町」と入力したところできました。しかし、まだ実際の駅名は「河原町」でした。10月1日から駅名が変更になるようです。 歩いたコースは下記で歩行距離は約4km。約2時間半かけて、マニアックな案内を織り交ぜて、比較的のんびりと歩きました。阪急河原町駅→東華菜館→出雲の阿国像→レストラン菊水→北座跡→にしん蕎麦の松葉→歌舞伎発祥の地碑→仲源寺→旧村井銀行祇園支店→鍵善良房→花見小路・ギオンコーナー・祇園甲部歌舞練場→建仁寺→ゑびす神社→宮川町・宮川町歌舞練場→みなとや幽霊子育飴本舗→六波羅蜜寺→六道珍皇寺→安井金比羅宮→京阪祇園四条駅歩行コース滋賀県在住の方が2人おられ、東華菜館がWヴォーリスの設計であることに驚かれていました。出雲の阿国は出雲で活躍したと思い込み、京都の鴨川沿いで活動したということに驚かれる方も。江戸時代には7つも芝居小屋があって、かつて北座があって南座という名があるということにも納得。寺院では、建仁寺の潮音庭が特に皆さん気にいっていただきました。六波羅蜜寺の教科書でおなじみの空也上人像など仏像も見学。六道珍皇寺では「迎え鐘」を撞いていただきました。安井金比羅宮では、縁切りの絵馬の赤裸々な書き込みにビックリ。平坦なところを比較的ゆっくり歩いたので体力的にはしんどくなく、よく通る場所でもご存知なかったことやご存知なかった場所もあり、皆さん喜んでいただけました。特に気にっていただいた建仁寺潮音庭正面遠くの着物姿の2人の女性が絵になります。 あとの懇親会で、次回は12月14日に、東寺近辺を回ることに決まりました。 四条京阪駅から、懇親会会場に向かいました。→こちらよろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/28
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【2019年9月26日(木)】 出町柳駅近くの「萩の寺」常林寺の今回の特別公開も、9月28日が最終日。私が赴くのは今日が最後です。 お堂内は写真撮影不可ですが、本堂前境内(地蔵堂含む)や客殿のお庭はOKです。 山門を入ってすぐ左にあり、お地蔵さまが安置されている地蔵堂があります。そのうちの一つが世継子育地蔵尊で、常林寺が建つ以前からこの地に祀られていて、若狭街道(鯖街道)を行き来する旅人などから厚く信仰されていました。地蔵堂 地蔵堂の前に建つ燈籠は、明治天皇から賜ったものです。明治天皇がまだ祐宮(さちのみや)と呼ばれていた幕末期、幼少の祐宮は、京都御所の土塀を潜り抜け、御所西側にあった湯口家でよく遊ばれました。大政奉還後、明治天皇はそのお礼に、この菊の御門入り燈籠を湯口家に下賜し東京に向かいました。湯口家が引っ越しをする際、この燈籠が常林寺に寄贈されました。菊の御御紋入り燈籠 また勝海舟が京都滞在時、この常林寺を定宿にしたと伝わります。その客殿から眺めるお庭も萩でいっぱいです。客殿東の庭 帰りがけに白い萩のそばに赤い彼岸花が咲いているのを見つけました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/26
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【2019年9月24日(火)】 「京の夏の旅」での仁和寺金堂・経蔵特別公開は、9月30日まで。私が赴くのは今日が最後です。 五重塔の一層目の屋根の南西隅の瓦は、火災除け祈願の龍になっていますが、この「夏の旅」期間は修理中のようで、一時的に取り除かれていました。それが今日見てみたら、修理が終わったようで、戻っていました。足場は残ったままですが、いずれ取り払われるでしょう。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/24
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【2019年9月23日(月・祝)】 出町柳駅近くの「萩の寺」常林寺に向かう途中、五条通を烏丸から河原町まで歩きます。 濃いピンクの夾竹桃がキレイに咲いています。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/23
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【2019年9月21日(土)】 二人で桂坂の「レストラン赤おに」にランチに行ってきました。8月の自治会夏祭の抽選会でお食事券が当たったので。 国際日本文化研究センターの一画にあるレストランです。南極越冬隊の調理担当を2度経験された北田克治さんがシェフを務めておられます。 家内も私も定番のエビフライランチをオーダーしました。大きなエビフライが3つ。サクサクととても美味しく、私も家内も大満足。税込で1,280円とリーズナブル。カレーライスやスパゲッティー、赤おにランチであれば1000円以下。ディナーのメニューもそれほど高くはありません。緑に囲まれ、静かで文化の香りのする施設内での、リーズナブルなお値段での美味しい食事。私は今まで使ったことがなかったのですが、なかなかいいところです。国際日本文化研究センターレストラン赤おにエビフライランチ-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/21
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【2019年9月20日(金)】 東洞院姉小路下ル東側に「高倉宮跡碑」が建っています。事務所勤務の際、いつもこの横を通ります。 後白河院の第2皇子以仁王の御所で高倉宮があった場所です。現在は、京都市教育相談総合センターになっています。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/20
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【2019年9月19日(木)】 出町柳駅近くの「萩の寺」常林寺が特別公開中です。 期間限定の萩の花をあしらったご朱印の授与があります。本堂をご参拝いただいた方のみですが。ご本尊の阿弥陀如来と、境内にある地蔵堂の地蔵菩薩の2種類です。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/19
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【2019年9月17日(火)】 来年1月某講座の受講生を、伏見稲荷大社やその周辺で、あまり知られていないところを案内します。見学先に訪問を正式に許可していただくためと、下見を兼ねて現地を訪れました。 裏参道のスポットのインタビューをしました。「おさんば稲荷」は伏見稲荷大社管理であることが分かりました。「鬼法教」は最初前を通ったときは開いていたのいですが、2回目のときは閉まっていてお話しを聞くことができませんでした。 その奥の「大日本大道教」は、管理者の方に色々お話しを聞くことができました。・創建は昭和27年。いわゆる「オダイさん」が創建。その方は、現在身体をこわされている。・道教の神様を祀る。門前に「太上老君」「道徳天尊」「娘娘(ニャンニャン)神」「原始天尊」がお祀りされている。・画家さんなどが住む住宅があったが、退去に伴い買い取ったりして面積が増えた。・やはりお塚は代替わりで、お詣りが途絶えることが多く、管理には苦労している。・裏参道の種々寺社は明治以降にできた。江戸時代にはなかったと思われる。・「大日本大道教」前のの弓矢八幡の本社は和歌山。この地へは昭和に創建。 その他、長い時間にわたって色々お話しを聞くことができました。「大日本大道教」の創立を示す碑 歩く途中で、本で読んだことのある内容も含め、色々発見もありました。 本殿に向かって左側の大きな燈籠に「新門辰五郎」と刻まれていました。新門辰五郎がこの燈籠の寄進者の一人ということです。「新門辰五郎」と刻まれた燈籠 新門辰五郎[1800~1875]は江戸末期の侠客(きょうかく)で江戸の人です。浅草寺に新設された門の番人となったので、新門辰五郎とよばれました。火消し人足から町火消し十番組の頭となり、のち、徳川慶喜に重用され、その身辺警護にあたりました。 御茶屋前のスペースに、砂澤たまゑ氏寄贈の照明灯を発見しました。砂澤たまゑ氏は有名なオダイさん(霊能者)の一人です。「霊能一代」という本を書いており、私も伏見稲荷の「お滝」の研究で図書館で本を借りて読みましたが(こちら)、アマゾンででは4万円~6万円というプレミア価格で売られています。砂澤たまゑ氏奉納の照明灯 伏見稲荷大社神馬の墓 「ぬりこべ地蔵」北隣十石橋近くの「愛染寺宿坊」と彫られた石燈籠の裏には、建立年代が彫られています。読みにくいですが、「天保14年」ではないかと思います。「愛染寺宿坊」と掘られた燈籠写真では分かりにくいですが、「天保十四年」と彫られているようです。------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/17
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【2019年9月16日(月・祝)】 「京の夏の旅」で仁和寺金堂・経蔵が特別公開中です。 以前、仁和寺の南約500メートルの長泉寺門前に「兼好法師舊跡」の碑があることをご案内しましたが(こちら)、その少し北側に「オムロン発症の地碑」があります。昔は創業者の名前から「立石電機」と呼んでいた会社「オムロン」創業の地で、過去本社があったところです。 宇多法皇が仁和寺を創建し、その中に「御室」を造営し、起居する御所としたことから、その建物が「御室御所」と呼ばれ、やがては仁和寺の別称となったものとされています。それが仁和寺一帯の地名として定着し、そこに本社を置いた立石電機が「オムロン」という商号を使うようになり、それがやがて社名になりました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/16
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【2019年9月13日(金)】 京阪出町柳駅近くの「萩の寺」とも呼ばれる、常林寺が特別拝観中です。 萩の花が見ごろになってきました。門前にはこんな案内もよろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/13
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【2019年9月12日(木)】 「京の夏の旅」で仁和寺 金堂・経蔵が特別公開中です。 この特別公開が始まって、しばらくしてから二王門の修復が始まって、幌で覆われていましたが、修復が終わって、また全容が見えるようになりました。 重要文化財です。高さは18.7mで重層、入母屋造、本瓦葺。門正面の左右に阿吽の二王像、後面には唐獅子像を安置します。同時期に建立された知恩院三門、南禅寺三門が禅宗様の三門であったのに対し、平安時代の伝統を引く和様で統一されています。「仁王」ではなくて「二王」と書かせます。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/12
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【2019年9月11日(水)】 「ICOM京都大会開催記念 特別企画京博寄託の名宝 ─美を守り、美を伝える─」が京都国立博物館で開催されています。会期は8月14日~9月16日までです。家内を誘って行きたかったのですが、会期が1ヵ月しかなく、都合の合う日がなく、ガイド会の地区組月例会(こちら)後、私だけで京都国立博物館を訪れました。 国宝や重要文化財が多く展示されていますが、寄託品のみの展示なので平常展示扱いであるため、観覧料は520円と極めてお得です。明治古都館平成知新館平成知新館内 平成知新館にて、次のような構成で約140点が展示されています。国宝、重要文化財のオンパレードです。陶磁 :京の社寺に伝わる陶磁器 【3F-1展示室】考古 :寄託の国宝─出土遺物から 【3F-2展示室】肖像画 :京の古寺と大画面の肖像画 【2F-1展示室】仏画 :王朝文化の輝き─華麗なる平安仏画の世界【2F-2展示室】中世絵画:初期狩野派の名作 【2F-3展示室】近世絵画:京都の寺院障壁画 【2F-4展示室】近世絵画:江戸絵画の華 【2F-5展示室】彫刻 :京都の仏像・神像 【1F-1展示室】中国絵画:名刹に伝わる宋元の名画 【1F-2展示室】書跡 :京の社寺と国宝の書 【1F-3展示室】染織 :神・人・仏を彩る染織 【1F-4展示室】金工 :信仰をつなぐ金属工芸 【1F-5展示室】漆工 :社寺が伝えた珠玉の漆器 【1F-6展示室】 展示リストから京都に関係する国宝だけピックアップしてみます。35 金銅小野毛人墓誌 左京区上高野出土 1面 飛鳥~奈良時代 7~8世紀 崇道神社39 金銀鍍宝相華文経箱 延暦寺横川出土 1合 平安時代 長元4年(1031) 延暦寺43 伝平重盛像・伝源頼朝像 2幅 鎌倉時代 13世紀 神護寺47 釈迦如来像(赤釈迦) 1幅 平安時代 12世紀 神護寺59 花鳥図襖 狩野永徳筆 161面のうち4面 室町時代 16世紀 聚光院62 風神雷神図屏風 俵屋宗達筆 2曲1双 江戸時代 17世紀 建仁寺64 夜色楼台図 与謝蕪村筆 1幅 江戸時代 18世紀66 四天王立像のうち多聞天立像 1躯 平安時代 11~12世紀 浄瑠璃寺71 五智如来坐像 5躯 平安時代 9世紀 安祥寺85 阿弥陀三尊像 普悦筆 3幅 中国 南宋時代 12~13世紀 清浄草院87 孔雀明王像 1幅 中国 北宋時代 11~12世紀 仁和寺88 十六羅漢像 16幅のうち2幅 中国 北宋時代 11~12世紀 清涼寺91 山水図 李唐筆 2幅 中国 雨宋時代 12世紀 高桐院92 秋景・冬景山水図 2幅 中国 南宋時代 13世紀 金地院95 灌頂歴名 空海筆 1巻 平安時代 9財紀 神護寺96 書巻<本能寺切> 藤原行成軍 1巻 平安時代 11世紀 本能寺97 古今和歌集巻第十七残巻<曼殊院本> 1巻 平安時代11巨紀 曼殊院98 法華経巻第七<運慶願経> 6巻のうち 平安時代 嘉永2年(1183) 真正極楽寺100 後嵯峨天皇宸翰消息 1幅 鎌倉時代 寛元4年(1246) 仁和寺101 宗峰妙超墨蹟「関山」道号 1幅 鎌倉時代 京暦4年(1329) 妙心寺102 菩薩処胎経巻第二 5帖のうち 中国西魏時代 大統16年(550) 知恩院103 禅院額字井牌字のうち「首座」 1幅 中国 南宋時代 13世紀 東福寺104 禅院額字井牌字のうち「浴司」 1幅 中国 南宋時代 13世紀 東福寺105 古林清茂墨蹟「月林」道号 1帆 中国 元時代 泰定4年(1327)長福寺124 宝相華迦陵頻伽蒔絵𡑮冊子箱 1合 平安時代 延喜19年(919) 仁和寺125 宝相華蒔絵経箱 1合 平安時代 11世紀 延暦寺126 宝相華蒔絵宝珠箱附四天王像板絵 1合 平安時代10~H世紀 仁和寺国宝以外の京都関連絵画をすべて挙げます。 - -44 寛空僧正像 1幅 平安時代 12世紀 上品蓮台寺 一 -45 重文 真済僧正像 1幅 鎌倉時代 13世紀 神護寺46 重文 道宣律師像・元照律師像 楼鑰賛 2幅 中国・南宋時代 嘉定3年 泉涌寺 俊芿律師像 自賛 1幅 鎌倉時代 嘉禄3年(1227)49 重文 仏眼曼荼羅図 1幅 平安時代 12け紀 神光院51 重文 孔雀明王像 1幅 鎌倉時代 12~13世紀 安楽寿院55 重文 竹石臼鶴図屏風 狩野正信筆 6曲1隻 室町時代 圈註紀 真珠庵56 重文 四季花鳥図 狩野元信筆 8幅 室町時代 永正10年(1513)大仙院57 重文 瀟湘八景図 狩野元信筆 4幅 室町時代 16世紀 東海庵58 重文 楼閣山水図 伝狩野元信筆 1幅 室町時代 16世紀 金地院59 重文 花鳥図襖 狩野永徳筆 16面のうち4面 室町時代 16世紀 聚光院60 重文 雲龍図 海北友松筆 8帽のうち4幅 桃山時代 慶長4年(1599) 建仁寺61 重文 山水図襖 長谷川等伯筆 16面のうち4而 桃山時代 慶長4年(1599) 隣華院63 重文 雪汀水禽図屏風 狩野山雪筆 6曲1双 江戸時代 17紀 -65 大和美人図屏風 回鍋暁斎筆 2曲1隻 明治時代 明治17~1818年(1884~85)86 重文 阿弥陀浄土図 1幅 中国・南宋時代 淳煕10年(1183) 知恩院89 重文 五百羅漢像 周李常・林庭珪他筆 82幅のうち3幅 中国・南宋時代 12世紀 大徳寺90 重文 蝦幕鉄拐図 顔輝筆 2幅 中国 元時代 14世紀 知恩寺93 重文 伝王維筆 1幅 中国 南宋時代 13叫紀 京都・智積院-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/11
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【2019年9月10日(火)】 事務所勤務が始まりました。通勤では、烏丸五条でバスを降りて、東洞院通を北進します。バスを降りて最初横断する東西の通りが五条通です。 以下、Wikipediaの情報をもとに、五条通について書きます。 五条通は堀川五条以東は国道1号ですし、烏丸五条以西は国道9号です。すなわち烏丸五条-堀川五条は国道1号と国道9号が重複していることになります。また烏丸五条以東は国道8号と重複しています。 今の五条通は平安京の五条通の位置ではありません。平安京では六条坊門小路にあたります。豊臣秀吉が、方広寺参拝のため、鴨川に架かる五条大橋を六条坊門小路に移設したため、この通りが五条通となり、元の五条大路は松原通と呼ばれるようになりました。 唱歌「牛若丸」の歌い出しには「京の五条の橋の上」とあり、現在の五条大橋の西詰、五条通の中央分離帯に牛若丸と弁慶の像が置かれています。しかし前述のように、当時の五条大橋はこの橋ではなく松原橋の位置ということになります。しかしそもそも、この二人が橋で出会ったという物語自体が後世の創作ですので(『義経記』によれば2人の出会いは五条の天神)、松原橋が正しいというわけでもないことになります。 東大路通から千本通(嵯峨野線丹波口駅付近)までの区間は御池通・堀川通と同様、第二次世界大戦末期に防火帯形成のため建物疎開が行われ、戦後、その用地を利用して幅員約50mに道路が整備されました。現在、西大路通まで50mに拡幅されています。京都市内の道幅が非常に広い道路は建物疎開の副産物なのです。 また国土交通省京都国道事務所が2002年10月に作成した『京の道 探検物語』によると、五条通の地下には「共同溝」が設置されています。烏丸五条交差点の東行き車線の右折レーンは共同溝への出入り口を避けるために中央分離帯の真ん中を通っていて、地下鉄烏丸線五条駅も共同溝を避けるため南側へずらされ、北側出入り口からコンコースまでの間の共同溝との交差部には階段での上り下りがあり、駅のホームは共同溝の下、地下3階となっています。 実際に地下鉄の駅を見てみました。下の写真は地下道が五条通を北に向かう部分です。確かに何かを避けるように、階段で下がって、またその先で上がっています。地下鉄北改札口から北上する通路 五条通りを横切るのにさらに掘り下げられていて、北側でまた同じ深さに戻ります。 五条通を東進する右折レーンをGoogle Mapで見てみます。中央分離帯の中を通っています。ここは京都駅行きのバスに乗るとき通るところで、安全確保のため、こうしているのだと思っていましたが、こういうカラクリがあったのですね。烏丸五条交差点 五条通を西から来て右折レーンが、本線とは離れています。地下の共同溝に降りる出入り口が、この分離帯にあるから避けているとのこと。共同溝への出入り口 確かにありました。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/10
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【2019年9月9日(月)】 事務所への通勤は、烏丸五条でバスを降りて、東洞院通を30分強北上します。 御池通を横切るところに、その南北の通の説明板が設置されています。東洞院通の名の由来を知ることができます。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/09
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【2019年9月8日(日)】 常林寺の特別公開が、昨日から始まっています。28日までです。萩のお庭を観るのは無料ですが、本堂や客殿を有料拝観できます。 やはり萩は、まだまだです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/08
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【2019年9月8日(日)】 「京の夏の旅」特別公開の一つ「旧湯本家住宅」を見学させていただきました。今回の「京の夏の旅」の特別公開箇所のうち4つが所謂「京町屋」です。杉本家、吉田家、藤野家、旧湯本家です。今日は「旧湯本家」を訪問させていただきました。 場所は、同志社大学と同志社女子大の間の道を北上して、相国寺の総門の前を右折したところにあります。そこに至るまで案内の看板はないので、迷われるお客様も多いのではないかと思います。 湯本家住宅は、江戸末期~大正時代の歴史家・湯本文彦が終の住家とした家です。鳥取藩士として生まれ、京都市美術工芸学校教授や東京帝国大学史料編纂員などを務めた湯本氏は、平安京の復元研究でも知られ、京都の最初の通史『平安通志』編纂事業にも携わりました。明治期の木造平家建ての「墨囚窟」と名付けられた四畳半の部屋の床柱には、浄瑠璃寺の古材と伝わる丸柱が使われ、襖の引手に精巧な図柄の墨型(墨を作る際の型)を使うなどの意匠を残しています。また大徳寺真珠庵の「庭玉軒」の写しとされる二畳台目の茶室が設けられており、自ら茶碗を作り茶を嗜んだ趣味の空間が残されています。(以上 https://souda-kyoto.jp/travel/saijiki/2019_summer.html から) 「紙芝居」が緻密に準備されており、視覚に訴える分かりやすい案内でした。庭にも下りることができます。「旧湯本家」となっているのは、男系が途絶え、女系で住宅を継いだためだとのこと。表札は「上野」となっています。 屋内の写真撮影は禁止ですので、屋外の写真のみ貼り付けておきます。------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/08
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【2019年9月6日(金)】 明日9月7日から28日まで特別公開される常林寺を訪れました。京阪出町柳駅の近くです。秋の萩がキレイで、「萩の寺」と呼ばれれます。普段から境内には入れるのですが、本堂などは非公開です。去年の「京の冬の旅」で、本堂などの特別公開がされました。その秋も、萩の季節にこじんまりと特別公開されたようですが、秋の本格的な特別公開は初めてのようです。 萩の花は、気温が低くならないと、本格的に咲かないようで、まだまだでした。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/06
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【2019年10月2日(水)】 事務所への通勤途上、東洞院通と夷川通の交差点にこんなプレートが設置されています。東洞院通と夷川通の交差点に建つプレート東洞院通側(南北の通り側)は「東洞院夷川」、夷川通側(東西の通り側)は、「夷川東洞院」と書かれています。京都の碁盤の目の地域の住所は、正式な町名が使われることよりも、「○○通××通上ル」、「○○通××通東入ル」という表記をすることが多いです(「上ル」は北に行ったところ、「東入ル」は東に行ったところという意味です。) そのほうが所在を見つけやすいからでしょう。しかし、東西の通りを先に持ってくるのか、南北の通りを先に持って来るのかがよく分かりませんでした。 この表記で、その場所がある通り名を先に持ってくるというルールがあるのかと思い、ネットで調べてみました。日経新聞のネット記事から、ポイントを抜粋します。原文は下記です。https://www.nikkei.com/article/DGXLASIH11H09_R10C15A6AA1P00/ ・交差点名は、南北が先にきたり、東西が先だったりとややこしい。何かルールがあるのか。 ・烏丸通をJR京都駅から北上してみた。 「烏丸七条」、「烏丸五条」だが、「四条烏丸」と逆になる。 さらに北へ。「烏丸御池」と再び南北が先。 京都駅より南には「九条烏丸」「十条烏丸」があり、東西が先にくる交差点名も少なくない。 ・交差点標識を管理する京都市土木管理課に尋ねると「交差点には周辺の人が呼び慣れた地名を使う のが一般的」との答え。 市内で標識の整備が進んだのは1970年代。それまでは行政も交差点名の基準を厳密に定めていな かったため、 地元で親しまれていた呼び方を拝借したようだ。 ・となると、地元の呼び名がどう決まったかが気になる。京都の地名に詳しい龍谷大学の糸井通浩 名誉教授は、「もとは横(東西)の通りを先に示していました」 以下、糸井教授による 。・794年に開かれた平安京は中国・唐の長安にならい「条坊制」を取り入れた。 都を縦横の大路で区切り、東西の区画を「条」、南北は「坊」と呼んで地所の表記とした。 公文書の順序は「条」が先だ。平安末期には庶民に身近な通りを組み合わせた呼称が増えるが、 東西を先に呼ぶ習慣は引き継がれた。 ・室町後期になって事情が変わる。力を付けた商工業者が通りの両側に「両側町」と呼ばれる町を 作る。豊臣秀吉の治世には通りが続々新設され「敷き詰められるように『町』が増えた」(糸井名誉教授)。 ・両側町には南北の通りを挟んで成立した「たて町」と、東西の通りを挟む「よこ町」があった。 経済力などによって町には優劣が生じ始め、交差点の名前は、有力な町が面する通りが先にくる ようになった。 古代の街づくりで定めたルールが中世に崩れ、東西優先、南北優先が入り交じる ようになった。 ・謎を解くもう一つのヒントはバス停にあった。 四条通を例にとると、京都市営バスには「四条烏丸」「四条堀川」などのバス停がある。 多くは交差点の名前と一致する。 これらのバス停名は1978年に全廃された市電(路面電車)の 駅名を引き継ぐ。 市電開業は12年で、路線の多くは人通りの多い道に敷いた。 停留所名で「四条」が先にくるのは、繁華な道を優先する習わしに従ったとみられる。 烏丸通は南北の幹線道だが、繁華街としての存在感は昔も今も四条通の方が大きい。 ・でも、ややこしい事例がある。東西の「大宮五条」は、京都市営バスと京都バスの停留所は 「大宮五条」と南北が先にくるが、JRバスは逆に東西が先の「五条大宮」になっている。 JRバスを運行する西日本ジェイアールバスは「道幅の広い通りを優先しているのではないで しょうか」。 かつての大宮通は市電が通る主要道で、市電駅も「大宮五条」だった。 しかし、五条通は戦後に拡幅され、市内でも有数の幹線道路になった。 JRバスの前身、旧鉄道省運営のバスが市内で運行を始めたのは1937年。 五条通にバス停ができた時期は不明だが、市電よりも遅かったとみられ、 停留所名の違いに表れた可能性がある。 ・結局、交差点名には時代性が色濃く反映されているようだ。 ここには、進行方向、あるいは所在している道路名を先に持って来るというルールは触れられて いません。 別の記事https://realestate.yahoo.co.jp/magazine/corp_communitylab/20161129-00000001 には、四条堀川交差点には、堀川通の進行方向の標識には「堀川四条」と書かれ、四条通の進行方向の標識には「四条堀川」と書かれているが、誰も「堀川四条」とは呼ばないとの記述がありました。この2つの異なった表記は前掲の写真に近い発想ですね。ただ前掲のものは、地元の方が「東洞院夷川」と呼んでいるか、「夷川東洞院」と呼んでいるかは私もよく分かりません。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/05
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【2019年9月1日(日)】 「京の夏の旅」で特別公開中の仁和寺ですが、観音堂の公開は「京の夏の旅」としては、今日が最終日でした。と同時に今日は、「御室八十八ヶ所霊場ウォークラリー」の日でした。いつも巡ることは、できるのですが、年に何度か「ウォークラリー」の日が設定されていて、スタンプラリーに参加することができます。 御室八十八ヶ所霊場は、文政10年(1827)当時は本四国(四国八十八ヶ所)への巡拝が困難であった為、時の仁和寺29世門跡済仁法親王の御本願により四国八十八ヶ所霊場のお砂を持ち帰り、仁和寺の裏山に埋め、その上にお堂を建てたのが御室八十八ヶ所霊場の始まりです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/01
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【2019年9月1日(日)】 現在、「京の夏の旅」で特別公開中の仁和寺ですが、観音堂の「京の夏の旅」での公開は今日が最終日。 その仁和寺の南西に約2km、大映通り商店街にあります。その名の通り「ぼたん鍋」も出す、居酒屋さんです。庶民的な雰囲気です。住所:京都府京都市右京区太秦桂木町5-1電話:075-871-3384交通手段:嵐電「太秦広隆寺駅」から大映通り西へ約200m営業時間:17:00~24:00定休日:月曜日食べログ https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260402/26010037/よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2019/09/01
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