草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年03月05日
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中 之 巻

 覚束無い事であるよ、罪が無くて配所の月を見ることと言った古人の物好きはどうであったか、日陰も

見せぬ座敷牢、九軒町の喧嘩、葉屋の彦介が手負いになったこと、代官所の沙汰・裁判ごとになり、相手

は山崎輿次兵衛と訴えたので、輿次兵衛も男の義理であり難輿平とは表面に出さずに、我が身の科と引き

受けて親浄閑に預けられて、相手の疵は養生して死ぬのか本復か、二つに一つの成り行き次第だ。

 我も生きる瀬死ぬる瀬を定めかねたる飛鳥川、明日の日を知らないのは是非もない次第だ。一家の内で

も取り分けて女房お菊の物思い、一日も気詰まりなことはなくて暢気に暮らして来た人、煩いが出ようと

も何となく心が和むと、炙る餅(かちん)も自分の胸もともに焦がれるままに、庭伝いに行き障子を開け

れれば輿次兵衛が顔色も青ざめてうっそりと、気分も悪そうにうつ伏している。



暮れの苦になりました。もしも私が不義をして、それで相手を傷つけたり斬り殺しでもしたのならば、無

理もないとも言えましょうが、それとは変わり今度は馴染みの遊女の事、とかくは売り物、客が何人あっ

ても不思議はない。訳もないあなたの嫉妬から今度の難儀も発生したのです。それとも遊女の吾妻と本妻

の私とを同じに思っているのですか。そんな気持を知ったなら一寸も外には出しませんよ。相手を遊女だ

と侮って嫉妬しなかったのが今では悔やまれます。恨み混じりのうろうろ涙。

 言ってくれるな、言ってくれるな、一天下、世間の誰にも恥じないがそなた一人に対して恥ずかしい

ぞ。気が引ける。さりながら石清水八幡宮も照覧あれ、自分が斬ったのではない。なれども彦介めが輿次

兵衛を遣らぬ、覚えたかと仕掛けてきた喧嘩なのだ。身が切ったのも同然だ。殊にその真の下手人とは男

同士の義理のある中だ。地獄の底であろうが、何処であろうが、どこどこまでも自分が切ったことにして

相手が死んだなら切られる覚悟でいる。とは言え彦介め、さほどの傷ではないけれども、その疵を言い立

ててゆすって金をせびりとろうとの魂胆なのは一目瞭然。



れ親に不幸の罰だと、しょげて首を傾け投首するのは不憫である

 だから私の父(とつ)さまも、それを言って浄閑の無理解。吝んぼうも事に因る。千両二千両が必要だ

としても獨子(ひとりこ)の命には換えられまい。欲からだけ離れれば直ぐにも片のつくことだ、口惜し

い、この治部右衛門、浪人の身でなかったならばと、くよくよ言って恨み言、多分、今日にも見えましょ

うよ。私の実の父にこっそりと頼み込んで、相手の浄閑殿が恥じ入るよに説かせたならどんなに吝(し



を聞かせましょうよ。

 もう、行ってしまうのか、又後で見舞ってくれよ。愛しや、淋しいでしょうねと女夫(めおと)の顔も

打しおれて、互の泣き顔を引き隔てる障子の戸を閉める。明り障子から漏れる光にも暗く萎れる心が哀れ

であるよ。

 輿次兵衛の見舞いに毎日淀の渡し舟、梶田治部右衛門は相舅(あいやけ、親家、は嫁・聟双方の舅と姑

同士を言う)の聟を思うのも娘の為を思うからだ。

 老いの心を悩ませても父浄閑はさほどでもなくて、や、治部殿、おいでなされたか。昨日の指掛けの将

棋に勝負をつけましょう。さあ、いらっしゃい。

 これは余りな、浄閑老、拙者が毎日老足を運ぶのは聟の輿治兵衛を気遣っての事で、将棋を指しにでは

御座らぬ。昨日の勝負はどちらへなりと勝ちと決着をつけてお置きなさいな。御仕舞、御仕舞と言うのだ

が、いやいや、馬鹿めが事は運次第ですぞ。昨日の駒は動かさずにおきました。さあ、かかっておいでな

さいな。

 然れば、勝っても負けてもこれ一番で終わりにしましょう。昨夜から、盤の上をとっくりと眺めて見定

め、工夫した相手と指すのは怖物(手ごわい気がする)、今度はそなたが指す番か、さあ、おいでなさ

い。先ず飛車先の歩を突きましょうか。や、この成り金を取るつもりだな。こう寄りましょう。

 浄閑は頭を叩いて、はああ、南無三、この桂馬がだめになった、深田に馬をかけ落とし、引けども上が

らず打てども行かず、望月の駒の頭も見えばこそ、難かしゅうなったぞ、と案じるのだ。

 お菊は盤の側に寄って、これ父さま、あちらの方が落ちれば落ちる。両方の睨み合いで何時までも埓が

あきませんよ。迷惑する駒はたった一枚です。浄閑様のお手には金銀がたんと御座いまする。欲を離れて

金銀さえお打ちなされば、これ、この父さまの向こうの浄閑様のこの馬を助かる。どうぞ、手にある金銀

を打ち出されますように思案して見さしゃんせ。合点か、合点か、と袖を引けば治部右衛門は打ち頷いて

おお、おお、おお、よくぞ知恵をつけてくれた。呑み込んだと言うのだが浄閑はお菊のかけた謎には気が

付かない振りでいる。

 実の親だと思って助言をしないでくれないか。しないでくれ。又、ちょっこりと歩で合い致そう。む

む、して、お手には何と何ですかな。浄閑の手には金三枚と銀が三枚、歩も有りますぞ。この歩で廻した

ならまだ金銀は殖えるでしょう。いかい金持が羨ましいか、金持とはこの角が睨んでいるからだ。こう寄

ったならば金銀を出して打たなければならないだろうよ。でも、金銀は手放さないぞ。桂馬を上がろう。

 治部右衛門は我慢しきれずに、はて、いかい吝ん坊だぞ、沢山な金銀を握り詰めてどうなさるおつもり

じゃ。来世へでも持っていかれるのかな。これご覧なされよ、この飛車をこう引けば、天にも地にもたっ

た一枚の此方のこの王が、片隅に、座敷牢のごとくにおっ込めるられて、今の間に落ちてしまうが、金で

も銀でも打ち散らして囲うてみる気は御座らないか。

 我らが吝いのは知れたことだ。座敷牢に入れられようが、王将が盤の中央で詰められる都詰めにされよ

うが、金銀は手放さないぞ。歩のあしらいで見知らせよう。

 此方(こなた)も歩をもって歩(ぶ)に首を提げられるが悔しくはないのか。構わぬ、構わぬ、先ずは逃

げましょうかな、これ、そのうちに香車の鑓を以て槍玉に挙げられるが、それでも金銀は出さないのか。

 勿体無い事だ、槍玉にあげられようが、獄門にあがろうが、手前の金銀は放さない。絶対に放さない。

竜と馬の両方の馬が強い欲の皮、側ではお菊が揉んで、包む涙も手を見せるのは禁じて、命は手詰めと見

えるのだ。

 治部右衛門は腹立ち顔で、盤中の駒を掻き寄せて、引っつかんで浄閑の眉間にがらりっと投げつけた。

 お菊ははっと驚いたが、浄閑はびくりともせずに居る。

 治部右衛門は膝を立て直して、恥を知れ、浄閑、相舅はもとは他人、駒を面に投げつけられて咎めもし

ない恥知らずに言うのも国土の費えであるが、将棋に事寄せて金銀を出してあつかい(示談)にして輿次

兵衛の命を助けよとの当てこと、合点しないお主ではなし、歩(ぶ)に首を提げられて槍玉に挙げられて

も、金銀に関しては出さないとは、治部右衛門に気を炒らせて面白いか、可笑しいか。そっちもひとり子

こちらもひとり娘だ、両方ともにかけがえがない。自分は聟を実の息子と思っているが、嫁を娘とは思わ

ないのか。輿次兵衛が切られたら、可愛や、菊が嘆くだろうと思いやって呉れないのは、ええ、さりとて

は恨めしい

 お菊が当家に縁談があった時に、婆が制止して、小身であっても侍に縁付けたい。どんなに分限者、金

持でも町人とは馬が合わないだろうと、返す返す止めた。いやいや、世間でも名の知られた山崎浄閑だ、

武士との付き合いもある人物だ。そう言って我一人が情を張っての縁談だったので、この頃は婆がそれ見

たことかと恨み言、お主が吝い無慈悲さのおかげで、五十年添った爺婆の夫婦合いまで不和になった。我

が子の命に替えない金銀だ、さぞや親類縁者が飢え死にしても構わないだろうよ。自分こそは現在は浪人

の身分ではあるが、主人を持った一家(いっけ)も有る。わからず屋の縁を組み、一門の名を穢した。無

念至極とばかりにて、せきあげせきあげ泣いたのだ。

 浄閑も涙ぐんで目を瞬かせて、侍の子は侍の親が育てて武士の道を教えるので武士となり、町人の子は

町人の親が育てて商売の道を教えるので商人(あきんど)となる。侍は利得を捨てて名を求め、町人は名

を捨てて利得を取る。そして金銀を貯めるのだ。これが道と申す物だ。

 如何なる大病難病でも、病には療治法が様々にある。国法で取られてしまう命には、人参で行水される

ほどに大量に飲ませたとて(朝鮮人参は当時の高貴薬で、これを煎じて飲めば万病に霊験があるとされ

た)、いかないかな、助からないが、金銀では助かる命なら助かる。命が買える。金銀が大事な宝だと

輿次兵衛が知っていたならば、此の難儀はし出来さなかっただろう。どんなに惜しみ蓄えても死んでは帷

子(かたびら)一枚とは、この浄閑でも承知しているが、死ぬ時までは金銀を神や仏と尊ぶ。これが町人が

守るべき天から与えられた道だ。

 金の罰が当たった奴が、まだこの上に惜しげもなく金を出して如何なる天罰大難に遭うだろうかと、可

愛いほどに猶更に出しかねている。吝いと名を取るこの浄閑、金銀だけを惜しんではいない。塵灰まで惜

しい。たった一人の倅の命、惜しくなくてどうあろうか、坊主頭を将棋盤にとんと投げ伏して泣いたのだ

が、治部右衛門殿のお恨みも聟可愛さとは存ずれども、さ程に思し召すならば、何故に日頃から身近に引

き寄せて異見もしてくださらなかったのです、異見してくださっていれば、斯様な事は起こらなかったで

ありましょう。と、我が子の戯(たわ)けは思わないで、見当はずれの恨みが出た。

 子供故に愚鈍になり、不調法を申すのも存ぜず、奥へ参りまする治部右衛門殿、ああ、死んだ婆は果報

じゃ、涙に咽びながらに立ったところ、舅も恨み言うことも無く、泣く泣く表に立ち出たのだ。

 跡にはお菊が将棋盤に取り付く島もなく、浄閑様のお言葉の道理は聞こえたようではあるが、金銀がな

ければお命もない。あの内蔵(家内に戸前のある蔵。金銀・家財を入れる。庭蔵の対)の金箱も用に立てね

ば将棋の駒も同じこと、ああ、慈悲のない親御やと浮世の頼みも無く涙に昏れて、無常心や入相の鐘がも

のすごく暮れ渡る。

 雁の数を読む朧月、塒(ねぐら)に帰る泊まり鴉が寄る辺なくて、藤屋吾妻の心も急きたち弾む心地、思

いを載せて田舎駕籠、淀の川水、流れの身。行くも山崎、帰るも山崎、霞の内の畦道伝い、そりゃ、うち

渡す丸木橋、見馴れぬ目には恐ろしく、駕籠を止めて立ち出でて、形振り作るのも町風に、わきまえもな

い夜半の松風、裾吹き返し里の者に道を尋ねる。

 恋の山崎、そんじょうそこと人が教えた家並も、所に希な屋作りで裏門や塀の構えまで同様だ。さては

此処だと知れたのだ。

 駕籠の衆、ここが輿次兵衛様のお屋敷です。塀越しに見えるのがお部屋でしょう。愛しや、あそこに押

し込められているので私はあそこに行くのです。ちょっと隙がかかっても必ず待っていて下さいな。戻り

も頼みます。煙草がなければ進ぜましょうか。ちょっと行って来ようと裾軽く、寄るほどに塀が高いの

で、伸び上がり伸び上がり、伸び上がっても燈火の影も通さず隙間もない。用心が厳しい内の様子。嵐と

共に路地の戸を叩いて自分の胸を躍らせながら、耳を壁に押し当てて聞けどもひっそりと音もせずに、何

時までこうしていたとしても、誰が取り次いでくれるのか、その当てもない。

 吾妻が来たと呼ぼうかと、佇む足は釘氷の如くに冷え凍えている。





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最終更新日  2025年03月05日 20時32分53秒
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