草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年07月03日
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元信が内側から、雅楽の介か、満足したぞ。身に誤りない上に、慮外をして姫君の御身の誤りが

気遣わしい、帰れ、帰れと呼ばわれば、ああ、慮外と言うのも事による、明けなければ踏んで踏み

破ると喚き散らせば、雲谷不破、雅楽の介を打ち殺せと、引き返して門の閂を外す所を付け入りに

、雲谷の小額をずっぱと切り下げたのだ。

 あ、痛しと躍り上がり二人は抜き連れて打ちかかる。あなたへ追い詰め、こなたに支え、城下を

指して切り出る。

 四郎二郎は地団太を踏んで、ええ、佞臣どもめ、むざむざとは死ぬまいよ。親から伝えた一心の

絵筆はここぞと観念して、右の肩に歯を立ててふっつ、ふっつと食い破り、口にわが身の血をふく

んで襖戸に吹きかけ、吹きかけ、口にて虎を描いたのだ。電目(稲妻のように光る眼)雷威(雷のよ



よ。

 道犬は姫君の行き方を尋ね廻りしが、先ず絵描きめから仕舞わんと(かたずけようと)太刀を抜こ

うとした際に、俄かに吹いてきた風が騒ぎ、絵に描いた虎は形を現じ、牙を鳴らして吠えかかっ

た。

 道犬も強力者で、組とどめようと挑み合う。虎は猛って爪を研ぎ、辺りを蹴立ててもみ合いし

が、もとより不思議の猛獣である、道犬の襟髻(えりたぶさ、後頭部の髪)をひっ咥えて打ちかたげ

くるり、くるり、くるりくるりくるり、くるりくるりと持って廻り、一振り振って投げければ、塀

を打ち越して敷石に面(つら)を打ってぞ打ち付けける。

 虎は勇んで元信の戒めを噛み切り、背を差し向けてそばえたる(ざれる、戯れる)。

 元信はやがて心つき、袴の股立ち絞り上げて、ひらりとこそは乗ったりける。虎は千里の足早

く風に嘯き、身も軽く、追い来る敵を追い散らし、駆け散らし、堀も築地も躍り越え、跳ね越えて



 豊干禅師(唐の禅宗の高僧。その弟子、寒山・拾得と虎とを合わせて、共に眠っている所が四睡

と称して画題になる)の四睡の虎、李将軍は虎を組む。絵に描く虎を動かしたのは古今に一人、乗

ったのも一人、天下に一人、一筆の誉は世にぞ残りける。

 實(げ)に獣君(虎)の一霊山野にはびこり、草木を踏み折り、田畠を荒らす事ななめならず、近郷

の百姓は声々に、三井寺の後ろから藤の尾までは見届けた。この山科の藪蔭へ逃げ込んだに極まっ



 庵の内から棒を突いて小提灯を提げた男が、やあ、何者じゃ、人の軒、打ての殺せのとは胡乱で

あると咎めたのだ。

 いや、これは矢橋(やばせ)粟津の百姓共、この頃信楽山から虎が出て荒れる故に隣郷が言い合わ

せてこの藪に追い込んだ。探させて下されと、口々に呼ばわれば、侍は嘲笑い、やい、虎と言う獣

が日本に出た例はない。途方もないこと、夜盗・押し入りの手引きであるか。

 この虎を誰と思うか。土佐の将監元信と言う絵師、仔細があって先年、勅勘を蒙りこの所に逼塞

し、将監は年は寄ったけれども某は門弟・修理之介正澄と言う者、油断はしないと棒を振り回し諍

う声、将監夫婦が障子を開けて、聞いた、聞いた、天地の間に生ずる物あるまいとも決め難い。諸

共に探せと槍熊手を引っ提げ、引っ提げ、えい、えい声、松明を振って狩り立てた。

 一叢竹の下陰にそりゃこそ物よと灯し火を挙げれば、荒れに荒れたる猛虎の形、人に恐れる気色

なく背をたわめてぞ休みいる。

 将監は横手を打って、あれ、不思議や、顔輝(がんひ、元時代の画家)の筆の、竹に虎の筆勢に少

しも紛う所なし。これは真の虎ではない。名筆の絵に魂が入って現れ出たのに相違ない。

 しかも新筆、今これ程に画(えが)く人は狩野の祐勢の嫡子・四郎二郎元信ならでは覚え無し。い

づれにもせよ証拠には足跡はないだろう。物はためしと百姓共が若草を分けて尋ねたが、虎の足形

はないので、書き手も書き手、目利きも目利き、前代未聞の名人だと、心ない土民共も拝まんばか

りに信を為した。

 修理の介、七尺去って師匠を拝し、ああ、ありがたや、この虎を見て絵の道の悟りを開き候。そ

のしるしとして、我が筆先にてあの虎を消し失い申すべし。

 名字名乗りを授けて御許しを承けたく候と、懇望(こんぼう)があったので将監が悦び、おお、今

日より土佐の光澄(みつづみ)と名づくべしと印可の筆を与えれば、修理は頂き筆を染めて虎の順

(ずん、ずいの訛り、真ん中)に差し当てて、四五間あいだを置きながら筆を引く方(かた)に従っ

て、頭・前脛・後ろ脛・胴から尾先に至るまで、次第に消えて失せけるは神變術(不思議な自由自

在の術)とでも言うしかない。

 百姓達は舌を巻き、孫子までの咄の種、なう、あの上手の絵描き殿によい御山を十人程描いても

らい金儲けがしたいと言えば、一人が聞いて、おお、おお、冬年(ふゆとし、年末)にお目に掛かか

れたら借銭乞いの帳面をここから消して貰おうもの。お暇申すと打ち笑い、在所、在所へと帰った

のだ。

 ここに土佐の末弟で浮世又平重起(しげおき)と言う絵描きがいた。生まれつきの口どもりで言舌

が明瞭でない上に家が貧しくて身代は、薄い紙子の火打ち箱、朝夕の煙さえ一度を二度に、追い分

けて、大津の外れに店(たな)借りて、妻は絵具を準備して、夫は絵を描く。筆の軸さえ細もとで上

り下りの旅人の、童すかしの土産物、三銭、五銭の商いに命も銭も繋いだのだが、勅勘を受け日陰

の身である師匠を重んじて半道余りを夫婦連れ、夜な夜な見舞うのは殊勝である。

 夫はなまなか目礼ばかり、妻はそばから通詞(通訳、夫に代わって言う事)して、まだこれはお寝

(よ)りませぬ、誠にめっきりと暖かに日も永くなりまして、世間は物見の遊山のと、ざわざわ、ざ

わざわ致しておりまする。こなたは山蔭の御浪人のおつれづれをいさめ(御慰め)の為に嫁菜の浸し

に豆腐の煮しめ、酒を入れた竹筒でも持参致しまして、関寺か高観音(たかかんのん)にお供して、

春めく人でも見せましょうと、夫婦で申してはおるのですが、心で思っているばかりです。道者時

分(京参りや伊勢詣の人が多い時分)で店は忙しい、洗濯物はつかえる、仕事にははかがいかず、日

がな一日立ちずくみ、何をするやらのらくらと急げば廻る瀬田鰻を、ただ今膳所から貰いまして、

煉り貫水の大津酒、夢々しゅうはござりますれど、この春からはお幸せが治って鰻が穴から出るよ

うにお世にお出なされましょう。

 ほんに、つべこべと私が言うばっかりで、こちの人のどもりと私の御喋りで入れ合わせたらよい

頃な(よい加減でしょうに)夫婦が一組出来ましょうに。ああ、御はもじゃ(お恥ずかしい)と笑った

のだ。

 将監の北の方が、おお、ようこそ祝ってたもうた。今宵は奇妙なことがあって修理は名字を許さ

れて、土佐の光澄(みつずみ)と名乗るぞよ。そなたもあやかり給え、とあれば又平は時節(よい折)

と女房を先に押し出して、背を突き、わが身も手を突き頭(こうべ)を下げて訴訟有りげに見えたの

で、女房が心得て前に進み出て、誠に道すがら百姓衆の咄を聞き、身は貧なり片輪(かたわ)なり。

おとと弟子に土佐を名乗らせ、あに弟子はうかうかと何時までも浮世又平で、藤の花を担げたお山

絵(藤娘)や、鯰を抑えた瓢箪の如くにぶらぶらと生きても甲斐がないと、身を揉んでの無念ぶり。

 尤もとも、哀れとも、連れ添う我等の心の内、申すのも涙が零れまする。奥様にまでは申し上げ

ましたが、お直の願いはこの時節、今生の思い出、死しての跡の石塔にも俗名土佐の又平と、御一

言の御許しは師匠のお慈悲、とばかりにて涙に咽び入ったのだ。

 又平も手を合わせて、将監を三拝して、畳に喰いつき泣いている。

 将監は元来が短気であり、やあ、又しても、又しても、叶わぬことを吃(どもり)めが、こりゃ、

この将監は禁中の小栗と筆の争いで勅勘の身となったるぞ。今でも小栗に従えば富貴の身を栄える

のだが、一人の娘には君傾城の勤めをさせ、子を売って食う程の貧苦を凌いでいるのは何故ぞ。土

佐の名字を惜しむからではないか。

 修理はただ今大功があり、おのれに何の功があるのだ。琴棊書画(きんぎしょが)は晴れの芸、貴

人高位(きにんこうい)の御座近くに参るのは絵描き、物もえ言わぬ吃めが推参千万、似合った様に

大津絵(大津辺で土産物として売った戯画)を描いて世を渡れ。

 茶でも飲んで帰れ、と愛想もなく叱られては、女房は力を落として、こなたを吃に産んだ親御を

恨みなさい。と、失望して泣きながら言う。又平も自分の喉笛をかきむしって、口に手を入れて舌

をつめって泣いたのは道理であるよ。不憫過ぎるのだ。

 時に、藪の中から、将監殿、光信殿、と呼ばわって痛手を負った若者が縁先によろぼい立、狩野

の弟子雅楽の介です、お見忘れ候か。

 げにも、げにも、雅楽の介、先ず此方へと座敷に入れ、承れば四郎二郎殿、雲谷不破の悪逆で、

難に遇った段々をつぶさに聞き、気遣いはしたと有りければ、さん候、某もお供仕り、雲谷と戦

い、斯様に深手を負い候。頼み切った名古屋山三殿は在京で、元信は危うく候いしが漸く逃れ、落

ち失せたると承る。

 ここに難儀が候のは、姫君銀杏の前様が元信を憐れみ七百町の御朱印を持って落ち給われたこ

と。敵が奪って下の醍醐に隠れし由、再び姫君を屋形に移し、御朱印を奪い返さなくては長く絵師

の瑕瑾(不名誉)とならん。

 某は手負いの身で叶わず、御加勢を頼まん為に忍びて参り候。と、語りもあえないのに、将監は

皆聞くに及ばず、狩野と土佐とは一家同然、力になりて参らせん。

 されども彼奴等と太刀打ちは、いっかな、いっかな、叶うまじ。姫君にも怪我あらん。どうぞ弁

舌のよき人に御屋形の御意と言わせ、謀(たばか)って取り返す分別が御座ろう。

 いずれも言うておみやれと、額に小皺、頬杖ついて各々が小首を傾けた。

 又平が何か言いたげに妻の袖を引いて、背中を突き、指差ししたのだが合点せず、心気をわかし

て(気を苛立てて)女房を突きのけてつっと出て、師匠の前に諸手をつき、唾(つ)を飲み込んで、こ

の討っ手には拙、拙者が参り、姫君も御朱印も、うう、うう、うう、奪い取って参りましょうと、

言上した。

 将監はきっと見て、やあ、面倒な吃めが、思案の半ばに邪魔を入れるな。そこに立って失せてし

まえ、叱られても怖じる所か、いや、膝とも談合と申すではありませんか、口こそは不自由なれ、

心も腕も天下に怖い物がない、拙者が分別を出だし、叶わぬ時にはゑん正介定、あっちへ遣るかこ

っちに取るか、首を賭けての博奕。命の相場が一分五厘、浮世又平と名乗りては親もない、子もな

い、身柄一心、命は掃きだめの芥、名は須弥山と釣り替え、倅の時から旧好(きゅうこう)なし命に

代えて申し上げるのも、師匠の名字を継ぎたい望みばっかり。

 拙者めを遣わし下され、申し、申し。さりとては承引なされぬか(これ程にお願い申しても承知

なされないのか)、吃でなくてはこうもあるまい、ええ、ええ、ええ、恨めしい、喉笛を搔き破っ

て除けたい、これ、女房共、さりとはつれないお師匠や、と声を挙げてぞ泣いている。

 将監はなおも聞き入れずに、片輪の癖の述懐、涙は不吉千万、相手になっていては果てしがな

い。是、是、修理の介、御辺が向かって思案を巡らし、奪い返して来られよ。

 畏まったと言うよりも早く、刀を腰にぼっこみ、立ち出る。又平がむんずと抱き留めて、まま、

まんまん、待ってくれ。師匠こそはつれなくとも、弟子兄弟の情だ、この又平を遣ってくれ。殿と

も言わない、すっ、すす、すっすっ、修理様。

 こりゃ又平、某がやたけに(気を揉んでも、熱意を持っても)思っても、師の命は力なし。ここ

を放せ、おお、おお、いや、はは、離さないぞ。

 放さなければ抜いて突くぞ、つ、つ、突き殺せ、はは、はは、はは、はは、放しはせぬぞ。





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最終更新日  2025年07月03日 16時43分30秒
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