草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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草加の爺(じじ)

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2025年07月14日
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夕べ朝の鐘の声、寂滅為樂と響くのだが、聞いて驚く人もいない。

 通りゃ、ただの時でさえ相の山(近世の民間の門付藝として唄われたもの。間の山とは伊勢の内

宮と外宮の間にある坂道で、往時ささらを摺りながら哀れな唄を歌い喜捨をせがむ女芸人がいたと

伝えられる)を聞けば哀れで涙がこぼれる。悲しゅうてならぬ、胴ぶらに、あた聞きともない。通

りゃ、通tりゃ、と言って、涙を押し拭う。

 野辺よりあなたの友とては、血脈ひとつに、数珠一連、これが冥途の友となる。ああ、舌たるい

手の隙がない、通りゃ、通りゃと言う声に心に苦のない新造禿、ばらばらと走り出て、こちらは好

きじゃ相の山、聞いて泣きたい、所望、所望と立ちかかる。

 ええ、意地の悪い子供じゃ。それほど何が泣きたい事が有るのだい。銭をやって早くいなそう



を見れば恋し床しの四郎二郎、互いに、はああ、はああ、とばかりにて目が暮れて、心はしみじみ

と抱き付きたくもあるが、周囲には禿が目元小賢しくて、堪えるたけと包むのだが、咽びふくろび

泣いている。

 ああ、往なせましたらよいものか、まちっと哀れな心を歌って聞かせてくだしゃんせ。あっと涙

にする筅(ささら)鼓弓の弦も細い声、定め無き世に捨てられて、身の寂滅を知らせたくて文は書い

たのだが、頼りはない。一人寝ざめの友とては夢に見た夜の面影か。これが寝ざめの友となる。

 折しも二階の奥座敷で、来いよ、来いよと、手を叩く。あい、あい、あいと禿どもが立つ間も遅

いと走り寄り、これ、こうしたこともあろうかと、憂き命をも捨てなかった。よく顔を見せてくだ

しゃんせと、縋れば男も抱き締めて涙の外は、声もない。

 なう、恋しいの床しいのとは大抵恋路の習いぞや。それをとんと打ち越して、主や親方にも背い

たゆえに奈良伏見まで売り渡されて、今この京で遣り手となり、花の都もわが身には、鬼界が嶋



労はなりもしよう、心を痛めるばかりではない、力業にも才覚にも、叶わぬものは逢いたいと思う

ので遣る瀬がなかったと、甘えて口説くのは不憫である。

 四郎二郎も尽きせぬ涙、おお、道理、道理、いとおしや、度々文でも申した通り、其方の陰にて

大事の絵を描き、誉を取り、契約を違えずに見請けをしようと思っている間に、不慮の事共、命が

有ると言うだけで、恩を着た名古屋山三、我等故の牢人、行く先も行く先も目出たいと言う字は書



言う、難波で聞けば伏見とやら、ここにいるのは采女と雅楽の介だが、二人の弟子の介抱で丸四年

目に顔を見て、嬉しい事はどこへやら、俺と言う者がいないならば、とうによい幸せ。

 前垂れ鎰(かぎ)は下げまいと、親御の事まで思われて、生きた心はしないとて男泣きに泣いたの

で、なう、そう打ち明けて下さんすが本々(ほんぼん)の真実、わしはいっそ(却って)親の事思う所

には行かなんだ。わたしに罰が当たらずは当たる者はおるまいと、口説き立てれば四郎二郎が先ず

言うべきは、名古屋山三春平、この所にて不破の伴左衛門を討って詮議に逢う由、洛中の是沙汰、

遺恨のもとは某ゆえに聞き捨ててはおかれぬ挨拶、廓の説はどうぞと言えばされいばいなあ、詳し

い事も聞きました、山三様にする世話は、こなささんへの奉公とさまざま、心を砕いて何の波風も

無いように十の物が九つおっつけ埒が明くはず、あれ奥にじゃわいなあ、これは大慶先ず通ってか

ら対面致そう。

 いやいや、待たんせ、そりゃならぬ、こな様を尋ね出し、姫君と夫婦にせねば侍がすたる。と、

今(いんま)も今言うた人に会わんずと往んでくださんせ。

 ええ、愚痴な事ばかり、我ゆえに一命を果たそうと言う山三じゃないか。会わずに帰って人外

(にんがい、人でなし)の名を取れか。げしゅう(変に、奇怪にも)会わせまいなれば此処で腹を切ろ

うかと脇差に手をかける。

 はて、死なんせではないわいな、外に奥様持つまいと言う誓文立ててから逢わんせ。おお、姫君

はさておき、たとえ餅屋のお福でも、山姥と祝言するとでも、山三の詞を一旦立てずに、置かれよ

うか。ええ、世間見たようにもない気が狭いぞや、と恥しめれば、世間は唐まで知っていても気は

武蔵の程に広くても、大事の男を人には添わせない。

 山三様に会って四郎二郎が女房はこの宮で御座んすと罷り出て、断ろう。

 おお、言いたくば言いや。詞の中に脇指をこの腹に突っ込む、さあ、どうぞ、どうぞと詰められ

て、泣くよりほかはなくて、何を言うのも大切さ、そんなら言うまい、息災でいて下さんせ。去り

ながらどうぞ言い抜けられるなら、言い抜けて見て下さんせ。と、まだ、ぐどぐどの忍び泣き、尤

も尤も、男の面(つら)役でこう言ったからとて何の如才(手抜かり、不手際)があるものか。弟子衆

こちらへと涙ながらに奥に行く間も惜しまれて、これ、采女様、雅楽様、祝言の咄が出たならば打

ち消して下されと、頼む返事の否應(いやおう)はなくて、泣く涙に紛らして入ったのだ。

 心もとなさ、危うさに心が騒いで落ち着かず襖の際に差し足して、立ち聞きすれば、伴左衛門を

討ち止めた物語である。

 ああ、嬉しや、女房事は出さないようだ、まちっと聞こう。あの囁きは何じゃ知らぬ。聞きたい

ものと耳を寄せて、ああ、悲しや、連れて帰って姫君と夫婦にすると言い腐るぞよ。こちの男が利

口そうに、此方の詞は背きませぬ。と、ぬかし面(づら)は何事じゃ。

 ええ、聞くまい物を腹の立つ、と耳を塞いで立つ居つ。身を揉んで歎くのは哀れであるよ。

 舞鶴屋の傳三郎は遣り手引き舟と下男がい切り切って大声を上げ、こりゃこりゃ葛城さまの身請

けはさらりっと埒があいた。跡の三月二日に隙をやろうと言う一札、王様の御綸旨(りんし、天皇

の言葉を蔵人が書いた文書、貴重な文書の代表とする)よりも高直(こうじき、高価)な物を握っ

た。乗り物の戸をくわらりと明けて今でも大門をお出為され。と、喚く声に人々が悦び走り出て、

ああ、ああ。御手柄、御手柄、酒天童子(大江山に住んだ怪物。源の頼光が保昌や四天王と退治し

た)の首より取りにくい事。主を持たない身はここが過分(かぶん、有難い)、手を引き会って門を

出て、名古屋山三と葛城とが後々までの咄を遺そう。

 やあ、亭主、近づきになっておきゃ、狩野四郎二郎元信に巡り合いたいばかりに互いの苦労は知

る通り、身は葛城を請け出して、四郎二郎は大名の姫様を掘り出した。

 祝言の夜には勝手に見舞いなさい。

 さて、みやの礼は今は申さない。前垂れ鎰(かぎ)を捨てさせ、武家か公家か町人か、望み次第に

数ならねども拙者が親分、先ず姫君の祝言には婚礼の際には新婦に付きそう女性・待ち女郎に頼も

うとみやの心を引き立てようと勇み立てても投げ首で目も泣きはらして返事をせずに、堪えかねて

つっと出て、言おうとするのを四郎二郎が柄にてを掛けてて腹をさすれば、手を合わせて、泣き泣

き退(しさ)れどもなお堪らずに、思い切って言おうとする。

 四郎二郎は胸を押し開けて既にこうよと見せかけた。ああ、ああ、申し、四郎二郎様、私は何も

申しませぬ。御息災で姫と御夫婦になってくださんせ、とわっと叫んで伏したので、共に涙が急き

来る四郎二郎、おお、よい合点、よい合点、廓の衆は涙もろくて目出度い事にも泣きたがる。

 身請けする女郎衆に名残惜しいのは尤もであるが、他国に行かず、死にはしない。追っ付会お

う、泣きゃるなとよそに言うのさえ(何でもない事の様に言う)涙を包み兼ねて目はうろうろとなっ

たのだ。

 さあ、御乗り物が参った、早ようお出でなされませ。いやいや乗り物古いと立いづれば、一家の

大夫・天神・囲い(かこい、大夫・天神に次ぐ位の遊女)が、葛城様さらばや、さらばで御座ん

す、門まで遅れ、後を賑やかしと舞鶴屋の傳三がよろずに受け込み、置き土産をやろう、遣り手衆

お春お夏と勇めども、みやの心は空き漢で、腰の巾着をぶらぶらと物淋しげに見えるのだ。

 花の三月は早くも過ぎて、娘の年も二十棹、いつの間にかは長持ちに桐の葉が茂る嫁入り月、銀

杏の前の御祝言、名古屋山三の計らいで、四郎二郎元信を北野の社人に借り座敷、名古屋が家の

子・世継瀬兵衛を腰添えにて供女中の出立や、地黒・地浅、黄紅檜皮(はだ)、右近の馬場にぞ着き

給う。

 並木の桜暮れかかり、まだ人の顔も知らない、白無垢を着たる若い女が横合いから嫁入りの供先

を押し割り、押し割り、打つも叩くも事ともせずに、しっかりと引く程に、乗り物の戸は砕けて放

れ、姫君はあっと叫び給うを胸倉掴んで、引き吊り出し、土手に押し付けてひっ据えたり。

 瀬兵衛は刀の反りを打って、六尺徒歩衆(駕籠舁き)を押っ取り廻し、そこを放せ、放さずばぶち

殺せ、捩殺せと口々に呼ばわれば、姫君が制して、ああ、黙っていや。構やるな、嫁入りする身に

女の際(ざい、分際)でただ事とは思わない。四郎二郎殿の手掛けか。但し、時の戯れに末には妻に

しようなどと男の当座の間に合わせを、一筋の心からのその恨みであろうのう。

 わが身に知らぬこととは言え、殿を持つ役であるならば、聞くまい事は言うまいよ。道理さえ立

つことで、負ける道ならば負けもしよう。又、筋もない道言ってみや。我にも手もある足も有る。

 銀杏の前が理不尽と言われては大人げない。相手向いにして置きゃ。さあ、何ぞ聞こうと口は陸

路を分けながら胸はしどろの山坂や、顔は躑躅の如くなり(赤い)。

 女、溜息、顔を挙げて、ああ、流石でござんすな、その美しい出様にはこう取った胸倉を放しよ

うに困った。我とても中々狼藉する氣は微塵もなく、御乗り物にすがって歎きを申し、御情けを受

けようと七本松から此処まで様子を伺い、参りしが、頭のかかりがどうもなくて思わず慮外致し

たのだ。

 仰々しい、白無垢着たのは、打ち果たしての何のと言う脅しでも見せ(歎願)でもない、思う願い

が叶わないのなら、西所川原(さいしょかはら、三条の西の火葬場)か舟崗へ直ぐに飛ぼうと思う気

で私が為の修羅出立、高いも低いも女子には大なれ小なれ、この気はあれど言わぬで持った世の

中、色に出さないのをたしなみと、心で心を叱って見ても、いかなる欲も離れようが男に欲はえ離

れぬ。

 さりとては穢い、気恥しゅう御座ると声を挙げ、譯をも言わずに泣いている。

 瀬兵衛を始め女房達、御祝言の時刻が違う。道行(前置き)ばかりを言わないで、要る事ばかり申

せ申せ、と責めければ、御尤も御尤も、私は土佐の将監の娘、幼な名はおみつ、親の憂き瀬に身を

売り、越前の敦賀で遠山と申した流れ者、四郎二郎殿とは故あって、起誓一枚書いていないが釘と

鎹(かすがい)ほどに離れぬ仲。身を持ち崩してあちこちを狼狽え、今は六条三筋町に上林(かんば

やし)が内のみやと言い、流れの身よりも浅ましい遣り手はしても己遣れ、一度は狩野元信の内儀

と言われよう、言われようと、四年が間の気の張りよう、弓ははったと弦が切れて泣くにも力有ら

ばこそ、無理とも損ともあまりに無法なことながら、長くは言わない、一七日今宵の嫁入りを下さ

れば、跡はお前と万々年、七日添って別れての後は、この世の生き顔は見せまい。たとえ死しても

あの人の未来の回向は受けますまい。もうこの後は申しますまい。涙を流し、手を合わせ、伏しま

ろぶこそ哀れであるよ。





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最終更新日  2025年07月14日 20時48分24秒
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