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(結婚と恋愛は全く別の価値観だと知らないから、離婚になる) 日本の夫婦で離婚する人達は3組に1組である。 そして、離婚しないまでも、家庭内別居とか、離婚しないが実際に別居している人も多くいる。定年離婚、主人が定年になって、退職金を2,3千万円もらったら、その半分をもらって離婚をする予定の女性も少なくない。 つまり、夫婦円満で最後まで行くという夫婦は、5割、半分くらいである。 何故、こんな事が起きるかと言えば、多くの日本人が、結婚とは何かを勘違い、思い違いをしているからである。 結婚相談所とか、結婚相談のネットのサイトで、結婚に対する悩み相談や、問い合わせの話がよく出ているが、相談をしている人の話を聞くと、本当に結婚とは何かについて、わかっていない人があまりにも多い事に驚かされる。 若い人に結婚の事を聞くと、相手の条件として、男は美人とかスタイルが良い人、そして、おっぱいが大きい人というのが圧倒的だ。 そして、女性はと言えば、相手の男性の年収、務めている会社、そして、ルックスを圧倒的に求めている。 筆者は思う。だから、3組に1組は離婚し、最後まで円満に行くのは半分しかないのだと。結婚と、恋愛は全く別の価値観、概念だという事を多くの人がわかっていない。(美人の95%が性格ブス) 男が女性を好きになるきっかけの多くは、相手の美貌やスタイル、そして、巨乳などに惚れるのがきっかけだというのが珍しくない。 仕事で行った会社の受付に美人の女性がいた。ときめいて、アタックするなどというのは、ごく普通にあることだ。 美人と知り合いになり、デートすれば、楽しいし、他の人からも羨ましがられるだろうと、優越感を持つ事もできる。だから、容姿の良い女性を求めるのだ。 だが、人生を長く生きて来て、多くの女性とも付き合い、会社を経営して部下として、多くの女性を使って来た筆者の経験から言えば、美人の95%は性格的にブスである。 今のタレント、女優で人気ランキングなどがネットでもよく出ているが、筆者も目から見れば、上位にランキングしている女性のほとんどが、その容姿だけみてみて、筆者からすれば、絶対付き合いたくない人がほとんどである。 広瀬姉妹も、上原さとみも、その他の人気上位の女性は、筆者の視点からすれば、夜、一緒に寝ていたら、いつ刺されるかわからないし、財布から金を抜かれるかもしれないとような顔をした人である。 何故、そうなるかと言えば理由は簡単で、女性は美人というだけで、子供の時から、ちやほやされて育つからである。同級生だけでなく、学校の先輩、後輩の人からも、アプローチされるし、先生達からも特別扱いをされる。 これだと、「自分は特別だ」と勘違いする方が普通である。 自分が何かしなくても、相手の男性が色々お膳立てしてくれるし、気を使ってくれる。だから、自分が考え、気をつかい、相手の事を考える習慣が身につかなくなる。(注意されないから、何が悪いか、どうすべきかばわからない) その典型が女子アナである。仕事で少なくない女子アナと知り合いになり、一緒に仕事をしたり、食事をしたりして来た。 中にはどうしようもなく性格も悪い人もいるが、多くの人は、持って生まれた性格は、そんなに悪くはない。でも、どうしようもなく、気がきかない。相手に対する思いやりなど、ほとんどない。 何故、こうなるかと言えば、大学を出て、テレビ局に入社して、すぐに、テレビに出て、名前と顔が売れる。外出すれば、サインを求められたり、声を書けらるし、ファンレターも来る。 こうなると、上司や先輩が、問題点を注意したり、アドバイスする事はしなくなる。 一般企業なら、上司や先輩が仕事の仕方、常識、発言などを注意し、アドバイスをし、叱ってもくれるが、女子アナにはこれがないのだ。 だから、女子アナは自分の行動、態度で何が良くて、何が悪いか、相手と接する時に、どういう事を中止しないといけにかを知らずに、年だけとっていくのだ。 今は少し変わって来たが、少し前までは、女子アナの定年は30歳と言われていた。だから、それまでに結婚相手、永久就職先を必死になって探すのだ。 その結果、遊びなれた男性タレントに遊ばれて、何人にも男性と浮名を流す事になり、年齢が30歳前後になると、焦りだすのだ。 女子アナは極端な例だが、美人の女性は、この女子アナと似た側面を持っている。(一流大学卒、一流企業勤務の男は、自信の塊の人が多い) 男性について言うと、ほとんどの女性が結婚を意識すると、相手の年収、務めている会社、容姿を採点し、その上位点の人にアタックするようになる。 だが、有名マスコミ会社に勤め、取材で日本を代表する大手企業や、主要官庁の役人と多く付き合って来た筆者の経験から言えば、年収が高いとか、一流会社に勤めている事と、その人がどんな人かというのは、全く別の価値観で見ないといけない。 一流大学を卒業し、一流企業や主要官庁に勤めている人の多くは、自分に自信を持っている。自分で努力もし、結果を出して来たのだから、当然、そうなる。 その結果、自己肯定感が高い人が多い。そして、そういう性格は女性と付き合い時にも出て来る。自分に自信があるからこそ、揉めた時とか、意見が違った時に、なかなか譲らないのだ。 そして、頭が良いから、議論しても、負けない。女性にはとてもタフな事である。だが、条件が良いからと近寄って来た女性には、そんな事はわからない。 こうした人と結婚すると、相手の男性には論理では敵わないし、結果的に自分の意思に反して、相手の言う事を聞かされる事になる。それが毎日だから生活は地獄となる。(恋愛はたまに会うだけ、結婚は毎日の生活) 恋愛対象の相手は、会っても、週に1,2回だし、会った時も、24時間一緒にいる訳ではない。 だから、男性からしたら、相手の女性が少し位、性格が悪かったり金遣いが粗くても、そうは問題はない。女性からしたら、少しくらい強引でも我慢できるし、場合によっては、男らしいとさえ、錯覚してしまう。 しかし、結婚は日常である。結婚すると、365日、土日、休日は24時間一緒にいるのだ。短時間なら、我慢できることでも、次第に無理になってくる。 美人と思って結婚した女性が、出産して子育てして疲れて、化粧もせずに疲れた顔を見せられると、自分はなんで、こんな女と結婚したのだと男は思ったりする。 また、美人だが、料理、洗濯、片付けなどの家事が全く苦手という女性も少なくない。そうなると、まずい料理を食べさせられたり、自分が料理させられたりする。 そして、文句を言おうものなら、何倍もの文句が返ってくる。 結婚は、相手と何十年も一緒に生活するものである。楽しい時だけでなく、苦しい時も、落ち込んだ時も、それを一緒に共有しないといけない。 結婚相手は、この苦しんだ時、落ち込んだ時に、それを共有し、包み込んでくれる人でないと、結婚している意味はない。 また、食事は嫌でも毎日、ついて回る。毎日外食とか、ウーバーという訳はいかない。洗濯、家の片付けも毎日の事だ。誰かがしないといけない。 女性目線で言えば、夫が仕事について、どれだけ理解してくれ、家事などについてどれだけ協力していくれるかは、容姿や勤めている会社の知名度よりも遥かに重要だ。 義家族との付き合い、将来の同居、介護などについても、きちんと意見の合う人と結婚しないと、結局、離婚したり、嫌な介護を押し付けられたりする事になる。 物事についての価値観も重要で、それが大きく異なる人と結婚すると、毎日が地獄となる。価値観の中でも、金銭とか、食べ物、親との関係、子供などについては、同じものの考え方ができる人とでないと、結婚生活を継続するのは難しくなる。 だから、結婚相手を選ぶ時に、最優先の基準は、上のような事で、相手の容姿や年収、務めている会社の知名度などは二の次なのだが、それを理解していない人があまりにも多過ぎる。(ブスで性格が良い人) 筆者の体験から言うと、容姿、特に顔が美人でない人に、性格の良い人は少なくない。だから、そういう女性とも結構付き合って来たが、心が癒された事は少なくない。 若手の記者時代、地方勤務で、週に1回の宿泊勤務があった。30歳位の時、金曜日の日が泊りで、土曜日が泊り明けだった。 この頃になると、明けの日は昼で帰って良いようになっていたので、土曜日の午後から県庁勤務の女性と土曜日の昼からデートをしていた。彼女も土曜日は午前中で帰れたのだ、デートが出来た。 昼食を一緒にとって、それから、ホテルに行き、1回戦をすると、泊り勤務の日は3時間位しか寝られていないので、猛烈に眠くなる。疲れもあって、3,40分から1時間くらい寝て起きると、彼女はりんごなどの果物を剥いていておいてくれている。 その果物を一緒に食べてから、もう1回戦をして、少し休んだ後、彼女を自宅近くまで車で送るという事をしていた。 彼女はブスというほどでないが、決して美人ではなかった。でも、今でいうところの巨乳で、性格がとても良かったので、2年位付き合い、転勤で勤務地が変わったので、別れた。 筆者は結構、美人でない女性と付き合うので、同僚の記者から、「〇〇ちゃんて、ブス専じゃない?」と言われた事も1回や2回ではないが、心が温かな女性たちだった。 勿論、ブスで、性格が悪い人もいる。これは目もあてられないが、ブスで性格が良い人は、癒される人が多かった。
2026.09.24
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(食品は明日、1年後の自分の体を作る養分) 今の若い女性のは料理が苦手だという人が結構いるという。ある調査によると20歳代、30歳代の女性の半分が料理が苦手、または好きではないという。 複雑な料理とか、特殊な料理ならともかく、普通の日本の和風おかずについて苦手とか、出来ないという人は、基本的に頭が悪いと言わざると得ないと筆者は考える。 まず、基本的な事を言うと、人が毎日食べる食事は、その成分で体を作っているのだ。つまり、明日、1年後、5年後の自分の体を考えるなら、食事は自分の体の養分なのである。 これを疎かにして、コンビニの弁当とか、スーパーの総菜を毎日買って食べている人は、極端に言えば、毎日、毒を少しづつ食べていて、自殺をし続けているとさえ言える。 早く死にたい人や、病気になりたい人ならともかく、そうでないなら、自分の口に入れるものは、神経質になり過ぎても良いとさえ言えるのに、こうした事に鈍感な人が日本では本当に多い。 ある、ユーチューブのインフルエンサーが、その自分のページで、「コンビニ弁当が体に悪いというが、大手企業が、消費の体に悪いものを作って売るはずがないから、心配しなくて大丈夫だ」という事を言っていた。 この人は、一般的に比較的、まともなことを言っているので、時々、ネットで話を聞くが、筆者は「企業とか、役人の論理を全くわかっていない」と感じるし、毒というものについても、何もわかっていないと思う。 まず、毒には、慢性毒性と急性毒性がある。急性毒性は、それを口に入れれば、直ぐに反応が出て、具合が悪くなる。だから、スーパーやコンビニが売る食品にそんなものは入れない。 しかし、慢性毒性とは、急には体に異変が起きないが、それを頻繁に口に入れていると、次第に体の調子が悪くなるものである。 そして、企業はこの慢性毒性のものは、平気で、食品に入れている。なぜか、理由は簡単で、「防腐」と「コストカット」そして、ちょっとした「食感の良さ」のためである。 コンビニで売っている弁当のご飯や、おにぎりは、以前は炊いたご飯に防腐剤を入れていたが、今は、それも手間だというので、今はご飯を炊く水に、最初から防腐剤を入れて、ご飯を炊くという。 化学物質を炊飯器の中で高温で炊くと、何が起きるかも知れないという発想はコンビニやスーパーの経営者や、現場の責任者にはない。 筆者はスーパーやコンビニの料理を作る工場を何回も取材した事があるが、それを見たら、とてもではないが、その食品を食べようとは思わない。(多くの人が知らない企業や役人の論理、マインド) 日本の食品企業やスーパー、コンビニは多くの食品を多くの店で売っている。だから、食中毒や食品トラブルを起こせば、それは1つの店で起きた事が全国に波及するので、影響は甚大なものになる。だから、食品中毒やトラブルの防止に一番力を入れる。それが「防腐」につながるのだ。 防腐のほとんどは、化学物質で行う。そして、この食品添加物は、少量なら体に「大して影響が出ないならOK」という基準で作られているので、欧米では禁止されている「発がん物質」や「健康被害が疑われるもの」が日本では、食品に使う事が認められているものが少なくない。 「国民を守る立場にいる役人が、そんな杜撰な事をする訳がない」という人がよくいるが、そういう人は、役人というものを全くわかっていない。 多くの省庁の役人と数知れず付き合って来た筆者の経験から言えば、国民、消費者の事を思って仕事をしている役人は、皆無ではないが、ほとんどゼロだと言って良い。 かれらは、日々のトラブルが起きなければ良いという思いで、仕事をしているのだ。だから、食品添加物の基準作りなども、大学教授達に丸投げなのだ。 そして、その大学教授達は、企業から陰に陽に金をもらい、接待を受けているので、企業にとって都合の良い基準を作るのだ。役人はこの基準を金科玉条にして、「〇〇先生から、お墨付きをもらっていますので」という感じで、自分の責任逃れをするのだ。 わかりやすい例を言うと、アメリカのモンサントいう化学の会社が潰れた。この会社が作った除草剤「ラウンドアップ」に発がん性があるとして、健康被害で裁判を起こされ、その巨額な賠償金で会社が成り立たなくなったのだ。 そこで何が起きたかと言えば、ドイツの大手化学会社バイエルが、このモンサントを買収した。そして、大量に残ったラウンドアップごとバイエルが買った。 欧米ではラウンドアップの発売は禁止、または厳しい規制が行われている。だが、日本は野放しだ。その結果、バイエルは、大量の残ったラウンドアップを日本で売る事にしたのだ。 今でも、日本のホームセンターに行けば、ラウンドアップは売っているし、ネットやテレビで、時々、CMまで流している。 規制当局の役人に話を聞くと、「審議会の先生たちから、発売を禁止しろという声が出ていませんので」というのが答えである。(和風料理の味付けは、基本は全部一緒) 毒の話はともかく、料理の話に戻ると、日本の平均的な和風おかずは、少しも難しくない。 前にも書いたが、筆者は大学生の時に、当時付き合っていた女性、後に妻になる人に、筆者の母の料理を覚えてもらおうと思い、家で母に料理の仕方を教えてもらい、女性の部屋でその料理を再現し、味を覚えたもらった。 そして、この女性、後の妻と一緒になって、土井勝さんの「和風おかず」という本をボロボロになるまで、よく読んで、母から教えてもらった事で、足りない事を足して、和風料理の作り方を、二人で理解し、考えを共有した。 だから、筆者の家では、母の味と妻の味、筆者の味は共通だった。 晩年、母を引き取り、一緒に住んだが、二世代住宅なので、毎日、一緒に食事をとるという感じではなかったが、妻と筆者の味は一緒なので、どちらが何を担当しても、問題が起きなかった。 和風料理は、みそ汁も、肉じゃがも、きんぴらも、ひじきの煮つけも、原理原則は1つだ。具材となる野菜や肉、魚によく火を通した後、出汁で味付けをし、それに、砂糖、醤油、味醂で味付けをするだけである。 具材に火を通すのは、鍋に具材を切って入れて、水を入れて炊けば良いだけだから、誰でもできる。 出汁はきちんと昆布やシイタケから取ろうとすると、少し手間がかかるが、今は、出汁の素がいくらでも市販されているので、これを使えば簡単に出汁で味がつく。 こだわるなら、少し大きめの瓶に、昆布とシイタケを別々に水にいれて、それを冷蔵庫に入れておいて、出汁の成分を出し、その水で料理を作れば良いだけだ。 具材に火を通し、出汁を入れた後は、砂糖、醤油、味醂、みそ汁なら、味噌を溶き、味醂を入れるだけだ。 そして、1つの料理、肉じゃがなら肉じゃがで良いが、これで、コツを覚えれば、和風おかずは、ほとんどの料理に共通して、同じ考えが使える。 日本の家庭料理のおかずは、肉じゃがやきんぴらなど副材と言えるおかずが3,4品ある他、メインの肉か魚を焼くか煮るかすれば良いだけである。 副材は土日に1週間分まとめて作っておく。 筆者もこれを今でもしているが、土曜日か日曜日の朝、3時間くらいあれば、5,6品は簡単に出来る。こうして作った副材はタッパーに入れ、食事に度に出し、必要なら、レンジで温めれば良い。 みそ汁も一度作れば、3,4日は持つ。こちらは鍋に入れたままで、毎日、朝夕、火を入れておけば、問題なく食べる事ができる。(発酵食品のぬか漬けも簡単) ぬか漬も発酵食品として、不可欠なのだが、今はスーパーに行けば、ぬか漬の元となるヌカは売っているので、書いたある通り、鍋に塩水を入れて、沸かし、ぬか漬の元を入れて、クズ野菜を入れて数日、発酵するのを待てば、ヌカ床は出来上がり、以降は、キュウリ、大根、カブなどを入れれば、1日で漬けあがり、毎日、漬物が食べられる。 独身なら、漬物は一度野菜をぬか床に入れれば、4,5日分はできる。夫婦でも、一度漬ければ、3日くらいは持つので、3,4日に一度、ぬか床に野菜を入れるだけで良い。 ご飯はこれも、5合炊きくらいの釜で一度炊いて、タッパーにいれて冷蔵庫に入れれば、3,4日はもつ。食べる時にレンジでチンをすれば良いだけだ。 ほとんどの日本人は朝はパン食で、パンにコーヒー、紅茶の飲み物、サラダ、ハムやベーコンなどを食べるが、朝しないといけないのは、冷蔵庫にあるハムやベーコンや、卵に火を入れるだけで、後は沸いたお湯でコーヒーや紅茶を作って飲むだけだから、手間暇はほとんどかからない。 昼は勤めているから、外食の人がほとんどで、メインの食事は夕食になるが、これは、上に書いた副材とご飯を冷蔵庫から取り出して、必要なら、みそ汁ととともに温める。 メインの肉や魚はその日に、火を入れるが、しないといけない料理はそれだけなので、全然、大変ではなく、30分もあれば、食事の準備はできる。 今の時代は便利で、ネットで色々な人が料理の仕方の説明をしている。筆者も何人かを参考にしているが、その中でも、食事については、りゅうじさんを結構参考にしている。 彼の良い所は、勤めから帰って来て、30分で支度ができる料理と、時間のある土日などに作る本格料理を別々に説明している事だ。 彼のインタビューの話で、「私は日本人がスーパーの総菜やコンビニの弁当ではなく、毎日、務め帰りに、30分で手作りで夕食を作るような社会にするのが夢です」と語っているが、本当に同意する。 彼の料理でスパゲッティーのカルボナーラは、本格なものと、30分のものの両方を彼はネットでアップしている。その30分の方を作ってみると、鍋を使わず、レンジだけで、簡単にカルボナーラができる。 筆者は本格的なカルボナーラも作るが、このりゅうじさんの30分カルボナーラを作って、今は亡き妻に出した事があるが、味に結構うるさい彼女は「おとうさん、これ美味しい」という感想を言っていた。手抜きではなく、工夫で美味しいものを作る方法はあるのだ。(料理の理解し、手際が良い人は仕事も出来る人) 仕事もそうだが、基礎を理解すれば、ほとんどの事はその応用で対応できる。料理も同じで、基礎を理解すれば、基本を理解すれば、ほとんどは、簡単にそれを応用することで対応できる。 これが出来ない人は、仕事も出来ない人で、一言で言えば、馬鹿だと言える。 ネットで、女性が仕事は出来るが、料理は下手でという人が出て来るが、筆者は首を傾げる。こういう人は、本人は仕事はできると言っているが、筆者に言わせると、多分、70点の仕事しかしていない。それでいて、本人は90点だと思っている。 料理でなく、家事、掃除、整理整頓でも、頭の良い人で、それが苦手な人はいない。整理整頓が苦手という人は、頭が整理されていない。そんな人がきちんと仕事ができる訳がない。 筆者は自分で事務所を持ち、25年間、会社を経営し、多くの人を使って来た。筆者が料理をするので、その人たちと、料理の話も結構したし、事務所に料理道具もあったので、時には料理をする機会もあったが、仕事が本当に出来る人は、料理も手際が良く、うまい。 そして、話をしても、その料理の本質、基本をきちんと説明できる。「仕事は出来るけど、料理、家事は苦手」というのは嘘であると、体験からも言える。
2026.09.23
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(若い人には常識、告白文化) 今の若い人たちの恋愛や結婚の話を見聞きすると、必ずと言って良い程、告白が一大イベントになっている。男性もしくは女性から、「私と付き合ってください」とか、「私と結婚してください」というシーンが出て来る。 外国の人からも、「日本は告白文化という面白い習慣を持っている」と言われる。 洒落たレストランを予約し、婚約指輪や花束を用意し、膝をつきながら、相手に告白するという「臭い」行為が、今の日本では珍しくもなく、行われている。 でも、今、80歳を超えるようになった筆者の経験から言えば、我々が恋愛をした若い頃に、告白文化などなかった。 男性と女性が知り合いになり、一緒に喫茶店でお茶を飲んだり、食事をしたりする仲になると、何をするかというと、この相手は「友達」止まりの人か、「親しい友人」となる人か、更には「恋人」や「結婚相手」になる人かの見極めが始まる。 いや、まだ貧しかったから、異性と時間をかけて話をする時は、喫茶店どころか、公園でブランコに乗りながらとか、河原を散歩しながらという方が一般的だった。 そして、相手をどう見極めるかと言えば、少し親しくなると、何回か会って、次第に、自分語りが始まった。家族の事、学校時代の思い出ー成功談、失敗談、記憶に残る出来事、そして、仕事での小さな成功、失敗、悩み、人間関係などの話に入って行く。 自分を語るだけでなく、自分語りのついでに、相手についても、同様な事を聞いて行く。そこから、相手がどういう生い立ちで、どんな価値観を持ち、どんな事で喜び、悲しみ、苦しんで来たかを知る。 そして、この人は単に「1友人」に留まる人か、「親しい友人」や「恋人」「結婚を考える人」かの見定めをするのである。 重要なのは価値観の擦り合わせである。悩みを相談できる友人になったり、恋人や結婚相手となるには、ものの考え方、価値観が共有できないと始まらない。だから、自分自身の家族、体験談などを話す中で、話が通じる人かどうかの見極めをするのだ。 そして、この人とは、「恋人」や「結婚を意識する相手」になっても良いと思えたら、表情でそれを表し、小さな心の籠ったプレゼントをしたりする(高い価格のものを贈るのではなく、心をプレゼントするのだ)。そして、それに対する相手の反応を観察し、見定めをしていくのだ。「付き合ってください」とか、「恋人になってください」などと言葉でいう必要はない。相手の態度で、相手の心を理解したのである。 自分が相手に好意を持ち、相手も自分に好意を持っているとわかると、手を握ったりというような身体接触になり、それで、相手も拒否しなければ、キスをしてというように進んでいった。 わざわざ、「付き合ってください」などいう言葉に出す必要などはなかったのだ。(同級生から自宅に手紙) 勿論、筆者の若い頃でも、「告白」は全くなかった訳ではない。筆者自身の体験から言えば、小学校、中学校、高校と、その時代なりの「告白」をされた。やり方は、ある日、相手から家に手紙が来るのだ。 今と違って、プライバシーがどうのなどと面倒な事を言わない時代だったので、同じくらいの生徒の自宅は皆が知っていた。 好きだとか、付き合いたいなどという事は書いていない。自分を語り、日々何を考えていて、何を悩んでいるかなどという文面が届くのだ。 自慢ではないが、筆者は学校の成績は良く、小学校でも中学校でも、成績はクラスでトップだったし、身長もクラスで1番高かった。顔も親が良く産んでくれた。だから、家宛にそうした手紙が来たのだろう。 でも、そうした話は、筆者が生徒時代には、クラスで体験する人は当時、クラスに50人の生徒がいたが、1人か、精々2人くらいまでだった。 同級生に手紙を書いて、無視されたり、拒否されたら、恥しいと思う人には、文通相手というのがいた。子供向けの雑誌や受験生用の雑誌に、文通相手を求めるという欄があり、会った事もない、同じ年位の遠方の人と、手紙のやりとりをするという習慣が、当時は存在した。 筆者は自宅宛てに同級の女性から手紙が来た時に、何をしたかと言えば、「無視」をした。返事は勿論書かないし、学校で会っても、それ以前と変わらない態度で接した。 何故、そうしたかと言えば、筆者は2歳半で父親が死亡したいわゆる母子家庭で、極度に貧しかった。だから、デートする金も余裕もなかったし、勉強とスポーツに打ち込み、それ以外の事に時間を割く余裕が金銭的にも、心理的にもなかったのだ。 中学の時に、学年で一番人気のあった同じクラスの女性から手紙をもらったが、筆者は無視をした。すると、その女の子は、学校で、他の生徒がいる中で、「手紙を書いたのに、どうして返事をしてくれないのよ」と文句を言った。 その時の事は今でも覚えているが、筆者は「学生は勉強が本分で、それ以外に事に興味はない」と返した。 そのやり取りを聞いていた、同級生の男性が「彼女を振るなんて、もったいないな」と言ったが、筆者はそれも無視をしていたら、騒ぎは収まった。(告白文化はアニメの影響か) かつて日本の若者の間でなかった「告白文化」がいつから、そして、いかにして、定着したかわからないが、筆者の予想では、漫画、アニメの果たした役割が少なくないと思う。 アニメでは、告白などのシーンが良く出て来るから、多くの人が、それが変ではなく、自然なものとして、受け取られるようになったのだと思う。 前にも書いたが、筆者は終戦の少し前に生まれた。筆者の同級生の父親は戦争に駆り出されて、その多くが戦死した。だから、中学生の時に、クラスの3人に1人は、母子家庭だった。 戦争に負け、工場も家も学校も焼け、小中学生の頃は、生徒の服にツギがあたっているのは当たり前だった。筆者の通った小学校にプールが出来たのは、小学校6年生の時だった。それくらい、当時の日本は貧しかったのだ。 そして、筆者が高校に入る頃から、日本が高度成長時代になり、猛烈に働くのが当然の時代になった。筆者自身も月の残業時間が100時間を超えるのも体験している。休みは週に1日で、週休2日制になったのは、社会人になって、5年、10年経ってからだった。 団塊の世代は筆者の3年位後から始まる。戦争に行った父親が戦地から帰って来て、それで大量に生まれたのが団塊の世代である。 わずか数年だが、団塊の世代は日本が少し豊かになってから、育っているので、年の差は歳だが、ものの考え方、価値観が大きく異なった。 筆者とその上の年代では、男は結婚しても、指輪などつけなかった。それを男も結婚指輪をつけるようになったのは、団塊の世代からである。そして、団塊の世代は楽器を弾くようになって行った。 筆者の世代は貧しくて楽器など手にする余裕がなかった。数年で、このくらい価値観が違った。 筆者は告白文化は、団塊の世代に芽をふき、団塊ジュニアの時代位から、日本に定着したのではないかと思っている。 そして、告白文化に影響を与えたのはアニメだと筆者は考える。 筆者が高校生の時には、アニメという言葉はまだなく、漫画だった。そして、漫画で子供達に人気があったのは、「赤胴鈴之助」や「巨人の星」そして、「サザエさん」だった。 それがテレビの普及とともに、映像化されたアニメが広くみられるようになり、漫画ではなく、アニメとなり、そのやりとりが若者の生活に大きな影響を与えだしたのだと考えている。 筆者は告白文化が悪いとは思わない。 ただ、筆者が学生、生徒時代の時のように、金がないので、喫茶店に入る事もなく、公園のブランコや河原の散歩をしながらの会話の時代は、相手の態度と発する言葉から、相手を理解し、自分との相性を考えた時代と、少し豪華なレストランで食事をとりながら、会話をする今の時代で、どちらが心が豊かで、真の意味の心のキャッチボールをしているかと言えば、筆者の時代の方だったような気がする。 少なくても、筆者の時代には「以心伝心」のように、相手の態度、言葉の端々から、相手を思いやったり、言葉に出さなくても、相手が何を考え、何を欲しているかを考える習慣があったが、今は、唐突に「私と付き合ってください」と言わないと、相互の心が通じ合えない場面が多いのかなと感じたりする。(有名女子アナとの会話) 筆者は40歳過ぎて、大手マスコミを退社し、独立してフリーのジャーナリストになった。筆者の専門分野が外資系企業、人事問題、そして、「小さな世界一企業」と言われる分野と、他の人や、大手マスコミが当時、ほとんど光を当てない分野だったので、頼まれて、本も25冊書き、テレビの情報番組に解説や説明をするように言われて、結構出演した。 その中で、当時、日本を代表する女子アナと落語家が司会をする番組があり、4,5回呼ばれて話をした。そして、それがきっかけで、その女子アナから、筆者の事務所に食事の誘いの電話があり、3,4回二人で一緒に食事をした事があった。 会って話をすると、特に何か特別な事を話をするというのではなく、話題は、彼女が司会をしている番組に出演した「〇〇大学教授がこんな話をしていた」というような事が、食事時間の主な話題だった。 向こうから午後に電話があり、今日の夕方、時間があったら、一緒に食事をしませんかという話なのだが、特に、今日話をしたいという事がある訳でもなく、自分が番組で聞いた話をし、筆者はそれに合いの手を打つというだけの時間の過ごし方だった。 初めての時はともかく、2回、3回とこんな話が続くと、この人は何のために筆者を食事に誘ってくるのかと考えるようになった。彼女は美人で、知名度の高い女子アナで、番組も何本も持っている。 でも、話はこんな感じで、自分自身、自分の家族、学生時代の思い出や、仕事での小さな失敗、成功というエピソードなどを語ろうとしない。 だから、筆者もプライベートな話はせず、合の手を打つような会話の連続で、時間を過ごした。 ある時、この有名女子アナが帰りの地下鉄のエスカレーターで「私、後2年位で40歳になるんです。子供の事を考えると、悩ましいですよ」と言った。 彼女が自分のプライベートの事を話をし、筆者の事も聞いて来ていたら、自分に対する真剣な問いかけだと思うが、そういう会話が一切なかったので、筆者は、余計な事を何も言わずに、その日は別れた。 この女子アナとは、その後、自然消滅のような形で、食事をする事もなくなったが、その数年後、筆者の事務所で、事務所の女性と一緒に食事をしていた時に、この女子アナがテレビに出ていた。 自然と、事務所の女性と、この女子アナの話題になり、そのエスカレーターでの話をしたら、事務所の女性は、「〇〇さん、それは彼女からの求愛ですよ。多くの女性と付き合って来て、多くの女性の相談にも乗って来た〇〇さんにしては、それも気が付かなかったのですか。鈍感ですね」と言った。 その時、筆者は事務所の女性に「だって、彼女は私の個人の事を何も聞いて来ていないから、知らない。私が独身か、妻帯者かも知らない。それで、どうして、求愛になるんですかね」と答えたが、事務所の女性は「経緯はともかく、それは自分に子供をくださいという告白ですよ」と言った。 事務所の女性が言った事が正しかったのか、そうでなかったのかはわからないが、もし、事務所の女性が言うように、告白だとしたら、50歳を過ぎて、有名女性アナに告白をされて、どう対応して良いかわからなかった筆者は、時代についていけていないおじさんだったのかなと、考えさせられた。 ちなみに、この有名女子アナは、有名受験校を卒業して、早慶クラスの大学に入り、そのテレビ局に、その年、採用1人で採用された才媛で、美人でもあった。 若い人からすると、彼女も筆者も今はじいさん、ばあさんだが、年寄り同士でも、少し年が離れると、価値観が違うのかもしれない。
2026.09.19
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(母に料理の基本を聞いて、自分で作り、妻に伝える) ネットで夫婦や恋人の間で、料理の味の問題がよく登場する。 そのほとんどが妻の料理の味と、自分の母親の味を比べて文句をいう夫の話で、それが原因で離婚というような展開になる事も珍しくない。 こういう話を聞く度に、この男は何てバカなんだと筆者はいつも感じてしまう。 筆者の体験から言えば、それをつなぐのが夫、男側の役割なのだと思う。 筆者の母親は料理が得意で、味も良かった。料亭で出て来る豪華な料理もできるし、肉じゃがやきんぴらのような家庭料理まで何でもこなせた。 たまに中華とか、洋風のムニエル料理なども難なく作る母は、子供の頃から、凄いと思っていた。 筆者の姉が付き合いだした男性を家に招いた時に、母は魚の煮つけを料理に出した。この男性は魚料理が苦手で、手をつけようとしなかったが、母に勧められ、しぶしぶ食べてみて、「魚料理ってこんなに美味しんですね」と言って、完食したのを今でも覚えている。 こうした母の下で育った筆者は、大学の学生時代に知り合い、後に妻になる女性と付き合いだすと、この女性と結婚するだろうと思ったので、まず、したことは、自分の母親の味を彼女に覚えてもらう事だった。 まず、母親に和風おかずの料理の味付けを聞いて、料理の「さしすせそ」などを教えてもらった。母は教えた味を筆者が家で再現するのを横で見ていて、出来上がった料理を試食して、更にアドバイスをしてくれた。 こうした事を数回して、次に後に妻になる女性の部屋で、和風料理を再現し、彼女に、筆者の母の味を覚えてもらった。 筆者は東京育ち、筆者の母親は明治の末年生まれで、三代続いた江戸っ子で、母の父は旗本御家人で、明治維新で平民、民間人になった人だったので、味は完全に東京風だった。 妻は料理学校にも通って一通りの料理は出来たし、家でも料理の手伝いは普通にしていたので、料理はごく自然に出来た。しかし、出身が西日本なので、味が東京に比べると、薄味だった。 そこで、当時、有名だった料理研究家の土井勝さんの本、「和風おかず」という本を買って来て、妻となる女性と、本がボロボロになるまで読み、母の味よりは、心持、薄味だけど、基本母の味付けの料理を作る事に、自然となって行った。 土井さんの本は、東京風の味付けと、関西風の味付けの差についても、説明がしていて、理解できるようになっていたし、魚のさばき方から、だしの取り方も詳しく解説してあり、とても参考になった。 筆者は社会人になって、大手マスコミの記者となったが、最初の勤務地が四国、それから大阪と西日本に10年余り住んだので、関西風の味付けにも抵抗がなくなって行き、我が家の料理の味は、基本、母の味で、東京風よりは心持、薄目なもので、母が妻が作った料理を食べても、抵抗なく食べられるようになり、味の共通化が図られた。 一般に関西は薄味というが、実はそんな事はないというのが、筆者の感想だ。 大阪にしろ、四国にしろ、確かの東京の味よりは、醤油、砂糖は少なめだが、味付けはしっかりしていて、決して、薄味というだけではない。(妻の仕事は営業事務、経理処理。営業の人間だけが偉いのではない) 筆者は社会人となる同時に結婚生活を始めたが、前にも書いたように、筆者が新人時代は、日本が高度成長期で、休みは週に1日、残業が当たり前、1か月の残業時間が100時間を超える事も珍しくなかったので、休みの日は、家のソファーでごろ寝をして、体を休めるのが日常で、家事、育児は全て妻任せだった。 当然、料理も全て妻が担当し、筆者が料理をする事はなかった。 筆者が30歳代になる頃は、高度成長も終わり、週休2日制になったが、記者の仕事は夜回りが当然で、毎日、家に帰りつくのは日付が変わる頃、土日も企業経営者とゴルフの付き合いという感じで、料理だけでなく、家事、育児に筆者がかかわる事はほとんどなかった。 筆者が朝、目を覚ます頃には、子供は学校に行っていて、顔を合わせる事はほとんどなかったし、土日もゴルフなので、子供とは1か月も口をきかない事が珍しくなかった。 妻が「私は母親と父親の両方を務めている、未亡人のよう」と時々言っていたのを思い出す。家事、育児が大変なのはわかっていたので、妻にそうした事で文句を言ったり、偉そうに不満を言ったりする事もなかった。 今、ネットなどで、夫婦の話で、喧嘩とか離婚の話が出て来ると、夫が妻に「俺が食わせてやっているのだ」とか、「俺がいなければ、お前は生きていけない」というような話が頻繁に登場する。 筆者は仕事は無茶苦茶忙しかったが同時に妻の家事、育児も大変だという事は十分理解しているので、こういう発想は全く理解できない。 筆者は40歳過ぎて独立したので、普通の会社に例えれば、営業もし、取材、執筆もし、会社の経理処理、従業員のケアなどもして来た。 だから、会社の仕事で、営業で仕事をとって来るだけで、仕事は終わらず、その後の処理、会社で言えば、営業事務、そして、経理処理、総務処理などの仕事をする人のサポートの上に営業は成り立っているのとうのをいやという程経験し、理解した。 だから、夫が妻や子供に「俺が稼いでいるから、お前たちが生活できているのだ」という事をいう人間は、社会がわかっていないなと本当に思う。(40過ぎから自炊生活再開) 20歳代、30歳代は仕事が無茶苦茶忙しくて、料理や家事をする事は皆無に近かったが、40歳過ぎで独立した後、仕事が忙しくなり、ウイークデーは事務所に寝泊まりするのが普通になって来た。 経理処理や、従業員の勤怠管理などの仕事は夕方以降にすることになるので、日中の取材などの仕事とは全く異なる作業を夜にしないといけない。これは結構、時間と手間がかかる。まさに縁の下の力持ちだという事を実感した。 事務所に寝泊まりするようになると、夕食は外食ばかりという訳にはいかなくなり、40歳過ぎて、事務所で自分の夕食を作るようになりだした。 学生時代に母親に教わった事が蘇り、土井勝さんの「和風おかず」を再度、見直す時が訪れた。 コンビニ弁当とか、スーパーの総菜を買ってくるという発想はほとんどなかった。食事は数か月後、半年後の自分の体を作る源である。それを防腐剤だらけ、添加物だらけの物を食べれば、自分の体がどうなるかなど、少し考えればわかる事だからだ。 日本では食卓におかずが3,4品並ぶのが普通である。そこにみそ汁や、漬物が加わる。それを毎日作っていたら、それは時間ばかりかかってしまう。 だから、肉、魚のメインのおかず以外は、土日のように、時間の余裕がある日に作り、冷蔵庫に保存しておき、レンジなどで温めれば良いようにする。 サブのおかずは、土日のどちらか一方の午前中を使えば、半日で6,7品作れる。きんぴら、ナスの煮びたし、カボチャの煮物、卵焼き、鶏の胸肉の醤油煮、ゴーヤの醤油炒め、ごまめ、肉じゃが、栗きんとんなどである。 こうすれば、日々の夕方料理しないといけないのは、魚や肉を煮るか焼くかするだけだ。だから、食事の準備にほとんど時間が割かれない。 肉料理も、例えば、豚肉の生姜焼きを一度作れば、3回分くらいにはなり、数分のレンチンでメインのおかずも出来上がる。 毎日、同じメインのおかずが嫌なら、3品くらいを交互に食べれば、同じ料理を毎日食べなくて済むようになる。 料理は面倒で、時間がかかって仕方がないというのは、そのやり来るが下手というだけの話だ。 ご飯だって、1週間分炊いておいて、それを1食分づつラップしておけば、レンチンで、毎日温かいご飯が食べられるし、みそ汁も1回作り、毎朝、毎夕、火を入れれば、3,4日はもつ。(65過ぎから妻の介護、ケーキ作りも始める) 事務所兼寝泊まりの場で、自炊生活を続けて20年位経った頃、ずっと透析を続けていた妻が、一人で生活する事が困難になって来た。 筆者が独立し、事務所で寝泊まりするようになってから、すれ違いも多くなり、色々あって、妻とは離婚したが、元妻が長年の透析で体が衰弱し、一人では生活していくことが難しくなったのだ。 筆者も65歳を迎え、仕事をいつまで続けるかなと考えていた時期だったので、同居し直して、元妻の面倒を見る事にした。 透析は週に3日、1日に病院との間を2往復、車で片道30分位かかる距離を送迎し、その合間に、料理、洗濯、掃除などの家事をすべてするようになった。 一人で生活していたので、家事は慣れていて、苦にはならなかった。料理の味も、前述のように、妻との間で、味のすり合わせが出来ていたので、味に問題はなかった。 妻の面倒は12年程見たが、最後の数年は、食も細り、普通の料理が食べにくくなって来た。その一方で、医者は無理をしても、食べろという。そこで、ネットで調べて、ケーキを作りだした。 ケーキは卵を多く使うので、栄養面では良い。粉は小麦粉を使わずに、米粉でケーキを作った。やってみると、10種類くらいのケーキが出来るようになり、それを交互に料理して、食べてもらう事にした。 ケーキ作りは60歳を超えて初めて作り出したが、ネットで評判の良い人のレシピを元に、2,3回作れば、要領が理解出来て、簡単に出来るようになった。 ケーキは交互に作り、冷蔵庫には常に3品くらいがあるようにして、その日の妻の気分で、好きなものを食べてもらうようにした。妻はどれも、「おいしい、おぃしい」と喜んで食べてくれた。 アイスクリームも自分で作るようになり、今では、3種類のアイスクリームを手作りで作っている。(梅干し、梅酒、ぬか漬け、干し柿、ブルーベリーヨーグルトを作る) 妻の料理に文句ばかり言っている人に言いたい。是非、自分で作ってみてくださいと。料理は作るのも手間暇がかかるし、後片付けも大変だ。使った食器を洗うだけでなく、洗った食器を食器棚まで戻してまでで、一段落だ。 食材も、今日、何を作ろうと思って、スーパーに行ってみたら、良い物がなくて、別の料理にしないといけない事などいくらでもある。 こうした苦労は、自分でしてみないとわからない。「男は仕事だけすればよい」などと馬鹿な事を言わずに、自分で家事はしてみれば、いかに大変かが理解できる。 筆者は事務所での自炊生活を始めて、梅干し、梅酒作り、ヌカみそ作りも始めた。やってみれば、それほど難しくないが、手間暇がかかるという事は理解できる。 去年は干し柿作りをした。80歳にして初めてしたが、以外と簡単だった。買うと無茶苦茶高い干し柿が、本当に簡単に作れた。ネットの情報は凄い。今年も干し柿は作ろうと思う。 また、去年くらいから、ブルーベリーヨーグルトを作っている。これも簡単で、牛乳を沸かして、少し大きめのガラス瓶に入れる。そこにギリシャヨーグルトを入れて、半日くらい暗所で発酵させる。 スーパーで売っている冷凍のブルーベリーに火を入れてから、砂糖を入れて味付けをし、ヨーグルトとよくかき混ぜ、小瓶に小分けする。発酵食品のヨーグルトと、目に良いブルーベリーを毎日食べている。 体は自分で作るもの。だから食べるものには気を付け、それを自分で健康を維持していく。市販のものでも、裏を見て、何が入っているか、チェックをする習慣をつけよう。
2026.09.07
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(暴かれだした長年の財務省・大蔵省の嘘) 財務省の数々の嘘が今、暴かれ始めている。 髙市首相のブレーンの一人である。外資系証券会社、クレディ・アグリコル証券のチーフエコノミストである会田卓司氏の国会証言などで、嘘で固めた、旧大蔵省、今の財務省が長年に渡り言い続けた「財政危機論」がいかにいい加減なものであるかが、白日の下に晒されて来ている。 財務省のポチの存在の大手マスコミは、この会田氏などの話をほとんど取り上げないが、ネットの社会では、ネットで少し硬派で、聞きごたえがあるページにいくつも登場して、会田氏は明確に財務省の嘘を暴いていて、それがそれぞれ何十万回と再生されている。 日本は財政危機の国ではなく、世界有数の資産国で、普通の経済運営をすれば、国民はもっと豊かになれるという話である。 それが役に立たない大手マスコミと、真実を知るにはネット情報を検索しないといけないという風潮をより助長している。 戦争に負けた後、僅か二、三十年で、日本は奇跡の復興を遂げた。そして、1980年代には、アメリカの大学教授、アズラ・ボーゲル氏が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という本で書いたように、日本は米国も追い越す勢いを見せていた。 しかし、そこから、日本の転落が始まり、三十年間の長期低迷が始まり、今、高市政権は何とか、そこから脱しようともがいている。 戦後日本の奇跡の復興の理由を探求し、分析して、記事を書き続けたイギリスの経済雑誌「エコノミスト」は、戦後の日本の復興について、その7つくらいの理由を書いた。 日本人の勤勉さ、貯蓄率の高さなどであるが、エコノミストは奇跡の復興の理由の1つに、「官僚の優秀さ」というのを挙げている。 大学生の時に、このエコノミストが書いた雑誌の連載記事をまとめて本にした「日は昇る」(The Rizing Sun)を読み、日本の強さを認識するとともに、エコノミストの分析力にも感心し、それが筆者をして、大手マスコミに就職させる一因にもなったのを覚えている。 そして、大手マスコミの記者になり、大蔵省や日銀なども担当して、筆者はバブル崩壊あたりから、日本はどこを間違えたのか考え、理由を調べるようになった。 何百人という東大法学部出身の官僚(日銀を含む)と取材で接する内、筆者は、戦後の日本が何故、奇跡の復興をし、そして、三十年の大不況を同時に体験する事になったかが、わかるようになった。(先進モデルの模倣で経済成長した日本) 戦後、米軍の爆撃で、領土が灰になり、戦争遂行で、金もなくなり、食べるものも困るようになり、米国から提供された残飯にも等しい食料で飢えを凌いだ日本が、奇跡の復興に成功した理由は、「エコノミスト」が書いたように、7つくらいの理由があった。 そして、その1つの官僚の優秀さとは何かである。旧大蔵省、旧通産省など主要官庁の幹部は、いづれも、そのほとんどが東大法学部を優秀な成績で卒業した人達である。 更に、日本を代表する企業の経営者も、その多くは東大法学部の出身者である。 筆者がエネルギー業界を担当している時、東電の役員に、東大以外の出身者が就任して話題になった。また、通信業界を担当している時、今のNTT,旧電電公社の社長に東大出身者以外が就任して、これも大きな話題になった。 本人達の名誉のために言えば、東電の東大以外の大学出身者の出身大学は横浜国立大学だったし、電電公社の新社長の出身大学は北海道大学で、いずれも上位クラスの大学だったが、それでも、東大出身でないという事で、話題になったのだ。 筆者がエネルギー業界を担当している時、東電の社長で、後に経団連の会長にもなる平岩外四氏と親しくさせていただいた。その時、筆者は「何故、東電の役員は東大出身者でないといけないのか」と聞いた事がある。 その時の平岩氏の答えは「電力会社の役員は監督官庁の通産省と親しく付き合わないといけない。そして、その通産省幹部は全員、東大法学部出身です。同じ大学の出身者と、それ以外では、親しくなり方が違うのですよ」というものであった。 そして、「政治家も有力な人は東大出身者が少なくない。初めて会うにしても、同じ大学、同じ教授のゼミで勉強したというのは、親しくなりかたが違うのですよ」と平岩氏は付け加えた。 日本独自の村社会の発想である。(暗記、模倣、改良が得意な日本型優秀者) 何百人という東大法学部出身の官僚や企業経営者と付き合ったが、確かに彼らは頭の回転は速いし、判断も早い。 しかし、戦後の日本が奇跡の復興を遂げた理由の1つに、「エコノミスト」は官僚の優秀さを挙げたが、筆者はそれは納得するものの、「エコノミスト」とは違う東大法学部出身者の違う側面を見る。 それは、他に見本があり、それを習得して、取り入れ、まねる事が得意だという事だ。 戦争に負けて灰になった中からの奇跡の復興にあたり、東大法学部出身の官僚は、欧米の成功モデルを勉強し、それを模倣し、取り入れたのである。その一例が臨海工業地帯というモデルだ。 モデルがあり、それを模倣して、より完成度の高いものにしていくというのは、東大法学部だけでなく、日本人の強みでもある。 戦国時代に、種子島に鉄砲が伝来した時、当時の種子島の領主は一丁を今の金にして、一億円で鉄砲を買った。買ったのは、二丁とも三丁とも言われている。 種子島の領主に鉄砲を売って大儲けをした、ポルトガルの船員は数年後に、もう一度大儲けをしようと、鉄砲を持って、種子島を訪れたが、その数年で、鉄砲を理解し、改良した、より質の高い鉄砲は日本全土に行きわたり、当時の日本全土で使われていた鉄砲は、ヨーロッパの国全体の数よりも多くなっていたと言われていて、ポルトガルの船員は商売が出来なかった。 この他社のより良い物、先進的な発明品を見て、その仕組みを知って、それを改良して、より質の良い物を作るというのは、日本人の強みである。 戦後でも、欧州の大手メーカーが開発したCDを今のような実用化な物までにしたのは、日本の電機メーカーであるし、アメリカ人が考えた楽器のシンセサイザーも、完成品までもっていったのは、日本人である。 武器のレールガンもアメリカ人が考えたものの、実用化できないでいたものを、完成させたのは、日本の重電メーカーの技術者達である。 では、この他のモデルがあるものをまねて、より精度の高い物に仕上げる力がある日本人、その中でも、優秀と一般に理解されている東大法学部出身者がこの30年間、経済運営に失敗し、経済成長が著しい中進国だけでなく、先進国との競争にも、日本が負け続けた理由は何か。その理由は簡単だ。 それは先進モデルがなくなった時に、どうしたらよいかわからなかったからだ。 ひたすら、言われた事を暗記し、それで小中高、大学で優秀な成績をとって来た東大法学部出身者は、先進モデルがなくなった時に、どうしてよいかわからないのだ。(官僚の致命的な発想、無謬主義) 東大法学部出身の財務省や経産省などの、優秀と言われる官僚のもう1つの致命的な欠点は何かというと、官僚独特の「無謬主義」である。 無謬主義とは何かと言えば、官僚は常に正しい判断をしてきて、誤りはしてこなかったという考え方である。 また、先輩が信じて実行して来た路線を大きく変更する事は、先輩の否定にあたる。有力な退役先輩は、今でも、大きな力を持っている。この人たちがして来た事を否定する事は、現役官僚にとって、自分のこれからの天下りなどの人生で、大きな支障になる恐れがある。だから、先輩の路線を否定、変更できないのだ。 この無謬主義が、大きな時代の変化がしている今の時代に対応できないのだ。だから、戦後80年経ち、状況、環境が大きく変化しているにも関わらず、相変わらず、憲法の一字一句変更が出来ないでいるのだ。 大きな時代の変化の時代に対応できない東大法学部出身者に国のかじ取りを任せていたら、日本は悲惨な事になる。 では、どうしたら良いか。対策は簡単だ。 公務員採用で、東大法学部偏重の採用を改める事だ。 国の運営に法律は不可欠なもので、法律の制定は必要な作業である。だから、上級公務員採用で、法律について知識がある人は必要である。でも、精々1割のいれば、充分である。 残りの9割は、経済学部、理系の学生、文学部の学生など多種多様な発想ができる学部の学生を採用する事だ。これからの官僚は、上から統治するのではなく、アイデアを出すコンサル型に仕事が変わって来ている。だから多種多様な発想をする人が必要なのだ。 そのためには、東大法学部出身者に有利な今の試験制度、試験内容を変更しないといけない。(中央省庁の就職から逃げ出し始めた東大法学部生) 今、東大法学部出身者から、中央省庁に官僚としての採用に応募する学生の数が激減しているとも言われている。ある中央省庁で、新卒採用で、東大出身者がゼロのなったと話題になったのは、もう何年も前の事である。時代は変化しているのだ。 東大君が中央省庁に応募して来なくなったのは、かつては、大蔵省や通産省に就職すれば、20歳代は給料が安いが、少し優秀なら、公費で海外留学させてくれ、中年以降の生活は、生涯賃金ベースで考えれば、一流企業に就職する者さえも上回るものになるのがわかっていたからである。 だが、今の時代、東大法学部を卒業して財務省に就職しても、20歳代は、年収では400万円、500万円台にしかならないのに、外資系のコンサルティング会社に就職すれば、3年、5年で年収が1千万円、1500万円になる。 これなら、役人ではなく、民間企業に就職する人間が増えてくるのは当然である。 最後に書けば、歴史的な経緯だけを学び、それも、重鎮学者の詭弁のような論理を尊重して、いまだにそれを教えている東大法学部の授業内容も変えて欲しいものである。 旧大蔵省、財務省の嘘がどんどん暴かれていく事で、東大法学部卒業者は優秀で、彼らに国のかじ取りを任せておけば、間違いないという間違った神話も、音を立てて崩れだしている。
2026.09.01
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