仙台の達人/仙台TOP10・仙台ベスト10

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2008.05.03
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北仙台には浅草マーケットというのものがあって、魚とかを販売する市場みたいなところがあった。北仙台の駅の西のほうにもあった。

昔は医者が往診をしてくれた。各家庭では、先生が手を洗うためのお湯をはった洗面器やタオルを用意して待っていた。各家庭におじいちゃんおばあちゃんが同居していた時代のことである。
北仙台駅のマーケットに、割れたガラスの大きな水槽があった。そこで、足をひっかけて右足のももを切ってしまった。そのあと、魚屋さんかに抱かれて、外科まで連れて行かれて、そこで足を縫った。
浅草マーケットにはかまぼこをやくかま新というお店があった。
小さいときに、眠る前に「家なき子」を読んでもらっていた。
梅田町にには、お米を爆発させて作るおかし「どん」が来た。お金を払って買うほか、米を提供する方法もあった。
配給制だったのか?きざみたばこらしきものを近所のおじさんのところに届けた記憶がある。
ひさこちゃんという聾唖のおねえさんがいた。妹を可愛がっていた。

梅田町には駄菓子やがあった。毎日10円をもらって、その店にジュースを買いに行くことが日課だったが、木製のじゃんけんをするメダルを買っていったら、母にひどくおこられた。
たこあげをよくしたが、風にはのらず駆け回ることばかりだった。
妹をおんぶして、家を出たが、疲れて、向かいの大きな石の上に妹を立たせた。
裏の梅田川はヘドロっぽかった。長靴でわたろうとしたら、長靴を取られて足をよごしてしまった。そのとき、母の母が来ていて、天ぷら油を使って足を洗ってくれた。
こまのひもを、布を裂いて、母の母がつくってくれた。
赤土じゃなくてんとう虫。
付属小学校の校庭は雑草がある大きなフィールドだった。そのなかに、鉄棒があった。
近所の子が、神社からおきつねさまを勝手にもってきてその家のおいばあちゃんとかにひどくおこられたらしい。
昔はミツバチを手でつまんで捕まえることができた。小学校になってそれを思い出してやってみたら、さされた。
幼稚園の遠足で、死に掛けたハチを踏んで、さされた。
寝るときに、目の中に軟膏みたいなものをぬられた時期がある。

父母の部屋には天皇のご成婚の写真がはってあったが、夜見るとそれが動いているように思えて、「動いている」と茶の間につげに行ったことがある。
まきをもやしてわかすお風呂で、家の裏には木がつんであった。その木を使って、飛行機を作るのだが、よく大工さんが入っていたのだと思う。大工さんがその玄翁をもって帰ってしまうので、うちはよくげんのうが無くなったらしい。
家の裏で、今生まれたせみ(脱皮)がまさに飛びたった光景にできわした。
しかられると、外に出された。
台所






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Last updated  2008.05.03 15:24:17


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