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二輪旅~Run、Run、Run~ 1.◆◆北海道の道は、上下にうねっている◆◆いまはどうか知らないけれど、12年前私がバイクに乗りはじめたころは、「バイクの免許とったら、すぐにでも北海道に行かなくちゃ!」って空気があった。なんたって、いい道といい風景と旨いもんが、いっぱいあるから。「いい道」てのがアタマんとこにくる。たぶん。バイクで行く前にも、修学旅行で1回(3日くらい)、他人の車に便乗して1回(1ヶ月くらい)行った。でも正直、バスや車では、あの「道」の感覚はピンとこなかった。どのへんが違うかっていうとね。山国ニッポンの道は、たいてい左右にうねっているけど、北海道の道は上下にうねっているのよ。UP&DOWNを繰り返すたびに、ヘルメットのシールドに巻き込む風のアンバイが微妙に変わる。 バイクのアクセルコントロールは車のそれよりずっとせわしないものだけど、こんな道はとくにそうなる。坂の頂上を越えた瞬間、それまで負荷のかかっていたエンジンの音や振動が、ふっとラクになる。そのとたん、先の風景がパッとひらけたりなんかすると、もうダメだ。突然目の前のドアがパンと開かれて光がなだれ込んできたように、意識はたちまち北海道の風景に吸い込まれ、まっしろになる。すべてが特別な存在、北海道。教習所のタマゴから孵ったばかりの、単純なライダーの脳細胞に、そのイメージは見事にインプリンティングされる。そんな道が、どこまでもどこまでも続いてごらん。中毒にならないわけがない。そして中毒症状は、何年も続く。年をとっても。もしかしたら、バイクを下りても。ほとんどバイクに乗らない生活が始まって、もうすぐ5年になる。ときどき、フラッシュバックが起こる。あの場所へ行くなら、バイクでなけりゃダメなんだ。
December 31, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 2.◆◆さよなら、乗鞍スカイライン◆◆TVから流れてきたCFの映像は、岐阜の乗鞍スカイラインだった。標高2700mの峠を越える、日本一標高の高い有料道路。全長14キロちょいで、標高差1,000mを駆け上がる。バイクにとっては、試練の道だ。バイクって車よりセッティングがシビアだから、こういうトコはかなり辛い。だいたい2700mったら、レーサーじゃなくてもメインジェットの番手を1コか2コ絞ってようやく、というところ。ツーリングにいちいちメインジェットを持ってくモノ好きはそういないから、「ぜほぜほ」むせはじめたエンジンを騙し騙し、登っていくしかない。地元の観光バスにあおられる。そう、いつも「へへん、とろいとろい」って排煙を浴びせている『高原めぐりナントカ号』みたいなのに、後ろからつつかれるのさ。えーん。エンジンとアタマを冷やすべく路肩に停めた。対策がある。そのとき乗ってたのはヤマハSEROW225という、けっこう整備しやすくて初心者にはウレシイ車種だったのだけど、実はセッティングの「秘策」があるんである。ちょっと解説。標高が高いと空気が薄くなる。エンジンは、ガソリンと空気をほどよく混ぜたものに点火して動く。なので、空気が薄いときは、ガソリンの量を減らしてやるか、または。そうでえす。空気の量を増やしてやればいーんです。SEROWはそれが簡単にできるの。シートを外すと出てくる、エアクリーナーのダクトという部分をポコンと外してやると、空気が通りやすくなって空気量が増えるの。やってみよう。ポコン。機嫌よく吹けるエンジンで、絶景の峠を駆け上がる。ガードレールに遮られた風景は、「さわっちゃダメだよ」と念を押された芸術品のようで、美しくもよそよそしい。私は拒まれている。2003年から交通規制が実施され、走れなくなるという。さわれなかった芸術品は、TVモニターに映しだされるだけの、幻になる。
December 30, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 3.◆◆RZ350Rに一目惚れ◆◆それがヨイことなのかワルイことなのかわからないが、私は一目惚れというのをしたことがない。一緒に遊んだりしてるうちにジワ~っと「いいやつだなあ」と思い始めたりするパターンばっかで、人がそうならマシンもそう。いや、カッコイイものは確かに遠くから見てもカッコイイんだけど、ホレた! てのとはまた別でしょう。だから後にも先にも、これが唯一の一目惚れ。RZ350R。当時は「峠のナナハンキラー」とか呼ばれたらしい。高重心で軽量、ピーキーな高出力エンジンが高回転にスコーン! と抜けて、コーナーをひらひら抜けてゆく・・・そうだ。ゴメン。乗ったことないんだわ、これ。だから片想いなのさあ。乗った人に聞くと、「化物」という。「恐い」「強烈」「扱いにくい」どこまでも否定的な言葉が続く。見た目はとても可愛いデザインなのよ。赤いパイプフレームが前方の目立つ位置に張り出している。丸い大きなヘッドライトに、ころんと収まったタンク。曲線で構成されたデザインは、攻撃性を感じさせない。見かけによらず・・・というより、可愛い顔してあのコ、というやつ。それはなにしろ、バイクに乗る前のことだった。つまり私は、RZ350Rに乗りたいと思ったのをきっかけに、バイクに興味を抱いたことになる。そこからバイクに乗りはじめるまではなんだかんだで年月が流れ、RZシリーズもすっかりデザインが変わってしまったけど。「最初にあんなのに乗ってたら、バイク嫌いになってたんじゃないの?」そう言われてそうかもなァと頷いたり、いや、どんなヒドイ目に遭っても好きなモンは好きかもしれないと反論してみたり。確かなのは、あのころ私はバイクに乗りたかったワケじゃない、RZ350Rに乗りたかったんだ、ってことだけだ。それはやっぱり、恋をしたいと思って人を好きになるヤツはいない、あの人が好きだから好き、てのと、なんだか似ている。
December 29, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 4.◆◆吉野の山のホーホケケキョ◆◆ウグイスに方言があるというのは有名な話だ。とはいえ、そんなのは研究者にしか聞き分けられないビミョーな世界なのだろう。と、思っていた。吉野の美林にテントを張ったはいいが、旅の初日ということでうかれて、つい飲みすぎた。起きたら、起きられない。うう吐く吐く。脳味噌が崩れる。起きられないまま陽は高くなる。テントの中の温度が上がってきたので、上半身だけ涼を求めて這い出した。うげげ、うつ伏せはダメだうつ伏せは。ごろり仰向けになれば、初夏の青空は天使が大挙して舞い降りてきそうな眩しさ。手の甲で両目を覆って、このまま天使に連れて行かれるのかなあとぼんやり考えてみたりする。遠くで鳥の声がきこえる。ウグイスだ。それくらいはわかる。ヘンな鳴きかただなあ。「ホーホケケキョ」だってさ。「ケ」がひとつ多いよ。まだ正しい鳴きかたを覚えていない、若い雄なのかもしれない。つっかえたように繰り返す。ホーホケケキョ。突然すぐそばの木で、別のウグイスが高らかに応じた。「ホーホケケキョ!」え?手を片目だけ外して、ウグイスの姿を探す。遠くで再びウグイスの声。ホーホケケキョ。競い合って鳴く近い声。ホーホケケキョ。・・・ああ、これが!こみ上げてくる嘔吐感と闘いながら、これが噂の「ウグイスの方言」かあ、初めてホンモノを聞いたよ、とニヤニヤしてしまった。眩しい空に鳥の姿を探すのを諦めて目を閉じ、吉野弁のウグイス語にしばし耳をすます。眠くなってきた。陽が真上を過ぎたころ、ようやくバイクのシートにまたがった。砂利道の振動がキモチ悪い。ときどきバイクを停め、メットを外して道端にうずくまる。素っ頓狂な声が、ホーホケケキョ! と嗤って頭上を通り過ぎてゆく。今日はどこまで行けるやら。「ホーホケケキョ!」少なくとも、この鳴きかたの方言ゾーンは、抜けられそうもない。
December 28, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 5.◆◆南紀の山は果てしなく深くて◆◆写真をひと目見ただけで、「あそこだ」とわかる、独特の自然風景てのがある。北海道の地平線とか、富士山ドーン! とか。四万十川のクネクネもそうだなあ。そういうトクベツな風景は、やはり見る人に訴えかけるもので、たいてい絵葉書なんかになってるよね。でも、ここの写真は見たことがない。わからんでもない。こんな未舗装道に入ってくるのは、林業のおっちゃんと、ダート好きのライダーくらいだと思うから。ガードレールのない深い谷が、道の隣を延々とはしる。一度だけバイクを停め、おそるおそる覗いた。いま頭上を鳥が通り過ぎて、頭にフンを落としたら、そのままバランスを崩して「あ~ああ~~っ」ってコロゲ落ちそうなポジションで、底の見えない谷の暗闇を一生懸命に見た。ここから落ちたら、「死ぬ」とかじゃなくて、「消える」な。コナゴナになって。顔を上げると、谷の向こうに南紀の山々が重なりあっている。山の奥に山があり、その奥にまた山があり。遠ざかるほど厚みを増す空気の層に、次第に藍色を帯びながら、合わせ鏡の無限のように、山々は連なる。どこまで走っても、走っても、走っても。地図に道が載ってなかったので、ヤマ勘で走ってたら道がわからなくなった。道は二手に分かれる。分岐の先はどちらも山へ吸い込まれてゆくように見える。突然、おっちゃんの一群が現れた。林業関係の作業中らしい一群で、トラックの荷台と積み重ねた丸太に腰をおろして休んでいる。助かったあ。ゴーグルを外し、減速するのももどかしく尋ねた。「すみません、舗装に出たいんですが、どっちの道でしょうか」あっちだあ、という声が束になって帰り、おっちゃんたちの軍手が一斉に片方の道を指した。よかった、人里へ戻れるよ。ほどなくダートは、細いながらも舗装された道に出て終わった。しかし、どこだここは。ガソリンスタンドはどっちですかって訊けばよかった。
December 27, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 6.◆◆てんてん愛好家◆◆つらつらと地図を眺めて過ごすのが、好きで好きで。国道は赤い太い線。主要道は緑色。黄色い線、二重線、実線と、道は細くなってゆく。そして、当時私の持っていた地図でいちばん細い道の表記は、破線だった。徒歩道、十中八九未舗装。てんてんの道、と大ざっぱに呼んだら、ごくローカルな仲間内で、その呼びかたが広まった用例。「いいてんてん見つけたよォ」どれ? と地図を覗けば、等高線をナナメに横切ってゆく、ホントにいい感じの「てんてん」だ。等高線と直角に交わる道だと、ズバリ登山道の可能性が高い。それだとバイクは道義的に入れないもんね。「しかもほら、道はここで切れてるけど、反対側からもてんてんが近くまで。間に川もないし」ということは。「つながってる可能性が高いな・・・」「抜けるか」「抜けるな」それッと出かけたら、やっぱり登山道で、入り口に張られたチェーンで逆上がりをして帰ってきたこともある。チェッ。入るなとは書いてない道だったけど、崖に貼りつく幅30センチほどの、しかも谷側への滑り台的傾斜つき。「徒歩でも行くヤツぁいねえ」と尻尾を巻いてひゃんひゃん逃げたこともある。いやぁ、てんてんって、ほんッと面白いですねェ(そうか?)。地図をパラパラとめくり、「等高線だけのスペース」が多いページで手が止まる。道は書いてないけど、ないわけがない。なんか神社みたいのがある(点検車両が通れるくらいの道はあるはずだ)。温泉マークがある(ホントに道がなくても行く価値はある)。行ける、行けるよなあ。ほら、あるじゃん、てんてん。途切れているフリをして、ここで終わりなカオをして、実はその先が。「なかったー!」そろそろ懲りたほうがいいぞ。
December 26, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 7.◆◆西表島で無農薬鴨に会う◆◆『合鴨農法』と呼ばれる無農薬農法がある。田んぼに合鴨を放すと、稲はつつかず雑草だけを食べてくれるというやつね。西表島でその農法が成功しました、という新聞記事を読んだ翌年。なぜだか私は西表を走っていたりする。舗装路から外れる道を探しながら走っていたら、1本だけ見つけた。田んぼと田んぼの間を抜ける車1台分の道が、山のほうへ続いている。いそいそ乗り入れたとたん、まさか会えるとは思っていなかった連中に出会ってしまった。針金の柵に囲まれた田んぼの一区画で、数百羽の鴨がひしめいているのだ。大笑いしてバイクを下りる。いやあキミタチがそうかあ、ウワサは聞いているよ。柵に近づくと、けたたましく鳴きかわしながら、わーっと寄ってくる。ごはんを貰えると思ったらしい。しゃがんだまましばらくじっとしていると、「なんだ何もくれないじゃん」と、みんな向こうに行ってしまった。現金だなキミタチは。さらに道を進んだはいいが、次第に急な下り坂になってきたうえ、陽が傾いてきた。道はますます草ぼうぼうで、いかにもハブが出そう。決めた、引き返そう。もういちど鴨にご挨拶をと通りかかると、夕闇の中、軽トラックが道の泥にタイヤをとられている。押すのを手伝ったついでに鴨のことを訊いてみたら、トラックから下りてきたおばちゃんは、運良くここの田んぼの主だった。「雑草をねえ、みんなきれ~いに食べてくれるのよ」にこにこしている。「きれ~い」と節回しをつけた口調が、ほんとうに嬉しそうで、なんかもう鴨のおかげで人生楽しくて、みたいな雰囲気だったので、つられてにこにこする。「ところでこの道、どこかへ抜けるんですか?」「廃村につながってるわよ」・・・引き返してよかった。この夕闇で「おお、村だあ」「ウソ。人の気配ないじゃん」てパターン、恐すぎます。なんか出ます。陽が暮れた。はやくテントを張る場所を探さなくちゃ。
December 25, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 8.◆◆大沼公園の冬型ライダー◆◆朝起きたら、ワインが凍っていて飲めない。みんなして七輪に火をおこし、暖をとりつつワインを溶かす。沼の向こう岸近くでは、凍った水面で遊ぶスノモの一群が快音を上げていて、負けじと湖面をバイクで走りだした仲間のひとりが、リアタイヤを氷に半分近く沈めてもがいていたりする。「バカだー」笑っているうちタイヤがさらにずぶずぶ氷に吸い込まれるもんだから、慌てて全員で救助に駆けつける。あとで地元のスノモ軍団に聞いたら、沼のこっち側はまだ氷が薄いのだそうな。なるほど、だから皆さんこっちには来なかったのねえ。って先に教えて(泣)。正月を厳寒の地で迎えようと言い出したのが、誰だったかは忘れた。ともあれ、ワンボックスにバイクを積んで東北道をひた走り、青森で除夜の鐘をついて(私は世界平和を祈った)、北海道に上陸したのが明けて元旦。大沼国定公園のキャンプ場で、誰もいない雪原をみんなして走ろうではないか。しかし現地に着けば、なんかいきなり10人くらいキャンパーがいた。しかもみんな、バイクを持ち込んでいる。何を考えているのだオマエらは! という台詞を、社会人らしく胸の奥に軟禁して、挨拶を交わすオトナの群れ。年末年始の貴重な休みを、ボーナスつぎこみ、ロクに走れるわきゃない雪の中・・・ンなこたァ、言わない、言わない。「じゃあそろそろ行こうか」まずは凍ったクラッチに、ヤカンのお湯をじょぼじょぼ注ぐ。そしてみんなで被る、この日のために買ったおそろいの目出し帽。北銀でも襲うんかー。夜は零下20度だそうな。厳寒地登山用寝袋の効果は絶大だが、エアマットと銀マットの二重敷きは、やや力不足だったようだ。お尻とか肩胛骨とか、「出っぱったところ」がじわあと冷えてくる。寝返りをうって横向きになる。しばらくすると、下になった二の腕と腰のへんが、またじわあと。ぐるぐる寝返るうちに、氷点下の夜は、ひたすら無為に更けてゆく。
December 24, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 9.◆◆免許がなくてもKS-2◆◆当時つきあってたオトコが「もう使わない」と言ったもので、タダで譲り受けた。カワサキKS-2。80ccで、オフロード車なのに、シート高がスクーターより低い。チビな私でも両足がべったり地面につくのは、オフ車ではこれだけだろう。キックも軽けりゃクラッチも軽い。あんがい力持ちだから、発進もラク。トップに入れて全開すれば、90km/hくらいは出る。ただひとつ問題があった。私には免許がない。それでも最初は遠慮があって(あたりまえだ)、大学の近くに住んでいたのをいいことに、敷地内の空き地や、土木科の実習地なんかをうろうろしていた。「はしるはしる~」「のぼるのぼる~」で感動できる。まあこれは今もあんまし変わってないか。でもだんだん、もう少しだけ遠くへ、もう少しだけ・・・ってなるんだよね。天気のいい日、利根川の土手の上をゆるゆる散歩してみたり。夜、車通りの途絶えた裏道をシューッと抜けてったり。公道へふらふら迷い出た3日目、見事に検問で捕まった。ココロを入れ替えて(フラッシングもして)、半年後にはキチンと免許をとって、今年で12年。そう、12年もたつのに、あれ以来私は一度も検問に会っていない。今やゴールドとなった免許を、お願い誰か見て見て見て。3年後、KS-2はバイク仲間のところへ里子に出され、そこからまたヨソへもらわれていったそうな。カワサキのKSシリーズはKSRシリーズに引き継がれ、5年前、その80ccに乗る機会があった。無免許初心者以前だった頃の私は気づかなかったけど、実は見た目のオモチャっぽさにも関わらず、不整地をよく走りよく登る、デキのいいヤツだった。現在でも、すこし風変わりなオフロードモデルとして、根強いファンに支持されているらしい。もう少し深いオツキアイをしたかったなーと、いまさら惜しんだりもしている。
December 23, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 10.◆◆香川、讃岐うどんの罠◆◆そのオフロードバイクレースは、四国全土2000kmを1週間かけて走るというもので、カテゴライズとしては、かのパリ~ダカールラリーなんかと同じ、クロス・カントリー・レイド(CCR)ということになる。走行区間は、リエゾンという移動区間と、SSという計時区間に分かれる。「コマ図」という地図を見ながら走るんだけど、これは「何km進んだところにある分岐を右へ」くらいしか描いてない地図が何十個も並んでいるというシロモノで、自分がいったいどこを走っているのかわからない。レース3日目の午後、周囲がうどん屋だらけなのに気づいて小躍りした。やったー、香川県に入ったんだ! 讃岐うどん食べなくちゃ。コマ図を見て、今日最後のSSがこの先にあるのはわかっていたけど、残りのキロ数も少ないし、たいしたことないだろう。というより、CCRの面白さの半分は、旅の面白さ。コマ図のままに連れて行かれる見知らぬ土地で、土地のモノを堪能してナンボである。「堪能するぞ!」気勢を上げて、うどん屋に突入した。うどん3玉を隙間なく詰め込んだ胃袋を抱え、最後のSSに辿りつくと、スタート地点に行列ができている。SSっていうか・・・ここって、オフロードのコース? えっと、なんかうっすら思い出したぞ。レースの前夜祭でほかの参加者から教えてもらった情報があった。「一番の難所は、3日目にある、オフロードコースを使った夜間走行だよ」「雨なんか降られたら、ゲロ吐くコースだね」スタート地点の行列は、オフィシャルの指示に従い、日暮れを待っているのらしい。スタート直後の急な下り坂を覗いてみた。幅が狭い。坂の下はうす暗くてよく見えないが、溝があるようだ。あそこにつっかえたら、バイクごと前転するな。うどん、吐くわけにはいかん。落とし穴にも似た下り坂の上で仁王立ちになって、スタートのコールを待つ。泣きたい。
December 22, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 11.◆◆サロベツ原野のチャリダーズ◆◆日本海とサロベツ原野に挟まれた稚内天塩線は、卒倒するほど延々まっすぐな道だ。向かい風が強い。夕陽の赤が、海に道に原野に降り注ぐ。風景は変わらないまま、また少し陽が傾いたようだ。せかされるようにアクセルが開き、次第に速度が増す。路肩をゆく自転車を見つけた。振り分けバッグで左右に大きく膨らんだシルエットが、強風にあおられゆらゆらと傾きながら進んでいる。追い抜きざまにチラリと顔を見た。頬が真っ赤に光っているのは、夕陽のせいばかりではあるまい。キャンプ場に着いたら、さっさと夕食をとる。陽が落ちて、もう横になろうというころ、ようやくさっきの自転車が到着した。キャンプ場にいた数人の自転車組がわッと出迎える。初対面でも妙にココロが通じるあたりはライダーと一緒だけど、苦労が多いぶん、連帯感はチャリダーのほうが深いんだろうな。エエ話やねえ、と寝袋にくるまり、寝る。・・・寝れない。テントを抜けてくるうす明かりに時計をかざせば、夜半を回っている。キャンプ場の深夜0時は、全員熟睡タイムだ。だあぁぁ! うるさいんだよ!すぐそばでチャリダーズが盛り上がっているのよ。あんたら、昼間あんだけ体力使っといて、なんじゃそら? とくにサロベツでゾンビ化してたオマエだオマエ! もう寝ろ! 乾杯するな! 一気コールするな! なんか知らんが大ウケするな!苦情を頭の中で箇条書きにするが、結局は口の中であのなーあのなーと繰り返すだけで、出しかけた首を引っ込める。ようやく静かになったのは、深夜2時を回ったころだ。案の定30分寝過ごした、朝6時30分。ヤツらのせいだぞーとぼやきながら、テントを出て目を疑った。チャリダーズのテントは、一張りのこらず撤収され、跡形もない。歯ブラシをくわえタオルを首にかけて、ぽっかりあいたテントの空間を眺めながら呆然とする。出てくるセリフは、もう悪態ではない。・・・よい旅を!
December 21, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 12.◆◆ひとつめの事故◆◆あの青信号に進入したとたん、横から信号無視の暴走車が突っ込んでくるかもしれない。そんな想像が過ぎるようになったのも、最初の事故を経験して以来だ。片側二車線の国道で、車線変更するついでに私のハンドルを引っかけていったワゴン車は、50mほども先で停まった。正直、予測できない事故ではなかった。後ろにつけたワゴン車が、制限速度+10km/hで走っているこちらに苛立って車間を詰めてきたのは気づいていたし、速度を上げるなり追い越し車線へ逃げるなりの対処方法はあったに違いない。「俺はまっすぐ走っていたのに、二輪車がフラフラ寄ってきて」ドライバーのじいさまは懸命に弁解していたが、路面に残されたまっすぐなタイヤマークは、直進中の二輪車を車が引きずったことを証明する。調書をとる警官も、困り顔で首をかしげている。別の警官が、救急車を待って座っている私のところへ来た。「おれも昔さあ、女の子後ろに乗せてツーリング行った先で事故っちゃって。いやあ、あんときは心細くてどうしようかと思ったよ」それから小声で。「まあ、責任はほとんど100-0だから・・・じいさん、金持ってるみたいだし、払ってもらいなよ」たまたまオフロードブーツを履いていたのも幸いして、60km/hで前転したわりに、骨のヒビひとつないかすり傷だった。安価なオフロードバイクは傷ついたパーツ代ひとつひとつまでリーズナブルで、ブーツ代から、終いにはジャケット代やジーンズ代まで乗せたのに、締めて17万ポッキリ。あまりの安さにじいさまは上機嫌になり、「孫だと思っていつでも遊びに来い」とか口走っていたが、そりゃねえわ。2年後、私は事故での経験を、1本の論文にまとめた。で、とある論文の公募で賞をいただき賞金をゲットした。なんか文字通りすぎる、転んでもタダでは起きないというやつでしょうか。
December 20, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 13.◆◆袈裟丸山で崖から落ちる◆◆コーナーを抜けると、そこは雪国だった。アイスバーンになった橋の上を、バイクが横倒しに滑る。あとから私も仲良く滑る。一瞬だが橋の隅っこに指先でぶら下がり、「だめだあ~」と落ちるまでに考えたのは、「ここ、高さけっこうあったっけ?」「下に、斜めに切った竹とかないよな(ないない)」というようなことで。群馬と栃木にまたがる袈裟丸山の周辺には、穏やかだがあんがい深い山が寄せ集まっている。山々を縫って、車も悠々と通れる幅の未舗装道路が張り巡らされ、秋の眺めはとりわけすばらしいが、今はそれどころじゃないの。ずるずるッと橋脚を滑るように4~5mほど落ちて、ライダーは無傷。バイクもタイヤを下にして落ちたらしく、フロントフェンダーがふっ飛んだだけで軽傷。「だいじょぶかあ!」橋の上から同行者数人が覗く。「うん! だーいじょうぶー!」答えながらぐるりと見渡せば、よじ登れそうな傾斜もある。問題はバイクが上がるかだけど。そのとき、待っていたかのようなタイミングで、四駆が停まった。「落ちたんか?」出てきたのはサングラスにベスト姿の、いかにも地元系アウトドアなオッチャンだ。わあ、猟銃抱えとる。猟友会だな。ベストの胸元からトランシーバーが覗いている。「引っ張って上げるべ」ナミダ出そうな有り難い一言を仰るや、オッチャンは車にロープを結びはじめた。助かった。地獄で仏、林道で猟友会。バイクにもロープが結ばれた。もう何も心配はいらない。と、そのとき。オッチャンがやおらトランシーバーをつかんだ。「あー、バイクが1台ガケから落ちました」袈裟丸山じゅうに、連絡がまわった。無事引き上げられたバイクを点検しているうちに、続々と猟友会が集まってきた。犬も来た。みんな猟を前にしてハイになり、オラオラ状態で吠えたおしている。有り難いんだけど、嬉しいんだけど、早くここから立ち去りたいんですぅ、私。
December 19, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 14.◆◆谷瀬の吊り橋をスキップで渡れ◆◆奈良県の十津川村に、「日本一長い」吊り橋がある。と、こう書いてから調べてみたら、ヨソでも「うちこそ日本一」「いや徒歩用ではウチが一番」「いやいやワイヤーだけで支えているのはウチが」と、いろいろあってよくわからない。まあ、長いのは確かだ。全長297m。そんでスカスカの足下から、54m下の河原が透けて見える。強風だと通行禁止になるらしい。30人以上の荷重は危ないそうで、橋のこっち側に係員さんがいる。ときどき、「揺らさないでください、揺らさないでください」と断固たる口調のアナウンスが流れる。それくらい、揺れる。みんなガニ股になって、わきわきと渡ってゆく。渡り始めて数mで戻ってくる人もいる。実はこの類、滅法強い。同行者が悲鳴を上げているのを、最初は「何を大ゲサな」と呆れて見ていた。途中でマジらしいと気づいてからは、彼の持っていたホームビデオを預かった。スキップだってできる。やってみせようか?『えー、揺らさないでください』やめとこ。ひいひい歩いてくる同行者を、後ろ向きになって撮影しながら歩く。ナレーションも入れる。「たいへん揺れております。下を見てみましょう。ハイッ、こんな高いです。落ちたら痛そうです。え~、ご気分はいかがですかぁ?」「なんでオマエ平気なんだ!!!」「だ、そうです」私は怖がりなほうだと思う。ホラービデオもジェットコースターもぜんぜんダメだし、心霊スポットとかぜったい行かない。だからこれは、ハッタリなしのマジ話なのよ。橋入口の看板には、『観光客が、二輪車走行で橋を渡ることを禁止します。』と書いてある。観光客でなきゃいいのか? といえば、ここは農道なので、地元のおっちゃんたちは原チャで渡ってったりするらしいよ。入口の係員さんも、夜にはいなくなるだろう。・・・。いやいや。何考えてんだ私は。
December 18, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 15.◆◆SEROW225と一緒だった◆◆最初の1年で2万4千キロを走ったのを覚えている。けれどもそんなものは、ただの数字だ。SEROWの話をするとき、いちばんふさわしくないもの、数字。一度でもSEROWに乗って獣道をよじ登ったことがあるライダーなら、その底力は決して、馬力だ車重だといったスペックによって評価されるものではないことを、身をもって知っているだろうから。スンマセン、ちょっと気合入りすぎました。SEROWのことをどうのこうの言い始めると、一晩でも終わんないもので。女性が中型のオフロードバイクに乗ろうとしたら、あのころはこれしか選択肢はなかった。いわく、シートが低く足がつく。いわく、パワーが大きくないから持てあまさない。いわく、セルスターターだからキックが下手でも平気。早い話が、体力も技術もないやつにはSEROWが最高、でもちょっとレベルアップした人には物足りないよね、というのが当時の評価だったように思う。ただの、初心者向けの1台。それだけじゃなかったことは、今や流行り廃れに関係なく、生誕15年周年を迎えようとするロングセラーぶりを見れば明らかなのだけど。絶賛しすぎですね。ちょっとケナします。女性には、足つきがちっともよくない。私は片足のつま先しかつかないもん。それから、重い。ハンドルも女性には広すぎる。まあ、本来「女性向け」を意識して作ったわけではないからね。いちばん長く、深くつきあった1台だった。別れは私の知らないうちにやって来ていた。当時私の最も身近にいて、全幅の信頼を寄せていた人間が、いつのまにか売り払っていたという結末だ。「ほかのを買ってやったから、いいだろう」あっさり彼は言い捨てた。また乗りたいけれど、もう乗らない気もする。まさか絶たれるとは思わなかったつながりが、突然絶たれてしまったことに、私はまだ戸惑っているのかもしれない。春先の街を、誰かのSEROWがはしる。いまも私は、何度も振り向く。
December 17, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 16.◆◆秋田の春は雪崩の季節◆◆「雪の回廊」と呼ばれる道が、いくつかある。春、また雪のどっかり居座る峠道に、除雪車を入れる。車の走る幅だけ雪が除かれ、両脇に雪の壁がそびえることになる。場所によっては5mもの壁が延々と続くらしい。立山黒部アルペンラインや志賀草津道路、磐梯吾妻スカイラインあたりが有名どころで、大抵はゴールデンウィーク寸前に除雪をかける。秋田県南部の某所にも、そういう道がある。たぶん雪国の各所にあるのではないか。観光客向けではなく、おそらく林業の作業用に除雪される道だ。その先は林道しかない。両脇は3mほどの雪の壁だった。これでは林道はまだ走れないかなと危ぶんだが、南側斜面の林道はすっかり雪が溶け落ちていた。どうやら多少の除雪も入ったようで、なかなか快適に走れる。雪のあいだからまだらに覗く黒い山肌が、雪国の「春」の証だ。溶けきらず残った雪の下に、夏に向けて大急ぎで芽を吹く草木のうす緑が透ける。同行者と何枚か写真を撮った。雪の反射光が眩しくて、写真の出来映えはあまり期待できないかもしれない。県境で除雪は終わっていた。「先にゆっくり戻ってるから」声をかけて、来た道を戻る。日当たりのいいところでバイクを停め、シートにまたがったまま春の山を眺める。突然、ガサガサガサ、と低い音がした。振り向いたほんの数m先の道を、林道の上の斜面から滑り落ちてきた雪が、一気に埋めていった。軽い地響きが、バイクのサスペンションを揺らす。たて続けにどうどうと雪はなだれ落ち、いま通り過ぎたばかりの道の10mほどが、完全に塞がれてゆく。追いついてきた同行者が、慌ててエンジンを止め、斜面を見上げた。ふたりがかりで同行者のバイクを引きずり、雪山を乗り越える。そこから舗装道までは、なるべくアクセルを開けず、そろそろと走った。「回廊」の先は、タブーの地だったらしい。
December 16, 2001
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二輪旅~Run、Run、Run~ 17.◆◆大島、烈風裏砂漠◆◆昭和61年の噴火でできた、三原山の内輪山と外輪山のあいだには、荒涼とした火山岩の大地が広がっている。裏砂漠と呼ばれている。その上を、世界の終わりみたいな風が吹き抜けてゆく。耳もとで風が鳴り、顔に火山灰(灰ってゆうか、溶岩?)が、ばしばし当たる。いちおう念を押しておくと、ここは自然保護のため、車両の進入は禁止になっている。しかし「自然」がどのへんの自然なのか、素人目にはまったくわからない。だって、黒い丘陵地が視野いっぱいにうねってるだけだもの。進入できるぎりぎりの所までバイクや車で行き、あとは歩きになる。以前は山頂のいちばん近くに出られる道を通ったから、今日は別ルートで行ってみたい。国土地理院の地図をひろげ、島の中央部へ向かう道を探した。あるある。周回道路からの入口は、倒木でふさがれていたので、わかりづらかった。バイクを斜めにして倒木をくぐれば、あとは荒れてはいるが傾斜の緩い道。タイヤの下のザクザクとした感触は火山灰のそれだ。道幅が狭く左右のステップがつかえそうになった箇所もあったが、なんとか抜けた。少しずつ視界がひらけ、傾斜がきつくなってきたあたりで、バイクを置いて歩くことにする。ススキの原っぱをどんどん進むと、風が急激に強さを増す。山頂には、台風みたいな風が吹き付けている。体を斜めにしないと立っていられない。以前1度だけ、風のない裏砂漠に来たことがある。早朝だった。山頂からパラグライダーが舞っていた。きっと風の凪ぐ時間帯にすかさず飛ぶんだろうな。でも今日は、毎度おなじみの疾風が火山灰を巻き上げる。寝転がって携帯電話を取り出したら、アンテナが2本立っていた。世界は、地面の黒と空の青で塗り分けられている。誰もいない。思えばこれが私の、最後のツーリングだった。このときハラの中にいた4ヶ月の子が、この世に出てきて以来、私は旅に出ていない。
December 15, 2001
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