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腕に、傷をつけてしまいました。なんで、こんなことをしちゃうんだろう。なんで、自分を大切にできないんだろう。それでも、昔よりはずっと良くなった。心の病を患ってから、5年の月日を費やしてようやく、自分の内に巻き起こる、嵐のような感情を受け流す方法を身に付けた。それなのに。どうして前進のあとには、後退が待っているんだろう。どうして、自分を大切だと、思えないんだろう。私は本当に恵まれていて、私を支えようと差し伸べてくれる手が、たくさんあります。「あなたは、独りじゃないよ」「わたしが、ついているよ」「ぼくは、ずっと傍にいるよ」本当は、わかってる。誰かにそんな風に言われなくても、分かっているんです。私の周りには、私を支えてくれる人がいるってこと。それなのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。私の居場所を消してしまわないで。孤独にしないで。中途半端な同情なんていらない。どうしてだろう。誰も私を裏切ってなどいないのに。何かを、失ったわけではないのに。今の私は、きっと空ばかりみてる。手の届かない、雲ばかり追いかけてる。少しだけ、目線をさげてみようよ。何か大切なものが、見つかるかもしれないから。
2007年03月31日
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父が、無事帰ってきました。なんだか照れくさくて、あまり声をかけたりは出来なかったけれど、ほんとうに、無事でよかったと心から思いました。自分の母親(私のおばあちゃん)の入院、亡くなってからは御通夜に御葬式。きっと疲れて疲れて。悲しくてさびしくて。心労がたまっていたんでしょう。胃炎と腸炎を同時に起こして、更に胃痙攣まで起こしていたそうです。私は父が心配で。おばあちゃんの御葬式の日に、父さんが死んじゃったら洒落にもなんないよなんて考えては、不安発作を起こして安定剤を手当たりしだいに飲んでいました。私は自分のことはどうでもよくって。死にたいわけではないけど、生きたくもない。いつ死んでも、そんなに悔いもないんです。それでも、「他人の死」にはとても敏感で。自分が死ぬことより、ずっとずっと辛くって。そんな自分が、わがままなのは分かっているんですけどね・・・;ともかく、命にかかわることじゃなくてよかった。本当によかった。父さん、お疲れ様。たくさん頑張ったんだから、少し休んでね。
2007年03月30日
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フリーページにて公開中の『カナ』に「第1章 Act3」を追加しました。『カナ』は完全ノンフィクション小説なので、どうにも書くのに時間がかかってしまいます;お付き合い下されば幸いです。
2007年03月29日
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フリーページにて公開中の『カナ』に、「第1章 Act.2」を追加しました。少しずつですが、やあっと『カナ』の更新が進みそうです。お付き合い下されば幸いです。
2007年03月26日
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昨日はもう、なんだかとても、大変でした。新幹線に飛び乗って、やっぱりお葬式には間に合わなかったけれど、初七日の集まりには行くことができて。何年も会っていなかった親戚の人たちに挨拶をして、おばあちゃんの写真の前で手をあわせて、お焼香をして。不思議な気分でした。写真の中のおばあちゃんは笑っていて、やわらかで。おだやかで・・・・・。涙は出なかったけれど、なんだか心が温かくなるような、そんな表情をしていました。でも、本当に大変だったのは、その直後だったのです・・・・・・・・。突如、玄関から母の悲鳴が聞こえました。『ミナちゃん!!!ちょっと手を貸して!!!お父さんが!!!』めったに声を荒げることのない母の声に驚き、玄関先に行くと。そこにはグッタリと生気のない父の姿がありました。父は、おばあちゃんが亡くなる前からずっと、おばあちゃんの傍についていて、ろくに眠ってもいない状態だったそうで。初七日の日の夜は、ずっと車の中で横になっていたのですが。それからはもう嵐のようで・・・・。痛い痛いと叫び、苦しそうに吐き続ける父を、何とか救急病院まで運び、忙しくしている母の代わりに受付や必要事項を済ませ、父の容態を聞いて・・・・・・・。ゆうに日付が変わるころ、検査入院、ということで、父の入院が決まりました。詳しい検査結果は、明日にまた病院に行ってからだそうです。うんうんと顔を歪めて呻く父を見て、私は祈りました。『おばあちゃん、お願い。父さんを助けて!一緒に連れて逝っちゃ駄目だよ!』なんて身勝手な祈りなのか。そんな自分に嫌気すら感じましたが、やはり祈らずにはいられませんでした。その日、初めて涙がこみ上げてきました。大好きだったおばあちゃんが、きっと助けてくれると信じています。
2007年03月24日
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今日は、おばあちゃんのお葬式なのですが・・・・。クリニックに行って、抗うつ薬などの薬を受け取ってからでないと実家に帰れない・・・・・・・・のですが!予定変更になりました。お葬式の時間が大幅に早まり、今すぐにでも新幹線に飛び乗って帰ることに。それでも、現在午前11時、広島。お葬式は2時間後の午後1時から、福岡にて。ああ、絶対にもう間に合わない・・・・おばあちゃん、ごめんね、ごめんねごめんね。とりあえず、すべての用事を彼氏に任せ、今からスーツ着て実家福岡に帰ります。お葬式の後、初七日も一緒にするらしいので(最近、一緒に執り行うケースが多いそうです)せめてそれに間に合えば・・・と思ってます。おばあちゃんの死に顔を、見ることができないやるせなさ。自分への無力感。それでも心の片隅にあるのは、少しの安堵感。おばあちゃんの死に顔を、見なくてもいいという、安心感。だって、1ヶ月前に病院で、最後に見たおばあちゃんは、生きていたんだもの。『ミナコちゃん、学校、がんばりなさいね』って、声をかけてくれたんだもの。おばあちゃんの最期を見ることができないのは、悲しいけれど。これから私の心に残る、おばあちゃんの姿は、生きているおばあちゃん。それが、少しだけ、うれしいんです。こんな不肖の孫娘で、ごめんね、おばあちゃん。
2007年03月23日
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おばあちゃんが、亡くなりました。あと2~3日だろうと言われて、覚悟はしていたけれど。油断していたのかもしれない。手のひらから、するりと零れ落ちるように、あっけなく。おばあちゃんは、いってしまった。もっと、しっかりと握っておけばよかった。昨日、脳梗塞で倒れ。その日のうちに、旅立っていきました。3月21日。23時13分。私の父がひとり、病室で見送ったそうです。私は間に合わなかった。まだ、これっぽちも実感が湧きません。ただ、人が死ぬというのは、とても、こんなにも、寂しい。
2007年03月22日
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たった今、実家の母から電話がありました。父方の祖母が、脳梗塞で倒れた、とのことでした。私にとっては、たった一人のおばあちゃんです。母方の祖母は、私が5歳の時に亡くなりました。当時、私はおばあちゃんっ子(母方の祖母の)だったので、とても悲しくて、無力な自分が悔しかった思い出があります。そして、今度はもう一人の、大切な大切なおばあちゃんを失うかもしれません。母の話では、あと2~3日だろう、とのことでした。もう少しで、死んだ親友の2回忌がきます。親友は「自殺」というかたちで旅立ち、私にとって一生忘れられない傷になりました。だからもう、大切な人が死ぬのは見たくない、というのが正直な気持ちです。あさってには、実家に帰ろうと思います。みんなみんな、お願いだから、私を置いていかないで。
2007年03月21日
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『明日、自殺しませんか~男女七人ネット心中~』という幻冬舎文庫の新刊を読みました。私は3~4年前、自分自身が心の疾患を患ってから、とても多くの精神疾患の本を読み漁ってきました。元から活字も漫画も大好きなインドア人間だったんですが、ここ数年で読書量は以前の数倍に膨れ上がり・・・・部屋はすでに図書館(古本屋?)のようです・・・・。中でも好きなジャンルは「ノンフィクション・ルポタージュ」もの。そしてやはり、「精神疾患・心の病」に関するものが多いです。本屋さんに行って、それ関連の本を見つけると、ほとんど即購入してしまうわたし・・・。つい最近本屋さんに行った時は、すでにチェックしていた購入予定のハードカバーも含めて6冊も買ってしまいました・・・・(1日で本代いちまんえん超えた・・・アホか)その時、偶然文庫版新書コーナーで見つけたのが、今日読んでいた『明日、自殺しませんか~男女七人ネット心中~』(幻冬舎文庫)でした。300ページにも満たないノンフィクション作品なので、すぐに読み終わってしまいます;それでも、ふと思ったことがありました。こういった本(というか情報)は、私の精神や気分に大きな影響を与えている、ということ。しかもたいていは、良くない方向に。きっと、内容に同調してしてしまうんでしょうね;それでもなぜだか読むことは止められないんですよ。自分にとって良くない情報だと分かっていても、ついついページを捲ってしまう。ただの興味本位なのか、なんなのか・・・・難しいところですが。しかし、もちろん、読むことが必ずしも悪いことばかりじゃない、とも思ってます。この本を読んでいる時「人の死・自分の死」というものが、身近なことに感じられました。取り上げられている「ネット心中」という題材が、いまや珍しいことではなくなった。・・・という要因もあるんでしょうけど・・・(これが良いことか悪いことかは別として)私が好んでノンフィクション作品を選ぶのも、よりリアルに「人間の死・自分の死」を感じたいからなんだろうなあ。不謹慎ながら、そう思いました。『死にたいのではなく、死にたい症候群。やる気もない。生きる気力もない。 自殺を決行する気力もない。』 という言葉が、作中に出てきます。これを読んで、(ああ、私も今、同じ状態なんだ・・・)と妙に納得してしまいました。しかしこの言葉を読んで、私はけっこう救われたりしたんですよね。自分の内面にある複雑な「否定の感情・負の感情」が、いわゆる「自殺願望」ではないと説明されていたからです。「死にたい」と「生きたくない」は、イコールじゃないと。今の私は「死にたい」のではなく、「生きる気力が足りない」状態なんだなーと。そして、やっぱり休むことも大事なことで、生きてく上で重要なことでもあるんだなーと。ほかの人からすれば、ほんの些細なことかもしれませんが、そんな風に感じられただけでもこの本を読んだ価値はあったと思います。きっと大丈夫。大丈夫なんです。今はシンドくても、きっと私は生きていけるから。そう信じます。誰でもない、自分のために。
2007年03月20日
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フリーページにて公開中の『ショートショート小説、短編集』に「ボーダーライン」を追加しました。ここのとこ小説をアップしてなかったので、久しぶりの更新です。・・・・かなり、アホな内容です、あはは・・・・。
2007年03月18日
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今日は、なんだかほんとにいろいろいやで。もう心からうんざりするほど嫌で。昨日、なんとか大学院に「休学期間延長願」を速達で送ったあと、力尽きました・・・・。もうだめ、ほんっとダメ!!!という気持ちでいっぱいで。結局、教授に休学の報告電話もできず、それどころか「もういいや~!こんなに苦しい思いして悩むくらいならもう知らん!!!」くらい投げやりになり、一日が終わりました・・・・・。・・・・・ほんともういいんですよ・・・・・つかれちゃった・・・・・。すると今日の朝、大学院での友達からこんなメールが・・・・・***************************************** ミナコさん、どうか返信ください。 4月からミナコさんはどうしたいのか、聞かせてほしい。 僕に話すのが嫌なら、KちゃんにでもMさんにでもFさんにでも、 ミナコさんが今考えてることを正直に伝えてほしいんだ。 僕はミナコさんに復学してほしい。 一緒に大学院を修了したい。 このまま、何も連絡ないままなんて、僕はさみしいよ・・・。*****************************************メールをくれたのは大学院の同期の男の子なんですが、これがまた絵に描いたような模範生。いや、とっても真面目で優しい、教師を目指してる人なんですが。なんというか・・・もう根っからの教師資質で、休学する私を本当に心配してるみたいで。でも・・・そんな気持ちは嬉しいんだけど・・・重過ぎる・・・。今の私には、彼の気持ちは重過ぎるんです・・・ああ、こんな人間でごめんなさい・・・。そんなこんなで、今日はダメな一日でした; (昨日もだ)私はどうも、春うつに陥りやすいようで、これからが思いやられます・・・。私にとって4月は特別な月でもあるし。4月は知り合いの誕生日と、姉の誕生日と、唯一無二の親友の命日とが重なる月なんです。やっぱり春が苦手・・というか、春になると気分が沈むのは、「春=親友の死」という刷り込みがあるからなんでしょうね。親友を亡くしてまだ2年も経ってないし・・・・・。さあ、いよいよ苦手な春がきます。気持ちを強く持たなくては。
2007年03月17日
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長いことブログを放置していました・・・・・。現在、実家の福岡と、今いる広島と、大学院のある徳島を行ったり来たりしてます。毎日ほんと疲れるです・・・グダグダ・・・。この一ヶ月ほど、自分の心のこと、身体のこと、いろいろ考えていまして。結局、大学院を今期も休学することに決めました。それはそれで、もう吹っ切れたので良いのですが・・・。最近ずーーーっと世間様から離れた、引きこもり生活をしていたので休学のための書類とか、大学院の教授への連絡なんかが全く出来ません(駄目;)本当にほんとうに、テレビもみない、人に会わない、外に出ない、ネットもしないし携帯も放置、という酷い世間離れ生活だったので、外界との接触恐怖状態です;それでも大学院に「休学期間延長願」を届け出るのは今日がタイムリミット(!!)タイムリミットというか、もう今日中に速達で送らないと期限切れで大変なことになっちゃう!くらいの、正直ほぼ『タイムリミットなんてもー過ぎてんじゃねーの?』状態なわけですが・・・・。4日前の3月12日に、大学院そばに借りていたマンションを引き払い、広島の彼氏の家に引越したんですがね・・・・それから死体のように寝まくり、大学院やら役所やらの手続きから逃げまくり、今日に至り、しかもさらに往生際悪く今度はネットに逃げる私;あああああああ~・・・・・・・・・・・・・・だって!だって嫌なんだもんやりたくないんだもん!!!こころ疲れてる人間にとって今後のための事務作業なんてしんどいだけだもん!!!よくしてもらったけど半年しかお世話になってない教授に「まだ休学しますー」なんて言いにくいんだもん!!!ただでさえ電話も会話も苦手なのにっ!!!ほんとはもう自主退学しようと思ってたけど親とか教授とかの手前罪悪感いっぱいでそんな簡単にはいかないんだもん!!!あーもう一生ひきこもってたいわい!!!・・と、逆切れしてちょっとスッキリしたんで(本当に駄目な人ね私)観念して郵便局に行く支度でもしようかな・・・最近やることが次から次へと現れてイライラしてるみたいです。よく「結婚(結婚式)と引越しは一緒にやるな」と言いますが。「引越しと休学も一緒にやるもんじゃない・・・」とか思いました(そもそも比べること自体間違っているが・・・・)神経すりへってグダグダですようおうおう・・・・(号泣)しかも今日から生理が始まりました。泣きっ面にナントカ。あ、てゆーか生理のせいでこんなイライラグダグダしてんのかもなあ・・・・。最悪な締めですね・・・・・。
2007年03月16日
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こころの中がからっぽ。なんて寂しい感覚なんでしょう。生命としての営みを開始した瞬間から、生物は、緩慢に死に始めます。あたらしい命の発生が、そのまま、来たるべき終わりへの準備でもあります。誕生とは終わりの始まりで、生物は、終焉へ向かい前進を続ける。そして、その間のひとときに、この世界に何かを生み出す。命や、情念や、美しいものや哀しいもの、残される者の中に生き続ける記憶、それから少しの人が富や、禍を。私もその輪の中のひとつです。それでも、こんなからっぽの器に過ぎない私にでも、何かを生み出すことができるのでしょうか。今日のように透明に晴れ渡った空を眺めていると、からっぽになってしまう。からっぽの私には、早春の風も冷たく流れていって。私には何も生み出すことは出来ないかもしれない。そう考えながらも、涙だけは湧いて出てくるんです。人間は、なんて綺麗で、なんて不可思議な生き物なんでしょう。
2007年03月01日
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