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ドゥニ・ビルヌーブ「DUNE デューン 砂の惑星」109シネマズハット 今、どんな映画に人気があるのか、実はあんまりわかっていなのですが、なんとなくこれは流行るんじゃないかと思っていると、話題にする知人の声が聞こえてきたりして、それならボクも!(笑) という感じで出かけたのがドゥニ・ビルヌーブ監督の「DUNE 砂の惑星」です。 やって来たのは、ハット神戸の109シネマです。この映画館が最近のお気に入りです。最寄り駅はJR灘、阪神岩屋ですが、三宮からだと30分くらい歩く必要があります。JR灘からでも10分以上かかりますが、この不便さがいいんですよね。 行きは灘までJRですが、帰り道に春日野道の「大安亭市場」とか立ち寄るのが楽しみです。それにワーナーとかディズニーとかの映画をやっているのですが、休日はともかく、普段の日にはお客がほぼいません。この時世ですから、ぼくのようなサンデー毎日暮らしには、まあ、最適の映画館ですね。 さて「砂の惑星」ですが、題名に聞き覚えがありました。原作の小説が学生時代に早川文庫だったかで出版が始まって、10年くらいかかって完結したSF大河小説だった(多分、今でもある)と思います。 「読んだのか」と言われると「面倒くさくなって投げ出した」という感じの印象しかないのですが、一度映画化もされたような気もしました。見終えて調べてみるとデビッド・リンチという有名な監督の、かなり有名な作品らしいのですが、知りませんでした。 で、映画が始まりました。文字通り「超大作SF」という感じで、超能力あり、箱型宇宙船をはじめとした、なかなか興味深い乗り物あり、怪獣あり、砂嵐あり、月が二つ浮かぶ天空ありで飽きさせません。物語の筋運びは案外古典的という気もしましたが、見ちゃいますね。 乗り物の一つがヘリコプターじゃなくて、なんでトンボなのか訝しみましたが、砂嵐のなかでの動きの面白さはこっちの勝ちですね。 ティモシー・シャラメ君(もちろん知らない人でしたが)が演じるポール少年が見る「予言夢」というか「未来夢」というかが物語を起動しているのですが、その夢を見ながら「この映画、ひょっとして予告編か?」 と思いました。 ポール君がお母さんのジェシカ(レベッカ・ファーガソン)の妊娠を見破ったところあたりで、予想の的中を確信しましたが、見終えてみると、「砂の惑星 年代記 序章」 という感じで、映画の背景世界と物語の段取りの紹介が終わり、主人公の周辺人物たちはほぼ死んで、悪役と過酷な自然(?)の中に孤独な主人公が残されてしまうとでもいう感じの、実は「はじまり」の物語でした。 大きな事件はこれからここで起きますよという、「年代記 第1章」というべき続編(あるのかないのかは知りませんが)の予告編のような結末でした。 折角、覚えた、なかなか魅力的な登場人物たちの多くも死んでしまい、「ええ、これから、また、新しいのがいっぱい出てくるの?!」 と、ちょっとイラっとしたのですが、次回作も見るでしょうね。ストーリーがシンプルなのに、そういう牽引力がある作品だと思いました。 もっとも、個人的な好みで言えば、砂虫の全貌とか、砂の一族フレメンの暮らしぶりとか、ああ、そうそう、ポールの母、ジェシカが身籠っている赤ん坊の正体とか、謎はいっぱい残っているんですよね。 物語の展開で言えば、なんといっても、ポール・アトレイデス伯爵とハルコネン男爵の戦いがどう始まり、どう決着するのかなのですが、「全宇宙」を統べるの皇帝の姿だってまだ明らかじゃないですし、なんだか一話で終わりそうもないですね。 繰り返しになりますが、ぼくが本当に見たいのは砂虫の「全貌」ですが、できればフレメン一族の住居とかも見たいですね。 この映画の映像として魅力は、結局「砂漠の風景」 だったと思うのですが、画面が少し暗かったのが、ぼくには残念でした。というわけで、砂嵐とともに迫ってくる「砂虫」に拍手!でした。監督 ドゥニ・ビルヌーブ原作 フランク・ハーバート脚本ジョン・スパイツ ドゥニ・ビルヌーブ エリック・ロス撮影 グレイグ・フレイザー美術 パトリス・バーメット衣装 ジャクリーン・ウェスト ロバート・モーガン編集 ジョー・ウォーカー音楽 ハンス・ジマー視覚効果監修 ポール・ランバートキャストティモシー・シャラメ(ポール・アトレイデス:公爵家の跡取り)レベッカ・ファーガソン(レディ・ジェシカ:ポールの母)オスカー・アイザック(レト・アトレイデス公爵:ポールの父)ジョシュ・ブローリン(ガーニイ・ハレック)ステラン・スカルスガルド(ウラディミール・ハルコンネン男爵)デイブ・バウティスタ(ラッバーン)ゼンデイヤ(チャニ)デビッド・ダストマルチャン(パイター・ド・フリース)スティーブン・マッキンリー・ヘンダーソン(スフィル・ハワト)シャーロット・ランプリング(教母ガイウス・ヘレネ・モヒアム)ジェイソン・モモア(ダンカン・アイダホ)ハビエル・バルデム(スティルガー)チャン・チェン(ドクター・ユエ)シャロン・ダンカン=ブルースター(リエト・カインズ博士)バブス・オルサンモクン(ジャミス)2021年・155分・G・アメリカ原題「Dune」2021・10・26‐no100・109シネマズハットno5追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)
2021.10.30
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フェリックス・デュフール=ラペリエール「ヴィル・ヌーヴ」アートヴィレッジ 不思議な印象が、静かに残りました。まったく初めて見るタイプのアニメーション映画でした。たしかに「物語」を描いてはいるのですが、淡いモノクロの映像ということのせいもあると思うのですが、物語の輪郭が定めがたい印象で、どんな話だったのかを語ることが難しい作品でした。 カナダの監督らしいですが、フェリックス・デュフール=ラペリエールという人の「Ville Neuve」、「新しい町」と訳せるようですが、という、白黒のアニメーション映画でした。 海辺の一軒家を借りて住み始めた中年の男が、かつての妻だった女性に電話をかけます。彼が詩人であることはよくわかりませんが、物書きであることはわります。離婚の理由の一つは、男のアルコール中毒だったようですが、彼は、今、何度目かの「禁酒」の最中のようです。 越してきた、海辺の一軒家に「訪ねてきてほしい」というのが、男の電話の要件なのですが、それが、うまく言えないのが、この物語のだいじなところです。 妻であった女性は、何度かの電話でのやり取りの後、この海辺の家にやって来ます。二人の間にある「齟齬」が解決したわけではありませんが、その女性が、その場所、「新しい町」へやって来たことには、それなりに、女性の内面を語っていると思いました。 こう書いていると、老年にさしかかった、元夫婦の「やり直し」の話のようですね。確かにそうなのですが、この二人の関係に、カナダで実際に起こっているケベック州の独立運動の話が、鋭角に突き刺さってくるあたりから、映画そのものの「筋書」が、見ていて混沌としてくるのです。 たとえば、チラシにも映っていますが、モノクロのこんなシーンがあります。 ご覧のように、何故だか、二人の実像に対して、鏡面の絵のような、少しトーンを落とした絵が重ね合わせられています。 電話のやりとりの「遠さ」から、会話する二人の影の描写、冷たく静かな海での和解のシーンまで、アメリカの作家レイモンド・カーヴァ―にインスピレーションを得たという、チラシにある創作裏話に納得のいく、「アイデンティティの危機」の描き方なのですが、ここに、ケベック独立運動という、もう一つの、実に切実な社会的要素が重なってきて、見ているぼくは、何が何だかわからないことになりました。「白」の地に、「黒」から、様々な「灰色」を経て、再び「白」が描かれるかに見えるアニメの画面は、ある種の頼りなさを湛えながら、どこか清潔で、極彩色のアニメにはない「心象風景」を作り出していきます。 で、最後に報告しますが、そういうシーンの連続は「眠いのです」。あたかも、催眠術をかけられたかのように、「眠り」と「覚醒」の、ゆるやかな反復の80分、話の筋がよくわからない理由は、そこにもあるのでした。監督 フェリックス・デュフール=ラペリエール製作 ガリレ・マリオン=ゴバン脚本 フェリックス・デュフール=ラペリエール音楽 ジャン・ラポーロバート・ラロンドジョアンヌ=マリー・トランブレテオドール・ペルランジルドール・ロワポール・アーマラニ2018年・76分・カナダ原題「Ville Neuve」2020・12・05アートヴィレッジ(no12)にほんブログ村にほんブログ村
2020.12.06
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ロバート・バドロー「ストックホルム・ケース」シネリーブル神戸 ボブ・ディランが劇中歌を歌っているのを予告編で見て、飛びつきました。まあ、とにかく、ディランの声がスクリーンから聞こえてくるということがうれしいじゃないですか(誰に呼びかけてるんでしょうね?)。 それにしても、チラシに出ている「新しい夜明け」と言い、「今夜はきみと: Tonight I'll Be Staying Here with You」といい、懐かしいのですが、ラブソングなのですよね。 でも、この映画、銀行強盗の話のはずなのですが・・・・。そんな気分でやって来たシネ・リーブルでした。見たのはロバート・バドロー「ストックホルム・ケース」です。 なんだか、アメリカっぽいオニーさんが、カーボーイ・ハットかなにかで登場しました。ピシッと決めている感じで、ディランの「新しい夜明け」かなんかを歌ったのか、聞こえてきたのかの気がします。 で、自動小銃を振り回しなら銀行強盗が始まりました。普段、予想もしない、まあ、ありえないことが起こるというのは、こういうテンポなのでしょうね。なんだかとてもノンビリしています。 自動小銃で威嚇したり、友人の釈放を要求したり、それらしい強面で頑張っているのですが、イーサン・ホークという俳優さん扮する強盗ラース君は、どうも、うまくいく感じが、全くありません。 なんとか人質をとって銀行に立てこもり、いやいや、こんなところに立てこもってどうするの、という展開で、最初の要求が女性の生理用品でした。この辺りまで、コミカルタッチで描かれていて、「笑う」映画なのかなあ とか感じながら、なんだか笑えません。 「身につまされる」といういい方がありますが、この、なんというか、ラースという主人公の頼りなさが、他人ごととは思えないのです。 根本的に「悪意」が理解できないタイプの人の、過剰な無邪気さのようなものが、この男を包んでいて、おそらく、そこのところが人質であるはず銀行員の女性ビアンカやクララにも伝染する感じなのです。 もう、途中からは、人質も一緒に「銀行強盗団」になってしまう風情なのですが、犯人ラースに、その状況を疑う「悪意」が感じられないのですから、人質たちがそうなっても不思議な感じがしないのです。 で、とどのつまりは、「Tonight I'll Be Staying Here with You」というディランの曲の通りの成り行きで、まあ、訳せば「今夜はきみと一緒にいるよ」となってしまうのでした。 「クライム・スリラー」とチラシなんかでは宣伝しているのですから、当然、まさかの展開なのですが、「男と女」、「人と人」という関係で考えるなら、「凡庸」で「普通」の結末だったと感じました。 むしろ、挿入歌として歌われているボブ・ディランの数曲の歌の歌詞そのままに映画が進行し、ディランの歌が、ラブ・ソングなのに、なぜか、悲しいように、映画のラストも、ちょっと悲しい という所にこの映画のよさを感じました。 それにしても、人質だったビアンカが、事件の後、服役しているラースに面会するシーンで、スウェーデンの刑務所が映りますが、すごいですね。映画全体にも、そのニュアンスが漂い続けていますが、施設の雰囲気だけでなく、根っこにある「罪」と「罰」の考え方の違い には、やはり、驚きました。 監督 ロバート・バドロー原作 ダニエル・ラング脚本 ロバート・バドロー撮影 ブレンダン・ステイシー美術 エイダン・ルルー衣装 リア・カールソン編集 リチャード・コモー音楽 スティーブ・ロンドン劇中歌 ボブ・ディランキャストイーサン・ホーク(ラース)ノオミ・ラパス(ビアンカ)マーク・ストロング(グンナー)ビー・サントス(クララ)2018年・92分・カナダ・スウェーデン合作原題:Stockholm2020・11・09・シネリーブルno74にほんブログ村にほんブログ村74
2020.11.21
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