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2012年1月5日。日本民家園。案内に沿って歩いていくと、ど~んと大きな建物が見えてきました。建物の下に入ることができるようになっていました。入ってみると、「奈落」となっていました。ということは、この上は舞台?どうやらそのようです、旧船越の舞台だそうですよ。三重県志摩市大王町船越から移築されたもので1857年(安政4年)に建てられた国指定重要有形民俗文化財です。志摩半島の漁村にあり、歌舞伎芝居などを演じていた舞台だそうですよ。正面に花道、両袖に出語り、そして直径18尺(5.45m)の回り舞台を備えていたんだそうです。観客席から見てみます。左手が花道ですね。さらに進んで、日本民家園最後のエリアです。最後は東北の村エリア。旧菅原家住宅です。岩手県紫波郡紫波町から移築され、18世紀中頃に建てられたものだそうです。こちらも国指定重要文化財。旧南部領に分布する曲がり屋で、主屋に対して曲がった部分は馬屋。床上は上座敷だけが畳敷きで他は全て板の間、天井は全て吹き抜けで、建物全体が1室となる構造だそうです。続いてお隣です。旧菅原家住宅です。山形県鶴岡市松沢から移築され、18世紀末に建てられたもの。出羽三山の麓から移築した妻入り農家。屋根の途中にハッポウと呼ぶ曲線の美しい高窓があるんだそうです。豪雪地帯の建物らしく内部へ直接に入れないように入り口にアマヤを設けているんだそうですよ。ここでも、馬を飼っていたんですね。ここがアマヤ?いえいえ「まや」。「まや」は馬屋と書くんでしょうかね?こちらは物置だったんでしょうか?何やら味噌の樽のようなものが置いてあります。これで園内23の建物すべて回ったようです。日本民家園の奥門です。日本民家園を出て、さらに生田緑地を進んでいきます。
2012年03月31日
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2012年1月5日。日本民家園、神奈川の村。次は、旧清宮家住宅です。神奈川県川崎市多摩区登戸から移築された住宅。17世紀後半に建てられたもので、家の正面を除き三方が土壁で塞がれ、また格子窓が土間と床上境にも設けられているという閉鎖的な民家。土間上部の小屋梁には、曲材を巧みに用いて組まれています。閉鎖的というけれど、家の中はそれほど暗くはないですね。同じ敷地内にこんな建物も。清宮家の敷地内に小泉家外便所があります。そして木小屋。棟持柱の木小屋とあります。そしてこちらは・・・。ぐぐぐ~っと寄って一枚。蚕影山祠堂。元治二年銘の手洗い石。この日は寒かったんですね、お昼になろうという時間でしたが、水面は凍ったままでした。続いては旧岩澤家住宅。神奈川県愛甲郡清川村から移築されたもので、17世紀末に建てられたもの。床上公開中とあります。中に入って住宅内を見学できます。土壁と板壁を併用した愛甲地方の上層農家だそうですよ。この天井の柱が黒光りしてすごいですね。間取りは3つの部屋で構成する広間型、正面と側面につく格子窓、押板を有するなど、古い様式をとどめているのだそうです。こちらは菅の船頭小屋。多摩川の渡し場にあって、船頭が客待ち・休憩・川の見張りなどに使用した小屋で、小屋が移動できるよう、四隅の柱には丸太を通し担ぐための鉄の輪が取り付けられています。神奈川の村最後は、旧伊藤家住宅。神奈川県川崎市麻生区金程から移築され、17世紀末~18世紀初頭に建てられたもの。こちらも国指定重要文化財です。入り母屋造りの農家。正面の格子窓をシシマドと呼び、狼や猪などの獣を防ぐためのものだといわれているそうです。居間の竹すのこ床、1間ごとに立つ柱など古い形を持っています。でも、この竹すのこの上に座るとまるで拷問を受けているように痛いのでは?
2012年03月30日
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2012年1月5日。日本民家園。エリアを移動する途中にこんな建物もありました。旧沖永良部の高倉です。説明板には、奄美群島沖永良部島にあったもので19世紀中ごろに建てられたとあります。穀物の貯蔵庫として利用され、地面から床上までは2,4m、円柱の上部に鉄板を巻いてネズミが昇らないよう工夫されていたそうです。周囲の石垣は、強風を防ぐためのものなんだそうです。次のエリアは、神奈川の村です。これまた大きな家が見えてきましたよ~。旧北村家住宅です。神奈川県秦野市堀山下から移築され、こちらも国指定重要文化財だそうです。なんと1687(貞享4)年にたてられたものだそうです。解体移築の際、その材木から貞享4年(1687年)の墨書年号が発見された貴重な民家。正面の格子窓、居間部分の押板や竹すのこ床など古い特色を持つわりには、開放的な民家。家の中も広々としていますね。神奈川の村まだ続きます。
2012年03月29日
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2012年1月5日。日本民家園。信越の村から関東の村へ進んできました。まずは、旧作田家住宅。千葉県山武郡九十九里町から移築されたもので、17世紀後半に建てられたものだそうです。ここも国指定重要文化財。九十九里浜の地引き網漁の網元の家だそうですよ。棟を別にする分棟型民家。住宅内部も広々としています。家の軒先にはいろいろなしめ飾りがありました。しめ飾りについての説明板。稲作民族として藁を最大限活用してそれを信仰に結び付けてきたことだとか、神社・仏閣・ご神木や神棚に張り巡らして、神の力を招き入れ、不浄なもの穢れ多きものの侵入を防ぐものであること。次は、山梨県甲州市塩山上萩原から移築された旧広瀬家住宅。こちらはに建てられたものだそうです。この住宅の屋根がすごいんです、思わず一枚。切妻屋根で、軒が低く、壁の多い閉鎖的な甲州民家。中をのぞいてみました。土間には鳥居柱と呼ばれる2本の柱が立ち、居間には板床を張らない土座形式の住まいが特色なんだそうです。関東の村最後は、旧太田家住宅。茨城県笠間市片庭から移築されたそうです。17世紀後半に建てられたもので、作田家住宅とは異なった形の分棟型民家。この住宅も、国指定重要文化財。土間部分を釜屋と呼び、ここには馬屋も設けられていて、釜屋ではカマドの火を使っての炊事の他に農作業も行われていたそうです。このお宅の玄関上にこんなものがかけられていました。なになに・・・う~ん、「定」に最後は「太政官」とありますが・・・達筆で読めません。
2012年03月28日
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2012年1月5日。日本民家園。一日のアップロードの限度があるため、なかなか進みません。次は、旧野原家住宅。富山県南砺市利賀村から移築した合掌造り。18世紀後期に建てられたもの。越中五箇山の利賀集落梁は傾斜地で成長した根元の曲がった大木を用いているそうです。屋根裏の広い空間は、養蚕や食糧・燃料を蓄える場所。信越の村最後は、旧山下家。岐阜県大野郡白川村から移築された飛騨白川郷の合掌造り。19世紀前半に建てられたもので、もと川崎市の小川町にあって、観光料亭として活用していたものを再移築したんだそうです。ここはうどんやそばを食べられる食堂になっていました。2階には生活用具類を展示しています。信越の村が終わりました。次に向かったのは関東の村。あぁ~このトンネルを抜けていくんですね。さて、関東の村のエリアではどんな建物があるのでしょうか。
2012年03月27日
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2012年1月5日。日本民家園。信越の村が続きます。こちらも合掌造りの家ですね。旧山田家住宅です。越中五箇山の桂集落から移築した合掌造り。富山県南砺市桂から移築されたもので、18世紀初頭に建てられたものだそうです。越中五箇山の雪囲いがされていました。浄土真宗の信仰篤い土地柄で、仏間もある間取りだとか。あれ?旧江向家にも仏間あったけど・・・。次は・・・と思ったら、一日のアップロードの限度を超えたので画像がアップできないのでここでいったん終了。なんとも中途半端ですけど。
2012年03月26日
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2012年1月5日。日本民家園。宿場のエリアから信越の村のエリアに移動します。長野県長野市上ヶ屋から移築された水車小屋。19世紀中頃に作られた、車輪の直径3.6mの水車小屋。木製の歯車装置によって、製粉・精米・藁打ちに使っていたそうです。長野県南佐久郡佐久穂町畑から移築された、旧佐々木家住宅。国指定重要文化財で、1731(享保16)に建てられたそうですよ。千曲川沿いの名主の住宅だったそうです。降雪量の少ない地方のため、柱や梁は比較的細い材料を使用しているということで、東側の屋根は半切妻、の「兜造り」という構造になっているそうです。さらに進んでいくと、合掌造りの家が見えてきました。敷地内に入っていくと獅子おどし。こちらは富山県南砺市上平細嶋から移築された旧江向家。富山県と岐阜県との境に位置する越中五箇山の合掌造り。18世紀初頭に作られ、ここも国指定重要文化財だそうですよ。豪雪地帯であることから柱や梁の材料が太く、また屋根の勾配が急傾斜。ちょっと中をのぞいてみると囲炉裏があります。二階へ続く梯子。養蚕をやっていたんでしょうね。仏間もありました。信越の村はまだ続きます。
2012年03月25日
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2012年1月5日。日本民家園。かつての宿場町の建物が移築されているエリア。奈良県奈良市下高畑町から移築された、旧井岡家住宅。17世紀後半~18世紀初頭にたてられたものだそうです。柳生街道に沿ってたてられていた油屋だそうですよ。この家の間口は4間で、それを床上と土間部分とで二分割し、縦一列の平面となっているそうです。次は、なんとも立派な門構え。愛知県名古屋市東区白壁から移築された、佐地家の門と共待と塀。19世紀初頭にたてられたものだそうです。尾張藩250石取りの武家屋敷の入り口部分。門の形式は切妻屋根の棟門だそうです。供待は主人のお供がその帰りを待つ控え場所であるとともに門番部屋ともなっていたんだそうです。次は、長野県伊那市西町から移築された旧三澤家。19世紀中頃に建てられたものだそうです。伊那街道の伊那部宿にあった薬屋。ちょっと中をのぞいてみると・・・。あぁ~このお宅は中に入ってボランティアの人からお話を聞くことができるようです。屋根は石置きの板葺き、江戸時代には組頭役を代々務めていた家柄で、門構えと前庭付きの式台が許された民家なんだそうです。次に向かったのは信越の村のエリアです。
2012年03月24日
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2012年1月5日。日本民家園。展示室を出て園内を回ってみます。園内には全部で23の民家が移築されているようです。最初に見えてきたのが、川崎市の重要歴史記念物旧原家住宅。部屋の中をのぞいてみると、シャンデリアがあります。こちらが玄関。そして、こちらは冠婚葬祭時の正式な入口になるという式台。さらに歩いていくと、宿場とあります。神奈川県指定重要文化財の旧鈴木家住宅。福島県福島市から移築されたようです。昔の旅館なんでしょうね。全体はこんな感じです。屋根がいいですね~。まだまだありますよ~。
2012年03月23日
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2012年1月5日。登戸駅からタクシーに乗り着いたのはここ生田緑地。生田緑地内にある日本民家園が今回の目的地です。表示されている案内板には、科学館や岡本太郎美術館もあるようです。へぇ~それは知らなかった~。入園料は500円。まずは展示室へ。平場・山地・海辺・町と立地しているところにより異なる家の建て方についての説明です。切妻造・入母屋造・寄棟造など家の構造により違う屋根の形。壁や屋根の作り方を説明したもの。民家で使われる火や水にまつわる道具。「夜なべ」で作った物の展示。庭仕事で使う道具。日本の家には様々な工夫が施されていることがわかりました。
2012年03月22日
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2012年1月5日。定刻より早く成田空港に到着した後は、リムジンバスで羽田空港へ向かいます。女満別へ向かう便は17:55なので、時間はたっぷり。その時間を利用してちょっと行ってみたいところがあるので・・・。チェックインを済ませて荷物を預け、京急でまずは川崎へ向かいました。あぁ~田舎者には試練の乗り換えです。川崎で京急からJRに乗り換えます。JRの南武線です。JR南武線に乗ってどこへ行ったかというと・・・。ここです、登戸。駅を出ると、なんだこのバス~?そうだ~ここには藤子F美術館があったんだ~。このバスは、駅と美術館を結ぶシャトルバスなんですね~。でも、目的地はそこではなく別にあるんです。歩いても1キロちょっとでしたが、駅前からタクシーで行きました。藤子F美術館は入場整理券が出ていて、着いた時には既に整理券はありませんでした。すごい人気のようですよこの美術館。
2012年03月21日
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2012年1月4日。JAL718の搭乗が間もなく始まるというアナウンスで、ゲートに向かいました。JAL718成田行きはF5ゲートからの出発。機内への搭乗が始まります。ボーディングブリッジから搭乗機へ向かいます。定刻で離陸したJAL718は、水平飛行に移るとすぐに茶菓のサービス。深夜便なのでマフィンが1個。機内ではすぐに照明が落とされます。そして再び機内が明るくなったのは、台湾上空を過ぎた頃。朝食のサービスが始まりました。この日のメニューはこれです。機長のアナウンスによると、定刻より30分ほど早く到着するということ。この頃、窓の外を見ると太陽が顔を出しました。太陽はぐんぐんと上ってきます。九十九里浜の上を通過して成田へ向かいます。無事成田空港へ到着です。到着は日付が変わって1月5日の午前7時前。羽田から女満別までの便は17:55発なので、それまでちょっと行ってきたいところがあったのでそこをめざします。まずは羽田空港へ。チェンマイ・バンコクの旅の報告はこれで終わりです。この後は、ぶらり見て歩きの報告です。
2012年03月20日
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2012年1月4日。エアポートレイルリンクで空港に到着した後は、チェックインのために4階へ。JALはRカウンターでのチェックイン。青鬼さんと赤鬼さんにもさよらなです。出国審査を済ませて、搭乗までラウンジで待つことにします。JALサクララウンジの案内が出ていますね~。案内に従って、エスカレーターで3階に下り。歩いていくと、ありましたありました。成田・関空・羽田と出発が重なるので、ラウンジには結構人がいました。そんな中、あまり人がいないところを一枚。正直なところ、あまり食べ物は充実していないですね~。な~んて、無料で食べられるのに文句は言えませんね。この頃は、そろそろ8時。ちょいとおなかも空いてきました。文句を言いながら、結構食べてますね~。
2012年03月19日
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2012年1月4日。やってきたエアポートレイルリンクに乗り込みます。なんと貸切状態ですよ~。誰も乗っていないのをいいことに、車内をくまなく撮影しました。座席は固定で対面式と・・・。同じ方向を向いているもの。前の席との間隔はこんな感じです。荷物を置くスペースもありますが、混雑するとこれでは足りないでしょうね。座席と座席の間にごみ箱を発見。ドアは自動で開閉しますが、緊急時にはこのボタンで開けるのでしょうか。そんなことをしている間に、わずか15分で到着です。スワンナプーム国際空港に戻ってきました。エスカレーターで改札へ。ここから搭乗手続きを済ませるために4階まで。それにしてもバンコク市内から空港までこんなに早く着くなんて便利になったな~。
2012年03月18日
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2012年1月4日。いよいよ帰国です。ホテルからタクシーでエアポートレイルリンクのマッカサン駅へ。タクシーに乗ると雨が降り出してきたんです。しかも土砂降りです。マッカサン駅に到着です。えぇ?なんだこりゃ~?ミスターエアポートレイルリンク?真新しい広~い駅構内。でも、あまり人の姿が見えません。案内に沿って進みます。今回はエクスプレスライン。乗車券をこの券売機から買って。改札口はここのようです。さらに進んでいくと・・・。マッカサン駅の表示。乗車口はホームドア式になっています。相変わらず雨は降り続いていて、ものすごい音がします。そうすると・・・冷たい!天井の換気口から雨が落ちてきました~。マッカサン駅を利用する皆さん、雨の時には中央にある換気口の下を歩かない方がいいですよ。ホームには、こんなふうに到着までの時間が示されていました。そしてエアポートレイルリンクのエクスプレスラインが到着しました。う~ん・・・ちょっと心配なのは、わたしを入れて乗客が7名でした。いえいえ、きっとこれからこの駅はどんどん活用されることでしょう。
2012年03月17日
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2012年1月4日。チェックアウトの時間を4時まで無料で延長してもらえるといううれしいサービスのコンラッド。チェックアウトを済ませて、ラウンジで時間をつぶすことにしました。フライトは23:15。た~っぷり時間があります。ラウンジの西側です。タイらしい調度品が並びます。西側のラウンジから見える風景はこんな感じでした。この時間帯はアフタヌーンティー。おいしそうなスイーツが並んでいました。スタッフがテーブルのそばを通るたびに、いかがですか?と勧めてくれます。そんなわけでついついこんなに食べてしまいました。そして6時を過ぎると軽食の時間。またまた勧めてくれましたが、遠慮してそろそろ空港に向かうことにしました。日没が迫っています。ラウンジでタクシーをお願いして1階のフロントへ向かいました。この頃から空模様が怪しくなってきました。
2012年03月16日
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2012年1月4日。バンコクに来た~と実感する、チャオプラヤー川ボートトリップはここサートン桟橋でおしまい。看板にいたずら書き。ここからスカイトレインに乗り換えます。ここにも洪水の時の土嚢が残されていました。スカイトレインのサパーンタークシン駅への階段。チケットを買って、案内表示に沿ってホームに向かいます。更に西方に延びていたので、現在はシーロム線の終点ではありません。列車を待つ間、ホームからの風景をパチリ。列車がやってきました。到着した列車に乗り込み、サヤーム駅でスクンヴィット線に乗り換えプルンチットまで。ホテルのあるオールシーズンズプレイスに戻ってきました。この後は、荷物をまとめていよいよチェックアウトです。
2012年03月15日
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2012年1月4日。対岸に渡る船を見送ると、エクスプレスボートがやってきました。対岸に見えるワット・アルン。両岸を結ぶ橋をくぐります。ボートからいつも気になって見ている建物があるんです。ひとつはの中国式の寺院?その隣にはモスク風の建物。ちょっとカラフルな小さいタグボートですが。とても力持ちで、こんな大きな台船を引っ張っています。気になるといえばこの六重の塔も気になりますね。ミレニアムヒルトンが見えてきました。ミレニアムヒルトンに泊まると時々お世話になるレストラン。クロンサンマーケットの看板も見えます。エクスプレスボートは間もなくサートン桟橋へ。この後はスカイトレインに乗り換えてホテルへ戻ります。
2012年03月14日
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2012年1月4日。大理石寺院ワット・ベンチャマボピットからホテルへ戻るのに、チャオプラヤー川からボートに乗り、サートーン・ピアを目指すことにしました。まずはタクシーを探して・・・止まってくれたタクシーに行先を告げると、「100バーツとぬかします」「えぇ~メーターだろうメーター」と言ってドアを閉めたら、運転手は「OK、OK」と。「当たり前だ~!」走り出したタクシーは民主記念塔を通り。象さんのロータリーを通り。ター・ティエンに到着です。あぁ~なんかこの雑然とした雰囲気がタイに来た~という実感があって好きなんですよね~。あぁ~いい匂いがしてきますよ~。この日は暑くてのどが渇いたのと、おなかも空いてきたので、船に乗る前にちょっとここで休憩です。のどの渇きを20バーツのココナッツジュースで癒し。パッタイをいただきました~。そういえば、ター・ティエンに来るといつもこのお店で食べてるな~。さ~て、船で行きますか~。桟橋でゆらゆら揺られながら船を待ちます。この頃から日差しが雲で遮られ、暑さもやわらいできました。
2012年03月13日
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2012年1月4日。大理石寺院ワット・ベンチャマボピット。本堂を取り巻く回廊には、世界各地の様式の仏像が並んでいます。それはまるで仏像の博物館のようです。座像もあれば。立像もあります。これはうっすらと目を開けて、今にも両掌からレーザービームが出てきそう。これが確か日本の様式だったような・・・。違ったかな?回廊を出ます。外側から最も美しいといわれる仏像を。オレンジ色の屋根瓦。おっと~鐘楼がありますよ~。この日は暑かったので、ちょっと噴水の前のベンチで一休み。そしてこの大理石寺院ワット・ベンチャマボピットを後にします。さて、ホテルに戻るにはどうしたらいいか。まずはタクシーを探しました。
2012年03月12日
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2012年1月4日。大理石寺院ワット・ベンチャマボピットの回廊部分。この回廊部分には、世界各地の様式の仏像が並んでいます。その仏像の紹介は後にして、まずはお堂の中に入ってみました。写真撮影禁止のマークはなかったので撮ってみたんですけど・・・。金色で装飾を施された扉。へぇ~仏教寺院にもステンドグラスを取り入れるんですね。窓に施された重厚な装飾。このお堂の屋根は、通常のものとは違った焼き方で鮮やかなオレンジ色の瓦が使われています。そして、正面に安置されている仏像を見てみます。何でもこの仏像は、タイで最も美しい仏像と言われるものを模した青銅製。えぇ~、それじゃ~どこの仏像が一番美しいの?という素朴な疑問が浮かんできます。それは、北部ピッサノローク県にあるワット・プラ・シー・ラタナー・マハータートにあるんだそうですよ。
2012年03月11日
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2012年1月4日。大理石寺院ワット・ベンチャマボピットの入り口を探します。これは街のあちこちで見かけるのですが、よく見るとこれは何という飾りなのか・・・。右側が金色で。左側が銀色。気づきませんでした。あぁ~あの象、タクシーでウィマーンメーク宮殿へ向かう時に車の中から写したぞ~。それからまだまだ走っていたから、随分逆戻りしてきたんだと思いました。そうしていると、どうやら入口らしいところを発見。ありました、ありました。ここが入口です。中に入ると、ここではお土産を売っていましたね。入って左手にはこんな建物も。正面にど~んとひかえているのが、1899年ラーマ5世によって建てられた王立寺院。屋根をのぞいた建物のほとんどが大理石で作られているんだそうですよ~。お寺内部へはこちらから。入ってみますよ~。ここで使われている大理石は、イタリアのトスカーナ州カララ市から運ばれてきたものなんだそうです。
2012年03月10日
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2012年1月4日。旧国会議事堂のアナンタ・サマーコム宮殿。その向かい側には洪水の時に積んだんでしょうね、土嚢がまだ残っていました。アナンタ・サマーコム宮殿に続く道のなんと広いこと。その広~い通りの先にあるのが、ラーマ5世騎馬像。そしてここにもあります。王様を称える装飾。王室一家が暮らすチットラダー宮殿の前ということでひときわ立派に見えますが。振り返ってみると、いや~やっぱり広いですね~この道路。ワット・ベンチャマボピットを目指しているのですが、あれ~?ないぞ~。道を間違えたか・・・。地球の歩き方に載っている地図って結構適当なんですよね。スクールゾーンに入ってしまいました。やっぱりここではない・・・。ちょっと戻ってみます。学校の校舎を写しながらさらに進んでいくと。おぉ~これじゃ~ないかな~、ありましたよ。ワット・ベンチャマボピット。入り口はどこだ~?
2012年03月09日
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2012年1月4日。バンコク最終日。4時のチェックアウトまでバンコク散策へ。スカイトレインのヴィクトリーモニュメント駅からタクシーに乗りました。向かった先はここです。ウィマーンメーク宮殿。ラーマ5世博物館です。タクシーを降りると、入り口にいたおじさんが「今日は休みだ。明日は開いてる。」と・・・。ガ~ンこの日のメインとしていたんですが・・・。仕方がないので歩いて次の目的地へ向かうことにしました。左手に見えてきたのはDUSIT ZOO。入り口がチェンマイ動物園にも似ています。何年か前に一度来ているので、今回はパスをして・・・。すると今度は右手に象の博物館。へぇ~こんなのもあったんだ~知らなかった~。更に歩いていくとと見えてきたのがこんな西洋風の門。ここだけ見ると、あれ?ここはどこだっけ?ヨーロッパ?と思ってしまいます。その門の奥にはこんな建物が。アナンタ・サマーコム宮殿。旧国会議事堂です。この日は暑かった~。大理石寺院、ワット・ベンチャマボピットはどこだ~。
2012年03月08日
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2012年1月4日。バンコク三日目。帰国の日になりました。レイトチェックアウトのサービスを受けられ、チェックアウトは4時。それまでまた出かけることにします。まずその前に朝食をとるためエグゼクティブラウンジへ。29階にあるエグゼクティブラウンジ。この階にはスウィートルームもあります。ラウンジは明るく広々としています。フレッシュジュースにパン。ハム・チーズ・ベジタブルにベーコンやスクランブルエッグなど温かいもの。デザートだって充実しています。蜂蜜もこんなふうにサーブされています。こんな感じに盛り付けてみました。しっかり朝食をいただきました。ここでちょっとコンラッドのサービスを紹介します。ひとつはこれ。ウェルカムフルーツなんですが・・・。一緒に置いてあるのがフルーツを紹介した小さな冊子。サーブされるフルーツの名前や、とれる時期なんかを紹介しています。そして旅先でもジョギングは欠かせないという人のためにはこれ。ホテルの近くにあるルンピニー公園の案内図。首から下げられるようになっていて、これがあれば迷子になっても大丈夫?最後はこれ。ハンドタオルにフェイスタオルにバスタオル。これは当たり前ですよね。コンラッドではさらにもう一枚大判のバスタオルがあるんです。ミレニアムヒルトンもいいけど、久しぶりのコンラッド。次回もコンラッドにしようかな・・・。
2012年03月07日
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2012年1月3日。この日はスカイトレインのワンデーパスを購入。スカイトレインの現在西の終点Wongwian Yaiから戻ります。おっと~こんなところにもお供えの花がありますよ~。サヤームでシーロム線からスクンビット線に乗り換えてチットロムで下車。セントラル・フードロフトをちょっとのぞいて。それから一駅歩いてホテルに戻りました。信号にはそれぞれの方向に残り時間と待ち時間が表示されるようになっています。この日の夕食は、オールシーズンズプレイスにあるTEM IMというお店。もう閉店間際という時間帯に飛び込みました。店内にはずらりとメニューの写真が並んでいます。ビールを頼むと、おぉ~グラスに氷がたっぷり~。ビールのロック、これはこれで結構いけますよ。さて、頼んだのはこれ。またしてもソムタム。親切に写真もあるというのに結局食べたいものはこれなんです。そしてもう一品はカオパトゥ。結構いけるじゃ~ないですか~。この後は部屋に戻り、バンコクの二日目が終わりました。
2012年03月06日
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2012年1月3日。豚骨ラーメンを食べた後、そろそろ次の目的地に向かいます。サヤーム駅からシーロム線に乗車。降りたところは2つ目のサラデーン。こちらも地球の歩き方に載っていたお店。タイ古式マッサージのお店「サバイ」。マッサージ用のいすが並びます。準備をしている間ちょっと店内を写します。1時間の足裏マッサージコース。あまりの気持ちよさについウトウト。終わった後にお茶をいただ来ました。足裏マッサージコースは1時間250バーツ。マッサージの後、さ~てホテルに戻ろうかな~と思ったのですが、スカイトレインのシーロム線が、サパーンタクシンから更に西に延びていたので終点まで行ってみることに。Wongwian Yaiえぇ~何と読むんだ~。チャオプラヤー川をスカイトレインで渡ってきました。駅周辺はこんな感じです。まだまだ西に延びていきそうな感じです。さ~て、ホテルに戻ることにしましょう~。
2012年03月05日
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2012年1月3日。JAPANの看板のクレープ屋さんを見つけて振り返るとこんなお店が。日本のラーメン屋さんです。さっきバミーナームを食べたばかりですが、ついつい吸い寄せられるように・・・。豚骨ラーメンが好きというわけでもないのですが・・・。筑豊ラーメン「山小屋」。入ると、「いらっしゃいませ~」の声。天井から下がるライト。のども乾いたことだし、緑茶を注文すると出てきたのがこれです。こ・こんなに飲めませんけど・・・。お勧めのメニューに、餃子と唐揚げをセットで注文すると半額なんていうのがあって、ついつい頼んでしまいました。半額には弱い日本人?そしてここのお店の名前がついた「山小屋ラーメン」。ひゃ~バンコクでこんなの食べられるなんて感動~というほどではありませんでしたが、おいしくいただきました。「山小屋」を出て、さらにぶらぶら。広告だらけのこんなベンチを写したり。これはいったい何を写したんだっけ?というものもあり。そろそろ次の目的地へ行こうかと・・・。おっと~ここにも発見、ラーメン屋さんですよ~。へぇ~タコ焼きもあるんだ~なんて感心しながら歩いていました。再びサヤーム駅からスカイトレインに乗り、向かった先は・・・。そんなもったいぶるようなところではありませんね、足裏マッサージです。
2012年03月04日
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2012年1月3日。戦勝記念塔の近くにあるビクトリーポイントへ行ってみました。いろんな屋台が出ていました。ちょうど小腹もすいたことだし。食べますか~。バミーナーム35バーツ。その後は再びスカイトレインに乗って。サヤームヘ。サヤーム駅で降りると目の前にあるのがサヤームパラゴン。特に目的もないのですがちょっとぶらぶらと。そうするとJAPANの文字を発見。クレープ屋さんでした。そして振り返ると~・・・次回へ。
2012年03月03日
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2012年1月3日。スアンパッカード宮殿を出て、再びスカイトレインのパヤタイ駅へ向かいます。パヤタイ駅から向かったのは、一駅先の戦勝記念塔。戦勝記念塔です。ここに来ると、バンコクのエネルギーを感じます。戦勝記念塔の台座部分に注目。一番右・・・えぇ~赤ん坊でも抱いているのか?違いますね~砲弾を抱えているんですね。ここにも王様の写真が。戦勝記念塔の駅から続いている歩道橋の上から見てみると、Vポイントに並ぶお店のパラソルと、ブーゲンビリアの色が同じです。この後は、Vポイントをまわります。
2012年03月02日
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2012年1月3日。スアンパッカード宮殿。中の展示品は撮影ができないので建物の紹介だけです。こちらは第6展示館で、タイ舞踊で演じられるラーマキエン物語に登場する人物たちの面や人形、冠を展示しています。その隣に第7展示館。スコータイ王朝時代の発掘品とサワンカロークと呼ばれる青磁器を展示しています。ここの1階に、なぜか大量の飲料水。洪水の時の支援物資なのでしょうか?そして第1展示館ハウス1へ。ここにはチュンポット親王の父であるバリバット親王の楽器が展示されています。狛犬さん?がにらみをきかせている第1展示館の二階へ上がります。二階に上がるとまた眺めが違います。正面の第3展示館には、ベンジャロン焼と呼ばれる五彩焼の陶磁器が展示されています。第1展示館の端から建物全体を写しました。二階から降りて、客間とダイニングルームとして使用されていた第4展示館。ここから見えるラッカー・パビリオンがきれいです。再び池に浮かぶ第4展示館を写してから。スアンパッカード宮殿を出ます。再びロッカーのあるオフィスに戻り荷物を引き取ります。その時にこの中を写してもいいかとスタッフに聞いたら、何やら偉い方に話していました。その偉い方は、素早く撮るならいいというようなことを言ってくれたのですが、小心者のわたしは結局写真を撮らずに帰ってきました。
2012年03月01日
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