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オークランドでの宿泊は、ワイテマタ湾に建つヒルトンオークランド。すぐ近くにはフェリーターミナルがあり、周辺の島とを結ぶフェリーが頻繁に出入りしています。ベランダに出てホテルの外観を撮ってみました。夜になっても部屋の明かりがついていません。空室だらけなんでしょうかね?今回は外観だけご紹介。室内の様子については帰ってからゆっくり報告することにします。
2012年07月31日
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シドニーで乗り換えて、無事オークランドに到着しました。でも、オークランドは雨なんです~。時差が3時間なんで、こちらは午後6時。既に真っ暗です。着いてからは雨だったのでホテルでのんびりすることにします。
2012年07月30日
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JAL771で定刻より早くシドニーはキングスフォードスミス国際空港に到着しました。でもまだこのあとオークランドまでのフライトが残っています。南半球は冬。シドニーは現在8度。さぁ~目指せオークランド。
2012年07月30日
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この夏の旅に備えて、新しい旅行カバンを購入しました。スウェーデンの家具メーカーでイノベーター社のキャリーケース。今まで使っていたものより少し大きめ。でも機内持ち込み可能サイズ。とはいっても荷物はいつも預けてしまうことが多いんですが。空港で荷物を引き取るときに、同じようなカバンが多くて迷うことがありましたが、これだと目立っていいかな~と思うんですが。今まで使っていたカバン。もう何年頑張ってくれたんだろうか・・・。あちこち擦り切れた跡が残り。ファスナーも引っ張る部分が折れてしまって、ファスナーの開け閉めに苦労していました。それでも結構気に入っていたものだったので使い続けていましたが。足の部分も片方が破損。こうしてみると、いや~随分頑張ってくれたんだな~。さて、この夏の旅はというと、オーストラリア経由でシドニーからニュージーランドに入り、ニュージーランド国内をオークランド~ウエリントン~クライストチャーチと回って再びシドニーに戻り、シドニーで2泊した後帰国します。今日はこれからJL771でまずはシドニーを目指します。
2012年07月29日
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2012年7月15日。室蘭八景というのがあるんだそうです。それは、前日見た室蘭港の夜景に、地球岬。他の六つはというと、測量山の展望・クロユリ咲く大黒島・絵鞆岬の景観・金屏風・銀屏風・マスイチ浜の海岸展望それからトッカリショ。六つじゃなくて七つありますよ・・・。あれ?八景じゃなくて九景?地球岬の展望台から下りて行ったところにあったのが金屏風。赤褐色を帯びた崖面に、朝日が映えるとあたかも金の屏風を立て連ねたように見えることからこの名で呼ばれるようになったんだそうです。更に進んでいくと、今度はトッカリショ。アザラシの岩という意味だそうで、冬になるとアザラシがこの辺りに多く集まるところだそうです。坂を下っていくと赤い屋根が見えてきました。なんだろう~と思っていってみると学校でした。すごい規模の大きな学校のようですが、既に廃校になっているようでした。鉄の街室蘭。一時の隆盛はすっかり影をひそめ。鉄冷えの街になってしまいましたが、様々なアイディアで逆境をチャンスに変えていこうというチャレンジ精神旺盛の街です。遠くに白鳥大橋が見えますね~。室蘭八景のすべてを見て回ることはできなかったのは残念。それから鉄の街室蘭のアイドル、ボルトでできた人形「ボルタ」を買ってくるのを忘れました~。
2012年07月28日
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2012年7月15日。室蘭の夜景を見て、おれんちで夕食。そしてその翌日は室蘭市内を回りました。昨夜ライトアップされていた測量山の電波塔です。地球岬を目指して走ります。その途中でこんなところが・・・。JR室蘭線の母恋駅です。東室蘭駅管理の簡易委託駅で、「母恋駅記念入場券」も発売していて、毎年母の日のプレゼントにも利用されるようですよ。室蘭は坂の多い街。地球岬に向かって走ると、市内を見渡せる高台。そこから一枚。地球岬に到着です。地球岬は室蘭八景のひとつ。電話ボックスもこの通り地球の中にあります。地球岬にある地球岬灯台。1920年に完成した灯台だそうですよ。白亜八角形の大型灯台で、「日本の灯台50選」にも選ばれているようです。地球岬の展望台に上がってみます。晴れていると渡島半島の山々も見渡せるようですが、この日は残念。展望台の上には鐘がありました。観光客のおじさんが、「いや~おら神社の鐘鳴らすみたいに振っちまった」という声に思わずクスッと。展望台から駐車場に戻る途中、3軒のお店がありました。その一番右のお店が、なんと室蘭名物毒まんじゅうとあります。何でも6個入りのまんじゅうのうち、1個は唐辛子入りの激辛まんじゅうなんだそうです。毒まんじゅうはやめて、真ん中の大石物産というお店に入ってみました。室蘭焼き鳥を買うために。これから焼きますので10分ほどかかりますがよろしいですかというのでカウンターで待たせてもらうことに。待っている間、麦茶とお刺身わかめを出してくれたんです。このお刺身わかめがおいしかったのでついつい購入。3袋で1000円でした。はい、焼きあがりました~室蘭焼き鳥。3本で500円。焼き鳥なんですが、肉は豚肉なんですよ。室蘭は鉄、そして工業のまちとして繁栄してきました。そこに働く労働者の胃袋を満たしてきた代表的な食べ物が“やきとり”だったそうです。食糧事情の悪かった時代から、豚肉の動物性タンパク質と玉ねぎの絶妙な組み合わせが、労働者の貴重なエネルギー源となっていたそうです。
2012年07月27日
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2012年7月14日。室蘭市内、さてどこで食べようかとぐるナビで調べてみたものの決まらずに室蘭駅の周辺を歩きました。あれ?確かこの名前ぐるナビにあったな~。おれんち?まぁ~いいやここにしよう~。店内の小上りはどこも一杯で、カウンター席に案内されました。何にしようかな・・・。ビールを飲みながら考えます。ビールはサッポロクラッシック。まずはもずく酢に野菜サラダ。揚げ物はタコ。タコの唐揚げ。串物は、ホエー豚の豚串とつくね。お刺身も食べたかったので盛り合わせを。このお店の自慢、手作り海鮮蒸し餃子。手羽餃子もいただきました。そして最後は漁が始まったばかりのさんまの塩焼き。このおみせ「おれんち」は、チェーン店とは違い飾り気のない素材で勝負という感じでしたね。
2012年07月26日
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2012年7月14日。室蘭市内に入った時にはまだほんのり明るかったのですが、8時前にはすっかり暗くなりました。まずは白鳥大橋を渡って白鳥湾展望台へ。保安灯で照らされたJX日鉱日石エネルギー(株)室蘭製油所。ピントが合っていないのですが、かえってそれが幻想的に?白鳥が羽を広げた形という白鳥大橋とその手前にはタンカーが停泊していました。そして再び白鳥大橋を渡って、今度は祝津公園展望台へ。さっきみてきたJX日鉱日石エネルギー室蘭製油所の工場群が見えます。う~ん・・・ちょっと暗すぎかな・・・。右に目を移すと白鳥大橋。あれ~?もっとくっきりライトアップされていたように室蘭夜景公式HPには載っていたのに。いや、やっぱりこれはカメラの性能なのか?祝津公園展望台から再び室蘭港へ戻り、そこから測量山を一枚。う~ん、夜景はなかなかうまく撮れません。それじゃ~夕食を食べに行きますか~。
2012年07月25日
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2012年7月14日。十勝平原PAから更に道東自動車道を室蘭に向けて走ります。右手に見えてきたのは大雪連峰でしょうか。そして見えてきましたよ~アルファリゾートトマム。出発してからおよそ6時間半、室蘭の街に入りました。カーナビの案内にそって走ると、右に行ったり左に行ったりと・・・そして踏切。ちょうど列車が通過するところ。ピントが合っていませんが・・・右手に東室蘭駅。左手には東室蘭の市街地。自家用ボートがたくさん係留されている室蘭港。その後ろには測量山が見えます。テレビ塔が既にカラフルにライトアップされていますがよくわかりませんね。それではズームで。まだいけるかな~。そもそも室蘭の夜景が注目されるようになったのは、2009年9月1日発行の室蘭市広報紙「広報室蘭」9月号で、市が撮り溜めた夜景のカラー特集を掲載したところ、反響が非常に大きく市民の関心を呼んだことがきっかけだったんだそうです。
2012年07月24日
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2012年7月14日。7月3連休の土日、室蘭の夜景が綺麗だと聞いて、それが見たくて行ってきました。室蘭までは昨年の秋に足寄ICから千歳JCまで全線開通した道東自動車道を走りました。開通後初めて走ります。道東自動車道は、千歳市を起点とし釧路市と北見市へ至る予定の高速道路で、愛称は十勝スカイロード。その途中十勝平原PAで休憩。広大な十勝平野が広がるこのPA。道東自動車道の案内図。パーキングエリアのあちこちに、巣箱が欠けられていました、それもカラフルな巣箱です。これは牧草を丸めたもので、パーキングエリアの真ん中にど~んとおいてありました。この日は残念ながら曇り空。雲間から差し込む太陽の光。休憩をした後は再び室蘭を目指して走ります。網走から室蘭まで走行距離およそ430キロです。
2012年07月23日
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2012年5月6日。水戸駅から上野~浜松町と苦手な乗り換えも克服して羽田空港に到着。出発までJALのラウンジで待つことにしました。おや~空いているぞ~と思ったのですが。その後どんどん増えていきました。出発が集中する時間帯なのでしょうね。女満別行JAL1191は定刻17:55。そろそろ時間なので搭乗口に行きました。向かっている途中にアナウンスが・・・なになに、女満別行は到着便の遅れで出発が遅れる?さらに追い打ちをかけるように、機材点検が必要ということで出発時間は決まり次第お知らせするというアナウンスが。そのため、乗客に1000円分の食事券が配られました。食事券を受け取り、空弁を買ってとりあえず一旦ラウンジへ戻ります。こうなれば仕方がありません。まずは食べましょう~。なかなか出発時間を知らせるアナウンスがありません。既に日没を迎え、時計は午後7時頃やっと搭乗時間を知らせるアナウンスがありました。31番搭乗口へ行き、出発時間を確認。19:15出発となっています。ところが、この後さらに遅れて結局出発したのは19:45。1時間50分の遅れで、女満別空港に到着したのは21:35でした。というわけで、大型連休の旅の報告はこれでおしまいです。長々とありがとうございました。
2012年07月22日
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2012年5月6日。水戸駅から羽田空港へ向かいます。特急スーパーひたちに乗車。何番線からの発車かホームを確認して。スーパーひたちは7番線。はい、ここで間違いなし。乗車位置が書いてあります。急に黒い雲に覆われて、雷も鳴り出しました。雹も降ってきました。そうなんです、この日近辺では竜巻が発生して大きな被害が出ていたんです。ピカッと光った直後にゴロゴロゴロ~と思ったら・・・。うわぁ~停電です。停電では電車は走れるのか~と思ったら、すぐに復旧。乗車するフレッシュひたちが入線してきました。乗車時間は1時間15分ほど。上野に到着した後、山手線へ。またまた田舎者には苦手な乗り換えです。浜松町からはモノレール。羽田空港が近づいてきました。羽田空港ではスーターフライヤーが出発するところ。羽田空港に到着です。JALの第1ターミナルへ向かいます。この後、雷雨の影響でまさかまさかの事態になるとは予想もしていませんでした。
2012年07月21日
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2012年5月6日。バスで水戸駅に戻りました。歩道橋の足元、ここにも地震の爪痕が。昼食は水戸駅のエクセルで。銀ゆばというお店にしました。扇子に傘が飾られた和風のお店。ロコモコ丼に。豚肉と厚揚げの炒め物。これがおいしかったんですよ。そしてこちらは銀ゆば定食。ちょうどお昼時だったので、お客さんは次から次にやってきました。昼食の後はコーヒーを飲んで。同じフロアでやっていた納豆フェアをのぞいてみました。いや~いろいろありますよ~、納豆チップスに納豆チョコ???納豆せんべいに納豆揚げ餅。ドライ納豆に納豆汁、それから納豆カレー。納豆専用のタレに、えぇ~納豆石鹸???こちらは納豆ふりかけ各種。さすがに水戸ですね~納豆づくしです。
2012年07月20日
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2012年5月6日。常盤神社をあとにします。こちらは手水舎。参道を下りていくと、右手にあったのが東湖神社。斉昭公の片腕であった藤田東湖が御祭神なんだとか。この神社は、紀元2600年記念事業として、昭和18年に創建されたんだそうです。鳥居が見えてきました。その右手には、常盤神社の御祭神徳川光圀公と徳川斉昭公についての説明板。参道入り口の両脇には石灯籠。常盤神社入り口から参道を見上げます。斉昭公ゆかりの農人形像とその後ろには常磐神社の御田がありました。偕楽園に常盤神社を見て回った後、再びバスで水戸駅に戻りました。
2012年07月19日
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2012年5月6日。偕楽園の近くにある常盤神社です。参道を通らずに横から失礼します。常盤神社の境内にはこんなものがありました。大砲を作るときに使ったという溶解炉だそうです。そして火薬壺。義烈館はこちらですの看板。なになに・・・幕末の三舟?勝海舟に山岡鉄舟に高橋泥舟?ちょっと行ってみます義烈館に。でも時間がないので外観を眺めるだけで中には入りません・・・残念。義烈館の入り口前にあったのは浪華の梅。知足の蹲踞だそうです。光圀公が京都の竜安寺に寄進したものだとか。あぁ~もう時間がないのでそろそろ戻らなくては・・・この看板に後ろ髪をひかれながら。帰りはちゃんと参道を通ってきました。
2012年07月18日
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2012年5月6日。水戸偕楽園の梅林を出ると。ここが御成門のようです。あれ?ここ違う・・・確か常盤神社があるはずなんですけど。というわけで、もう一度杉林を歩いて。切られた杉の跡。もうひとつの門を見つけました。偕楽園東門。その東門を出た正面に、水戸黄門茶屋。正面に何か見えます・・・あれかな?常盤神社。その途中に水府神楽記念碑。水府神楽の由来が書かれています。そしてもうひとつ、太神楽「神歌」の説明も。天岩戸を開いてこの世は元の太平楽世とあらたまる・・・とあります。急げ急げ常盤神社へ。
2012年07月17日
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2012年5月6日。好文亭を出て梅林に向かいます。杉の林を抜けていくと・・・。またまた竹林です。梅林が見えてきましたが、花は既に終わってますよね~。梅は約110品種、3千数百本もあるんだそうですよ。その中でも花の形、香り、色などが優れている6品種。まずは江南所無。おぉ~梅の実がついてます。こちらが月影。お~い、月影さ~んありましたよ~。そして白難波。他に「虎の尾」、「柳川枝垂」、「烈公梅」があるんだそうです。でも、見つけることができませんでした。この6種類の梅を「水戸の6名木」と呼んでいるんだそうです。
2012年07月16日
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2012年5月6日。好文亭を出て茶室に向かいます。こちらは待合。茶室への招待客が席の準備まで控えた所で腰掛け式になっています。腰掛け待合は全国的に珍しいのだそうです。そしてここが茶室の何陋庵。「かろうあん」と読むんだそうです。中に入ることはできないのでちょっとのぞいてみます。簡素清朴な草庵風の茶室で、床柱には鹿児島県屋久島のツツジの古木が使われているそうです。茶室内には,茶説,茶対,巧詐不如拙誠の3つの刻版が掲げてあるんだそうです。いずれも斉昭公の茶技に対する教訓のことばで、斉昭公の自筆だということです。好文亭を出て次に向かうことにします。次は、偕楽園といえばやはり梅林でしょうね。
2012年07月15日
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2012年5月6日。好文亭の2階に上がると武者控室が。客人のお付の人が休憩した納戸風の武者控室。3階に上がると3つの部屋からなる楽寿楼。千波湖が遠くに見える、そこからの眺めがまた見事です。この時期はつつじがきれいに咲いていましたが、四季折々にいろいろな景色を眺めることができるんでしょうね。南に面した8畳が正室で斉昭公が出庵された部屋。東南西方の勾欄に寄って4辺を眺めると遠近山河の景色が集まるのだそうです。楽寿楼とは,論語の雍也編から名づけたといわれているそうですが・・・。楽寿楼から急な階段を下ります。ありました~配膳用手動エレベーターが。なるほど~ここから上にあげるんですね。この後は茶室に向かいます。
2012年07月14日
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2012年5月6日。東塗り縁広間の隣にあるのは藩主の間。奥御殿のすばらしい襖絵からみると質素に見えます。斉昭公が文人,墨客,庶民などに接した部屋で、部屋は透かして見えるように工夫され,特に床の間は設けずに質素に竹の柱だけ。隣接している東広縁で敬老会が開かれる際は、障子を開け,集会の人々と直接話したんだそうです。西塗縁広間。御座の間の西側に隣接し,36畳ほどの広さがあります。この日はちょうどお茶会で使用中でした。さらに順路に沿って進んでいきます。こちらは対古軒。好文亭に招かれた人が休んだり,茶席に出る前に,静座して心気を整えるなどに使われた部屋だそうです。対古軒と名づけたのは、「世をすてて山に入る人山にても なおうきときはいづち行くらん」という古歌にたいし、斉昭公が「世をすてて山に入る人山にても なおうきときはここに来てまし」と詠んだことにもとづくものだそうです。対古軒を進むと階段がありました。その階段を上っていきます。部屋の片隅に何かありましたよ。厠でしょうか?いえいえ、なんと配膳用昇降機でした。階下の調理室で作ったお膳や酒肴を運搬する手動のエレベーターです。
2012年07月13日
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2012年5月6日。奥座敷から好文亭へと進んでいきます。太鼓廊下。奥座敷と好文亭を結ぶ太鼓型の廊下。廊下左側に斉昭公が創案した篠で作った格子窓があり、窓は,外からは窓であることが判らないように作られているんだそうです。こちらは華燈口。奥座敷から茶室に渡る出入り口で、小坊主が控えていて連絡にあたった部屋。室内の杉戸には、古今集の和歌が華麗な色紙短冊に書かれていましたが、火災により損傷したので一部作り直しているんだそうです。こちらは厠です。こちらは東塗り縁広間。斉昭公が80歳以上の家臣,90歳以上の庶民の老人を時々招待したりして楽しんだところだそうです。その部屋から見える景色はこんな感じです。この日はお茶会も行われていました。声をかけられましたが、丁重にお断りして次に進みました。
2012年07月12日
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2012年5月6日。好文亭の奥座敷はまだまだ続きます。こちらは松の間。藩主夫人が休憩した部屋,他の部屋とは造り方が違うそうですが。そして竹の間。左と右では竹の生育が違って描かれていますね。こちらは梅の間。1869年から1873年まで藩主夫人の居室となった部屋だそうです。1902年大正天皇が皇太子のとき泊まったり、皇族が訪れたときに休憩場所として使われたそうです。それから清の間。萩の間。藩主夫人のお付の御殿女中が控えていた部屋。奥座敷もあとわずか。桜の間。こちらも藩主夫人のお付の御殿女中が控えていた部屋だそうです。奥座敷からいよいよ好文亭へ移ります。
2012年07月11日
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2012年5月6日。好文亭という名前は,中国の故事「文を好めば則ち梅開き,学を廃すれば則ち梅開かず」により,梅の異名を「好文木」といったことから,命名されたということです。玄関を入ると正面に羽衣の松。好文亭につながる奥御殿は、襖に描かれた四季の絵が見事で、菊の間,桃の間,つつじの間,桜の間,萩の間,紅葉の間,松の間,竹の間,梅の間,清の間の10室からなっています。まずは菊の間。そして桃の間。廊下を曲がると・・・。庭につつじが見えますね~。こちらはつつじの間。さらに奥へと進んでいきます。こちらが紅葉の間。藩主夫人のお付の御殿女中のおもだった者が控えていた部屋だそうです。まだまだたくさん部屋がありますよ~。
2012年07月10日
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2012年5月6日。好文亭は徳川斉昭自らが設計したもので、木造2層3階建ての好文亭本体と木造平屋建ての奥御殿から成り、各所に創意工夫と洒脱さを感じさせます。斉昭は、ここに文人墨客や家臣、領内の人々を集めて詩歌や慰安会を催したそうです。入館料がなんと半端な190円。それじゃ~好文亭内部に入ってみます。この日はお茶会が行われていました。もう少し後だったら、つつじがきれいだったんでしょうね。好文亭の建物が見えてきました。好文亭内部は、撮影禁止だなんてそんな野暮なことはありません。もう撮りまくってきました。
2012年07月09日
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2012年5月6日。太郎杉の根元に吐玉泉から流れてくる水が見えます。庭園を進んでいきますが、この黄色い菖蒲?あやめ?はまだまだこれから花が咲くようですね。本当によく手入れされていますよね~。次はいよいよ好文亭に向かいます。おぉ~門が見えてきました~。好文亭の中門です。門をくぐると、じゃ~んつつじがきれいに咲いています。偕楽園の説明がありますね。「偕楽園は、民とともに楽しむ遊園として、水戸第九代藩主徳川斉昭烈公寛政12年(1800年)~万延元年(1860年)が自ら造園計画を練り創設したものです」とあります。こちらは公園の東門に続いているようです。
2012年07月08日
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2012年5月6日。水戸偕楽園の竹林に足を踏み入れると、またまた案内板。好文亭に続く竹林をさらに進んでいきます。あぁ~筍だ~。なぜか落ち着いた気分になれるこの竹林。竹林を渡る風がなんとも心地いいんです。ここで道が分かれます。まずは吐玉泉を目指すことにしました。太郎杉だそうですよ。以前は五郎杉まであったそうです。木の上にミツバチの巣があるようです。そしてこれが吐玉泉。吐玉泉は周囲の湧水を枡に集めて、高さ3mの落差を利用して噴出させる構造で、江戸時代好文亭の茶室で茶の湯として使われたそうです。
2012年07月07日
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2012年5月6日。大型連休の最終日です。この日は羽田空港から女満別に戻る日。その前に、水戸といえば偕楽園。偕楽園を目指して、まずは路線バスに乗りました。下調べをしていた時に、偕楽園へは好文亭表門から入るべしというのを思い出して、偕楽園入口の一つ手前のバス停で下車。あぁ~やっぱり~。水戸城下町から偕楽園に入園するための正式な通路ですとあります。でも、正面にはそれらしいものが見えないけれど本当にいいのか・・・とちょっと不安に。表門通りの突き当りに、ありました~ここでよかったようです。ここが表門なんですね。書いてありますよ~「好文亭表門」と。好文亭と吐玉泉はこちらですね。それではいってみます、見てくださいこの趣のある木戸。一の木戸をくぐると。広がる竹林。北海道では見られないこの竹林。竹林を抜ける通路を振り返ると、一の木戸の向こうにつつじが鮮やかに見えます。北海道に竹林はないので、こういう中を歩くとなんとも不思議な世界に迷い込んだ気がしてきます。
2012年07月06日
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2012年5月5日。水戸での夕食は庄や水戸店。一関での教訓を生かして事前に電話で予約を入れていきました。大型連休中ということもあり、店内は混雑しているのかと思ったら意外にそうでもありませんでした。席に案内され、メニューを開きます。まずはやっぱりお決まりのビール。サラダからいただきま~す。きのこのサラダに海鮮サラダ。あぁ~これは何豚だったかな・・・?なぜかここで食べてしまった雲丹。甘~い。馬刺しです。会津では辛味噌がついてきましたがこちらはにんにく。串物は鶏軟骨と牡蠣。牛すじポン酢。つくねの磯辺焼き。アボカドとエビのかき揚げ。桜エビと九条ネギの山芋焼き。このお店庄やは、前日の会津若松やるき茶屋と同じ系列のお店。ちょっとメニューが似ているような・・・。ANAのグルメマイルもたまりますよ。
2012年07月05日
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2012年5月5日。水戸駅からこの日の宿泊先水戸プリンスホテルへ向かう途中こんなところを発見。地震の爪痕がまだ生々しく残っています。駅から歩いて5分もかからなかったでしょうか、水戸プリンスホテルに到着。あのプリンスホテルの系列ではありません。自動ドアを開けて中に入ります。チェックインを済ませて部屋へ。部屋は422号。室内はこんな感じです。さぁ~夕食に出かけましょうか~。
2012年07月04日
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2012年5月5日。水郡線で郡山から水戸に到着しました。初めて降り立った水戸駅です。まずは改札に向かいましょう。改札を抜け、水戸駅前に。うわぁ~広場になっている~。初めての水戸駅前。あちこちキョロキョロ。下はバス乗り場になっているようですね。この日泊まるホテルを探します。案内ではこちらの方角のはずなんですが。アッ、見えてきましたあれですね~水戸プリンスホテル。この日のホテルは水戸プリンスホテル。あのプリンスホテルの系列ではない全く別のプリンスホテルです。
2012年07月03日
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2012年5月5日。水郡線で郡山から水戸へ移動。13:49発の普通列車。真新しい車両、きれいですね~。発車して間もなく、増水した川を渡りました。田植えを終えたばかりの田んぼを通って。ここにも元気に泳ぐこいのぼり。途中駅で気になったところをいくつか。南朝遺跡3・5kという看板を目にして、う~んこれはちょっとみたいな~。それはこの駅、小塩江駅。福島空港に最も近い駅。それが泉郷駅。駅名の下に、奥久慈清流ラインとあります。その駅の先には赤い橋が見えました。常陸大子駅。実は、この旅でもうひとつ袋田の滝によることを考えていました。袋田の滝へはここから行くようなのですが、時間が足りませんでした。あぁ~きっとこの流れは袋田の滝から来ているんだな~なんて思いながら。そうこうしているうちに、車内は徐々に混雑してきました。そして窓の外にはこんなものをみつけ。筍です。でも、いくらなんでもここまで大きくなったら食べられないんだろうな~。どうやら水戸駅到着のようです。北海道内ではあまり見かけないドアの開閉ボタン。外側にもついているんですね~。無事に水戸駅に到着しました。乗車時間は3時間6分の水郡線の旅でした。
2012年07月02日
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2012年5月5日。郡山駅に到着です。ここで水郡線に乗り換えます。水郡線は3番線で80m先。あれ~?おぉ~北斗星にカシオペアの乗車位置案内があります。一度は乗ってみたいものですけど。ホームに書かれた案内に従って進んでいきます。3番線水郡線ホームはこの先です。水戸行普通列車が入線してきました。はい、確かに水戸行ですね。鮮やかなオレンジ色のラインが入った車両。遠くてよくわかりませんが、JR貨物でしょうか?車体に金太郎が描かれていました。水戸までは3時間6分。旅のお供は会津だんご。水郡線には急行がなくすべて普通列車でした。
2012年07月01日
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