パクス・ジャポニカ Vol.2

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2014/05/17
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カテゴリ: 山登りと山歩き
これまで気になりつつも、なかなか訪れていなかったのが太平山です。
桜の名所でもあり、春に「今年こそは」と思っていたものの、今年も逃していました。

それでも新緑の季節の最中とあって、「あまり気温の上がらないうちに」と、太平山に行ってみることにしました。


東武日光線の栃木駅から1つ手前にある新大平下駅で降り、ぶどう畑の並ぶ車道を歩いて太平山を目指しました。

駅名はJR両毛線も東武日光線も「大平」の記載となっていますが、山の正式名称は「太平山」となっています。
(ちなみに北アルプスでも駅名は「白馬(はくば)」ながら、山の正式名称は「白馬岳(しろうまだけ)」だったりして、駅名と山の正式名称が一致しない例もあったりします)

太平山遠景.JPG
「新大平下」駅付近のぶどう畑越しに見る「太平山」
比高は300mほど、標高でも341mと決して高くはありませんが、周囲に高い山がないため、どっしりと見応えある山容です。


しばらくは車道を行き、客人神社に着いたところで、客人神社の石段から太平山に取り付きました。
太平山客人神社 (1).JPG

左の舗装道を行ってもよさそうな感じでしたが、ここは鳥居の下をくぐって石段を行くことにしました。

石段を登って行くと、その先に客人神社の社殿があります。
太平山客人神社 (2).JPG
おそらく地元の方々から崇拝されているのでしょうか、とてもきれいに清められていて、深緑の中で社殿がひときわ美しく見えました。


客人神社の社殿を抜けるとさらに鳥居があり、ここから本格的な山道に入って行きます。
太平山客人神社 (3).JPG
奥の社殿の先に鳥居があるのも不思議ですが、ここからが太平山神社の山域になるのかも知れません。

ところでこの季節、深緑は美しいものの、下葉のさらに下をガサゴソと動く音がするのがたまりません。
爬虫類が大の苦手な上、ここまでの間にヘビとトカゲを見てしまい、真面目に帰ろうかと思ったほどです。

それでも太平山神社の神聖なる山域とあって、そんな好き嫌いも言っていられないので、その先を目指して行きました。


太平山登山道.JPG
稜線の左側が杉の植林、右側がクヌギなどの天然林と、なんとも珍しいコントラストです。


客人神社社殿から樹林帯の中を歩くこと20分、視界が開けて車道が現れたかと思うと、謙信平に到着しました。
太平山謙信平 (1).JPG
謙信平から見た筑波山

(さらには独立峰ではなく、連山のように見えます)


「謙信平」の地名ですが、上杉謙信が太平山で兵馬の訓練を行ったこと、さらには太平山から見渡した関東平野があまりに広いので、上杉謙信も驚いたことに由来しているそうです。

太平山謙信平 (4).JPG
パノラマにしてみました。
こうして眺めていると、上杉謙信の勘違いもわかるような気がします。


当時で関東ナンバー2の地位と言えば関東管領の(山内)上杉氏、越後の長尾景虎(後の上杉謙信)はその家臣筋でしかありませんでした。




謙信平から関八州を眺めてみると、その長尾景虎の意気込みと勘違いが伝わってくる思いです。

戦国時代には珍しく義と秩序を重んじるのが上杉謙信であり、名ばかりの関東管領の職を継いだのも「関東に秩序をもたらす」とするのが第一義で、自身の領地拡大よりも北条氏の関東制覇に対するアンチテーゼだったと思います。

そんな正義感あふれる上杉謙信でしたが、ついには北条氏康と和睦を結ぶこととなり、その歴史的な場所が太平山の山麓にある大中寺でした。(大中寺については後日)

この大中寺の和睦で再び関東は混乱し、アンチ北条で上杉方についていた佐竹義重や里見義堯などは、まさにびっくり仰天だったと思います。
(「それ見たことか」とほくそえんでいたのは、どちらとも敵対していた武田信玄1人かも知れません)


その「謙信平」には「陸の松島」の別名があって、霧の中に浮かぶ山々がまるで松島のように見えるそうです。

このに限って天候は良かったようで、あいにくの霧模様ではなく、地元の人も「珍しい、今日は大サービス」とうなるほど、富士山が見えていました。
太平山謙信平 (3).JPG
謙信平には茶店が建ち並び、屋外の桟敷からこの眺めを堪能することができます。


「★サッポロ」と、黒ラベル党には堪えきれない幟が並びつつ、その先を目指すことにしました。
(体力というより、精神的な鍛練かも知れません)
太平山謙信平 (2).JPG


謙信平の先には、栃木市出身の山本有三の「路傍の石」の文学碑があります。
太平山山本有三文学碑 (1).JPG
「たった一人しかいない自分を、たった一度しかない人生を、ほんとうに生かさなかったら人間、うまれてきたかいがないじゃないか」
なんだか突き刺さる一節です。


茶店と桟敷の建ち並ぶ謙信平を抜けていくと、石段が始まって太平神社の境内にやってきました。
太平山大平山神社 (1).JPG
雰囲気的には津和野(島根)の太皷谷稲成神社を思い出しました。


太平山神社からも「関東ふれあいの道」が続くものの、ピークを直登するような急な道となり、途中には太平山神社の奥宮の祠がひっそりと建っていました。
太平山大平山神社奥宮 (1).JPG





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最終更新日  2022/03/09 01:40:01 PM
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