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いやぁ~定番の雨晴海岸から観る3000m級の立山連峰が前日に続き出現しました。この現象が比較的観ることが出来るのは12月~2月頃のよく冷えた暖かい日です。氷見海岸一帯からも見られそれぞれの景色と相まって異なる角度によってその表情も換えますよ。 「 まず どうぞご覧下さい 」 富山伏木港 万葉埠頭から 隣接の 国分浜から 立山は動ぜず で県内の平野部一円から望めます。 富山市市内では立山の良く観れる箇所10選が設けてます。 立山連峰の山 雄山 3003m 剱岳 2999m 大汝山 3015m この海越しから観れる連山は日本ではここだけです。 万葉歌人大伴家持もここで歌を詠んでいますね。 どうぞ・前日に載せた「海王丸」からの写真も見てねです。
2012.03.30
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4月1日からの「さくらまつり」開催にむけ園内の「ぼんぼり・提灯」の取り付けが始まり~です。桜の開花予想は4月上旬ですがね・・。園内には約20数種の桜の木が2700本ありますよ。 大手門口で 男性像 が お迎え? 「雲に漂う」1953年 吉田三郎 芸術院会員 小動物も 待って いま~す。 公園内に昭和26年開園の小動物園です。無料 44種 164(匹・頭・羽)がいますよ。 高岡古城公園は加賀藩二代藩主「前田利長公」の城祉です。 日本の都市公園 100選 さくら名所 100選 甦 る 水 100選 日本歴史公園 100選
2012.03.29
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昨日の「時知らずの雪」の日から一転して良いお天気になりました。仰ぎみれば立山連峰が見られこれだぁ~・・と急遽「海王丸パーク」へと馳参じ三点セットの写真を撮影しましたよ。立山連峰が見られるのは・・まぁ~・・年に20回余です。写真の注釈はいりませんよね。 海王丸 ・ 大橋 ・ 立山連峰 港内・外洋・内川 巡りの遊覧船です。 看板の俯瞰図です。
2012.03.27
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この度・富山新港口で活躍していた「県営越の潟渡船」が歴史ある「如意の渡し」に次いで廃止されます。この渡船は富山新港造設の際に潟湖の「放生津潟」を開口し1967年から活躍しているのです。航路は770m・44トン・所要時間5分・・・24時間運航・・深夜はジャンボタクシーで陸路ピーク時は15分間隔運航で無料です。 市街電車で高岡から 渡船駅に・・ 「 らいちょう号」 完成ま近(24年秋)の「仮称新湊大橋」 接岸 ・ 定員80名 自転車20台 全長 3.6km 日本海側で最大の吊橋となります。 橋脚の横にエレベーターが設置され上は車道・下は歩道で 人は対岸へ渡ります。 橋の向うは「海王丸」繋留の「海王丸パーク」です。
2012.03.25
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「温室育ち」・・って 私の事です・・よ~ と花たちは・・叫んでいま~す・・。 室内温度 10℃~ 暖房費???? 大紅合歓(おおべにごうかん) ねむ科 ボリビァ原産 花言葉 「雄大」 火炎葛(かえんかずら) ブラジル原産 炎のように咲き 高さも10m余 極楽鳥花 ブーゲンビリァ 琉球馬の鈴草 花の形は地味だが形は「サックス」 季節を忘れるくらいの可憐なお花 名は??です。
2012.03.24
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富山湾(有磯海・万葉時代~)は富山の七大一級河川が流込み海岸沿りも浅い部分がほとんどなく急に海底に向って落ち込む地形で水深も300m・最深部は1000m以上とも言われています。能登半島に抱かれ暖・寒流の海水で「鰤」「蟹」の宝庫。また急峻な立山連峰から流くる水と海面との温度差で「蜃気楼」も四季に頻繁に出現します。(主に魚津市) 前おきは・・そこまで・・として・・富山湾は前述のとうりで湾内には「島」が5つと岩礁があります。 ここに載せるのは「雨晴海岸」に在る「女島・・手前」「男島・・奥です」・以前「パステル画」で画いたのを見て実際の島写真を撮りに行ってきましたよ。曇天で暗い写真ですが「晴天の日」には3000m級の立山連峰が映ります。 「 真 」 「 実 ? 」・・ 似せ画です。 雲 泥 の 差 で 申し訳ありません・です。 追記・・・5つの島のうち周辺が300mを超える島3つです。
2012.03.23
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例年の展示です。好事家のはなの展示会です。雪を割っての「花」でしょうか・・。温室管理の「花」 でしょうか・・。 「花の名も 知らずに愛でて いる我は 雪を割る?花 とは知らずおり」 ・・雪割りとは生命力の強いということでしょうね・・ な~んちゃつて・・ドボン・・ 展示」の作品を 数えて くだだはれ・・。 でかいと・・・あんね~・・(沢山あるね~)です。
2012.03.22
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「梅 の 花 数のほどだけ暖かい」 古城公園梅園には紅梅 白梅の木が60本余もあります 「 観 梅 」 語りはいりません マニァ 英坊では 非ず 朝 陽 橋 が見えますね。 鶯の 鳴きの声をば 真似をして こころうちたち 他をかえり看ず
2012.03.19
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里山センターの「交流イベント」・・ 椎茸コマ打ち・折り紙細工・・に参加しました。 が・・ 「折り紙細工」は他に用がありまして ・・パスしました。 ・・残念でした・・ 「 高岡市 里山センター 」 農業振興と・指導をしています。 指導農園 研修室 休憩室 浴 場 があります。 「椎茸のコマ打ちの作業 」 「 ほだ木に 穴を 開けて・・ 」 「 コマ を打ち込む・・ 」 ほだ木は コナラ ・・ 扱い易く。発生量が多く形質も良い。 1本の「ほだ木」に20個の種駒(菌)を打ち込みです。 完成 ・・ 発生(収穫)は 来年 です。 育て方は ↓↓ 直射日光を避け 通風の良い 排水が良い 湿度が高い。 「 折り紙の 見本さくひん」 カラフルで 可愛い です。 あぁ~作りたかった です。
2012.03.18
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富山の「春の風物詩」・この頃の新月の夜にはほたるいかは産卵のため岸に接近しょうと浮上して来るのですが波にもまれ砂浜に打ち上げられます。その時刺激をうけてか青い幻想的な光を発 生しその様はあたかも身投げのようで「ほたるいかの身投げ」といわれています。その様子を見ようと・・獲えようと・・大勢の人達が(県内外)連深夜に集まって来るにです。大きな捕網(たも)を持ち、ヘェッドライトと胸までの長靴で海に入る人・・遠目の見物する人と様で々寒さも忘れてしまいます。ほたる烏賊は日本海沿岸で獲れますが特に富山湾の富山市から滑川~魚津市の浜で多く水揚げされてこの一帯の海岸線は昭和27年(1952)に「ほたるいか群遊海面」として国の特別天然物と指定されました。 行って来ましたよう~・・ 富山市 八重津浜 AM 1:00 おお~ 獲れていました。四匹が・・ 時間帯や気象状況 によっても 捕獲量は違いますよね。 **ほたるいかの気分次第かもね・・** ほたる烏賊は体長足先までで5~6cm 足には3つの発光器があり刺激に敏感で 網漁では海面一面青い光で幻想・・そのものです。滑川市では網揚げの観光船も 出ています。食べ方は「茹で」「酢からし和え」「揚げ」「さしみ」となんでもござれですちゃ。 高級な食材としてもて囃されていますよ。
2012.03.17
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街のshopでお面白いもの発見!! 土地の人が「富山名物 ますのすし」の木の蓋に富山弁でユニークな漫画を描いた板絵をみました。 面白いね・・。 五箇山の合掌造のまえの語らい 富山弁の 「そくさいで~」 = 「お元気で~」 富山弁の 「きのどくな~」 =「すみませんね~」 これは・・ 通訳はいりません ね。 お地蔵さんのお顔にも 「こころ」の文字がね。 「 英坊 も 挑戦 しました 」 立山連峰 を 背にして・・。 僕 どらえも~ん 生まれは東京? でも 親は高岡市の出身 です。 今は 英坊ん家 の White day の chocolate の box の 蓋の裏に 住んで居ます だぁ~。 お ま け の 作 品 オセロの 駒 (白 黒 ばかりに非ずです・ちゃ) 「強敵 現る ・・・ 」 あらっ・・「猫」の ほかに 九官鳥 が 来た どうしょう・・ 助けてくだ 鯛 な・・。
2012.03.16
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今から約1800年前の大和朝廷からこの地に遣わされた主が斎王となり創建された古社です。境内は杉の大木に囲まれて森閑とした参道が荘厳なただずまいを醸しだしています。祭神は「すさのうの命」と「櫛稲田姫命」を祀り、夫婦円満・縁結び・家庭和合の宮として広く崇められています。古くから多くの戦国の武将や万葉の歌人大伴家持もたびたび参詣でお訪れたそうです。現在の社殿は皇紀2600年記念の昭和15年に造営18年の完成です。境内には「大伴二三彌ステンドグラス記念館」が在ることは先のブログに載せましたね。 参 道 馬 舍 神馬は祭礼 と 正月 に居ます・・です。 神 馬 像 本 殿 参道から本殿までの雰囲気をあじわっていただけたでしようか。 「 論外番の写真 」 以前の載せました「高岡本丸会館」の解体作業が始まりました。 建物内部の一部レトロ部分は次の建物の中にも取り入れられます。
2012.03.14
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郷土のステンドグラス造形の草分け作家「大伴二三彌(大正10年(1921)~平成18年(2006)」没は東京を拠点に活躍し絵画とは異なる新しい造形を目指し色ガラス特有の美を実現させて全国各地・県内も新湊を主に20点も製作し全国では東京駅中央口に鉄道開通百年を記念し「天地創造」の大壁画(1972)をはじめ、有楽町朝日ホールの「追憶の窓」・新横浜教会にもあり北海道鹿児島などに素晴らしい作品が残っています。このステンドグラス記念館は「串田神社」の宮司が甥にあたるため神社の境内に平成7年(2007)に開館されました。 「大伴二三彌ステンドグラス記念館」 「 作品を見ましょう 」 館内には40点余があります 蝉 の 抜け殻 かな・・。 射水市中央文化会館市民ホール天井パネル 「陽 光 」 見事な作品を身近に観られるのとは、とても幸せです。 次回は大伴家持もしばしは立ち寄ったといわれる「串田神社」を載せましょう。
2012.03.13
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射水市の新湊地内には現在の「新湊新港」から奈古の浦までの市中を内川が東西に約1.8kmも流れています。中世に栄えた放生津湊につながる舟運河です。地域住民の生活に深いかかわりをもつ川として今もなを延々と親しまれていて近年はその特異性を生かし川に架かる橋にもデザインを加え橋をかけ全12の橋を巡る「内川遊覧船」も運航されています。 今日(3月12日)は珍しく雪が降りました。 「 内 川 の 風 景 」 橋の中でも古い橋3つの一つ・・「中の橋」・・慶安3年(1650)竣工 他にも文政4年・・文化4年竣工の橋があります。いづれも補完済です。 何時からか漁船は鮮やかな ツートンカラーになりました。 「神楽橋」 昭和60年完成 郷土出身の工芸作家「大伴二三弥」氏の製作によるステンドグラスが 嵌め込まれていて光を得て映える色彩が素晴らしいです。 「 東 橋 」 平成4年完成 セザール・ボルテラ氏(スペイン)の設計による全国的にも珍しい歩行者専用の橋です。 橋の内側です。 橋からの遠望 内川は「日本のベニス」とよばれるほど風情があり岸辺には蔵や倉庫・民家が列なり 往年の面影を残しています。 「 余 録 」です。 今を、とくめく人気の「落語家・立川志の輔」氏新湊の出身です。 そのご実家の「美術品店」です。雪降りのため半開きですな。
2012.03.12
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まずは今日は東日本大震災の1年目です。いまだ多くの方々が傷心と傷みを背負っておられることにたいしまして励ましの思いと、いち早い「復興」を祈念いたしております。 ようやく雪国も「冬」がら抜け「春」へと入りました。 高岡の町は「春色満めん」です。町の土蔵造り町(伝統建造物)の「山まち」にはひな人形の 飾りつけが軒並みにされています。 「山町筋ひな人形展」 山町=曳き山所有 いづれも大正時代以前のお雛様でその家に代々継がれているものです。 この時は「京飾り」ではなかったのですね。 全部で200点余あります。 「 土蔵造りの山町筋通り 」 道路は電柱を埋没して土蔵造りの建物と景観を合わせています。 軒先には高岡開町300年(大正2年1913)に祭礼用に作らせて衰退 していた陣傘付きの「ちょうちん」台が今年から復活されました。 「 春 いろ の 町 」 寸 描 「 古城公園の梅園 」 「うぐひすの鳴き散らすらむ春の花 いつか君と手折りかざさむ」 大伴家持歌碑があります。 「 春 の 小 川? 」 おとぎの森公園内をながれる「玄手川」 「 リベンジ revenge 」 先のブログでの「手ぶれ写真」二題 友 の 浦 (なんか三浦友和さんみたい名だね) ブラック マジック 前よりましですかね・・。 以後はマクロを使いますね。
2012.03.11
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この地伏木地区は古えに大伴家持が越中の守として赴任し数々の歌を詠み「万葉集」にも残されています。町に沿って滔々と流れる「射水川」(現小矢部川)は富山湾へと至るのです。河口には室町時代(文治3年)の「義経記」によると源義経と弁慶が北陸路をへて東北へ逃れる際に川を渡ったとされる「如意の渡し」があったのです。その後も場所を変えて延々と現代まで対岸との交通を担ってきましたが、現代の流通において川を跨ぐ大橋の必然性が湧いて対岸と結ぶ橋が平成21年8月に完成したのです。 当然、それまでの渡船「如意の渡し」は廃止されました。 「 高岡 万葉大橋 」 平成21年8月完成 全長 3km 川上面 1.5km 総工費 40億円 「 橋 の 上 の 歌碑 」 橋の上に大伴家持の詠んだ万葉集の歌碑があります。 これは地元の中学生による揮毫です。 御影石(中国産) 100×120×25cm 側面には揮毫者名が記入されています。
2012.03.05
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♪ きょうは楽しい雛まつり ♪の日です。全国のブログ界をお雛様は独占しているでしょう。とやま土人形はすべてが手作りで粘土を枠に入れて形を作り顔や衣装を絵の具で丁寧に描いていく工程を経ています。仕上がった人形は一つ一つ表情が異なり、色鮮やかで愛らしく素朴で可愛い温かみのある伝統のある郷土人形となります。今回は雛以外のものを紹介としましょうかね・・。 「 呼 び 鈴 」 「 「八尾風の盆」 の 踊り手 ですね。 丁稚さん・・・ 毎度はゃ~・・ 「越中富山の 薬売りさん・・・です・・。 「 招きねこ 」 のペァ~ だ・ニャン 「ダイエット雛」 です・・・ なんや~ 「みき」画伯の絵と 似てるやん?? 英坊の真似画です。 「 来年 の 干支 」 「 巳 年 」ですね。 へびも こうして見ると可愛いですね。 「一押しのお雛様 」 ♪ ふくふく まるまる・・・ 可愛いな~・・ こうして観察しますと、同じ富山県でも飾り方が地域で「関東飾」と「京飾」に 二分されています。言葉でもそうですよ。富山は関東系・西の高岡は関西系 の言葉を使いますね。。日本の「臍」もある日本のド・真ん中のせいですかな。 *土人形を作っているところは・・福島(久ノ浜)(会津若松)・広島(三次)・山口 福井(武生)・名古屋・伏見・兵庫(稲畑)・・他ですね。
2012.03.03
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とやま土人形の由来は嘉永年間(1848~54)富山十代藩主前田利保公が名古屋から陶工をよび「窯」を築いて「天神臥牛」を焼いて拡めたのが「とやま土人形」の始まりです。江戸末期以降、発展して民間信仰、縁起物、子供の玩具として数多く作られてきました。代表的なものとしては、学問の神様である「天神様」桃の節句に飾られる「お雛人形」があります。今は時代の趨勢で作る後継者もすたれたために、富山市では一般市民から人形づくりを募って「とやま土人形伝承会」をつくりこの伝統技法を後世に伝える為に励んでおられます。 「 土 の 型 枠 」 この型に粘土をいれて 人形の姿を 整えます。 「 土 人 形 の いろいろ 」 天神様 = 菅原真実公 天神様 飾り 鯛 と 恵比寿様 騎兵隊 の 将軍 土人形 の 雛段飾り 「 あれ・・・ お互いに 目を 逸らして・・・? お仲が悪いのでしょうか・・・。??? 。 「 おゃ~・・ このカップルも・・・ 怖いですね~ でもね ・・この雛並びは 「関東飾り」 位置を逆にした「京飾り」にすれば お互いの「目」が合って ラブラブ です ね。 「 抱き鯛 の 坊や 」 「 恵比寿 」 「 大黒 」 では・・ 次回も載せます・・お楽しみにね・・・。
2012.03.02
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