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庄川の谷あいの河岸段丘にあり三方を庄川に囲まれた「菅沼集落」(南砺市)が在ります。1995年(平成7)12月に「白川郷・五箇山合掌造り集落」として世界遺産に認定されました。規模的には白川郷(岐阜県・大きい)以下富山県・相倉集落(合掌家屋20棟)菅沼集落(家屋9棟)の順です。この集落には明治以前の物が2棟あります。豪雪に耐える屋根造り(合掌造)と屋根裏利用で養蚕をし且つ今も居住をしていることが評価されたと言われています。 登録年時以来の訪問でしたが、今では駐車場完備・崖面から降りるエレベーターや 集落間を結ぶトンネルもあります。 これでも・・いいんだかね・・。でしょうね。
2012.07.30
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五箇山は、幾重もの山に取り囲まれた谷間にあり、およそ800年前に源平の戦いに敗れた平家の落人が逃げのびて来た所とも言われています。その中でも「岩瀬家」は約300年前に8年の歳月を費やして建てられたと言われています。 当時、加賀藩の塩硝を取りまとめて納入する家であったとも言われています。岩瀬家の総体は、間口26m・奥行12m・高さ14m (5階建)で全て欅材・屋根は萱葺きで形も急勾配で積雪も落としやすくなっています。屋内は3~5階は養蚕の作業場、下は居住区です。 ***久ぶりの更新です。 いつものPCは入院・手術の順番待ち・・トホホ・・・ XPのPCで・・・退院までつなぎます・・そのつもりです。 は~ぁ~ *** /
2012.07.28
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平成14年に復元再建された天平寺「大宮坊」の紹介です。大宮坊は石動山の中心的な坊の一つで最盛期(中世)には300余坊のすべてを支配した別当寺(寺務を取り仕切る役所として最も高い格式と権威を有した寺です。*「別当」寺務を統括する長官に相当する僧職この寺は天平年間(749~57)元正天皇の勅命により石動寺の寺号を「天平寺」としました。 「 大 宮 坊 勅使門 」 敷地の内側から見た門です。( 正面の写真は撮り漏れでした)失敗だね。 「 大 宮 坊 」 この大宮坊は、発掘調査の成果と文献資料をもとに復元されました。 礎石もそのままに・・柱を石の曲がりに沿って立てられています。すごい拘りです。 広縁から本堂跡をのぞみます。発掘された礎石は焼打された為、黒い焦げ石です。 本堂の発掘前はこの場所は小学校分校が在ったそうです。 この他には「旧観坊」があります。江戸時代にあった58坊のうち唯一現存して離れた 場所にあります。 「 上 廁 (便所です) 」 僧坊は女人禁制のため「大」「小」とも別当職専用 「 下 厠 」 藩よりの使いの侍の為の「かわや」です。側の縁は順番待ちや 供侍の控え所ですよ。正面には二間・・一室は10畳間の大きさ なぜそんな大いの? 正解は武士は大小刀差し・紋付袴ゆえ中 にての脱着の(置き場・又お供者が同室する)為です。・・ト。 「使用禁止」(当然)ですが・・・開けてみました。見物者用は屋敷外 の簡易トイレ・・・ですよ。 「 花 は 見ていた 」 文中のコメントは 案内人 さんから聞いたものです。 おわり
2012.07.14
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能登半島で第3位の高さ(564m)を持つ「石動山(せきどうさん」は中能登町に頂きを持つ山です。約1300年前に泰澄大師が開いたとされる真言宗の霊山で最盛期の中世には院坊約300・衆徒も3千人余の規模の山でしたが、南北時代と戦国時代の2度の全山焼打。また明治期初期の廃仏毀釈により僧は去り神社のみの山岳信仰山として「国指定史跡」になっています。この山頂は能登方面からは見えず富山湾から仰がれて、古来より氷見の漁民は漁場の位置の標として使われていました。 「 伊須流岐比古(いするきひこ)神社」 「 案内板 イワシガ池 」 読めましたか? この池です。 ↓ ↓ 水飢饉の時 遥か下の有磯の海から水が寄せ鰯が湧いたとか?の謂れ 「 拝 殿 へ の 石 段 」 もと神輿堂とよばれ、元禄14年(1701)に建立 背後には本殿、承慶2年(1653)前田利常が寄進が在ります。 「 案内板 動 宇 石 」 要は石動山のいわれ・・です。読みにくいいね。。 天から石が世界の「3か所」に降って来た・・怖いですねぇ~・・。 一つは印度に・・もう一つは中国 そしてココにも大振動のもと落ちて来ました。 そして山が動きました・・ので石 動 山・・とね。(案内人の話) その石が ↓ ↓ この石です。 本当??かぁ・・・。 下も太りで 地中深く 本当?かぁ~な・・ 「 宮の前にある 石動山資料館」 出土品、 仏像、仏具、絵図、古文書 など70点展示 part 2 に続きます。
2012.07.12
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この公園の展望台はジャパンエキスポ富山(1992年)に開催された時に造られました。高さは32mですが、標高は92m・・開催年19「92」にちなんだ高さです。 ビル6階相当で、上からの展望は晴れた日の「立山連峰」・富山平野も望まれます。 「正 面 入 口」 エレベーターで・・上へ 下よりの見上げ・・ 高いねぇ~・・。 360度の眺め この日は月曜日で、エレベーターも・回廊も「英坊」の一人舞台 なんか・・こそばくて。 降りたら「トレーン」が・・ああ・・人の気にホッ・・。 大人 300円 子供 100円 で 周囲約1kmを 走ります。
2012.07.10
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この暑さで気温も上昇しこの公園ではユリの一種の「ヘメロカリス」が見頃を迎えました。 「案 内 板」 お読みください・・ね。 この花が短命で1日しかもたないことから「デイリリー」とも呼ばれています。 丘の斜面一杯に鮮やかで黄色い花に彩っています。合掌家屋とbest matchですね。 花の径も大輪なら20cmもあります。ここには4万株が植えられているそうです。 1本の花茎には数個のつぼみがあり、1~2輪づつ咲きますよ。です。 原産 日本・中国 花言葉 豊かな改革 ??だね。 池 上 の 「睡 蓮」 の 花 池 上 の flower ring と SWAN イミテーションSWAN N0・9
2012.07.09
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遠路はるばる春日井市からのブロ友のSAさんと県内共通のブロ友3人とで2日間に亘る5人オフ会をしましたよ「戸出の七夕まつり(3日のブログ参照)」と県内のブロ友ミキさんの「おわら踊り検定」の観賞がメインでした。7日の日はあいにくの小雨・・今日8日は快晴・・替わっていれば良いのにでしたよ。「戸出七夕まつり7日の寸描」 ↓ ↓ 小雨ふる・傘を持ち立ち話のブロ友二人・・後の人は何処? ここにだろうか・・? 子供も喜ぶ「おどるポンポコリン」の曲・もあり 「 乞 巧 尊(きっこうでん)」 七夕飾りは「男子誕生」を祝って作るものとされていますが・ 「女子誕生」のために作るものだそうです。織姫に捧げるものとか 8日「おわら踊り検定会」 於・富山能楽堂 ブロ友・みきさんが日頃の研鑽を認めて貰う試練です。 男踊り上級 ゼッケン50番 ステージ 右が みきさんです。 あでやかで哀愁の女踊り その1 男踊り その 2 さすが・・みきさん・・巧いね~・・。 女踊り その2 この検定を受ける人は「師範」「指導者」を目指す人達です。 踊りの後は審査員の鋭い講評があり会場の雰囲気は厳しさが増します。 判定は協議の上という事で祝報を信じて待つ・・です。 ** このほかにも・高岡の「国宝・瑞龍寺」にもご案内しましたよ **
2012.07.08
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「高岡本丸会館」=北陸電力高岡支社・・高岡市役所と使われていました会館が壊されることになり3月14日・4月27日とその解体場を追ってきましたが完了しました。の写真です。 跡地には「高岡急救センター」が建設されます。 これ・・ ↓ ↓ 何んだ~・・ この敷地の近くにあるんだわ~・・「消火栓」・・の・・ 大きさは・・こんくらい・・です。 消防自動車のデザイン絵の蓋・・・ここでは珍しいですよ。
2012.07.06
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見ごたえある「風景画」です。 どの絵も とても とても とても 素晴らしい絵です。 これは 花 の 写 真 ですよ。 「壁面の絵」 シリーズはこれで 「オ ワ リ」です。
2012.07.05
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高岡市では「7月7日」は男の子の節句とされていて男の子の誕生の家ではその子供の健やかな成長を願い七夕飾りをつくります。明治期からの風習でしたが現在は個人の七夕飾りから住民が協力して趣向の凝らした「七夕飾りをつくる祭り」となりました。 今年は第49回「戸出七夕まつり」 コンクールも実施されましたよ。 大小 約1000本の七夕飾りが立てられていますよ。 あでやかで はなやかで さわやか 商店街の七夕かざり。夜には灯が入り綺麗ですよ。 婦人用 50セット 紳士用 20セット をご用意。 「 金 賞 」 審査条件 高さ10m以上 提灯 100個以上 電球80以上 「 金 賞 」 作品の上部 「五輪マーク」です。 七夕飾り一基の 制作費は 秘密にしておきましょう。ヨ。 風をとらえて 笹の音を・・。 「御旅屋門」の前にも・・七夕・・ 「御旅屋門」・・加賀藩が1642年(寛永19年)に建てた建物の門です。 藩主の鷹狩りや民情視察・参勤交代の時の宿舍として利用した建物 ですが今は門だけ残っているものです(市指定文化財) * 高岡市街の「七夕まつり」は8月のこれ又盛大に行われますよ *
2012.07.03
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*矢部の養鯉池 高岡市 矢部庄川の伏流水の湧き出る矢部地区では「錦鯉」の養殖が盛んです。慶応2年(1866)大和郡山から種鯉を移入して以後、農家は養鯉の副業としたといいます。現在は数件のみの養鯉業者があります。 * 大 清 水 (おおしょうず) 小矢部市 臼谷 田の中の民家の側に周囲30メートルほどの池があります。水はきれいに澄んでいて池の底から毎分2トンに水が湧き出て近所の民家にパイプで水を引き川へと流れいきます。数年前に「あしつき」が自生しているのが発見されました。
2012.07.02
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