Accel

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May 19, 2010
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 岸壁に立ち尽くしていたニルロゼの気配が消えるまで、3刻もかかったろうか。
 その間ずっと、川に首まで浸かって気配を殺していた青年、カンは、流石の事にふらふらの体たらくになった。
 これでも、体力に自信はあったのだ。
 が、今は少しばかり、違う・・・
 肩に負った傷は、彼本人は見ることはできないが浅くはなく、まだ血が滲んでいた。
 その肩に節くれだった手をあてがいながら、彼は岸へと近づいた。
 すると・・・川べりに、人影が居る・・・

 あれはニルロゼか!?
 と、カンは一瞬思ったが、どうやら違う体型をしている。



 その姿は女のようだ・・・

 カンは、できるだけ平静を装い、どんどん川岸へと近づいた。
「あっ・・・」
 青年は口の中で小さくつぶやいた。
 女性の顔に見覚えがあった。
 あの、身重の女性が集まっていた場所で・・・
 ニルロゼの相手を探そうとしていた時に、何度か話をした女性であった。


 青年は、なんだか、盗み聞きを見られたようでバツが悪い。
 彼は無言で川を上がり、前もって用意していた薪に火をつけた。
 たちまち煙が上がり、きな臭いにおいが充満し始める。
「もう時期、日が暮れるぜ・・・

 カンは、やや離れた場所に居る女性に向かい、ぶっきらぼうに言った。

 すると、女性もぶっきらぼうに答えた。
「そういうあなたは?」


 カンは、ふんっと向こうを向いて、砂利が転がる河川敷に腰を下ろした。
「精神統一をしていた」

 そうなの?」


 風が吹いて、体の芯まで寒さが響いた。
 カンは、早く焚火の火が枝に燃え広がらないかと、身をかがめて息を火元に吹きかける。
「それで、君はなにをしていたんだ?」
「あの子供が、変な行動をしないように見張っていたのよ」
「へ?」
 カンは、素直に驚きの声を上げた。

「そ、そう・・・・」
 彼は、左肩をさすりながら、ようやく程良い大きさになった火にあたった。



 金髪の青年、カンは火にあたるとその髪の毛が赤茶色に輝き、ようやく彼の顔色は血色を取り戻しつつあった。
 苦笑の表情に似た口元で、だが穏やかな瞳を焚火に落とし、カンは溜息をついた。
「あいつなら、女に変な事はしないよ。
 今までしていないんだ、いまさらする訳がない」

 何度も左肩をなでるカンに、女性が言った。
「じゃあ、なんであなたはあそこにいたの?」


「な・・・なんでって・・・」
 カンは思わず汗をかいて、バツが悪い表情を殺そうとしながら言った。
「だから言っただろうが、俺は精神統一していただけだ。
 たまたまそこにあいつらが来ただけで・・・」
「あら、そう」


 うう・・・
 俺、女苦手かも・・・

 つっけんどんな女の様子に、カンは首を竦めながらそんな事を考えた。


「と、とにかく、俺はあいつをあんな所まで追いかけて見るほど野暮じゃない!
 判ったら、もう帰ってくれ。
 俺はまだ、精神統一が足りないのだ!」
「そう」
 女は、立ち上がり、カンの脇を通り抜けようとした。
 だが、しばし、留まっている・・・

「な、なんだよ」
「あなた、もしかして、怪我をしているの・・・?」

「・・・悪いか」
 女がカンの傍にやや近づいて来た。
「ずいぶん、痛そうじゃない」
「煩いな。
 俺は勝手に一人でてきる、さっさとあっちに行け!」
「ふうん」

 カンは、自分で作った薬を自分で塗り始めた。
「器用なのね・・・」
「いつまで見ているつもりだ」
「包帯はどうやって巻くのかと思って」
「自分でできる。
 俺らは常に一人だ」
「・・・」

 女がカンに更に近づいた。
「撒いてあげる?」
「い、いらん!」
「あなた言ったじゃないの、ここはハーギーじゃないのよ。
 だったら、一人でやらなくてもいいんじゃないの・・・?」
「・・・」
 カンは、黙って女に包帯を撒かせた。



「ああ、すまないな。
 これは、意外と、いいな」
「意外と、は余計よ」
khan2.jpg

 カンは、包帯を巻いてくれる女性を振り返らずに言った。

「明日あたり、伝達があるだろうと思うが・・・。
 俺らはこれから、4つの斑に分かれ、それぞれが別方向へと別れる。
 君が言ったように、ハーギーの追っ手が来ないと限らない。
 これほど大人数では、動けない人の事まで目が行き届かないだろう・・・。
 俺ら、昔の経験で、そのように考えたのだが、君らには酷な事実かもしれない」

 女性の手が丁寧に包帯を巻いて行くと、カンはちょっと、関係もないのに耳のあたりがくすぐったく感じた。
「一応、俺らの考えでは、年齢別と、強さの別に分けていくつもりだ。
 そして、それらを均一の数に分散させ、班に入れる。
 そうすれば、どれか一つの班だけが虚弱化する事は避けられると思いたい。
 君達は、そのうちの、一つの斑に入る・・・。
 そこは一番、信頼のできる男を集めたつもりだよ。
 ブナンと、ハヴァレだ。
 まあ、少なくても昔のような馬鹿みたいな事は繰り返されないと思う」
「そうなの・・・」


 昔のような馬鹿みたいなこと・・・
 それは、本当に繰り返されないのだろうか?
 自分で言っておきながら、急に胸はその”昔にした事”が過ぎった。
 女性たちの苦しみの叫びがハーギー中で響き渡っていた。
 その声も、そして女性たちの驚愕の顔も、今にもまたすぐに、自分の目の前に現れてくるのではないかという震えが、彼の両手に僅かに現れる。

 カンはそれでも、必死になって歯を食いしばった。
 大丈夫、ブナンならば。
 あの男は、まさにハーギーで最も恐れられ最も尊敬される、剣の使い手だ。
 頭が切れ、人の上に立つには適材であろう。
 以前のハーギー壊滅の時にはブナンはいなかったが、その時期ブナンは赤に目をつけられ、とある恐るべき場所に軟禁されていたという・・・
 ハーギーの悪循環を切ろうと熱い思いを持っていたのは、ブナンもだったのだ。



「俺は、君達の斑に入らないつもりだ。
 だから、別れる前に教えてほしいな。
 沢山いる男のなかから、たった一人を好きになるというのは、どういうことか・・・
 ぜひ、あのニルロゼの相手から、聞いてみたい」
「そうねえ・・・」


 やや、間が開いた。

「理由はないみたいよ」
「は?」
 すぱっとした応えに、カンは間抜けな口の開き方で声を出してしまった。


「富豪のところで、”あの子”が変なことを言っているから気になったんだって。
 それだけだって」
「はあ・・・」


「それから」
「は?」

「あの子はね、どのようにしてもいいと言っても、なにもしなかったから、だって」
「・・・」

 カンは、ふう、と溜息をついて、そっと言った。
「やっぱり、女の考える事は判らん・・・・」



 後ろで包帯を巻いている女性の手は、本当に不思議な感覚だった。
 これまではハーギーで・・・牢で、手首を抑え外に連れ出したり・・・
 縄で縛ったり・・・
 色々、女の手に触れる事があったが、全然それらとは違う感覚であった。
 これはなんだろうか・・・
 ただ、包帯を巻いているその手が、今日一日ずっと痛かった嫌な痛みが、少しずつ、解きほぐしているような気がした。

 ふと、カンはその手に触れてみたいという感覚に襲われ、右手を思わず上げたが、ハッと気が付くと彼は必死に己を抑えた。


 何を考えているんだ、俺は。
 今までずっと女を苦しめて来た手だぞ、この手は・・・




 包帯を巻いていた女・・・
 無論この女性も名前はナーダなのであったが、彼女は包帯を巻き終えると、ポンっとカンの肩を撫でた。
「この傷でよくあんな長い時間川に居たわね、ほんと」
 そう言うと、彼女は砂利を踏み鳴らして去って行った。

 まだ、日も高かったが、もう昼刻は過ぎていた。
 黙って女性の去る姿を追っていたカンは、丁寧に巻かれた包帯に右手を置くと、なぜ自分は余計な事まで知ってしまったのだろう、と悔恨が押し寄せ、胸が潰れそうな思いに駆られていた。
 例え自分が欲した事ではなくとも、ずっとずっと、纏わりついてくる過去なのだ。

 それがないから・・・
 だから、ニルロゼは、真っ直ぐに女に逢いたいと言えるのだ、と・・・

 そう思ったカンは、舌打ちすると、黙って焚火に両手を翳すのであった。






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Last updated  May 20, 2010 11:56:27 PM
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月夜見猫 @ 愛するケーナさまあはあと! おはようございます☆ >いつも本当にあり…
月夜見猫 @ オスン6757さん おはようございます。 >いつもありがと…
月夜見猫 @ もぷしーさん★ おはようございます。 >今まだうろうろと…
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