Accel

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November 7, 2013
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「なぜ、ミョールに向かっているのです」
 馬車の中で、ビアルが、ゲーギの胸をさすりながら穏やかに言った。
 相変わらず、ゲーギを膝枕していた。
「ビアルさん・・・」
 ジーンが、ちょっと心配そうな顔をしながら、弟の手を取った。
「あの、足が痺れませんか?」

「・・・いいえ?」

 その、ちょっと間の外れた会話を聞いていたニルロゼが、窓枠から降りてきた。
「あ、ジーンさん。

 こいつ、病人なら誰彼構わずなんだってするよ。
 変な心配は不要!」
 ニルロゼが、笑いながら、ビアルに寄りかかり、右手でビアルの首に抱きついた。
「・・・」
 ジーンが、少し顔を赤らめた。


 ニルロゼは、既に乾いた服を着ていた。
「俺も興味あるなあ・・
 ミョール大陸か。
 というか、エルダーヤ大陸っていうのも姫のところで初めて聞いたくらいなんだぜ」
 と、ニルロゼが言うと、青年達が一同に驚いた!
「え・・・」

 彼らが驚くのも無理はない。
 ミョール大陸ならともかく、隣の、この大地で一番大きな大陸、この大地で一番繁栄している大陸、エルダーヤを知らないなんて・・・

「あ、俺、ほんと、なんにも知らないのよ。
 なにしろ、聞いて驚くな、おいらは、ハーギーなのさ」
「!!!!」

「・・・そ、そうでしたか・・
 どうりで、お強い・・・
 で、でも俺の知っているハーギーの印象とは、まるで違いますね・・・」
 ゲーギが、溜息混じりに言った。

「それは、そうです。
 皆様は、通り一遍の・・・
 うわべだけの・・・
 見えているだけの部分の物事しか、見ていらっしゃらないからです」
 ビアルが、唐突に言った。

「正しいもの・・・美しいもの・・・清らかなもの・・・
 それらは、なにを指しますか・・・
 憎むもの・・・おぞましきもの・・・穢れたもの・・・
 それらは、なにを指しますか・・」


 ビアルの言葉はけして強い口調ではなかった。
 滑らかで、柔らかく・・・静かで、穏やかだった。
 その、瞳もまた、あくまでも、海の底に転がる黒い宝石の様に、静かに瞬いているようである。

 しかし・・・今、ビアルが言った言葉は、なにを言わんとするのか・・・
 あまりに、抽象的すぎて、そしてあまりに真実を射抜いているようで、しかし、かといって、また・・虚なもののような・・・
 多方面的なその言葉に、誰もが一瞬言葉を呑んだ。

「正しいものか」
 ニルロゼが、ビアルの首に回していた手を放して言った。
「それは、俺の心が正しいとおもったもの・・・
 美しいもの、それは、俺が美しいとおもったもの、
 清らかなもの、それは、この世界だ・・・」

 ニルロゼが、蜂蜜色の瞳を、馬車の窓から外へと向けた。
「憎むもの・・・おぞましきもの・・・穢れたもの・・・
 それは、俺らを脅かすもの!
 俺は、それを探している!
 君達は?!」
 にこり、とニルロゼが笑った。

「・・・」
 ラウポルが、両の手のひらを組み合わせて言った。
「なにが正しいか・・・
 わかりません。
 ですが、ただ、言える事、それは・・・
 私達の兄弟が、契約したにもかかわらず、どんどんと病気になり、そしてアイツラの思うようになっていくこと!
 あいつらが正しいか、私達が正しいか、そんなことわからないわ!
 だけど・・・」
 ジーンがラウポルにすがり寄った。
「私達は、もう、私達のような思いがする人を増やしたくない」
「・・・」
 ニルロゼは、3人の青年をじっくりと見た。
「それは、いいね」
 ニルロゼは、ゆるやかな笑みを、満面に湛えた。
「その想い、最高だ」



 ラウポル達の住む地域では、契約さえ守れば、金が得られたが、おかしな病気にかかったり、また、”黒の者”に浚われていく人がいるのだという・・・
 そして、なんと驚くことに、ビアルが言うには、ビアルが治して歩くあたりの村でも、そのような”黒の者”が蔓延しているとのことだった。
「いったい、なんなんだ・・・」
 ニルロゼは、歯軋りした。
 まるで・・・ハーギーの時のようだった。
 目に見えない、恐ろしい力を感じた。

 ニルロゼが、この青年達の心意気に打たれたのは、自分達がハーギーで味わったような思いを彼らがしていたからだ。
 しかしまさか、これほどまでに、似通った境遇を持っていたとは・・・
「ところで、そのミョールに行くと、なんか解決するのか?」
 すっかり打ち解けあった彼らは、いつしか時が立つのも忘れて話し込んでいた。
「ええ。
 あの大陸には、まだ神の力が残っているということなのです」
 そう言ったのはジーンだ。
「神・・・」
 ニルロゼが、ちょっとまた眉毛をしかめた。

「色々な大陸に、沢山の神がいらっしゃったと、昔聞きました。
 それも、村の長老に・・・
 その神のなかでも、最後まで気高い力をもっていらしたのが、ミョール神だと・・・」
 ビアルに膝枕されていたゲーギがそう言ったとき・・・
 ふと、ビアルの手が、わずかに、だが・・・
 力が篭った。

「?」
 ゲーギは、できる限り、美しい薬師の顔を見ないようにしていたのだが、流石にこのときだけは、思わずビアルの顔を見上げた。
 ビアルは、どことも見ていないような瞳をしていた。
 唇を半分だけ明け、少し、頬が紅潮していた。
 わずかに開いた唇が・・・なにかを、言っていた。
 すべるような、柔らかな唇で・・・

「・・・」
 ゲーギは、この段階で、初めて・・・
 この、恐ろしいほどに美しい少女が、その表面上だけではない、なにか、もっと、奥底の・・・
 そう、計り知れない奥からの、なにかでもって、その美しい風貌と・・・
 そして、その美しい雰囲気を、携えているのではないか、と思え、急に戦慄を感じた。

「・・・」
 ゲーギの雰囲気を感じ取ったビアルが、真顔に戻った。
 にこり、と笑ってくる。
 ゲーギは、赤くなって、横を向いた。

   正しいもの・・・美しいもの・・・清らかなもの・・・
   それらは、なにを指しますか・・・
   憎むもの・・・おぞましきもの・・・穢れたもの・・・
   それらは、なにを指しますか・・

 あれは・・・
 あの言葉は・・・・
 ビアル自身に、向けられた、言葉なのだ!

 ゲーギは、額に脂汗を流した。


 馬は、なかなかの速度で走り続けていた・・・
 ラウポルが、流れる景色をちらり、と見て・・・
「ゴウポル・・」
 弟に、呼びかけた。
「疲れたでしょう。
 お昼にしましょう。
 そしたら、馬を私が代わるわ」
 ブルル、と馬がいなないて、馬車が停まった。
「まあ、まだ疲れていないぜ」
 ゴウポルはそう言いながら、深緑の瞳を笑わせ、馬車の荷台の中へと入って来た。
 と、ニルロゼと目が合う。
 ゴウポルは、少しばかり、このニルロゼに嫉妬を感じていた。
 これまで、多々ある危機を乗り越えてきた・・・色々な契約の旅。
 だが、あれほどまでに、強い者を、これまで見たことはなかった。

 ゴウポルは、ニルロゼから目線を外し、姉の脇に座る。
 と、ゲーギが今度は目に入った。
 相変わらず、美しい少女に膝枕されていた。
「ゲーギ、なかなかうらやましいぜ」
 ニヤリ、とゴウポルが笑いかけた。
「もう、ゴウポル、変な事言わないの!
 それより、段々食料も尽きてくるわ。
 そろそろ調達しないとね」
 ラウポルが、干した肉を上手に切り分け始めた。
 ジーンも、荷台の奥から、なにやら出している・・・

「どうやって調達するの?」
 ニルロゼがごく当たり前な質問をした。
「今までは、少しお金がありましたから」
 ゲーギが、相変わらずの姿勢でそう言った。
 ジーンは、なにか白くて硬い物を、ニルロゼに寄越してきた。
「歯ざわりは悪いけど、どうぞ」
「あ、どうも」
 ニルロゼが、ジーンからそれを受け取る・・・

「・・・?」
 ジーンは、ニルロゼが自分をじっと見ているので、少し顔を赤らめた。
「なにか・・・」
 ジーンが、やや恥ずかしげに俯いたので、ニルロゼは、はは、と笑った。
「いや、あなたと同じ位の年の、女性のことを思い出していた」
 ニルロゼは屈託なくそう言うと、白い物体を食べ始めた。
「そういえば、兄弟がどうのこうの、って言っていたけど、君達の住んでいるところには、もっと他に人がいるんだろう?
 その人たちは、どうしているの・・・」
 ニルロゼが、今度はラウポルに聞いた。

 ラウポルは、緑がかった髪を、少し指でいじった。
「私たちはほとんど・・・それぞれ、契約が別なの。
 だから、行動も別なのよ。
 誰がどこで、どのようにしているかは判らないわ・・・
 村に残っているのは僅かの人・・・」
 ラウポルは、白い物体にかぶりついた。

 ジーンが、ゲーギに食べ物を渡した。
 と、ビアルが、それを受け取る。
「・・・」
 ジーンは、一瞬、目を疑った。
 ビアルは、ゲーギを膝枕していた体をどかすと、ゲーギを床につけた。
「少し、じっとしていて下さい」
 ビアルは、ゲーギの瞳に左手を触れさせた。
「痛いかもしれません」
 ビアルは、そう言うと・・・
 他の者が、息を飲む間もなく・・・
 その顔を、ゲーギに近づけ、
 その唇を、ゲーギの唇に重ねた。

「・・・取れました」
 皆が、我に返ったのは、ビアルのその言葉だった。
 ビアルが、右手になにかを持っていた。
「ゲーギさんは、ずっと、これを・・・」
 ビアルの瞳が、その右手に注がれる・・・・
vial06.jpg


「・・・」
 最初に、ゲーギににじり寄ったのは、姉、ジーンだ!
 そのジーンは、もはや、何を言えばいいのか・・・
 その瞳も、その唇も、その手も震えていて・・・
 わなわなさせながら、ようやく・・・
 ゲーギに抱きついた!

「・・・」
 ゴウポル兄妹も、唖然としてその姿を見守っていた。

 彼らの驚く理由がわからないのは、唯一人、背の高い少年ニルロゼであった。
 ニルロゼは、ちょっと、むすっとした。


 うーーーーん。
 俺も、アレを、やってもらいたい。


 そんなニルロゼの思いなどとは裏腹に、ビアルは右手の中の小さなものを見つめた。
 ・・・小さな・・・貝の形をしたものだった・・・・

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Last updated  November 7, 2013 06:48:22 PM
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月夜見猫 @ 愛するケーナさまあはあと! おはようございます☆ >いつも本当にあり…
月夜見猫 @ オスン6757さん おはようございます。 >いつもありがと…
月夜見猫 @ もぷしーさん★ おはようございます。 >今まだうろうろと…
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