2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全20件 (20件中 1-20件目)
1

Chepstow Castleのつづきをかこうとおもったんだけど,予定変更.きょうの帰り,大学をでたとたんに大粒の雨・・・なんてタイミング悪い.もうね,歩いていた15分間だけ,きっちり降ってくれましたよ..もちろんレインジャケットは着ていたけど,傘はもっていなかったのよ.ジーンズびしょぬれ.でもね,帰って二階の部屋で東側の空をみたら...すんごいきれいな虹!!!!!最初は雲が低くて,右端のほうにしかみえなかったの.すこし時間がたつと光の加減なのか,くっきりしてきて,きれいにアーチのように広がりました.きれいに二重でしょ.で,この虹,きえるときはあっという間.ちょっと目をはなしていた2分くらいの間にあとかたもなく消えちゃいました.だんだん薄くなるんじゃないのね.あと,虹の七色ってなんでしたっけ?紫,青,緑,黄色,オレンジ,赤だと6色だし,と思ったら,「藍」が入るのですね.でもよくわからないな.
2007.05.31
コメント(0)

Tintern Abbeyをでてから,そのままA466を南へChepstowまでいきました.ChepstowはWye川の河口近くの小さな街ですが,Chepstow Castleがあります.地図はこちら.すぐ南が,Severn川にかかる巨大な橋,Severn Bridgeです.Chepstow Castleは,イギリスにノルマン王朝が誕生してすぐの1067年から建設がおこなわれたノルマン人のお城です.ノルマン人のお城を始めてみたからなのか,川沿いに長く伸びた配置になっているからなのか(見取り図はこちら),いままでみたウェールズのお城とはかなり感じがちがっていました.お城のもっと詳しい解説や写真はこちらでも見られます.最初に造られたグレートホールっていう部分(すみません,どのなのかイマイチわからないんですが)はイギリスで最初の石造りの要塞だとか.たぶんこの「キープ」って呼ばれるちょっと背の高い建物のあたりです...壁沿いにみるとこんなかんじにそびえてます.こちらはMiddle Baileyってよばれる広い中庭からみたゲートハウス付近.こちらはいちばん奥のBarbican(楼門)からみたupper baileyの建物.もうちょっとつづきます.思い出しながら,調べながら書いていると時間がかかりますねー.
2007.05.28
コメント(2)

月曜日がバンクホリデーなので,こちらは今日から3連休!天気予報をみると,日曜と月曜は雨みたいだったから,土曜日にルーマニア人のゲスト,ルミニータをさそってでかけることにした.金曜日の晩どこにいこうかあれこれ考えて,ウェールズ南東のイングランドとの境界に近いTintern Abbeyにいくことにした.研究室においてあるマグカップにTintern Abbeyの絵がかいてあるのがあって,前から行ってみたかったんだよね.でも,ここ結構遠い.地図はこちら(multimapがスクロールできるように変わってて結構うれしい).Tintern Parvaという村のはずれなんだけど,地図ではChapel Hillって書いてあるところに近いかも.Aberystywtythからは車で約3時間.このTintern AbbeyはWye川のほとりにある.Wye川は,Aberystwythの近くの山から南東に流れる川で,蛇行しながらSevern川の河口近くにそそぐんだけど,川沿いの風景をみるのも今回の目的の1つ.Tintern Abbeyは,1131年にChepstowの領主,Walter de Clareによってイギリスで2番目(ウェールズで最初)のシトー会修道院として建てられた.以来,1536年にヘンリー8世によって破壊されるまで,建て増しが繰り返された.現在残っている部分は,13世紀以降に建てられた部分がほとんどみたいだ.曇っていて写真がいまいちなんだけど,こんなところでした.ちょっとちがう角度で.壁や柱に使われている砂岩の縞模様がすごくきれい.アーチ型の窓も素敵です.でも何より素晴らしいのは立地.壁沿いのベンチにすわって,お昼を食べながらしばらくゆったりすごしました.Wye川の河谷はウェールズの中でも緑の多い,とても美しいところでした.
2007.05.26
コメント(0)
きょうは,学科の修士課程の学生の発表会があった.イングランドとウェールズでは,学部3年,修士1年,計4年で修士号がとれる.ついでにいえば,学部3年を終わって,修士をとらずにPhD(博士課程)に進むこともできるので,最低6年でドクターもとれる.でも最近は,イギリスのPhDのレベルが低いことが問題になっているらしくて,以前よりも修士を終えてからPhDに行く人が増えているみたい.で,このマスターコース,うちの学科では,去年の9月からの半年をコースワーク(授業とセミナー),残りの半年でプロジェクト(修士論文の研究)にあてることになってる.1年でマスターが取れるって,いいなーという気がしないでもないのだが,やっている本人たちに聞くと,スケジュールがきつくて大変みたいだ.今はその後半の半年間の中間くらいだから,「修士論文中間発表会」っていうことになるのかな.実際にはそんな大げさなものでもなくて,同じ分野の人がぱらぱら(12-3人)あつまっただけ.学科全体で発表会を開いたりはしない.コースワークが終わったところで,スタッフから提示されたプロジェクトのリストの中から何をやるかを選択するので,それにもけっこう時間がかかっていたらしい.なので,きょうはまだ結果を発表するというより,経過報告という感じ.やっぱり2年かける分,平均のレベルは日本のほうが高いかな...
2007.05.24
コメント(0)

このところ続いていた寒くて雨の多いお天気はようやく終わったみたい.3月末から1ヵ月半,ほんとに夏みたいだったから,もうこれで夏が終わったんじゃないかってちょっと不安だったんだよね.ちょうどジェフとヘレンとフェムカがアメリカに調査にいっていた間だけお天気が悪かったような.日もすっかり長くなった.今は夜の9時前だけれど,まだ余裕で明るい.2週間前に撒いたシソの種.seed trayというプラスチック製の容器に土をいれて,種をばらまいて,日当たりのよい窓際においている.このシソの種は去年イギリスに来るときにもってきたものなので,今年芽が出るかなってちょっと心配したけど,ご覧の通り↓幼葉っていうのかな,最初にでてくる葉っぱは普通のシソの葉とは形が違う,カイワレみたいな形.これがある程度育ったら,庭に植え替える予定.
2007.05.22
コメント(2)
土曜日なので少し遅くまでベッドの中でまどろんでいたら,ドンドンドンっていうノックの音でおこされた.Special Deliveryの配達だった.日本の免許証がもどってきたのだ!日本の免許証からイギリスの免許証への切替については前もかいたのだけど(こちら).流れはこんなふう.1)出国前に日本で国際免許をとる.2)領事館で発行された免許証のオフィシャルな翻訳をもらう.3)イギリスに来て半年たってから免許証の交換を申請する.郵送でできるんだけど,パスポートが必要書類に入ってる.これを郵送したくない場合は,ロンドン,ノッティンガムまたはスウォンジーのDVLAで申請する.私の場合はスウォンジーまでいった.免許証は1週間くらいで送られてくる.4)DVLAから日本大使館に日本の免許証が返却され,大使館から本人に返還される.この間,日本に一時帰国して運転する必要があるときは,イギリスで国際免許をとる必要がある.私は郵便局でつくってもらった(5ポンド).2つ国際免許をもってるって変なかんじだ.免許証の交換手続きをしたのは去年の11月半ばだから,日本の免許証がもどってくるまでちょうど半年かかったことになる.領事館のHPにも「概ね半年」ってかいてあったけれど,本当だった.どこで半年ねむっていたのか・・・
2007.05.19
コメント(2)
今月のはじめに申し込んでいた(そのときの日記はこちら),Heritage in Walesの会員証がとどいた.わくわくして開けてみると・・・名前が違ーーーう!なぜか苗字の前に1こSがついて,ますます読めない名前になっている.うーーん.ちゃんと書類を書いてを渡したのに,どうしてこうなるかな.月曜日に連絡しなきゃ.前にもBritish Gasから変な名前の請求書が送られてきたことがあった.TがすべてPにかわってた.そのときは電話で名前を伝えたからしょうがないかな,とおもったけど・・・私はどうもTの発音が悪いのか,しょっちゅう間違えられる.でもね,そのときは,T for Tomとかスペルアウトしていったのに・・・実はわたし,違う名前の会員証をもうひとつもってる.去年,アンにNational Trustの会員証をつくってもらった.彼女が一年分の会費を払ってくれたのだ.彼女は私の前に滞在していた韓国人のゲストのChoiとその奥さんにも会員証をつくってあげていた.National Trustに電話して,帰国した彼らの分をなしにして,私の分をあらたに作って,とお願いしたらしいんだけど,どうもそれがうまくいかなかったらしい.あるとき,アンが私のところに来てYou seems to be Choi's second wife.ってなんの脈絡もなくいうから,まったくわけがわからなかった私.連絡がうまくいかなくて,Choi夫婦の今年度分の会員証が送られてきたので,奥さんの分を私にくれることになった,というわけ.ははは.
2007.05.19
コメント(0)

先週の週末,人生ではじめて芝刈りをした.今までは,大家さんのナイジェルが2ヶ月に1回くらい来て,芝をかってくれていた.でもナイジェルとサラは最近,南ウェールズのPenbrokeshireに引っ越してしまったので,わざわざ来てもらうのはもうしわけない.3月の終わりから5月の上旬までつづいたすごくいいお天気はついに終わってしまったようで,その後は雨がふったりやんだり.でもあまりに芝がのびたし,日曜からお客さんが来る予定だったから,はじめて庭の小屋から芝刈り機をだしてやってみましたよ.結果は,芝がしめっていたので,横にねただけ(笑).やっぱ乾くのをまたないとだめみたい・・・というわけで我が家の庭,初登場!なんかトロピカルな感じの庭でしょう?リュウゼツラン?なのかな.花壇にゼラニウムを植えてみた.ちょっとだけ彩が加わってうれしい.実は花壇のいちばん手前は,バジルとコリアンダー.でも,バジルはなめくじにたべられてなくなる寸前・・・コリアンダーは食べられていなくて,嫌いみたいだ.あといま,シソも種から育てている.まだちっちゃい葉っぱがでてきたばかりだけどね.この庭のいいところは,奥がすごく高い壁になっているので,他所からみえないこと!ひとり暮らしにしては贅沢な広さ.
2007.05.17
コメント(2)
昨日また,AberdyfiのPenhelig Armsにいった.今度はレストランのほう.日曜日から,イギリスに来る前からの唯一の日本人の友人がたまたま仕事でAberystwythにきていたので.いやー,わざわざ夕食だけのために行くと遠いだろうなって書いたけど,やっぱ遠かった.片道36マイル(約58キロ!).例によって地図はこちら.Aberydyfiの右側に小さくPenheligって書いてあるところです.でも,わざわざ行ってよかった!海辺で眺めも雰囲気もいいし!ここのすごいところは,メニューをその日とれた魚によって毎日かえているところ.ただ私はちょっと料理の選択をまちがえたかも.sword fish(メカジキ)のグリルとアイオリソースを頼んだんだけど,ちょっと脂がのりすぎでしつこかった.友人の頼んだアンコウ(monkfish)はあたりだったみたい.ごちそうになってしまいました!
2007.05.15
コメント(0)
BBC1でEurovision Song Contestのファイナルをみた.イギリスの予選のことは前にもかいたけど(こちら),代表はScooch!今年の参加国は42カ国.木曜日にセミファイナルがあって,そこで28カ国が10カ国に.これと昨年の上位10カ国とbig4とよばれるイギリス,フランス,ドイツ,スペインの計24カ国でファイナルをあらそう.ことしはセミファイナルで西ヨーロッパの国がほとんど消えてしまった.(セミファイナルのエントリーはこちら.残ったのはこちら).もう,ファイナル進出国がきまった時点ですでに東欧と旧ソビエトの争いに.というのは,ウィナーを決めるのは参加してる国の視聴者投票なんだけど,(詳しくはこちら)自分の国には投票できないことになっているから,殆どの国で隣の国に票があつまってしまうのだ.それで,「隣の国」が多いところは有利に.24カ国のパフォーマンスが終わってから,参加してる全部の国の投票結果が発表されるんだけど,(1位12点,2位10点,3位8点,4位7点・・・・10位1点)BBCの放送でナレーターをやってたTerry Woganは1位がどこの国にいくか,だいたいあててたもんね.たとえば,ノルウェーの1位はスウェーデンだとか.あと,アルメニアが予想以上にポイントをあつめていたとき,"Armenia is geographically well located"(アルメニアはよい場所にある・・・つまり隣の国がおおくて点をあつめやすいということ)とかいってるし(笑).←そうでもないとおもうけど・・・昨日,優勝したのはセルビアのMarija Serifovic.パンツスーツを着てめがねをかけて,こういっちゃなんだけど,ちょっと小太りなおねえさん.歌もシンプルなバラード.でも,もし私も投票してたら,セルビアに入れたと思う.なんでだかわかんないけど.一方のイギリス.42カ国の投票結果が発表されていくなか,最後のほうまでずーーーーーっと0点だった.島国の悲哀?最終結果はこちら.もしおひまでしたら,どこの国がどこからポイントをもらっているかみてみてください.ヨーロッパの地図はこちら.まあpolitical voting(政治的な投票)っていわれるのも,まあわかりますねー.
2007.05.12
コメント(0)

先週の土曜日に行ったCadair Idris(こちらとこちら)のつづきです.Cadair Idrisに北側から登ったので,帰り道に南側のTal-y-Llynという湖に寄ってもらうことにしました.地図はこちら.美しいです.こちらはCadair Idrisの方角.湖岸に小さなホテルがありました.素晴らしいロケーション!いちど泊まってみたいな.しかもそんなに高くないです.同じ道を帰るのもつまんないので,そのままB4405を海岸まで走り,Tywynにでて,海岸沿いをAberdyfiまでいきました(地図はこちら).Aberdyfiのホテル,Penhelig Armsのレストランは,この辺ではいちばん魚料理がおいしいって評判のところ.レストランは予約でいっぱいだったので,同じホテルのバー(Fisherman's Bar)で料理を出してもらいました.メニューは同じみたい.アンはシーバスのグリル,ジンはハドックのフィッシュアンドチップス,わたしは蒸タラ(cod)のタイ風ソースをいただきました.おいしかったー!AberydyfiとAberystwythは直線距離は近いんだけど,Dyfi川のエスチュアリーが深いので,Machynllethまで遡らないと川が渡れないため,車で45分くらいかかってしまいます.わざわざご飯だけ食べに来るのはちょっとしんどい距離だけど,また是非ちがうメニューを試してみたいな.
2007.05.11
コメント(0)
おとといのこと.Morrisonsに車で買い物に行った帰り,突然バッテリー警告ランプがついた.その瞬間に「ボン」という音がしたのでいやな感じ.去年の9月にMOTというこちらの車検のようなものを通したんだけど,そのときバッテリーは新しいはずなのに1週間もしないうちにバッテリー警告ランプがついて,おかしいな?と思ってガレージにもっていく途中で車が止まってしまったことがあったんだよね.そのときは,なんと,オルタネータベルトがなかった!そりゃーベルトが切れちゃってれば,バッテリーは新しくてもだめだよって.で今回も変な音がしたし,ベルトかなーと思ってボンネットをあけたら,やっぱり.もう見事に切れてました.昨日の朝,「止まらないで!」って思いながらガレージに車をもっていって,ベルトを見せた.だって半年かそこらで切れるもんじゃないでしょ?夕方,ガレージに車をとりにいったら,おじさんが,「保障期間内だから,御代はいらないよ」だって.こっちはガレージの工賃とかがけっこう高いので,ラッキー.いちおう「今度は大丈夫でしょうね」と釘をさしたら「大丈夫さ.前回はちょっときつすぎただけだ」だって・・・ホントかなー?でも支払いはなかったので,めでたしめでたし.
2007.05.10
コメント(0)

Cwm Gadairをみてから頂上まではすぐだった.そして頂上の南側についにCwm Cauがみえた!ちなみに,Cwmはウェールズ語で「谷」.読み方はクゥムかな?子音ばかり!にみえるけど,wは母音でウの音なのです.同じようにyはイですね.頂上近くでお昼をたべた.私はおにぎり.ジンはキムチチャーハン.アンはサンドイッチ.一休みしたあと,Cwm Cauをもっとよくみたくて,稜線に沿って南へ.どうです?この眺め!もう,ほんとよかったです.今度はカール沿いをゆっくり歩いてみたいかな.
2007.05.08
コメント(0)

土曜日(5日)は同じラボのアンと韓国人のジンと一緒にCadair Idrisに登った.地図はこちら.最高点は893m.本当は,南側のMinfforddから登ろうと思って,有名なCwm Cauというカール(圏谷,氷河のけずったお椀のような形の谷)をじっくりみたかったんだけど,このコースはアンにはきついみたいだったので,比較的ゆるやかな,北側から登ることに.お天気がよくて風もなく,最高の景色がみられました.登り始め.まだまだ余裕.これは西側のピーク.地図の661mのところ.こっちが今から登るピーク.先は長い.1時間半くらい歩いて,尾根づたいに歩いていると,突然あらわれた↓違う角度でもう一枚.なんてきれいなカールなの!?これはCwm Gadairというカールですね.でももうひとつのCwm Cauはもっとすごいはず.というわけで,つづきます.
2007.05.07
コメント(0)

先週の日曜日,Strata Florida Abbeyに行った後のお話です.Teifi PoolsというのはTeifi川の上流の湖群.ここを選んだのは,ガイドブックに載っていた湖の写真がすごくきれいだったというのもあるけど,地図や写真でをみると,湖はいかにも氷河で削られたあとにできた湖だったし,そのまわりの丘も「ハンモッキーモレーン」といって,氷河の底の岩くずがたまってできた丘にみえたから.実際そうだったんですけどね.でもこのウォーキング,長かったー.湖につくまで,だーーーれもいない丘の斜面を延々とひとりで歩いた.いや,誰もいなくはなかったな.たくさんの羊さんたち.この春にうまれた赤ちゃん羊さんたちは,もう「こども」になっていたけど.おかあさんにくっついてる子羊さんをとろうとおもったら,そろってこっちをむいてくれた.さて,footpathはTeifi川の上流の小川にそってつづきます.何度か川を渡んなくちゃいけなかったし,湿地の中だったから,ゴアの靴をはいててよかった.ようやく最初の湖,Llyn Egnantがみえてきた.llynはウェールズ語で湖.発音はたぶん「リュン」だと思う.北側へぐるっとまわって,今度はLlyn Hir(左)とLlyn Teifi(右).これは違う角度からLlyn Teifi.湖の周りのぽこぽこした形の丘がモレーン(氷河の運んだ土砂でできた丘)ですね.でもこのウォーキングコース,湖を離れたとたんに道がほとんどたどれなくなっちゃいました.地図で現在地はわかってたので大丈夫だったんだけど,初心者むきじゃないです.最後はいかにもウェールズっていうカントリーサイドの景色をぬけてStrata Florida Abbeyにもどりました.
2007.05.06
コメント(0)

今週の日曜は,Aberystwythから南西に20キロくらいのところにある,Strata Florida Abbeyという修道院の跡にいきました.わたしはウォーキングに出かける場所を選ぶとき,Jarroldのpathfinder guideというシリーズを参考にしてるんだけど,そのガイドブックの(CeredigionとMid Wales and Marchesの両方にのっていた),Teifi Poolsという湖がとてもきれいだったから.で,そのウォーキングの出発地点になっていたのが,Strata Florida Abbeyだったのです.ここは,CADW(Heritage in Wales)が管理している.ここだけじゃなくて,ウェールズのお城や修道院跡のほとんどはCADWが管理している.会員になると入場料は払わなくてもいいので,ずっとどうしようか考えていたんだけど,今なら10ポンドオフの22ポンドというのに引かれて入会した.このところ毎週のようにどこかに行っていたので,もっと早く入っていればよかったかも.さて,Strata Florida Abbeyは12世紀に建てられた修道院.修道院じたいはかなり破壊されているけど,隣の教会や墓地は今も使われている.唯一ちゃんと残っているのがこのアーチ.アーチから続く北側の袖廊.これはアーチのほうから東側をとったもの.これはウェールズの王子たちのお墓だそう.celtic crossがあるね.事務所の建物の中には,ここからみつかったとてもきれいなタイルが展示してある.この「鏡の中の男」っていうのが有名みたい.こちらがお隣の教会.中にも入れます.で,ここから15キロのウォーキングに出た.続きはまたのちほど.
2007.05.04
コメント(0)

この日記はしばらーく前に書いたLudlowの続きです.イースターサンデーのあとの月曜日(バンクホリデー)にアンに連れて行ってもらったところ.Ludlowを出てA49を北西に走り,Stokesay Castleについた(地図はこちら).ここ,いままでの「お城」のイメージと全然ちがうの.解説書によると13世紀後半に羊毛の商人だったLawrence Ludlowによって建てられたマナーハウス.もともとはcastleとは呼ばれていなかったみたいだし,実際「要塞のあるマナーハウスでお城じゃない」って書いてあった.今はEnglish Heritageが管理をしている.建物は,ノースタワー,要塞の機能をもつサウスタワーとその間の住居からなるんだけど,全部つながっている.これはノースタワー.なんかおちそう!サウスタワーをちゃんととった写真がなかった・・・左側に切れているのがそれ.ホールと右側の端がノースタワー.上の写真は北側からみたもので,これは東側からとったもの.サウスタワーの上から取ったゲートハウスはLudlowでみたチューダー朝の家みたい.ホールの中↓.大きい農家っていうかんじだ.ちょっと面白かったのがこれ.鉛製の樋があるんだけど,これがちゃんと排水溝(芝生の中に丸くみえるところ)にむかってる.お昼は近くのBishop's Castle(これは地名)のパブで自家製ビールとバーガーを食べました.こういうパブがあるのはいいね.
2007.05.03
コメント(0)
去年の5月3日にイギリスに来たので,今日でちょうど1年だ.やっぱり早かったかな.大都会東京からウェールズの田舎に来て,すごい変化だったはずなのに,何の違和感もなく順応して,ここにいることがすごく自然に思える.とはいえ契約はあと1年.来年の今頃どこで何をしているのかな・・・?想像もつかない.日本に帰りたいとは思っているけど.最近怖いな,と思うのは,海外に長く住んでる日本人から「最初は2年の予定だったんですけどねー.veddelevさんもわかりませんよ.」ってよく言われること.それもこまるなー.
2007.05.03
コメント(0)
まえにprobationのことを書いたので,その報告を.月曜日(30日)に人事課のようなところから手紙がきた.I have received a report from Prof. XX confirming that you have satisfactorily completed your period of probation.I have pleasure, therefore, in writing to confirm that your appointment as a Post Doctoral Research Assistant has been confirmed.訳すとXX教授より貴殿が試験採用期間を申し分なく終えられたとの報告を受けました.これにより,貴殿の博士研究員としての採用が確定したことをお知らせします.という感じかな.1年経って,採用が確定するっていうのは,いくら形式的とはいえ,なんとも不思議な気分だ.ジェフによれば,以前は研究員にprobationはなかったそうだ.でも他の職種ではprobationがあるので,研究員も取り入れざるをえなくなったんだけど,1%の問題ある人のために,99%の問題ない人も(書類を作ったりするのに)無駄な時間を使わなくちゃいけないのはどうかと思う,と.ただし,試験採用期間後に契約を打ち切れるのは1)あらかじめ合意した,試験採用期間中のノルマを達成できていなくて2)しかも,それが本人の責任である場合 だけだそうだ.たとえば,ボスが新たに他の仕事を押し付けたりしたせいで,ノルマがクリアできなかった場合なんかは,本人の責任じゃないからクビにはできない.(これ日本だったら起こりそう・・)何はともあれ,無事終了!
2007.05.02
コメント(0)
きょうはちょっと間抜けな話・・・私がこっちで乗っている車は,デンマークで家をシェアしていたフィルのもの.車を手に入れるまでの顛末についてはずっと前に書いたけど(こちら).実は去年の9月に車を手に入れてから今日まで,この車にはカーステがついてないと思っていたのね.車のトランクに,古いカーステ(カセットとラジオ)らしきものがあって,ワイヤーがぶちっと切られた状態で放ってあって.長いドライブのときはいつも退屈だったわけ.で,この間フィルに,このトランクにあるラジオはまだ使えるの?ってきいたら,使えるけど,CDプレーヤー(とラジオ)に付け替えたからそれがあるはずだって言うのね.でも,何もないよ,と思っていた.それでフィルは,実家に車を置いている間に,お父さんが取っちゃったと思ったみたい.でも,昨日の朝,よくよく見ると,CDが入る隙間のようなものがあるのを発見.フロントのパネルがないだけだって気づいた.で,今日,ダッシュボードの中にフロントのパネルが入ってるのを見つけてしまった・・・イギリスでは車の盗難が多いから,車を離れるときには,フロントのパネルを取り外して,ケースにいれて持ち歩くんだって!しらなかった・・・しかし,半年もカーステの存在に気がつかないなんて・・・・・かなり間抜けだよ.たしかに,ダッシュボードの中に入っているパネルを見た記憶はあるんだけど,なんでこんなものがあるのか全くわからなかったんだよねーーあーーもっと早く気づきたかったよーーーーー--追記--ちなみに,イギリスでは車のトランクのことをboot.ダッシュボードのことをglove compartmentっていうんだよね.trunkやdashboardはアメリカ英語.今回学習しましたーー.
2007.05.01
コメント(0)
全20件 (20件中 1-20件目)
1