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今日はもう遅いのでちょっとだけ.昨日直してもらったボイラーはその後調子よく動いている.朝おきて,寒い中寝ぼけまなこでボイラーの点火をやらなくていいのはちょっとした幸せだ.しかし前回の修理をちゃんとやってなかっただけなんではという気がしてくる.70ポンドも請求してたくせに!昨日修理にきたおじさんは「今はこれで動いているけど,ちゃんと安定して動かすためにもう1つパーツが必要で,在庫がないから注文しなくちゃいけない」といっていたんだけど,今朝「パーツはようやく1個エジンバラにあったよ.90ポンドするけどいいか?」と電話がかかってきた.「そのパーツを交換しないと,ボイラーを交換しなくちゃいけなくなるんでしょう?」ときいたらexactly(そのとおり)だって(笑).選択の余地はないわけだ.今朝のお茶の時間,ジェフにHow is your high-tech house going?って聞かれた.すっごい皮肉(LOL)!夕方,デンマーク時代のルームメイト,フィルとチャットしていて,突然彼のもうひとりの日本人の友達を紹介された.(もっと早く紹介してよね!)大学時代バースで知り合った同級生らしい.今年に入って急に日本人の知り合い(彼女とはまだ会っていないけど)ができて嬉しい.
2007.01.31
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8時からfree viewのUKTV HistoryでEarth storyというシリーズのBig Freezeをやってた.全然知らずにたまたまチャンネルを回したら,西インド諸島のバルバドス島(行ってみたい!)のサンゴ礁のことをやっていて,気候変動の全般についてわかりやすく紹介されていた.始まって10分くらいして気づいたので最初を見逃しちゃったんだけど,幸い土曜日に再放送があるみたいだ.感想は通してちゃんと見てから書きます.仕切りなおしのアイスランド5.巡検3日目の続き.次に見たのは今から12000年前くらいの時期の氷河でできたモレーン(氷河が運んできた土砂がたまってできた土手のようなもの).2万年くらい前の,最近では一番寒かった時期には,アイスランドの氷河は今の海岸線よりもずっと南までのびていた.だから現在アイスランドの陸上にある氷河の痕跡は,氷期が終わり,気候が温暖になりはじめた後のもの.12000年前は,温暖化の途中で急に寒の戻りがあったときで,いったん後退した氷河が再び前進したときにできたものなのだろう.ちょっと大きすぎで土手のようになっているのがわかりにくいんだけど↓ちょっと別のアングル.写真の右奥の高まりがモレーン.上まで行って見ると大きい礫がごろごろ.擦痕みたいなの(氷河によって削られてできた傷)もある.あと,コケ類なんだろうけど,こんなかわいい花が↓バスはさらに南東へ向かい,ついに氷河が見えてきた!アイスランドの南部には,EyjafjallajökullとMýrdalsjökull(jökullというのが氷河と言う意味)の2つの氷河がある.この日から3日間はEyjafjallajökullの南のDrangshlidというファームに泊まった.宿の到着したところでちょっとしたアクシデントが.ツインの部屋が人数分確保されていたはずなんだが,部屋割りを参加者にまかせて鍵を渡していったところ,最後に私(飛び入り参加だからね・・・)とイェーテボリから来たちょっと年配の大学院生(男性)が余ってしまったのだ.宿の人も困っているし,もう少しで「シェアしてもいです」って言いそうになったんだけど,レイキャビクのユースでそのおじさんと同室だったルンド大学の男の子たちが,「ダメダメ!あのおっさんすっごいイビキだから」と教えてくれた(笑).そもそもの混乱の原因は,ストックホルムから来たルーマニア人の男の子とフランス人の女の子がカップルで,これが計算に入っていなかったからだったのだけど(LOL).結局彼には別棟の部屋が確保されて,私はツインの部屋を1人で使うことができた.ラッキー.
2007.01.31
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あーん1時間以上かけて「アイスランド5」を書いたのに,upしようとしたときネットが一時的に落ちていて更新できず・・・書いたものも消えてしまった.今日はもう書き直す気力なし.今日も1日家にいた.というのは,このところまた点火しにくくなっていたボイラーが今朝はとうとう作動せず・・・壊れてしまったから.この間直してもらってからも,点火して1時間もたたないうちに火が消えてしまう,という症状がずっと続いて,毎回手動で点火しなおしてたんだけど,それもとうとうできなくなってしまった.朝1番にボイラーの会社に電話して.「なるべく早く行く」って言われたから,大学にも行かずにまっていたのに,夕方の4時に電話がかかってきて,明日の午前中になるって.これがイギリスだってわかっちゃいるけどさ.実は今住んでいる家は,19世紀に建てられたらしい.ちかくに古い教会(St Padarn's )があるから,Aberystwythの中でもこのあたりはもっとも古い集落みたいなのだ.古い家に住むのは好きだし,この家を気に入ってはいるんだけど,なにせいろんなものが古いし造りも悪い.いちばんびっくりなのは2階の床がかなりはっきりわかるくらい傾いていること.だから,本棚はまともにたたないし,電子ピアノを買って2階で組み立てたときも,斜めになってしまって大変だった.仕方がないのでホームセンターで水準器を買ってきて,水平にちかくなるまで,家具の脚にこれでもか,というくらいダンボールをはさんでる(笑).
2007.01.30
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レイキャビクにいる間はユースホステルに泊まっていたのだが,隣に温水プールがあって,毎日みんなで通った.アイスランドには火山がいっぱいあるので,この温水プールも地熱を利用したもの.泳いでいる人もいたけど,日本の温泉みたいに,露天風呂チックなところもあってみんなでおしゃべりしながらプールにつかってた.わたしは日本からデンマークにいくとき,水着がいるなんて思ってもみなかったので,どうしようか迷ったんだけど,デンマークで水着を買ってアイスランドに持っていった.巡検の案内にも「水着をもってくるように!」とかかれていたしね.ただ,水着を買うの,簡単じゃなかった.ワンピースはあんまり売っていないし,ビキニはどれもとんでもなく大きい.最終的にどうしたかというとスポーツ用品店で,アディダスの子供用のセパレーツを買った(笑).子供用といっても150サイズ.大人用よりずいぶん安くて助かった.1日とばして巡検3日めの6月8日(水).2日めはけっこうな雨であんまり写真もないんで.この日はレイキャビクをでて,アイスランド南部へ向かった.朝,迎えのバスが巨大なタイヤのやつにかわってた.アイスランドでは氷河の溶け水から流れ出る川が無数にあるから,いちいち橋をかけていられない.だから,遠出をするときは川を渡れる車じゃないとだめなのだ.まず,レイキャビクから南東へ.枕状溶岩(ほんとに枕がつみかさなっているみたいでしょ?)と多角形土,条線土をみる.枕状溶岩に夢中なオランダ人の女の子たち↓多角形土↓.土が凍ったり,とけたりを繰り返すと地面にこんな模様ができる.斜面だと条線土といって,まっすぐな線があらわれる.そしてこれはヘクラ火山の火山灰↓BC950のHekla3だと思うんだけどな(違ってたらスミマセン)ちなみにヘクラ山はこちら↓.バスの中から撮った.うーん,アイスランド,まだまだつづきます.
2007.01.29
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今日は朝から全豪オープンテニスの男子決勝をみた.テニスはイギリス人がいなくてもちゃんと放送されるのよね.ロジャー・フェデラーとフェルナンド・ゴンザレス.ゴンザレスの試合を見るのは初めてだけど,今大会調子がいいみたいだ.フェデラーは第1セット,あんま調子がよくなさそうだった.4-4から先にブレークされて,ゴンザレスのセットポイントもあったし.らしくないミスもいくつかあった.でもなんとか5-5にして,タイブレークに入るとあとは圧倒.第2,第3セットはあっさりとって優勝した.結局,大会を通じて1セットも落とさなかったなんてすごすぎ.ちなみに最後にフェデラーに勝ったのは,イギリス人で今伸び盛りのアンディー・マレーというのがこの国の誇り(たぶん).今回びっくりしたのは主審が女性だったこと!グランドスラムの男子決勝で史上初めての女性審判だそうだ!最近はビデオによる判定が導入されているので,ラインズマンがアウトといっても疑わしい場合は主審がビデオによる確認をして,間違っていた場合はそのポイントがやりなおしになる.彼女はいくつか微妙な判定を的確にオーバーコールしていたとおもう.フェデラーはラインぎりぎりに打つ天才だから,判定はどれもフェデラーの有利にかわってた.大学のころテニス部だったのだが,そのレベルでも女子が男子の審判をするなんて全くなかったことを考えると,すごい快挙だ.さて,今朝早くにはスケートの全米選手権のフリーもおこなわれた.まだ映像をみていないのだけど,ジョニーはフリー4位で総合3位・・・号泣していたらしい・・・言葉がない.
2007.01.28
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パーティーと青い卵の間にはなんの関係もありません(笑).この間スーパーで,何気なく買った卵をあけてみたら,殻がうっすら青緑がかっていて,びっくりしてしまったのだ.よく見ると,Oakham Blueという鶏の種類らしくて,殻にも色がついてるってパッケージにかいてあった.ちなみにfree range eggというのは辞書にはでていないけど,放飼いの鶏って言う意味だとおもう.鶏の色も青なのかな?昨日は,ジェフとヘレンの家でパーティーだった.1月25日がスコットランドの詩人,Robert Burns(1759-1796)の誕生日で25日はBurns nightっていわれているみたい.といわれてもBurnsがどんな詩をかいたのかもしらない日本人のわたし.韓国人のJinは招待のメールを読んで,「バーンズっていう人が来るのか?」って聞いたそうだ(LOL)スコットランドではみんなお祝いをするんだろうか?メニューもハギス(羊の腸に挽肉などをつめてゆでたもの)など,スコットランドならではのもの.検索するとBurns supperていう言葉もあるくらいだから,きまったメニューなのかも.でも昨日いちばんびっくりしたのは,ディナーの途中でバグパイプの音が聞こえてきて,見に行ってみると,キルトに着替えたヘレナがバグパイプを吹いていたこと!彼女はスコットランド生まれで,高校のころに学校のバグパイプのバンドに入っていたそうだ.交代で吹かせてもらったんだけど,私は音がまったく出せなかったよ.ふいごに空気をいっぱい吹き込んで,吹き続けないとちゃんと音がでないのだ.とんでもなく肺活量が必要だ.みんなで12時過ぎまで(いろんなウイスキーが次々でてきて!)飲んでいたので.今朝はぜんぜん起きられなかったよ.
2007.01.28
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きょうで開設100日目!パチパチパチ.水曜日の朝に公募書類を送った.イギリスのRoyal Mailには,おそらく日本のEMSにあたるようなAirsureというのがある.Airsureの対象は27カ国.でもよく見ると対象になる国はほとんどヨーロッパの中だけ(+アメリカとニュージーランド)で日本はその中にはいってない!Airsureなら,イギリスの国外にでても,その郵便がどこにあるか追跡できるはずなんだけど.仕方がないので普通の航空便より3.5ポンド高くて,イギリスの国内だけは追跡ができる,International Signed forというので書類を送った.郵便局のおじさんは,「今夜ロンドンまにむかって,明日の飛行機にはのるはず」といってくれた.ところが!13桁の番号で追跡しても,昨日はずっと「この郵便物をあずかりました」のみ.今朝早くにやっとYour item, posted on 24/01/07 with reference ****** has been passed to the overseas postal service for delivery in JAPAN.にかわった.うーんこれは,国際郵便を手配する部署にひきわたしただけなのか?もう飛行機にのったのか?いつ引き渡されたのかもわからないし,追跡がこれで終了なのかどうかもわからない.追跡の意味,まるでなし!日本からEMSをだせば,何時にどこの郵便局でうけとって,いつ通関して,いつ相手国の郵便局について,いつ配送されましたって,即座にわかるのに!だからといって50ポンド以上も出してFedexで送る気もしないしなー.まあいいや.たぶん着くだろう.じつは書類を出し終わってからずっと鬱々としてる.
2007.01.26
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アイスランドの続き.やっぱ地図がないとわかりにくいとおもうのではりつけます↓きのうも書いたように巡検初日は,レイキャビク(Reykjavik)から東へ.Nesjavellirはこの地図にはでていないけど,レイキャビクの東の湖(色がくろくなっているところ),Lake Thingvallavatnの南側.ここから北へ,Thingvellirへ.アイスランド語でThはPみたいな字をかくから,地図ではPingvellirにみえるかも.アイスランド語だけで使われているからなのか,「文字コード表」にもでてこないね.これはThingvellir「議会の広場」っていう意味だそうで,940年にアイスランドではじめて議会が開かれたところ.壁と壁の間がリフト(プレートの裂け目)の谷になっている.ここは国立公園になっていて,ビジターセンターも充実してた.アイスランド東半分の地図と地質図をかった.ビジターセンターで地質図が買えるっていうのはアイスランドならではだ.このあとはさらに東のGeysirへ.間欠泉(英語ではgeyser)の語源では?もっと高く泉が吹き上げたときもあったんだが.こんなきれいな色のところも↓Geysirから近くのGullfossへ.fossってたぶん滝のこと.帰りに火口にできた湖(なんていう場所かは不明・・)によってこの日は終了.レイキャビクにもどった.
2007.01.26
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ふたたびアイスランドの話です.巡検は6月6日(月)からはじまった.月曜日と火曜日は,レイキャビクのユースホステルに泊まったまま,バスでアイスランド南西部をまわった.初日はレイキャビクからまっすぐ東へ.まず,氷期に氷河の下で割れ目から噴火してできたリッジをみた.つぎに,Nesjavellirの地熱発電所へ.いろんなところから蒸気があがってる.ここは北アメリカプレートとユーラシアプレートの境界で,2つのプレートが両側に離れていく場所だ.地熱発電所の中の壁に亀裂がはいっていて,「これはプレートが拡大しているからだ」っていってた(笑).だめだ,今日はもう眠すぎ・・・昨日応募書類を書いててほとんど寝てないから.というわけで,アイスランド,つづきます.あと,フリーページに,初めての海外旅行の話を書きました.こちらもちょっとずつ充実させていこうとおもうので,よろしく!
2007.01.24
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公募の応募書類作成中・・・最近は日本語の履歴書や業績リストを作ってなかったし(笑)けっこう時間がかかる.自分の論文の日本語タイトルがわからなくて,何度もネットで検索した..一番の問題は,A4で2-3枚の「これまでの教育・研究実績と○○大学赴任後の教育・研究計画・抱負等」っていうもの.長すぎてうまくかけない.でも,どう考えても明日の朝に発送しないとやばいから,へたすると徹夜だ.ちなみに,英文での場合は,CV(curriculum vitae)といって,日本で一般的な履歴書よりはかなり詳しい履歴書をつくる.あとは,業績リストとカバーレターといって,その職への応募理由や,自分がいかにその職に適しているかを書いた手紙を添えて提出する.そのカバーレターはA4で1枚程度なので,アピールしたい点を絞って書く.日本語では履歴書に通り一遍のことしか書かない習慣だから,詳しい作文が求められるのだろうが,きついわ.
2007.01.24
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さっき,デンマークにいたときに同じ家に住んでいたフィルとチャットしていて,彼が,just having teaというので,てっきりお茶を飲んでいるのかとおもった.何を?ときくと,steak and chipsと答えが返ってきた.そうだったそうだった.フィルは北イングランド(West Yorkshireのブラッドフォード)の出身なのだけど,お昼ご飯をdinner, 夕飯をteaっていうのだ.すっかり忘れてたよ.その頃は私も影響されて,今日のteaはなんにする?とか言っていたけれど.そういえば,このあたりでは夕食をteaっていうの聞いたことがない,っていうと,cos your in the south(そこは南だからだよ)という.そうなのか.北のほうの人はみんなteaっていうんだろうか.どの辺が境なのかな?しかし,まぎらわしいったらありゃしない.
2007.01.23
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仕事中だけど,ちょっとだけ.午前中にジェフに日本の大学での公募の話をした.彼は,「君がもしここを離れなくてはいけないとしたら,それは大きな損失だ.でも,僕も君に(そうしたいとは思うけれど),2年(の契約期間)以上いてもらえるように保障することができない.だから,それがいい仕事なら応援するよ」だって.泣きそうになったよ.こんないい上司にめぐり合うことって,もう2度とないかもしれない.
2007.01.22
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ではリクエスト?にお答えしてアイスランドです.アイスランドに行ったのは2005年のことなので,Days in Aberでもなんでもないのだが.ノートと地図を日本においてきているのでちゃんと思い出せるか不安.2005年は2月から7月までデンマークにいて,その間にアイスランドでの巡検の話をきき,主催者にメールしてわたしも参加させてもらうことになった.この巡検はスウェーデンのストックホルム大学,ルンド大学,イェーテボリ大学の3つの大学の地球科学科が合同で企画したもの.アイスランド大学のオラフー・インガルフソンの案内で6月5日から11日までの6泊7日でおこなわれた.巡検の概要はこちらでも見られます.6月5日は日曜日で,レイキャビクのユースホステル集合だった.コペンハーゲンからIcelandic Airの直行便でレイキャビクへ.お昼すぎにケフラビク空港に到着.空港でまずびっくりしたのが,たくさん飛行機の到着時間が重なっていたので,チェックインした荷物が3便くらいの分ごちゃ混ぜででてきたこと!市内までのバスを待つのも長蛇の列(ていうか列にもなってなかった).ヨーロッパの空港という感じがしない.なので私のアイスランドの第一印象はchaotic! 私以外の参加者がみんなスウェーデンの大学から来るので,会話がみんなスウェーデン語だったらどうしよう,と思っていたんだけど,半分弱くらいが外国人(アメリカ人,カナダ人,フランス人,オランダ人,ドイツ人,デンマーク人,ルーマニア人,クロアチア人,南アフリカ人(っていうのかな?)と私)だった.奇遇というか,ストックホルム出身だけど,AberystwythでPhDの学生だというイヴァもいた.彼女とはもちろん,こっちにきて再会したわけだが.この日は夜の7時にユースホステルを出発して,約5キロあるいてアイスランド大学へ.アイスランドの地質に関するレクチャーをうけた.6月のアイスランドってほとんど日が沈まない.7時に出発して,レクチャーが終わって戻ったのは11時前くらいだと思うけど,余裕で明るかった.写真はレイキャビク市内.下のはHallgrimskierkjaという教会.20キロ先からでも見えるそうだ.
2007.01.22
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友人ケレンとジェイソンのカップルが10マイル離れたジェイソンの実家からAberystwythのフラットに引っ越すことになって,「引越し前パーティ」に行ってきた.そこでなんと,日本人に会った!彼女は子供の頃に家族と一緒にイギリスに来て,家族が帰国したあともイギリスに残り,大学をでて働いているという.英語はネイティブみたいだった.(やっぱ子供のころに身に着けないとああいうふうにはならないわ)お互い,日本人とちゃんと知り合うのは初めて!と言う感じで盛り上がったよ.(10年以上いてもそうなのね.)今日は他にも,船橋で一年間英語を教えていたとか,義理のお姉さんが日本人だというひともいて,日本の話ばかりしてたかも.持って行ったお寿司も大好評.実は最近作るものがワンパターンになりつつあるんだけど,今日は初めての人ばかりだったし,ま,いっか.
2007.01.21
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BBC2でTimewatchという番組をみた.同じ学科のジョンが出るって聞いたから.きょうのテーマはKiller cloud.1873年のアイスランドのラキでおこった噴火で,アイスランドの約4分の1にあたる約1万人がなくなった.噴火がおこったのは1783年の6月8日で,普通の風向きなら北へ向かっていたはずなんだけど,その日は西風で,時計回りにスカンジナビア半島からドイツ,フランスを経て数日後にイギリスに火山ガスの雲が到達したと考えられている.ラキでは割れ目噴火が約8ヶ月くらい続いたので,アイスランドでなくなった1万人というのは,主に飢餓によるものらしい.家畜も半分以上が死んだようだ.でもイギリスでの被害については最近までほとんど知られていなかった.そこでジョンの出番.彼は1783年の噴火と関係がありそうな歴史記録をしらべたり,各地の教会をまわって死者の記録をしらべて,1783年の夏から秋にかけて亡くなった人が異常に多いことをつきとめたんだそうだ.彼の推定では,噴火の影響でなくなった人はイギリス全体で23000人!いやーおどろいた.当時は今と違ってアイスランドで噴火があったことをニュースを通じて知るわけでもなく,雲に覆われてから,わけもわからずみんなバタバタと倒れてしまったというわけだ.イギリス人は,普段から自分たちは火山や地震の被害とは無縁だと思ってるからね.授業で自然災害のことをやってもあんまり反応がないそうだ.でもこれをみれば,そんなことはないってわかるだろう.私は2005年の6月にアイスランドへいった.スウェーデンの3つの大学の地球科学の大学院生のための巡検があって,それに運良く便乗させてもらったのだ.ラキにはいくことができなかったけど,初めて氷河をみることができた.これはその中の1枚.アイスランドについて書くのもいいかな?
2007.01.20
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長いことぐだぐだと考えたけれど,今日アンと話して,最終的に公募にだすことにした.決定的だったのは,もし今ここに講師のポジションがあったとしたら,私ではなく,ヘレナを選ぶだろうと言われたことかな.彼女のほうが若くて,お給料が安いから.いくらこっちでは若く見えるとはいえ,年には勝てない.まあ公募だしどうなるかわかんないけどね.今日はおなじ教室の人がでるテレビ番組があるから,あとでまた何かかくかも.
2007.01.19
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今週の月曜日,香港から新しいゲストが来た.なのでラボはイギリス人4,オランダ人1,韓国人1,中国人1と日本人1という構成になった.インターナショナルになったね.私が来たときは学科全体をみても「他に外国人いないの??」っていう感じだったから.男女比も3対4.ジェフのハーレムだったはずなのに(笑),男が3人もいるのは記録じゃないのかな?いま,日本のある大学にでている公募に出すかどうかですごく悩んでる.問題は,けっこうよさげなポジションなのに「あんまり気が進まないなぁ」と思っていること・・安定したポジションを捨ててここに来て,達成したいことがまだ全然できていないから.でも,やっぱり無職になるのは怖い.現在2年契約の9ヶ月目.まだちょっとだけ余裕があるだけに,難しい.
2007.01.18
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きょうは阪神大震災から12年目(日本時間ではもう18日になってしまったが).あの日,思い知らされたことがある.わたしは地震のおこる数年前に,当時所属していた研究室で断層でできる粘土の試料がほしい,ということになり,震源の野島断層に行っていたのだ.たくさんある活断層のなかでも,とくに野島断層にいくことになったのは,当時大阪に住んでいて近かったことのほかに,新しい地質図が出版されたばかりで,調査がやりやすかったためだ.もちろん,活断層は日本中に数え切れなくらいあるし,実際に動くのは多くて1000年に1度くらいだから,すべての活断層に気をつけていたとしても,次はどこが動くのかを知ることはとても難しい.でも,実際に調査にいっていても,当時の私は,ここが近い将来動いて甚大な被害をもたらすかもっていうことを,本当の意味では考えていなかったように思う.じゃあ,今東京で地震がおこったら...?1923年の関東大震災と同じタイプのプレート境界でおこる巨大地震は,過去の事例をみるとだいたい200年の間隔でおこっている.そういう意味では,まだ少し大丈夫そうだ.でも,たとえば1703年の元禄地震の前は,1615年と1649年に,1923の前は,1855年と1894年にそれぞれ2回ずつM7クラスの直下型地震がおきている.関東大震災から80年以上たっているから,もう次の直下型地震に気をつけなくてはいけない時期だ.以前非常勤で働いていた大学の授業では,反省をこめてけっこうゆっくり時間をかけてこういうことを説明したつもり.何人かでも覚えていてくれるとうれしいけど.じゃあ我が家で地震にそなえて何をしているかというと,恥ずかしながら何もしていない.家具の転倒を防止するポールは,ずっと以前にかってあるけど,つけていないままだ(恥).うーん.
2007.01.17
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もう半年以上も前のことになるけど,今日はマハンスレス(Machynlleth)にいったときの話.マハンスレス(ほんとうはどう発音するのがいいのかいまだによくわからない)は,Aberystwythからは列車で3つめ,車だとA487を北東へ30キロくらいのところである.マハンスレスは人口約2000人の小さな町だけど,Owain Glyndwrという人が1404年にウェールズ最初の議会を作ったことで有名.その日はお天気がよかったので,午前中の列車ででかけた.まずインフォメーションで地図を手に入れた.ガイドブックでCelticaっていうケルト文化の博物館にいきたかったんだけど,なんと閉鎖されていた.これにはがっかり.まず町をひとまわり.St. Peters教会↓この写真の真ん中がOwain Glyndwrの国会議事堂↓.スレートでできていてかっこいい.あとこれはHotel White Horse. かつてのボスがすきそうな名前・・お昼にサンドイッチを食べてから,メインストリートのA489をずっと東の方へ延々と歩いていった.どうでもいいけどマハンスレスの近くにはDyfi川っていうけっこう大きな川が流れていて,この川の河口は大きい深い入り江になっているので,AberystwythからDyfi川より北へいくときは,マハンスレスまで30キロもさかのぼらないと道がないほど.で,Dyfi川の支流がみえたので,ちょっと川沿いにあるいてみたらなんとも和める光景だったのですよ.しばらく腰をおろして川をながめながらぼーーーっとしてました.きもちよかった.もうちょっと奥までいくとゲストハウスもあるらしい(看板がでてた).こんなところに泊まるのもいいだろうな.マハンスレスにはお土産になりそうなかわいい小物のお店もいくつかあって,とっても楽しめました.毎週水曜日に大きいマーケットが開かれるみたい.行ったことがないけど.
2007.01.16
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やっとボイラーが復活した.というか,よくわからないんだけど,今回は故障じゃなかったみたい.おじさんは,「いやーまた会うと思わなかったよ(笑)」といってやってきて,あっという間にボイラーを点火してくれた.いつも2階にあるメインのスイッチを入れるだけで点火していたので,ボイラーそのものを触ったことがなかったんだけど,それで点火しない場合のちゃんとしたやり方があったらしい・・・でも「これは僕と同じくらいの年のボイラーだね」ともいっていた.50歳くらいかしら?あんぱんは結局今朝つくった.生イーストをけっこう使ったので(すっごい大きいかたまりで売られているものだから)ちょっとイースト臭い感じだけどうまくできたよ.
2007.01.15
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ようやく3つとも発表要旨を書き終わった(ほっ).1つは4月にウイーンである学会,あとの2つは7月にオランダである学会のものだ.ウイーンへ行くのは楽しみ.だけど帰ってきて早々,週末もずっと仕事だったなたった1日,家でネットが使えなかっただけなんだけど,自分がどれだけインターネットに依存して生きているかわかった気がする...やっぱ日本語でニュースやブログをみたり,こうして書いたりっていうことが,今の海外1人暮らしの支えになっているのかも.今朝,無性によもぎあんぱんが作りたくなり(お正月に残ったあんこで作ったときはパン生地が失敗してしまったので),Morrisonsで生イーストを買ってきた.あんこは朝のうちに作っておいたから,これから家に帰ってパンをつくろうっと.うまくできたら写真upします.
2007.01.14
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昨日の時差ぼけで早く目が覚めて(というかの前の晩は,すごく早く寝たし)ヒーターをつけたんだけど,全然あったかくならない.イギリスはたいていそうだと思うんだけど,ボイラーでお湯を沸かして,その温水で部屋も温めるしくみになってる.(でも温水の来るラジエーターはバスルームとキッチンとベッドルームにしかなくて,他の部屋はとても寒い)で,ちゃんと目が覚めてからボイラーを確認したら,点火していない.スイッチをオフにして再度つけてもダメ.ボイラーにガス会社の点検のシールが張ってあるので,そこに電話すればいいのかな,と思いつつ,賃貸なのでまずは大家さんのサラにメールしてみた.すぐ返事が来たと思ったら,それは留守中のautoreplyだった・・・1月26日までエチオピア出張中です,だって・・それで旦那さんのナイジェルにSMSを送ってみたが反応がない.電話しても留守電になったまま.ナイジェルは地元のfarmerで,どうやって大学講師のサラと知り合ったのか興味があるんだけど,まだ聞いていない.この間のクリスマスディナーのときに始めて話したんだけど,すごく純朴でやさしそうなおにいさんだ.仕方がないので(この冬の最中にお湯と暖房が使えないとほんとに悲惨だから・・・)シールについていた電話番号に電話した.午後には修理に来てくれるという.ジェフにも家にいてもいいよ,と許可をもらう(この辺はけっこうアバウトだ).ほっとしたのもつかの間,ソファの上でインターネットにつないでいたノートパソコンの電源を抜いて,リビングのテーブルの方に移そうとしたら,接続が突然とぎれてた・・・そうかモデムはUSBで電源を取ってるから,パソコンの電源をぬいたらダメなんだ,と思ったけど,何度やりなおしても接続できなくなってしまった.がーーん.そうこうしているうちに,修理のおじさんが来た.この寒いのに半袖だった.おじさんはてきぱきとボイラーを開け,中の熱電対を交換したら,ボイラーはまた動き出した!でもね,ようやくシャワーを浴びてしばらくしたら,ボイラーがまた壊れていたのよ....月曜日にまた電話しなきゃ.今度は部品の交換くらいで済むのかとても不安だ.一方のインターネット.わたしはOrange broadbandの1.1Mbの低速?ADSLを使っているのね.最初にインストール用CDが来たとき,エラーがでて使えなくて,カスタマーサービスに電話したときの対応が,「日本語版のウインドウズを使うな!」だったので,覚悟して電話しましたよ.コンピュータ関係のカスタマーサービスってほとんどがインド系の人みたいで,私にはアクセントが聞き取れないというのが大きな問題.ただでさえ無愛想なカスタマーサービスなのに,私が聞き取れないもんだからどんどんむこうが不機嫌になっていくわけ.まあ全員じゃないんだけど.昨日は最初電話した部署が違っていて,次に教えてもらった部署も長々と説明をした挙句,ここじゃないといわれた.3番目に対応してくれたお兄さんはまあまあだった.モデムのソフトウェアを再インストールしてADSLフィルターを予備のに交換したっていうと,じゃああとはLine check(これがなんなのかはよくわからない)しかないね.でも,今はシステムの一部が機能していなくてすぐはできないから数時間後にまた電話して,といわれた.で,夜の10時過ぎにまた電話したわけだけど,この最後のお姉さんが最悪だった.もう他のすべてのチェックは前の電話で終わっているはずなのに,最初から説明とチェックをやり直させられた.ゆっくり話してというと逆切れされた.で15分後に結局「ラインチェックしかない」という同じ結論に達したのに,今から24時間以内にやるからパソコンをつないだままおいておいて,という.結果は知らせてくれるのか,ときいたら,24時間後にまた電話しろ,という.最後はラインチェックはどういうものなのかと質問したら,そのまま電話を切られた.もうほんと,オレンジやめたい.この不愉快なカスタマーサービス,1分100円取られるからさらに腹が立つ.たぶん合計で4000円くらい取られるはずだ.今日は1日大学で仕事をして,夜の10時半すぎに帰ってきた.昨日休んだせいで,春から夏にかけての学会の発表要旨を3つ書かなくちゃいけなかったから.(まだ2つしか終わっていない)でもね,帰ってきたらラインチェックの結果なのか,インターネットの接続は無事復旧してた.でも,これだけは言わせて.オレンジのばかやろーーー!!!
2007.01.14
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あー眠い.まあ日本時間じゃもう午前3時過ぎだものね.というわけで今日は早く帰ってきた.ここでの最初の論文の草稿をクリスマス前に書いておいて行ったのだけど,アンがかなり大幅に修正してくれていた.すごくありがたいんだけど,これで評価が下がったかなー?奈良に行っていたとき,ジェフからこの論文についてのメールがきて「論文はとてもよくできていたよ.アンが少し英語の修正をしたので,原稿をメールボックスに入れておくよ.戻ってきたらディスカッションしたいから予定を知らせて」って書いてあったんだけど,全然少しの修正じゃないし!彼女は自分で自分のことをpaper machineというくらい論文書きのプロなので,修正されたところはいちいち尤もなのだ.この域に達する日がくるのだろうか?無理だな,たぶん.
2007.01.11
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ウェールズの家にさっきようやくたどり着いた.東京の家からちょうど24時間.今回はバーミンガムについてから,3時間半車を運転しなくちゃいけないってわかっていたので,飛行機の中では映画も見ずにがんばって寝ましたよ.パリまでの飛行機の通路を挟んで隣に,とても背の高い日本人のお姉さんがいたんだけど(彼女もイギリスに住んでいるみたいだった.会話が聞こえてきただけだけど),上の棚に荷物を入れるのに背伸びをした瞬間にちょうとお尻が私の顔の前にきたのね.そしたら,ズボンの後ろが裂けているのが見えて・・・.言うに言えなかったよ・・・たぶん,背伸びええしなければ見えないポジションだから大丈夫だったと思うけど.どうしたらいいんでしょうねーこういう場合.バーミンガムには夜の7時すぎに到着.車をおいていたホテルに電話して,迎えにきてもらい,木車をピックアップして出発.夜の山道が凍っていないか,あとまた後ろにすごい車の列ができないか心配だったけど,そもそもほとんど車が走っていなかった.ホテルからはMoterwayのM42→M6→M54といってそこからは国道を走るのだけど,ウェールズに向かうM54に入ったとたん,灯りが全くなくなるのよね・・・だからずっとハイビームじゃないと運転できない.暗くてさみしードライブだった.でも今回一番の難関は家に入ることだった(笑)!家に着いたのは夜の11時半くらいだったけど,いない間またもや雨が多かったのか(?)木のドアが膨張していて体当たりしてもなかなか開かず・・・しばらくドアの前で途方にくれてしまいましたよ.誰かに助けを求めるには遅すぎる時間だったし.最後は蹴ってあけました(笑).さて,明日からまた仕事.
2007.01.11
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まだパッキングが終わらないけど・・・お昼頃の便でまたイギリスに戻ります.出発前24時間をきったところで東京ーパリのフライトのチェックインをしたんだけど,パリーバーミンガムの乗り継ぎ便は時間がはやすぎてチェックインできなかった.で,朝になってこの便のチェックインを再びやろうとしたら,乗り継ぎ便の場合は最初のフライトからチェックインしてください,っていうエラーがでた.もう,どうしろっていうのよ?!夏と秋に帰ってきたときは,時間も短くてほとんど誰とも会わないまま,イギリスに戻った.今回はそれはいやだなって思って,忙しくてもなるべくたくさんの人と連絡をとったよ.おかげであまり休む時間はなかったけれど,会いたい人には会えたかな.
2007.01.10
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ずいぶん暫くぶりの更新だわ.5日から昨日まで奈良と大阪の大学の研究室にお邪魔していた.以前,アフリカの遺跡の年代測定をやってるっていう話は書いたけど,私はもうひとつ別のプロジェクトで働いていて,それは,火星の表面の地形のできた年代を調べるための基礎研究をしましょう,というもの.火星の表面温度は地球よりずっと低いから,低温で砂から光を測る実験がどうしても必要.それで,低温でも測れる装置をつくっている大学におじゃましたというわけ.なぜかヨーロッパにそういうラボはないんだよね.娘もつれていったのだが,奈良では,研究室の学生さんたちが部屋に入ってくるたびに,娘は「誰ですか?」と探りをいれてた.よそ者はあんたの方だよ(笑)!学生のみなさん,遊んでくれてありがとうね(このブログの存在は知られていないと思うけど).大阪の実験装置はまだ進化途中.でも廃品の家庭用ヒーターを拾って使っていたり,大阪人ならでは?の手作り装置には感心したよ.学生さんもよく工作をするしね.お土産のミンスパイは予想通り不評だったけど,電子レンジにいれてあたためて食べようとしたら,煙がでたらしい(LOL).
2007.01.08
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明けましておめでとうございます.今年もよろしくお願いします.お正月は正直いって苦手だった.狭い家に家族がひしめいて(笑)朝から晩まで食事の支度に追われて.男の人は働かないし!でも今年は海外に住んでいることもあって,代々味が受け継がれるお雑煮や,お重にきれいにつめるおせち料理ってすごいなって思える.うちのお雑煮は高松のあんもち雑煮.東京ではあんもちが手に入らないから,いつも大晦日に手作りする.もちつき器ですこしやわらかめのお餅をつき,自家製のあまり甘くない粒あんをつつむ.お雑煮は5ミリくらいに輪切りにした大根を煮て,だしはとらずに白味噌のみ.大根は,おもちの下に2枚,上に1枚.食べるときにかつお節をかける.あんもちのお雑煮ってびっくりされるけど,ほんとうにおいしいのよ!おせちも,なんだかんだいって姉と2人でほとんど手作りした.栗きんとんとかまぼこ,にしんの昆布巻きは買ったけどね.
2007.01.01
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