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地震の瞬間次男ポチは 高校の教室にいた。卒業式はすでに終えていたのだが前日に大学の合格発表がありお世話になった先生方への挨拶と有志による奉仕で学校清掃をするため仲間とともに集まっていた。阪神淡路大震災のときは記憶にもないほど幼かったポチであるが強く大きな揺れが起こった直後家族の誰よりも早く自分の無事を知らせるメールを送信したのは日頃 ダンナとワタシが震災についてよく話題にしているからかもしれない。首都圏の交通が完全にマヒ状態となり先生方と一緒に校内に待機していたポチは『友人の家まで歩いて泊まらせてもらうかも』と知らせてきたのだが先生方は道中の危険も心配されたのだろうこの日の夜は 学校に泊まることになった。 校内にいた卒業生の中にはすでに受験も終わっているので修学旅行の続きのようなノリで夜通しお喋りをして過ごす者もいたそうだがポチを含む何人かの生徒は特別に用意された部屋で早めに就寝することになった。あれ ポチってそんなにマジメな生徒だったっけむしろ こういうときこそおバカなことをやったりして不安がる皆を盛り上げる役なんやが。あーそうかーだから隔離されたのね。なーるほど。ってオイ (¬з¬)σ実はその翌日 いくつかの大学で後期日程の入学試験が控えていたのだ。ポチは第一志望の大学が不合格だった時点で浪人して再チャレンジする気満々で第二志望の後期の大学は受験する気持ちにもならなかったそうなのだが当然 受験生の中にはこの後期日程に賭けている者もいて彼らと一緒に受験するポチは翌日のために早く寝ることにしたそうだ。結局 その日の夜遅くに 翌日の入試は延期が決定したのだが翌朝 目を覚ますとこの日の未明 新潟と長野でも大きな地震があったとの報道があった。「この日本は いったいどうなってしまうんだろう」言い様のない恐怖にかられたのはワタシだけではなかったと思う。最愛の息子が自分から遠く離れた場所にいるというコトにとてつもない不安を感じながらもワタシはポチ宛てにメールを打った。『これからどこでどんな地震があるかわからない状態です。自分の身の安全をじゅうぶんに確保し学校で少しでもお手伝いできることがあればしっかり働いてから帰って来なさい。』本当は「すぐに帰っておいで」と書きたかった。送信ボタンを押すのを何度もためらった。けれど息子はもう18歳。昔の日本ならとうに元服も過ぎた年齢である。それに腕にボルトが入っているとはいえ健康で体力のある若者なのだ。災害のときにはただ逃げ惑うだけではなく誰かのチカラになる存在であってほしい。震える指で送信した母の気も知らず『了解』 という短い返信をしてきた数時間後ポチはワタシの元に無事に帰ってきた。やっぱり昨夜はよく眠れなかったらしくベッドで爆睡する息子の姿を見てほっとしたとたん 涙がこみ上げた。今も家族の安否がわからない方々の気持ちを思うとたまらない。どうかひとりでも多くの家族・友人が再会できますように。←ご心配おかけしました。
2011年03月21日
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地震の日長男チロは大学の春休みを利用して通いはじめた自動車教習所にいた。次男ポチが地震発生4分後にダンナとワタシとチロとそれと大阪のおばあちゃん宛てに『ポチ 無事です。』という一斉メールを送ってきた直後チロからも「熱があって体調が悪い」という内容のメールが入ったのだがその後 ぷっつりと音沙汰がなくなった。もちろん携帯の電話はまったく通じず午前中のシゴトを終えて自宅にいたワタシは次々とテレビに映し出される信じられない光景に阪神淡路大震災の あの日を思い出していた。やがててっきり一緒に教習所に通っていると思っていたチロのカノジョのN子ちゃんから「チロ君と連絡がつかないんです;;;」悲痛な声で電話が入った。自宅近くの公衆電話を使ったらしい。我が家と教習所のあいだは20代の健康な若者なら何時間かかけさえすれば歩けない距離ではないのだが体調不良という状態を知っただけになんだか心配になってきた。がしかし鉄道がマヒしてしまった今これから車を出すのは自殺行為チロからの連絡を待つしかなかった。とN子ちゃんからふたたび連絡「知らないヒトの車に乗せてもらっていま家に向かっているそうです!」自動車教習所の近くにはチロが講師のバイトをしている予備校がありとにかく少し休ませてもらおうと教室のあるビルに立ち寄ったのだそうだがたまたま同じビルの中にあるテナントで働いていらっしゃる方がグッタリとしている様子のチロを見かけ親切に声をかけてくださり通常だと車で30分ほどの距離を2時間もかけて送ってきてくださった。チロは後部座席で横になったとたん意識が朦朧としていてその親切な男性が30代だと聞いただけで彼と帰り道が同じ方向だったのかわざわざチロを送り届けてくれた後また長時間かけてUターンをされたのかお名前さえもわからないそうなのだがどのテナントかはわかっているので落ち着いたら あらためてお礼にうかがうつもりらしい。 混乱の中 誰もが不安になって自分や家族のことを真っ先に考えてしまう中でこうして見ず知らずの若者に手を差し伸べてくださる方もいるあったかいぞ 日本 帰宅後すぐに布団に入り薬を飲んでグッスリと寝られたおかげでチロの体調はすぐに回復した。←人に感謝。やさしさに感動。
2011年03月18日
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昨日いただいたコメントのお返事は後日あらためてさせてください。大きな地震でしたが東京在住のケセラセラ家は家族全員無事です。長男チロは帰ってきましたが次男ポチとダンナが帰宅難民となりポチは高校の友人宅、ダンナは会社泊となりそうです。建物も被害なくライフラインも正常です。被害の大きかった地区が心配です。
2011年03月11日
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言霊というコトバがある。【古代日本で言葉に宿っていると信じられていた不思議な力。発した言葉どおりの結果を現すとされた。】Goo辞書より次男ポチが中学時代恩師である国語科のYセンセイに教えていただいたそうだ。「いつも前向きな言葉を使っているときっといつか夢が叶う。反対にネガティブな言葉ばかりを発しているとそのとおりになってしまう。」と。「だからボクは入試が終わってからたとえ合格する自信がなかったとしても『落ちた』『不合格』という言葉はひとことも発してないやろう?」そういえば 高校受験のときも「大丈夫。ボクはきっと合格してるから。」と言いながら合格発表の会場に連れて行ってくれたっけ。今回も予備校の話などはしていたが「たぶん落ちた」「ダメだった」「アカン」などという後ろ向きな言葉はポチの口から聞いた覚えはない。言霊を信じてこれからも前向きなコトバを発し来年に向かって全力投球してほしい。というわけで浪人することになりました。また 頼みもせんのに延長戦応援本当にありがとうございました。みなさんからの合格祈願クリックにお応えできる日が来ることを願いとりいそぎ ご報告までセンター足きりを免れ、今日の発表までドキドキできただけでも楽しませてもらえたと母は満足。←浪人生がんばれクリック
2011年03月10日
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次男ポチが ひさしぶりに中学時代の仲間数人で3年前に卒業した中学校に 遊びに行ってきたそうだ。当時の担任 Yセンセイはまだ異動もなく相変わらずサワヤカでお元気な様子 大学受験の結果を待つポチたちにまたパワーを与えてくださったようだ。逢いたいなぁ。。。当時 学年主任だったNセンセイもポチたちを大歓迎してくれたまたま居合わせた在校生たちに自慢の教え子と紹介してくれたそうだ。どっから情報が流れたのか合唱コンクールでのデキゴトが(↑あの日を思い出す)Nセンセイの耳にも入っていたらしく「あいかわらずだなぁ。」昔からそんなヤツだったよなと後輩たちの前でポチの思い出話をしたそうだ。中学1年生の頃 ポチは担任のセンセイに許可を得た上である日 弁当の時間にカップラーメンを持って行った。 保温効果の高い水筒に入れた熱湯を注ぎ3分間待って フタを開け「いっただっきまぁす!」 ズルズルズル~っ! 豪快に麺をすするポチのまわりには「ちょっと食べさせて!」と生徒たちが群がり大騒ぎ。教室中にラーメンの香りが充満し当時学年主任だったNセンセイに「なんなんだ!このニオイはっ!」と叱られ許可してくれたはずの担任からは「明日から持って来ないでね;;;」と言われたそうだ。その後 校則に『弁当にカップラーメンを持ってきてはいけない』という項目が加わったかどうかは知らんが今も伝説として残っているようだ。あははははは。は・・・ σ( ̄∇ ̄;)ひょっとして持って行かせた母親も伝説化そういえば長男チロに手作りのお稲荷さんとそうめんを弁当箱に入れて水筒に麺ツユを入れて持たせたことも。←合格祈願クリック締め切りせまる
2011年03月07日
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ダンナの運転する車の助手席に座りラジオから流れてくる『トイレの神様』の唄を聴いていた。「ええ唄やんねぇ」と言うワタシに「作詞作曲してCD売れたら 一枚いくらぐらい入るんやろうなぁ」相変わらず夢のない言葉を吐くダンナ。「ほなワタシも作って ひと儲けしよか?『ダンナは地雷踏み職人』っていう題で。いつもいっつもぉ~♪ 空気読めなくてぇ~♪」と即興で唄っていた。 目の前の、横断歩道のある信号機が黄色から赤に変わりうちの車が先頭で停車させたときだった。「ちょっと、あれなに?!」片側一車線の道路の対向車線から近づいてくる車の異様な運転に気がついた。蛇行運転というのだろうか右に左に車体が揺れている。スピードはゆっくりとしているがフラフラというよりもハンドルをうまく操作できず何度も軌道修正しつつなんとか前に進んでいるという感じ。「まさか赤信号も無視するんとちゃうやろうな」とダンナに話しかけたとたん「うわっ なに考えてんねん!」急にスピードをあげて前進してきた。無視どころか確実にアクセルを踏み込んで赤信号を突破してきやがった あのままコッチに突っ込んでこられたらどうしようという恐怖を覚えそれでもどこにも逃げようがないワタシたちは身構えることしかできなかった。が今度は迷いがないような運転でワタシたちの車の横をまっすぐに走り抜けた。「酔っ払い運転か?居眠りなんか?」 通り過ぎる瞬間に慌てて相手の運転席を覗き込むと「オバチャンやん!」 自分と同じ世代くらいのオンナなのに思わずそう叫んでしまった。眉間にシワを寄せて前を睨みつけるような表情でハンドルを握っていたオバチャンはそのまま何事もなかったようにまっすぐと走り去っていった。「なんやねん あれ;;;」信号が青に変わって進みだしワタシたちは あることに気がついた。 あのオバチャンの車が異様な動きをしていた道路の反対側つまりワタシたちが走っている道路沿いに最近できたばかりのスーパーがあった。道路の渋滞を防止するためか駐車場の入り口には「右折進入禁止」の看板が立っており駐車場誘導員も配置されている。どうやらオバチャンはこの駐車場に入るつもりで右にハンドルを切ろうとして看板を発見あるいは誘導員に止められ慌ててハンドルを戻したのだろう。駐車場に入れなかった不満Uターンしなければならない苛立ちそして そればかりに気をとられ 目の前の赤信号にまったく気づかずスルー時刻は夕方6時過ぎあたりも暗い中での信号無視横断歩道を渡る歩行者がいなくて本当によかったと胸をなでおろした。おかげでさっき即興で作曲したメロディをすっかり忘れちまった。オバチャン 印税返してんか 「オバチャン」というイキモノは自転車でも歩行者でも視野が狭いと感じる。歩道ですれ違う際に相手に気づいてから避けるまでに時間がかかるし。←クリックは見落とさないでね。
2011年03月01日
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