まだまともな意識のあるうちに、迅速にブログを書いてしまおう。それがやまやろうの本音なのだ。酔った後の文章は、長くてねちねちしていてつまらない。
本来は切れ味鋭く、毒もユーモアもある文章が書けるのです。
山関係のことを書かないと、アクセス数が減る。登山に行かないと、どうでもいいことを書くことになる。それが一部の方から注文がついた。
ブログネタに多様性があって、個人的にはいいとは持っている(逃げです)が、山のブログを標榜しているからには、山ネタを主にしてブログを書くべきなのは間違いない。
山に登らないと新規ブログは書けないかというと、そうでもなくて、これまでの経験から思うことをつづっても、それなりのアクセス数を稼げる。
登山(岩登り)で有名ルートを、後進でなぞって楽しいのですか?
若干、挑発的なタイトルにしないと、見てくれないので、敢えてそういうことにしている。
内容は日頃自分が思っていたことで、山岳会ならではの独自性のあるルートを行った方が面白いと思うよ、という提案である。当会の会員が読んだかは分からないが、地形図を眺めて、自分なりのルートを見出して山行計画にしてもらいたい。
やまやろうは? 2002~2005年辺りで、魚津の南又谷水系の小沢に地域研究で入渓していた。支谷と本谷を合わせて、完全遡行したと思っている。
ただ単に遡行しただけでなく、全ての沢に登り、遡行図を完成させているから、完全遡行を宣言している。いま、そんなことをしている人はいるのかね?
自分が岩屋より沢屋という認識は、こういうことがあったから。その思いは続く。
釜谷遡行時に見つけたひとつの石ころから壮大な計画を考えた。学術的価値があるということで、現地調査をG会員で行い、試料を採取した。
学会での発表という形に結実した。自分のちょっとした気付きをブログに掲載したことで、専門家が見てコンタクトを取って来た。何人もの研究者とのやり取りを経て、試料の分析から学会発表という形にまで昇華することができた。
個人的には、センセーショナルな報告内容ではないかと思っていたが、縄文人には知られていないところで(行くのが大変)、現代人の研究者も興味の薄いところであったか。
謎の石器を分析したところ、その産地が、実は魚津産だったと判明したら、大騒ぎになると思うが、そういうことはまだ起きていない。おらの見つけた岩脈は、誰にも知られなかった可能性が高い。

蛇尾谷を遡行しようとしたが、 沢靴を忘れたので、奥医王山までトレランしていました
。その時、三蛇ヶ滝で見つけた石であります。
どういう風にできたのが分かると、ひとつの石ころにも浪漫があって、類似のことを調べたくなってしまう。医王山の地質とか。
山は、ただ登るのではなくて、地形とか地質を思いながら登ると面白いよ、と言いたいのです。
日本初上映!「エベレスト日本女子隊ドキ… 2025/11/28
衝撃の事実!登山とキャンプの催行回数が… 2025/11/23
登山愛好家界隈で静かに話題になっている… 2025/11/21
PR
Free Space
Calendar
Keyword Search