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あのね、英語を勉強するときは、カタカナで書いちゃぜったいだめ~。日本語と英語は、母音と子音の数が圧倒的にちがうのです。日本人にはたいしたことない違いを、英語のネイティブたちは聞き分けているわけなんです。いや実はね、日本語の子音にも、私たちが日頃意識しないだけで、細かい違いはあるんです。たとえば、発音してみてください。「あめふり」の「ふ」と「ふとん」の「ふ」。ほら、違うでしょ。「しんぶん」の「し」と「わたしたち」の「し」。ほらね、違うでしょ。でも日本人は、それらを聞いて、同じものとして処理するわけ。だからねLもRもおんなじラ行になってしまうわけなんです。アメリカに行って、カタカナ英語ってのがものっすごく自分の邪魔をしました。その単語、カタカナでは知ってるけどスペルを知らな~いだから発音できな~いなんでもいいから、発音したったらいいじゃん。じゃぱにーずいんぐりっしゅおーけー!と思ったあなた。You're not getting it.「明けましておめでとう!」って言おうと思ったのに、「シアワセ~新しい耳」って発音してるかもしれませんよ(これ私ね。相手が変な顔してて、初めてyearとearが違う発音だって知ったの)。絵本を読みながら、「ああ、彼が仲間たちのリーダーなわけね」って言ったのに、「彼は読者じゃないわよ!馬だから本読まないの!」って4歳の子に怒られるかもしれませんよ(これも私ね。readerとleader、典型的なミスね)。sit(座る)も shit(うんこ)もカタカナだとシットだし。rub(こする)も love(愛する)もラブだし。boat(小舟)も bought(買った)もボートだし。election(選挙)も erection(勃起)もエレクションなんだよ~~~~~スターバックスに行って「アイスコーヒー」がどうしても理解してもらえず、真夏のニューヨークでホットコーヒーを飲むはめになったうちの母もかなりの強者ですが。なにしろ、英語を伝えたい!と思ったら、発音を甘くみてはいけません。単語なんて少なくても、カバーできます。でも、そのジャパニーズイングリッシュは、コミュニケーションの大きな壁になりますよ。「次の選挙、楽しみだね」って言った瞬間、ともだちをなくすかもしれませんから。英単語は、スペルと発音記号で覚えること!経験者談でした。
2007.01.31
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かの大臣の発言が、いかに軽率で不適当であったかは、明白です。言っちゃった後、しまった!と思ったんでしょうね。だけどねうっかり言っちゃうってこと自体が、その人の基本的な考え方やものの見方を端的にあらわしていると思うのです。そんな人が厚生労働大臣ですって? おかしいでしょそれ。しかしね。産む機械か~。女しか子どもを産むことはできない。子どもを産むことだけが人生じゃないったって、そういうあなたの人生は、もう気の遠くなるような長い歴史を、お母さんたちが子どもを産んで、そしてまた産んで、そうやって命を受け継いできてくれたからいまそこにあるわけです。人としての成長とか、女としての喜びとか、そんなのぜーんぶ無しにしたところで、子どもを産むって言うのは種族を存続させていくための、それはもう唯一無二の、かけがえのない、確かになによりも重要な仕事なのでしょう。わたしはね~ケツコンしない人生を選ぼうかと思っているところです。だけどね~迷いがあるのですよやっぱり。33っていう歳にして、まったく楽観的になれず、かと言って絶望的にもなりきれず、まだ選択肢があるっていうぎりぎりの迷いです。なにが一番わたしを迷わせるかって言うと、そりゃあいろいろありますけど、一番はやっぱり出産についてです。「こうなったらシングルマザーでもいいよ」って、先日母が思い詰めたように言って、わたしは大ウケしていまいました。悲しくて、申し訳なくて、笑っちゃった。男女関係も人間関係も親子関係もすさまじく多様化した現代、シングルマザーなんていうのはとっくに社会権を得た選択肢ではあるわけなんですが、わたしはそこには踏み切る勇気がない。世の中そんなに甘くない。それから、以前の日記にも書いたけれど、明るい展望の持てない世界に子どもを産んで、光ある未来を約束してあげられないことが恐い。それでも、それでも、子どもを産んで育てるっていう選択ができる自分がそれを放棄することは、何か違うんじゃないか。10年経ったら死ぬほど後悔するんじゃないか。そんなことを、連日連夜つらつらと考えている訳です。いっそ機械に徹することができるなら、もっと出生率は上がるに違いないのにね。
2007.01.29
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昨日は、飲み会の前に美容院に行ってきました。10年来、担当をしてもらっているFさん、相変わらずすてきです。なにしろ私のくせ毛の頑固さはなかなかないらしい。見た目それほどクルクルしてるわけじゃないんだけど、全体が中途半端にウェイビー。そして剛毛かつ多毛。Fさんに出会ってようやく、おさまりのいい、私に似合うショートヘアーにたどり着いたのでした。ところがね。選択肢がないのですよ。何って、髪型の。正月に、21歳になった教え子3人が飲み会を開いてくれたとき、「俺ら中学生のときから、髪型変わってなくね?」・・・ですよね。私だってね、タイトなショートやシャギーなボブや、あんな髪型こんな髪型に憧れはしますとも。だけどね、私のこの髪質が、それを許してくれないのよ。な~んて話をFさんにしたところ、げらげら笑いながら聞いていたFさん、「でもそれ、なんとかしてやりたいなあ~~~」。ほんとは、伸び始めた髪を、ささるくらいにバッサリ短くしようと思って行ったのですが、ここ踏ん張ってもうちょい伸ばして、新たなる可能性を(何のって、髪型のね)探ることにしたのでした。ところで、YASUさんの日記に、面白い心理ゲームが載っていました。この結果、Fさんは、私にシアワセをもたらしてくれる人らしい。確かに!美容師として私の髪の毛の面倒みてくれるだけじゃなく、Fさんと話すとほんと、あ~今日もいい日だったって思えるようなとこ、あるもんねえ。私と同い年であるFさん、あと3年して独身だったら、もらってもらおうと思ってるのですが(爆)。昨日なんだかんだと笑いながら会話をしているときにふと思いつきました。もしや、彼はもはや独身ではないのでは・・・?「実はね、結婚するんですよ」って、そのときには言ってくれると勝手に思っていたけど、実はもうしちゃったのでは・・・?10月にはスペイン旅行のお土産を買ってきてくれたけど、あれはもしや、新婚旅行だったのでは・・・?が~~~~~~~ん。その悲しいアイディアに、急降下する私のテンション。でも聞けない。どうなんですかFさん、ほんとのところ?!
2007.01.28
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今日で、通っていた大学の社会人講座が終わりました~。高いお金を払ったから、まじめに通いましたよ。金曜日、いかに働こうともいかに遊ぼうとも、土曜は6時発の電車に乗って、2時間かけて大学へ。いろんな人が、いろんな仕事を抱えながら、毎週通ってくる土曜講座でした。長野県から、前夜の夜行バスに乗って通ってくる人もいましたねえ。現役の学生たちと同じ教室で受講するのに、あきらかに社会人の方が真剣だし、まじめだったなあ。自分が働いて稼いだお金と、貴重な週末の時間とを裂いて資格を取ろうというのだから、学生たちよりも切実なのは当然かもしれません。だけど、この若い子たちが、ほんとに小学校の教員をめざしているのかなあ、と首を傾げたくもあり、また不安でもあり。なにしろ、今日の試験とレポートの結果で、早ければ3月には小学校教諭の免許が取得できる予定です。ずいぶん迷ったけど、思い切ってトライしてよかったなあ。いま、今年1年間の週末を一緒に過ごしてきた仲間たちとの飲み会から戻ってきたところです。また、それぞれの現場でがんばろうね~~~~
2007.01.27
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今日はたらこスパゲティを作って食べました。バター、クリームチーズ、フレッシュクリーム、レモン汁とたらこを混ぜて、ブラックペッパーで味をととのえ、青じそをトッピング。うまい。私は、なんてことない料理をさせると結構うまい。食わず嫌い選手権に出たら、たらこスパゲティは一品決まりだな。妻夫木君と同じくいくら丼も捨てがたいけど、たらこにいくらじゃいまいちだよね。あとはなんだろ。甘いものはだめなんですかね、あの番組は。シュークリームとか。じゃあ味噌ラーメンにしよう。麺類ふたつになっちゃったけど。まあいいか。あとは~。私が目がないものってなんだっけ。鶏肉だな。照り焼きチキン。最後は意外なとこで、納豆なんてどうよ。いいね~バラエティに富んでるねえ。あ、だめじゃん。いっこは嫌いなもの入れないと。でもね~どうしても食べられないものって、せんキャベツしかないんだよね~。せんキャベツじゃいくらなんでもバランス悪いよね~。毎週木曜は、この不毛な想像をしないではいられない私は、33歳独身です。
2007.01.25
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人前じゃ泣いたことがない というひととなにかっちゃぼろぼろ涙流すひととなにが違うんだろう。なんだってこう簡単に、涙があふれてきちゃうんですかね。泣きたくて泣いてんじゃないんですよ。でもどーーーーーーーーうしても、どーーーーーーーーーうしても、我慢できないんですよ。なんでですかね。逸見さんのガン告白記者会見で、テレビの前で正座して号泣している私を、大学の仲間たちはげらげら笑って見てたけど、意味わからん。「もう泣くなよ」って言われても、無理なんですよ。涙を武器にしてるみたいな言いかたされてもね。これほんと、コントロール不能なんですよ。けんかしてるときはね、申し訳ないんだけど、涙見えないことにしていただきたい。こっちはとことんやりあいたいのにね、ダーリンと言わず生徒と言わず、私が泣くと白旗あげるんですよ。それ、やめていただきたい。不本意。なんだってこう泣き上戸なんだろう。どうしたら、泣かない人間になれるんだろう。だれか教えてください。
2007.01.23
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明日は怒濤の3年3連チャンの日です。3-2音楽、3-1音楽、3-2英語サポート(要は生徒指導要員です)。明日3年の日か~。と思うだけで、気持ちが沈んでいく自分がいる。嫌だけど、情けないけど、認めざるを得ない。ごめんよ~。と子どもたちに向けて思う。あんたたちのこと、愛せなくなってきてる。しんどいんだよ。いつかわかる。いつかわかる。そう信じてる。でも、日々意味の分からないやりとりの繰り返し。暴言と暴力。気持ちがすさんでいくのを、押さえられないんだよ。ごめんよ~。あんたたちの心を、開いてやれないんだよ。こんな自分のために、昔の日記を開いて読み返しています。20歳を過ぎて、私に会いにきてくれた子どもたち。彼らと対峙して、悩んで苦しんでいた当時の日記です。2-2もあと1ヶ月。子どもの気持ちに何が残るのか。それを担任がどうこうできると思って頑張ってきたが、思い上がりか。自分には、担任の思い出など、ほとんどない。そういう時期なのか。わからん。わからん。とにかく。うるさく言い過ぎてはいかん。そして期待してはいかん。笑おう。笑おう。私は、彼らに彼女らに、まっすぐ進んでほしいと願っている。それでいいのだ。まっすぐ進むかどうかは、彼らが決めるのだ。みんないいこばっかりだ。本当に。それを私は知ってるし、知ってるってことを、あの子たちにもっと伝えなきゃ。わはは。成長してね~な~~~~私。だけど、それをちょびっとだけ誇らしく思う自分もいる。笑おう。明日は。笑おう。
2007.01.22
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練習試合のついでに実家に寄って、晩ご飯を食べることにしました。そしたら母が、妹1一家にも声をかけたようです。翔ちゃんが来たときに私は入浴中でした。最近色気づいた翔ちゃん(5歳)は、ひとが着替えてたり風呂入ってたりすると、さりげな~~~~くドアを開けてのぞこうとします。今日もやっぱり、シャワーを浴びてるところをそおっと空けようとする怪しい影。そこで私は、ものっすご低い声で、だ~れ~だ~~~~~(あのねしかも、口を『お』の形にして発音するやつね、それそれ)と言ってやりました。翔ちゃん、口もきけずに一目散に居間に逃げ出していきました。わっはっは~。覗き見はいかんのだよきみ。「こ~わ~い」とママに訴えている翔ちゃん。かばいいい~~ん。最近、私のむりやりチュウを甘んじて受けるようになった翔ちゃん。年上の女の魅力にはまりつつありますな。ぶふ。
2007.01.21
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「教育再生会議は、約60年前の体罰基準が教師の行動を強く制限し学級崩壊などにつながっているとみて、新たな基準づくりが必要と判断した」みのもんたとゲストたちは、「私たちの頃は、体罰なんて当たり前でしたよ」「バケツ持って廊下に立たされたりしましたよねえ」「生徒が言うこと聞かないのに、教師が黙って耐えなくちゃいけないなんて、おかしいですよ」。ああ、あなたたちは、なんにもわかってないまずひとつ。単純にね、今バケツ持って廊下に立ってろって言ったところで、バケツの水を廊下中に撒かれた上に、空のバケツはいいとこ蹴り入れられてひしゃげるか、窓から飛び出て空飛ぶバケツとなるか、が関の山です。体罰がまかり通っていた時代、教職は聖職だなんて呼ばれ、先生はエライ人だなんていう世間の認識があったはずです。とりあえず、先生の言うことは聞いとかなくちゃいけないっていう意識を持った生徒、保護者が、少なくとも今の数倍の割合でいたことでしょう。教職員の社会的立場が地に落ちた現在。「先生こえ~」っていう意識のない状況では、体罰教師は逆にぼっこぼこにされて終わりです。ふたつめ。そもそも「体罰基準が学級崩壊につながっている」っていう、再生会議の見解そのものが、ちゃんちゃらおかしい。授業の邪魔する生徒を教室外に出すことを認めるったって、それが適応された時点でその教室は崩壊しちまってるわけでしょう。学級崩壊の原因と体罰基準とは、まったく別の次元の話です。みっつめ。その体罰が本当に有効であるならば、「体罰だ」なんて子どもも保護者も絶対に騒ぎません。くやしくてくやしくて悲しくて悲しくて、涙でぐちょぐちょになりながらぐーで子どもを殴ったとき、彼は「先生、ごめん。殴らせてごめん。俺が悪い。ごめんなさい」と崩れるように号泣し始めました。(あとになって、『おめーのへなちょこパンチなんて、ちっとも痛くなかったよ』と言っていましたが)子どもを叩くとき、自分の心も切り裂かれるような痛みを味わいます。叩きたくて叩くんじゃない。だけど、叩かずにはいられない。そういうぎりぎりの思いを教員が持ったとき、すでにそこには、生徒との強固な信頼関係があるはずなのです。罰として叩くときに、そこには強者と弱者としての立場の違いが歴然とあります。そういう意味での体罰は、確信をもって有効だとは、決して言えません。むしろ、子どもの心身にダメージを与え、感謝の気持ちどころか憎しみを誘発し、怒られた原因を忘れて殴られたことだけを記憶にとどめてしまうことの多い。そうなったら、信頼関係の回復は容易ではないのです。よっつめ。体罰は、力のあるものの理論でしかないってことです。自分よりはるかに体格もよく、体力も腕力もある生徒たちを相手に、力で勝負できる教員は、限られています(うちの職場には、ひとりもいません)。力で勝負できない、特に私のような女教員たちは、そもそも「体罰」なんていう選択肢を排除した上で、子どもとの接し方を考えていくしかないのです。結論。体罰。非。
2007.01.19
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しんどいです。職場です。みんな、何が恐いんですか。子ども? 保護者? いままでそうやって逃げてきたことのツケがまわってきたというのに、そんなことはとっくのとうに予想されてたことなのに、その尻拭いからもまた逃げるんですか。交差点のど真ん中でやってるみたいな授業を、授業って呼べるんですか。戦わなくていいんですか。交差点の中で、必死になって先生の言葉に耳を澄ましているわずかの子どもたちを救うために、戦うことが私たちの仕事じゃないんですか。「消えろ」「うざい」「キモイ」「死ね」一日100回言われても、それでも私たちは、彼らが気づくいつかのために、今を真剣勝負してあげなくちゃいけないと思いませんか。誰が、何が原因なのかを議論する時期は、とうに過ぎました。もはや手がつけられない。今起きたことに、今対処しなくちゃ間に合わない。尻込みしてる余裕なんてないんです。なぜ逃げるの?彼らとは、まともな会話が成り立たない。価値もモラルも秩序も崩壊しています。彼らからの攻撃をまともに受けていたら、精神がやられてしまうから、あえて感受性のねじを緩めて麻痺させている日々。わかるよ。さじを投げたい気持ちはわかる。だけど、私たち教員が逃げ出したら、逃げ場のないわずかな子どもたち、私たちを信じてる子どもたちはどうなるんですか。何に、お金をもらっているんですか。プライドはないんですか。一人でやるんじゃだめなんです。意味がないんです。それは身にしみています。痛感したんです。だけど、みんなが白旗を揚げるから、私も白旗を?いやだ。いやだ。いやだ。ここでもまた、私は無力です。太陽になりたい。でも、北風のようにぴゅーぴゅーと、心に届かない叫び声をあげ続けるしか能がないのです。「ぜんぶを背負おうとするな。だけど、自分に妥協するな。お前が信じることを曲げるな。無意味じゃない。お前が戦っていることは、無意味じゃない。変えられなくてもいい。あきらめるな。」ダーリンが言ってくれた言葉が、今の私の唯一の支えです。明日もまた、仕事です。
2007.01.17
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万引きをしたことがあります。小学校にあがる直前だったと思います。私は、親に、あれ買って~、これ買って~、と気軽におねだりできない子でした。遠慮してたのもあるし、単純に親が恐かったのもあります。ぷう~っと膨らます風船ガム、CMで見てからずうっとやってみたくてやってみたくて、気になってしかたなかった。でも、親がいつも買って、たまに1枚わけてくれるのはミントの板ガムで、それはそれで好きだったのだけれど、風船をつくろうとしても、ぱちってすぐにはじけてしまう。どうしても風船ガムが欲しくて、だけどそんなつまらないことに興味を持っていることを親に言えなかったし、ましてや「買って」なんて言えるわけない。あれやってみたいな~。と思う気持ちは、それこそ風船みたいにどんどん膨らんで、もうそれは危機感すら伴うような、強い強いあこがれになっていったのでした。6歳の私が、その日なぜ一人で近所のスーパーに行ったのか、もはや全く記憶にありません。お金だって持ってない。もしかして、最初からそのつもりで出かけて行ったのか・・・。わかりません。ただ、異常なほどに緊張して、さして広くない店内を、ぐるぐると歩いていたのは、鮮明に覚えています。何度もお菓子売り場の前を通っては離れ、通ってはまた離れました。さり気なく、でもいつも視界にとらえるのは、目的の風船ガム。そのとき、私の心にどんな言葉が浮かんでいたのかは、記憶にありません。ただ、自分の心臓の音が、まるで外から聞こえてくる音みたいに、どくどくどくどくと耳に響いていました。6歳なのに、私はあらゆることを理解していました。これから犯罪を犯そうとしていること。これ以上うろうろ歩いていたら、怪しまれるんじゃないかってこと。でも自分はまだ小さいから、まさかそんなことをするなんて、きっと周りの人は思っていないだろうってこと。今、自分の顔は、緊張と恐怖のあまりに、真っ赤にほてっていること。やっちゃいけない。やっちゃいけない。やっちゃいけない。だけど、その瞬間、すばやく周りに店員さんがいないことを確かめた私は、風船ガムをひとつつかんで、つかんだ手ごとポケットに突っ込んだのでした。脇目もふらず、まっすぐに出口まで向かった私は、今にも「ちょっと待ちなさい」って誰かが追いかけてくるんじゃないかと、恐ろしくて恐ろしくて、がむしゃらに走り出したい思いでした。どくどくどくどくと、相変わらず心臓は早鐘のような音を立てていて、顔は湯気が出るほど上気していて、なのに、走ったりしたら却って怪しまれるという気は働いていて、ただただまっすぐに、すたすたと歩き続けました。しばらく歩いても誰も追いかけてこないことを確認して、心の底からほっとしたものの、ポケットに突っ込んだ手は、ずっと外に出せないままでした。家までの道のり、心の中は、後悔でいっぱいでした。悪いことをした、という思いではありませんでした。こんなにしんどくて、こんなに恐ろしくて、こんなに楽しくないことを、なぜ私はしてしまったのだろう。誰にも言えないことを、これからずうっと誰にも言えないことを、なぜ私は。家について、ようやくポケットから手を出して、握りしめていたガムを、ようく見ました。あんなに憧れていたものなのに、欲しくて欲しくて仕方なかったものなのに、手のひらの上のそれは、今の私には、何の輝きもないどころか、重荷でしかありませんでした。包みを破り、一つだけ口にしてみました。いつもの板ガムとは違い、立方体の形をしたそれは、すごく固くて、かみづらくて、のどに絡み付くように甘ったるくて、そして、どんなにやってみても上手に風船になりませんでした。吐き出したあと、後味のあまりの悪さにつばを吐きました。残りのガムは、どこにも捨てることすらできず、カバンの奥にかくして、二度と触りませんでした。この時の経験が、私のいまの行動規範を決定したと言っても過言ではないと思います。この話は、未だに親にはできていません。
2007.01.16
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年賀はがきのお年玉くじが当たっていないかとチェックしていたら、届いたときには見逃していたものを発見。高校時代からのおともだち、ともこちゃんからのはがきに、HPのアドレスが載ってるじゃないですか。ありゃ。気づかなかったねえ。すぐさま遊びに行ってきました。ともこちゃんのダーリンが、その人柄をいかんなく発揮して、息子を中心とした家族の日々を綴ってる、素敵なブログでした。ともこちゃん、顔出し過ぎ私も5月からブログを始めましたが、一切ひとにはしゃべってません。顔も本名もオープンにしてブログを綴ってる方たちを見て、すげ~な~と思いはするものの、自分はちょっとね。基本的に、つつみ隠さず正直に生きてる人間ではありますが、ブログにはそうそう人に言えないようなことも書いてるもんね。でもね。ついにともこちゃんに、ここのアドレス教えちゃいました~。ともこちゃんには、隠すことないからいいか~。と、割とあっさり思えたときに、そんなふうに思えたことが、なにかとっても嬉しかったんだなあ。ともこちゃんは、遊びにきてくれたのかしらん。
2007.01.15
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ほんとは、誰もが自分好きなんだって。自分のことが嫌い。って言い張る人も、ほんとうは自分が好きなんだって。その証拠にね。みんな、自分がおもしろいと思う映画が好きでしょ。自分がおもしろいと思う本が好きでしょ。自分が好きだと思う人が好きでしょ。ね。ほんとに自分が嫌いなら、自分が好きなものが嫌いなはずだもん。自分が嫌いだと思い込んでる人も、ほんとのほんとは自分の感性を信じてる。自分の理解できるものを求めてる。自分が嫌いなんじゃなくて、自信が持てないだけなんだよね。自信を持つには、ひとの助けがいるんだよ。自分が誰かから愛されてる、好かれてる、求められてるって感じたときに初めて、自分はこれでいいのかもしれないって思えるんだよ。だけどね自分のことを嫌い嫌い嫌いっていう光線を出している人には、だれも好きって言ってくれないんだよ。だからねやっぱり、自分が一番はじめに自分のことを好きになってあげなくちゃいけないんだよ。学生のときに、この世のすべては自分がつくった幻の世界かもしれないって気がついた。見るもの聞くもの、すべて自分の目や耳を通して認識されているのだから、自分の都合のいいように、無意識に書き換えちゃってるのかもしれない。ほんとはあの子は笑っていないのかも。ほんとは今日は雨降りかも。ほんとは鳥のさえずりなんて、聞こえていないのかも。世界がぜーんぶ偽物だったとして、じゃあ本物は?私自身だけだ。世界を見て、聞いて、感じている私は、間違いなくここにいる。自分自身だけは、確かにここにいる。だったら、自分を信じなくてどうする。自分が見るもの聞くもの感じるものを信じられなくてどうする。世界中で真実は自分だけだとしたら、こわいものなんてないのかもしれない。だって、自分が世界をつくっているんだから。私は、世界を見たいように見て、聞きたいように聞いて、感じたいように感じているのだから。変なことを考える学生だったなあ我ながら。だけど、間違ってなかったような気がする。自分を好きになったら、自分の世界を好きになれる。自分の世界を好きになったら、自分の世界は自分をあたたかく包んでくれる。そうだったよね?大事なのは、認めるこころ。受け入れるこころ。好きになること。You better let somebody love you.
2007.01.14
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「ねえ先生ってさ、教科によって給料ちがうの?」教科によって? 違わないけど。「えっそうなの? じゃあ英語も音楽も一緒なの?」そうだよ。経験年数とか、年齢によっては違うけどね。「え~~~~じゃあさ、先生音楽で授業数少ないじゃん、で、担任もなくて部活も持ってないのに、おんなじ給料もらってんの? ずっり~~~~~」がああああああんふざけんな あんたたちの授業1時間で、普通の授業の5倍のエネルギーつかってんだよ!と、小生意気な3年に言い返しはしたものの、内心は結構なショックでございました。そうか~あ。客観的に見たら、私なんてそう思われてもしかたがないのかもしれないなあ~。音楽の授業数が少ないのは、情操教育をどんどん隅に押しやってきた文科省が勝手に決めたことだしさ、この学校には音楽系の部活がないからバスケ部の副顧問だけど、いままでの学校は吹奏楽部で、人一倍の多忙さを一人で背負ってきてたしさ、あんた、そこどいて私に担任やらせなよ! って言いたい気持ちをぐっとこらえて副担任に甘んじてるのは、臨任っていう立場のせいだしさ、学習発表会やら市内中学校の連合文化祭やら卒業式やら、計画から提案から割り振りから運営から生徒指導から、人によっては一生やんなくて済むような行事を宿命的にまかされてるしさ、つまり、「あたしは仕事がんがんやるぜ、ばりばりやってるぜ、てかもっとやらせてくれ~い」っていう感覚はあれど、「あたしって仕事してない」みたいなこと、これっぽっちも思ったことなかったのですよ。な~んか、ショックだな~あ。
2007.01.10
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村上春樹の小説に、主人公がなんでも数をかぞえてメモしておくっていう設定があり、なるほどね~と思った私は、昨年ちょいと真似することにしました。昨年の合計は、89と75。手帳を新しくするにあたり、1月から数えてみたらこの数字ですよ。びっくりした。びっくりしたので、すぐにメールをうちました。「去年わたしたちは、89回会って、75回セックスしました。」なににびっくりしたのか。まずは、365日のうち、89日も、彼が私に会いにきてくれてたってこと。その中には、私が採用試験に落ちた日に、ダッシュで来て30分だけドライブしてまたダッシュで仕事に戻ったこともあり、彼のお母さんを、入院させるかホスピスに入れるかっていう決断をする前に、私の顔だけ見に来たときもあり。5月のメール事件も、遠い昔の話みたい。いろ~んなことがあったなあ。89回の中に。彼が「好きだよ」って言ってくれなくたって、これだけ私のために時間を作ってくれることから私は何かを感じとらなくちゃいかん。と思いました。しみじみと。今年の手帳には、彼のイニシャルだけじゃなくて、その日に言った場所とか、食べたものとか、交わした会話とか、ひとことメモを付け加えることにしよう。つぎのびっくりは、75回のセックス?いいえ、14回のセックスなしについて。14回も! なんか私たち、会うたびにいちゃいちゃしてるのかと思ってたら、違ったよ~。なんだかちょっぴり、ステップアップした気分。ばははは~。ダーリンからのメールの返事はこうでした。「ほぼ5日に1回か~」あ、やっぱりそこ?
2007.01.08
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自分がこの仕事について、ああわたしは、なんてまっとうな親に育てられたのだろうと思うことが多々あります。それが当たり前だと思い、時には「なんでうちの親ばっかりこんな横暴なの?!」と反抗しました。でも今、自分の感性や価値観や思考回路は決して歪んだり、曲がったりしていないと思える今、そう育ててくれた親に、感謝せずにいられないのです。おもちゃやお菓子を買ってもらった記憶はほとんどありません。だけど、本だけは、望めばすぐに買ってくれた。そして、選んだ本に対して「これはだめ」って言われたことがありません。怪盗ルパンも、占いの本も、そのとき欲しい本を何も言わずに買ってくれました。「いつもいつも電車の本ばっかりじゃだめ!」と言われている翔ちゃんを見るにつけ、あ~うちの親って偉かったな~と思うのです。中学を卒業するまで、8時以降のテレビは見せてもらえませんでした。だから、ドリフもひょうきん族も見たことない。ドラえもん秋の2時間祭り!の時だって、泣く泣く途中で歯を磨きに行きました。でも、そこからうちの絶対に譲れないルールってものを学んだと思うし、我慢するってことも覚えたような気がします。睡眠時間もたっぷり確保できたんだと思う、今にして考えると。お手伝いをして、「ありがとう」って、一度も言われたことがない。3人姉妹の長女だった私は、小さい頃から当たり前のように家の仕事を「させられて」いました。お風呂洗い。洗濯物をたたむ。茶碗を洗う。拭く。ぞうきんがけ。窓ふき。いやでいやでしかたなかった。やらないとこっぴどく怒られ、ひどいときは叩かれたりもしました。でも「ありがとう」は言われたことがない。でもおかげで、黙ってても動く体質になっちまいました。家の仕事は、自分がやるのが当たり前。中学生のときには、一通りの料理もできるようになっていました。どんなに忙しくても、朝食はしっかり準備して食べさせてくれました。中学生のときに、一度寝坊をして、「朝ご飯食べてる時間ないよ!」と家を出ようとするわたしに、「いいからつべこべ言わずに食べなさい!」と無理矢理座らされ、食べさせられました。そのときは、遅刻してまで朝食って、なんなのよ?!と反抗心丸出しのわたしでしたが、今、朝食をほとんど取らないで、覇気も精気も集中力もない中学生がこれだけ多くいる実態を目の前にして、ああ~うちの親は立派だった。と思うのです。わたしの年齢には、すでに3人の娘を持っていた両親。自由気ままに生活しているわたしと比べると、あまりにもたくさんのことを、子どもたちのために我慢してきたに違いありません。若い親としての、人並みな悩みも苦しみも葛藤もあったでしょう。家庭と仕事との両立も、生半可な苦労ではなかったでしょう。ありがとうと言いたい。ありがとうの気持ちを持てるわたしに育ててくれたことに。
2007.01.07
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ひとは、ひとをシアワセにするために生きるんだって。シアワセってなんだ? それは愚問です。1+1=2とは違うからね。シアワセだなあって思ったらそれがシアワセだし、そのときは思わなくても、あとでシアワセだったんだなあって気づくこともあるかもしれないし。だたはっきりしてることは、シアワセって自分が感じるものだってことだ。ひとからもらったり、ひとにしてもらったりするもんじゃない。じゃあどうやってひとをシアワセにするんだろう。簡単です。自分がシアワセになればいい。自分がシアワセだってことに気づいて、ああ、わたしはこんなにシアワセよって。あなたと出会えてシアワセよって。あなたと過ごせてシアワセよって。あなたがいてくれてシアワセよって。それを遠慮なく伝えたらいい。「情けはひとのためならず」って言葉の意味を、はき違えている人が多いらしい。情け心を出すと、その人のためにならないよ、っていう意味じゃないのです。相手にかけた情けは、ぐるりとめぐって自分に還ってくるっていう意味です。自分に始まり、自分に終わる。でもそれは、ひとりぼっちっていう意味じゃない。「あなたのため」って言葉がきらい。「のに」がつくとぐちになる。って相田みつをさんは言ってるけど、そのとおりだと思う。こんなにしてやってる「のに」。私はがまんしてる「のに」。みにくい。みにくい。そういう感情を持っているときの自分は、みにくい。わたしはこうする。だってわたしがそうしたいから。わたしはこうする。だってあなたが喜ぶとわたしが嬉しいから。わたしはこうする。だってあなたが悲しむとわたしが悲しいから。いつからか、わたしは自分の言動の背景に、自分自身の納得を、強く意識するようになった。親のせいにしていた頃、まいにちが苦しくてしかたなかった。親を苦しめ、結果自分を苦しめていたのです。親のせいなんかじゃない。すべては自分が選んだ道なのです。どうやってひとをシアワセにできるの?簡単です。自分がシアワセよっていう気持ちを、相手に伝えたらいい。世界中のひとに伝えるのは無理です。でもね、自分の隣のひとになら伝えられるかもしれない。世界中のひとが、自分の隣のひとに伝えられたなら、世界中がシアワセになるんじゃないの?簡単だけど、むずかしいんだなあこれが。
2007.01.05
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おなかが空いたときにだけ帰ってきて、餌をもらったらダッシュでどこぞやに出て行く、放蕩ネコのドナです。ネコの世界にも正月休みか、今日は珍しく一日家にいて、私と一緒にごろごろしてました。今日から両親は旅行に出かけたため、家には私とドナとチョコだけでした。チョコは両親がしつけに失敗したため、いまや「おすわり!」と命令するものに対しては、「誰に口きいてんの!」てな感じで吠えまくる傍若無人ぶりなので、小屋に閉じ込められっぱなしです。このときは愛らしかったのになあ~さて明日は翔ちゃんと映画デート。そして私の冬休みは終わりです。・・・終わりか・・・。
2007.01.02
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あけましておめでと~うござ~ま~~~~~~す武士の一分を観て。家に戻って年越しそば食べて。地元の神社に初詣にも行って参りました。ほんと、初詣に行っては、あれが欲しい、これが欲しい、ああなりたい、こうなりたい、たかだか5円10円で欲張りだった若かりし自分が嘘のようです。自分が心から望むこと、大切な人たちの健康を、じっくりと心静かに祈ってまいりました。さて、一年の計は元旦にありと申します。そんなこと言うと、「お前意外と古風だよね」とダーリンに言われてなんとなく腑に落ちない私ですが、ほんとにそう思いません?公表するしないに関わらず、いつも私はその年の目標を決めることにしています。目標と言うからには、できるだけ具体的で(『がんばる』とか『なにごとにも一生懸命』とかはだめ)、一年後には達成できたかできなかったかがはっきりわかる内容にしています。ちなみに去年の目標は、 一、英会話を習う 達成ならず 一、ギターを習う 達成ならず 一、箏を習う ぎりぎりで達成、経過観察中 一、週に一度は運動をする 2週間でドロップアウトでございました。だめじゃんね私。それでは今年の目標を発表します。 一、相手に伝わる言い方と言葉を選ぶ 一、読んだ本、観た映画の記録をつける 一、ギターを習う教員採用試験に受かるっていうのももちろん大きな目標ですが、これは自分一人じゃどうにもできないことですからね。これは神様にお願いすることにします。神様が言うことにはね、よきことを見ながらわがものにならざるは いまだ時の至らぬなりんんん~。神様さすがです。必要なことは必要なときに起こるってこと。あるがまま、流れるままを受け入れて、そこにある幸せを噛み締めながら、謙虚に生きなさいってことですよね。さて新しい年が始まりました。みなさま、今年もよろしくおつきあいくださいね~
2007.01.01
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