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2007.03.31
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カテゴリ: 神様や仏様のこと

burogu susanou.JPG

出雲系の神さまの頂点に立たれる、 須佐ノ男尊さま は、京都の八坂神社にお祭りされています。

皆が拝む神社の拝殿の上には、上の写真のように青龍が飾られています。

須佐ノ男尊さまは天上界の神さまですから確かに龍神でもあられます。

そして、高天ヶ原系の天照大尊(あまてらすおおみこと。天照大神様の父神様)さまの弟君であられます。

この神さまも、人間界でお生まれになって修行をされています。

須佐ノ男尊さまについて、勤めていた神社の宮司さまから、伺ったことを紹介いたしましょう。

尊は、紀元267年ころに中国の大興安嶺の近くのハルピン側の部族で、精錬技術にすぐれた騎馬民族の長の子としてお生まれになられました。

尊が16歳のときに親から、150名の若い家臣をもらいうけ、弟のイワタケ命さまとともに東方に新天地を求めて、朝鮮半島に向かって進まれました。

当時の騎馬民族は、馬を使って自由に移動し、農耕ではなくいろんな民族と交易することによって、経済的にも文化的にも発展してきた民族ですから、新天地の開発にはきわめて熱心だったのです。

尊の一行は、小倉、門司と、先住民族と戦いながら本州に渡り、出雲地方に向かわれ、島根県の斐伊川の支流の近くに着かれました。

150人居た総勢は海での遭難や病気、戦闘で30人ぐらいになったそうです。

山陰地方は良質な砂鉄の産地として知られています。

その為、この地域には尊が入る以前から、朝鮮半島の東南部から出雲へと入り込んだ、 オロチョン族 が、八つの集落を形成し、確固たる勢力を持っていました。

高度な精錬技術をもっていたオロチョン族にとっては、ここは勢力を伸ばす絶好の土地だったのです。オロチョン族はその勢力をたてにして悪行もしていたそうです。

あるとき、オロチョン族と古くから住む土着の豪族との間で紛争が起きます。

そこへ尊が介入され、その一族の力を発揮されて、出雲の拠点となった八つの谷で確固たる基盤をもっていたオロチョン族を征服してしまったのです。

これが、 八岐大蛇(やまたのおろち)を退治する話 として残されているものなのです。

八岐大蛇の腹は、いつも赤い血でただれていたというのは、鉄のサビが谷川に流れ出ていたことを示し、赤い目をしているというのは、製鉄中の野ダタラの火が赤く燃えていたことを示しています。

草薙(くさなぎ)の剣

その剣は大和三山を司る豪族の息子がオロチョン族の王家に養子に来たときに与えられたもので、この剣を手に入れたということは、この地方の鉄の生産あるいは、精錬技術体制が尊たち一族の手に移ったということを意味します。

また、尊と出雲の土着豪族の長の娘・ 奇稲田姫 との結婚は、出雲地方における尊の存在が、出雲全体に認められ、古来からあった朝鮮半島と出雲の海上による交易の利権をもその手中に収めることになったのです。

これは、尊が28歳から、32歳までの出来事だそうです。

そして、出雲一体の統治を、娘婿である大国主命にお任せになり、ご自身は中国地方、さらには九州への大進行を始められたのです。

出雲には、須佐ノ男尊さまがお祭りしてある神社はごくわずかです。だからこそ、尊は外来の神であるといわれています。

出雲においては、戦争によって民衆から敬まれるというより、恐れられたのかもしれません。

その為、尊が九州へ進行されてから、出雲の国づくりを見事に完成された大国主命が、出雲の祭神として、まつられたのは当然なのかもしれませんね。

今日はこの辺で。ウィンク






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Last updated  2007.03.31 23:34:45
コメント(8) | コメントを書く
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Re:須佐ノ男尊さまのこと(03/31)  
YU-KI  さん


閉じこらせた張本人がスサノウ」

というイメージが強かったのですが、
オロチョン族の話として見てみると
確かに英雄ですね。

こんな顔もあったのか、と
ちょっとびっくりしました。

(2007.04.01 00:13:01)

Re[1]:須佐ノ男尊さまのこと(03/31)  
YU-KIさん
>「アマテラスを天の岩屋に
>閉じこらせた張本人がスサノウ」

>というイメージが強かったのですが、
>オロチョン族の話として見てみると
>確かに英雄ですね。

>こんな顔もあったのか、と
>ちょっとびっくりしました。
-----
コメント有難うございます。
やはりスサノウさまは荒っぽい性格の神様ですが、愛に深く、筋道に厳しい神様です。 (2007.04.01 14:10:02)

詳しいですね  
genikini123  さん
さすが詳しいですね。いつも感心してしまいます。 (2007.04.01 18:48:15)

Re:詳しいですね(03/31)  
genikini123さん
>さすが詳しいですね。いつも感心してしまいます。
-----
コメント有難うございます。ほんと言って大変です。 (2007.04.02 13:07:13)

試練の神  
平凡人 さん
古事記をよむ限りでは、スサノオ(古事記に用いられる漢字表記をすべきでしょうが)は、オオクニヌシを結構いたぶって、いじめなんていうレベルではない生命の危機に立たせるんです。結果としてはその娘がオオクニヌシを徹底して助け、駆け落ちのような形式になるのです。でもそれをスサノオの計算済みであったような印象を与える記述を古事記はしています。

既に奈良時代には女性の力の偉大さをはっきりわかっていたんです。女性と結婚するにしても、女性が助けてくれなければどうにもなりませんよ。
だから女性を崇めましょう。これをよむ限りでは親の承認よりも両者の意志の尊重と二人の創意工夫ですね。 (2007.05.17 23:56:33)

Re:試練の神(03/31)  
平凡人さん
>古事記をよむ限りでは、スサノオ(古事記に用いられる漢字表記をすべきでしょうが)は、オオクニヌシを結構いたぶって、いじめなんていうレベルではない生命の危機に立たせるんです。結果としてはその娘がオオクニヌシを徹底して助け、駆け落ちのような形式になるのです。でもそれをスサノオの計算済みであったような印象を与える記述を古事記はしています。

>既に奈良時代には女性の力の偉大さをはっきりわかっていたんです。女性と結婚するにしても、女性が助けてくれなければどうにもなりませんよ。
>だから女性を崇めましょう。これをよむ限りでは親の承認よりも両者の意志の尊重と二人の創意工夫ですね。
-----
まあ、神話のことは本当かどうか解りませんが、女性はいつの時代も太陽ですよね。
天照大神様も然りですね。 (2007.05.18 21:35:50)

Re:須佐ノ男尊さまのこと(03/31)  
火水ハヌル  さん
初めまして
たかさん126さんがこのブログを開設された日に
興味をもって拝見して以来
よく読ませていただいております
今回の日記にでているオロチョン続とは
いわゆる現在オロッコ(オロチョン)と呼ばれる方々と
同一だと思ってよろしいのでしょうか?
もしそうだとしたら精錬技術に秀でていたとはしりませんでしたので 
随分私の持っているイメージが変わりそうです
(東アジアや北方民族について以前より興味だけは人一倍なのです 照) (2007.07.13 20:45:12)

Re[1]:須佐ノ男尊さまのこと(03/31)  
火水ハヌルさん
>初めまして
>たかさん126さんがこのブログを開設された日に
>興味をもって拝見して以来
>よく読ませていただいております
>今回の日記にでているオロチョン続とは
>いわゆる現在オロッコ(オロチョン)と呼ばれる方々と
>同一だと思ってよろしいのでしょうか?

そうです。今のオロチョン族っていますよね。その祖先でしょうね。昔は特に九州の上から浅瀬になっていたそうで、大陸から大勢の人が移ってきていたそうです。もちろん騎馬民族もですよね。
オロチョンは出雲から現在の山陰地方にかけてかなり勢力を持っていたそうです。

>もしそうだとしたら精錬技術に秀でていたとはしりませんでしたので 
>随分私の持っているイメージが変わりそうです
>(東アジアや北方民族について以前より興味だけは人一倍なのです 照)
-----
(2007.07.13 22:31:55)

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