諏訪湖のほとり(山岡弘道ノート)
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11月16日(水)20世紀が生んだ偉大なテノール歌手の一人。ペーター・シュライヤーの日本(世界)の最終公演を長野県岡谷市のカノラホールで聴いた。彼はシューベルトの冬の旅全24曲を歌い上げた。初めにピアノの前に立った彼は、指を組んで小さな祈りを捧げたように見えた。最初こそ、冬の旅の陰鬱な曲想に合わせた細い声であったが、歌い進むうちに堂々たる響きなっていった。最後の辻音楽師を歌い終えたかれは、胸が詰まり、涙がこみ上げてきたのか、片手で顔を覆った。聴衆はかたずを飲んで彼を見守ったが、数秒の後、万雷の拍手が起こった。シュライヤーはその場に立っていられないように、頭を下げ直ぐに幕間に消えた。少しして拍手に押されて5秒ほど幕の隅に顔を出したが、直ぐまた消えてしまった。その後スタンドディング・オベーションの人々を含む拍手は10分ほども続いたが、2度と彼は舞台に姿を現さなかった。あとで主催者に聞いてみると、シュライヤーは、演奏ののち自分の楽屋に引きこもって、聴衆の拍手を聞きながら、一人泣いていたと言う。「カーテンコールに立てないので、聴衆の皆さんに感謝の気持ちを伝えてほしい。」と言ったという。今後、指揮者として舞台に立つことはあっても歌手としては、「もう、風呂の中でも歌わない。」(朝日新聞、アエラ)という想いが、最後の舞台で感極まったのであろう。主催者が用意した花束は後で楽屋で渡された。70歳での引退は少し早すぎる。
November 26, 2005
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