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背番号17(その7)
いよいよ背番号17の最終回です
まずドラフト1位が出てくるんだよねえ・・・すごく期待された投手よ でも結果は残せなかった そのつぎの人も投手で2年着けただけ そしてまたドラフト1位の岩貞さんが着けるのね
そして今年2023年から青栁さんが着けました ということは今回出てくる4人はすべて投手ね ちょっと長くなるけど順にみていきましょう
京都府舞鶴市出身で東舞鶴高校に進むが甲子園の経験はない。
龍谷大学で頭角を現し、2年時にノーヒット・ノーランを記録すると、3年秋は4勝を挙げて防御率0 . 86という好成績で優勝に貢献し、MVPに輝いている。
4年になると150キロを超える速球を武器に日米大学野球の代表に選らばれるなどドラフト1位候補として名前が挙がってくる。大学通算では15勝4敗で防御率1 . 19の数字を残した。
2002(平成14)年、タイガースはドラフト自由獲得枠(逆指名1位)で杉山を獲得する。背番号は前年藪恵市が返上したエースナンバー「18」と決まった。
ルーキーイヤーの2003(平成15)年は、キャンプから前半戦まで体力づくりに専念し、8月に一軍へ昇格する。結局3試合(先発2)しか登板機会は無く、0勝2敗で防御率も7 . 71に終わっている。
2004(平成16)年6月15日のヤクルト戦で先発し5回2 / 3をなげて3失点でプロ初勝利を飾ったが、この年は13試合2勝2敗で防御率5 . 30だった。
2005(平成17)年、体の開きが早かったフォームを改良してブレイクする。23試合(先発22)で9勝6敗、134回2 / 3を投げて奪三振103自責点44、防御率2 . 94の好成績を残してチームのリーグ優勝に貢献した。
日本シリーズでは3連敗後の第4戦に先発したが、2回に李承燁の2ランをあびて先行を許し敗戦投手となっている。
ところが2006(平成18)年からまた思うように勝てなくなる。この年17試合で4勝4敗に終わると、2007(平成19)年も20試合4勝5敗1ホールドと低迷が続く。
2008(平成20)年には登板が9試合と激減し、2勝3敗の成績で一軍から遠ざかっていく。
2009(平成21)年、背番号「18」を剝奪され、前年まで金村が着けていた「17」に変えて再スタートしたものの、一軍での登板はわずか2試合で0勝1敗、防御率5 .
40とどん底に落ちてしまった。
2010(平成22)年は一軍で7試合に投げたが先発は一度もなく終わり、2011(平成23)には一軍に上がることすらできないまま過ごして戦力外となった。
トライアウトを受けたがプロではお呼びがなく、2012(平成24)年はBCリーグの富山サンダーバーズに所属した。
現在はオリックスのチームスタッフとして裏方で汗をかいている。
伊藤和雄 投手
埼玉県小川町の出身。中学までは内野手だった。県立坂戸西高校に入って投手に転向しているが全国大会とは無縁だった。
東京国際大学に進んで、元広島カープの監督だった古葉竹識監督の指導を受けながら成長をとげ、4年春には3完封を含む7勝を挙げて東京新大学野球リーグでの初優勝に導くエースとなった。大学通算では16勝6敗、防御率1.61の記録を残している。
150キロを超える回転の好いストレートで押す本格派で、三振が取れる投手として注目される存在になり、2011(平成23)年のドラフト会議では、衆目が上位指名を予想した。しかし意外にもタイガースは4位で獲得している。まだ東京新大学野球リーグの評価がそれほど高くなかったからかもしれない。背番号は退団した杉山の「17」を受け継いだ。
2012(平成24)年10月に一軍登録され中日戦で初登板初先発したが、7安打3四球の乱調で4回4失点、敗戦投手になっている。1年目はこの1試合で終わった。
2013(平成25)年は春に右ひじを故障し1年間をファームで過ごす。しかし、そこでも満足に投げられず12試合1勝1敗だったため、オフには育成契約となり背番号も「117」になってしまう。
2014(平成26)年は春から調子を上げ、オープン戦では4イニングで8奪三振と復活した姿を見せたため4月に支配下選手に戻った。 背番号は「92」で、藤川のように三振が取れる投手として開花してほしいという願いも込められていた。しかし、 この年すべてリリーフで6試合に投げているが、防御率6.30と結果につながらなかった。
2015(平成27)年以降、引退までの7年間で43試合の登板があるがすべてリリーフで、2020(令和2)年の6月27日のDeNA戦の6番手の投手として1イニング無失点に抑え、遅まきながらプロ初勝利を挙げている。これが唯一の白星となった。
2021(令和3)年をファームで送ったのち引退、現在は球団職員。通算成績は50試合1勝3敗1ホールド、70回2 / 3で自責点37、防御率4 . 71なのだが、投球回数を上回る72個の奪三振を記録している。この才能を十分に生かせなかったのが非常に惜しまれる投手である。
岩貞裕太 投手
伊藤が育成選手になり、そこへ入団してきた岩貞が「17」を引き継いでいる。
熊本県熊本市出身。必由館高校では全国大会に出ることもなく無名で、横浜商科大学に進んでから一気に頭角を現した。
大学1年から毎シーズン白星を挙げており、2年で日米大学野球の代表入り、4年秋には6勝1敗で防御率0 . 42という圧倒的な数字で「大学屈指のサウスポー」としてドラフト1位候補になっている。大学通算25勝13敗、防御率1 . 65。
2013(平成25)年のドラフト会議では1巡目でタイガースと日本ハムが競合し、抽選に勝ったタイガースへ入団が決まる。
2014(平成26)年、キャンプでは「能見2世」などと呼ばれ期待が高まったが、左ひじ痛を発症して前半戦は治療に専念し、8月に一軍へ上がる。8月17日のDeNA戦で初先発初勝利(5回2 / 3、2失点)したが、結局1年目は1勝4敗で防御率4 . 60という不完全燃焼で終わった。
2015(平成27)年は一軍で5試合(すべて先発)しか登板機会がなく、1勝1敗で防御率4 . 35と伸び悩んでいる。
まだ現役の選手なので過去より今が大事。このあたりからは少し簡素化するね。
2016(平成28)年に飛躍を見せる。25試合にすべて先発し10勝9敗、防御率2 . 90と大ブレークの年となった。特に4月の3試合連続二けた奪三振(12個12個10個)は開幕からの記録としてはセリーグ初の快挙で月間MVPに輝いている。
ところが6月から8月にかけては満塁ホームラン3発を打たれるなどまったく勝てなくなり、9月に入ってから5連勝して10勝に到達している。
2017(平成29)年から2019(令和元)年までの間も先発投手として投げるが、5勝10敗、7勝10敗、2勝4敗と勢いがなくなってしまう。
2020(令和2)年、矢野監督がブルペンに配置転換すると、中継ぎやセットアッパーとして能力を発揮しはじめる。もともと井川慶とタイプが似ていて、ストレートとチェンジアップを軸にした配球で三振が取れる投手。ここという場面で三振を狙って取ることができることがリリーフに回って生きてきた。
2020年以降の4年間で55ホールドを記録し、特に最近の2年間は防御率も2点台と安定しており、中継ぎの柱としてチームをけん引している。
2023(令和5)年は前年取得したFA権を行使せずに残留し、背番号を「14」に変更している。
青柳晃洋 投手
岩貞が着けていた背番号「17」を受け継いだのは青栁で、ルーキー以来7年間着けていた「50」を返上している。
神奈川県横浜市の出身で川崎工科高校へ進んだが、高校では予選3回戦が最高で全国大会は夢のままに終わっている。
帝京大学に進むと1年時から公式戦に出るが3年時に右ひじの手術を受けるなど万全ではなかった。それでも4年春には6勝で最多勝・ベストナイン。大学通算37試合で15勝9敗、防御率1 . 91は立派である。
しかし手術などの不安材料からか、各球団の評価は思いのほか低く、2015年のドラフト会議でタイガースは5巡目で獲得することができた。背番号は「50」。
過去にオーバースローも試したが上手くいかなかったのは、もともと腕や肩関節が横振りに向いていたとおもわれる。サイドでもなくアンダーでもない独特のフォームは自ら「クォータースロー」と呼んでいる。本人は「みっともないフォームで嫌い」と言っているが、勝てているからそれでいい。
1年目の2016(平成28)年から2023(令和5)年まで、8年間で142試合に登板してそのうち141試合が先発だが、ローテーションで安定するまでには時間がかかった。
プロ入りから5年間を見ると、4勝5敗、4勝4敗、1勝1敗、9勝9敗、7勝9敗と勝ち越しが無い。防御率は毎年3点台前半で非常に安定感はあるが、今一つ勝ち切れないというのが物足りなかった。
それが2021(令和3)年に確変が起き、25試合13勝6敗、防御率2 . 48と覚醒し、最多勝と最高勝率の二冠に輝く。
さらに翌2022(令和4)年も24試合13勝4敗、防御率2 . 05で、2年連続での最多勝と最高勝率のタイトルに加え、防御率も1位という三冠を達成している。
2023(令和5)年には、岩貞から背番号「17」を受け継いで、初めて開幕投手としてシーズンに望んだが、1年間制球に苦しんで夏場以降をファームで過ごすなど不本意なシーズンにしてしまった。18試合で8勝6敗なので恰好だけはまとめたが、規定投球回には程遠く、防御率4 .
57というのもプロ入り最低だった。
ただし、最後の最後、日本シリーズ第7戦での4回2 /
3の熱投で締めくくれたのは好かった。「17」を黒歴史に戻さないよう頑張ってほしい。
まとめ
背番号「17」は今まで23人の選手が着けましたが そのうち17人が投手なのよね 源五郎丸さん以降は13人中12人が投手
もう完全に投手の番号として定着したといっていいわね 今回の4人も投手です そのうち杉山直さんと岩貞さんがドラフト1位ね 移籍してきた杉山賢人さんも含めると延べ6人のドラ1が着けてます 本来なら栄誉ある番号なはずなんだけど成功した人が少ないね・・・
青栁さんは「17」になって成績が落ちただけに責任重大!来季から巻き返してぜひとも「栄光の背番号」にしてもらいたいわ
これで17番は終わりよ 読んでくれてありがとう!
次回からは球界で「エースナンバー」と言われる「18」に進むよ!
背番号18に続く

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