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2代目タイガース非公式サイトです
みなさんこんにちは まさかDeNAに連敗するとはおもわなかった 悔しいですよね 一気に巻き返したいところだけど今日は移動日 ということで「猛虎異人伝」を掲載することにするよ
ルー・ポート投手 ウィリアムス投手と同期入団なんだけどみなさん覚えてるかな? 大した成績も残せてないし1年でクビになったから記憶にないか・・・ とにかく読んでみてね
列伝73 ルー・ポート
Louis William Pote ( 2003 )
生年月日:1971年8月21日
身長体重: 191 cm 、94 kg
背番号:35 右投右打 投手
出身地: アメリカ合衆国イリノイ州 キッシュウォーキー短大
所属球団:阪神( 03 )
阪神在籍1年:8試合0勝1敗1セーブ 9回 1/3
8奪三振 四死球 自責点10 防御率
9.64
(1)守り重視の星野監督がウィリアムスに続いてポートを獲得
2002年オフ、阪神はFA宣言した中村紀を逃し、一時はドジャースのマイク・キンケード獲得に動いたが、星野監督は守りを重視して外国人補強は投手の獲得に切り替える。
特に中継ぎ、抑えの補強を優先し、ジェフ・ウィリアムスに続いてルー・ポートを獲得することになった。(ちなみにキンケードは翌2004年に獲得)
SFジャイアンツ時代のポート
ポートは1990(平成2)年のドラフトでサンフランシスコ・ジャイアンツに入団後、モントリオール・エクスポズ、セントルイス・カージナルス、ミネソタ・ツインズというように次々移籍しているが、この間、メジャーに昇格した経験はなかった。
1999(平成11)年にアナハイム・エンゼルスに移籍し、プロ10年目にしてやっとメジャーに昇格した遅咲きである。
エンゼルスでは4シーズン続けてメジャーを経験し、特に2002年にはワールドシリーズを制覇しているが ポートには不本意なシーズンだった。入団時のコメントにもその点に触れている。
「新しい土地で新しいチャレンジができると思うと、身が引き締まる。エンゼルスとしてはワールドシリーズを制覇し、最高の年だったと思うが自分自身にとっては前年より登板数も減り満足できる年ではなかった」と振り返る。それだけに「日本では多くの登板チャンスをもらえるように頑張りたい」
アナハイム・エンゼルス時代の名鑑
メジャー通算成績は127試合4勝4敗6セーブ、防御率3.49。先発は2回しかなく、ほぼブルペン専門で、中継ぎ、セットアッパー、クローザーの経験は豊富だった。
阪神との正式契約は、2003(平成15)年1月25日、キャンプイン目前の時期で、契約金は40万ドル(当時のレートで約4800万円)だった。
191センチの長身から投げおろす直球は150キロ超。フォーク、シュートなどにもキレがある本格派右腕という触れこみだ。背番号は前年に解雇された舩木聖士が着けていた「35」を引き継いでいる。
(2)春季キャンプでフォークボールを磨きクローザーの座に
キャンプインすると2月2日にブルペン入りしたポートは、持ち球をチェックしながら33球を投げ、落差の大きいフォークが目を引いた。この年のキャンプではフォークボールの元祖・杉下茂氏が臨時コーチに招かれており、その手ほどきを受け、大魔神・佐々木流の握りを伝授されている。
しかし、ストレートに思ったほどの伸びがなく、首脳陣はキャンプ中盤からポートのフォーム改良に取り組んでいる。こうして臨んだ20日の紅白戦、ポートが打者3人を簡単に料理して評価が上がったのに対し、一方のウィリアムスは3安打2失点と明暗を分け、この時点ではポートのほうが評価は高かった。
オープン戦での初登板は3月1日の近鉄戦。9回のマウンドに登り、味方守備の乱れから一死満塁のピンチを背負ったが、無失点で切り抜けた。9日の西武戦では無安打2奪三振で、セーブを挙げる。21日の広島戦、22日・23日の近鉄戦、と三日続けて最終回を三人で締め、守護神として当確となった。
(2)すべり出しは好かったがすぐに馬脚を現す
公式戦でのデビューは3月29日の横浜2回戦の9回、7対3と余裕のある点差でマウンドを任された。先頭の代打田中にはセンター前に運ばれたが続く3人を退け、首脳陣もウィリアムスからポートにつなぐという「新方程式」の手ごたえをつかんだ。
4月1日の広島1回戦では8回裏に吉野をリリーフ、スコアは6対2とリードしているものの無死満塁のピンチを引き継いでの登板だった。エラーと安打で3点を失ったが、後続を併殺で切り抜け、9回裏は3人でピシャリと抑え、来日初セーブを手にしている。
ポートが躓いたのは4試合目の登板となった4月8日の中日1回戦(甲子園)だった。阪神は1対4の劣勢から、9回裏、浜中の3ランで同点に追いつき延長戦に持ち込む。4-4のまま迎えた11回表にタイガースはポートを送り込んだ。
しかし、ポートは先頭の井端の内野安打をきっかけに一死一・二塁とされ、続く代打大西にはデッドボールで満塁。ここで谷繁にレフト前ヒットを打たれまず1点を失い、さらに関川の内野ゴロでもう1点を追加される。結果4-6と勝ち越されて敗戦投手になってしまった。
この試合の内容から、「肝心なところで三振が取れない」という点が浮き彫りになり、クローザーとして問題視されるようになってくる。
(3)勝ちゲームをぶち壊してストッパー失格、中継ぎへ配置転換
決定的に評価を落としたのは11日の巨人1回戦(東京ドーム)だった。
先発した伊良部が好投して9回表を終わって7対1と大きくリードし、その裏のマウンドを任されたポートは3安打2失点で、二死二塁のピンチを残して交代させられる。
そのあと、吉野、藤川とつぎ込んだ投手も打たれてこの回6点を入れられて7対7と追いつかれてしまった。結局延長12回まで戦って8対8で引き分け。あとを受けたピッチャーも酷いが、そもそも6点リードの場面で2番手のポートがしっかり締めていれば何でもないゲームだったはずである。
こんなピッチングをされては安心してクローザーを任せることはできない。星野監督の決断は速く、ポートを中継ぎへ回し、抑えにはウィリアムスを入れた。
(4)二軍調整も実らず復帰後も結果を出せなかったため1年で解雇
中継ぎへと持ち場を変えられたポートは、4月15日のヤクルト1回戦(神宮)で、1-3と劣勢の5回裏に2番手として投入される。ところがラミレスのタイムリー、鈴木の2ランなど4安打を浴びて4点を失って火に油を注ぐ結果になった。2試合続けての炎上に、重症と見た首脳陣は、ポートに二軍行きを命じた。
6月4日、長い間二軍で調整していたポートが一軍登録される。貯金が20まで増えていた阪神は、後半戦に向けて水面下で外国人投手の緊急補強を考えており、ポートにとっては生き残れるかどうかの最終テストだった。
6月7日のヤクルト12回戦(神宮)、4対3とリードした接戦の6回裏にムーアの後を受けて2番手でチャンスが与えられたが、一死後に2連打を浴びて同点とされ、完全に見切りをつけられた。
この結果を受けて、球団は9日、新たな中継ぎ投手として、かねてから検討していたジェロッド・リガンの獲得に本格的に乗り出す。
6月13日、ポートは右肩痛を理由に登録を抹消され、そのまま二軍生活を送っていた。阪神は9月15日に18年ぶりのセリーグ優勝を決めたが、その祝勝ムードの冷めやらぬ9月28日、ポートは寂しく帰国。11月5日には正式に解雇が通告された。
ルー・ポート[完]
ポートの年度別投手成績

ポート投手は8試合しか登板してないので試合中の写真はみつからなかったわ 今回は野球カードだけだね ジャイアンツやエンゼルス時代のものと阪神でのもの。
しかも阪神での2枚目のものは「VICTORY ROAD」ってなってるからリーグ優勝記念に作られたもののようね
一応在籍して8試合投げて0勝1敗1セーブの数字を残したので記念カードにしてもらえたんだ!こういうこともラッキーというのかなあ・・・

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